「強迫性障害」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 強迫性障害とは

2026-05-07

麺だけ食うのが好きすぎる 追記足した

つけ麺の麺だけ食うのが凄い好き

ざるうどんざるそばも麺だけ食うのが凄い好き

パスタソースのかかってないとこだけ選んでくるくるして、麺だけ食うのも好き

でもこれ最初一口だけなんだよな

最初一口だけこのルーティン(?)まもれたらあとは馬鹿舌一直線つゆドブ漬けそばでもいいし、意味わからんくらい濃いミートソースが襲いかかってこようとどうでもいい

最初一口だけプレーン食いたいやつとかいんのかな

俺、チキンナゲット最初の一個だけプレーンでくうし

納豆の端っこだけ何もかけずに食うんだけども

追記

実害のない強迫性障害とみて、精神の面からみてなんで食ってるのか考えてみた

後戻りのできなさに怖気づいてるのはあるかも

1度混ぜたら・漬けたらもうプレーンの味は味わえない。俺はそれが嫌だ

よく考えたらオムライスケチャップを塗る前のやつ一回食ってるし



なにかのトリガーにならないともいえないから、頭の片隅においといて、気をつけて飯を食うよ

2026-04-07

匿名掲示板スレを建てるのが辞められない、ネットリンチがやめられない

俺が選んだ話題、俺が選んだ標的で、俺が大嫌いなネットゴミ共がその標的をいじめ抜いてるのが気持ちよすぎる。 やはり人間本能はいじめにある。 俺がそれを主導するのが気持ちいい。

社会で常に虐められ、腫れ物扱いされ、除け者にされ、排除されてきたから、人間社会全体に根深い恨み、もしくは圧倒的な不信感がある。 その恨みを露悪的な誹謗中傷で解消することが俺の中学時代からの習慣だ。

俺は剣道部いじめ、もしくは剣道部自体体制により、徹底的にプライドを打ち砕かれ、自尊心を失った。 そして人間に対する根本的で絶望的な不信感、根本的で絶望的な恨みを持つようになった。 (詳しくは「俺は匿名しか生きられない」という記事を読んでほしい)

そこで、救いとなったのネット配信サービスが「ニコニコ」だ。 同級生がよく話題にあげており、自宅にネット環境が整ったこからニコニコ放送にハマるようになった。 もこうやバイオ4縛りプレイ配信者が特に好きだった。

コメント荒らしが多くを占め、自分荒らしに参加することで、一体感誹謗中傷快感を知り、俺もネット誹謗中傷で生きがいを感じるようになった。

一番最初に見た放送は、「金バエ」という配信者だった。 コメント殆ど誹謗中傷であり、本人も東京地震が来た際「トンキンざまぁ」と言っていたのが衝撃だった。 たしか俺は「なんでみんなこんな酷いことを言うの?」「いじめるのは良くないよ」と書いていた。 正義ぶってるのではなく、今までの当たり前の世界常識と余りにも乖離していたので、動揺が隠せなかった。

しかし、配信者本人も倫理観に欠けており、段々同情する気も失せ、他の人のコメントを真似して誹謗中傷するようになった。 そうしてネット誹謗中傷日常的に繰り返し、深く依存するようになる。

特によく見ていたのがバイオ4の縛りプレイ配信者たちだ。 もこうも見ていたが、信者が多少いて衝突することからまり熱心には見なくなった。 バイオ4縛りプレイ配信者は、「ヤフミ」というカリスマの影響で、配信自身リスナー殆どが露悪的で誹謗中傷を繰り返す、当時最も自分に合っている場所だった。

ちなみにヤフミはリアルタイムで見ることはできなかった。 2012年のどこかでニコ生を見始めたばかりで、ヤフミがちょうど引退したばかりで界隈にもまだ活気があった。 「きーぼー」という配信者を特に好んでいた。

たまにポケモン対戦実況者も見ていて、配信最後じゃんけんをする配信者が好きだった。 一時期部活から家に帰ってからずっと見ていた。 名前は思い出せない。

まぁニコニコについてはこんなもんで、次に自分のメインとなったのが「2ch」。 ニコニココメントで「あそこはやばい」と言われていたので、気になってはいたが、その頃はまとめサイトしか見ていなかった。

高校生になり、最初友達作りをする時間になった時、人間に対する不信感から、誰にも話しかけられず、深い孤立感を覚えていた。 そんな時、いつも見ていたまとめサイトに「おすすめ2ch専用ブラウザ」という記事が上がり、そこから初めて2chに書き込めたのが快感だった。 観衆から壇上に上がることができたような高揚感があった。

そこからニュー速VIP」でよくレスバトルをしたり、悩みを相談したりしていたが、自分ネットリンチの対象にされることもありつらかったが、誹謗中傷快感現実の「実際に深く孤立していて、イジメ対象になっている」という現実から目をそらすため、2ch誹謗中傷を繰り返すようになった。

そうしていくうちに、「俺はここでしか生きられない」と、集団に対して愛着を抱くようになった。

まぁそこから特筆して語ることがないので簡潔に話すと、父親から非常に頻繁に「高校卒業したら働け。働かないと生きていけないんだぞ」と言われてきたので、Fラン大学入学した。 そして、父親が俺の洗浄恐怖の酷さに激怒し、精神科に行くよう命じられた。 強迫性障害正式医者に告げられ、「お前はできない人間なのか。できない人間ならもうこれ以上は言わない」と言われたので「そうだけど」と言ったら何も言ってこなくなった。

