はてなキーワード: 愛想笑いとは
『マイリトルブス』は、読む人を選ぶ学園漫画だ。
ラブコメに見えて、そうじゃない。
そして、刺さる人にはとことん刺さる。
愛想笑いもしないし、「どうせ私なんて」と自分を下げることもしない。
代わりに持っているのは、異様に冷静な目と、無駄のないツッコミ。
「ミヨちゃんブスだし、相手いないでしょ。だから俺と付き合おうよ」
この一文だけで、ブラウザを閉じたくなる人もいると思う。
分かる。
タケくんは、ミヨちゃんを本気で好きだ。
それは疑いようがない。
彼の中では、
というロジックが完全に完成している。
ここが怖い。
この漫画が炎上芸で終わらないのは、ミヨちゃんの態度のおかげだ。
彼女はキレない。
罵倒もしない。
正論で殴り返すことすらしない。
ただ、「その前提、どこから来たの?」という顔で受け止める。
その静けさが、読者に考えさせる。
「今の、もし現実で言われたら?」
「笑って流してきたけど、本当はかなり雑に扱われてない?」と。
・「顔がいい男に好かれる=勝ち」じゃない
・イケメンに好かれても
・一途に溺愛されても
それだけでは“付き合う理由にならない”と、作品がはっきり示す。
ミヨちゃんは選ばれない側じゃない。
選ばない側だ。
タケくんの友人であるアヤくんやリョウくんは、「恋愛の距離感が普通な男子」として配置されている。
つまり読者は、タケくんを「極端な例」として笑うこともできるし、「ちょっと誇張された現実」として背筋を冷やすこともできる。
この逃げ道のなさが、ネット向きだ。
私は病院の待合室で読んで、笑いそうになる → 笑えない気持ちになる → また笑うという感情の反復横跳びを食らった。
軽いラブコメの顔をしているのに、中身はかなり生々しい。
だからこの漫画、「好き」「無理」「分かる」「キツい」が人によって全部違う。
――つまり、語りたくなる。
あなたはって慇懃な二人称な割にタメ口なのが本当に気持ち悪い絡み方しかできないおじって感じで笑う。
何人かの上司や取引先、距離感間違えないおじ達とは仲良しだからお前の悔し紛れの妄想壊しちゃってごめんね〜。
下心があるかどうかなんて本当はわかんないだろ!とか言われても、職場とか店員と客とかみたいな相手が拒絶しにくい関係性でプライベートの飯に誘ってきたり連絡先聞いてきたりする時点で距離感誤ってるし空気読めてないから迷惑なのに代わりはないんだわ。
下心じゃないって、若い女が頑張ってるから飯でも奢って労ってやろうと思って〜、とか?
キモキモキモ、そういう発想がキモい事に気づけよ、なんでお前ら揃いも揃って女なら上から目線でいけると思うんだろうね。知らんおじに気を使いながらニコニコ愛想笑いして面白くもない話聞いて飯食うくらいなら一人で公園でカロリーメイト食ってた方がまだ楽しい。
というかお前みたいな距離感と目線が気持ち悪いおじって、基本的に『気を使われている』ことに対する認識がないよね。好意があるからではなく気を使われてるから愛想良くされてる、気を使われてるから挨拶されてる、それをなんでか『飯に誘ってみようかな?』って解釈すんだよね。
それだけ『気を使う』ってことに疎いんだろうけど、だから嫌われるんだよ。
というのを気を使わずに書いてみました〜。だって気を使ってやんわり伝えてもお前らキョトンとしてるんだもん。
今読み返して気づいたけど『おじが話しかけるだけでキモい』って、そら用もないのにやたら話しかけて来られたらキモいわ。態度には出さないけどね、それが社会性なんで。だからここでやめろって書いてんだよ。
職場や客と店員などの関係で女性に対し「俺に好意があるのかな?」と思ったおじが陥っている勘違いはおおむね以下のようなものだ。
→ない。むしろ恋愛対象外だからこそ気楽に話しかけられている。
・連絡先を教えてくれた/ランチに誘ったらOKだったから俺に気があるのかな?
→ない。連絡先を教えろと言われて「嫌だ」と断る方が難しい。今後も毎日相手に会わなければならない状況ならなおさら、断って険悪な雰囲気にされるのは困るから教えざるを得なかっただけだ。
ランチの場合は、「ランチなら仕事の範囲だからこれも必要な人付き合い」として我慢できるが、本当なら断りたい。断ると角が立つからOKしているだけである。
→ない。よく見ろ。お前の話を愛想笑いで聞き流しているその子は、親しい同年代の相手とは自分からもっと喋っているだろう。お前の話を聞いているのは楽しいからではなく、それが礼儀であり、社交辞令だからだ。
→ない。顔見知りになれば誰でも挨拶くらいする。それをお前が特別に思うのはお前にそういう社会性の高い発想がないからだ。
→ない。知り合いが好きだと言ったものを記憶していて会話に出したりするのは、普通の社交術だ。
・俺が好きな感じの服を着ているから気があるのかな?
