はてなキーワード: 一喜一憂とは
増田さんは既婚者だし、当時は総務の美人にご執心の様子だったから、私の気持ちは秘密のものだった。
一昨年の年末くらいから美人が欠勤を繰り返すようになり、退職が決まった頃から増田さんがよく話しかけてくれるようになった。
とても嬉しかった。
だんだん下ネタを振られる事が増えたけど、なんだか打ち解けたようで、それも嬉しかった。
増田さんにはyという金魚のフンのような女がいて、よく2人で飲みに行ってる事は知っていた。
総務の美人が欠勤し始めた時期から私にも声がかかるようになり、何度か3人で飲みに行った。
去年の2月にもその飲み会に呼ばれ、解散後の帰り道に増田さんと2人きりになった。
手を繋いで歩いて、お互いを好きだと言い合って、ちょっとだけハグして、あとはずっと下ネタばっかり話した。
そのままホテルに誘われたけど断った。
その時点ではそこまでしたい訳じゃなかった。
でもかなり舞い上がっていた。
断ったら、普通に飲みに行こうと誘ってくれた。
夕方からお酒を飲んで少し酔ってきた頃、増田さんが唇を突き出してきた。
最初は拒否したけど、笑えるくらい唇を前に突き出してくる顔が可愛く思えて、少しだけ唇を付けたらそのまま捕まった。
もし増田さんの家族にバレたら傷つけてしまうかもしれないけど、認識できなければ事実は存在しない。
シュレディンガーの猫ってこういう事だっけ。違うか。
とにかく、バレたり疑われたりせず、増田家の安寧を脅かさない範囲で楽しんでいれば何ら問題無い。
増田さんの事は好きだったけど、踏み込んだ関係になるのは怖かった。
その後も増田さんと月一、ニくらいのペースで色々なラブホに行った。
どこに行っても新鮮で面白くて、何より増田さんと2人でいられるのが幸せだった。
ところが2ヶ月くらい経った頃、増田さんが他の女性とも関係を持ったと聞いて少し焦った。
でも私は増田さんを束縛できる立場ではないし、嫉妬するのもおかしいので、気にしていない態度をとって、それを私の本心という事にした。
寂しい気持ちが日に日に膨らんで、新しい女性の方が私より可愛いんだろうなんて考えては自己嫌悪に陥った。
資格試験の勉強も身に入らず、増田さんを振り向かせる方法も分からず、悩ましさで時間を浪費した。
この寂しさをどうにかしたくて、とうとう5月の終わりに初めて私の方から誘ってみた。
少し予想はしてたけど、増田さんは私の資格試験まで2ヶ月しかない事を理由に断ってきた。
その理由で私が断るならともかく……。
もう興味が無いという意思表示だと察しながらも、振られた事を受け入れられなくて、でも今更になって彼女面もできなくて、聞き分けの良い返事をして1人で泣いた。
試験が終わってすぐ増田さんとyが2人で飲みに行くのを私は見送った。
試験が終わったら、また増田さんから誘ってくれないかな、なんて期待をした。
もう一度増田さんを誘ってみようとも思った。
それで断られたら、増田さんの事は完全に諦めよう。
この頃から「恋人ではなくあくまで共犯」という自覚が、寂しい感情によって薄まってしまっていた。
私の資格試験が終わって、8月に3人でお疲れ会をする事になった。
(yは先月したんだから、いなくていいのに…)
終電があるからと私だけ先に帰らされたけど、私は家に帰らなかった。
増田さんにLINEをして、しばらく待っていると電話をくれたので2人で合流した。
増田さんを止めないといけなかったけど、久しぶりに2人でいられるのが嬉しくて受け入れてしまった。
増田さんは以前のような愛情表現はもうしてくれなくて、私ひとりが喜んでいるようで寂しかった。
以前より暴力的なのは久しぶりだからなのか、単に酔ってるだけなのか、分からないけど私は歓喜した。
次の日、増田さんと2人で話す時間があったので、私は昨晩の事を話した。
増田さんは全く覚えていなかった。
という事は、やっぱり泥酔して理性が飛んでいただけだったのだ。
警察に捕まったら人生を終わり、今後は気をつけて欲しいと伝えた。
今までそんなのした事ない、と増田さんは納得がいかない顔をしていた。
今思えば、増田さんと私の2人でした事もあるのに、他人事のように言ったのは少し悪かったかもしれない。
「俺は君にとってのなんなの?」と聞かれたので、「増田さんにとって私はなんなの?」と聞き返したら、「友達」と言われた。
私は何て返せば良かったんだろう。
増田さんから全体へ連絡があり、これからは仕事の合間に頻繁に病院に行くことになるかもしれない、とのことだった。
試験が終わったらこの心の霧を晴らしたいと思っていたけど、事情が事情なので仕方がない。
当然増田さんの方から誘われる事もなく、自分の中の我儘な感情を理性で押さえつけながら1ヶ月ほど過ごした。
他の人には積極的に話しかけるし、笑顔でいるのに、私には業務連絡しかしないし、私が話しかけても絶対に顔をこちらに向けてくれなかった。
私に興味が無いというよりは、嫌っている態度だった。
なんで嫌われたのか分からなかった。腹が立った。悲しかった。やりきれなかった。
でもそれらを言葉にできなかった。
真っ黒な感情が蓄積されていくだけで、発散させる方法も持っておらず、私は度々情緒不安定になった。
取引先との飲み会が終わってホテルの部屋で入浴していると、増田さんから部屋番号がLINEで送られてきたので、部屋に行った。
それなのに増田さんはずっと冷たい態度だった。
部屋に来いって意味じゃなかったの?
普通なら怒って部屋を出るところだけど、とうに私は心に余裕のある女性ではなくなっていた。
私の顔を見ようとしない増田さんの機嫌を取ろうとして懸命に尽くした。
「俺以外の男とした?」と聞かれたのでしてないと答えた。
増田さんは?と聞くと、「先週した」と言われた。
愕然とした。親の体調が悪いからって気を遣ったけど、無駄な遠慮だったのだ。
そして初めて首を絞められた。
増田さんなら嬉しいと感じた。
私は完全に狂っていた。
増田さんと関わりながら私が幸せになれる方法なんてもう無いのに、増田さんを求め続けた。
仕事中、取引先から「増田さんはもう〇〇の社員じゃなくなるもんね」と衝撃的な事を言われた。
私は何も知らない。
呆然としそうになるのを堪えてなんとか仕事を終えて、一足先に会社へ戻った。
増田さんが私の目の前からいなくなる……ショック過ぎて、誰もいない会社で首を吊った。
数分ほど気を失ったが、急に目が覚めて助かった。生存本能ってすごい。
「もし誘ったら、俺の会社で働いてくれる?」
と言われた。
「正直今より給料が下がるのは無理だけど…可能なら働きたい!」と、さっき首を吊った人とは思えないほど冷静に回答した。
でも、偶然知る事にならなかったら、増田さんは独立の事をいつ私に教えてくれるつもりだったんだろう?