母親が俺に怒ってる時に父親母親に「言ってもしょうがない。『よその子』だと思って接しなさい。俺もそうしてる」と言い、親に対する関心も消えた。

まりにも精神病が酷く、勉強どころではなかったので、大学中退し、それからはしばらくニートしていて、障害者施設に行かされたりしていた。 それから、親が定年退職を機に祖父の家に引っ越すと言ったので、あんなド田舎嫌だと思い今の地方都市に残ると言った。 それで引越し先を考えろと言われたが抑うつが酷く何もせずにいたらグループホームに入れられた。 グループホーム適応できず、非常に強いうつ状態となった。 そこから病み垢を初めODしたりしていた。 いまはほとんどしていないが、ごくたまにする。 一番病み垢を熱心にやっているときでさえ5chを見る時間の方が多かった。今は病み垢ほとんど更新していない。

話を戻して、俺の2ch遍歴について話す。 俺は高校時代から俺は毎日2chをやっている。 コアな人のために教えとくと、ニュー速VIP→裏VIP(その時2chで多くの巻き添え回線規制がされた。それで移住した。KOJIMAという人が作った外部匿名掲示板)→VIP嫌儲という流れで移住した。

ちなみに嫌儲を始めたきっかけはもこうが嫌儲を見ているという情報がもこうのスレにあったため気になって見に行った。 嫌儲はまさに理想的場所だった。 社会に対する恨みが渦巻いている。 「ジャップ連呼」に「お前も日本人だろ」とレスして笑われたことも懐かしい。

俺は剣道部経験からこの国の伝統に対する不信感、もとい日本社会自体に対する不信感が根底にあった。 そんな俺には居心地の良い場所だった。

レスバトルもVIPに比べ比較的少ない。 基本的スレタイの話題人物を叩けば集団の異物としては見られなくなる。 レスバトルを吹っ掛けられても、「ケンモメン」VS「ネトウヨ」という対立構造のおかげでケンモメンが味方してくれることが多い。

その時の俺の当たり前になっていたレスバトルを吹っ掛ける癖も、次第に矯正された。 VIPにいた時の俺は、狂犬のようにあらゆるものに噛み付いていたので、ネットリンチされることも多く、ある時は心臓バクバク言って手が震え、非常に怖い思いをしたこともある。 だから、「ケンモメン」という集団の中で守られることに強い安心感を得た。

まぁそこからはあまり変化がない。 スレ立てにハマったのは嫌儲でbeポイント無料で1000ポイント貰えるキャンペーンをしていると知った時から、時折スレを立てるようになり、自分の嫌いな人間スレを立てるとケンモメンが代わりに叩いてくれるのが面白くて今も毎日欠かさずスレ立てをしている。

やめたいけどやめられない。

やめる気もあまりないけど。

2026-04-05

俺は匿名しか生きられない

俺は匿名しか生きられない

なぜなら、人が怖いからだ。もう少し踏み込んで説明すると、「他人自分存在を見定められ、価値がないことに気づかれ、人がみんな自分を避けていく」のが死ぬほど耐えられないからだ。とにかく自分存在評価されたくない。できることなら、最も人の記憶に残らない、普通で平凡な存在になりたい。排斥されたくないし、自分価値もつけられたくない。就活婚活のような、人間商品のように品評し、見定められ、価値を測定されることはなるべく、いや、絶対されたくない。もしも人間に初期アバターがあれば、その姿で一生生きていたい。自分存在他人から全く見えないようになって欲しい。でも、誰かに愛されたい。傲慢だが、そういう根底欲求けがあるのが苦しい。産まれた時から集団に入るたびに虐められ、排斥されてきたから、「人に自分価値を計られる」ことに非常に強い拒絶反応が起きる。

圧倒的に人間社会で生きるのに向いていない。だが、自殺もできない。自分子どものころから極度に怖がりで、ジャングルジムも怖くて登れなかった。だが、子どもの頃はまだ人が怖い存在だということに気づいていなかったから、見境なく話しかけては嫌われるを繰り返していた。それを繰り返していくうちに、周りから人が誰もいなくなり、「自分は異常で、人から避けられる存在だ」という学習をした。それからは、集団適応しようと、自らを嘲笑対象にしてもらうことで集団に入れてもらっていた。確かにひとりで孤独でいるよりは、どんなにバカにされても集団の中にいることで安心感を得られた。だが、中学に入ってからは、それも通用しなくなり、「完全なる孤独」に突入した。それでも部活毎日かかさず行っていたが、「一緒に剣道部見学しにいこう」と言われて、何となくたことがあるが関わりはほとんどない人たちがいて、「知ってる人がいるか安心だ」と思い、そのうえ、母親から運動部に入りなさい」と言われていたので、ちょうどいいと思い、剣道部に入ってしまった。剣道部過酷で、個人競技順位付けされ、その結果でカーストも決まる、非常に厳しい場所だった。俺は臆病だから大きい声を出すこともできなかったし、人を竹刀で叩くことにもためらいがあった。結局最後まで俺は弱いままで、試合では出して貰えず、後輩が代わりに試合に出ていた。後輩から毎日バカにされ、同級生上級生は腫れ物扱いで、存在無視された。一度、同級生に「お前、ウザイんだよ。やる気がないなら部活来るな」と校門の前で言われ、殴られた。それを見ていた誰かが先生に言ったらしく、先生と話し合いをした。それも影響あって腫れ物扱いされていた。週末に色んな学校練習試合に行かされ、どこの学校の人も野蛮なやつが多く、その上、教師もまるで競馬を見てるおっさんのように試合中の生徒に暴言をぶつけていた。1回宿泊もできる施設で、有名な先生の元で練習ができる機会があったのだけど、「目が悪く、剣道用のメガネも持っていなかったので、どこに行けばわからなく、ウロウロしていたら、その有名な先生に目をつけられ、全員が集まった集団の中で自分とその先生学校の人、合計2人が立たされ、「面を受ける」という合法的体罰を受けた。剣道では、面というのは素早く竹刀を動かすため、気持ちのいい音を出すために、できるだけ最小限の力で面を打つのだけど、その時は違った。力いっぱい竹刀で頭を何度も殴られた。非常に痛かったし、集団の前で晒し者にされたことが非常にショックだった。今でも強烈に覚えている。「人間って怖いものなんだな」とその頃に徹底的に記憶に植え付けられた。部活では、定期的に先輩後輩関係なく、練習試合をさせられ、順位もつけられた。いつも自分は負けてばかりで、後輩以下で、いつもバカにされていた。自分無能さを毎回そこで味わった。後輩に毎日バカにされ、メガネを取られて壊されることもあった。部活外では、いつもひとりだった。中学に入った時に、小学生のころ地域の子どもたちで集まって登校したり、遊びに行ったりしていたんだけど、そのメンバー女性がいて、「こんにちは」と話しかけられるからヘラヘラ笑いながら返事をしていたら、ある時、上級生の友達が「なんであんなやつに挨拶してるの?」と聞き、「挨拶を返す時の顔がえろいこと考えてる顔みたいでキモイから」と言っているのが聞こえてしまい、挨拶されても返さなくなった。そうしていたら、上級生の女性が「いつも挨拶してるのに返されない!あの子は酷い!」と広めたらしく、上級生とすれ違うと「キモイ」とか「宇宙人」とか言われるようになった。親が仲良いので、ディズニーランドお土産を貰ったんだけど、リトルグリーンメンストラップを貰った。「宇宙人」というメッセージだと思っている。風呂上がりに、外の風景を窓から見るのが好きだったから、風景を見ていたら、上級生に見られ、「きもちわるっ!なんで裸なの!w」と大声で言われた。小学生の頃に転校生執拗に「友達になろう」と言ったら「君とだけは友達になれない」とか、仲がいいと勝手に思っていた同級生に嫌われ、エンガチョをされたこともある。