→ない。関係妄想という言葉があるが、自分が他人の行動に影響を与えているという妄想、願望を捨てろ。
・俺と同じ物を好きだと言うあの子は俺に気があるんだな?
→ねえわ。自意識過剰もいい加減にしろ。お前にそんな影響力はない。クソナルシストが。
→ねーーーーわ!!!!仕事が円滑に回るように気を使っているのを、自分が特別扱いされているとすり替えるな。
・毎日行く俺の顔を覚えていてくれたあの店員はどう?気があるかな?
おじたちよ
【社交辞令】【気配り】【人としての礼儀】【顔見知りレベルのコミュニケーション】を、ちょっといいなと思った女に向けられた時、それを恋愛感情だと思うのをやめろ。押せばいけると思うのをやめろ。ワンチャンあると思うのをやめろ。ないから。
ちなみにだがコミュ力も営業力もバチクソ高い20代後半彼女ありのとある男は、『どんな女性でも寒そうにしていたら上着を脱いで貸すのは当然』だと言っていた。(成人する子どもがいる、母親のような年齢の女性にも心配そうにコートを貸そうとしていた)
ケアに疎い側の性別でも、そこまで親切の範囲が広い男もいるのである。
そんなだから当然モテる。あんまりモテて困るので早く彼女と結婚したいらしい。
定期的にメンクリに通院しているのだが、最近仕事の都合で曜日を変えたところ、男性の予約患者が多い時間帯に当たるようになった。
心療内科に通院している人々である。全員何かしら悩み、不眠や頭痛などの不調、そして生きづらさを抱えているのは間違いない。
全員精神疾患のある病人であり、障害者として生きている人もいるだろう。言ってみればみな同じ、ある種の弱さを抱えている人たちだ。
それにも関わらず、男性ばかりの待合室で、私はよく覚えのある緊張感を味わっていた。
180cmを超える大柄な中高年の男性が、受付の女性スタッフを明らかに下に見た物言いをしている。一応敬語ではあるのだが、態度は尊大で、まるで物わかりの悪い部下に言い聞かせるように喋る。ペンを出せ、付箋をよこせと当然のように要求する。でかい声で何度も念を押し、ペンを返す時は手渡さずカウンターに転がす。
別の男性は待合室のソファにふんぞり返るように足を広げて座り、クソデカ溜息をついたり、何かを威圧するように貧乏揺すりをしている。他に出入りしていた男性、待合室に座っていたほとんどの男性は受付スタッフに対する態度も常識的だったのだが、「有害な男性性」というやつをステレオタイプに体現する人間がその場にわずかにいるだけで、場には嫌な緊張が漂うのだった。
私の職場もまた男性がマジョリティであるのだが、そういうステレオタイプに当てはまる男性が何人かいる。ある上司は威圧的な言動を繰り返し、ひとたび機嫌が悪くなれば物に当たり、舌打ちをし、暴言を吐くため、皆が腫れ物に触るように彼に接している。一人の女性社員は彼のパワハラにより退職に追い込まれたが、「報復が怖いから」と会社に訴えることは最後までしなかった。
別の上司は外見的には厳ついタイプではないのだが、不機嫌になると立場の弱いアルバイトを理不尽に怒鳴りつけたりするため、これもまた腫れ物扱いされている。
また別の一人はアルバイト歴の長い実家住みのおじさんなのだが、やたらにプライドが高くイキリがすごい。自分が知らない事があるということを認めたくないのか、知らない話題が出てくると露骨に無言になり不機嫌になったりする。忙しくて思い通りに仕事が進まないと物に当たり、でかい声で怒鳴ったりする。その相手は年下の気弱な男性アルバイトか、年下の女性アルバイトだ。
その他の職場のほとんどの男性は普通の、常識的な、加害性のない良い人たちで、彼らのことを「困るよね」と認識してもいる。しかし、実際に被害を受けるのは女性か、立場の弱い男性であり、彼らは無関係であるために見て見ぬフリをしているというのも事実なのである。
下手に刺激すれば面倒だというのもわからなくはない。
だから威圧的な言動をする一部の男たちは増長するがまま、煙たがられるまま野放しになっているのだ。
私だって、自分がターゲットにされたくはないので、有害な男性性を撒き散らす男がいる場では息をひそめているし、機嫌を損ねないように適当に愛想笑いをしたりもする。
連中がやっていることは要するに【(威圧的な態度を取ることで)暴力や権力をちらつかせて主導権を握り、自分の要求を通す】というものなので、性別を問わず誰だって巻き込まれたくはないと思うだろう。