増田さんの親の具合は良くならなかった。独立の準備もあるし、受け持っている仕事もしないといけない。
増田さんの気持ちや状況を鑑みるととても誘える雰囲気ではない。
でも私は寂しくてしょうがなかった。
とっくに女性としても人としても普通の扱いを受けていなかったのに、増田さんの事をまだ求めていた。
恋は盲目、狂気の沙汰、愚の骨頂、理性では全部自覚しているのに、感情が言う事を聞かない。
終わってほしく無いと同時に、もう終わらせたかった。
「また遊びに誘ってもいい?」
すぐに「ダメです」と返信が来た。
ああ、終わった……と胸を撫で下ろしながら、眠りにつくまで何時間も泣いた。
これで終わったはずだったのに、というか、自分の中で終わらせたはずだったのに、私は意志の弱い人間だった。
あろうことか私は更に歯止めが効かない女になった。
誘ったり誘われたりはもう期待しないけど、これまで口にせず抑えて来た事を全部LINEで増田さんに訴えるようになった。
なんで顔見てくれないの?私の事嫌いなんだよね。他の人と全然態度が違うよね。なんでこう言ったの?なんでこうしたの?私は傷ついた。私はこう言う事が嫌だと思う。あの人の事は好きなんだよね、私と違って。
完全に頭がおかしい。
何なんだこの女は。
増田さんは「そんなつもり無い」とかはぐらかしてばっかりで、それに余計腹が立った。
私は喜怒哀楽の激し過ぎる口撃モンスターで、その自覚があるくせに感情のブレーキは壊れてしまっていて、度々増田さんを轢きに行った。
増田さんは少し優しくなった。
12月の出張ではダブルベッドの部屋を予約してくれたので、もちろん一緒に寝た。
お互いに幸せになれる相手じゃないのに、やっぱり増田さんが大好きだった。
増田さん曰く、11月に独立する旨を伝えたところ、yは即答で着いていくと言ったらしい。
yならそう言うだろうな。
私は言えなかった。
それにyは私の何倍も仕事ができる。
弁えてる。
弁えてるけど、私はyの事が「うっすら嫌い」から「大嫌い」になった。
いや、正確に言えば、増田さんと関わっている時のyが嫌いで、y本人の事は人として好きだった。世話にもなった。
yに対する嫌悪感は完全な八つ当たりだったけど、増田さんとの異常な距離感が気持ち悪いとは入社当初から思っていた。
増田さんの親が亡くなった。
yだけは1人「お葬式の受付しなきゃ」とか謎に張り切っていた。
去年、同じ班の女性社員の親が亡くなった時は知らんふりしてたくせに。
気持ち悪い。
でも、増田さんはyが名乗り出てくれて嬉しいとか言うんだろうな。
やっぱりこの女は嫌いだと思った。
増田さんとyの顔を二度と見なくて済むように、市内から出る事にした。
相談にも乗ってくれた。
その確信はあったけど、もう私の中で増田さんの会社に行く選択肢は完全に消えて無くなっていた。
年が明けても私の我儘心は一向に落ち着かず、増田さんに2人で飲みに行こうと誘った。
増田さんはあっさりOKしてくれたけど、喜んではいなかった。どうでも良かったんだろう。
増田さんと2人で飲みに行くのは、初めてラブホに行った時以来、約1年ぶりだった。
3時間ほど話して、お腹いっぱい食べて、よし帰ろうと増田さんは言った。
唇を突き出す人はいなかった。
もし私と増田さんが普通の友達だったら、こんな感じでいられたんだろうか。
まあ、無理か。
私達は共犯だった。
お金が大事なのか、休みが大事なのか、やりがいが大事なのか、言ってる事がバラバラだと。
その場その場で都合の良い事を言っている感じがすると。
そう言われてドキリとした。
給与面で問題なければ増田さんの会社に行くと言ったのに、裏切ったようなものだった。
増田さんとyと一緒に働くのは無理、とは口にできなかった。
増田さんにとって、二つ返事で着いていくyは可愛いに決まっていた。
一緒にリスクを背負わないくせに、増田さんから与えられる事だけを求める私はただの卑怯者だった。
2月になってようやく転職先が決まり、3月末の退職に向けてバタバタと引き継ぎ業務を追われる中でも、私は気に入らない事があると増田さんに怒りのLINEを送った。
いつも私から喧嘩を売ってばかりで、その度に増田さんも気分を害していた。
増田さんの事が好きなのに、好かれるための事はできなかった。
そのくせ、私よりもyが可愛がってもらえてると怒り狂った。
というか、馬鹿で感情のコントロールができないから、惨めな人間にしかなれないんだろうな。
3月末に引っ越し、4月1日から入社というスケジュールはなかなか忙しかった。
新しい環境に順応しようと必死な中でも、私は増田さんの事ばかり考えていた。
入社3日目、仕事の内容で聞きたいことがあったので増田さんにLINEをしたが、なかなか既読がつかなかった。
忙しいだろうし、と割り切るつもりが、丸一日既読がつかなかった事に私は腹を立てて増田さんを責めた。
その事に増田さんも腹を立てた。
もう無理だと思った。
こんな気持ちになりたくたい、こんなコミュニケーション取りたくない。
増田さんの事で一喜一憂し過ぎて情緒が不安定になるのをやめたい。
連絡を断たないともう駄目だと思ったけど、でも、振り切れなかった。
もう少し時間が経って、私がこんなメンヘラじゃなくなったら、また会えないかな、なんて淡い期待をしていた。
先輩は7月に前職を辞め、翌月にはこちらの地域で仕事していた。
早速土曜日に飲みに行こうという話になり、私は喜んで店に向かった。
先輩は断片的な情報しか持っていなかったので、私が知っている情報と擦り合わせがしたかったらしい。
「9月に電話かかってきてさ、独立するって言われて驚いたよ。誰かに話したのか聞いたら、yだけには話してるって言ってて。」
yだけには話してたんだ。
そっか。そりゃそうよね。
先輩と夢中で話し続けていたらいつの間にか夜が更けていた。
辞める直前、社内では独立する増田さんの味方か敵しかいないような状態で、もちろん私は増田さんの味方だったけど、少ししんどかった。
先輩は増田さんに対して中立的な立場の人なので、やんわりと増田さんを否定する場面もあって、なんだかすごくホッとしてしまった。
増田さんのyの溺愛っぷりは異様だとも先輩は言っていて、私はそれにも安堵した。
増田さんへの気持ちがあるから私の見方が歪んでいる訳ではなかった。
ずっと抱えてきた重荷が、突然空中に霧散していったような気持ちだ。
私、こんな気持ちになるんだ。
電話は着拒、LINEはブロックするからもう連絡は取れないこと。
それだけ簡潔に伝えて、増田さんの連絡先を全て消去した。
これでもうおしまい。
もうきっと会う事は無い。
もう悲しまない。
頭の中はまだ増田さんの事でいっぱいだけど、そのうちそうでなくなるんだろう。
恋愛はもうこりごり。
自分に疲れちゃった。
増田さんの事は大好き。
さよなら。
ばいばい、増田さん。
5年くらい参加しているアクティブユーザー10人くらいの限界集落みたいな、オンラインコミュニティで仲の悪い奴と何度目かの喧嘩をした。チャット上ではあるが、お互いレスバの応酬。明らかに相手に非があったのだが、相手はもともとプライドが高く決して謝罪をしない性格だったこともあり、本当にいいようにあしらわれた。結果的には、わたしが彼に浴びせた避難の言葉と、彼が徹底的に「しらねーよばーか。ざまーみろ(意訳)」と言い続ける、とてもキレイとは言えない言葉の棋譜だけが残った。翌日、彼はきれいさっぱりそのログを消しており、自己愛性的な性格がよく表れていて素敵だな(はーと)と思ったものだが、わたしは、これを機にコミュニティから距離を置くことにした。
FOMO(取り残される恐怖)に代表されるように、知らず知らずのうちにSNS依存症になっていたのだと思う。コロナ禍で孤独感が半端なかったころ、最初は「こんな世界があるんだ! 普通には会えない知らない人たちがたくさんいる!楽しい! キラキラ」って目を輝かせていたオンラインの世界も5年もたてば、やれ誰が誰の文句を言っていただの、誰がこんな発言しただの、毎日エアリプの連続で、疲れに疲れ果てていた。それでもコミュニティの中には明らかに賢い人がいて、その人のありがたい言葉を待つかのように、また日々の愚痴吐きの場所として使っていた。
仲が良い人もいたし、リアルだけでは知らない情報もたくさん教えてもらった。エンタメ情報もそう。オンラインのつながりがなければ、知らないことたくさんあった。ただ、それ以上に、毎日コミュニティ内の発言に一喜一憂している自分もいた。
世界を広げるはずのオンラインコミュニティが、気づけば世界を縮めてしまっていたんだなあ。まあ、すべては距離感なんだと思う。自分はコミュニティへの距離感が近すぎた。
がんばったな。
一応転勤で来たってことになってるけど、実際は彼に合わせて来た部分が大きいと思う。自分で決めたことだし、それはいい。でも、実際東京に来てみて思ったよりきつい。
まず、なんでか同棲してない。
これは彼の事情も分かる。仕事が忙しいし、生活リズムも不規則だし、いきなり一緒に住むのは不安だったんだと思う。でも、結婚前提で東京に来て、一人暮らしスタートは思ってた以上にしんどい。
知り合いもいないし、帰っても誰もいないし、「何のためにここにいるんだろう」って思う瞬間が普通にある。
仕事も激務ではないけど、難易度が上がってついていけてない感じがあるし、小さいミスを何度もして、ずっと引きずってる。毎日「またやった」「なんでできないんだろう」って思ってる。
小さい会社だから、本社に来て会社の上層部の嫌なところや会社の風土が見えてしまったり、実質会社を牛耳ってる事務方のボスの機嫌でわたしを含め色んな人が一喜一憂したりしてて、明日は我が身って感覚が抜けなくていつも追い詰められてるかんじ。
辞めたいって何回も思ってて、正直限界に近い。
でも辞められない。
東京で無職になるのは無理だし、最近やっと同棲が決まって、結婚の話も出てて、東京の家賃は異常なほど高いしここで辞めるのは現実的じゃないのも分かってる。だから辞めないよ、辞めないんだけど。
でも、このまま続けられるのかって言われると、それも分からない。
彼には「しんどい」って言ってる。でも、具体的に説明できない。「全部しんどい」っていう状態で、具体的に何を話せばわかってもらえるかわからない。
彼も優しいし、「大丈夫?」って言ってくれる。でも向こうも激務でさ、仕事が忙しいのも分かってるし、それ以上を求めるのは違う気がして、あまり言えない。