このあとも、学生時代は常にいじめ、もしくは腫れ物扱いの対象となっていたが、人と関わる気力が失われた決定的な時は中学時代だった。

その後、高校で黒いスーツをきた集団嫌がらせされてると思ったり、バッグや体操服に体液のようなものが付いていたこともあり、障害悪化した。手洗いが酷く、「ヤバいやつ」と何度も言われた。高校時代はいつもマスクをしていて、水泳の授業の時に「誰!?」とコソコソ言われたこともある。明らかに異常者として扱われ、全く人が寄ってこなかった。めちゃくちゃ頭が悪かったが、虐められたくなかったので、進学コースを選んだら、なんでこいつが?と何度も言われた。ある先生のことを北朝鮮スパイだとおもっていた時もあった。Fラン大学に入ってからは、暇が増えたので精神病はある程度良くなった。今日は昔のことを思い出して、疲れた

最後自分の現状を書いておく。

28男性生活保護Fラン大学中退、最終学歴高卒障害者手帳2級、障害基礎年金2級、医者から言われた診断名はASDADHD社交不安障害強迫性障害、躁鬱傾向あり。クエチアピンやリスペリドンを出されているので、統合失調症もあるのかもしれない。今はクエチアピンがよく効いて、今まで常に不安だったけど、不安結構ましになった。職歴Fラン大学時代の5年間(留年した)新聞配達、それとB型作業所A型作業所A型作業所適応できなく、鬱や被害妄想悪化した。具体的に書くと、「呼吸が浅くなる。震える、大勢に指を刺されているような感覚になる、文字が怖くなる、悪意をぶつけられているような感覚になる、音に敏感になり、音が怖くなる、攻撃的なSNS投稿が怖くなる、布団に入り猫の動画を見ると良くなることがある、デパスを飲むと良くなることがある、リスペリドンは効かない、音がすると怒られそうな気がする、隣の人が怒ってないかがすごく気になる、音が大きく感じる、鳥の鳴き声などが闇の組織通信音に感じる、周りの人が人間とは思えず、なにか自分危害を加えたり、悪意をぶつけることしか考えてないように感じる、死んだらこれが収まるなら死にたいと考えてしまう、寝て起きると良くなる、睡眠不足の時が多い、ゲームからも悪意を感じてしまうのでプレイが続行できない、文字の点々が特に怖い、思考してる時に頭に浮かぶ文字も怖い、人が恐ろしくて仕方ない、鬱の時のようななんとなく死にたいではなく、突発的な死にたさしか出なくなる。」という症状が出てきた。仕事を休む日が増え、クビにされたので現在無職。ここまで書き出せたのはきっとクエチアピンのおかげだと思う。もっと早く出してくれていれば、もう少しはましな人生になっていた気がする。今日は昔のことを思い出しすぎて非常に疲れたので、デパスを飲んで寝るつもりだ。おやすみ

