はてなキーワード: 闘争領域とは
https://anond.hatelabo.jp/20250804171112
・ブクマカのコメントだけを集計している。増田のトラバは集計していない。ただし、元増田の挙げた10作だけは特別に集計に入れている。
・手作業なので多分、抜けや集計ミスがある。なお、この作業を行うにあたり、ChatGPT君がクソほどの役にも立たなかったという事実は、いくら強調してもしすぎるということはない。
・作品名が書かれていないもの(作者名だけのもの)はカウントしていない。国産小説はカウントしてしない。自分のおすすめを紹介しているわけではないと思われるコメントはカウントしていない。
・これ同じ小説だろ、と思われるもの( 「長いお別れ」と「ロング・グッバイ」みたいなもの)は勝手に統合して集計した。他にもこれとこれ同じ小説だよ、というものが混じっているかもしれないが、知らん。
三体
大聖堂 動物農場 フラニーとゾーイー プロジェクト・ヘイル・メアリー 星を継ぐもの マーダーボット・ダイアリー モモ
IT アメリカの鱒釣り アルジャーノンに花束を 火星の人 存在の耐えられない軽さ タタール人の砂漠 地下室の手記 長いお別れ ニューロマンサー 羊たちの沈黙 日の名残り 指輪物語 幼年期の終わり
異邦人 ウォーターシップダウンのうさぎたち 鏡の中の鏡 悲しみよこんにちは 華麗なるギャツビー 高慢と偏見 氷と炎の歌 シャドー81 城 水源 スローターハウス5 タイムマシン チャンピオンたちの朝食 月と六ペンス 伝奇集 夏への扉 二年間の休暇(十五少年漂流記) ハイ・フィデリティ ハリーポッターと賢者の石 緋色の研究 ファイト・クラブ 不思議の国のアリス ペスト ホワイト・ジャズ 見えない都市 モンテ・クリスト伯 リプレイ わたしを離さないで
24人のビリーミリガン 2666 82年生まれ、キム・ジヨン HHhH V Xの悲劇 Yの悲劇 愛を語るときに我々の語ること 青い湖水に黄色い筏 青い鳥 青犬の目 青白い炎 赤毛のアン 悪童日記 悪霊 あなたの人生の物語 アブサロム、アブサロム! アルケミスト アンドロイドは電気羊の夢を見るか? アンナ・カレーニナ 暗殺者グレイマン 石蹴り遊び 犬の力 荊の城 息吹 イワン・デニーソヴィチの一日 イングリッシュ・ペイシェント インビジブルモンスターズ ウィトゲンシュタインの愛人 ウォーターランド ウォッチャーズ 失われた時を求めて 歌の翼に ウは宇宙船のウ 海を飛ぶ夢 エーミールと探偵たち 越境 エミール エルマーと16匹の竜 エルマーのぼうけん エレンディラ エンジン・サマー 嘔吐 大鴉 オーエン詩集 おとなしい凶器 怪奇クラブ 外套 カエアンの聖衣 カササギ殺人事件 火星のタイムスリップ 風と共に去りぬ カチアートを追跡して カッコウはコンピュータに卵を産む かつては岸 カモメのジョナサン 狩りのとき 完全な真空 期待 忘却 君のためなら千回でも キャッチ=22 吸血鬼カーミラ 吸血鬼ドラキュラ 巨匠とマルガリータ 供述によるとペレイラは… 恐怖の谷 キリンヤガ クライム・マシン クラッシュ 暗闇にひと突き 黒い時計の旅 黒の過程 刑務所のリタ・ヘイワース ゲイルズバーグの春を愛す 穢れしものに祝福を ケルベロス第五の首 拳闘士の休息 航路 荒野へ 香水ある人殺しの物語 コーラン 黒檀 ここではないどこかへ 古書の来歴 コンダクト・オブ・ザ・ゲーム さあ、気ちがいになりなさい 最後にして最初の人類 さかしま サバイバー 砂漠の惑星 寒い国から帰ってきたスパイ シークレット・ヒストリー シークレット・レース ジーヴズの事件簿 ジェイン・エア 地獄 死体 シッダールタ 死にゆくものへの祈り 死の鳥 死父 シャドウ・ダイバー 初秋 書写人バートルビー 少年が来る 少年時代 女王陛下のユリシーズ号 シルトの岸辺 審判 真紅の帆 聖書(新訳・旧約) スター・ピット スタンド・バイ・ミー ずっとお城で暮らしてる ストーン・シティ 砂の惑星DUNE すばらしい新世界 素晴らしいアメリカ野球 スラップスティック 清潔で明るい場所 西部戦線異状なし 千夜一夜物語 戦慄のシャドウファイア 前日島 善人はなかなかいない 禅とオートバイ修理技術 喪失 捜神記 族長の秋
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・国別だとアメリカ文学が多い……ように見える。
・SFが人気。
・ミステリは人気だが、ハードボイルドを挙げる人は少ない。複数票入っているのは「長いお別れ」と「ホワイト・ジャズ」くらいか?