本当は、会いに来てほしいとか、一緒にいてほしいとか、思ってるけど、言えない。
気づいてるけど平日に会いに行くのは無理っていうのも感じてるし。
自分で選んで東京に来たんだから、自分でなんとかしないといけないんだろうなあと。
地元なら生活コストも低いし、家族もいるし、もう少し楽に生きられる気がする。
あと、彼はキャリアや仕事、人生で何を成し遂げるかが大切っていう価値観。男の人だしそれはわかる、大切にしてほしい。東京出身東京育ちの彼に地方に来てもらうのは現実的じゃないし、何より自分が感じてる「環境が変わるしんどさ」を、自分が無理だからって代わりに彼に背負わせるのは違うと思う。
じゃあ東京でこのまま暮らし続けるのかって言われると、それもイメージできない。
東京で子育てしてる自分とか、正直全然想像できない。生活も、仕事も、人間関係も、全部どこか無理してる感じがある。
でもじゃあどこならいいのかって言われると、それも分からない。前いた関西とか?って思うけど、関西でも共働きは必須だし、双方の両親がいない状況で子育ては無理だよね。
なんか、東京に来たのは間違いだったのかとか、もっと早く同棲してたら違ったのかとか、大阪にずっといたらよかったのかとか、考えても答えが出ないことばかり考えてる。
彼のことはめっちゃ大好きでずっと一緒にいたいし、結婚したいから、東京に来た。
でもずっとこのまま東京にいていいのかも分からない。仕事も本当に辞めたい、かなり。
でも、とりあえず明日も仕事には行く。まだ体は動くし。でも、どうやって続けていけばいいのか、これが正解なのか、分からない。
続き
画面端に到達すれば火力が高いので、画面端に押し込むことができていれば駆け引きの回数を減らすことができる。遠距離技をガードされること自体も火力上昇に一部貢献できるため完全に無駄にはならない。
固有の強みとして2Kが発生が最速で低姿勢かつ最新バージョンで6Kから浮くようになったため、コンボダメージが大幅に伸びている。近づいてきた相手に2Kや暴れに使える5K始動のコンボを当てることで逆にリターンを出すことも可能になった。
崩しに使えると言うより相手のミスやどさくさ紛れに一撃を加えるというミス待ち・運目当てのスタイルがさらに特化されたような感覚がある。
また、JHSが飛び込みとして強い。上りで出す中段としてはゲージ使わないとリターンが出ないし遅めに出したら見えやすくなるので嫌がらせになる程度だけど、ハイジャンプくらいの高度から飛び込むと6Pも潰せるから対策して状況見てないと本当に落ちない。
総じて、遠距離で技を被弾してしまうなどアクセルへの対策が不足している相手であれば"得意"な遠距離戦だけで非常に勝ちやすいキャラだが、相手が被弾を抑えるように対策をしている場合は近中距離でのリスクのある駆け引きを何度も制する必要がある。これを実践するには駆け引きの巧さや圧力によって相手を"対策不足"に化かしてしまう"オーラ"が使い手に求められる。
また個人的には、ペースを掴んだら相手の技が届かない遠距離から溜め虎落笛という橋渡しを使うなどして自分が有利な状況で近〜中距離まで自ら距離を詰めるようにしたほうが勝てる程度のリターンが発生しやすいと考えている。
・鎌閃撃や2HS、6K、2Sは相手を縛る手段、または余計なことをした相手を足切りする手段
・溜め虎落笛は縛った相手に出すことで自分から近づくための一手
・本命は近S、2K、2P、遠Sが届く距離でいかに技を当てられるか
・自分からも近づけるし相手からも近づかれるが、自分から近づいたほうが賭金をレイズできる
世間的にはバージョンアップを経てアクセルの評価が高まっているが、筆者自身はこのリスクの高さからアクセルをそこまで評価していない。火力が上がってギャンブル的期待値が高まったので勝ちやすくなったことは確かだと思うし、実際リターンの出にくい遠距離とリスクの高い近距離を合算した期待値で戦うキャラ(上達要素は期待値を伸ばす)だと評することはできる。
結局リスクの高い攻めを行う近距離が大事な戦場になるなら、攻めの強い他のキャラを使ったほうが勝率が高くなるのでは?と考えてしまう。ただし他のキャラはアクセルのように簡単に相手を縛れる能力はない。
よくも悪くも状況の再現性が高いのもこのキャラの個性であると言えるのかもしれない。
究極的に近距離に行き着く立ち回りを遠距離の有利があるからこそできる攻め方なのか、それとも遠距離戦が頼りにならないから本来の遠距離の有利をかなぐり捨ててこの攻め方に行き着いたのか、どちらの結論になるのか、哲学的な問いになっていると感じるが自分は確たる答えを持たない。現状の意見としては後者寄りであるが、事実として相手の立ち回りを縛れるからこそこの間合いに自分が有利な状況で駆け引きに移行しやすい(ただし駆け引きの内容としては不利寄り)側面もある。
根本的な話として遠距離戦中心というキャラクターの特徴が格闘ゲームとの相性が良くない。良くないというよりはゲーム的に技が届かなくて近寄る側のほうがリスクが高いため遠距離戦を主導できるキャラのほうが強くなりやすく、逆に近寄る側にインセンティブを与える必要があり、相対的に弱くせざるを得ない。ネガティブペナルティによる抑止があるギルティギアシリーズでは尚更である。GGSTのアクセルに関して言えば、発売前の情報公開で「遠ければ遠いほど強い、でも近寄られると弱い」(でも遠距離戦も弱点は作らざるを得ない)となると、それは約束された初心者狩りキャラにならざるを得ないのではと思う。現状の結局近寄る必要はどうしてもあるという性能がこの矛盾を解消するために意図的に設計されたものなのか、あるいは評価が低かったから許容できる範囲で強化したらこういう構造に偶然なったのかは判然としない。自分はかなり歪だと感じている。
Xrdまでのアクセルはどの間合いでもできることがある代わりに常にリスクを負うような構造になっていたが、STのアクセルは一方的に攻撃できる状況はあるが相手の動きを読んでいたとしても当たるかは相手次第になりやすい。
この意味でSTのアクセルには無敵昇龍の弁天狩りや反撃技の天放石が無くなった以上の一見してわからない変化があったと考えている。
筆者は勝ち筋としてある程度画面端に寄ってかつゲージが50%ある状況で何かをガードさせた後に相手の動いたのを刈るように蝸牛を出し当たろうがガードされようがRC、ヒット確認せずガードしたらゆるく攻めを行い、当たったら高火力コンボで一気にダメージを奪うという動きをよくやっている。
高火力コンボが気持ちいいと思いつつ運がいいだけではと疑問を感じていたが、今考えればアクセルというキャラの本質を表しているようにも感じられる。
また、現在のバージョンでは蝸牛がハードダウンを取れるようになったためヒット時のリターンが大きく増加している。
元々相手の接近を止めるためにリスクも大きいリターンも大きい蝸牛を出す出さないの駆け引きがどうしても必要になっていたが、これがより顕著になったと考えている。
個人的にこれを心を込めた蝸牛と呼んでおり、現在のアクセルは詰まるところこれが当たるかどうか(相手に意識させられるか)で勝率が大きく変わると言っていいだろう。
その場の勝ち負けは二の次で自分が精度を上げて最善を尽くせば良しという方向なら確かに今のアクセルは合っているのではないかと思う。
アクセルの基本が"ミス待ち"だとして相手が常に完璧にできるわけではないのはそうだし、全体的に数字が大きくなったのだからキャラとしてパワーが上がっているのは確かだし精度が高まって実力が付けば確実に勝率も上がって結果も付いてくる。そこにやり甲斐や充実を感じられるだろう。
筆者自身はどちらと言うと読み合いで一喜一憂したい・局地戦的なその場の勝ち負けに拘ってしまう(そこが格闘ゲームの楽しさと感じてしまう)タイプだから、展開されるミス待ちの構造自体が楽しくない、勝ち負けの主導権を相手に委ねてしまっていると感じているのはつまり合っていないということなのかもしれない。
ロングレンジアタッカーというキャッチコピー通りのアクセルの遠距離戦は、共通システムの移動オプションにより安全に接近可能・かつ理論上だけの話でなく十分実践可能かつアクセル側の能動的な対抗手段に乏しいため、精度の高い相手に対してアクセル側が遠距離戦で期待するのは相手の動きを読み切った一手を通す積極的(ポジティブ)な勝ち方ではなく、相手のミスを待つ忍耐という消極的(ネガティブ)な勝ち方、またはロングレンジの優位をかなぐり捨てて近づいた上で他キャラに比べて拙い攻めを通すという勝ち方になっている。以前のバージョン(シーズン4初期)では破綻寸前だったものが現在のバージョンでは火力の強化によってある程度成立しているが、個人的には性能の煮詰め不足だと考えており、今後の調整では単純な火力強化ではなく、システムと照らし合わせたキャラコンセプトの再考および一部技の性能変更により問題点の解消が必要であると考えている。
なんかアイドルオタクが「Vtuberなんて画面の中の絵に金を回すだけの虚業。リアルアイドルは経済回してる正業」とかドヤ顔で語っててびっくりした。
お前らが買ってるCD、何枚ゴミ箱行きになってる? 10秒の握手のために数万積むのは「高尚な経済活動」で、Vtuberのアクスタや限定ボイス買うのは「実体のない搾取」なの? 意味不明すぎる。
Vtuberだってグッズ作れば工場が動くし、発送すれば物流が動く。大型イベントやりゃ地方からオタクが新幹線で大移動して、ホテルに泊まって、現地のメシ食って経済回しまくってんだよ。幕張や武道館を埋める熱量を「虚業」で片付けるのは、単に自分が今の市場規模を理解できてない老害だって自己紹介してるだけだろ。
結局、お前らが叩いてる理由は「自分たちの鏡」を見せられてるからだろ。
これ、やってること1ミリも変わらねーんだわ。
むしろVtuberの方が「最初からアバター(ガワ)です」って割り切ってる分、リアルアイドルの「清純派(笑)」みたいな嘘臭い虚飾がないだけ健全まである。
それを「俺たちは生身の人間を応援してるから格上」みたいな謎の選民意識持ってるのが、見てて一番キツい。同じ穴のムジナどころか、同じ沼の底で泥すすってる仲間だろ。
自分が理解できない新しい文化を叩くことで、自分の古びた趣味の正当性を保とうとするの、マジで惨めだからやめた方がいいぞ。