2026-03-12

OCDサバイバーなんだけど、寛解した後の人生もつらい

小学生の頃から高校の終わりまでOCD(強迫性障害)だった

症状は儀式行為から始まって、汚染、数などほぼすべての強迫性障害の症状に広がって

1日5時間くらい儀式行為に費やしていたと思う


森田療法などいろいろ試して、自分思考のクセに気が付きはしたけど寛解しなかった。

ただ「これは強迫思考だな」と「普通思考」の区別がつくようになったのはデカかったと思う。

寛解したきっかけは二つあって、1つは儀式行為に失敗して強迫行為が詰んでしまたこ

高校卒業して浪人生になり、勉強というストレスの解消先とストレス自体が減ったことにあった


自己治療で直したため、メンタル自体は安定していたけれど思考認識に対する副作用が強かった。

強迫的なもの」に関する忌避感や気づき人一倍敏感で、たとえば宗教一般世間マナー常識に対して

強い否定や反抗をしめすようになった。社会生活を送る上で弱い強迫というのは、世間のレールに乗り安定した生活を送るのに必要

それが無かったので、人生が散漫として、自分人生への一貫性が見つけられなくなってしまった。

時給300円のイラストレーター2年。月給15万の在宅ライター4年。ホスト1年半。ニート。それが俺の経歴だ。


また小中高時代強迫という他人と違う苦しみの中で生きてきたので、後天的共感能力が異常に低いというか、他人気持ち想像しにくくなってしまった。

その代わり合理化能力で補っているけれど、本質的な部分では人と分かり合うことができない気がする。「知識としては知ってるけど、共感はできない」そのもの

イラストレーターを目指したこともあったが、他人需要が把握できず、また興味が無いためクリエイター系みたいな生活をしているのにクリエイターに向いていない。

また、人生を一回崩されているため「理想人生」や「人生を整えること」に対する意欲が低い。結果としての自分の状況は嫌なのに、それを変える真っ当な実現努力をしない。


絵(人生)を描いている時に、いきなり横からコーヒーぶっかけられたのに近い。現実問題は絵を描いている時にくしゃみをしてしまい、汚く線を描いてしまったのに似ている。

どうにかその汚い線を受け入れて、愛して、その線から新しく絵を描いてみようと色々試行錯誤してみたけれど、自分の絵が他人と比べて綺麗に見えなくて、絵を描く気が逸れている。

自分人生に興味が無いわけでは無いが、興味が薄い。その絵を褒められた経験が無い。貶された経験しかない。

自己承認欲は低いが、自分人生承認欲は強いんだと思う。自分人生承認されたい。誰かに

2026-03-08

メンクリ変えたら点が線になってこえ〜

新しいメンクリで見せてもらった画像デカデカと「強迫症対応チャート」と書かれていて、流石にめちゃくちゃ戦慄したけど腑に落ちてしまってかなり複雑……という話 私が、強迫性障害……!?あと、セカンドオピニオンってわりと大事って話です。

というのも、仕事人間関係の諸々が重なって不眠になって、去年の夏にメンクリに通い始めたのが事の始まり。不規則シフト勤務や職場での地味な嫌がらせなどが重なったのか夜は寝付けず、寝ても2〜3時間みたいな感じになっていた。逆に有り得ないくらい寝る時もあって、無駄時間を過ごしてしまった……と落ち込む時もあった。

実は小学生の時にも抜毛症があって、その時も1年くらいメンクリに通ってたけどそこはもう違う病院になっていたので、別の病院へ。軽い鬱とかそういう感じなんだろうな〜と。

メンクリでは診断などはされなかったものの、睡眠障害として睡眠導入剤と、将来など諸々への不安感があるという話をしたため漢方がだされた。

ここから数ヶ月はかなりマシで、メンタル原因だった仕事を辞めるという話もしていたため睡眠改善していった。

が、冬頃になると段々効き目が悪くなっていき、薬の内容量が増えたりなどしたが、それでも寝付けず、薬を23時に飲んだのに結局寝付きが朝の4時……意味無いやんけ……となるなどしていた。眠れても次に目が覚めるのが2時とか3時で、またそこから寝付けなかったりもした。

ついでに言うとまーーじで、個人差があると思うが、まーーーーーーーじで漢方がきいていなかった。不安感やら動悸やらがおさまらず気になって寝れず、という状況になっていた。

睡眠導入剤を変えてもらったが変わらず漢方は出続けていた。なお、この睡眠剤も効かず、ついに私はここで過剰服用してしまった。

夜中の3時に目が覚めて、また寝付けなくて、真っ暗な中散歩に出かけた。約3時間歩き続けて、ご飯を食べて、頭は疲れていて眠いのにお昼寝ができなくて泣いた。だけどそれ以上動く気も起きなくて、体も起こせなくて、なんにもできなくて泣いた。希死念慮が酷かった。

寝れなくて泣いて、睡眠導入剤を3つも4つも飲んで、それでもまだ寝れなくてまた泣いた。どうしようもない!死んでしまえ!!と自暴自棄にもなってた。眠れなくて夜風にあたりに外へ出て、マンションから下を覗いてなんとなく吸い込まれそうで、怖くてまた泣いた。

ああ、これ、まずいな。このままでは、まずいかも。同じく精神疾患を抱えている友人からの勧めもあって、セカンドオピニオンとして別病院受診。新設の病院めっちゃ綺麗。わりと新しめの病院信者なのでうおーここなら何とかしてくれるかも!!とか呑気に考えつつ受診

結果、不安症に強迫症、不眠ということで決着がついた。睡眠薬が今度はもっと効き目の高いものというか、効く場所の違うものに変わって、不安をとる漢方とやらは抗うつ薬に変わった。

病院から出たあときょ、強迫症!?!?と思ったが、実際考えればそうだったかもしれない。

薬を過剰服用したのも、眠れないという不安をどうにかしようとした結果で、それでも眠れず不安で泣いていたこともあったし、多分小学生の時の抜毛もそこから来ていたのではないかと思った。いじめストレスをなんとかしたくて、髪の毛を抜いていたのかもしれない。

そしてとにかく確認行動が多い。今もそうだが、とにかく多い。

外食をすれば忘れ物をしていないか差し確認を何度もして、その上で何度も席を振り返り本当にないか確認

仕事の後は忘れ物がないか、やり残しがないかを何度も何度も確認。うろうろとして、パソコンを見て個人書類ボックスをみて、確認。指差し確認しても不安で、また確認。なんかやり残してる気がする〜!!とずっとなっていた。

寝る前はアラームがかかっているか、これで起きれるのか不安からと個数も確認(ちなみに12前後アラームをかけている)、音が鳴るようになっているか音量を確認10回以上も確認していた、寝る直前。出かける前日は持ち物や服を何度も確認

仕事の前の日はシフトがあっているか、寝る前に何回か確認

極めつけは友人関係。嫌われていないか、好きでいてくれてるか、私たち友達だもんね〜とか言って確認をしていた。当たり前じゃんとか言われて、安心を得ていた。

あ、なるほど。落ち着きがないのでADHDとかなんかな……不安で泣くこと多いし鬱なんかな……と思っていたが、あ、これ強迫性障害っていうんだぁ。なるほどね……と、腑に落ちた。

