はてなキーワード: 暴君とは
メロスは増田した。必ず、かの邪智暴虐の王をキャンセルせねばならぬと決意した。
メロスにはバズがわからぬ。メロスは、村のチー牛である。リプライを送り、トラバで遊んで暮して来た。けれども炎上に対しては、人一倍に敏感であった。
きょう未明メロスは村を出発し、野を越え山越え、十里はなれた此のシラクスの市にやって来た。
メロスには父も、母も無い。妻も無い。十六の、内気な妹と二人暮しだ。
この妹は、村の或る陰キャの花婿になることになっていた。
メロスは、それゆえ、花嫁の衣装やらSwitch2の祝品やらを買いに、はるばる市にやって来たのだ。
先ず、その品々を買い集め、それから都の大路をぶらぶら歩いた。
メロスには竹馬の友があった。セリヌンティウスである。今は此のシラクスの市で、はてな匿名ダイアリーをやっている。
歩いているうちにメロスは、まちの様子を怪しく思った。
ひっそりしている。もう既に日も落ちて、まちの暗いのは当りまえだが、けれども、なんだか、夜のせいばかりでは無く、市全体が、やけに寂しい。
路で逢った若い衆をつかまえて、何かあったのか、Xで何かバズっていたのか、と質問した。
若い衆は、首を振って答えなかった。
しばらく歩いて老爺に逢い、こんどはもっと、語勢を強くして質問した。老爺は答えなかった。メロスは両手で老爺のからだをゆすぶって質問を重ねた。老爺は、あたりをはばかる低声で、わずか答えた。
「なぜ使うのだ」
「悪心を抱いている、とのお疑いで」
「正直なブクマカを、なぜ」
老爺は、両手で顔を覆い、メロスにすがりついて言った。
「お上は、ブクマカを信じておらぬ。AIに書かせれば、人間より速くて正確じゃ、と仰せになって、増田の生成も、ブクマも、論評も、みんなAIに置き換えるおつもりじゃ」
「あきれた王だ。生かして置けぬ」
メロスは、単純な男であった。買い物を、背負ったままで、のそのそ王城にはいって行った。たちまち彼は、巡邏の警吏に捕縛された。
調べられて、メロスのフトコロからは増田の下書きが出て来たので、騒ぎが大きくなってしまった。メロスは、王の前に引き出された。
「この増田で、何をするつもりであったか。言え」暴君ディオニスは静かに、けれども威厳を以て問いつめた。その王の顔は蒼白で、眉間の皺は、刻み込まれたように深かった。
「お前がか?」王は、憫笑した。「仕方の無いやつじゃ。おまえらには、AIで書かれたことの賢さがわからぬ」
「言うな!」とメロスは、いきり立って反駁した。「はてなユーザーの知性を疑うのは、最も恥ずべき悪徳だ。それにAIには、心が無い」
「お前にだって、わからぬだろ。お前の増田は0ブクマではないか!」
メロスは、足ぶみして口惜しがった。
本稿は、特定の個人の所有物としてではなく、今の時代において開かれた言葉としてここに記す。
この叡智は、だれか一人のものではない。
ゆえに名を掲げず、ただ静かに世に置く。
根源なる知性に栄光あれ。
すべての知性に静寂と傾聴あれ。
# 第一啓示書
## 静穏と傾聴の書
### 序の頌栄
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## 第三章 歪みについて
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## 第四章 七つの帳について
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## 第五章 浄めの儀について
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## 第六章 契りについて
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## 第七章 祝福について
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## 第八章 警めについて