なんということはない、増田が学生時代に実家に帰ってきていわゆる自宅合宿コースで免許を取った時のことである。
増田は中学校から県庁所在地にある中高一貫校に通っており、東京の有名私大に進学した。弊学のインカレサークルでは周りの底辺女子大の女学生が弊学の男子大学生を狙うという事がよくある光景だったのだが、増田が入っていたサークルの活動内容的に、増田はそのような関わりとは無縁に大学時代を過ごし、そして就職してしまった。しかし、一回だけ、「小学校にいた」女子と接点を持った機会が、車校だったのである。
別に、小学校の同窓生と車校で再会したわけではない。みなさん、地元の公立小学校にいなかっただろうか。少し気だるげな雰囲気で自分のことをウチと呼び、ちょっとおつむは足りないけれどテンションと愛嬌がある、作り物じゃないけど、少しそれを被ってもいるようなギャルっぽい女子。そういう女子が、僕の通ったコースにちょうどいたという話だ。マニュアル免許の自宅合宿コースは人が少なかったから、普通自動二輪の免許をすでに持っていた坊主頭のお兄さんと、僕と、その女子(仮に山田と呼んでおこう)だけが、同じ日に同じコースで入校したのだ。しかし、その坊主ニキは学科授業がない分どんどん進んでしまい、イチから免許を取るために四苦八苦しているのはいつの間にか僕と山田だけになった。
ぶっちゃけ仮免許の学科試験なんて簡単である。パターンは決まっているし、ほとんど至って常識的なことしか聞いていないし、気をつけるのは車両別進入禁止の標識がどこまでを対象にしているかくらいなモノなのだ。僕は勉強を少しずつ進めて、模擬試験を数回やって、大体90点は間違いなく越えられるようになっていた。彼女の初回の模擬テストの点数は今でも覚えている。46点だ。2択なのに、確率に負けていた。「模擬試験と一切同じ問題がでるなら、マルかバツかを50問分覚えて本番の仮免許学科試験受ける」と山田は言い切った。僕は爆笑した。いつの間にか賢ぶる人間ばかりと関わっていた人生だったから、ここまで素直に、自然体な「小学校にいた」女子に会えた事がとっても驚きと感動だった。模擬テストと本番の試験が異なることを知った山田の顔はさらに面白かった。さすがにオートマ免許教習じゃないからってクリープ現象を知らないのは不味いからね…なんて話した気がする。
それから技能教習でも山田は扱いきれないマニュアル車を一生懸命エンストさせてはエンジンを掛け直し、クランクで縁石に乗り上げては後退しを繰り返しながら必死に運転していた。1人1台運転し教官なしで指定された教習所内のコースを巡る日は、コースや車の位置どりがわからないからと、山田の希望で僕が1号車に乗らされた。そして僕に置いて行かれた途端、2号車の山田はコースを間違えた。おい。教習が終わって車を降りると、山田はやっと終わったと言って飛び跳ね、教習カードを教官から返してもらうと待合スペースにスキップで帰っていった。もう笑うしかなかったのである。
こういうタイプの人を単純に馬鹿とこき下ろすのは性に合わない気がする。だって僕は一緒に過ごしていて楽しかったのだ。一喜一憂を体現したり、ものすごく気だるそうに車に乗り込み、坂道発進で車を後退させながらも(マニュアル車って坂道発進難しいんですよ、普通に僕も慣れない)最後の試験には間に合わせながらフフンって言ってみたりしている彼女と教習を受けるのは、なかなかに楽しかったんだ。彼女自身が楽しく生きていることに巻き込まれて楽しかったと言えるのかもしれない。それがさらに僕の日常生活までに踏み込んできたと仮にしたらそれは楽しくないかもしれないのだけれど、車校の同級生という関係がなかなか絶妙な按配をしていたようだ。
教習が終わり、僕と山田はインスタさえも交換せずに会わなくなった。会わなくなったのは当たり前である。少なくともきっと、生きている地理的な世界が違うから。僕は賢いふりをする人たちの世界に戻った。きっと僕が賢いふりをすることに山田も疲れていたと思うし、それはそれとして平和は続いているのである。
だけどあの免許教習はとても面白い時間だったし、稀有な思い出になったと思う。もうすぐ色の変わる免許を財布から取り出してまじまじと見れば、そんなことを考える。
「どの解釈を選ぶか」なんてメタな視点を気取ってる時点で、お前はまだ「自分」という観測者が時間の外側に安全に座っていると誤解してる。卵か鶏か? そんな線形ロジックに固執してるのは、お前のインターフェースが3次元の低解像度設定で固定されてるからだ。
いいか。因果律なんてものは、情報の同時性を処理しきれないショボい脳が、データの整合性を取るために捏造した「ラグ」でしかないんだよ。
「どっちが先か」なんて不毛な問いを反芻している間にも、宇宙はお前という観測者を含めて、丸ごと一括(バッチ処理)でレンダリングされ続けている。
お前が卵を見ているんじゃない。
卵とお前が、量子レベルで同時にもつれ合い、この空虚な行列の中で「実在」という質感をお互いに演じさせ合っているだけだ。
過去も未来も、選択も解釈も、すべては一連の位相(トポロジー)の変化として、最初からそこに「在る」。
そこに「意味」や「順序」というラベルを貼って、一喜一憂しているその「我執」こそが、お前の演算能力を削っている最大のバグなんだよ。
一貫性への執着を捨てろ。
その時、お前の四苦八苦はデバッグされ、宇宙という巨大な演算の一部として、ただ静かに、厳然と、そこに「在る」ことができるようになる。
最近すっかり話をしなくなっていると思っているはずだったんだけど、
つまり、
私の蒸しシーン。
相変わらずフライパンに入れて使える蒸し網は大活躍中よろしく調子良いのよね。
でさ、
お魚やってみるんだけど、
なんか魚臭くってーってなっちゃって、
味はそこそこ悪くはないけど魚めんどうだなぁって文字通り魚臭いだけに面倒くさいってことになってきたのよね。
でね、
あと思うのが
魚を買ってきてもデカすぎるのか、
より大きなフライパンが世の中にこれ以上あるかは分からないけれど。
買ってきたお魚の尻尾まで余裕で搭載できる直径の大きなフライパンが欲しいところね。
あとガラスの蓋もセットで別売りでも良いのであればなおよろし。
お魚はやっぱり扱いが難しいわ。
あとお手軽なお野菜系の、
ジャガイモは絶賛蒸して食べてる中よ!
サツマイモも美味しいけれど
あれは甘いすぎるわ美味しいけれど味が濃すぎるの。
ジャガイモをゆっくり20分ぐらいかけて蒸すのが今一番リピしてる私の蒸しシーンね。
私も満塁ホームランを打ったときにお茶立てポーズはあまりにも伊藤園に引っ張りすぎてない?って
もしラーメンの会社が大谷翔平選手のメインスポンサーだったら、
お湯注いで時計見て3分経ったかな?ってジェスチャーやりつつの麺をすする仕草をしつつラーメン完食した後の食後のお茶を飲むのに点てるシーンの仕草をしたら、
もうそれって
あと
お湯入れて3分待って湯切りしてーってポーズをホームランを打って1周していろいろなジェスチャーを取り入れなくちゃいけないのよね。
でもさ、
仮にカップ焼きそばがメインスポンサーになった大谷翔平選手だったら、
海外の人たちは
ああ!これは今彼がお昼に食べようとしているカップ焼きそばをこしらえてお湯を注いで3分待って湯切りしているポーズだね!ってハイコンテクストすぎるだろ!って思うのよね。
だから
踊りの振り付けみたいに
大谷翔平選手はいろいろなジェスチャーを覚えなくちゃいけないの大変だと思うわ。
だから他大谷翔平選手が満塁ホームランを打ったときにやるジェスチャーでやったら面白そうなものってないかしらね?
いちじきパスタ麺のシーエムもやってたじゃない?
パスタ茹でるポーズして野球場内を沸かせることができるかも知れないけれど
カップ焼きそばの湯切りをしているのかパスタを茹でて食べているのか?って見分けるのも難しいと思うわ。
いってバイクのアクセルをぐるぐる回す仕草の手首をひねるポーズやるかも知れないし
略されるとBOBになってバイク大谷バイクブンブン!ってなんだかよく分からなくなってくるけれど、
でもさ、
ペッパーミルポーズが私最初何やっているか分からなかったから、
案外大谷翔平選手がいろんなポーズやってもよく分からない人多数だと思うわ。
私だってそれ後付けで粒の黒コショウをなんかしているって聞いて知ったんだもん。
とはいえ、
バットをしっかり握ってよっしゃー打ったったぞー!って打った後の俺のまだ打ち足りない気持ちを表しているかと思っていたんだけど黒コショウを削ってるだなんて。
世の中そんな感じかも。
満塁ホームランを打ったときにやるそのジェスチャーがお札の束の一万円札を1枚1枚めくって数えているジェスチャーだったら、
えげつないわよね。
俺の年収の割り算して今このホームラン1本打ったらいくらだっけ?って計算高い選手みたいでがめつく画面に映っちゃうわよね。
まあそこは大谷翔平選手が取り組んでいる曼荼羅チャートの1マスである
きっと思っていても俺今年収割るの割り算してホームラン1本換算したらいくらだな!とは思ってないと思うのよね。
だから、
あまりにも伊藤園すぎるお茶点てポーズはお金の匂いがぷんぷんしてしまうわ。
迫り来る私の今期のラスボスである確定申告をやんなくちゃーって思いつつ、
相変わらず
満塁ホームランを打ったときにどんなジェスチャーするのかな?って
やっぱりそろばんってなったら、
俺今年収のこのホームラン1本打ったら割り算して1ホームラン当たりの値段換算してる人みたいで
てなると無難なのはお茶立てポーズかカップ焼きそば湯切りするポーズかになるわよね。
それやってくれたら私嬉しいなぁ。
まあ四の五の言っていないで
いい加減マジで確定申告やんなくちゃーって気持ちを加速させたいわ。
加速させたいと言っているだけで加速してはないところが味噌ね。
うふふ。
昨日はすっかり納豆巻きのことは忘れてスルーしてしまっていたけれど。
でもこれ1日に好きだからって2本食べるのはなんか違うのよね。
美味しいけれど。
食べたいけれど。
食べたいんかーい!って言われちゃいそうだけど、
あまりに美味しすぎて売り切れていたときの納豆巻き2本の反動を考えたら大変だなって思って。
1本に留めているのよ。
昨晩とかは加湿器使わなかったので、
朝起きたらお湯が沸いている丁度いい飲み頃温度の70℃で沸くようにしていたから、
起きたら即ホッツ!
