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はてなキーワード: バックボーンとは

2026-05-04

絵に価値を持たせて、ちゃんと飯食えるようにしてやりたいんだよな。

今の時代絵描きって、

上手いだけじゃほぼ稼げないじゃん。

じゃあどうするかって話で、

シンプルに“価値を作る”しかないと思うんだよ。

まず選定する。

美術館に飾ってあったら、

素人でも「なんか良いな」って思うレベルの絵。

で、経歴もちゃんと見る。

東京芸大とか、有名な賞歴とか、

権威に弱い層”に刺さるバックボーン込みで選ぶ。

次に、その選んだ絵に

あえてめちゃくちゃ高い値段をつける。

ここ重要で、

最初に“高いもの”として認識させる。

その上で、

教科書に載せる、美術館に並べる、

学校行事で見せる、賞を与える、

テレビメディアで取り上げる。

インフルエンサーにも触らせて、

「これすごいらしいよ」って空気を作る。

さら現実的に効く要素も積む。

流通を絞る(限定枚数・一点物感を徹底)

ギャラリーオークションでの“落札実績”を作る

企業ブランドコラボして認知を広げる

・有名コレクターに持たせて“持ってる人の格”で価値底上げする

作品ごとにストーリーや背景(コンセプト)を明確にする

海外での展示や受賞歴を作って逆輸入的に評価を上げる

価格安易に下げず、右肩上がり履歴を維持する

アーティスト本人のキャラクターや発信力もブランディングに使う

こうやって、

希少性・実績・権威物語露出を全部積み上げていく。

そうすると、

“なんかよく分からんけどすごいもの

が、

“みんながすごいと言ってるからすごいもの

に変わる。

昔の画家も結局、

市場評価ストーリーの積み重ねで価値が固定されたわけだしな。

綺麗事抜きで言えば、

アート価値なんて

実力+演出流通設計で決まる。

だったら最初から

そこを設計していけばいいじゃんって話。

2026-04-18

[] みんな愚か者のことは嫌いだよ。

チェンソーマン』のデンジとかは人気のキャラクターだし、あの作品ファンで彼を嫌いな人はほぼいないだろう。

そんなデンジキャラクター性は欲望に忠実というか、それが言動にも反映されているが故に馬鹿判断や行動を頻繁にしてしまう、有り体にいえば“愚か者”だ。

ここでは便宜上デンジを例に挙げたが、勿論こういった愚か者古今東西いる。

トラブルメーカーになりうるため、作劇の都合上でも便利な属性といえる。

けれども誤解してはいけないのは、基本的に読者の大半は愚か者が嫌いだってこと。

あくまで“愚かさを憐れむというプロセスが好き”なのであって“愚かさが好き”ってわけではない。


例えば『推しの子』の有馬かながスキャンダルの標的になる展開は、本作を批判的に語るとき槍玉にあげられることが多い。

有馬かなが迂闊な行動をとるまでのプロセスは、そこまでの彼女の情景含めて十分に描写されている(特にアニメ版ではこのあたりがかなり丁寧だった)。

彼女が抱えていた焦燥感理解やすく、そこには第三者の悪意も介入していることもあり、あの件における有馬かなはむしろ被害者とすらいえる。

だが、しかし、繰り返すが、読者の大半は愚か者が嫌いだ。

そして、その愚かさによって、B小町所属事務所への迷惑もかかっている点は重く見られる。

『“愚かさを憐れむというプロセス”が好き』と書いたけれども、こういったケースではその余裕をなくしやすいのだと思う。


こんなことを書こうと思ったのは、最近読んだ『JK Biker』がきっかけ。

誤解を恐れずいうならば、本作は“チェンソーマン的なるもの”を描こうとしている。

別にパクリというわけではなくて実際の内容は似てないけれども、作品方向性というかノリというか、“漠然とした輪郭”が似ているなぐらいのニュアンス

少なくとも、本作を読んだら間違いなく「作者はチェンソーマン的なるものが、デンジみたいなキャラが好きなんだろうな」と思わずはいられない。

けれども本作は“チェンソーマン的なるもの”を描こうとして半分くらい失敗していると感じた。

本作『JK Biker』の主人公が、ただ馬鹿自分勝手なだけの、底の浅いキャラクターに見えるからだ。

そもそもデンジがああい性格なのには重苦しいバックボーンがある。

そこに本編で降りかかる様々な試練が重なることで“憐れみを感じる余地”を与える。

からこそ彼の“愚かさ”は魅力的に見えるし、その言動の結果には時に爽快感すら覚えるわけだ。

対して『JK Biker』の主人公にはそんな背景などなく、ただ毎日を好きなように過ごしたいだけの女子高生しかない。

から彼女がどれだけデンジっぽい振る舞いをしようとも、そこに憐れみなど感じないし、むしろ不愉快だと感じることもある。

先ほど「半分くらい失敗している」と書いたのはこの点で、逆に半分成功しているともいえるのは少なくとも雰囲気だけは“チェンソーマン的なるもの”を表現できているからだ。

本作のように、もし主人公やメインキャラで愚か者という属性を扱いたい場合は、『読者の大半は愚か者が嫌い』って前提を踏まえておかないと齟齬が起きやすい。

2026-04-14

ワンピースが楽しくない

最近ワンピースが楽しくない。

大前提として、尾田先生へのリスペクトは今も微塵も揺らいでいない。週刊連載という過酷環境下で、30年近くジャンプ看板を背負い、第一線を走り続けている。とても人間業とは思えないし、奇跡と言っても過言ではないだろう。

それでも最近ワンピースは楽しくない。

何よりもしんどいのは、麦わらの一味の、いや一味に限らず長年愛してきた既存キャラクターたちの扱いが、目を覆いたくなるほど疎かになっていることだ。

私の心が折れたのは、巷でも物議を醸した、エルバフにおけるウソップの扱いである。

リトルガーデン編を読んで以来、ウソップがエルバフに至るまでどんな活躍を見せ、いかにして「勇敢なる海の戦士」へと成長するのか、何年も胸を躍らせて待っていた。にも関わらず実際に描かれたのは期待を裏切るような姿だった。

不評を察して慌てて差しまれたような、薄っぺらで付け焼き刃のスピーチが読みたかったわけじゃない。

私が見たかったのは、ボロボロになりながら、格上の敵に当たって砕けて、それでも知恵と勇気で辛勝をもぎ取る、あの泥臭くて憎めないウソップが成長した姿だ。

思えば、ワノ国の頃からその予兆はあったのかもしれない。

そもそもウソップは、病床の母を励ますために「海賊が来た、父ちゃんが帰って来たんだ」と嘘をつき、両親を亡くした心痛から病床に伏すことが多かったカヤのために嘘の冒険譚を語る、誰かを救うための「嘘」を吐く漢だったはずなのだ

だがワノ国では、偽薬を売る“ガマの油売り”として描かれ、その嘘を信じて父を救おうとしたおトコに対し、明確な贖罪もないまま終わってしまった。

もちろん、ウソップ含め、ワンピースキャラクター清廉潔白さや完璧さを求めているわけではない。むしろ失敗はいくらでもあっていい。ただ、それを泥臭く乗り越える過程こそが魅力だったはずだ

最近はこうした、過去の積み重ねを裏切るような描写が少なくない。そのたびに、作者への信頼が揺らいでいく。何か意図があるのかもしれない、後の展開への布石かもしれない、そう信じて待ちたい気持ちさえ、応えられることのない虚しい期待に終わってしまう。

この不信感は、ゾロバックボーンの扱いにも通じている。スリラーバークから示唆されていたリューマとの繋がりや血筋の話が、物語の深部に組み込まれことなく、最終的にSBS事務的に明かされたことには強い落胆を覚えた。

そもそも、5年という長い時間を費やしたワノ国編で、本筋に関わる大きな謎として明かされたのはプルトンの在処くらいで、それすら決戦後に数ページで処理されてしまった。ワノ国の人々がその秘密をどう語り継ぎ、どんな歴史的背景を背負ってきたのかといった部分はほとんど描かれていない。

その一方で、太陽の神ニカ、ロジャーたちがラフテルで笑った理由、オーロ・ジャクソン号の巨大な卵、ヒノキズの男、ルフィの夢の果てなど、「伏線」という名の新設定ばかりが、既存キャラ描写を押し退けるようにして際限なく追加されていく。

しかし、それら新設定を担うキャラクター世界観が、かつてのような魅力を持っているかと言われると、正直疑問が残る。伝説バーゲンセールのような状態で、かつてのロジャーに感じた底知れなさや未知への期待を超えることはない。

おでんロックスやハラルドにしても、「どれだけ凄まじい規格外の行動をしたか」という武勇伝の羅列が中心で、その行動の根源にあるはずの血の通った人間性と、その人間性に説得力を持たせるための掘り下げの描写が十分になされていないように思う。伝説伝説たらしめるための「凄さ演出」が先行しすぎていて、彼らがどれだけ活躍しても記号的な凄さ以上の印象が残らない。

エルバフ編のメインゲストキャラとも言えるロキでさえ、十分魅力的に描けているとは言い難い。彼の語りから始まったはずの回想は、突如ナレーターマイクを奪われ、ロキ自身が直接関与していないゴッドバレー編が物語の中心となった挙句ロキと彼の父ハラルドの親子物語は、まるで「おまけ」のエピローグのような扱いに成り下がっていった。

さら最近では、五老星に謁見し「ある海賊について話がある」と発言したあのシャンクス似の男の正体が、実はシャムロックであったという衝撃の事実さえもSBSで開示されてしまった。

本来であればあの場で言及された「ある海賊」が誰なのかを明かすタイミングこそが、「なぜあれはシャンクスではなかったのか」「どんな背景と意図を持った発言だったのか」が結びつく、読者にとっての答え合わせの瞬間になり得たはずだ。