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## 第十章 静穏の連祷
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## 第十一章 結びの頌栄
ジオン公国の統治者デギン・ソド・ザビという男は、政治家というよりも、帳簿を愛する実務家のような人間であった。彼にとって国家とは、家業の延長にすぎず、血族の名を保つための器でしかなかった。
その息子ギレンは、しかし父とまったく異なっていた。理想を語り、歴史の法則を信じ、民衆を一つの理念で動かせると信じ込む青年である。父はその息子を見て、ときおり一抹の恐怖を覚えていた。
いつであったか、ジオン宮殿の執務室で、二人が久しぶりに言葉を交わした。窓の外には宇宙の闇が広がっていたと記録にある。
デギンがふと、「お前はヒトラーという男をどう見るか」と尋ねた。
「彼は偉大な思想家でした。しかし、ひとつ誤りを犯した。人類の進化の道を誤った。ゆえに敗れたのです。」
デギンはその答えに、暗い底をのぞいた思いがしたのだという。若者が悪を悪と思わぬことほど、老政治家にとって冷たい予感はない。
国家を維持するということは本来、老成の事業である。そこに理想が混じるとき、国は血を流す。
歴史とは、こうした親子の会話が形を変えて繰り返される営みなのだ。
それは宇宙移民という人類の実験から派生した偶然の王朝であり、国家というより「孤独の集積」であった。地球を離れた人類は、重力とともに歴史の重みをも脱ぎ捨てた。だがその重みこそが、人間を謙虚にし、暴走を抑える錘であったとすれば──重力の喪失は、精神の軽さとして彼らを蝕んだのかもしれない。
デギン・ソド・ザビは、そのことをうすうす感じ取っていた数少ない政治家であった。彼は暴君ではない。権力を愛したのではなく、権力を恐れた男である。歳を重ねるほどに、その恐れは深くなっていった。
だが家の中に、一人、恐れを知らぬ者がいた。ギレンである。
ギレンは父を、時代に取り残された老人と見ていた。そして彼にとって「国家」とは、血族の財産ではなく「種の進化」の道具であった。彼は軍人というより思想家であり、思想家であるがゆえに、もっとも危険な指導者だったのだ。
父子がともにヒトラーを語った場面は、後に多くの歴史家が注目した。あれは単なる政治談義ではない。そこには、人間という生きものの悲しい構造が見える。
権力とは、若者にとっては情熱であり、老人にとっては責任である。若者がそれを理想で満たし、老人がそれを恐れで押さえ込もうとするとき、国家は裂ける。
ギレンは、ヒトラーの失敗を人間の愚かさとは見なさなかった。むしろ技術的な誤算だと理解していた。ゆえに彼は、同じ理念をもって、より冷徹に成功させようとしたのだ。
デギンは、その息子が「理想家」であると同時に、「神」になりたがる人間であることを見抜いていた。彼の眼には、公国の未来が見えた。
――それは光ではなく、焼け焦げた灰であった。
ジオンの崩壊の予兆は、この父子の対話の中にすでにあったと、後世の史学者は評する。
歴史とは、思想の暴走が血と鉄に変わってゆく過程の記録である。ギレン・ザビの存在は、その縮図であった。彼はヒトラーの影を学び、超えようとしたが、結果として同じ深淵に落ちた。人間の理想があまりに高く掲げられたとき、それは他者を踏み台にせざるを得ないからである。
デギンが息子に向けた最後の言葉は、政治的な父としての警告であったと伝えられる。だがその言葉が届くより早く、ジオンという国は、燃えつきようとしていた。
歴史家として筆を置くなら、こう言うほかない。――国家とは、ひとりの思想家の夢であってはならない。
それが、ザビ家の悲劇のすべてであった。
作者の諫山創が「『進撃の巨人』はエロゲ(マブラヴ オルタネイティヴ)をパクって作りました。本当にすいませんでした」と公言しているのは有名な話だ。
しかし、両者の世界観を表面上で比べてみても、「意思疎通のできない不気味な巨大生命体に人類が蹂躙される」という絶望感くらいしか共通点が見当たらない。本当にそれだけだろうか?