・超メジャーな文学作品を挙げている人が少なかった。世界の十大小説とかサマセット・モームが選んだ世界十大小説なんかに挙げられている作品はほとんど名前が挙がらず。そんな中5票入ってる「カラマーゾフの兄弟」は改めてすごい小説なんだなと思える。
・作者名の照応はしていないし、やる気もないが、ぱっと見だとヴォネガット、ガルシア=マルケス、オーウェル、カズオ・イシグロ、アンディ・ウィアーあたりが多いような気がする。
「すれっからし」なんて言葉を使ってしまう君にこの引用を送ろう。「愛とは、めったに開花することのない、人が関与する、のんびりとした現象である。いろいろと特別な、めったに揃うことのない精神的条件、つまり現代の特徴である自由な気風とあらゆる点で対立する諸条件が揃ってはじめて開花する。ヴェロニクはディスコだの、恋人だのを経験しすぎていた。こうしたライフスタイルは人間を衰えさせる。時に深刻な、永遠に取り返しのつかないダメージを与える。愛というのは、無垢さや、幻想を抱く能力、異性全体をひとりの恋人に集約する能力と同じく、不特定多数のセックスパートナーがいて当たり前の生活を送っていては、たいてい一年持たない。二年持つなんてありえない。実際、思春期に性経験を重ねることで、センチメンタルで現実離れした次元に自分を投影する全能力は蝕まれ、猛スピードで破壊される。次第に、というか実際にはかなり早い段階で、みんなすれっからしの売女並の恋愛能力しかなくなる。当然の展開として、売女人生を送ることになる。」闘争領域の拡大byウェルベック
結論:
「結婚ができる気がしない」一方で、「結婚し」なければならないという強迫観念がある。
なるほど「気の合う人間と生計を共にすることによって得られる利益を享受(共有)」するのは幸せなことなのだろう。少なくとも周囲の大人たちはその信念を奉じて生きてきたようであって、同時に、幸せな家庭人生活を送っているようにも見える。
一方で、私は「結婚ができる気がしない」。先述の通り「結婚し」なければならない、という観念があって、かつ、「気の合う人間と生計を共にすること」に対し何らの疑念を持たないにもかかわらず、である。私は夫としても、あるいは父としても、その適格性を著しく欠くように思われる。
どうしてこの結論になったのか、振り返ってみる。
スペック:
上っつら:少なくとも面と向かって悪し様に言われたことはない。中学生と比べると大きく、高校球児の中なら目立たず、プロ野球選手に混じれば小さく見える(はずだ)。人並みには気を遣っているつもりでいる。
私には2つの強迫観念がある。そのうちの1つは「結婚しなければならない」というものだ。もう片方についてはあえて述べない。
かかる珍妙にして時代遅れ(時代錯誤と言うべきだろうか?)の価値観を、いつから我が身のものとしてしまったのか、詳細な事情は記憶していない。ただ、誰かの「家を継げ」とか「孫の顔を見せろ」という種の明確な言葉あってのことではなかったことだけは、はっきりと断言できる。他者からの影響が思い当たらない、本能的に自然発生したと説明するほかない感情だからこそ、我ながら奇妙だと余計に思う。ともあれ、私が「結婚しなければならない」という価値観に囚われていることだけは確かだ。
結婚の前提条件を思い切り単純化するとして、最低限パートナーの愛情を喚起する資質を有すること、とした場合、幸いにもその適格性はあると考えられる。何度か愛されたことがあるからだ。それが私の外形的諸条件に起因したものだったのか、はたまた精神領域と関連するものだったのかは今となっては知る由もない。もっとも、その辺の機序はよく分からないし、検討する実益にも乏しいように思われるから、詳細には立ち入らない(拒絶されたこともある。少なくとも愛されたことの同数はある。こちらの方が問題としてはるかに重大だと思う)。
あるいは大前提として、そもそも私は他人たる異性を心から愛すことができるのか、という根源的な問題も考えうる-イエスだ。中学校・高校(・予備校)・大学と、それぞれの段階で心から愛した/希求した女性は、少なくとも一人ずつは存在した。逆に言うと、何人もの異性とすれ違う中で、(性的昂奮は別として)特別な心情を惹起するに至った人々は、極めて少数しか存在しなかった。
結婚に対して、心理的な阻害要因は存在しない-少なくとも大きな問題はないはずだ。むしろ「結婚しなければならない」というくびきに囚われているのだから、前のめりでさえあるべきだ。にもかかわらず、私は「結婚できる気がしない」。
長くなりすぎた。問題の本質を簡潔に述べる。「結婚できる」と思える人に巡り会えない。