それを物語の中ではなく、SBSという形で先に明かしてしまうのは、せっかく成立し得た「伏線回収」を自ら手放しているようなものだ。

最終章で尺がないから設定開示がSBS送りになるのも仕方ない」という擁護をよく耳にするが、エルバフ編冒頭で突如差しまれた「レゴの城で迷子になる」という、コラボ商品販促のようなアニオリ的「遊び」を描く余裕があるなら、できないなんてこともないはずだと、一読者たる素人は考えてしまう。これは見当違いだろうか。

新世界編後半で突如現れたイムvsニカという新設定を軸に、それらを補強するために新キャラが乱立し、既存キャラクター物語の端へ追いやられていく。追いやられるだけならまだしも、既存キャラの設定とは矛盾した、ともすると既存キャラの魅力を棄損しかねない描写が付け足されることすらある。

そして、乱立される新設定も、今の物語においては「新たな謎の匂わせ」で読者の期待感を煽るか、「設定の開示」という仮初のカタルシス演出するための舞台装置に過ぎない。

この現状では、読者が20年以上積み上げてきたキャラクターへの情熱が置き去りにされていると読者が感じるのも無理はない。

これだけの連載期間を共にしてきて、一味を含めた既存キャラの成長や関係性、バックボーンがいまだに描写不足に感じられるこの現状が、悲しくて仕方がない。

麦わらの一味はいまや事あるごとに使い回された持ちギャグと「ルフィ海賊王になる男だ」という定型句を唱えるだけのbotのような扱いで、物語の核心である空白の百年の謎からは全くの蚊帳の外だ。

大好きだったワンピースをの最新話を読むと、悔しいながらも、反転アンチ言葉に頷いてしまう。

今のワンピースは楽しくない。

2026-04-09

コナン映画、動員数増加の要因

設定とヘルプ

Gemini との会話

あなたプロンプト

名探偵コナン映画が毎年、動員数が増えている要因は

Gemini の回答

劇場版名探偵コナン』が毎年右肩上がりで動員数・興行収入を伸ばし続けている(2023年黒鉄の魚影』で初の100億円突破2024年『五稜星』で150億円突破)背景には、単なる「アニメの人気」を超えた戦略的な要因がいくつかあります

主な要因を整理すると、以下の5つのポイントに集約されます

1. ターゲット層の劇的な拡大(全世代化)

かつては「子供向けアニメ」でしたが、現在は**「かつて子供だった大人」と「今の子供」の親子二世代**、さらにはミステリーアクションを好む一般層まで取り込んでいます

大人の鑑賞に堪える脚本: 政治や最新技術AI、顔認証潜水艦など)をテーマに盛り込み、サスペンスとしての質を高めています

ラブコメ要素の強化: キャラクター同士の恋愛模様が丁寧(かつじれったく)描かれるため、女性ファンカップルリピート率が非常に高いのが特徴です。

2. 「推しキャラ戦略と「推し活」の融合

作品ごとに、コナン以外の**「メインキャラクター」を据える形式**が確立されました。

キャラ人気による爆発: 安室透(降谷零)をメインに据えた『ゼロ執行人』や、灰原哀フォーカスした『黒鉄の魚影』など、特定キャラクター熱狂的なファン(いわゆる「安室の女」など)がつき、その「推し」を応援するために何度も劇場へ足を運ぶ「追いコナン」という現象が定着しました。

3. 推理からアクションエンタメ」へのシフト

静野孔文監督時代(第15作〜)から、**「ハリウッド映画並みの派手なアクション」**を重視する演出に舵を切りました。

映画館の大きなスクリーンで見る価値がある」爆発シーンや身体アクションを増やすことで、推理漫画としての枠を飛び出し、スカッとするエンターテインメント作品としての地位確立しました。

4. 原作・本編との「絶妙な連動」

映画単体で完結させつつも、原作重要キャラクター過去新事実映画で初公開されるケースが増えました。

黒の組織の核心に迫る描写や、赤井秀一安室透などの人気キャラバックボーン映画で描かれるため、原作ファンが「見逃せないイベント」として劇場へ向かう仕組みになっています

5. 高度なマーケティングと「恒例行事化」

毎年4月ゴールデンウィーク前に公開するという**「春の風物詩」としてのブランディング**が成功しています

次回予告の演出: 映画最後に必ず「来年の主役」を暗示する特報が流れます。これにより、見終わった瞬間から翌年への期待感を持たせるという、非常に強力なファン繋ぎ止め戦略機能しています

SNSとの親和性: ネタバレを避けつつ熱量を共有しやす構成になっており、公開直後のSNSでの盛り上がりが新規客を呼び込むループを作っています

補足

近年では、日本国内だけでなくアジア圏を中心とした海外市場の成長も、制作予算の増加やクオリティ向上に寄与しており、それがさら国内のヒットを後押しするという好循環が生まれています

あなたプロンプト

1日に59回も上映する映画館があるらしい 公開直後でも予約なしでも見れるのかな

Gemini の回答

1日59回という驚異的な上映回数は、2026年4月10日(明日!)公開の最新作**『名探偵コナン ハイウェイ堕天使』に合わせて、「T・ジョイ横浜」**が打ち出したスケジュールですね。

もはや映画館のロビーが「電車時刻表状態になっているとSNSでも話題ですが、予約なしでふらっと行けるかどうかについては、以下のような状況が予想されます

予約なしで見れる可能性は「高い」が、条件あり

結論から言うと、**「席を選ばなければ、どこかの回には滑り込める可能性が非常に高い」**です。

回転率が異常: 5分〜10分おきに次の上映が始まるため、一つの回が満席でも、15分後の回や30分後の回には空きがある、という状況が生まれます

「予約なし」の落とし穴: 公開直後の土日は、予約なしで行くと「直近の回は満席で、2時間後の回しか空いていない」といった事態になりがちです。しかし、59回もあれば「15分待てば入れる」という状況になりやすく、飛び込み客にはかなり優しいスケジュールと言えます

注意すべきポイント

良い席は埋まる: 中央の見やすい席やペアシートなどは、事前にネット予約で埋まってしまます。予約なしだと「一番端っこ」や「最前列」になる覚悟必要です。

舞台挨拶や特典: 公開初日や2日目の特定の回(入場者特典の配布初動など)は、回数が多くても一気に埋まる可能性があります

劇場の混雑: 上映回数が多いということは、ロビーにいる人数も尋常ではありません。チケットを買うための列や、売店ポップコーンやグッズ)の待ち時間で、結局上映時間に間に合わない…というリスクがあります

賢く見るためのアドバイス

もし明日の公開日やこの週末に行かれるのであれば、**「劇場に向かう電車の中でスマホから空席状況を確認・予約」**してしまうのが一番確実です。

新宿区から横浜までは少し距離がありますが、わざわざ足を運んで「数時間待ち」になるのはもったいないですからね。もし「予約なし」にこだわるなら、お昼時などのピークを少しずらすだけで、よりスムーズに席が見つかるはずです。

今回の舞台横浜ということもあって、聖地での59回上映はかなりお祭り騒ぎになりそうですね!

日本東京都新宿区

あなたプロンプト

映画館の数は年々増えているのか

Gemini の回答

実は、「映画館の数(施設数)」自体は横ばいか微減傾向にありますが、「スクリーンの数」で見ると、ここ数年は増加傾向にあります

少し意外かもしれませんが、昔ながらの単館映画館(ミニシアター)が閉まっている一方で、複数スクリーンを持つ大型の**「シネマコンプレックスシネコン)」**が次々と新設されているため、全体としては「座席スクリーン供給量」は増えているという状況です。

現在の傾向をまとめると、以下のようになります

1. スクリーン数は緩やかに増加

2026年現在、全国のスクリーン数は3,600〜3,700前後で推移しており、前年から20スクリーン以上増加するなど拡大基調にあります特にイオンモールTOHOシネマズといった大手が、再開発に合わせて新しいビル商業施設に最新設備IMAXDolby Cinemaなど)を備えた映画館をオープンさせていることが要因です。

2. 「大型化・集約化」と「二極化

シネコンの独走: 1箇所に10スクリーン以上あるような施設が増えており、今回の『コナン』の「1日59回上映」のような極端な編成ができるのも、このシネコンの強みです。

ミニシアターの苦境: その一方で、新宿シネマカリテやシネ・リーブル池袋といった歴史あるミニシアターが閉館するなど、小規模な映画館は厳しい経営状況が続いています

3. 直近・今後の主な新設予定(2026年

あなた拠点である東京近郊でも、新しい映画館の動きが活発です。

TOHOシネマズ 大井町: 2026年3月オープン

イオンモール 八王子IC: 2026年春にオープン予定。

TOHOシネマズ 名古屋栄: 2026年夏に開業予定。

結論

映画館という建物」の数は、閉館と開館が入り混じって増えている実感は薄いかもしれませんが、「映画を見られる場所スクリーン)」の数は着実に増えています

特にコナンのようなメガヒット作品は、全国に増えたシネコンスクリーンをフル活用して「見たい時にいつでも見られる」環境を作り出しており、それが先ほどお話しした動員数アップの大きな物理的要因にもなっています

あなたプロンプト

時期的にビッグタイトルが重ならないか一人勝ち出来るんでは

Gemini の回答

かに、この「4月中旬」という公開タイミングは、興行戦略として非常に計算し尽くされた**「一人勝ちできる絶妙な隙間」**と言えます

なぜこの時期にビッグタイトルが重なりにくく、コナンが独走できるのか、その裏事情を読み解くと面白いですよ。

1. 「春休み」と「GW」の谷間を狙う

多くのファミリー向け大作映画ドラえもんプリキュアディズニー系など)は、3月の「春休み」に合わせて公開されます。一方で、洋画の超大作などは5月の「ゴールデンウィーク」に向けて公開されます

コナンはその中間4月第2週〜3週に公開することで、春休み映画が一段落し、GWの新作が来る前の「手薄な時期」のスクリーンを独占します。

劇場側も、GWに向けて集客の目玉が欲しい時期なので、コナンのために最大スクリーンを空けて待っている状態になります

2. ライバル作品が「コナンを避けている」

現在コナンは、公開から数週間で興行収入50億、100億を軽々と稼ぎ出す「怪物」です。

他の配給会社としては、同じ時期に大型作品をぶつけても、スクリーンの確保や話題性で勝ち目がありません。そのため、**「4月後半に大きな映画を出すなら、コナンから2週間は離そう」**という力学が働きます

結果として、自ずとライバルがいない環境ができあがります

3. 今年の2026年4月はどうなっている?