メンクリの待合室でも職場でも、それは同じなのだった。威圧的に振る舞う男と、そのターゲットにされる立場の弱い女や年配者、年少者たち。男性がマジョリティである状況下で、自分に火の粉が飛んで来ないことを願う私。何ならそれが賢いとさえ思っている私。
誰が悪いとか誰に責任があるとかいう話ではなく、どうしたって構造的にそうなってしまう。
一方で、威圧的な振る舞いをする男というのは、そのために他者から嫌われ、信頼されることもないわけで、だからこそ言う事を聞かれなければ「なめられている」、言う事を聞かれても「本心は違うのではないか」という不信の中にいる。
日曜日の夕暮れ。明日は月曜日だが、今の私には憂鬱などない。むしろ、自分の役割が待っている場所があることに充足感すら覚える。今夜の夕食は、手間暇をかけたおでんだ。出汁は昆布とかつお節から丁寧に取り、具材には隠し包丁を入れる。この「手間」こそが、丁寧な暮らしの象徴であり、社会的に自立した大人の証左である。
鍋の中で、大根、ちくわ、はんぺん、こんにゃく、たまごが静かに揺れている。 弱火でじっくりと。急いではいけない。 熱の対流が、出汁の旨味を具材の奥深くまで浸透させていく。
私は、ネットの荒らしを「可哀想な存在」と定義した自分に、改めて満足していた。自分は高い視座にたどり着いたのだ。暗い部屋でキーボードを叩き、顔も見えない誰かを傷つけて優越感に浸る。そんな彼らの人生は、この煮込みを待つ時間よりも薄っぺらい。
ふと、鍋の中を覗き込んだ。
対流によって、はんぺんがゆらりと位置を変えた。それまで中心にいた大根は端に追いやられ、こんにゃくがその隙間に滑り込む。 私はその様子をぼんやりと眺めていた。
「……あれ?」
奇妙な感覚に襲われた。 鍋の中の具材たちは、互いにぶつかり合い、場所を奪い合っているように見える。しかし、そこに悪意はない。ただ熱力学の法則に従って、揺れているだけだ。
私は今、自分を「社会という大きな秩序ある仕組み」の一部だと信じている。給料をもらい、信頼を得て、正社員として機能している。それはまるで、おでんの具材が「大根」や「たまご」という確固たる記号を持って、出汁という社会の中で役割を全うしているようなものだ。
しかし、分子レベルで見ればどうだろう。 熱が加わり、組織が壊れ、出汁の成分と具材の成分が交換される。大根の細胞壁が崩れ、そこに鰹のイノシン酸が入り込む。境界線は曖昧になり、もはやどこまでが「大根」で、どこからが「出汁」なのか、その厳密な定義は不可能になる。
私は、ネットの荒らしを「外部の異物」として排除し、自分を「清らかな内側」に置いた。 だが、この鍋の中で起きているのは「混ざり合い」だ。
「……まてよ」
私は震える手で、スマホを取り出した。 視界の端で、さっきNGにしたはずの荒らしの言葉が、脳裏にフラッシュバックする。
『お前も、俺も、結局は同じ掃き溜めの泥なんだよ』
その言葉を思い出した瞬間、視界が歪んだ。 キッチンの照明が、まるで超新星爆発のような光を放つ。
おでんの汁の塩分濃度。私の血液の塩分濃度。 具材の温度。私の体温。 対流する出汁の動き。銀河系の渦巻き状の回転。
すべてが相似形(フラクタル)だ。 宇宙は、一つの巨大なおでん鍋なのだ。
社会的な地位? 正社員? 給料? そんなものは、具材の表面についた微かな「味」に過ぎない。 宇宙という熱源から供給されるエネルギーによって、私たちはただ激しくぶつかり合い、崩壊し、混ざり合っているだけの存在だ。 私が軽蔑していた荒らしも、彼らから発せられる悪意という熱量も、この巨大な「宇宙の煮込み」を成立させるための不可欠なエネルギーに過ぎない。
エントロピーが増大する。 整然としていた私の「プライド」という大根が、煮えすぎて形を失っていく。 彼らを憐れんでいた私の優越感は、実は「自分は彼らとは違う」という境界線を必死に守ろうとする、生存本能の末端が引き起こした誤解だったのだ。
「同じなんだ……」
私は呟いた。 荒らしがネットに毒を吐き出すのも、私が会社で愛想笑いを振りまいて給料をもらうのも、本質的には同じ熱運動だ。 私たちは、巨大な宇宙の意思という「出汁」の中で、互いに成分を交換し合い、やがては個体としての判別がつかないドロドロの「何か」へと向かっている。
社会的信頼なんて、ただの溶け出したタンパク質だ。 自尊感情なんて、一時的な味の染み込みに過ぎない。
私は、鍋の中にある一つのはんぺんに自分を重ねた。 ふわふわと浮き、白く清潔そうに見えるが、中身は魚のすり身……かつて生きていた命の残骸だ。私も、社会という皮を被った、ただの欲望の集積体。