先生からは、少しずつ確認を減らして行きましょうと指導が入っている。まだ通い始めて片手ほどなので、これから頑張ろう!という段階なのだが。これから私はこの確認行動とか強迫性障害と向き合っていくことになる。多分、一生なんだと思う。希死念慮だって急に来るけど、コイツ手綱をつけてこらこらwはしゃぐなはしゃぐなwとしていかなければならない。

だけど、不思議とこれに対する不安はない。病気の正体が分かってしまえばどうって事ない、はず。粛々と対処をして行くだけな、はず。困ったら病院とか、頼れる物に頼ったらいい。そうやってのんびり生きていこうと思う。

悩んでいる一人は色々いると思うんだけど、まず、病院は星の数ほどあるし、今の病院でどうにもなんねぇよ!!と思ったらセカンドオピニオン受診してもいいと思う。そして、この世には意外と色んな人がいるみたいだから、気楽に、のんびりやっていこう。そもそも生きてるだけで偉いんだし、私達。一緒に美味いもん食って頑張ろ。精神疾患持ち、みんなズッ友!!!

2026-03-06

仕事が決まらない

週3回パートをしている。金銭面的に厳しいので、週5で働けるパートを探している。私は短大卒で就活に失敗、1年近くニートをした後市の就職サポートを受けて工場パートで入った。1ヶ月後別のパート先に合格しそちらに勤務するも体調が悪化したため精神科に通うことに。結局2年半で退職。その後失業保険を受け、ニート半年短期バイトなどをして過ごす。見ての通り、経歴はボロボロである。今は通院しながらパートをしている。26歳ともなると、さすがに厳しい。資格WordExcel普通運転免許司書資格運転免許くらい。

今年の一月下旬から就活をしているが、5社落ちた。正社員まで高望みしないから、とにかく働きたい。ちなみに強迫性障害の症状はほぼ出なくなった。面接では精神科に通っていることは一言も言っていないし、今のパート先でもカミングアウトしていない。一般で働いている。人手不足と言いつつ、元々しっかり働いていた職歴のある主婦や、いい大学卒の学生しかまれてないのかなあ。厳しいなあ。どうやってこの狭間のギリ健は雇われるんだろうか。いや、精神科に通っている時点でギリ健ではないか

仕事が決まらない

週3回パートをしている。金銭面的に厳しいので、週5で働けるパートを探している。私は短大卒で就活に失敗、1年近くニートをした後市の就職サポートを受けて工場パートで入った。1ヶ月後別のパート先に合格しそちらに勤務するも体調が悪化したため精神科に通うことに。結局2年半で退職。その後失業保険を受け、ニート半年短期バイトなどをして過ごす。見ての通り、経歴はボロボロである。今は通院しながらパートをしている。26歳ともなると、さすがに厳しい。資格はわーとExcel普通運転免許司書資格運転免許くらい。

今年の一月下旬から就活をしているが、5社落ちた。正社員まで高望みしないから、とにかく働きたい。ちなみに強迫性障害の症状はほぼ出なくなった。面接では精神科に通っていることは一言も言っていないし、今のパート先でもカミングアウトしていない。一般で働いている。人手不足と言いつつ、元々しっかり働いていた職歴のある主婦や、いい大学卒の学生しかまれてないのかなあ。厳しいなあ。どうやってこの狭間のギリ健は雇われるんだろうか。いや、精神科に通っている時点でギリ健ではないか