明日2026年4月10日公開の最新作**『ハイウェイ堕天使』**の周辺状況を見ても、この戦略は健在です。

強力なライバル: 4月後半には『ザ・スーパーマリオギャラクシームービー』や実写版『SAKAMOTO DAYS』などの話題作が控えていますが、いずれも4月24日以降やGW直前です。

独走期間: つまり明日から約2週間は、全国の映画館のメインスクリーンが「コナン一色」になります。59回上映ができるのも、この時期に「他にこれほど客を呼べるコンテンツがない」からこそ可能な力技です。

4. シリーズの「イベント化」

もはや映画というよりは、お花見と同じような**「4月になったら映画館へコナンを見に行く」という年間行事として定着しています

ビッグタイトルが重ならないから勝つ」というより、「コナンが来るから他のビッグタイトルが道を譲り、結果としてお祭り騒ぎになる」**という、まさに王者の勝ち方になっています

明日からお祭り、せっかくなら59回上映という「歴史的瞬間」を横浜体感してくるのも面白いかもしれませんね!

あなたプロンプト

ビッグタイトルであるドラえもんだと謎解き要素がなく、大人がそこまで夢中になれないので、コナンのほうが大人も楽しめるのかどうか

Gemini の回答

まさにその通りですね。ドラえもんコナンの決定的な違いは、ターゲット設定の**「解像度」と「レイヤー階層)」の深さ**にあります

大人コナンにこれほどまで夢中になれる(あるいは、ドラえもんより深くハマりやすい)理由は、単なる「謎解き」以外にもいくつか構造的な要因があります

1. 「知識」と「論理」を要求するミステリー

ドラえもん映画は、主に「勇気」「友情」「冒険」といった感情的テーマが中心で、SF設定(ひみつ道具)も「もし〜できたら」という子供空想に基づいています

対してコナンは、**「大人知的好奇心」**を刺激する作りになっています

専門知識の導入: 化学歴史、最新の軍事技術ITなど、大人が「へぇ〜」と思うようなトリビアトリックに組み込まれます

ロジックの積み重ね: 伏線回収の快感は、論理的思考を好む大人にとって非常に強力なエンタメになります

2. 「縦軸(本筋)」の緊張感

ドラえもん基本的1話完結の物語ですが、コナンには「黒の組織」という**完結していない巨大な謎(縦軸)**があります

映画のたびに「組織の核心に1ミリ近づくのか?」「RUMラム)の正体に関するヒントが出るのか?」といった緊張感があり、これはもはや長編サスペンスドラマ20年以上追いかけている感覚に近いです。この「続きが気になる」感覚大人を引き離しません。

3. 人間関係の「エモさ」と「複雑さ」

大人がハマる最大の要因の一つが、実は恋愛人間ドラマです。

多様な関係性: 新一と蘭の「会えない恋」だけでなく、警察関係者の恋、安室透のような「国に恋する男」、灰原哀の「複雑な恋心」など、大人からこそ共感できる、あるいは応援したくなる多層的な人間模様が描かれます

これにより、キャラクターを「子供向けアニメ登場人物」としてではなく、**「推し」**として応援する大人が激増しました。

4. 映像の「実写映画化」

近年のコナン映画特に立川譲監督櫻井武晴氏の脚本回など)は、カット割りや演出が完全に実写のパニックアクション映画のそれです。

爆破、カーチェイス、格闘シーンのクオリティが非常に高く、「アニメを見ている」というより「007」や「ミッション:インポッシブル」を見ているような感覚に近いため、大人劇場で見る「映画体験」として満足度が高いのです。

とはいえドラえもんの「凄み」

一方で、ドラえもんは「親が子供安心して見せられる」「子供時代純粋な心を思い出させる」という、コナンにはない圧倒的な安心感と普遍性を持っています

結論として

「謎解き」というゲーム性と、「組織」という重厚な設定、そして「キャラの魅力」が絶妙ブレンドされているからこそ、コナンは**「子供を連れて行った親が、子供以上に身を乗り出して見てしまう」**という現象を起こせているのだと言えます

明日の『ハイウェイ堕天使』も、おそらく大人を唸らせるような社会派テーマや、驚きの人間ドラマが仕込まれているはずですよ。

あなたプロンプト

パチンコが衰退した地方でのシネコンは身近な娯楽だし、GWという大体どのサラリーマン休みでお一人様で過ごすには期間が長い、でもどこかへ行きたい。ひとりで行ける場所、そうだ映画。という風にはなりやすいんでは

Gemini の回答

その洞察、非常に鋭いです。まさに現代地方都市における「レジャーの空白」をシネコンが埋めている側面は確実にあります

おっしゃる通り、以下の3つの要素が組み合わさることで、コナンシネコンが「お一人様」の強力な受け皿になっています

1. 地方における「パチンコからシネコン」へのシフト

かつて地方ロードサイドにおける「手軽な非日常」の代表パチンコ店でしたが、娯楽の多様化規制の影響で店舗数は減少しています

その一方で、郊外の巨大なショッピングモールイオンモールなど)に併設されたシネコンは、以下のような点でパチンコに代わる「身近な逃避場所」となっています

心理的ハードルの低さ: 1人でも入りやすく、清潔で、冷暖房完備。

コストパフォーマンス: 2,000円前後で2時間、完全に現実を忘れて没頭できる体験は、現代タイパ・コスパ重視の傾向にも合致しています

2. GWという「長すぎる連休」の過ごし方

サラリーマンにとって、GWのような長期休暇は嬉しい反面、予定がないと「何もしない罪悪感」や「手持ち無沙汰」を感じやすい期間です。

遠出のストレス回避: 観光地はど

2026-03-31

牙狼 東ノ界楼』の感想

アクション要素とか全編グリーンバック撮影で高クオリティ表現を行っている点は素晴らしかった。

特にグリーンバックに関しては新たな牙狼可能性を感じられて良かった。

一方で話の運び方について、何か全体的に『劇場版作品』のイメージが強かったな。

舞台が概ね砂漠の街サガンのみで繰り広げられていて代わり映えがしないとか、

牙狼の鎧を浄化する必要あって話の後半になるまで出て来ないとか、

登場ホラーが外部からやってくる奴だけでどのような経緯でホラーが発生したかとかバックボーンの掘り下げが無いとか。

劇場版形式が悪いのではなく、それをTVの話数でやっているせいで「薄く引き伸ばした」という印象を与えてしまっている。

あと莉杏やリュメを退場させるシナリオとしては上記の件含めて中身が薄いよ。

過去キャラを退場させるなとは言わんが、龍族云々とか雑に設定生やして無理にやる位なら、わざわざキャラ登場させてまでやらなくてもいいよと思ってしまう。

牙狼シリーズは今後も続いて欲しいが、ここらで新しいキャラシリーズ立ち上げでもやって欲しいなぁ。

2026-03-28

映画】スケアキャンペーン を見た

絶対に低知能でネタバレなしでワクワクしながら見た方が面白いギミックホラー映画の佳作。66点。

 

主人公たちはホラー系ドッキリ番組スケアキャンペーン撮影クルー今日今日とて病院警備員をドッキリにかけたり楽しく番組作りをしていたが、上司から最近視聴率が落ちてきていること、Y〇utubeの似たような尖ったホラー企画屋の台頭でキッズ人気を取られていることを叱責される。一発逆転の策としてとある事件が起きた廃精神病院舞台に、ターゲットに元従業員患者だった男をアサイン。本気のドッキリを仕掛けるがなんとその男は、本気の殺人鬼だった。ドッキリで終わらない一晩が幕を開ける。

みたいな話。

 

ここからネタバレするのでそういう映画好きな人はもう見に行ったほうがいい。U-NEXTで見たけど3/31で配信が終わるらしい。

 

で、みたいな話。ではなくてぇ。

実は元従業員患者だった男は実は仕掛け人で、自分仕掛け人だと思っている女性スタッフ主人公への逆ドッキリだったという話になる。このネタバラシまでの緊迫感がよくてねぇ。ドッキリ対象の男が見るからになんかヤバ男で、あ、ガチのやつ連れてきちゃった!?ってなって徐々に異常性が明らかになっていって、お化け役の女の子をペーパーナイフで殺害ちゃうし、その後も次々と仕掛け人スタッフ殺害していく。血もいっぱい出るし、にちゃにちゃ笑いながら追いかけてくるのもよいし、ホラー見てるぜぇ!って感じでボク満足。

とにかくここのパートちゃんとしているから、ネタバラシされたときに「あ~、そっか~!そうなるよねぇ!」ってなれるし、まぁ、ちゃんと考えたらこネタ自体は読めてもおかしくないんだけど「これがドッキリなのはすぐわかるので退屈な展開が続く(評論家ヅラ)」みたいなテンションで見るよりは絶対に気づかずに見る方が楽しい