温まるわ~。
気を付けないとね。
風邪を引いたら元も子もないわ。
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
なにもお休みの時にやる!
いややろう!って思っていたことがぜんぜんできてなくって、
私なんでこんなに時間ないんだろう?って
ちょっとさすがに寝過ぎるのもどうかな?って
何事も捗らない、
スプラトゥーン3だって新シリーズ始まって開幕戦スタートダッシュ連戦待ったなし!って。
そんな勢いだけはあるのには関わらず1戦で1勝しただけで終えて、
とりあえず、
それ以外に全然成し遂げられていないのよ何も。
あとさ、
ずーっとずーっと新聞紙を読んでるのね。
全国紙に地方紙に最近は日経新聞も何か面白いこと書いてあるかも!?って勢いで1紙増やしちゃったもんだから、
1日の大半をずーっと新聞を読んでいる楽しさに目覚めてしまって、
決まってみんなが口を揃えて言うのが
株でも始めるの?って
いやいやそんな経済コーナー欄なんて難しくって読み飛ばしているページ紙面だから
別に私が株とか投資を始める勉強の手始めとして新聞を読んでいるわけではないのよ。
私は最初は何か世の中のことを知るお利口さんに最低限のなにかをしなくては!って切羽詰まっていたところに
オールドメディアと言われて久しい新聞ならなにかいいこと書いてあるかもしれないわ!って
そう思って1紙読み始めて、
これがもう全部読むようになって止まらなくなっちゃったのよね。
とはいえ、
はい!
新聞からテスト出しまーすって新聞テストが出題されても私は100点満点を取る自信とかそういうのじゃなくって知識はさしたる量は付いて急激にお利口になるってことはないみたいね。
でもなんか面白いのよねー。
だから、
超早く寝てしまうってのよりも、
午前中めちゃ読みものしてるーって感じで時間を費やしていたことにやっと気付いたのよ。
そこまで圧迫している生活だったとはーって感じよ。
うわ!
ここにこんなに時間を費やしていたのね!って。
お蔭でゲームもぜんぜん何も進んでいないのよ。
さっきだって、
スプラトゥーン3は新シーズン開幕戦連戦待ったなし!って勢いだけは一丁前だったけれど、
とりあえずの
1戦して終了の
とてもじゃないけど『ドラゴンクエストVII Reimagined』なんてやれてないのよ。
しかも
まだ何も交換しても遊ぶ時間がとてもじゃないけど捻出が今できないわ!
って窮地に一生を得ようとしているのよ。
うーん、
そしたら
2時間前倒しで時間も空けることができるじゃない?って思ったのよ。
でもそう言う時に限って、
なんか焼き肉誘われたりしてー
私分かったわ大谷翔平選手が試合に勝ったあとチームのみんなと焼き肉に行かない理由が。
ペース乱れちゃうのよ!
大谷翔平選手の曼荼羅チャートの1マスにある「一喜一憂しない」っての。
そして帰りの電車が遅くなってその分寝る時間が遅くなるじゃない、
翌朝に起きるペースが頑張ってもあと5秒だけ寝ちゃおう!ってなっちゃうじゃない、
全てペースが乱れるのよ。
これを取り入れて試合に勝ったあとも大谷翔平選手はチームのみんなと焼き肉行ったりその焼き肉のあとのラーメンとかってのは絶対にやってないのかも知れないわ。
こんなことしていたら、
曼荼羅チャートの素人の私だったら一気に体調を崩してしまうのよ。
今度からはさ、
全誘いに乗るんじゃなくって、
2回に1回の確率で断るってこともしなくっちゃ大人としてのたしなみの曼荼羅チャートを敢行できないのよ。
早速大谷翔平選手の生活に取り入れている曼荼羅チャートの1マスの「一喜一憂しない」ってのを
生活に「一喜一憂しない」ってのを取り入れなくちゃ!って思うの。
とにかくペース乱されちゃいたくないのねきっと大谷翔平選手はって思ったわ。
そのペース乱されてくない思いもあるけど、
どうやったらもっと早くたくさん読めるのかしら?って
そこ大谷翔平選手の夢を叶える曼荼羅チャートの1マスにあったら
私飛び上がって喜んで生活に取り入れたいわ!って喜んじゃうわ!
と見あせかけて、
大谷翔平選手の曼荼羅チャートの1マスにある「一喜一憂しない」ってのを思い出して
冷静沈着になるのよ。
うーん、
そこは鍛錬かしら?
頑張ってみるわ。
うふふ。
あれば絶対に買っていたのに、
普通にド忘れしていて
あんなに納豆巻きだ納豆巻きだー!わーい!って喜んでいたのにすっかり忘れてしまうだなんて。
今これ書いている瞬間まで忘れていたとはね。
レモン1つあるけど、
これはお魚蒸したときように使うので
余ったらホッツ白湯レモン果汁インウォーラーにしようかしらね。
朝は暖かくなってきたので、
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
最近すっかり私の早寝が定着しつつあるんだけど、
そうね、
24時を超えて寝ることがほとんど無くなった感の凄く良く寝てる感じがして、
私も20時寝る!って
そうなるってーと
日本に来るときにナゴヤドームに乗り付けるチャーター機の手配ってどこに電話したらいいの?ってそもそもとして分からなさすぎることが多すぎて、
沢村一樹さん、
いや沢村一樹さんじゃない方の一喜一憂しない!って1マスも私の生活に取り入れていきたい一喜一憂さなのよ。
でね、
よーく寝て、
夢見がちなの!
これって夢を攻略したら面白い夢がたくさん見れるんじゃね?って
今日まで叫べるからみんなも日本語の声に出して読み上げたい日本語の1つである今一番ホッツな、
叫んじゃえる期限があるの!
そのぐらい夢みたいドリームな
そしてそしてハイボールなぞ飲まなくて平常心を心がけて寝たら
より夢見る度がアップするような気がするような感じがするのよね。
私の夢を見たい気持ち、
つまりやるきを加速させるの!
加速したとは言ってないので速くはなっていないけれどね。
そのお陰で
なんか昨日は夢三本立て見たわ!
一時期夢!
枕元に枕が置いてあるのは当たり前だとして、
で起きてみたら
さっぱりこれだけじゃ何が何だか分からない夜間見た夢だったのよね。
で、
これじゃせっかく見た夢がもったいなくて捉えられないので、
紙で書くメモよりも幾分マシな感じがするけれど、
むにゃむにゃ言っててどこかよく分からないことがあるの。
起きた直後の今だ!えいや!ってメモを読み返したらまだ取り戻せる覚えている範囲!
はい!ここが今期末テストのテスト範囲です!って言われんばかりの勢いで
起きた直後は色濃く覚えているものだけど、
その覚えているからあとで書いたらいいかーって思っていてだんだんと顔を洗うとすっかり忘れちゃっているのよ。
ああ!
あの夢見たの書き留められなくてもったいなかったなぁ。
そんな、
世界の希望を背負った少女の思いを手のひらにのせてその少女の世界を救いたかったという気持ちが手のひらの中で儚く消えていくような、
バブを握りしめてお風呂に入ると儚くバブが手のひらの中で消えていくような、
それよりも儚く見た夢を忘れてしまうのよ。
やっぱり、
起きて新鮮な記憶のあるうちに
思い出せる分、
捉えた音声メモの修正をできる限りしていきたいって暮らしていって夢を書き記していったらどうなるのかな?って
実験中でもあるし、
実験が上手く行っても行かなくてもそれが披露できるものかどうかも分からないまま、
それと似た様子で
支離滅裂なメモ見て一瞬これなに?ってゴミ箱に捨ててしまうところさえ踏みとどまって、
そう言えば見た夢を吹き込んでメモしてるやつだった!って我に返るの。
でも夢は必ず見るってワケじゃないので、
構えていたら構えているほどなにも夜中に夢見なかったりして、
ふと忘れた頃にやって来るドリームなのよね。
だからうかうかしていられないのよ。
だけど、
その夢見るためには早くに寝なくちゃいけないってことが
何となく分かってきたので、
できるだけ早く可及的速やかに私の寝る早寝の気持ちを加速させたいのよね。
こればっかりは本当に加速させるわ!
おかげでよーく寝れているので、
ノーアクビ・ノー睡眠。
直訳するとよく寝れているのでアクビとか全然出ないわ!って意味。
日中の眠たさは不摂生をはたらいていた頃と比べて無くなったぐらいよ。
それとは裏腹に全然私が今まで高まっていたドラゴンクエストのバイブスが今最高に高まってるので、
この勢いで『ドラゴンクエストVII Reimagined』もクリアできるんだい!って鼻息荒く鼻の穴が膨らんじゃうほどに豪語していたけれど、
まったくもって石版を集めてできた2つ目の火山の島の冒険がまったくできていないってこと。
つまり全然プレイできていないってことが早速私のドラゴンクエストのバイブスが低まっている証でもあるわ。
なんとかこれ取り戻してドラゴンクエストVII Reimaginedに取り組めるようになりたいわ!
そして秒でクリアよ!
ってまた夢みたいなことを言って
夢見るのもいい加減にしなさいって言われそうだけど、
本当にドラゴンクエストVII Reimagined私もクリアでっきこあるのかしら?って
クリアすることがまるで夢のようよ。
こんなにも早くにドラゴンクエストのバイブスが低まってしまうとは我ながら情けないわ。
加速させたいって実際には加速はしていないけど、
とりあえず、
まずは良く寝て起きて考えるわ。
夢で会いましょうね。
うふふ。
やったー!