2026-02-11

働き始めたことでASDが生きづらさの根幹にあることに気づいた

「俺の生きづらさの根幹にはASDがある」

それに気づいたのはつい最近

働き始めてからだ。

俺はASDの他に強迫性障害を持っている。

今までは日常生活の中で困ることといえばもっぱら強迫性障害だった。

最近は疾病恐怖がひどく、ゴムつけてやったのにエイズ心配をして検査行ったり、下腹部違和感で何度も病院に行ったりと、病気に対してかなり敏感になっている。

俺はこれを強迫性障害の症状の一種だとずっと思っていたのだが、実はASDの症状かもしれない。

まりASD特有の「不安の感じやすさ」に由来しているのではないかということだ。

なぜなら、ある程度不合理だという自覚(いちいち検査に行くのは大袈裟だ)はあるものの、エイズしろ下腹部違和感しろ、全く不合理というわけでもないからだ。

現に性行為はしているし、下腹部には違和感はある。

からこれらの疾病恐怖が強迫性障害に由来するのかがいまいちからない。

もちろん、そういう面もあるのだろうが、どちらかといえばこれはASD由来なのではないかと俺は睨んでいる。

そもそも強迫性障害自体ASD二次障害である可能性が高いので、元を辿れば強迫性障害の症状もASD由来ということになる。

ASDがあるのは随分前から分かっていたことではあるのだが、今までは強迫性障害にばかり気を取られていてASDについて深く考えたことがなかった。

から自分のあらゆる生きづらさの原因がASDにあることに気づけなかったのだ。

しかし、最近になって働き始めたことで自分ASD特性を強く自覚するようになった。

マルチタスクができない」「興味のないことに取り組めない」「無愛想」……。

たった1か月でこれらのことをまざまざと自覚させられた。

俺は睡眠障害もあるのだが、仕事の日に限って眠れなくなるということも起きて、それがASD由来である可能性があることを知り、ますます確信を強めた。

そして、今まで最大の悩みの種だった強迫性障害も、どうやらASD由来の可能性が高い。

ASDの、特に「こだわりの強さ」によって、それは生じているのだろう。

こうした気付きによって今まではなんの理由付けもしてこなかった自分行為も次々とASD由来なのではないかと思うようになった。

たとえば、素足を床にベタっとつけることの気持ち悪さ。

俺は特に風呂場ではいつも足の側面だけつけて立っている。

これは子供の頃からずっとそうだった。

なんとなく不潔、という気持ちがしてそうしているのだが、今までこれはASDとも強迫性障害とも思っていなかった。

だが、これもまたASD由来だということが今ならわかる。

要は感覚過敏だ。

それでいうと、自宅以外の布団で眠りにくいのも感覚過敏かもしれない。

一度口をつけたコップにもう一度口をつけるのを嫌がるのも然り。

今まで何の気なしにしていたこともその多くがASD由来かもしれないと思うことで、なんだか頭の中のモヤが少しだけ晴れた気がした。

原因がわかって言語化できるようになったことで、少しだけスッキリした。

そしてそれと同時に、自分はやっぱり発達障害なんだ、普通の人とは違うんだと自覚させられた。

ASDである自覚はあったつもりだったが、今までは多分無意識にそれを否認していたんだと思う。

しかし、ようやく俺は真の自覚に辿り着けた。

やっぱり俺はASDだったのだ。

正直、働くのは本当につらいし、辞めてやりたい。

だが、自分の根っこにある特性を知るきっかけになったことだけはよかったと思っている。

2026-02-10

anond:20260210122647

俺以外みんな精神疾患持ちの会社だよ?

部長は躁鬱でなんかすごい元気になって宝くじ100万円分買った!おおお!おおお!とか叫んだし

副部長適応障害休職したし

課長統合失調症で突然「イライラすっから外注因縁つけてやる!」って電話で怒鳴り散らすし

課長補佐はパニック障害で「おしまいだああああ」って叫んでなぜか自分の頭を殴り続ける

後輩は強迫性障害で「だめだだめだ」って碇シンジみたいに独り言だし

俺だけのほほんと仕事してるよ

2025-12-16

死にたくなった。こういう気持ちは初めて。

死にたくなった。こういう気持ちは初めて。母ちゃんにすご太っててダメだと言われた。何度も言われた。

しかに太ってる。120キロある。ここ1年で更に増えた。ダメだと言われる。

土曜日に妻の七回忌やってきた。その日も繰り返し繰り返しダメだと言われ続けた。

聞き流そうって、ここ6年頑張ってきた。

いつか減量しようと思ってきたけど、うつ病ますます悪くなってきて、もううつ病も30年だし、許してはもらえない。

いつも言われる。母ちゃん自覚がないから、そんなに言ってないと言うはず。

でも誰に嫌われても自分は言わなければならないっていつも言っている。孫にも去られた。それでも正しさを求め続けている。

おれは母ちゃんに頼っている。妻が死んでもうどこにも行き場がない。そう思って母ちゃんのところに電話すると、いつも言われる。

もう本当に限界だ。死のうと思う。この決心は本当に固くなってきた。

大学病院明日行く。精神科先生に。そしたら去る。

言わないよ。先生が大変だもの。俺はもういいの。妻が死んで、十分頑張ってきた。6年も。

死ぬと分かってから7年、13年も頑張ってきた。うつ病も30年頑張ってきた。

それなのに俺の太った体を見て、醜いと言ったんだ。それ以上の言葉はないだろう。

俺は俺の歴史大事にしたい。静かに終りを迎えたい。2025年。もう十分だ。

俺にはハッキリ分かった。妻の命は母ちゃんにとって大したことではなかった。

なんだかいろいろ消化できて晴れやかな日がくればいいと思うが、それは俺ではない。

ちゃんは俺の妻に対抗心がある。強烈な。死んでもなお、あれはああだとこうだと自分本位のことを口にする。

悲しみがどこから来てどこへ行くのか、考えもしない。

ちゃん大丈夫。俺も大丈夫

俺の一周忌と七回忌までやって、葬式が大好きな母だから

きっと式次第に凝って、自分の式をやる。俺のではなく。

から大丈夫。俺の七回忌やっても、また100歳になってない。

ばあちゃんは100歳まで生きた。母ちゃんは110歳まで行く。

俺の分まで生きてくれる。

こういう終わり方だったんだな。

死体を処理する人、救急医療の方、ごめんなさい。

俺みたいなののために働いて疲れ果てて。

こんな精神状態になるなんて、思っても見なかった。

自殺する人も、何かやりようがあるだろうって思っていた。

そんなのどうしようも無くなる日が来るなんて思わなかった。

https://anond.hatelabo.jp/20260107144223

今回の実家滞在は、何もかもダメと言われ続けた。でも七回忌法要ではうるうるしてしまって、苦しんだ妻を思い出したよ。家に帰るとまたダメダメって言われて。妻をフッと思うこともできなかった。

分かってないなあ。母は俺の脳内にあるんだよ

俺はレクサプロ満量、ミルタザピン満量、ロラゼパム満量もらってるよ。トラウマ治療って言ったって、今までと変わらない

東北大学病院から。最高の治療は既に受けてるよ

なんで自分の正しさに固執するの

自分を疑わない、固執、執着、ストーカー的、強迫性障害との関係を知りたい

分離不安

正しさへの疑いを持てないのはなぜか

ACとか毒親とか読んだんだけど、自分人生と照らし合わせると思い当たることはたくさんあるが、それでいていわゆる脱皮みたいなことができても、親がいる自分があるということに変わりはないのでは。

洗脳されている自分消滅するとその先に何も無いように感じるよ

医療は万能ではないというのが30年の付き合いの実感だよ。幻覚のようにこれまで信じてきたものが幻だった、存在しなかったと気づいたら?(ビューティフル・マインドセリフ)があるし

姉は姉で、俺と似た感じで崩壊して離婚一家離散になった。離婚にならないためには、ちょっとしたことを言わないだけなんだけど、言うということが姉のアイデンティティになっていたので、不可避だったと思う