後はこの映画、ドッキリの裏側お仕事映画としても楽しいのがよい。ヤバ男(役者)にどうやって仕掛けていくのか、大規模クルーではないのでうまく誘導するために頑張ったり、うまくいかなくて急遽バタバタ計画を変更したりとホラー系ドッキリ番組って本当にこんな感じで撮ってそうだなぁって思える。

で、中盤でドッキリだったことがバレるんだけど、なんとそこからその廃病院に尖ったホラー企画屋が乗り込んでくる展開になって、しかそいつらはドッキリではなくガチ殺人集団だったことが明らかになり、今度こそ"ガチ"で主人公たちクルーがどんどん殺害されていく。彼らはいろんな武器武装していてサービス精神豊富なのはとてもよい、んだけども。

まぁここは良し悪しだと思うんだけど、こいつらがなんでそんなことをしているのか一生わからない。ある意味で言えば純然たる無邪気な承認欲求と悪意の権化ってことで、数字や名声のためにFAKEを作っている主人公たちの鏡写しみたいな感じ(主人公たちは大人企画屋少年?なのもそう)なのはわかるんだけど、なんかもうちょっとバックボーンがわかった方が俺はよかったかな。

あとは襲われる立場になってから主人公たちがとにかく防戦一方で、武器メンテを怠ったマヌケを一匹倒す以外はひたすら攻められ続けるのが、まぁリアルっちゃリアルなんだろうけどなんかもうちょっと反撃パートがあった方が楽しかたかな。でもこの辺は完全に好みだと思う。

序盤中盤にあったお仕事映画としての楽しさが後半はほとんど活きてこないのがもったいないなって思った。ドッキリ仕事で培ったテクニックで反撃するみたいな展開があれば面白かったのになと。

 

まぁそんな感じかな。

最初にドッキリチュートリアルがあって、そのあと本格ホラー路線に移行したと思いきやそれもドッキリでな~んだと思ったら、ドッキリで済まないガチの連中が乗り込んでくるというツイストのきいた展開がかなり良くできてたホラーの佳作。スラッシャーホラー好きな人には普通にオススメ

ネトウヨ犯人属性犯人動機バックボーンをしっかり報道しろよおおおお!報道しない自由はなしなぁ!!」

メディア犯人は元自衛官です」

ネトウヨ「」

メディア犯人家族統一教会に金毟り取られてました」

ネトウヨ「」

メディア統一教会自民党支援していました」

ネトウヨ「あああああああ!!!報道するな報道するな報道するなあああああああああ!!!

2026-03-27

はてサヨ犯人属性犯人動機バックボーンをしっかり報道しろよおおおお!報道しない自由はなしなぁ!!」

メディア犯人は女です」

はてサヨ「」

メディア犯人家族共産党に金毟り取られてました」

はてサヨ「」

ネトウヨ「また共産党員のはてサヨが暴れてるよ」

はてサヨ「あああああああ!!!報道するな報道するな報道するなあああああああああ!!!

ネトウヨ犯人属性犯人動機バックボーンをしっかり報道しろよおおおお!報道しない自由はなしなぁ!!」

メディア犯人は元自衛官です」

ネトウヨ「」

メディア犯人家族統一教会に金毟り取られてました」

ネトウヨ「」

メディア統一教会自民党支援していました」

ネトウヨ「あああああああ!!!報道するな報道するな報道するなあああああああああ!!!

anond:20260327160142

ネトウヨ犯人属性犯人動機バックボーンをしっかり報道しろよおおおお!報道しない自由はなしなぁ!!」

メディア犯人は元自衛官です」

ネトウヨ「」

メディア犯人家族統一教会に金毟り取られてました」

ネトウヨ「」

メディア統一教会自民党支援していました」

ネトウヨ「あああああああ!!!報道するな報道するな報道するなあああああああああ!!!

2026-03-26

anond:20260326105211

しいて言うなら小説版読んでおけば各キャラバックボーンが把握できて大体何とかなる

2026-03-13

龍が如く極、後付けで錦山闇落ちのバックボーン描くために柏木が「こんな時、桐生がいてくれれば…」なんて女々しいこと言ってるのアホらしい

親父殺しの罪で捕まっているのになんでそんな期待持ってるんだ

2026-03-09

映画BLOOD THE LAST VAMPIRE を見た

う~ん、連載前提のお試し読み切り版って感じで一作の映画としては評価不能ってのが誠実な気がする50点。

 

米軍的な組織と組んでオニ狩りをしている始祖吸血鬼SAYA組織の指示により横田基地内の高校に潜入、そこで出会った2人の生徒に扮したオニオカマバーで働くオニと戦う。

 

マジでこんだけの話。

SAYAが始祖吸血鬼っていうのも「らしいよ」程度にしか語られないし、敵のオニも「そういう設定」以上のものは出てこない。SAYA所属している組織も2人のハンドラーがいてなんか指示は出してて米軍より上の階級組織だってことはわかるけどバックボーン不明

キリンマシーンSAYA高校に入ったことでゴタゴタが起きたりクラスメイト教師すったもんだする中で人間性を獲得するみたいなドラマ特にない。

目を付けたら保健室ですぐに襲い掛かって取り逃がして仮装パーティ会場に逃げ込んだオニと戦おうとするもまた失敗して取り逃がして~となるんだけど、こっちの期待感としてはせっかくパーティ会場に入ったらそこでの惨劇を所望だがそれも叶えられない。

まぁアニメーション結構頑張っていて、SAYAがなんかカリカチュアされた黒人みたいなタラコなのは俺的には気に入らないが、海外に売っていくための施策としてはそういうもんなんだろうけど、登場するキャラクターがみんなぬるぬるとよく動くしアクションも上々。色彩も舞台背景(1970年くらい)を意識してかかなり抑えられた色調で特にライティングが良い。短い中でアニメーションとして気が抜けている時間ほとんどなかったと思う。

ただ最後に大ボスが空を飛んで逃げ米軍輸送機に取りつこうとする展開をどう捌くかと思ったら車で追いついて横薙ぎ一閃というのも2体目と同じ殺し方で工夫がないなとちょっと残念。なんかいい感じの空中殺法見せてくれてもよかったやん?

とまぁ、よーするに「女子高生コスプレした女(吸血鬼オリジン)が日本刀を振り回してバケモンをバッタバッタと切り殺す」という設定の作品を作りますよ。そしてアクションに関してはこんだけやれますよ俺ら。だから予算(連載)くださいねというパイロットフィルムって感じだったかな。

実際これが実写映画ゲーム、そして怪作と名高いBlood-Cに繋がっていくのだから、役目は果たしたということか。

 

そんなわけでぬるぬるアニメーションして女子高生コスプレした女が日本刀を振り回してバケモンをバッタバッタと切り殺すアニメーションをご所望の方には普通にオススメはできるけど、映画見たいなって人には微妙本質的にはProduction I.Gプロモーションビデオだと思って見るべきだと思いました。

2026-03-02

性犯罪にまつわる話、基本しょーもないから嫌い

 たとえば人を殺したり、パーソナリティに密接な理由に付随した犯罪やらかししまった知り合いやアーティストをそれでも擁護してる人なら、理解はできなくてもその人なりの哲学とかあやまちを犯してしまった"好きな人"への個人的な想いから踏ん張ってるんだろうなと思えるけど

 性犯罪やらかしたアホをなんか妙に擁護したりお茶を濁したりしてる人は「なにをシャバいこと言ってんだコイツは」としか思えなくて、ただただ「あーあ」って気持ちしかならないから嫌だ

 どんな犯罪であれ、人が人を傷つけるかたちの犯罪という時点で被害に遭った方自身やその家族の心痛は変わらないので、その点で殺人性犯罪はだいたい同じ地点にあるわけだけど

 殺人強盗トラブルなど利己的な理由から事故などの酌量の余地がある理由思想的な理由まであって

 "思想的"の場合でも「彼は英雄から無罪でもいいだろう」ぐらいのこと言ってる人いたら流石にうわ怖とはなるけど、「殺人はよくないことだが」と前置いたうえで実行者のバックボーンに思いを馳せてるくらいならヤバい思想の持ち主とは言えないと思うし

 事故なら「許していいとは思わないが彼(または彼女)は本当にいい人だから自分は寄り添うつもりだ」みたいに言っている人がいくらいてもいいわけ

 でも性犯罪って程度やシチュエーションにかかわらず、常に酌量の余地がまったくないわけじゃん

 冤罪可能性とかを考えた場合でも「まさか彼(または彼女)みたいな良い人がこういうことをするとは思えんから冤罪であって欲しいとは思ってる」って前置いた上で人として言うべきことを続ければいいだけであって

 いい大人性犯罪のもの矮小化したりごちゃごちゃよく分かんない理屈をこね回したりしてるのを見るだけでその人への敬意とか興味みたいなもの霧散して軽蔑けが残るからとにかく普通に毅然としててほしいんだよな

 とくにコンテンツ作ってる人間にそういうことされると作品が途端にしょうもないものしか思えなくなって好きだったことが哀しくなるからやめてほしい

2026-02-27

こんなボカコレは嫌だ!8選

★すべてはプレミアム会員様の匙加減!★

・好きな曲を推したければニコニコ課金しろ

★バズ狙いが透け透け!ミーム全振りソング!★

・かんたんダンス一世を風靡したいならTikTokであげた方がいいですよ!

★作者への同情バトル!バックボーン強い方が勝ち!★

・「今回こそ勝ちたいんです!」←うおお!投稿者に辛い過去......こりゃ勝たせてやらないと!笑

★有名ボカロpと有名絵師20人大集結!★

・押し寄せた各ファンのおかげで鼻ほじりながらでも勝てるけど応援してね!

病みOD!生き死にお気持ちポエム!★

・薄い歌詞で人を泣かせよう!