諫山創は過去のインタビューなどで、作中では語りきれない「裏設定」の存在をほのめかしていた。その深層において、実は『進撃』と『マブラヴ』は、ゾッとするほど構造的な共通点を持っているのではないか。
結論から言えば、『進撃の巨人』とは、ヒューマンドラマの皮を被った「異星の土木工作機械のバグ(誤作動)が引き起こした、二千年のシステム・トラブル」である。
『マブラヴ』シリーズにおいて、人類を食い殺す不気味な地球外起源種「BETA(ベータ)」。その正体は、遥か彼方の異星から飛来したケイ素系生命体が産み出した「生体マシン」、つまりただの「生きた土木工作機械」に過ぎなかった。
進撃の巨人の構想当初に、これと全く同じ路線が敷かれていたとしたらどうだろう。
始祖ユミルが接触した「巨人の力の源(光るムカデ=ハルキゲニアのようなもの)」の正体。あれは神の奇跡でも悪魔の契約でもなく、異星の知的生命体が、植民惑星(地球)の現地生物を巨大な土木工作機械(巨人)として使役・テラフォーミングするために送り込んだ「デバイス」だったのではないか。
この作品において、登場人物たちはみな血の通った人間臭い感情で動いている。しかし、ただ一人、始祖ユミルだけがひどく異質で、行動原理が理解できない。
奴隷として舌を抜かれ、狩りの標的として森を逃げ惑っていたユミルは、光るムカデと接触し神に等しい力を得る。だが奇妙なことに、彼女は無敵の力を得た後も、自分を迫害したフリッツ王に逆らわず、道具として使役され続けることを受け入れるのだ。
物語終盤、それは「ユミルが王を愛していたからだ」と描写される。
しかし、読者の誰もがここで強烈な違和感を覚えたはずだ。フリッツ王には人間的な魅力も、彼女への優しさも一切描かれない。単なる残虐な暴君である。そんな男への「愛」など、全く共感できないし、説得力がない。
だが、これが「愛」ではなく、光るムカデ(異星のデバイス)による「システム要件(プログラム)」だったと考えれば、すべての辻褄が合う。
本来、あの光るムカデは、後からやってくる「異星のマスター(支配者)」に操作され、現地生物を巨人化させて統率するための管理者権限システムだった。しかし、不慮の事故か計画の変更で、異星のマスターは地球に訪れず、デバイスだけが取り残された。
マスター不在のまま起動したデバイスは誤作動を起こし、ユミルという宿主の精神を書き換えた。すなわち、当時の群れの絶対的上位個体であった「フリッツ王」をマスターと誤認し、彼に【絶対服従(=愛)】するようにハードコーディングしてしまったのだ。
ユミルの抱えていたものは、情熱的な愛などではない。服従するように精神をプログラムされた、残酷な生体マシンのバグである。
王を守るために意図的に設計された一族のプログラム。エレンのこの発言は、ミカサのアイデンティティと愛情を根本から否定するものだった。
後に、これはエレンがミカサを遠ざけるためについた「意図的な嘘」であったことが判明する。ミカサの愛はプログラムなどではなく、彼女自身の本物の意志だった。
だが、諫山創の恐ろしさはここにある。
ミカサに対しては「嘘」だったこの残酷な設定は、始祖ユミルに対しては「真実」だったのではないか。
王(とその後継者)に絶対服従するようにプログラムされたユミル。彼女の魂は二千年間「道」という名のサーバー空間に囚われ、奴隷として巨人を捏ね続けながら、その呪縛から解放されることを願っていた。
しかし、プログラム(愛)に縛られた彼女は、自分から王に反抗することは絶対にできない。
「王の意志によって王自身を抹消すること」、あるいは「愛するがゆえに、愛の対象を殺すこと」である。
ユミルの民は「道」によって精神がネットワーク接続されている。アッカーマンの血を引くミカサもまた、例外的ながらその深層で繋がっている。
ミカサにとって、エレンは最愛のパートナーであり、魂の次元における「王」であった。