突然、スマホの画面が明るくなった。 無意識に開いた掲示板。そこには、私がさっき「可哀想」だと見下した荒らしが、まだ粘り強く誰かを攻撃していた。
私は、今まで感じたことのない親近感を覚えた。 彼もまた、この冷酷な宇宙という鍋の中で、自分という形を保とうとして必死に熱を発している「具材」なのだ。 冷え切った宇宙に抗い、少しでも熱くなろうとして、火傷するような言葉を撒き散らしている。
私はそっと、コンロの火を強めた。 ゴボゴボと激しく泡が立つ。
境界線が消えていく。 「正しい私」と「間違った彼ら」の区別が、沸騰する出汁の中で霧散していく。
私は箸を手に取り、一つまみの辛子を小皿に取った。 強烈な刺激が鼻を抜ける。 その痛みこそが、私が今、この巨大な多次元おでん鍋の中に存在している唯一の証明のように思えた。
「いただきます」
私は、正体不明の真理に触れた高揚感と共に、形が崩れかけた大根を口に運んだ。 熱い。 痛いほどに熱い。 この熱こそが、宇宙そのものだった。
明日、会社に行ったら上司に言ってみよう。 「私たちはみんな、同じ鍋の具材なんですね」と。 おそらく、狂人だと思われるだろう。 だが、それもまた、この出汁の味を複雑にするための、ささやかなスパイスに過ぎないのだ。
ネットの向こうで叫び続ける彼らも、明日満員電車に揺られる私も、等しく宇宙に煮込まれている。 そう思うと、私は不思議な安らぎの中に、意識が溶けていくのを感じた。
まあ、わかりますよ。30代になると周りからもそろそろ結婚しときなよみたいな圧が始まって、そんじゃ誰か良い人いないかな?とアプリなり友達経由で紹介してもらう。何回か会ってみて、お互いピンとは来ないけど、まあこれも何かの縁だし、これから関係を深めていこうかみたいに考えて、なし崩しに翌年には結婚している。そういう人たちを30代後半のあたいはたくさん見てきました。
そんでどうなるかと言えば、まあ離婚なり不仲なりなんですねえ。今もめちゃくちゃ仲良い!最高!みたいな夫婦はそうそう見ない。まあいますけどね、大体そういう人って恋愛結婚ですよね、やはり。
今、結婚を考えてる増田たち。とにかく大切なことを私から話す。絶対に一度は考えてから結婚に踏み切ってくれ。
何を馬鹿おっしゃいますかと思われるでしょうけど、まずこの大前提を忘れている人がたーくさんいますね。結婚は、相手と自分がお互い好きであって、初めて成立するのです。顔もタイプじゃない、性格も合わない、でも友人から太鼓判を押されている、まあ結婚できないわけではない、それならこのタイミングが潮時かなと打算的に結婚を考えるな。
女はまず考えろ、お前の夫が産後1週間、産後ケアで留守にしてた家に友達を呼んでドンちゃん騒ぎ、退院日にプレゼント一つない。更にはまったく片付いていない家を見て許せるか?その後うん十年とその夫と暮らしていくことを想像してくれ。
男も考えろ、結婚10年、化粧すらロクにしなくなった嫁がイビキをかいて横で寝ている。セックスもご無沙汰。お前のLINEには5歳年下の顔は微妙ながら妙にエロくてHカップはありそうな職場の女から飲みの誘いが来ている。お前はそのまま嫁を愛し続けられるか?
アプリなり紹介婚でありがちなのが違和感の放置であります。付き合っている時から、何となくここは嫌だなと思うところが100万個くらい出てくると思うんですけど、まあそのうちになって指摘すれば良いかなと後回しにする方、いらっしゃいますね。
いいですか、結婚は、8番出口であります。異変を見つけたら、とにかくすぐに引き返せ。些細なことも逃すな。急に自分よりほかの予定を優先するようになったり、店員に対して横柄な態度を取るようになったり、セックスの前戯が短くなったりさ。色々ありますよね。でも、結婚するんだからいずれ大丈夫!とは思うな。本当にその人間が好きなら、嫌いなところをあえて伝えて改善させろ。それで相手が渋るようなら、相手はあなたのことを本当に好きではありません。次に行こう。
それでも、結婚しなくちゃ周りからどう思われるかわからないよお!という方、とてもわかります。30代後半、大学のサークルメンバーで集まった飲み会なんか、今どの保育園に行ってるとか、時短勤務がどうとかそういう話ばかりですよ。そんな中で、結婚も子供もいないあなたは愛想笑いしつつ机の端にある醤油ボトルの成分表を見ているしか居場所がないな?