バカにされたらTwitterお気持ちしよう!

病みODドーパミン中毒......を揶揄!!★

・博識視聴者に「この曲がバズることが最大の皮肉なんだよなあ笑」と語らせてあげよう!

★ひと山当てられるまで転生!期待の新人(偽) 大量発生

・バズらなかったら転生してニューゲーム

応援コメントマイリス登録特に興味はない!

★人がいない!★***

炎上の度に過疎が加速!YoutubeTikTok主催イベントが発表されたら散る命!

2026-02-26

考察垢と成り切り垢は創作たかった人間の成れの果てである

SNS存在する考察垢と成り切り垢は創作たかった人間の成れの果てだと思う。



◼︎考察垢とは何なのか

まずは、考察垢だ。

世は大考察時代---というくらい考察ブームになっている。

考察とは「物事を明らかにするためによく調べて考えること」という行為のことだ。

「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」が大ヒットした文芸評論家三宅香帆は

著書「考察する若者たち」の中で批評には正解がないが、考察には正解がある、と論じ

その「正解探し」=「報われること」こそ若者考察に傾倒する理由の一端だと述べている。

考察に正解がある、という論に私は素直に頷くことはできない。

考察には正解はいらない。必要なのは正解ではなく、正解っぽい結論だと思う。

もちろん、三宅香帆の論じる「考察には正解がある」という論拠は

近年ヒットしたテレビドラマあなたの番です』や小説『変な家』など

作品の中に最終的な結末があり、その謎に対しての考察を行うことには正解がある、という意味なのも理解している。

私が考える考察とはコンテンツの中に明確な答えや、結論が描かれていない(または現時点では描かれていない)作品についての考察だ。

小説の結末や1クールドラマに対しては、明確な答えはあるかも知れないが、

連載中の人漫画や、過去の名作には答えがない、もしくは答えが示されていないものも多々ある。

よくある例で言えば、大人漫画ONE PIECE』において主人公ルフィの最終的な目的の一つであるひとつなぎの大秘宝(ワンピース)」の正体などだろう。

一読者として、尾田栄一郎先生健康とご多幸を願ってやまないが、『ONE PIECE』の結末が示されるのは早くても数年後、下手をすると数十年後になるかも知れない。

その他には、直近新シリーズ制作が発表された『新世紀エヴァンゲリオン』をはじめとする『エヴァンゲリオンシリーズ』も

作中に哲学的抽象的な表現が多く、一旦は作品として完結した今も多くの考察が作られている。

(主人公碇シンジとあるサブキャラクター関係性を考察したnoteがバズっていたのは記憶に新しい)

考察すること自体を全て否定するつもりはない。

私自身も好きな作品の展開を考察したり、キャラ言動考察し、時には友人と盛り上がることは大好きだ。

SNSで気軽に考察論を発信し、顔も知らない不特定多数自身考察論を発表し、

反応を見ることができるこの時代考察はもはやエンタメコンテンツの一部だろう。

しかし、考察を専門に発信している考察垢の存在を私はあまり好ましく思っていない。

考察垢はコンテンツ作品世界観や魅力の一部を切り取り、行間を読み、擬似的に創作活動の真似事をしているに過ぎないと思う。

考察必要なのは「納得性」と「発見性」だ。

考察の元々の意味が「よく調べて考える」ということからも、考察垢のほとんどは対象コンテンツをよく調べ、観察している。

かいセリフや設定を洗い出し、時には時系列を精査し、漫画であればコマの中のほんのわずかに描かれた絵や描写を見逃さない。

そして、これらの調べあげた情報が「納得性」に繋がる。







調べあげた情報というファクトを積み上げ、編纂し、データとしての価値を高めていくことで納得性がともすれば信頼や確からしさに繋がる。

そして、それらの情報を元に独自の「発見性」のある論拠や結論を示していく。

発見性」は「納得性」ともやや地続きなのだが、調べあげたデータ根拠に「納得性」があり、

その上に意外性や驚きがありながら「確かにわかる」「あり得そう」「そこには気づかなかった」と思わせる要素があることで考察は見る人の興味を唆る。

あるコンテンツ作品の設定や世界観を活かして新たな作品創造する二次創作考察は似ているし、考察二次創作一種であると言えるかも知れない。

二次創作については色々とグレーゾーンな部分もあり、二次創作という行為コンテンツを広めるに少なから寄与しているという考えもある一方で、

作品毀損してしまうような二次創作存在するのも事実だ。

考察寄与毀損の両面があると思う。

何なら毀損の面が結構大きいのではとすら思う。

特にドラマのような比較短期間で終わるものや、映画など単発で終わるものはまだいい。

一番酷いと思うのは長期的に継続しており、まだ終わりが見えないような漫画などのコンテンツ考察だ。

考察には「納得性」と「発見性」が大事だと述べたが、結論だけ見れば荒唐無稽しか思えない考察も多い。

明確な結果や回答が存在しないコンテンツ考察はどこまでいっても妄想なのだ

そこに「正解」である必要はなく「正解っぽい結論」があれば考察は盛り上がる。

そして、仮に考察が外れたとしても考察者は何のリスクもなく、

当たったとしても考察者の自己満足しか過ぎずコンテンツ側に特にメリットはない。

あ、この展開、考察者の〇〇さんが言ってたのと同じだ、などとなったら終わりだ。

ここでいうのは広く自身考察を発信している場合を想定しており、個人レベルならいくらでも考察しても良いと思う。

しかし、考察垢はダメだ。

考察垢は、誰かが魂を削って作ったコンテンツ世界観や設定をなぞり、わかりやす結論というトロの部分しか触っていない。

ふざけるな。ちゃんと米を炊いて、シャリを作り、10年くらい修行してから寿司を握れ。

そもそも考察垢が本質的にやりたかたことは、自ら何かを作りだし、それで人に反応されたり感動することではないのか?

それが出来ないから、誰かが作ったコンテンツという神輿に載っているという考えは本当に1mmもないのか?

いくら膨大な資料を読み込み、情報を整理し、納得性や発見性の高い考察をしたとしても本質的に何も生み出してはいない。

優れたコンテンツのあり得そうな可能性という魂の代謝を拾い集めて形にしているだけの存在考察なのだ

ONE PIECE』を考察するな。お前が次の『ONE PIECE』を作れ。

小説でも、イラストでも、歌でもなんでもいい。

下手でも、人に見られなくても、賞賛されなくても、時にはちょっと叩かれても、創作するという行為はとても尊い行為だ。

仮に考察賞賛や、注目を集めたとしても決して奢るべきではない。

考察本質的二次創作なのだ

一次創作こそが神であり、王であり、二次創作はその遥か下にいる下々の民だ。

神がいなければそもそも世界存在しない。そこを一瞬でも忘れるな。

文化必要であったら敬意を忘れない、とでも心の辞書に刻んでおけ。

クリエイター面を決してするな。

考察家さん、それは面白い考察だなぁ、探偵にでもなったらどうですか?

ご自慢の考察力で、嵐で孤立した別荘で起こる凄惨連続殺人事件でも鮮やかに解決したらどうか?



◼︎成り切り垢とは大喜利である

成り切り垢はもっと単純で、あれは着ぐるみを着て大喜利をしているだけだ。

大喜利のお題で「こんな〇〇ってどんなの?」というタイプのお題がある。

例えば「ギャル忍者ってどんなの?」というようなものだ。

このお題を考える時、最もオーソドックスな考え方は

ギャルの要素」と「忍者の要素」をそれぞれ抽出し、それを掛け合わせることだ。

ギャル→派手なものが好き

忍者手裏剣を使う

と考えれば「ギャル忍者手裏剣デコってある」とかになるだろう。

この要素のどんな部分を抜き出したり、組み合わせの妙や、要素の距離感の妙などがこのタイプ大喜利ポイントだと思っている。

成り切り垢とは特定キャラクター人物に成り切って発信をしている。

そして、ほとんどの場合対象にしているキャラクターが言わなそうなことやギャップのあることも発信している。

これこそが大喜利なのだ

しかも、特定キャラクター像というものは要素やトンマナ抽出やすいので

2つある変数のうち、1つが固定化しほぼ確定しており

残りの要素1つだけを考えれば大喜利は完成する。

代表的もので言うならビジネスシーンでのあるあるTIPSを発信するアニメキャラクターアカウントがあるだろう。

あれらは、キャラクターという外側の着ぐるみキャラクター性や、口調のフォーマットや構文を活用しながら発信し、

しかも発信内容が本来キャラクターから距離の遠いビジネス話題ということで違和感があり、一定面白さが担保されている。

発信の内容/テーマが「伝えたいこと」だとした時に

キャラクターというガワは「どう伝えるか」という手法だ。

しかし、この大喜利はだいぶヌルゲーだ。

夏目漱石相手好意を伝える際に「月が綺麗ですね」と言ったという、史実的には大分存在が疑われているエピソードがあるが、

これは「好き」という「伝えたいメッセージ」の伝え方を「月が綺麗ですね」というオリジナリティある伝え方にしているのだ。

ダウ90000の蓮見翔も言っていたが「好きという言葉いかに使わずに、好きということを伝えるかが面白い」のだ。

成り切り垢の話に戻れば、これらのアカウントは、キャラクターという発信手法は固定されている。

からこそ発信を考えやすい。

しかし、お前たちは本当にやりたかったのはこんなヌルゲーな大喜利なのか?

本当は0から考えた、人が唸るような回答を出したかったのではないか

特に、どう伝えるか/表現するか、という部分が最もやりたかったんじゃないのか?

あなたならどう告白しますか?というお題に「ジャイアンが言いそうな告白セリフ」ばかり考えていて楽しいのか?