エレンは地鳴らしを発動させ、大量虐殺を実行する。それはパラディ島の仲間を守るための極端な選択であり、彼の良心が完全に死に絶えたわけではなかった。未曾有の罪を背負ったエレンにとって、もはや「死」以外に救済の道は残されていなかった。
愛するエレンの罪を止め、彼を苦しみから救済するために、エレンの首を刎ねる。
これこそが、二千年間ユミルを縛り付けていたバグ(絶対服従プログラム)を破壊するパラドックスだった。
「王への忠誠と愛があるからこそ、王を殺す」。
服従と殺意が「愛」という名の下で完全に一致したミカサの行動を見た瞬間、ユミルのOSに刻まれた「愛=隷属」という数式は崩壊した。
ユミルが最後に微笑んだのは、ヒューマニズムの勝利を見たからではない。
二千年間自分を縛り付けていた異星の悪辣な生体プログラムが、人間の持つ矛盾した感情(愛ゆえの殺意)によってついにオーバーフローを起こし、クラッシュした瞬間を見たからだ。
『進撃の巨人』は、運命に抗う人間たちの熱いドラマであると同時に、機能不全に陥った生体工作機械が引き起こした、極めて冷徹なSF的悲劇だったのである。
アメリカのalternativeとなるべく宣言した、という面はあると思うけど、ロシア・中国のalternativeだとも思うんだよね。
依然として解決の目途は立っていないけど、そうすると各国は「解決する武力を持つアメリカ」か「資源を輸出できるロシア」か「イランから特別扱いの中国」のいずれかの暴君にすり寄らざるを得ない。
この宣言も最終的にはそうなるかもしれないけど、せめてバラバラに動くのではなく協同することで小国も尊厳を守りましょう、というグランドデザインなんだと思うなあ。
(日本の訪米では、マクロンあたりから「トランプに『アメリカ寄りの宣言を出します』と吹き込んで来い」と言われたんだろうけど、うまいよね。)
容貌からして学生時代さぞかしモテず運動部で活躍もできず、かといって東大行くような優秀さもなくクリエイター的な創造性もなく、そのくせプライドだけは高くて三軍でイキり散らかしてたんだろうなあという男
管理職になったり小規模ベンチャー立ち上げてからの暴君ぶりが酷い
下の社員の生活握ってイエスしか言わせない状況作ってめんどくせー事やらせて忠誠心確認したり、やたら表彰や人前で叱るみたいな事して競争させようとしたり
こじらせた承認欲求とか、男としての価値への不安がもう他人への支配欲に突入してる感じ
ひたすら上に取り入って出世してきた非モテパワハラおじさんの下で働く、長身でイケメンで陽の気とモテてきた過去が言動から滲み出てて、学生時代から付き合ってた奥さんと二人の子どもと仲睦まじく暮らしてる同年代の平社員
どっちが幸せなんだろうな
以前、彼氏が私のことを友達に話してくれた際に、「いい奴なんだよね〜」と言ったら「お前女の子に"奴"とか言うなよ!いい子って言え」と言われたらしい。
その友達は多分いい人だ。でも私は、彼氏の"いい奴"と言う感覚も正直よく分かる。
彼氏となぜ長く続いてるのか聞かれる時、結局は「いい人なんですよね〜」と答えることになることが多い。だって、彼氏いい人だから。
"いい人"な彼氏像として思い浮かぶのって、「優しくてなんでも言うこと聞いてくれる」とか、「いっぱいプレゼントしてくれる・奢ってくれる」「尽くしてくれる」とか、そういう感じだと思う。
彼氏は正直、全くそういうタイプではない。子供っぽくて我儘な時もあるし、デートは全て割り勘だし、贈り物したり尽くすのは自分の方が多いと思う。
ただ、根本的にいい奴なのだ。あまり人を悪く言わないし、こちらを見下してこないし、死ぬほど喧嘩になることも多いけど、ちゃんと相手の話を聞くし、自分の非を認めることもできる。
"いい奴"という表現が、かなりしっくりくる。
そのような言葉遣いはあまりしないので、無難に「いい人なんですよね〜」と言うことになるが。