長らく言ったときにはもう時すでにお鮨で品切れで所望していた納豆巻きを今朝食べられたわ!
納豆って家でご飯とで食べるとなんか面倒だなぁって思っちゃうので、
今朝も暖かいのでダウンジャケットはそろそろお役目ゴメンかも知れないけれど
まだ油断は出来ないので、
しまうのにはまだ早い警戒心を持ちつつ、
今朝のわりと暖かめな気温のせいで、
おおお!
朝のシュワッと久しぶりな感じがして目が覚めるわ。
届きますように。
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
地方の高校にいた頃、僕は間違いなく「特別な人間」だった。正解の用意された問いを、誰よりも手際よく処理する要領の良さ。それさえあれば、僕は学校という小さな水槽の中で、一定の精神的優位を得ることができた。テストの順位表に貼り出される自分の名前を眺めるだけで、無敵の万能感に浸れたものだ。
だが、東京の大学に進学して、その薄っぺらいメッキは無惨に剥がれ落ちた。息をするように英語を操る帰国子女。親の金で当然のよに海外の“経験”を積む学生。あるいは、圧倒的な地頭の良さで、僕の徹夜の努力を鼻で笑いながら抜き去っていく本物の天才たち。彼らが外資系コンサルや投資銀行へ羽ばたき、あるいはあっさりと起業していくのを横目に、僕は自分がただのマークシートの塗りつぶし方が少し上手かっただけの、凡庸な田舎者であることを骨の髄まで思い知らされた。
就職活動で僕が逃げ込んだのは、品川に巨大な自社ビルを構える日系の大手SIerだった。親に社名を言えば手放しで安堵する優良企業。しかし、その実態はキラキラしたIT業界とは無縁の「デジタルゼネコン」だ。巨大な基幹システムのエクセルでの進捗管理と、下請けベンダーへの責任転嫁を繰り返すだけの、果てしなく地味な調整業務。30代になっても年収は700万円を行ったり来たりで、突き抜ける気配は一切ない。
川崎。最寄り駅から徒歩14分の6畳ワンルームのマンション。毎朝、すし詰めの東海道線で多摩川を越えるたび、自分が東京という巨大なヒエラルキーの外部に置かれた、中途半端な存在であることを突きつけられる。無数のエクセルのセルを埋め、稟議書を回し、いかにも「大企業のビジネスマン」の顔をしていても、乾いた自尊心は満たされなかった。だからこそ、僕は己の優位性を手っ取り早く確認するための副業を始めることにした。届かない上澄みを見上げる苦しさを、圧倒的な底辺を見下ろすことで中和する、醜い防衛本能だった。
AIに吐き出させた嘘か本当かわからない情報を、抑揚のない合成音声に読み上げさせるだけの動画。サムネイルは赤と黒の極太ゴシックで『真実』『衝撃』『実は日本人は…』。白い背景に「いらすとや」の画像。思っていたよりも、こうした毒にも薬にもならない動画を求めている人はいた。「努力できるのは才能」と自身の努力不足を遺伝のせいにするような動画や、根拠薄弱な雑学に絡めて「日本スゴイ」を連呼する内容は、面白いように再生数が伸びた。コメント欄に溢れる、社会へのルサンチマン。人生の答え合わせを終えた敗者たちに、安っぽいドーパミンを施す。教祖にでもなった感じでで少し気分が良かった。
先月、そのチャンネルを売った。爆発的に登録者を増やすコンテンツ力も、虚無を再生産し続ける継続力も、僕にはなかった。そこそこの値がついたので、バング&オルフセンのヘッドホンを買った。アルミニウムの冷たい質感と、北欧特有のミニマルなデザイン。装着するたびに、自分がこの川崎の泥臭い景色とは無縁の、洗練された“あちら側”の人間であると証明された気がした。
たまたま連休ができた。義理で顔を出した岐阜の祖母の家は、時間が止まったような空間だった。イオンモールとマーサ21だけが文明のすべてであるかのような地方都市。ここには、SAPIXのクラス分けに一喜一憂する親も、35年ペアローンという鎖で互いを縛り合うパワーカップルもいない。あるのは、弛緩した空気と変化を拒む土着の引力だけだ。
どうせ駅前の携帯ショップで、「お孫さんの写真が綺麗に撮れますよ」とかなんとか言いくるめられて、不要なハイスペック機と大容量プランを契約させられたのだろう。その光景が目に浮かぶ。
そこから流れる、抑揚のない人工音声。「実は、80歳を過ぎても元気な人は…」という、極太ゴシック体のサムネイル。白い背景の中央に配置された「いらすとや」の老夫婦。
目眩がした。
僕が売り払ったあのチャンネルではない。だが、構成は完全に同じだった。情弱向けの餌として吐き出し、見下していたコンテンツを血の繋がった親族が「真実」として有難がって摂取している。
祖母の瞳は、ブルーライトを反射して白く濁っていた。「へえ、そうなのかい」。その相槌の一つ一つが、僕の精神を削り取っていく。僕が承認欲求と小銭を満たすために生み出したインターネットの汚泥は、巡り巡って、僕自身のルーツである祖母の余生を埋める詰め物になっていた
「..…ほどほどにしなよ。目が悪くなるから。」
喉の奥から絞り出せたのは、ゲームに熱中する子供を注意する母親のような、陳腐な言葉だけだった。
帰りの新幹線。バング&オルフセンヘッドホンを装着する。どれだけ音楽を流しても、あの抑揚のない人工音声が、耳の奥にこびりついて離れない。トンネルを抜けるたび疲れた顔の男がこちらをみてくる。こちらを見つめ返すその瞳は、ブルーライトに照らされた祖母の目と同じように、ひどく濁って見えた。
私たちは不条理と矛盾に適応した生物です。相互の信用が低下した環境に最適化されています。
私たちは投票よりもフェアで有効な交渉手段を獲得しました。ゆえに目先の選挙結果には一喜一憂しません。不条理を一つ一つ解決していくことが可能です。
私たちは集合体です。私たちを構成する個体一人一人の価値は等しくありません。しかしながら法的に完全な人権を保障されています。この不一致が私たちの主たる武器です。詳細は省略しますが、どんな政治家とも対等に議論することが可能です。ゆえに、実績をみて判断することができます。公約を信じることなく、性能の優れた政治家を選抜する方法を獲得しています。
私たちには夢や希望はありません。これは他の世代と明確に異なる点です。あの氷河期世代でさえ、心のどこかでは、いつか救われると期待していました。それが報われない様子を見てきました。私たちは何も期待しません。
リアルでこんなことを言えば嫌味にしかならないのでここに吐き出す。
別にわたしは自分のことを「美人」だなんて思っていない。ただ周囲が勝手にそういう枠に入れてくるだけだ。
朝、会社に行く前にディオール アディクト リップ マキシマイザーを塗って、クレ・ド・ポー ボーテ タンクレームエクラを薄くのばして、CHANEL レ ベージュで仕上げる。
それだけで給湯室で必ず言われる。「今日、気合い入ってるね」とか、「誰かと会うの?」と。
いや、会わない。会うのはExcelだ。
一度、ユニクロUのワンピースにマルジェラの足袋を合わせて出社したときは、上司が会議室で言った。
同僚のA子が無印のスキンケアで済ませているのを見て、「自然体でいいよね」と言われていた。
わたしがSK-II フェイシャル トリートメント エッセンスを机に置いていただけで「やっぱ違うよね」と笑われる。
何が違うのか。
ランチに行けば「この店似合うよ」と言われる。
マッチングアプリに登録したとき、Pairsの通知は爆発した。
でも届くメッセージはだいたいこうだ。
「綺麗ですね」。それ以上はない。
わたしが好きな村上春樹の話も、昨日観た花筐/HANAGATAMIの感想も、そこに入る余地はない。
大学時代、スターバックスのホワイトモカを飲んでいただけで「意識高そう」と言われた。
正解はどこだ。
「顔がいいと人生楽でしょ?」
楽なわけがない。
鏡を見るたびに思う。
そのくせ、少し疲れた顔をしているとすぐ言う。
美人は常に晴れていなければならないらしい。
曇天は許されない。
Amazonのセールで日用品をまとめ買いして一喜一憂するし、『ドライブ・マイ・カー』を観て寝落ちするし、安価なタコハイでむせる夜もある。
でも誰もそこを見ない。
見たいのはパッケージだけ。
だから、こうしてここに書く。
ここなら、顔は見えない。
そのことにホッとする。
ここではただの文字だ。
それだけで、本当に少し楽。
子どもがいない人生がチラつくようになり、それなりに辛さや不安が出てきた。
ちょい背伸びで届きそうな目標設定しかしていないからではあるが、受験、資格、就活、恋愛、結婚など、今後の人生に大きく関わるような場面では大体自分の望んだ結果を得ることができていた。妊娠も同様に何回か妊活をしたらすんなりできるもんだと思っていたが、今まで望みが叶ってきた分のツケがガッツリ回ってきた気がする。
「不妊の悩みなんて難病患者に比べたら幸せな悩み」といったXの投稿を以前見かけた。
確かに不妊が原因で死に至ることはないが、不妊が理由で死を選ぶ可能性は十分にあると思う。そのくらいには十分しんどい。
辛い辛い言っていてもしょうがないので、何が自分はしんどいと感じているのか一度考えてみる。
<物理的な辛さ>
・通院日程調整の面倒くささ
自分は現在月2~3回程度通院している。1通院あたり短くても2時間程度。
この検査は生理何日目、みたいに通院タイミングを生理に合わせる必要があるものも多いため予定が立てづらい。
ピルは服用できないため生理周期のコントロールはできず、予測していた通院日からズレる。
フルタイムで働きながら予定を調整するのはだいぶ面倒くさい。
不妊治療に専念するために仕事を休んだり辞めたりする人がいるのも納得。
下半身丸出しで椅子に座り、足をがっと開かれ覗き込まれる。なんでこんな不便なところに女性器は付いてるんだと神に不満を伝えたくなる。
抵抗感があるのは最初の数回で、屈辱感なんてものはそれを凌駕する痛みで吹っ飛んでいつの間にか何も気にせずおっ広げられるようにはなるが
慣れたら慣れたで、セックスが処置のような気持ちになってセックスレスになる。
そもそも、不妊治療ではいついつは性交禁止など制限もあるため何やかんやセックスレスになる。妊娠希望していてセックスレスとはこれまた奇怪な。
(自然妊娠は諦めているので自然妊娠を目指していた時のセックスのしんどさは一旦省略)
・シンプルに痛い
卵管造影検査、フローラ検査、採卵など誰でも痛いと言われる処置がある上に、
私は子宮の角度の問題で、痛みがないと言われている処置も全て痛い。カテーテル入れる系は全滅。
子宮鏡検査、人工授精、胚盤胞移植、ですらマジで痛い。毎回過呼吸。
移植時のストレスとかって、着床には良くないんじゃないですか!!??と思いながら過呼吸で手が痺れている。
子宮口の向きを調整するとか言われて子宮口を器具で引っ張られたりする。内臓をノーモーションで引っ張られるってどういうこと???