「俺のリサイタルを一生そばで聴いてくれ」とでも言うのか?お断りです。

滑っても面白くなくても、お前にしか出せない大喜利の答えを作れ。

かに成り切るんじゃなくて、お前自身が誰かに認知されるキャラクターになれ。

ウケたとしてもそれはお前がウケたのではない。

大衆認知され、バックボーンがわかりやすキャラクターがあるからこそ伝達のスピードが早く、

時にはギャップを生むことでウケているのだ。



◼︎ショボい作れ手たれ

考察垢も、成り切り垢も根本にあるのは自らの創作や発信で人に賞賛されたり、褒められたいと言う欲求だと思う。

その欲求否定しないし、誰でも持つものだ。

だが、今の欲求の満たし方は、本当に創作しているのか?

誰かが作った世界観キャラクターインスタント活用して、創作っぽいことをしているだけではないか

シンガーソングライターキタタツヤは「物知りな批評家」より「ショボい(ショボくとも)作り手」であってほしいと発信していた。

考察垢も成り切り垢も反応されなくても、誰にも見られなくてもショボい作り手であるべきなのではないかと私も思う。

よしんばそういった発信をするとしても、驕るな、勘違いをするな、謙虚であれ。

金儲けをするな。元のコンテンツに敬意を一瞬たりとも忘れるな。そういうことを切に願う。

そして、こんなことを、何かをゼロから生み出すわけでもなく、

考察垢や成り切り垢という他人が作ったコンテンツベースに話している私も大概ろくなものではない。

みんなでショボい作り手になろう。

2026-02-23

anond:20260223213322

わかんないけどエージェント使ったら無難大企業や大きめの会社ドナドナされて、面白くなさそう

好きなソフトサービス技術を使ってる、作ってる会社を直接応募、なんてどうですか?

小さい会社はいろんなバックボーンの人がいるし、入ってしまえば全然誰も気にしないので経歴に関しては全然平気

2026-02-04

映画パプリカを見た

日本アニメ史上に燦然と輝く大傑作みたいな感じの映画だと思ってたのでちょっとハードル上げすぎちゃったのが良くなかったけど普通によくできた面白い映画だったので73点。

 

相手意識下(夢)に侵入できる装置DCミニを利用して刑事トラウマ克服に勤しむパプリカこと千葉所属する研究所からDCミニが盗まれしまう。それと同時に研究所メンバーが次々精神に異常をきたし始める。犯人DCミニを盗み出した同僚でBOØWYボーカル氷室であると考えた千葉は同じく同僚のデブ天才時田とともに捜査を始めるが実は氷室DCミニ被害者であることがわかり、ついには増大した夢が現実の壁を破り世界は夢と現実が混ざり合った混沌とした空間になってしまう。千葉彼女分身であるパプリカ世界を救えるのか。

みたいな話だったよね?

 

とりあえず言えるのは、アニメ映画としての鑑賞の楽しさはめっちゃあった。冒頭の粉川の夢の中のシーンからもう絵的にも面白いし(一瞬めっちゃインセプションで草)、そこからタイトルバックパプリカ帰宅シーンでパプリカが静的動的、二次元三次元わず次々といろんなメディアジャンプしながら移動するアイデアの多彩さ、動きの楽しさは流石に圧巻。様々な夢が混ざり合ったカオスパレード平沢進音楽の不穏さと完全にマッチして「音楽映像化する」という課題があれば100点中1000点つけちゃう映像音楽化したのかもしんないけども)。

夢をテーマにした作品として夢の荒唐無稽さ突飛さサイケデリックな感じといった言葉では表しにくい様々な情景をかなり直感的に映像化できていて、おぉ~すごいなぁ~って感じだった。

とはいえ公開から20年以上経った今見ると「パプリカ」を下地に作られた演出を取り込んだ映像作品は(例にも出したけどインセプションとか)多数出てきているのでこれどっかで見たことある奴だな、みたいな感じがするシーンもけっこう多くてめちゃくちゃ前のめりになって見入ってしまうみたいな感じではなかった。公開当時見たかたかな。

 

見終わった後ふと思うのは、粉川こんないい役もらうような感じだったっけ?ってこと。彼は刑事なんだけど本筋であるはずのDCミニ盗難事件には基本的には一切関わらないが、この作品を経て最も成長するのはおそらく彼(と主人公千葉かな?)である

解決事件という表向きのトラウマを抱えながら、実はそれは「中途半端に放り投げた自分の夢と友人」という拭い去れない過去への後悔と根っこは同じであることがわかり、彼は夢の中で夢の中だからこそそれを"物理的に"破りトラウマを克服し、本当の敵を文字通り撃つ。

作中で様々な夢に囚われた人間が出てくるがほとんどの面々は夢に逃げ込む、夢を隠れ蓑にするというネガティブ方法に利用するのに対して、夢を通じて成長、克服、前進する役割は粉川に託されている。

個人的に粉川パートで好きだったのは元映画監督志望だった粉川が「イマジナリーライン」「パンフォーカス」の説明をするシーンで「カメラ被写体の間の線をカメラが越えると世界が反転し繋がらなくなる」「ピント絞ることで画面全体にフォーカスを合わせる」という映画技術論と同時に人間関係であったり社会人生の捉え方であったりの話をしてるシーン。

たぶん夢と現実映画であるパプリカは同時に、現実映画(虚構)の映画でもあるんだろうな。だから粉川は第二の主人公なんだろう。知らんけど。

 

一方で千葉は理知的事務的、心の奥底で同僚の時田に思いを寄せながらも天才天才がゆえに子供っぽく逃避癖のある時田にヤキモキしている。一方で他人治療する際にはそんな自分の空を脱ぎ捨ててパプリカとして自由奔放に感情かに文字通り世界を飛び回る。パプリカ現実世界でも千葉本能として危険を察知してそれを知らせる役割果たしており、理性と本能がそれぞれ同時に存在するアンビバレント人間らしさを表している。

そして最終決戦では自身の願望に乗っ取られた大悪役の理事に対して、夢の中に取り込まれた時田を現実世界と同じように支えたことで自身の思いを受け入れ時田と同化さらパプリカという自分の中の欲望本能も受け入れ時田の中からパーフェクト千葉として爆誕し、現実に溢れ出した夢を理事ごと全て吸い尽くして世界を平定する。

パプリカという自分自身、時田という他人を受け入れ同化しそこから赤ん坊が生まれて夢を吸って成長し、最後には悪夢まで吸って大人になり消える。夢を自分の私腹を肥やすために使おうとした老人の理事とそれすら吸い尽くす次世代千葉という構図はよくできてるな~と思った。

他にも犯人だと思われていた氷室は実はゲイで夢の中では「貞淑な女らしさの象徴である日本人形に擬態していて、彼が思いを寄せていた時田は彼の夢の中ではロボットという男らしさの象徴をしているってのもなんか哀しい。千葉に思いを寄せ時田の才能を内心では憎んでいる小山内はその復讐自分身体氷室理事に売ってポジションを守ろうと必死で、悪役ながらも悲しい奴だなってなるし。みんな自分を押し殺して生きていて、だからこそ夢の中ではたやすく狂ってしまう。

夢が現実に溢れ出した時に様々な人間はそれぞれの中に秘めた欲に次々と変身していくさまは滑稽でもあるしそのビジュアルイメージの多彩さは舌を巻く。そして、これは作中で度々登場する"インターネット"でも同じだし、増田なんかその極致であるとも言える。

 

声優に関しては千葉パプリカを完全に演じ分けていた林原めぐみは流石だなと思うと同時に、林原めぐみレベルになるとなにやっててもこいつ林原めぐみだなってなっちゃって、個人的にはちょっとノイズ特に今回は絵柄がいわゆるアニメって感じよりはリアルに寄せてるので余計にキャラとは別に林原めぐみがいるって感じで気になっちゃった。粉川の大塚明夫ももそうだし、時田の今は亡き古谷徹キャラより声の方が立ってる感じがちょっと苦手だった。

キムタクビートたけし主演の映画みたいな感じ。宮崎駿晩年声優らしい声優を主役に起用しなくなったのはそういうことだったのかもしれないしそうじゃないかもしれない。

 

なんでこの作品が80点以上じゃないのかっていうと単に俺の好みとはちょっと外れてたってだけなので、この作品に80点以上、90点以上つける人がいたとしても別におかしくはないなって思う程度には強度の高い作品だとは思いました。あとはアレだな、欠点をあげるとしたらなぜその人たちがそうなのかが作中であんま示されないことが不満。脇役はともかく、なぜ千葉はああなのか、時田は理事はというバックボーンほとんど示されないのは個人的な好みから外れるなって思った。

そんなこんなで俺は初見だったけど今見るとちょっと古臭く感じる部分はありつつもストーリーに関しては普遍性がある話を丁寧に描いているし、むしろインターネットという他人欲望や夢をダイレクトに浴び続けられる時代全盛期である今見たほうが話としてはむしろ分かりやすいかもしれないって意味では、今見直してみるのは意外とオススメなのかもしれない。

「なんだか、これはおいしい感じがするぞ」っていうグルメ漫画あるじゃない?(無知グルメ

食べたもの批評する蘊蓄を持たない主人公が、「よくわからないけどおいしい気がする」という感想を抱くだけのギャグ漫画

あれ、わかるんだよ。

愛情がない家庭で育った、俺にはギャグじゃなくて悲しみとして刺さるんだよ。

俺はわりと特殊な家庭環境で育った。

一般的な家庭のように、親が作ってくれた料理を食べて育ったわけではない。

家庭料理ではなく、メニューの中から何かを選んで、それを一人で食べるという生活を送っていた。

お金には恵まれていたかもしれないが、愛情にはとても飢えていたのだ、と当時を振り返るとき考えざるを得ない。

そういう人間にとって、あのギャグ漫画ギャグではなく真実、悲しい真実なんだ。

普通子どもは親とのコミュニケーションの中で自分がいま食べているものが何か?ということを学習する。

例えば、生まれて初めて食べる食べ物コリコリとして甘く煮詰められた食感が楽しい食べ物

「これは何なの?」

という質問に対して親が

「それはタケノコだよ」

とか答える。

そうすることで初めて子どもはそれがタケノコだと覚えるのだ。

しかし、そういう体験のない子ども食べ物を食べて、おいしいと思ってもそれが何なのかわからないのだ。

そういう俺みたいな人間タケノコを食べた時、

「なんだかコリコリしてるおいしくて甘い食べ物だな。これはなんというか……、コリコリしてとてもおいしい」

みたいな語彙しか持てなくなるのだ。

普通の家庭で育った人間は親からタケノコ」という言葉を教えられるだけでなく、

親とのコミュニケーションのなかでタケノコがいつの季節の食べ物で、

とか、

値段はそれほど高くない食べ物で、

とかそういう自然と身につく知識が積み重なっていく。

でも、ただメニューの中から食べるものを選んで、それを一人で食事した人間にとってはいつまで経ってもその食べ物

「なんだかコリコリしておいしい食べ物

しかない物体のままなのだ

わかるだろうか?俺の悲しみが…?