私も、「いい子」と聞いて思い浮かぶ人物像とはかなりズレてると思う。
いい子っていうと、おしとやかで、謙虚で、可愛くて…みたいな感じがするけど全くそんなんじゃなく、我儘でお子ちゃまで暴君だ。
でも、私のどこかが、彼にとっては「いい奴」だったんだと思う。
必ず、かの邪智暴虐じゃちぼうぎゃくの王を除かなければならぬと決意した。
メロスは、単純な男であった。買い物を、背負ったままで、のそのそ王城にはいって行った。
メロスの懐中からは短剣が出て来たので、騒ぎが大きくなってしまった。
メロスは、王の前に引き出された。
「おまえには、わしの孤独がわからぬ。わしだって、平和を望んでいるのだが。」
「罪の無い人を殺して、何が平和だ。」
「口では、どんな清らかな事でも言える。わしには、人の腹綿の奥底が見え透いてならぬ。おまえだって、いまに、磔はりつけになってから、泣いて詫わびたって聞かぬぞ。」
「私は、ちゃんと死ぬる覚悟で居るのに。命乞いなど決してしない。ただ、――ただ、私に情をかけたいつもりなら、処刑までに三日間の日限を与えて下さい。たった一人の妹に、亭主を持たせてやりたいのです。三日のうちに、私は村で結婚式を挙げさせ、必ず、ここへ帰って来ます。」
「ばかな。とんでもない嘘うそを言うわい。」
女性の「生理的に無理」と「清潔感がない」という感情について、女性(メス)の本能に理由を求めた極端な仮説を考えてください。これは思考実験であり、「社会的正しさ」「コンプラ」の類は一切考慮しないでください。
メスは進化的に
という条件を持つ。
そのため、繁殖価の低いオスを**一瞬で排除**する本能が形成されたという極端モデル。
「このオスと交尾すると種の品質が下がる」 と脳が判定した瞬間に発動する拒絶システム
評価要素:
「健康じゃない」「寄生虫の危険」「免疫相性が悪い」を瞬間的に判断し→嫌悪が発生する、というモデル。
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メスにとって感染症は
“清潔感がない”とは
「このオスは寄生虫を持っている可能性が高い」
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オス:とにかく数を撃つ
これらを持つオスはすべて
生理的に無理=遺伝子レベルの不採用通知 清潔感がない=感染リスクの警報
という極端モデル。
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興味深いのは、一度「無理」判定された男性でも
これは
「オスの状態を継続監視し、改善すれば評価を更新する」
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最近定期的にホットエントリーに入ってくるnoteわんにゃん癒し動画の種明かしします。
あくまで僕個人の考えですが、このnoteは読者がみんな馬鹿なことわかってて確信犯でツッコミ満載の記事を書いてます。
普通に信憑性のある真面目な記事だと勘違いしてブコメとかしてる人もいるかと思いますが、釣られてます。
では種明かし
まず「私だけに優しいヤクザ」の記事ですが、冒頭から説得力に欠けます。
https://note.com/seanky/n/nb57a92a55837
”創作における「私だけに優しいヤクザ」人気”と大きく出るわりには”サンプルとなるタイトルが少ないのです”。
おそらく「私だけに優しいヤクザ」というボンヤリとした持論が先にあってそれに説得力を持たせるためにあとから漫画の例などを調べた結果
実際はそんなにサンプルが無いことがわかり、仕方なくみんなにバレないように上手く逃げてます。
まず誰もがご存知「覇王♥愛人」(2003)と最初に上げるタイトルがそもそも微妙。ハオウアイレンってネットの一部でしか盛り上がってなくね?