でも、まあ結婚しなくてもどうにかなるんですよ。それくらいの気持ちで結婚はするべきだと思うんです私は。①の前提と違うじゃねえか!とお怒りでしょうが、私が言いたいのはこうです。
本当に好きな人が見つかったら、相手ときちんとぶつかり合って、結婚をしなさい、と。
そこらへんのよくわからん馬の骨と成り行きで結婚する必要はないのです、男も女も。結婚を甘く考えるな。お前たちが籍を入れるということは、お前の財産は半分相手のものになるということだ。そして、特に男。子供が産まれてから離婚でもしてみろ。嫁に責があろうが、親権は取られて、養育費の義務は発生。自分が住めない家のローンとの二重苦。あげくの果てに子供には「お父さんはねえ、遠洋漁業に出かけて今はシベリア沖で漂流しているんだよ」などと嘯かれて面会拒絶、人生終わりである。誰も幸せにならない。
最後に言いますけど、はっきり言ってあなたと相性100%の人間はきっと現れません。残念ですが、仕方ないんです、もうそれは。結婚生活を続けていると、何でこの人間はこんなことが言える、できるんだろうということがうん万と日々ありますけど、女はそれをずっと覚えてるし、男は次の日には忘れますね。頭が悪い最悪な発言をしますとね、究極そこで体の相性がバチクソに良ければセックスで全部解消するんですよ。夫婦生活におけるセックスを軽視する人いますけど、セックスすれば仲直りできるくらいの愛し合い方をするべきなんです。もちろん、相手が嫌がってるならやるなよな。
じゃあ、そこまで愛し合ってないけどどうにか結婚を続けなければならないというときには、相手にあんまり期待しないということを覚えるべきなんですね。真面目な人ほど、どうしてこうなってしまったんだろうとか、何を間違えたんだろうとか深刻に考えますけど、別に相手に期待しなきゃいいんです。嫁に100回言っても風呂の蓋閉めなかったり、旦那に1000回言っても排水溝のネットを張らなかったり、そりゃ色々ありますけど、そういうこととは別ベクトルできちんと相手のことを尊敬して愛しているという気持ちを大切にしてください。本当に。何度も言いますけど、あなたたちはお互いが好きで結婚しているんですから。
多分ね、そろそろうちはもうダメかもしれないけど、あなたたちはまだ間に合いますので、どうかお幸せに。よく愛し合ってね。
アスタ・ラ・ビスタ、ベイビー!
【構造的頂き女子論 ──「女であること」そのものが最強の美人局であるという残酷な真実 約5000字】
この世で最も成功している詐欺は、加害者本人が「自分は被害者だ」と本気で信じ込んでいる詐欺である。
そして日本で現在進行形で最大規模に展開されているのが、いわゆる「構造的頂き女子」現象だ。
「おごられた!!新しい性被害、まるで消費されたかのように扱われた彼女たちの末路、奢られた!!魂の叫びを聞け!!」
しかし同じフレーズを、わずかにトーンを変えるだけでこうなる。
「おごられた!!(←貢がされた男が悪い)
まるで消費されたかのように扱われた(←身体は一切触らせてないけど)
彼女たちの末路(←次のカモを探すだけ)
奢られた!!(←だからまた奢って♡)」
「私は身体を売ったわけじゃない」
・100万円もらった → 「貢いでくれたのは向こうの自由」
・キスまではさせた → 「好きだったから……(でも本番は絶対イヤ)」
そして男が「会ったんだから抱かせてくれ」と言う瞬間、
身体を一切提供していないという事実が、永遠の被害者証明書になる。
意識ゼロ、無自覚、しかし確実に「女であること」を使って金をせしめている。
・キャバ嬢
・「奢られただけなのに怖かった」系インフルエンサー
全員が同じ構造の亜種にすぎない。
4. 「そこにいるだけで得する」ことの恐ろしさ
日本の社会は、未だに「女=弱者」という前提を捨てきれていない。
その前提がある限り、女は「そこにいるだけで自動的に得をする」ポジションを確保できる。
・笑顔を見せるだけで「癒された」と言われる
・奢られただけで「被害者」になれる
しかもこれらすべてを「私は何もしてないのに……」と被害者ヅラしながら実行可能。
構造的に、女は「被害者でありながら加害者になれる」特権階級に置かれているのだ。
5. 男の「期待」が悪いという最終奥義
「男が勝手に期待したのが悪い」
・奢った → 勝手に期待した
・貢いだ → 勝手に期待した
・好きだと言った → 勝手に期待した
すべて「男の自己責任」に変換される。
女はただそこに「存在していただけ」なのに、
男は「期待した罪」で地獄を見る。
これほど理不尽で、しかし誰も否定できない論理があるだろうか。
もはや「奢られた」ことすら主張しなくなった。
「一緒に写真撮っただけなのに、変な噂流されて……」
「私は傷ついた」と泣けば、周囲は全員味方になってくれる。
7. なぜ絶滅しないのか
簡単だ。
・「女は弱い」という幻想を捨てられない男たちがいる限り
・「奢る=優しさ」の呪縛が解けない限り
「おごられた!!」という叫びは、
女が「底にいる」だけで自動的に得をして、
その得を最大限利用しながら、
「私は弱い立場なのに……」と泣ける。
そして悲しいことに、
このシステムに気づいた男は「女嫌い」になり、
気づかない男は一生貢ぎ続ける。
どっちに転んでも、
奢られた!!