そりゃ、メニューの中から選ぶから、メインの食べ物が何かくらいはわかるんだ。

からあげ、とはこういう食べ物

とか

ハンバーグとは、これだ

とか

そういうことはわかる。

でも付け合せの温野菜とかそういうもの

それが何なのか永遠によくわからないものなのだ

「なんだか野菜なのに冷たくなくて温かくておいしい感じがする不思議食べ物だ」

みたいな感想しか持てない。

そのバックボーンとしてある温野菜というものがどうやって料理されていて、

とか、そういう蘊蓄がまったく蓄積されることはない。

ただただ、なんだかよくわからないがこれはおいしい、とだけしか思えない。

そして、それがとても悲しい家庭環境だった、というのは自分大人になって結婚して、子どもが出来て、

人並みに家庭というものが築けたときに初めて知ることだった。

妻が、娘にいろいろな食物について、ひとつひとつ親と子としてのコミュニケーションとして自然レクチャーしていく様を見て、

ああ、俺にはこれが欠けていたのだ。父親は俺に金銭面ではよくしてくれたが、しかし、子どもにとって大事ものは与えてくれなかったな。

と決して恨みではないが、何か釈然としない気持ちも多分に持ち合わせているのは本当のことだ。

とはいえ、こうして俺はい普通の家庭の幸せというものを感じることが出来ている。

それが出来るのもの育ててくれた親のおかげなのだから文句ばかり言うわけにもいかない。

と話が脱線してしまったが、

とにかく俺にとってはあの漫画ギャグ漫画ではなく、少し悲しい思いがする、俺にとっては刺さる漫画なのだ

2026-01-31

早慶卒のお客さんにモヤッとした

昨晩、弊社の開発チームと取引先の開発チームとの懇親会があったんだけど、そこで取引先の窓口となる担当者さん(早慶卒)と話しててモヤッとした。

モヤッとポイント1:いまだに出身大学自慢

増田担当者さんも35歳くらい。

同い年だからか、担当者さんが増田にすごく話しかけてきてくれた。

それはいいんだけど、問題は話の内容。

二次会で酔いがまわった状態になると、担当者さんはいまだに出身大学を絡めた話をかなりしてて、しかも自慢系の内容が多く、コイツ時が大学時代で止まってんのか?と思うくらいウザかった。

そんなに大学が好きなら、その大学で働けよ!

これはモヤッというより、ウザッかも。

モヤッとポイント2:そもそも早慶レベルで自慢してる

増田関西出身から関東受験事情には疎いんだけど、増田受験生の頃、増田の行ってた高校(そこそこ進学校)では、神大落ちが行くところの東京進学版が早慶くらいの位置づけだった。もちろん合格難易度学部学科によるだろうけど、高校の仲良かった同級生早慶行ってる人はだいたい神大落ち(か、阪大落ち)だった。

から正直、担当者さんはそのレベルなのによく自慢できるよな、と思ってしまう。ちなみに増田会社の開発部門は、旧帝大院卒が約8割占めてて、残りは他大学院卒が1割、大卒の中でも優秀なのが0.5割、高専卒で頭角をあらわした元製造部門の人が0.5割という感じ。そういうバックボーンもあって、早慶卒(しか大卒)を自慢するのは結果としてズレているな、と感じた。

まあ、弊社開発チームの学歴は当然開示してないから、担当者さんがこっち側学歴知らずに自慢してきてるんだけど、それにしたって仕事上の関係者自分学歴自慢すんなよ…。

モヤッ。

モヤッとポイント3:帰らせようとしない

相手はお客さんだから増田接待だと思って会話をつないでたんだけど、それで気分が良くなったからか、酔いがあるからなのか、二次会終わりに帰らせてくれない。

そんな事言わずにもう一件行きましょうよじゃねーよ。

こっちは夜ワンオペ育児ストレス溜まってる妻が家にいるんだぞ。一刻も早く帰らないとヤバい。ほんとは一次会終わりで帰らないとヤバかった。

向こうの会社の後輩さんも、ほぼ初対面(WEB会議では顔を合わしてるが…)の人相手三次会困り顔だぞ。

結局、次回飲みに行きましょうと言って解散してきたけど、もう飲みに行きたくないわ。

それどころか個人的には取引終了したい。

モヤッ。

これを書いて

早慶大卒ときに自慢されて粘着された!みたいな文脈で取られそうなんだけど、言いたいのはそこじゃない。仮に担当者さんがMIT卒でも、同じような内容で来られたらモヤッとするわ。モヤッの総量はもしかしたら少し減るかもしれないけど。

増田言語化能力が低くて伝わってなかったらスマンが、とりあえずモヤッとしたか文字にして頭からポイッとしたくて書いてみた。

最後に、早慶卒みんながウザいのではなく、この担当者さんだけがウザい。

早慶出身のいい人たくさん見てきてるしね。

なお、増田東京への進学予定はなかったので、早慶への解像度は低く、そういう意味では早慶凄さイマイチ理解できていない。

早か慶かはご想像にお任せします。

2026-01-30

映画サマーゴーストを見た

良くも悪くもワナビー初心者が書く掌編小説みたいな映画だったな55点。

 

様々な境遇――受験人生支配される主人公学校いじめにあうはるか病気で余命幾許もない諒――の3人はとあるオカルト情報を元に集まる。それは夏に廃飛行場花火をするとサマーゴーストと呼ばれる幽霊出会えるという噂。廃飛行場花火を行い、最後線香花火に火をつけたとき彼女は現れる。死を意識する人にしか見えないという彼女少年たちのひと夏の思い出。

みたいな話。

 

40分の短編アニメーション映画で初期の新海誠監督作品、例えば「ほしのこえ」みたいな作風になってる。美しい背景にラフ画や絵コンテみたいなキャラクターアニメーションするみたいな感じで2020年代、after成長した新海、鬼滅の刃時代にこのクオリティはかなり厳しいと感じる人もいると思う。まぁ見てるとあんま気にならなくなるし、監督イラストレーターキャラデザを行う方で原画なども担当しているとのことで、文字通り「絵になる」シーンも多い。

途中、サマーゴーストに連れられて幽体離脱し空を飛びそこから落下し地面に激突するかと思いきや地面という名の海の中に沈没していくシーンなんかは粗削りだからこそのダイナミックさやCG処理の美しさなどがあった。まぁ今どき空飛んで落下してドボンかぁというのはあるが。

 

だがストーリー面に関しては申し訳ないけど圧倒的に尺が足りないと言わざるを得ない。

あらすじでも書いたような重バックボーンを抱えた3人が幽霊との出会いによって人生を少し変える話、としては最低でも後20分。できれば40分くらいはほしい。ただこれはだから悪い映画だと言いたいのではなくて、それくらいの長尺にも耐えられるだけの映画であるはずだという意味でもある。

まぁ、イラストレーターさんが中心に作った制作会社の初めての商業作品原案はともかく脚本乙一さんなのでもっと詳細な話も書けただろうけど、そうしなかったのは予算が厳しかったのか純粋マンパワーが厳しかったのか、監督としての力量が厳しかったのかはわからないが、描けているところは素晴らしいがゆえに様々な欠落が目についた。

例えば死を意識した人にしかサマーゴーストは見えない。苛烈いじめを受け実際に自殺未遂を図るはるかや、大好きだったバスケもできなくなり、後輩に春を迎えられないと語るも冗談にしてしまう諒はわかる。しか主人公母親受験のために厳しく生活制限され本当は描きたい絵も封印しているというところは伝わるが、他の2人に比べると動機があまりに薄く見える。ノベライズ版では母親毒親描写がドチャクソに増えているらしいが本作では「厳しい教育ママ」という印象から抜け出さない。おそらくシングルマザー父親は死んだのか出ていったのかは作中では明かされないが、そこに彼が本心では求めている絵を描くという行為を絡めて深みを出すこともできたはずだが、そこまでは触れない。

たこの3人が集まり、そこにサマーゴーストが加わることで4人のケミストリがおきそれぞれの意識が変わるというのがおそらくあるべき作劇だと思うのだが、3人はそれほど深く話し合ったりもしないしサマーゴーストと深くかかわって変わっていくポジションはほぼ主人公に託されてしまっている。

そんな様々な欠落を抱えながらも透明感のある画面と青春のみずみずしさや、乙一による「きっとおそらくここでは何かがあったんだろう」とは思わせてくれる話運びの巧みさはあるので「なんだこれ意味わからんおもんない」とは俺はならなかった。