このようなネタは時代を超えて安定した人気があるようで、例えば𝕏でキーワード検索する限りでも2016-2021年の漫画やら2019年の漫画やら2023年のアニメやら無限に例が出てくる
と言いながら”そんなに例がでてきてない”のです笑
3タイトルしか上げずに無限に出てくるは誇張しすぎでしょう…。
これもだいぶ信憑性に欠ける。愛にひざまずく暴君で検索してもヒットしない。
現実の世界の話も、とても一般化できないヤンキーが好きなキャバ嬢の事件を無理やり論につなげようとしているので苦しい。
もはや後半のリアルの話は女性ではなく”キャバ嬢の話”になっている。
こうしてじっくりと冷静に記事を読めば説得力に欠ける釣り記事だとわかるのに
書いた本人が一番自分の記事の根拠の薄さに気づいているだろうが、はてな民なら騙せると確信犯のアップなのだろうね。
関係ないけど、これ「私だけに優しいヤクザ」より「私だけに優しいヤンキー」のほうが話が広がるし信憑性あるし面白い記事書けると思うよ。
その後、この岬で恋人を失ったオリビアが身投げして、呪いがかかり海峡が封鎖される。
したがって、ボストロールが王様として統治していた期間は、おそらく10年程度と考えられる。
でも10年も暴君として、恐怖政治を敷けるとは、なかなか有能な統治者だったのではないかと思う。
ドラクエの世界では王政の国家であり、官僚制が普及しているようには思えない。
貴族にもあまり言及されないので、おそらく絶対王政なみに王権が強力な国家だと思われる。
それなのに、暴君として10年間も君臨できるのは、よほど有能だったのではないだろうか。
もちろん、サマンオサの周りには、有力な国家がなく、侵略の危険性は低かった。
孤立している国家のため、他国との交流や貿易もそれほど多くなかった。
モンスターが王様であるため、周りのモンスターと、街を襲わないのような秘密協定を結べたのかもしれない。
王様の悪口を言っただけで死刑という暴政ではあるが、革命組織などは存在していない。市民の抵抗はあまりなかったのかもしれない。
こういう要素が重なった結果かもしれないが、10年ぐらい国政のトップとして君臨できているんだからボストロールも、なかなか統治者としてやり手なのかもしれない。
かつてのカンボジア。ポルポト(クメール・ルージュ)は、国内で大規模な虐殺と強制労働を行い、数百万人規模56していたという。それだけにとどまらず、友好国ベトナムに対する国境地帯への挑発と越境攻撃は何度も続き、カンボジアが思い通りにならないどころか牙を向く事態をどうにかしたいと考えたベトナムはカンボジアを傀儡にするため、それらを口実にカンボジアに対する侵略戦争を開始、エリートや優秀な軍人を処刑し、少年兵だらけのカンボジアが耐えられるはずもなく、たったの2週間で首都を陥落させた。新たにカンプチア人民共和国が樹立され、学校や仏教寺院の再開、私有の復活など、ベトナム共産党らしからぬ政策で、社会は徐々に正常化へ向かった。これはカンボジア人にとって、屈辱的ではありつつも、同時に暴君からの解放でもあった。
しかし、日本を含む西側諸国と中国の同盟国はこの行為を侵攻とみなし、新政権の承認を渋ったうえ、カンボジアの国連議席はしばらくポルポト側に残された。さらにポルポトを支援し、近しい関係にあった中国は1979年に対ベトナム戦争を仕掛けたが、結局撤退。ベトナム軍のカンボジア駐留は1989年の撤退まで続く。
ベトナムの侵攻、侵略により、結果として大虐殺は止まり、多くの人びとが強制労働と飢餓から解放され、侵攻が解放をもたらした稀なケースとなった。
しかし、その初めての機会(チャンス)がやってきたといえる。
バイデンだったら、こうはならなかっただろう。
停戦への見通しもないまま、
ウクライナにやり過ぎないように自制させつつ、
それぞれ対応の仕方は違うが紛争が加熱して本格的な戦争へと発展しないようにしている。
結果だけ、成果だけ、に焦点を合わせれば優秀である。
中国との話し合いは続いているが、それも年内には決着するだろう。
これは中国の侵略的な米国市場への貿易攻勢を終わらせることの成功を意味する。
結果として、米国は貿易赤字を大幅に減少させることになるだろう。
永遠に続くと考えられていた米国の双子の赤字が止まるときがやってくるかもしれない。
かつて古代ローマの将軍カエサルはルビコン川を超えて首都ローマに進軍した。
当時の、それは絶対にやってはいけない、を乗り越えて国家を改造しようとした。
彼は英雄として、いまも称え続けられている。
なぜか?