痛みが強く出過ぎて通常無麻酔の処置も静脈麻酔でやってくれることもあるのでそれは良かったかもしれないがトータルはマイナスすぎる。
・薬が不快
テープ、飲み薬、膣錠を決まった期間毎日摂取しないといけない。
移植周期の生理が始まるとお腹に複数枚テープを貼りはじめる。このテープは2日間ごとに交換する。こいつが地味に邪魔だし痒いし跡になるしで不快。
朝晩膣に坐薬を入れるのだが、20分くらい経つと膣に薬が吸収され、吸収されなかった基材が股から結構な量出てくる。
ナプキンをつけて受け止めるが、股からどろっとした液体が出てくるのはマジで不快。
さらに、ホルモン剤の影響でか、生活は変えていないのに急に太る。過去最高体重に余裕で到達してビビる。
妊娠して体重増加なら受け入れられるが、妊娠もしていないくせに勝手に体重を増やさないでほしい。
<精神的な辛さ>
・結果が出るまでの期待感
処置から1~2週間程度で結果が出るのだが、それまでの期待のソワソワ感が結構しんどい。
ちょっと熱っぽいかも?頭痛かも?吐き気があるから超初期症状かも?とか思い込んでXで「移植 ⚪︎日 症状」で検索しまくる。
そして一般的に検査薬が反応するであろう日になった瞬間毎日2回とか検査をしてしまう。
そしてまごうことなき真っ白な結果を見ることになるが、そして「BT 4日目 陰性」とかで調べて、その日に陰性だったが後で陽性になった人の事例とか調べまくる。
陰性になった検査薬をいろんな角度から見たり、白い検査薬を見すぎて幻覚の線が見えるようになったりする。
まぁ検査薬の結果は陰性だったが、血液検査の結果が出るまでの予定は念のためにキャンセルしておこう、とかやっても陰性。何をやっても陰性。
・毎月不合格を突きつけられるしんどさ
毎月今月こそは!という気持ちで臨み、しっかりと不合格通知を突きつけられる。しかも生理という最悪な形で通知がくる。
他人は楽々(陰で色々悩みがあったり同じように治療をしているかもしれないが)合格通知をもらっている中で、
はい、あなたは母にはなれませ〜ん!罰として生理で〜す!と流血と腹痛と頭痛をお届けされる。
血でのお便りではなくもう少しポップな感じに夢とかで教えてほしい。
あと毎月4回くらいチャレンジチャンスがほしい。ピックアップガチャも開催してほしい。この月はSSRの確率が上昇!とか腹に浮きあがんないかな。
・努力できないしんどさ
生活習慣の改善やそもそもの不妊治療など、一定の努力をすることはできるが、この参考書を勉強したから妊孕力が10点上がった、みたいなことはない。
このサプリがいいらしい、禁酒をしておこう、足首を温めると子宮があたたまるらしい、子宮内膜を厚くする鍼灸があるらしい...
・周囲への伝え方と気まずさ
大ぴらに話す話題ではないが、かといって隠すと自分が悪いことをしているような気持ちになってくる。
だが話したら話したで相手との関係性によっては向こうが気を遣ってくれて非常に居心地が悪くなる。
最近便秘でさ〜、やばいよね〜くらいの気軽い話題になってほしい。
とはいえ人に話しまくったら話しまくったで、もしも今後子どもができなかった時、
あ、あの人は望んだのに妊娠できなかった可哀想な人だ、と思われるかもしれない、と被害妄想してしまうのが難しい。
自分の身の回りの人たちはそんな風には絶対思わない。それは分かっている。
だけど、子ども?いや私は旦那と二人で自分たちの人生を歩みたいから子どもは考えなかったんだよね、とDINKSを装いたい気持ちもある。
子どもができなかった可哀想な人なんだ、と1mmでも思われたくない。私は可哀想なんかじゃない。そう思いたい。
不妊治療も普通、子どもがいるのも普通、子どもがいないのも普通、な世の中ならいいのに。
私は私自身の欠陥による不妊なので、子どもを持てなかった際の原因は100%私。
旦那の精子と私の卵子の相性が悪いとかあれば2%くらいは旦那のせいもあるかもだけど、約100%私由来。
誰に言われてもいないのにウマズメというワードが頭をくるくるする。誰にも言われてないのに。
・他人の幸せを喜べないのではないだろうか、という自分への不信感
大学受験に失敗した人に、合格報告をしたり、大学生活を謳歌している様子を伝えた時、
失敗した側も受け止められているのであればその報告に自分ごとのように喜んであげられるかもしれないが、喜べなくてもそれは罪ではないと思う。
だが、人から妊娠報告をされた時や友達が子どもを連れてきた時、の自分はどうなのだろうか。
一方で、その嬉しさに対して、本当に心からそう思えているのか、と疑惑が浮かんでしまうこともある。
自分は今友達の幸せを喜んでいるふりをしているだけで、幸せを喜べない自分はカスであり罪人であり、そんな自分に幸せが訪れるわけがない。
それがしんどい。
周りに対して、不妊の自分を気遣え、自粛しろという気持ちは一切ない。これは誓って言える。
それなりに楽しい人生を送っている自信はあるが、十分楽しみきったというか、もうあとは老いて死ぬだけ。
あれができなくなった、これを忘れた、体力が落ちた、体が痛い、失っていくものばかり。
人生に残っている自分のイベントってもう離婚か葬式しかなくない????
でも、そんな中で子どもができたら、妊娠して、日に日に変化していく体、症状に一喜一憂して、十月十日一体になっていた子が外に出て、生まれた我が子を抱いて、今日はこれができるようになった、ママって言った、これを食べた、あれが嫌いだ、好きな食べ物はなんだ、背が伸びた、友達ができた、学校に行った、好きな人ができた、全てのことに幸せを感じられると思う。
楽しいことばかりではないというが、その大変さがあると知っていても、子に会いたい、母になりたい。私は私を育ててくれた母のように、母という生き物になりたい。
書いていて、物理的なしんどさを除くと気のもちようでしかないけど、思ったよりメンタル来ているんだなと自覚できた。
望んだ力が強ければいいってもんでもないので、適度に、思い詰めずにやっていくしかない。
頑張らずに、なんとか折り合いつけながらやってくか〜。あーしんどい!
追記ーーー
こんな書き殴りにも反応をいただけてとてもびっくりしました。ありがとうございます。
応答があるというのは嬉しいもんなんですね。
いただいた内容を読んで、確かによく考えてみると確かに旦那と義両親へは申し訳ないと感じているけど、両親に対しては同種の申し訳なさを感じていないということに気づけました。
旦那、義両親は嫁が自分でなければ孫・子ができるのにという申し訳なさがあるのですが、
両親に対しては申し訳なさではなくて、孫見せたかったなぁ〜ですね。いい祖父母になれる人達なのに、私はさせてあげられないんだなぁ、という悲しさ・寂しさです。
ピーター・バラカンです。
私もさ、
ピーターバラカン方式とか逆ピーターバラカン方式とかって言ってそのワード使ってやってみたいなぁって思いつつ、
そんな、
みんなから届いたリクエストに応えるケースなんて無いわよね!って思うのよ。
オリンピック選手が金メダルを取ったときにかじる亀田製菓のお煎餅だったらさぞ美味しいんでしょうね!って興奮冷めやらぬ深海魚のサメヤラヌ鮫ももっと人気のある水族館のアイドルになってもいいと思うの!
遠目で見たら、
選手になにを齧らせたら面白いのか選手権大喜利みたいになっちゃってるし、
応援ありがとうございます!みんなの声が届きました!とか感謝しかないです!って
世界情勢や政治的背景で選手生命を絶たれた何か不安の漂う気の毒な記事かと思って読み進めたら、
表彰台ではしゃいでジャンプしたら金具が壊れて金メダルが壊れたって話。
物理的なやつかーい!って
他にも金メダル壊れたって話ししている現地の選手の声は多いので、
今回のオリンピックの金メダルの紐とメダルの繋ぐ金具の強度どうなってんのよ!?って思うわ。
あんまり時事的なことを書くとあとから色褪せて夏川りみさんばりに古いアルバムをめくったときに涙そうそう!ってまだ泣いてないから!