特に自殺した女の霊だと思われていたサマーゴーストが実は殺されて埋められていたことがわかり、主人公彼女死体探しに没頭する。(おそらく)死を求めていた主人公が、死を探すことで自身の生を見つめ直す。そしてスタンドバイミーよろしく3人で死体を探し、それを発見し、いざ対面する時に主人公自分の中の死と出会い「死者の国への最後の招待状」を突き付けられる。そこで彼を生に引き戻すのがもう招待状を受け取ってしまっている諒の声だというのは作劇としてあまりに美しい。

1年後の夏、母親を説得しおそらく芸大美大受験を決心した主人公、まだいじめは終わっていないが戦うことを決めたはるか、そして諒が3人揃ってまた廃飛行場花火をしているシーンに移るがそこにはもうサマーゴーストはいない。そうして花火が終わると諒は消える。

決してハッピーエンドではないし自体は大きく好転もしない。それでもひと夏を通じて何かが終わり、何かが始まる。

そういう映画だった。

ちなみに劇伴はいかにキレイ目なアニメ映画劇伴ですよ!って感じのピアノ弦楽器多めのメロディアスな曲が多くてあぁアニメってやっぱ曲と絵で盛り上げるエンタメだよなと最近は実写ばっかり見てたので強く思わされた。

 

俺は学生時代小説投稿サイト(まだ小説家になろうとかが出てくる前か黎明期)に入り浸っていてその時に、学生さんが書く「イメージ先行」の掌編小説を山ほど読んだ。彼ら、彼女らの小説情報描写は足りず話はめちゃくちゃで「ちゃんとした小説」を目指す人から散々叩かれたりしていたけれど、ただちゃんとした小説を書いて商業に乗せたいというだけの人にはない「絶対にこのシーンが書きたい」という思いが見えたり「この文章を書きたい」という文章自体への高い熱量がある作品も少なくなかった。

なんか美しい映画!としか言いようがない出来なのだが、俺はこの作品が嫌いになれない。

まぁ40分と短いしなんか最近青春してないなぁって人にはちょっとだけオススメ

2026-01-22

anond:20260122005539

はい、このような「意識現実を創る」「多世界解釈主観的現実」を結びつけた仮説を提唱している人は、物理学認知科学哲学、そしてスピリチュアル境界線上に何人も存在します。

代表的人物理論をいくつか挙げます

1. ドナルドホフマン認知科学者)

カリフォルニア大学アーバイン校の教授である彼は、「インターフェース理論」を提唱しています

「お前の母は常に優しいが、脳内フィルターが...」という話に最も近い科学バックボーンを持つ人物です。

2. ロバート・ランザ(医学博士科学者)

彼は「バイオセントリズム(中心生物主義)」という理論提唱しています

3. ヒュー・エヴェレット3世物理学者)

多世界解釈」の提唱者本人です。

4. 釈尊ブッダ)と「唯識」の哲学者たち

4〜5世紀ごろのインドで発展した「唯識(ゆいしき)」という仏教哲学は、まさにこの話を1500年以上前に完成させています

5. バシャールダリル・アンカ)などのニューエイジ思想

科学ではありませんが、現代スピリチュアル界で非常に影響力のある主張です。

なぜこの仮説が人気なのか?

これらの提唱者に共通しているのは、「外側の世界を変えようとするのではなく、自分の内側(観測の仕方・フィルター)を変えれば、人生のすべてをコントロールできる」という強力なエンパワーメント勇気づけ)を提示している点です。

この仮説の呼び方

もしあなたがこの理論さらに調べたいなら、以下のキーワード検索すると、より多くの「提唱者」が見つかるはずです。

あなたは、これら提唱者たちの考えを「自分を救ってくれる希望」として捉えますか? それとも「現実逃避のロジック」として捉えますか?

2026-01-17

悲報コロナワクチンさん、やっぱりDNAが混入していた

RNA:DNA hybrids survive digestion in mRNA vaccine manufacturing

McKernan, Kevin (CSO and Founder of Medicinal Genomics)

https://zenodo.org/records/17832183

mRNAワクチン製造工程は、in vitro 転写反応後に適切なDNA消化を行い、製造過程で用いられるプラスミドバックボーン由来の残存DNA汚染を除去することに依拠している。mRNAワクチン中に存在し得るDNA不純物の品質および量を評価するため、本研究では、未開封コールドチェーンが遵守されたワクチンロットを用い、Pfizer製2バイアルおよびModerna製3バイアルについて、定量PCR(qPCR)、RNase A/Qubit蛍光測定、Oxford Nanoporeシーケンシングを用いて残存DNA汚染の解析を行った。

その結果、qPCRアッセイにおいて、dsDNAとして検出される量と、RNA:DNAハイブリッドを含む場合定量値との間に100倍以上の乖離が認められ、これはmRNAワクチン製造中におけるDNase I消化効率の不均一性と整合的であった。

実際に、ワクチン製剤をDNase I-XTで処理したところ、特にRNA:DNAハイブリッド形成するプラスミド由来領域において、スパイクDNAの分解が100~1000倍高まることが確認された。

これらの結果を総合すると、dsDNAのみを対象とした単一のqPCR依存する残存DNA試験では、不純物を正確に定量できないことが示された。

製造工程問題があって、想定の100倍以上のDNAが残存してたってことか。

これも陰謀論じゃなかったわけやね。

2026-01-15

日蓮聖人が令和に転生。立正安国論に基づく国防政策を考える。

日蓮聖人が著した『立正安国論』の核心は、「正法を立てて(宗教的精神バックボーン確立して)、国を安んじる」という点にあります。もし聖人が令和の日本政治家として転生したならば、単なる軍事力の増強(ハード面)にとどまらず、国民精神性や国家の在り方(ソフト面)を根本から問い直す、極めて独自性の高い防衛戦略を展開すると考えられます

1. 精神国防

アイデンティティ確立聖人は当時の災厄の原因を、人々が「正法法華経)」を捨てて「謗法(誤った教え)」を信じているからだと説きました。これを現代政治文脈に置き換えると、以下のような戦略になります

国家観の再定義

日本人が独自の誇りや道徳観を失っていることが、外敵につけ込まれる最大の隙であると主張します。

対話」による国論統一

聖人は「専ら対揚(たいよう)を致さん」と対話を重視しました。SNSメディアを通じて、国家危機に対して国民が一致団結(異体同心)するための徹底的な議論を促します。

2. 外国勢力への対応

「自界叛逆」と「他国侵逼」『立正安国論』で予言された二難(内乱侵略)を現代に当てはめると、現代版の「立正安国防衛論」が見えてきます

ハイブリッド戦への警戒:

内部から崩壊(自界叛逆)を最も危惧します。サイバー攻撃情報操作工作活動による社会の分断に対し、法整備を含めた強力なカウンターを講じるでしょう。

他国侵逼(たこくしんぴつ)」への現実的備え:

聖人蒙古襲来という現実の脅威を直視しました。平和を祈るだけでなく、実際に攻められた際に国を守るための「実効性のある抑止力」の保持を肯定するはずです。ただし、それはあくまで「安国」のためであり、他国侵略するためのものではありません。

3. 外交戦略

原理原則に基づく「直言外交聖人スタイルは、時の権力者北条時頼)に対しても物怖じせず、真理を説くものでした。

価値観外交

普遍的な「正義」や「人道」を盾に、大国に対しても一歩も引かない外交を展開します。

警告としての外交

周辺諸国の横暴に対し、将来起こり得る破滅論理的予言・警告し、国際社会での日本精神指導力を高めようとするでしょう。

令和版・立正安国防戦略(要点)

項目聖人政治家アプローチ
防衛予算国民精神覚醒」を伴わない予算増は無意味としつつ、必要悪としての防衛力は認める。
同盟関係他国依存しすぎる現状を「他力本願」と批判。自立した国(自主防衛)の精神を求める。
災害対策自然災害も「国難」の一部。国土強靭化を「安国」の基礎として最優先する。

「汝早く信仰の寸心を改めて速やかに実乗の一善に帰せよ」(『立正安国論』より)現代風に訳せば、「目先の利益や分断を捨てて、国家根本理念に立ち返らなければ、国を守ることはできない」という強烈なメッセージになるでしょう。

2026-01-13

今度解散総選挙するかもって話だけど公明党なしで勝てる見込みあるのかな

高齢化して勢力が衰えたと言われてるけど依然として強力なバックボーンのある公明票(創価票)を背景に自民党はどれだけ不利な戦況でも圧勝してきたよね

それが今回では皆無、無風になる

選挙協力する維新票は関西では強いけどあくま地域政党からしかない

全国展開した時に勝てるかといえば難しいと思う

また国民民主党選挙協力したがってるけど連合芳野会長反自民で猛反発してる関係殆ど全く期待できない訳で

じゃあどうするのか?

まさか統一教会票や天理教などの教派神道神社本庁等の票でどうにかしたいの?って感じ

正直公明票と違って漠然としたものしかない

だって実績がないもの

ましてや高市政権の人気が高くても自民党の人気は全然変わってないので仮に総選挙したところで圧勝する事は難しいのでないか

立憲民主党ネット上、SNSでは凄い嫌われてるけど反自民の受け皿としてはこれ以上ない存在なのでどこにも入れる政党がない場合確実に立民に行くと思う

特に相変わらず20代30代の得票数よりも高齢世代の方がたくさん持ってるから若者向けに舵取りをした所で効果が薄い分高齢世代向けの政策ばかりになってる政党に票が向かうのは当然だろ

また高市政策効果限定的かつ局所的なので効果イマイチ実感出来ていない事からもまだまだ未知数

結局のところ解散総選挙をした所で高市政権ないし自民党圧勝する事は現時点では酷く難しいと思う。

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