(そしてまた奢られる!!)
自分は自己評価が低く、勤務先には資格手当は無く評価制度はあるけど昇格とかは年功序列なJTCのシステム部門。
国内合わせて1000人いるかいないかくらいの人数のエンジニアが社内には居るが、どうしても会社イベントとかでアルコール入ると技術や資格の話題になってブリリアントジャークに晒される。社外の勉強会でも同じ。
自分はIPAの高度はセキスペのみ、AWSはアソシエイト全部とプロはSAPだけ、簿記は3級のみ、英語は手付かず、lpicは2まで、ネットワークとDBは無しって中途半端なのでどうしても競プロやAWS全冠のグループに入れられる。そうなると彼らの試験余裕、勉強要らない、あれは持ってないの?何色?とか言われて酒も不味くなる。正直コーティングテストに興味ないし業務に必要な資格だけを取れば良いと思ってるがみんなは資格は全部取れと言ってくる。
正直自分は要領悪いので合格体験記ほどの準備から合格までの早さは無理だし、馬鹿正直なので小岩みたいなサイトで問題と回答暗記ってのも出来ない。と言うか勉強嫌い。技術書とか読んでハンズオンするくらいが好き。
喋りも上手くないので上手な切り返しも出来ないので相手のプライド傷つけそうで愛想笑いで済ませてる
私は自己開示ができない。
冷笑は流石にダサいと大学に至って分かっても、自分に向いた冷笑だけはどうしても取り除けない。
アイドルが好きでも、ミセスが好きでも、他人が好きな分には全然良い。
けれども、自分が何かを熱狂的に好きになるのはなぜか許せない。
だから、漫画やドラマや音楽はなかなか好きになれない。良いものだと分かっても、深入りはできない。
好きになったものでも、外では誰にも言わない。
野球観戦とか、旅行とか、当たり障りのないものが好きとしか言えない。
どこまでいっても孤独な感がある。
冷笑の逆ブレで、周りの人間誰もが良い人に見えるのだが、仲良くなろうと思ったとたんに、相手が自分のことを実は内心「冷笑」しているのではないかという思いに駆られる。
頑張って他人に愛想よくふるまっていても、異性と接すれば「性欲過剰だろ。キモイな」と、同性に接すれば「不細工が媚売りに必死だな。既存の人間関係にお前が割って入る隙は無いよ」と自分の中の冷笑マシンが作動する。
だから異性を好きになることもできないし、同性の友人ともすぐに疎遠になる。
何か新しいことをしようとしても「それよりほかにすることがあるだろ」という気持ちが生まれて、結果何もできない。
どれだけ何かを愛して、楽しい人生を目指そうとしても、冷笑病のせいで無色で表面的な人生のレールに乗るよう修正される。
その反動で、他人を冷笑することを恐れるあまり、他人や物事について評価することもできなくなってしまった。
今日30歳になりました。
30歳になりました。
モバイルSuicaが反応せず後ろの人に迷惑をかける大人になりました。
30歳になりました。
自分の思想が右寄りか左寄りかもわからないまま大人になりました。
30歳になりました。
30歳になりました。
守るべき人がいないまま大人になりました。
30歳になりました。
買ってから1ページも開いていないTOEICの教材がある大人になりました。
30歳になりました。
30歳になりました。
30歳になりました。
30歳になりました。
30歳になりました。
親からもらった無償の愛を一つも返せないまま大人になりました。
30歳になりました。
部屋干しに最適な洗剤を知ってる大人になりました。
30歳になりました。
奥二重のまま大人になりました。
30歳になりました。
30歳になりました。
30歳になりました。
職場には無難にコンバースのオールスターで出勤する大人になりました。
30歳になりました。
30歳になりました。
見知らぬ番号からの電話は一度調べてから折り返す大人になりました。
30歳になりました。
30歳になりました。
30歳になりました。
30歳になりました。
30歳になりました。
30歳になりました。
30歳になりました。
30歳になりました。
30歳になりました。
30歳になりました。
着実に確実に髪の毛のコシが無くなっていっている大人になりました。
30歳になりました。
人の目を見て話すのが苦手なまま大人になりました。
30歳になりました。
30歳になりました。
財布に捨てるタイミングがわからない蛇の皮が入ったまま大人になりました。
30歳になりました。
30歳になりました。
リンスとトリートメントとコンディショナーの違いがわからないまま大人になりました。
30歳になりました。
30歳になりました。
BUMP OF CHICKENが好きなまま大人になりました。
30歳になりました。
季節の変わり目に著しく体調が悪くなる大人になりました。
30歳になりました。
英語をネイティブレベルで理解したいという欲求だけ持ったまま大人になりました。
30歳になりました。