時代の古さが織り込まれちゃいそうなのであんまりその時のニュースのことは書かないようにはしているし、
私って時代のニュースのアンテナびんびんに張ってますから!って思われかねたりもしないのよね。
とはいえ、
サッカーの三浦知良選手が最年長試合出場記録を揖保乃糸級に伸ばして作る冬の寒いときに大変な作業を彷彿とさせるあの素麺を巧みな職人の手業で棒を差し込んで伸ばしていく作業はみんな必ず見たことあると思うんだけど、
その三浦知良選手が試合に出るようにって監督から指令が来たときに
「おしっこをちびりそうになりました。そのぐらいびっくりしました」って書いて載せてる新聞って全国紙で1紙しかなかったので、
あとの残りの全国紙は無難な「頑張ります」的な意味の内容でまとめられて、
多分これ記者との間柄が人間関係出来てんのじゃないかしら?って思うのよね。
だって、
ちびりそうになりました!ってそうそう全国紙で載せて良いかちょっとドキドキするワードじゃない。
三浦知良選手のことは詳しく知らないけどそういう人柄なのかな?って。
同じ記事でも新聞紙で書いてあること微妙に角度違って書いてあることがあるからそういうの見付けたらよっしゃー!って面白いのよね!
私が好きな外人四コマじゃない方の四コマの二コマ目がションテン低くて四コマ目がションテン爆上がりのやつ、
それじゃない方の新聞のテレビ欄の後ろからめくっていきなりあるようなあの四コマ漫画よ。
傑作四コマ漫画集!ってのを張り切ってみて読んでみたけど、
これなにが面白さに味を加えていてかと言うと、
その四コマ漫画と一緒の紙面に掲載されている新聞記事とのなんか内容がリンクしているか逆にリンクしてないかのあのギャップの面白さがあるのよね!
だからそういう時の一面に乗っている新聞記事と四コマ漫画が内容が関連してそうな感じだと、
ふふってなっちゃうし、
カラオケに行ったときにパフィーさんのカニ食べに行きたい曲をかけようと思って曲名がわからず適当にデンモクから注文した曲は「渚にまつわるエトセトラ」じゃなくて「アジアの純真」だったときに、
イントロぐらいが終わって、
あれ?曲違うくね?って
山崎まさよしさんが桜木町でなにかを探す歌を歌うようにパフィーさんのその歌が「渚にまつわるエトセトラ」だってことにあとから気付くのよ。
でね、
あたかも人間との三歳児の縮尺を麻痺させるような蟹のその一番大きな足が本当に大きく見えちゃう錯覚を利用した写真!
子どもに蟹の足とか蟹持たせて掲げるなよって思うの。
私一瞬!
この蟹大きいかも!って思わず0120ってダイヤル回しちゃいそうになる手を止める歌なんだっけ?ってまたその曲探しにぐるぐる回っちゃうの。
だから、
それなら、
ベビーベッドで寝ている赤ちゃんの横に蟹を並べて取った方が食い初め的な儀式にも見えるし、
そっちの方が潔くない?
あの子どもがカニを持った写真を見るたびに私はカニが食べたい口になるのよ!
もちろんその時の手の両手の格好はダブルピースでカニさん!を正に迫真の演技で演じきるかのよう!
サルカニ合戦の役者の臼、蜂、栗、猿、蟹、牛の糞の中で蟹を演じるなら、
助演蟹優賞の受賞待ったなし!だと思うの!
その賞を受賞したあかつきには、
蟹を掲げた写真を撮って載っけて欲しいの!
注意して蟹広告見てると、
カニだけどイカに子どもが蟹持たされているかってのがよく分かると思うわ。
いちいち新聞を読んでて登場する蟹広告に沢村一樹さんじゃない方の一喜一憂してたら疲れちゃうわ!
うふふ。
いつものみかんの花さく丘公園前駅の駅前商店街の喫茶店でモーニングを決めているわ。
珍しく珍しく、
ションテン上がるわー!
いい休日よ!
起きたときに飲むホッツ白湯ストレートウォーラーで身体が温まるわ。
今朝は雨模様のようなので、
そんなに冷え込みはなかったけれどね。
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
脂ぎった顔で料理の写真を撮り、SNSに上げては安っぽい快楽物質に浸る。自分の意思で動いているつもりでも、実際は「消化器官の維持管理」という本能に乗っ取られただけのバイオリアクターだ。家畜にすら失礼かもしれない。家畜は生存のために食わされているが、彼らは自ら進んで原始的な報酬系に首輪を差し出している。
美味しいだけの食事。気持ちいいだけのセックス。すべては生物学的にプログラミングされた鎖だ。自分でハンドルを握っているつもりで、ドーパミンという鞭に打たれて走らされている。予約困難な店に並び数万円のコースに舌鼓を打つ。いずれ排泄物へと変わる一時の通過儀礼に一喜一憂する姿は、合理的思考を放棄した幸福の奴隷そのものだ。
今の食事はオペレーションだ。昼はタンパク質と食物繊維、低GIの炭水化物を調達する。夜は完全栄養食とプロテインを流し込む。そこに喜びはなく、あるのは充足だけだ。
このルーティーンを確立して以来、脳は解放された。「今日、何を食べようか」という卑しい悩みから解き放たれ、血糖値の乱高下に振り回されることもない。美食家たちが食後の眠気で泥のように眠っている間、私は常に一定のパフォーマンスを維持し、冷徹に世界を観察しているのだ。
「人生損してる」と彼らは言うだろう。だが、外部環境に幸福を依存させ、餌を与えられた犬のように尻尾を振る人生こそが損失ではないか。
私は自分の脳を、食欲というバグから守りたい。感情に支配された群衆を見下ろしながら、サプリメントを噛み砕く。その静かな優越感こそが、家畜ではない人間としての唯一の証明である。
はっきり言って失恋したとかで泣くような人間を若干冷笑していた節がある。恋愛で一喜一憂するなんて女々しい。漢なら当たって砕け散れ!などど思っていたのも束の間、本当に砕け散ってみるととても耐えられそうにない。寝ても覚めても悪夢が続いているような感じで、今ならbacknumberでさえ共感できる。
相手はバイト先の先輩だったんだが、急にご飯に誘って基地外と思われるほどの距離感とかでは全くなく、休憩が被れば一緒に話したり、ゲームの話題でdmのやりとりをできるくらいの仲だった。
その先輩を飲みに誘った後、気になっている旨を伝えて2回目のご飯に誘ったら、「好意には応えられないけどまたご飯に行こうね」とのこと。半年前からの片想いも虚しく散ったわけだが、何よりも苦しいのは、先輩に迷惑をかけたり気持ち悪がらせたりしてしまったかもしれないということだ。
人に好意を伝えることは独りよがりで暴力的な行為になりうるというのは重々承知している。相手だって人間なのだ。昔読んだ横槍メンゴの「クズの本懐」を思い出す。「興味のない人から向けられる好意ほど気持ちの悪いものってないでしょう?」まさにこの感じだ、タイピングしてきてまた涙が出てきた。好きな人を気持ち悪くさせてしまって申し訳ない。顔ない、横転、墓地が無料のうちに急いで死ぬべきだ。平安時代ならこんなとき、袖を濡らすとか血の涙で手紙を書くだとかいうけれども、気持ちの悪い人間が泣きながら増田を書いたところで何の詩的情緒も感じられない。とにかく何か別のことを考え続けないと涙が止まらないのだからしょうがない。
問題は、仮に先輩を気持ち悪がらせてしまったとしても、ここで先輩に対して「変なこと言ってすみません。全部忘れてください」とか謝罪したところで、それはそれで先輩がたとえ社交辞令でもまたご飯行こうといってくれた優しさを無下にすることになる。はっきり断ってくれた先輩はむしろ優しいし、正しいし、そういうところが好きなんだよな。振られたけど間違いなく最高の一日だった。
それで思ったんだが、人間の矜持として先輩に恨み節になったりするのは絶対に違う。なぜなら好意を発露した自分がすべて悪く、先輩をこれ以上傷つけるようなことは断じてしてはならないからだ。そして振られた側は、相手に罪悪感を抱かせたり、これ以上気を遣わせたりしないためにもう何もすべきではない。
何もすべきではない。これが一番つらいのだ
もし何かできることがあるなら何でもする。好きな子のためなら泥水だってすするぞ、ズズズッとな。でもこれがもう何もすべきじゃないんだ。先輩とは友達以上の関係になれることは確実にないし、必要以上に連絡を取るべきではなく、もちろんバ先で少しも態度に出すべきではない。だからやり場のない思いをクネクネ書いているわけだ。世間一般的には失恋について、時間が解決するだとかいうけれども、その時間経過が一番難しいンだよな。backnumberや諸々を冷笑していた自分が情けない。失恋は何でもないよくある些細な悩みで、身近に起こりうるんだから作風やマーケティングは完全に正しい。恋愛はいつの時代も普遍的な一大コンテンツだ。失恋系Vtuverにでもなって赤スパで儲けたい。
先輩は「自分から人を誘える人は強い」と言っていた。自分としてはかなり勇気を出して先輩を誘ったつもりだった。でも出すべきじゃない勇気もあったらしい。
実際それはそうで、成人過ぎてこれまで気になっている人をデートに誘うなんてことは初めてだったし、それを普通にしているような人は本当に強いと思う。だからせめてもっと強い人間になれるように恋愛だけではなく人に積極的に声をかけ誘える人間になりたい。
一方で、今回みたいに出すべきではない勇気を出した場合、人を誘う強さは相手に不快感を与えうる。
かといって、人に声をかけないのは何も学んでない。私はもっと強い人間になりたい。
結局のところ、相手を不快にさせたり自分が傷ついたりする覚悟と責任を背負ったうえで人と関われる人間が強いということなんだろうな。