父も母も子ども依存になった。姉も自分の子依存になった。

依存してるかしてないかの2極ではなく、距離感がない

まあでもこれまでも自分暴露とかやれることはやってきたよ。アメリカでもカウンセリングは縮小傾向で、理由は良くならないからと聞いている。

自己満足でスッとするというのと治療的に効くというのは違うしね。10年くらい前だと禅のマインドフルネスに移行していたと聞いた。

セッションに終りがあるから予算的にも通りやすいからだという。でも効くと証明された訳では無い

繰り返し欠点を言われてきたことで悪化したことは分かった

外に出て頑張って建築士にもなって成功したけど、うつ病になったら手に届く存在になって戻ってきてくれたから嬉しいという面があると思うよ

セッション映画教師は、なぜ若者を、途方もない年下を罠にはめるのか

それで俺は死のうと思ったんだよね。居なくなるということがいいんじゃないかと思った。俺にとっても

俺は就職してせいぜい10年くらいしか自分人生を持てなかった。うつ病で持続できなくなった。

奥さんに頼ってなんとか両親を遠ざけてきたけど死んでしまった。俺は無防備になった

昨日シークさんに言われたから、トラウマのことがわかる本 生きづらさを軽くするためにできること (健康ライブラリーイラスト版) Kindle版

白川美也子 (監修) 形式: Kindle版という本を買ったんだよ。

俺はジャスコけんじワールドをやったよ。3年ずつ。ジャスコ相模原は今でも残っている。両親も見に行ったそうだ。そんな暇あるのかと思ったけど。両親にとっては俺に関係するものを見に行くことくらいしか社会的ものが残されていないのかも知れない。親父は銀行員なのに、仕事ちゃんとやっていない。俺のことにうつつを抜かしている暇はないはずなのに。母ももちろん同じ。専業主婦空っぽなのは明らか。

親父も母も両方とも、社会的なつながりを持とうとしないのは、つまらいからなのか、言う通りにならないからなのか、地味に働くことができないからなのか

親父からは、仕事ってこういうものなんだよなって話を一度も聞いたことがない。青森懲罰人事で行かされたときも、銀行には青森支店があるのに、そこじゃなかった。銀行融資先でそこに常務としていった。完全にお払い箱にされた。でもなあ、なんでそこで仕事ってちゃんとやらないといけないよなあって思わなかったのだろう。青森は雪が多くて大変だけど、そこに生まれて生きている人がいる。そこを根こそぎかっさらってやろうと思わずに、なぜ小学生の俺に依存したのか。仕事がそんなに嫌だったのか。

やっぱ、子作りなんて猫でも犬でもできるよな。

俺は転属先で建築に没頭して、現地の女性に手を出してた。親父は俺が女だったんだよね。

姉は反発してたからね。俺はもともと受け入れる方だし。ほんの少しのところで男娼だよ。

オヤジダメな男だよね。依存を捨てて女を楽しませないとならないのに、どこにどう行くのか、オヤジは。永遠迷路

仕事はしないし、重要人物にもならないし。仕事を、ささいなことをやっていれば、自然とそこに欠かせない人物に成れる、誰でも。それをどこに行かされてもなぜやらなかったのか。なぜ失敗ばかりしていたのか。

オヤジが飛ばされたのが、俺が4年生になるときから俺が9歳で、オヤジは39歳くらいか。その若さで飛ばされるんだから、当時はリストラ時代とは程遠いし、きっとろくでなしだったんだろうな、会社で。ちょっとしたこと仕事でつまづくとすぐ人に振っていただろうし、それは家族作業していてもわかる。根気がいる作業はまず俺に振ってくる。だから会社でも用無しになったのだろう。それで飛ばされて初めて、どうしたらいいのかってなって、それでも家族で会食を無上の楽しみにしていて、仕事をしていない、はっきりと分かる。3年耐えてたけど、営業職には戻れなくて、検査部に行かされてた。毎週支店に泊まって検査してて、監査なんて手抜きでいいのに、何をやっているのか。

オヤジは出向イコールクビって、2回言ったんだ。行く場所で決まるなんてことはないだろう。行った先でどれだけ自分が伸びるかなのに。俺の社外出向をそういったんだ。どういう仕事感なのけ。

会社で何もしないでて、だんだん場所がなくなるのに、なぜ仕事をしないのか。やり方が分からないときほど、これをこなせるようになる、という機会なのに。

クビクビって、自分で言ってて、仕事しろよ!!って

母は、お父ちゃん仕事が早いのって言ってた。見たこともないのに。銀行仕事がどういうジャンルになってるかも当然知らない。オヤジはひょっとしてとんでもない嘘つきだったのか