30歳になりました。
ワーク・ライフ・バランスとは、「仕事(ワーク)」と「家庭や地域生活(ライフ)」の調和が取れ、どちらも充実している状態を指します。単に仕事時間を減らしてプライベートを充実させるのではなく、個々の能力を活かし、仕事上の責任を果たしつつ、育児、介護、自己啓発、趣味、地域活動など、自分のライフステージや価値観に応じた多様な生き方や働き方が選択できる社会の実現を目指します。
クソ安い金で使い捨てのように働かされて、他にアテがないから殺意を抑えて頭を下げて愛想笑いで過ごし、やっとみつけた趣味はネット掲示板で他人を叩いて遊ぶだけ
ワークライフバランスを持ててた人って一部の上級国民だけだし、捨てる宣言ができるのは嫌味でしかないわな
これはそう
いや「きっっっしょ」は怒らせるからいらんけど
理由をつけて断るのは「本当は行きたいけど残念ながら行けない」というメッセージだから、相手に対して好意があることを伝えてしまってるので、勘違いされて当然
理由をつけて断るのは、行きたくないと相手に伝えると自分が不利になる場合だけ
立場上参加すべきだけどしないときや、本当に行きたいけど行けなくて相手に残念な気持ちと好意だけは伝えたいときなどがそれにあたる
元増田の場合は、相手に対してもちゃんと行きたくないということを伝える必要があるので、真顔で「行きません」でいいし、理由聞かれたら「行きたくないからです」で終わり
今朝も僕は予定通り6時30分に起床した。これは単なる習慣ではなく、日内リズムを最適化するための科学的必然だ。カフェイン摂取は起床から90分後に限定しているのだが、これはアデノシン受容体の占有率が高い状態で摂取しても効果が半減するという論文的知見に基づく。ルームメイトは「柔軟な生活」を好むらしいが、それはただのだらしなさに過ぎない。僕にとっては歯磨きの回数、シャワーの温度、さらにはバスルームに入る順序までが完全に固定されていることこそ、認知リソースの無駄を防ぐ合理的行動なのだ。
午前中は例によって超弦理論の計算に没頭した。今日の焦点は、compactified manifold における (E_8 \times E_8) heterotic string のゲージ束縛条件と、dS vacua における non-perturbative stabilization の整合性についてだった。AdS/CFT ではウィッテンですら体系化できるが、dS/CFT の場合は holographic dual が未確立であるため、僕は entanglement wedge reconstruction を拡張して「非等方的情報チャネル」として解釈を試みている。問題は、有限エントロピー境界条件下で moduli space の measure が well-defined である保証がなく、結果として vacuum selection の基準が「人間原理的な便宜」に堕してしまうことだ。僕はこれを「観測者選択効果の不当な混入」と呼んでいる。昼食の最中に隣人が僕に話しかけてきたが、彼女の話題が全くこの深刻な問いに資することがなかったので、僕は愛想笑いをしただけで再びノートに数式を書き込んだ。
午後は研究から一時的に離れて、ゲームの進行管理を行った。昨日購入した「Baldur’s Gate 3」のパッチノートを熟読したのだが、Larian Studios が hotfix で Paladin の Smite ダメージ計算式を微調整した件は、Dungeons & Dragons 5版のルールブックを徹底的に理解している僕からすれば遅すぎる対応だ。Damage Dice の集計方法を間違えるなど、明らかに playtesting が不足している証拠だ。それに比べて「Stellaris」の 3.12 アップデートにおける人口成長モデルの修正は、シミュレーション科学的に正当性がある。種族特性ごとの logistic growth モデルを導入し、資源依存性と結合させたのは評価できるが、まだ phase transition の扱いに粗さが残っている。こうした不完全性を見ると、つい僕が開発チームに直接メールを書きたくなる。
夜にはコミックの再読。今日手に取ったのは Jonathan Hickman の「House of X / Powers of X」。これは単なるマーベルのリブート企画ではなく、群論的多様体を下敷きにしたストーリーテリングであり、Moira X の時間線の重ね合わせはまさに量子多世界解釈をポップカルチャー的に翻案したものだ。普通の読者が「難解だ」と感じるのは当然で、群同型と射影の概念を知らずにこの作品を理解できるはずがない。