私の愛情の抱き方は、一目惚れに近いものがあると思われる。顔がどうとか精神性がどうとかではなくて、いつの間にか好きになって、彼女(たち)の自慢のアピールポイントや隠したい欠陥といった具体的な要素には一切立ち入ることなく、総体として「好きになって」しまう。このことは、私が好きに"なりうる"人々を類型化することを非常に困難にしている。酸いも甘いもというと身も蓋もない言い方だが、彼女のどこに惹かれて好きになったという具体的な点の説明ができない以上、共通点を見出してその特質を有する人々を探す、ということのしようがない。慣用句的に言うなら「恋は盲目」ということなのだろうか。
逆に、「総体として」好きにならない女性も存在する。むしろ「好きになった」人々が極々僅かな例外にすぎないのであって、今まで出会ってきた何千何万という人々のほぼ全てはこちらにカテゴライズされる。この「好きにならない」人々の中にも、もちろん友人(であると信じたい)は何人か存在するし、有り難いことに好意を抱いてくれた人もいる。私が「好きになった」人々と何らかの点で似通っている人もいた。しかし、私はこの範疇の人々に親愛以上の心情を抱くことができなかった。提供できる親切は、親しき友人としてのものが上限だった。否、それすら私の怠惰ゆえに、とんでもなく低いレベルのものにすぎなかったとも思う。
「愛することができる」人を探すために、アトランダムな努力はそれなりに重ねたつもりだ。他学部開講の講義に片っ端から出てみる。同年代の異性が多いバイトを探す。時には友人に紹介を頼んだこともあった。マッチングアプリだってした。並行して2、30人の知らない異性とパラレルに知り合うある意味刺激的な生活を3ヶ月ほど続けた-何人かの「友人」と知り合っただけに終わった。いいねの数が身長を優に越してしまったあたりで、少なくともパートナー探しではない別の作業になってしまった気がして、やめてしまった。
これから先の人生で、心から愛することができる女性に巡り合える気がしない。おそらく巡り会えないのだろう。仮にいるとしても、既に「売り切れている」可能性すらある。私はもう23歳なのだ!私は恋愛市場上のまさに完全な敗者として、20代前半の若者が集まる場所としては日本で最も大きな部類に入る学舎を去ることになる。偏差値市場上の敗者として押し込められて、恋愛市場上の敗者にして立派なインセルとして出荷される。
「結婚」自体は可能ではあるのだろう。「結婚しなければならない」という心情へのアンサーとしては、最も安直だが直裁な解決策でもある。私一人で家庭全体を食べさせることができるかどうかは別として、その大部分を担うことに対しては、現実として可能であろうし、別段おかしなこととも思わない。
ただ、私は、結婚生活にしろ親としての生活にしろ、その本質の一側面は自由の縮小であると強く信ずる。期待や喜びの総量をはるかに上回る失望と失敗の連続であろうと確信している。いざ焼かれる時にどう思っているかは別として、存命中常に家族とやらに関する何らかの心配をし続けていることだけは確かで、幸せな家庭生活というものが仮にあるとしたら、それは常駐する100の心配事と同時に0.01の安寧を自覚できるかそうでないか、という程度の話でしかないのだろう。
そのとめどない苦難の道程を、愛することのできない人と共に歩いて行けるのだろうか?より直接に言う。「妥協できるのだろうか?」決して少なくはない人々が「できる」ことは知っている。それどころかたった100年前、それこそがセオリーだったことも知っている。ただ、私は「できる」とは思えない。途中で投げ出してしまうという確信がある。親しき友人としての親切が上限で、それを超える困難と直面したら、逃げ出す。「結婚しなければならない」という私のエゴと人としての欠陥ゆえに、罪のない他人のことをこれ以上不幸にしたくない。
諸先輩方はどのように折り合いをつけたのだろうか。「後から好きになる」ようなことがあったのだろうか。「子供が生まれたら変わる」のだろうか。はたまた「みんな結婚してるから、流れに合わせてそれっぽく振る舞ってるだけで、相手に特別な感情はなかったし、何なら今は少し幸せに感じることだってあるよ」というのが真実なのだろうか。もしそうなら、どれほどよいのだろう。
鬱屈とした諦観だけがある。"愛することすらできずに"家庭を放り出し、エゴのために他人を有形無形に傷つけたクズの烙印を押されるよりは、生涯部屋のアガベとサボテンどもと共に、好きな音楽と映画の世界観だけに閉じこもって、屈折した強迫観念を胸に秘めたまま朽ち果てて死んだ方がマシだ。最大多数の最大幸福を希求するなら、それが社会的に最善でもあろう。闘争領域は本来、縮小されるべきなのだ。