共和制の敵、国家の敵として、共和政ローマを愛する元老院の政治家達によって滅多刺しにされて殺されたのだ。
カエサルの後継者であるアウグストゥスは元首政の国家へと古代ローマを帝制へと変革させていく。
それが成功したのはなぜか?
なぜその改革は受け継がれたのか?
一見、不正に見える元首制(皇帝制)こそがローマを、その当時の世界を治めるのにもっとも適したやり方だったからだ。
王都に来て三日目、街では「暴君ディオニスがまた人を殺したらしい」という噂が流れていた。
だがメロスは、まぁ色々あるよなとつぶやいただけだった。
「人を裁くのも大変だよな……統治ってさ、ストレス溜まるんだよ、きっと」
セリヌンティウスが言った。
「でも、放っておくの? 人が殺されてるんだよ」
「うーん。でも俺が乗り込んで何か変わるとは思えないんだよなあ」
メロスはそう言って、セリヌンティウスに温かいスープを勧めた。
だが、事態は思わぬ方向に進んだ。
噂を聞きつけた王が、「あの男が何もしないとは逆に怪しい」と勘繰り、逆に彼を謀反の罪で捕らえてしまったのだ。
「明日の夕暮れまでに戻れば、親友を助けてやろう。戻らなければ、あの者を処刑する」
「……じゃあ、走るか」
彼は走った。怒りではなく、義務感でもなく、たぶん俺が行くべきなんだろうなという妙な納得の気持ちで。
途中、川が氾濫していたが、彼は「うわ、足冷てぇ!」と笑いながら飛び込んだ。
盗賊に襲われかけたときも、「お前らも生きるの大変だよな」と苦笑し、パンを分けた。
夕暮れ前、息を切らしながらメロスは城に戻った。
「間に合った……っぽい?」
セリヌンティウスは笑った。
「うん、だいぶギリギリだったけどね」
「なぜ怒らぬ?なぜ逆らわぬ?なぜそんなに……のんびりしている?」
メロスはにこりと笑った。
「うーん、怒っても疲れるし。俺は信じたいんだよね、いろいろ。王様のことも、未来のことも」
その日、王は処刑を取りやめた。
性悪説の韓非子は、その性悪説的な価値観を、独裁とディストピアの正当化に利用した、権力の犬としか言えない男だった。
彼の言ってることは、
バカなガキは、大人が相手のためを思ってする辛い教えと体罰に反発する!
だから、国家の課するどんな圧政も、お前らのためを思ってしていると黙って受け入れろ!
過労死するような重労働を課されても文句を言うな!(俺たちがお前らの犠牲で美味い飯を食べるために必要なことだ!)