一日の終わりに僕はいつものように部屋のチェックを行った。窓の施錠は時計回りに確認し、机の上のノートは直角に整列させ、枕の位置は壁からちょうど40センチ離れていることを確かめた。これらはただの「強迫観念」ではなく、環境を量子真空の基底状態に近づけるための僕なりの実践だ。ルームメイトが見れば笑うだろうし、隣人は「神経質すぎる」と言うかもしれないが、僕にとっては必然的行為なのだ。人類の未来が dS 背景での情報保存にかかっている以上、僕の習慣の厳密さもまた、その縮図に過ぎない。
厳しい言い方をするが、それは「はっきり言いたくないことを相手が察してくれない」という愚痴の域を出ていないと思う。「下手に断ると危害を加えられるかも」なんてのも具体的に懸念する理由がなければ邪推と言われても仕方のないものだ。
もう「そういうの迷惑です」とはっきり言うべきなのだろうか。それで仕事がやりにくくなったり、最悪、自意識過剰な勘違い女と評判を立てられるリスクを、私の側が負わないといけないんだろうか。
不動産だの宗教だののうざい勧誘だって、あなたが明確に断るまでは向こうにだってその権利がある。それが社会のルールだからだ。
性別関係ない。セクハラとパワハラの文脈置き換えれば普通に男でも同性間でもある話。
私は男だが、新婚当初にやる気のしないブラック案件にアサインされて病みかけたことがある。なぜアサインされたかというと、私がその案件を始めたリーダーに対して愛想笑いを続けてたからだ。リーダーは熱を入れていた案件だったが私としては筋が悪いと思っていて、京都弁で言うところの「えらい難しいこと考えはりますなあ、おきばりやす」的な反応してたつもりだがそのリーダーには全く通じなかった。
いつのまにか私は賛同者ということにされてその案件に組み込まれていた。むしろそのリーダーは私が一緒に熱狂してると勘違いしてたようで、終電までやらないと終わらないくらいの仕事を積んでくるようになった。何かあるとやる気を見せろと毎日のように罵倒(親しい間での叱咤激励のつもりだったのだろうと今にして思う)するようになった。そして「プライベートを犠牲ににしてでもやるというところを見せてほしい」(原文ママ)と言われた。
その結果私は新婚旅行にさえも行き損ねかけた。結局、その案件を抜けられたのは、一区切り付いて最低限の義理を果たした後でリーダーのそのまた上司に直訴してからだ。身も心も病みかけていた。
さて、この話で非難されるべきは誰か?その勘違いしたリーダー?それは間違いではないかもしれない。でも私に非がないと思うか?
そんなことはないだろう。私も情けないと思ったのではないか。その通りである。
実際、愛想笑いして婉曲に難色示すだけで明確に拒絶しなかった私に第一の非があると言わざるを得ない。実際、上司は私の直訴を聞いて私をその案件から外したわけで、すべきことをしている。逆に、上司とて私からの直接の訴えがなければ動けなくないか?その案件に関わっているのは私の意志だということになっていた(少なくとも私はそれを明確に否定しなかった)のだから。
この件は明らかにお偉いさんが私に対する距離感覚がバグったことの問題だ。ちょうどあなたとそのおっさんの件と同じだ。しかし私は大人なのだからそれを明確に意思表示すべきだった。好きでもないのに親に勉強やスポーツを強要される教育虐待被害者の子供とは違う。そうではないか?
あなたも同じ立場ではないか。愚痴る気持ちはわかる。変な人に絡まれるしんどさはわかる。同情はする。
しかし、自分が明確に意志表示する責任から逃れてはいけない。難しければ同僚や上司のような第三者を入れてもいいから、誤解の余地なく拒絶の意志を明示すべきだ。ハラスメントだの何だのというのはそこから先の話だ。
耳に心地よいネット上の甘言に乗せられてはならない。甘言の主があなたに囁いているものは「察してもらえないのはハラスメント」という言い分だ。そんなものは明らかに間違っている。
狼を信じず逃げたうさぎは狼に追われ、最終的に食べられてしまいました
だが信じなかったとしても捕食されるのは変わらない
この状況でうさぎができることってなーんだ?
https://anond.hatelabo.jp/20250921205546
職場で年下の部下や後輩がニコニコと会話してくれるのは職場の先輩や上司だからというだけ。自分が若いから、若い人と気が合うから、ましてや好かれているからではないと心得るべき。食事に誘ってOKしてくれるのは断れないからである。
自分だって若い頃は年上の、定年間近の年寄上司にジョーク言われて愛想笑いをしたりお世辞言ったりしただろう。飲みに誘われて行きたくなくても断れずに表面的には喜んでる態度を取り、飲みの席でもニコニコと楽しそうに振る舞っただろう。断れば冷遇されるかもしれないからな。
今の自分が若い人を誘って断られないのも「断ったら何をされるか…」「機嫌損ねたら逆恨みされる…」と思われているのだ。
漫画やドラマでそういうシーンを見れば「キモい年寄りが」と思うだろうに、自分のこととなると「オレは若いからな」と思ってしまうのはなんでだろうな。