泣き言を書き散らし、日記とすることで、何らかの整理がついたように思う。この乱文を書く直接の動機となった、『22歳女オタクvs結婚願望』 https://anond.hatelabo.jp/20241207175805 の筆者が良きパートナーとなりうる人と巡り会えることを切に祈り(貴女は可能だと思う。私はそう確信するし、本心からそう願っている)、終いとする。
https://anond.hatelabo.jp/20191210171417
この増田を書いたものだが、予想外なほど伸びていて驚いた。それと同時に多くの人が様々なコメントを書いてくれたおかげで、問題をより深く整理し、自分自身について理解が深まった。本当にありがとうございます。
こちらの増田では、コメントに対する感想を書いた。まずコメントをカテゴリ別に分類し、似ているコメントは一つにまとめて意訳した。「」でくくったコメントは直接引用している。
全てのコメントを読んで整理したので膨大な量になってしまったし、あくまで俺自身の整理のためなのでちゃんとした感想ではないかもしれない。
正直、ここまで多くの人が共感してくれたことに驚いた。モテない人間が俺一人だと思っていたわけじゃないが、この苦しみを感じているのは俺だけなんじゃないかと心のどこかで感じていた。自分の悩みが特殊なものではなく普遍的なものだとわかっただけでも、前より気が楽になった。
こういう人もちらほらいた。彼女がいない友人の中にも「別に特別欲しくはない」という人が少なくなかった。そしてそういう人の多くは、没頭できる趣味や豊富な友人関係を持っていることに気づいた。考えてみると、俺も夢中になっている時や遊ぶ予定がたくさん入っている時はそれほど苦しんでなかったかもしれない。このあたりはまた後で考える。
これらの指摘はすごく納得感が強かった。とりわけ「全てが救われる宗教」という言葉を見て「確かにそうだ」と心から思った。彼女ができないことだけが悩みではないが「俺の悩みは全て彼女ができれば解決する」という確信を持っていた。②で「嫌なことがあるたび、彼女を求めるようになった」と書いたが、それを繰り返すうちにこうした確信(認知的な歪み)に繋がったのではないか。
こうした当たり前に見える指摘も、これまで見えてなかった点だった。彼女ができても浮気されるかもしれないし冷められてしまうかもしれない。彼女を持つことのメリットだけを見てデメリットを意図的に無視していたのだろう。なぜなら、俺は「恋愛教」とでもいうような宗教を信仰しており、その信仰を失うことを恐れていたからだ。自分が苦しむだけだとしても、「彼女ができれば救われる」と思っていたほうが気が楽だった。俺にはこの宗教に代わる新しい価値観が必要なのだと思う。だけど、それが一番難しいような気がしてならない。(本筋と関係ないが、「恋愛教」というのはいわゆる「恋愛至上主義」と言い換えられると気づいた。意外とこの宗教は世間に浸透しているし、それを内面化して俺のように苦しむ人も少なくないかもしれない)
確かにそうかもしれない。「仕事至上主義」「家族至上主義」など、みんな何かの宗教を信仰して生きているんだろうな。それでうまくいく人はそのままでいいけど、俺のようにうまくいかない人は、それに縋りすぎない生き方を探すべきなのかも。
この人は俺のことをすごくわかってくれているように思う。実際、「新しい価値観が必要」と書いておきながら、「恋愛教」から脱することはできてない。まだまだ彼女が欲しくて死にそうだし、ここまで書いて「何聞き分けのいい人間のふりをしてるんだ」という自己嫌悪もある。前の増田についていたコメントに対して「小学生の時に聞いた当時意味がわからなかったアドバイス」のようだと言っていた人がいたが、それに近い感覚は俺の心の隅にある。
それでも、心が納得していなくても頭で納得することはできた。これからまたコメントや自分の増田を読み直し、ゆっくりと咀嚼していけたらいいと思う。
これも頭ではわかっているものの、まだ心が納得できていない。いわゆる「世界公平仮説」というやつなのだろう。勉強を頑張るだけじゃ友達すらできないし、就活を頑張っても彼女は作れない。それでも、「おかしいだろ」と思わずにいられない。これは俺の人間的な幼稚さゆえのものだろう。
この指摘も鋭いと思う。実際に彼女ができるできないは別として「どうせ俺には彼女ができない」といったふてくされた気持ちはある。これも一種の信仰で、そのように思うことで自分の価値観を安定させ、これ以上傷つかないようにしているように思う。「悲劇のヒロインぶるな」とのコメントも見たがまさにそれで、不幸な自分に酔っているナルシシズムの一つだろう。
俺に彼女ができる、とは思えないが、彼女が「絶対に」できないとも思わない。現実を都合よく捻じ曲げず、客観的な事実の下で考えるべきだと思う。
これは「お前の女性に対する性的な欲求が言動からにじみ出ていて、そのせいで女性がお前から距離を置くんだ」という意見だ。俺は女性と関わる時に性欲を出しているつもりがないが、無意識的にはそういうこともあるのかもしれない。とはいえ、ではどうすればいいのか、と考えると難しい。性欲を薄めることはできないし、これ以上性欲を隠す方法もわからない。風俗に行けば少しはマシになるのだろうか。(風俗については後で詳しく書く)
確かにそうだと思う。自分で書いた増田を後から見直したら、すごく気持ち悪いしヤバいやつに思えた。俺が女でも引いてしまうだろう。それでも、アレが俺の一部であることに変わりはない。あそこに書いたことはすべて俺の偽らざる本心で、それを否定したところでキモい思想から逃れられるわけではない。見直している時はしんどかったが、自分の中のドロドロとした、周りに知られたくない部分を客観視できたことは収穫だった。
この視点は自分になかったもので、「なるほど、俺はメンヘラだったのか」と腑に落ちた。
正直認めたくないが、俺の中にインセル的な要素はあると思う。女性に対して「なんで俺を受け入れてくれないんだ」という怒りを全く覚えなかったと言えば嘘になる。これも上で書いたように、俺の中の人間的な幼稚さが非合理な不満を生み出していたように思える。この不満をこじらせ、ネットに女性差別的な発言を書き散らしたりする前に自覚できてよかった。
今この経験がカウンセリングの代わりになっていると思う。悩みを整理し、そのフィードバックを得られたことで、前より俺自身と向き合い、自分の気持ちを楽にすることができた。なので今は特に心療内科に行かなくても大丈夫だと思う。(個人の意見としては、カウンセリングはもっとカジュアルに受診されるべきだと思っているので、またつらくなったら迷わず行くつもりだ)
このコメントもすごくよかった。悩みを分割し、その中で自分が取りうる解決策を考えることで、「彼女」という自分のコントロール外のものによる苦しみを最小限にしたい。今すぐ思いつく解決策はあまりないが、前の増田で悩みの分割はできたと思うので、今後折に触れ考えていこうと思う。
これは解決策の一つになりうると思う。上で書いたが、あまり彼女を欲していない友人には何かしら没頭できるものを持つ人が多かった。翻って自分を見ると、趣味と言えるのはネットサーフィンと読書くらいしかないと気が付くし、サークルやバイトに没頭していた、とはとても言えない(努力はしてきたつもりだが)。打ち込めるものがなかったことで、「俺にはこれがある」という自信を確立できず、彼女という理想的な他者を求めすぎてしまったのかもしれない。とりあえず昔から憧れていたバイクの免許を取りに行こうかな。
すごく賛否両論だった。行け側の人は「行けばセックスに幻想を抱かなくなる」「俺は行ってから女性相手に余裕ができた」という意見が多く、行くな側の人は「この苦しみは風俗でなくなるものじゃない」「俺は行ったことでむしろ自信がなくなった」というような意見が多かった。
元々風俗へ行くつもりはなかったが、これらを読んで少し考え方が変わった。少なくとも風俗へ行けば、性的な苦しみを手放すことができるように思えた。先のコメントであった「彼女と代替可能なもの」の一つとして機能するかもしれないし、女性に対して性欲をにじませないコミュニケーションが取れるようになるかもしれない。一方で、「俺は風俗でしか女性と接せない」と孤独感をさらに強め、精神的な苦しみが一段と重たくなってしまうようにも思う。とはいえ、風俗に行くことで自分の悩みの質を今と違うものにできると知れたのはよかった。今も風俗に行くつもりはないが、苦しくなった時の選択肢の一つとして視野に入れておきたい。
これ系はトラバで随分議論されていた。個人的には昔恋愛工学の本を読み、書き手の女性軽視ぶりにすごく腹が立ってしまったので、手を出す気にはなれない。作者の態度と技法は切り分けて考えるべきかもしれないが、恋愛工学自体が「女性のモノ化」(フェミニズムに詳しくないのでこの用語が正しく使えてないかもしれない)をベースに技法を発展させているように思えた。まあ俺の過度に女性を理想化させる態度と、恋愛工学の女性を軽視する態度は「女性をきちんと見ていない」という点で同じ様にも感じたが。
これはすごくいい言葉だと感じた。彼女がいなくても人生を楽しくする方法はいくらでもあるはずで、自分の楽しみが他者依存のままなら彼女ができてもずっと悩むだけだ。俺の人生にとって一番大切な忠告だと思う。
これも腑に落ちた言葉だった。すでに書いたように、俺は恋愛を信仰しており「恋人ができれば人生は救われる」と考えている。この信仰を「恋愛至上主義」と書いたが、確かに「恋に恋している」とも言えるだろう。自分が縋っている宗教が、思春期の子どもと同じような浅い考えに基づいていると気づき、ちょっと恥ずかしくなった。
コメントでも痛烈に批判されていたが、結局のところ俺は「セックスのできるママ」が欲しいんだと思う。一人暮らししても親離れできず誰かに甘えたい気持ちと、長年満たされなかった「セックスしたい」という気持ち、この二つを受け止めてくれる理想の相手を妄想し、それに「彼女」という名前を付けていた。俺がもつ「彼女」のイメージは、現実の女性の延長線上にあるものではなく、脳内の妄想が発展したものだった。
「ある」と答えたいが、ここまで書いてきて、本当にあるのかわからなくなってしまった。彼女にしたいと思ってアプローチした人は何人かいたが、そういう人の特徴は「かわいい」ことと「自分を受け入れてくれそう」なことの二つだった。今考えると、前者は「セックスしたい」、後者は「母代わりに甘えたい」という自分の妄想をぶつけられる要素なのではないか。相手を見ているのではなく、自分の理想をぶつけられそうな要素を見ているだけなように思えた。そう思う一方で、では本当の意味で人を好きになるとはどういうことなのか、正直まだよくわからない。
今までアプローチをかけたのは三人いる。授業が被っている時は声をかけて隣に座ったり、サークルでは相手がいつも来ている時間に合わせて部室に行ったりして、そこそこ話せるようになったかな、と思ったら食事に誘っていた。毎回一度目の食事には来てくれるが、次回の約束を必ず断られてしまう。「アプローチする相手が少なすぎる、その程度じゃ努力していない」と言われてしまうかもしれないが、そもそも友人関係を作ることが苦手だから、必死に頑張ってできた友人の中で、必死に頑張って彼女を作ろうとしているんだ。俺なりにできる限りの努力はしているつもりだ。
正直そのサークルではそれなりに人間関係を築けてたと思っていたので、呼ばれなかったときは本当に一週間寝込んだし、何で呼ばれなかったのか未だにわからない。自閉スペクトラムを持っているので、無意識のうちに人に嫌悪感を与えてしまったのだと思う。発達診断をしてくれた先生からは「そこまで空気が読めてないわけじゃない」といわれたのだが。
先に「メンヘラ」いう指摘があったので、もしかするとサークルの中でメンヘラ的な部分を醸し出していたのかもしれない。
俺が一番するべきなのはこれかもしれない。だが、あまり女友達を作れる自信がない。理由の一つは上にあるように、対人関係に苦手を覚え、男の友人すらうまく作れないこと。もう一つは、「女友達」という距離感がわからないことだ。俺の中で同世代の異性は三種類しかなく、「他人」「知り合い」「(存在しないが)彼女」だけだ。だから、友人が「二人で飲んだ」と言っていると「付き合うのかな」と思ってしまうし、彼女持ちが「女友達と遊びに行った」と言っているのを聞いて「それは浮気じゃないのか」と思ってしまう。俺も同様に、異性と少し仲良くなると「付き合えるんじゃないか」と下心をもってしまう。
このあたりは俺の経験不足が影響していると思うが、友人もこれ以上作るのがむずかしいので、どうすればいいか思いつかない。
今大学四年生なので、新しいコミュニティに入ることは難しい。就職して仕事が落ち着いたら、社会人サークルなどに入ればいいのだろうか。
恥ずかしながらその勇気は出ない。社交恐怖症があってコミュニティ内の人と話すことすら勇気がいるのに、まして声をかけるなど考えただけで震えてしまう。こういうところは「努力していない」と言われてしまうかもしれない。
一応人前で恥ずかしくない格好をしているつもりではあるが、おしゃれは全く分からないので不十分かもしれない。最低限髭を剃る、寝癖を整える、服を買う、くらいはしているが、たぶん傍から見るともさっとしている。他に必要なことがあれば教えてほしい(ワックスだけはどうしても苦手でできなかった)。
アプリはやってなかった。コメントにもあったが「自然な出会い」を期待してしまっていたからだ。合コンは誘ってくれる友人がいなかった。結婚相談所は、結婚がしたいとはまた違う思いだったので入ってなかった。
ここまで書いてみて、俺は一生懸命彼女を作るために頑張ってきたつもりだったが、実際は言い訳ばかりでたいして頑張ってなくないか、と思った。少なくともマッチングアプリは始めようと思う。
こうしたコメントには希望を感じた。とりあえず社会に出たら仕事を頑張って結果を出し、「できる男」として魅力を高められたらいいと思う。(三つを四つと書き間違える人間なので、ちゃんと仕事ができる自信はあまりないが)
かなり多いアドバイスだったのだが、一番難しいアドバイスでもあった。与えることを考えるとはどういうことなのだろう。どうすれば考えられる人間になるのだろう。周りの人に親切できるように努めてはいるが、ここでいうのはそれとは違うように思う。上で書いた「小学校当時意味の分からなかったアドバイス」と同じものだった。年を取ればわかるようになるのだろうか。
「結婚物語。」、「モタク」、「非モテの品格」、「孤独とセックス」、カント、北方謙三、つづ井さん、「なぜ私だけが苦しむのか―現代のヨブ記」、「コンビニ人間」、「Bバージン」、「恋愛症候群」、「ザ・ゲーム フェニックスシリーズ」、「闘争領域の拡大」、「すべてはモテるためである」
ありがとうございます。全部読んでみます。
このコメントが一番多かったかもしれない。友人と自慰の回数を話したことがなかったので、みんながそんなにオナニーしているとは思わなかった。「増田は1回の自慰に4時間以上かけるタイプかね?」というコメントがあったが、三時間くらいかけるときが結構あったのでそれに近いタイプだと思う。
自慰が二日に一回である点と、一か所一人称が「私」になっていたところからそう思われてしまったようだ。自画自賛したいわけじゃないが(そもそも自画自賛にもならないが)、女性に書ける内容ではないんじゃないかと思う。
あくまで俺個人としては、ほとんどすべてのコメントがありがたかった。これだけ多くの人が様々な視点からコメントしてくれたおかげで、こうやって問題を整理して考察でき、自分自身についての理解が深まった。一方で、モテない事実を人格的な否定と結びつけ「お前は○○だからモテないんだ」と言うのがハラスメントになりうることも事実だ。
日本において合計特殊出生率が最低を記録したのは2005年です。
就職氷河期の最後が2005年度卒とされていて、出生率低下は就職氷河期により新卒の雇用が不安定だったから、なんて言われますが本当でしょうか。
2005年の日本で何が起きていたのかというとフィリピン人に対して興行ビザ発行を絞りました。
それまでは年に6万人とも8万人とも言われるフィリピン人女性が興行ビザにより日本へ入国し、働いていました。
日本は人身売買の温床、みたいなことをアメリカや国連に言われたので色々と(割とすぐに)対応し、その一つが興行ビザの発行を渋ることでした(これによりフィリピン人女性は興行ビザが切れる前に日本人男性と結婚するか、帰国するかの二択を迫れれました)。
興行ビザを減らしたことでフィリピンパブは2004年がピークに以降は徐々に減っていきます。
合計特殊出生率の底は2005年で、2005年に向かって徐々に低下していたわけですが、フィリピン人女性など外国人女性が(言葉は悪いですが)性のはけ口を担っていたため合計特殊出生率が徐々に低下していた可能性があります。
2005年から非モテの性のはけ口は少なくなる一方で、10年後にマイルドヤンキーと呼ばれ理由もなく馬鹿にされる層が高卒から順調にキャリアを積み結婚し子を設けはじめ合計特殊出生率が上昇に転じたと考えられます。
ちなみに、ミシェル ウエルベック の「闘争領域の拡大」(非モテが原因で死ぬ話)は2004年11月に日本語訳が出版されています。元は1994年に出版されているので、当時の世相・雰囲気から日本語訳が出版されたのでしょう。
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☆「個性」を煽られる子どもたち―親密圏の変容を考える (岩波ブックレット) 土井 隆義
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コーディングを支える技術 ~成り立ちから学ぶプログラミング作法 (WEB+DB PRESS plus) 西尾 泰和
☆九月、東京の路上で 1923年関東大震災ジェノサイドの残響 加藤 直樹
そこに僕らは居合わせた―― 語り伝える、ナチス・ドイツ下の記憶 グードルン・パウゼヴァング
クリスマスに少女は還る (創元推理文庫) キャロル オコンネル
Three Essays on the State of Economic Science Tjalling C. Koopmans
The Elements of Style, Fourth Edition William Strunk Jr.
☆船に乗れ!〈1〉合奏と協奏 藤谷 治
11/22/63 上 スティーヴン キング
システム×デザイン思考で世界を変える 慶應SDM「イノベーションのつくり方」 前野隆司
追われ者―こうしてボクは上場企業社長の座を追い落とされた 松島 庸
グロースハック 予算ゼロでビジネスを急成長させるエンジン 梅木 雄平
To Repair the World: Paul Farmer Speaks to the Next Generation (California Series in Public Anthropology) Bill Clinton
☆社会心理学講義:〈閉ざされた社会〉と〈開かれた社会〉 (筑摩選書) 小坂井 敏晶
Making the Modern World: Materials and Dematerialization Vaclav Smil
高校教育のアイデンティティー―総合制と学校づくりの課題 (「教育」別冊 (9)) 小島 昌夫
☆名作はこのように始まる〈1〉 (ミネルヴァ評論叢書・文学の在り処) 千葉 一幹
グラミンフォンという奇跡 「つながり」から始まるグローバル経済の大転換 [DIPシリーズ] ニコラス サリバン
☆天涯の武士―幕臣小栗上野介 (1之巻) (SPコミックス―時代劇画) 木村 直巳
ぐいぐいジョーはもういない (講談社BOX) 樺 薫
LEAN IN(リーン・イン) 女性、仕事、リーダーへの意欲 シェリル・サンドバーグ
鬼畜のススメ―世の中を下品のどん底に叩き堕とせ!! 村崎 百郎
男性論 ECCE HOMO (文春新書 934) ヤマザキ マリ
ミシェルウエルベックの本をまた読んだ。
はてな匿名ダイアリーにゴミみたいな文章を書いて数少ない良かったことの一つがは、ミシェルウエルベックを知ったことである。
「闘争領域の拡大」という金はあるけど容姿が醜いために女に一切相手にされない男を不細工の苦しみがセックスに困らない主人公の視点から残酷に淡々と書かれている小説をブコメで勧められたのだ。なぜなら、自分が金はまだあるが非常に容姿が醜い男であるから。
小説内で度々いろいろなことに引き合いに出される、容姿が醜い男女たちが救われることはない気がするし、準主人公の容姿が醜い男は本当に救われない終わりである。
この本を発売日から10日経っていないときに読んだのだが、最近では京都大学の近くの丸善の売り上げランキングで10位を獲得しているからおそらく京大生も読んでいるのだろう。
京大生は丸善で本を買わねーよ 生協で買うよ バーカメイカンとか言われたら、はいすいませんとしか言えない。
しかし、京都の丸善だけでランキング入りしているのだからなにか理由はあるのだろう。
ウエルベックの本というのはとてもはてな匿名ダイアリーみたいな内容だ。
救いようがなくて、鬱屈としていて、読んでいて苦しくなっていく。
内容はフランス人がファシストかイスラム系の内閣 どちらかを選択せざる得ないことになり、イスラム系内閣を選択する話である。
家父長制がまた復活して、女は肌を隠すようになり、義務教育は小学生までになりと。
フランス人は簡単に自由、平等、博愛を捨て、割と幸せそうなのだ。
アラブ諸国のオイルマネーがつぎ込まれているという設定もあるから金のおかげで幸せというのはあるだろう。
大学教授の主人公は一夫多妻制の魅力に勝てず、おそらく改宗するであろう人間だ。
本の言いたいことというのは、自分の悪い頭で感じるには、ぶっちゃけ、教養を身につけてもセックスやら金やら快楽には勝てないし、神を信じたほうが楽だよねーって感じなノリである。
確かにそうである。京都大学の学生は知らないが、バカメイカンの奴ら 一定の容姿がある奴らはセックスをするのを目指して、セックスと金に困らなければ幸せそうだ。自立も教養もクソなのは見ていてわかる。
ただ、容姿の悪い女がイスラム政権ができたフランスで幸せなのかはわからない。
ウエルベックがいうに、金持ちをを躍起にさせるくらいな容姿の良い女はイスラム教では一生子供のままで入れるそうだが、ブスについては何も言われていない。
ミシェル・ウエルベックというフランス人が書いた「闘争領域の拡大」という本とIKKIの「ビューティフルピープルパーフェクトワールド」。
「闘争領域の拡大」は既に絶版となっており、プレミアが付いているので、日比谷図書館で借りた。
割とセックスしているけどメンタルの状態が良くない中流リーマンが容姿が醜いが故に女に相手にされない同僚を淡々と観察し分析しているお話である。醜い同僚は肌がとても汚いらしく、親近感が湧いた。
ただ、彼は非常に積極的だった。いろいろなスポーツやクラブに参加した。そこで美女に声をかけるのである。しかしダメだ。容姿が醜いから。
みんな、セックス敗者で哀れそうだ。
醜い同僚は娼婦を買うのを拒んでいる。他の男は無料でできて、おまけに愛さえついてくるからだそうだ。
考えてみると本当である。
「容姿だけ好き」になられるというのが辛いというが、「金」よりもずっと素晴らしいし、周りからも褒められそうだ。そして満足できそうだ。
セックスの意味合いがだいぶ変わってくる。容姿なら快楽のためで、金なら労働だ。
愛も快楽の一つだと考えればなるほど、愛はついてくる。
どうにもならない容姿の良くない自分は今日も容姿の醜い女を無視して、美人で勃起するどうしようもない現実にどうしようもなくなってしまうだけであった。