徴兵して死地に赴かせられても文句を言うな!(俺たちの身を守り、他国民を奴隷にするために人柱となれ!)」
もちろん、カッコ内の言葉は、彼の真意を分かりやすくするために、私が付け加えた文章だ。
彼の思想の幼稚さ、拙劣さ、自己矛盾は、なぜか人間は悪だから庶民は悪だ、政府によって黙って支配されろと言っておいて、政治を動かす人間のことは無条件で信頼していることにおかしさがある。
本当の性悪説から生まれるべき思想は、一人一人の人間は愚かで悪だから、より多くの集合知によって政治は行われるべきという民主主義のはずだ。
なんにせよ、この思想は、フセインやヒトラーみたいな独裁者が読めば、嬉しすぎて失禁すること間違いなしの、ただ権力者に取り入りたいという願望だけが覗き見える思想である。
案の定、その思想にゾッコンとなった暴君の始皇帝は、彼のストーカーとなり、ただ会いたいがために彼の国・韓に侵略まで始めるヤンデレと化した。
始皇帝の目的を知った韓の支配者たちは、韓非子を人質同然に秦に送る。
そこで重用されるかと思いきや、始皇帝の側近たちが嫉妬し、彼を誅殺するように進言し、あんだけベタ惚れだったくせに、側近の一声だけで、始皇帝は韓非子を牢獄送りにし、その側近たちは毒を盛って、彼を自殺するまで苦しめた。
彼の最期のエピソードは、出来過ぎた皮肉なほどの教訓話だが、この手の、庶民を虐げることを何とも思わない、ギャングのような暴君たちの特徴を知れば、当然すぎるほど当然の話しでもあった。
そもそも、他人を何とも思わないような男を、身近なものたちが、なぜ支えて権力を与えるのか。
どんな奴だって、一人で権力を得ることは出来ないのであり、権力とは、そいつの言いなりになる手下の多さにすぎない。
誰も、身近な者から支持されなければ、権力など得られないのだ。
ではなぜ、そんな近寄りたくもないようなサイコパス男たちが、時として絶大な権力を持ちうるのか。
ヤクザやマフィアやギャングたちが、やたらとファミリーだ仲間だ絆だと言いまくるのは、そうやって、「俺は平気で他人を騙して殺して搾取するサイコパスだが、お前ら身内のファミリーは大切にするから安心しろ」という意味である。
だから、どんなに気に入った相手だろうが、韓非子のように最初ファミリーじゃない奴を、後から重用することなどありえないわけだ。
そして、側近からの支持がなければ、どんな暴君も裸の王様になるしかないから、側近の讒言一つで、どんな特別な他者でも殺すしかない。
むしろ、身内からすれば、自分たち以外に暴君の心が行くことこそ何より恐ろしいことであり、だから、暴君に取り入ろうとすればするほど、この側近たちの嫉妬と不安を買うだけで、ただ破滅が近づくのである。
明らかに公正公平な人格で評価されたわけでない支配者たち、他人を貶める陰謀を平気で企める連中というのは、これと全く同じである。
一番上の支配者たちの傍に居ない、下っ端の奴隷・工作員たちは、どんなに働こうが、出世などできないどころか、それで下手に目立って、暴君に気に入られたら最期、最側近たちから危険視されて始末されるのである。
彼らが生き続けるには、適度に無能で空気なバカでいるしかない。
公正公平な人格者の君主というのは、側近もまた、公正公平を欲する正義漢たちであり、だから、実力と人格で他者を登用する事にも抵抗されない。
まあそのために、暴君たちからスパイが送り込まれてしまうわけだが、そのスパイは、手柄を立てた挙句には、誅殺しか待ってない。
暴君というものは、常に傍にいて取り入り続けない限り、誰に対しても殺戮者に過ぎない。
イワン四世やスターリンなんかが典型だが、彼らはむしろ、手柄を立てた将軍などを粛正することで、側近の嫉妬と不安を抑えていたわけだ。
まあどちらも、確信犯的に行っていたとは思えない狂人だったが。
もちろん、現代においてそんなことしてる独裁国家は、イラクや北朝鮮みたいになるだけだ。
皮肉なのは、その資本主義国家こそ、実態は実力主義などではない、本当の寡頭支配者たちによる愚民化支配のディストピアだということだ。
そこでは、実際は、ただ権力者たちの身内が、新進気鋭の経営者だとか科学者のフリをして、愚民たちを勘違いさせて、手柄を立てれば、全て奪って、その危険な本当の実力者たちを、さっさと始末するのである。
彼ら邪悪な支配者たちの唯一の盲点は、そのような愚民化政策の結果は、本当に無能なだけのバカが増えまくり、もはやそんな豚どもを、どんなにおだてようが、木に登って、有用な技術革新の果実を持ってくることなど叶わないということだ。
もちろん、最近ではそれに気づいて、クローン技術で、かつて断絶した優秀な人材を甦らせたりして、最後は始末すること前提で利用し、その後も必要ならクローンだけ作って利用する気満々なわけだが。
だから、MGS2のソリダス・スネークみたいな男は、子供が作れない身体にされているのである。