俺の頃は仕事できない人は割とすぐ外に出されるから。そうでない人も居たけど。穀潰しが居たから、今になると分かるけど、設計部にいるのに図面がかけないとか

オヤジ自分自身が仕事が何もできないのに、俺にはテストの点が低いとどこまでも叱って殴ったのはなぜだろう

2025-11-16

anond:20251116123819

今なら通常より安く買える→買うべき(=今買わないと損)という思考ルート強迫性障害っぽい

2025-11-08

ちんちん確認症候群に悩んでいる

不安ヤバい

何もしてないのに色んなことが不安になる。

お薬は飲んでる。

今もおちんちんが外に出てしまってるのではないか心配になる。

股間を触り、肉眼で確認する。

ある。大丈夫、おちんちんは出かけてはいない。

露出してもいない。

今は電車の中だから、おちんちん露出してたら逮捕される。

逮捕されたくないから何回もおちんちん確認する。

確認すると、確かにあるが、パンツの中にしまうと、居なくなったのではないか心配になる。

多分これは強迫性障害なんだと思う。

ちんちん確認症候群

知らんけど。

潔癖症のおちんちん版みたいな感じ。

ちんちん確認行動が止まらない。

ほら、こうやって増田を書いてる間も、おちんちんがお出かけしてるかもしれないって思っちゃう

サッとおちんちんを触る。目視する。

ある!いる!安心する。

でもおちんちんしまうと、またいなくなる気がしてしまう。

いっそのことおちんちんを取ってしまいたくなる。

居なくなれば、確認行動もなくなるはず。

ちんちんなんていらないのだ。

さようなら、おちんちん

でも、取れない。

簡単にはおちんちんは取れないのだ。

そうと分かっているなら、おちんちん確認行動を取らなくてもいいはず。

ちんちんは取れないものなのだ

分かっているんだけど、確認行動が止まらない。

考えたのが、パンツカメラを仕込み、常におちんちんを映しておく。

そしておちんちんスマホ確認し続けるのだ。

するといちいちおちんちん目視しなくて済むし、単にスマホを見てる人に擬態できる。

だがもしスマホの画面を見られたら…?それこそ変態だし、通報されるかもしれない。

「いや、これは自分のおちんちんなんです!」と警察に言っても分かってもらえないだろう。

猥褻物陳列罪に問われるかもしれない。


もうダメだ、おちんちんが気になって仕方がない。

仕方ないので丸出しで過ごすことにする。

2025-11-02

強迫性障害かも

平日は筋トレをしないと風呂に入ってはいけない

休日筋トレをしないと外出できない

もしかして俺は強迫性障害なのか?

2025-10-27

ChatGPTに相談したら、強迫性障害だと言われた

ずっと悩んでたことがあって、誰にも相談できなかったんだけど、ChatGPTに聞くと、それは強迫性障害強迫神経症)の症状だと言われた。

うん、その通りで、医者にも言われて、薬も飲んでる。

でも病気の症状だとは思わずに、ずっと悩んでた。

医者にも話すんだけど、医者と話す時間って限られてるじゃん。

でも、AIなら思う存分話せる。

しかも優しく的確に答えてくれて、とてもありがたかった。

友達相談してもウザがられるだけなのに、AIは嫌がらずに丁寧に会話してくれるんだよね。

とてもありがたいよ。

カウンセリングより効果があるんじゃないかって思う。

しか課金しなければ無料だもんね。

ありがたいよ、本当に。

いい時代になった。

2025-10-25

anond:20251025220437

増田悲観論者は強迫性障害っぽいヤツが繰り返し書いてるように見える

2025-10-22

最近日本人、すぐ寝れないやつとすぐ起きれないやつが多すぎておそらくだ規則正しく寝て起きれる強迫性障害を事前に設定するだけで人生上位2割に行ける

特に高学歴になればなるほど発達障害言い訳生活リズム天動説惑星軌道みたいにしてる化け物が多い

最近日本人、すぐ寝れないやつとすぐ起きれないやつが多すぎておそらくだ規則正しく寝て起きれる強迫性障害を事前に設定するだけで人生上位2割に行ける

特に高学歴になればなるほど発達障害言い訳生活リズム天動説惑星軌道みたいにしてる化け物が多い

2025-10-20

anond:20251020124202

定型発達であっても強迫性障害の人は自身強迫観念強迫行為について「こだわり」という用語をよく使う。

2025-10-14

繰り返し行動には、常同行動ASDなどの発達障害や、認知症ストレス不安などからくる目的のない反復行動)と、強迫性障害強迫観念からくる不安を打ち消すための行為)などの原因があります

老人になると顕著よね

毎週秋葉原行ったりしてるんだろうか

2025-10-04

希死念慮という名の死神

現在私は貯まらない貯金、劣悪な住環境趣味時間を使えない多忙絶対に許されぬ恋というヘレンケラーもびっくりの四重苦を抱えているのだが、やはりというか当然というか最近希死念慮という名の死神が手招きするようになった。

これまでも約20年ほど強迫性障害を抱えており、薬でなんとかやり過ごしてきたがついにやって来たかという感じだ。思うに人間という生物ストレス耐性の限界値というものが各々備わっていて、その数値を超えると希死念慮という名の電源ボタン作動したくなる衝動に駆られるのではないか。つまり死は生きる苦しみから逃れる救済措置でもあるというわけだ。

希死念慮を和らげる薬も現在いろいろ試してはいるが、今のところ特効薬と呼べるものは見つかっていない。イライラ不安限界まで高まる首吊り飛び降りイメージが頭に浮かぶようになっている。

しかし、私は今死ぬわけにはいかない。死神に負けるわけにはいかない。なぜなら脳内にこれは絶対に世に出しておきたいという作品ネタがまだまだあるからだ。これらを発表せずしてこの世を去ることはできない。カート・コバーンあの日ショットガンで自らの頭を撃ち抜いていなかったら我々はもっと多くの名曲を聴けたはずだ。

今の私は私のために生きてなく、世に出るのを今か今かと待ち望んでいる作品たちのために辛うじて生きている。私は作品を世に出すためのデバイスタンパク質の塊。そう言い聞かせてこの生き地獄を耐えている。

2025-09-28

anond:20250928140724

言語的な面から得られる情報も多いと思うけど、やはり自分の症状を言語化して伝えないと伝わらないものはあるよ。精神科医ってエスパーじゃないから……。

たとえばうちの家族統合失調症なんだが、ずっとその症状は精神科医には隠して伝えず、強迫性障害の症状のみを伝えてた。

それで病気が良くなるわけもなく、定期的に措置入院を繰り返していた。

症状を隠して黙ってたら専門家だって伝わらない良い例だと思う。

2025-09-25

anond:20250925124911

かつて自分がうっかり見下しちゃったかも…

という恐れを気に病みすぎてるじゃないか

罪業妄想強迫性障害あたり

2025-09-06

anond:20250905054532

ちょっと完璧主義すぎるし、むしろ病的な強迫性障害的に思える

これを正義として家庭内憲法にしてしまうと、共依存の苦しい家族になるのでは

文章内に、自分の非が全くみつからないというのは、サイコパス性感じる

作り話かもしれないけど

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん