はてなキーワード: 思想とは
今日に至るまでの歴史を通して多くの対立が存在した。人権思想や科学技術の発展は階級社会での身分間での対立や国家間の対立を通して形成されてきたという面もある。優生学的な思想から生じた国家間や人種間、コミュニティ内での闘争を通して自身の所属するコミュニティや社会をより進歩させていくという意識は近代社会で重要な役割を果たしてきたまさに「世界法則」であった。
社会全体が「世界法則」に従った結果は最終的に二回の世界大戦やその後の独立戦争、冷戦を経て、人類全体の大きな犠牲という形で現れた。人類はそれまでの価値観を改めることを余儀なくされ「対立」から「融和」へと表面上は方向を転換することとなった。
しかし、ポグロムやレコンキスタから繋がる宗教的な対立、アメリカ大陸の発見や列強の植民地支配から繋がる人種的な問題は現在もこの社会に影響し続け、未だ大きな脅威となっている。表面上だけの人道的、融和的な政策はあらゆる社会の中で限界を迎え反動を起こし、かつてよりも対立から生じる社会へのダメージを大きくしてしまったということも否定できない。
欧米を中心として起こり世界へ広がった、新しい自国第一主義は一つの例だ。また対立するコミュニティや国家に対して歴史から攻撃可能な点を作り上げ、自身のコミュニティや自国を正当化しようとする修正主義が流行している。
その中でも最も驚異的な問題が「ストックホルム貴族による有色人種虐殺計画」である。
製薬、金融資本、軍産複合体を資産管理会社を通じて支配するストックホルム貴族達。彼らによって肝細胞に仕組まれたシステムは今日も同胞の命を奪い続けている。そして、ストックホルム貴族達はドロットニングホルムで行われる晩餐会で夜な夜な「虐殺計画」の経過報告を肴に我が世の春を謳歌するのである。
税金泥棒排除法が制定されて納税額が一定以下の奴は強制労働もしくは死刑になる。
結局あなた、
って結論を置いてるんだよね。
だから、
全部まとめて
「精神的圧迫」
に変換される。
でも現実の取調べって、
話の食い違いを確認したり、
そういう作業が大量にある。
それを全部、
「ストレス与えたいだけ」
で片付けるのは、
かなり乱暴。
毎回わざと
「適法な対面取調べ」
と
を混ぜてる。
で、
みたいな方向に持っていく。
でもそれ言い始めたら、
取調べだけじゃなく、
裁判も、
拘束そのものも、
“ストレスがあるかどうか”
じゃなくて、
の線引き。
そこを無視して、
「ストレスを与えて翻意させたいんだろ!」
に一本化してるから、
毎回話が雑になる。
あと、
司法取引って、
「認めれば軽くなる」
「争えば重くなる」
むしろ、
かなり強烈。
でもそこは急に、
扱いになる。
結局あなたの中で、
あと根本的な話として、
黙秘後は、
説得も制限、
実質的には書面中心。
でもそれ、
なのに、
みたいに置いて、
少しでも違う意見が出ると、
「中世」
まで飛ばす。
って言うけど、
でもあなたは、
の話が出た瞬間、
全部まとめて
「人権軽視!」
「中世!」
に変換してる。
だから“雑”だと言ってる。
しかも、
自分の側は一切極論じゃない前提で話してるけど、
「書面中心でやれ」
みたいな思想って、
少なくとも、
そこを
少しでも違う意見が出ると、
結局、
「中世!」
「倫理に反する!」
みたいなレッテル貼りに逃げ始めてる時点で、
制度論として返せなくなってるんだよね。
こっちは一貫して、
って話しかしてない。
なのに毎回、
だと思ってるのかもしれないけど、
少なくとも、
みたいな思想は、
って自覚くらいは持った方がいいと思うよ。
少しでも違う意見が出ると
「中世!」
みたいな雑な認定になるんだろうけど。
宗教って、そもそも潜在的な侵略手段の側面あるよなって思うんだよ。
構造として見ると、
「この神は絶対的に正しい」
「この教えに従うべき」
「従わないと駄目」
って価値観を広げて、
人を従わせる性質を持ってる。
しかもそれって、
共同体を作って、
そこに帰属意識を持たせる。
結果として、
人を統治したり、
秩序を作ったりするシステムでもある。
で、こういう性質ある以上、
本来かなり慎重にならないといけないと思うんだよな。
だってそれ、
結局、
扱いも慎重であるべきなんだろうなって思うわ。
まず「ネトウヨが無視する質問」って言ってる時点で、答えが返ってこないように相手を雑にカテゴリ分けしてるだけなんですよね。
それって議論じゃなくて「ぼくの嫌いな人たちは矛盾してるはずだ」っていう願望ベースの確認作業なんですよ。
あと、統一教会を許してるって前提ですけど、普通に問題視してる人かなりいましたよね。
むしろ「保守=統一教会支持」って雑に一括りにしてる人の方が、現実を見ずに敵味方でしか物事を認識してないように見えるんですよ。
で、台湾の同性婚の件も、「台湾が好きなら台湾の制度全部賛成しろ」って理屈なら、日本食好きな人は捕鯨も全部支持しないとおかしいんですか?
国を好意的に見ることと、その国の政策100%に同意することって別ですよね。
あと最後の「共産党が反戦を主張してるから賛同しないなら〜」って、これ完全に論点すり替えなんですよね。
「その政党の全政策を支持するか」と「個別政策に賛同するか」は別問題なんで。
逆に聞きますけど、自民党支持者は増税も裏金も全部支持してるんですか?って話になるんですよ。
たぶん違いますよね。
というか、この手の話って「相手の矛盾を暴いた!」みたいな空気出してますけど、実際には「人は全部の思想が一直線じゃない」っていう当たり前の話しかしてないんですよね。
自分のプラットフォーム「シラス」のローンチを実質担っていた稼ぎ頭のチャンネルが、自分より目立ち始めていたので数年に渡って脅した。
ゲンロン社への屈服と全面協力を迫った。(問題はこれだけじゃなくあらゆる人間とあらゆるトラブルを起こして、攻撃をしながら逃げ回っている。)
この稼ぎ頭はシラスの稼ぎで新居で配信環境を整えていたので、事実上生活を潰すぞと迫った。そして「東浩紀突発#xxx」配信を連日行い徹底的に攻撃を始め辻田は体調不良になる。ゲンロンの代表も最終的に虚偽の説明を行い辻田のチャンネルを削除。
別に問題はこれだけじゃなくゲンロン(東)はあらゆる人間とトラブルを起こし、トラブルを起こしたら「自分は無関係」と言い出して虚偽説明で逃げる。
カオスラウンジ騒動も同様。「自分たちは完璧な被害者」「自分は無関係」
逃げた後に東は「東浩紀突発#xxx」という配信で連日行い徹底的に攻撃を始める。
「どうせまた消す」「酒の勢い」「冗談だった」という文脈で誤魔化す。
パーソナリティ障害の文脈では冗談の中に脅しや”屈服するか試す”ムーヴを仕込むが東はそれだ。今ゲンロンに出演する人間は新しい人か、計画的に距離とってる人か、事情が何も分からない人しかいない。この東は「「友・敵」構造の克服」「訂正する力」など本で言っているが、LLMがそれらしい文章を吐くのと同じだ。東が思想のビッグネームとは対談 しないのは理由がある。無理だからだ。あと東は飲み会で会話内容を録音しているらしい(配信で叩くつもりなのか?)。ソースは全部辻田の動画。
いわゆるリベラル政党は、自信が掲げる理念とか理想とかを実現するのが目標
だからこそ有権者と絶え間なく対話し信頼を勝ち取る必要があるわけだが、ここ最近のリベラルはこの対話をインターネットで完全に代替できると信じている節がある
なぜなら、同じ関心の持ち主が集まりやすくなるSNSのアルゴリズムの高度化によってエコーチェンバー化が加速、思想はますます先鋭化、そして見える範囲全てが賛同者で埋め尽くされてしまい、結果的に有権者との対話が完全に完了したと誤認してしまってるから
なので彼らは自滅したがってるわけではなく、勝利を確信したうえでああいう言動をとっているということ
ちなみに公明党はインターネットが普及するよりもはるか昔からその状態だったが、数百万もの信者が必ず投票するから世論との対話は必要なかった
また、常にマスメディアや知識人から叩かれ続けている自民党が強いのも原理は同じだったりする
自民党に敵意を持つ者たちによって常にエコーチェンバー化が抑止される構造になっているので、結果的に世論との対話、というよりは有権者への「ご機嫌伺い」を強制されている状態になり選挙でも強い
本当にずっと本を読んでいた。本読みすぎて勉強しない、生活疎かににするから本禁止にされ親が学校にうちの子に貸出しないでくださいと連絡入れるほどに
大学3年くらいから研究忙しくなりそのままスマホ見るようになり社会人n年目
昔好きだった作家を読んでみても昔好きだった本を読んでみても、作者の好みや思想みたいなのとか、ファンタジー感がかなり気になって読めなくなってしまった
ハリー・ポッターみたいなガチファンタジーみたいなのなら大丈夫なんだけど…でも子供の頃のようには楽しめない
新しい作家を探しても話題の本を読んでも、めんどくさい性格してんなこいつらみたいな感じになって楽しめない
もう本を読める日は来ないのか…
オルクセン王国史ってよく知らないのでwikipediaでざっとあらすじだけを眺めたけれど
「白人中心の祖国で白人に迫害されている黒人の救援要請を受けてアジア人の国が白人中心の国を滅ぼそうとする」という、現実をカリカチュアした話だと受け取った。
異なる有色人種同士が手を取り合って白人中心主義に立ち向かおうという、凄くポリコレっぽいんだけどな。オークの国は現実で言う所の中国に近い。なのにコミカライズの人はあんな発言しちゃうのか…。
デモやってる団体や政党がやればやるほど顰蹙を買って人、票、金、若さ、時間を失っいどんどん消耗していった結果待っているのは彼らの仲間内でのエコーチェンバー、周囲からの冷笑と軽蔑により煮詰まった思想の影響でより危険で攻撃的な存在になった無敵の人の量産だから、ちゃんと批判してある程度のところで自発的にやめさせた方がいいんだよ
「嫌中」動画や日本称賛系動画のコメント欄には、内容を事実と疑わないような称賛と憎悪があふれていた。
動画が関心を集め、再生数が増えるほど、収益を生んでいることを実感した。得た報酬は、多い月で約5万円。「お金のためだった。でもそれが誰かの思想をゆがめ、社会を分断させたのかもと気づいた」
今年1月、発注者から「収益化ができなくなった」と知らされた。
仕事は途絶えた。だが焦りや不安より、後悔の念にさいなまれた。「外国人への影響を想像することもしなかった。人として、間違ったことをしたんじゃないか」
取材に応じたのは、「過度な中国批判は、お金もうけのために人為的に作られたものかもしれない。内容を信じてしまう人が少しでも減れば」という思いからだ。
発注者とはチャットでのやりとりに終始し、男性は最後まで顔も声も知らなかった。(華野優気)
■発注者は 「日本が大好きな方、中国が嫌いな方」募集 規制で収益消え政治系に転向「すごく簡単。2週間で50万円」
東京都内のオートロック付きマンション。インターホン越しに取材と伝えると、白髪交じりの男性が降りてきた。「家族が『外でやって』と言うので」
男性は近くの路上で、大手仕事仲介サイトに「嫌中系」をうたう動画制作の求人を出し、つくった動画をYouTubeに投稿してきたことを認めた。
計5回の取材に語ったところによると、男性は60代。有名私立大学を卒業し、外資系など複数の金融会社で20年近く働き、2000年代に国家公務員に転職した。
転機は定年退職した数年前。「独立し、クリエーティブなことで稼ぎたい」。目をつけたのがYouTubeだった。
当時、顔を出さずに、静止画や機械音声を使った動画がはやり始めていた。元手がほぼいらずに稼げることに魅力を感じた。セミナーに入り、収益を増やすため、「成功者」たちから編集や台本の外注方法も学んだ。
最初に始めたのは、大谷翔平選手を扱うチャンネル。広告収益は最高で月150万円に上ったが、浮き沈みも激しかった。それに、移籍先のことなど、ニュースを追わないと再生数は伸びない。「大変だった」
しばらくして、「嫌中」がはやり始めた。中国人と関わったことはないが、中国批判をする雑誌への投稿歴もあり、参入にためらいはなかった。「中国人は嫌い。自分のやりたいことと、視聴者の需要が一致した」
仕事仲介サイトの記録によると、男性は24年7月~25年12月、「嫌中」や、日本が中国など他国よりも優れているとする「日本称賛」の仕事ばかりを発注。募集文には、「中国人の迷惑行為、その後、自業自得になったり、天罰が下ったりするフィクション動画」「応募条件は日本が大好きな方、中国が嫌いな方」などと書かれ、少なくとも30人以上と業務委託が成約していた。
男性によると、大谷選手の動画も嫌中系も、視聴者の大多数は65歳以上。ただ、嫌中系は最後まで見る人が多く、広告単価は、大谷選手の動画の約3倍に。収益は「多くて月約60万円で、安定していた」と話す。
男性は取材に、「あくまで中国を批判しているだけ。嫌中は何年も許されてきたし、他にやっている人もたくさんいる。今さら問題視するのはおかしい」と憤った。
仕事仲介サイト上の募集は昨年12月、「差別につながる可能性が高い」として非公開処分に。「嫌中」チャンネルも今年1月にYouTubeに広告収益を止められたという。YouTubeは1月、AI(人工知能)による「低品質動画」を規制する方針を示していた。
すると男性は1月、新たな「政治系チャンネル」を開設。高市早苗首相を取り上げつつ、野党や、自民党でもネットで不人気の政治家を批判した。
外注せず自ら編集し、「すごく簡単。2週間で50万円稼いだ」と豪語する。まもなく広告収益を止められたが、こう語る。
「これからもYouTubeで稼ぎますよ。これを中心に、妻子を養っていくんで」
YouTubeの運営会社Googleは、「スパムや詐欺などの欺瞞(ぎまん)行為」などを禁止。同社は25年10~12月、ポリシー違反があったとして世界で約340万チャンネルを削除したが、男性のものとみられる「嫌中」チャンネルは、5月上旬も削除されていない。(平川仁)
■アテンションエコノミー 怒り・嫌悪で引きつけ広告収益、視聴者は一呼吸置いて 国際大学・山口真一教授
SNSや偽・誤情報の問題に詳しい国際大学の山口真一教授(社会情報学)は、「嫌中」動画が出回る背景に「負の感情をあおるほど収益につながる『アテンションエコノミー』の構造的な問題がある」と指摘する。
山口教授によると、特定の国や集団への反感を刺激する内容など、怒りや嫌悪といった感情は人々の注意を引きやすく、制作者は広告収益を得やすい。「発信者の信条や差別意識だけではなく、経済的動機も無視できない」と言う。
山口教授は、「視聴者に現実の出来事と受け止められれば、差別意識の強化や現実認識のゆがみにつながりかねない」と話す。
「誰にでも起きうる問題」とする一方で、山口教授らの2023年の調査では、50、60代の視聴者は若い世代に比べ、偽・誤情報や陰謀論を「やや信じやすい」傾向にあった。背景に、「テレビでYouTubeが視聴できるようになり、テレビ番組や新聞に近い感覚で接している可能性がある」という。
動画には、露骨な差別表現は使わずとも、間接的に特定集団への嫌悪や偏見をあおるものも少なくない。
山口教授は、「明確なポリシー違反と断定しにくい『境界線上のコンテンツ』にプラットフォーム企業が適切に対処できるかが問われる」と指摘する。
具体的な対策として、問題のあるコンテンツを量産するアカウント群をより早く把握し、広告収益を停止することや、動画を視聴者にすすめる「アルゴリズム」を、特定の動画については抑制することなどをあげる。
視聴者は、強い反感をかき立てる動画ほど、「(直接の当事者の証言や公式発表などの)1次情報はあるか」「投稿の目的は何か」など一呼吸置いて考える習慣が必要だと指摘する。(平川仁)
政治に関心を持っている人、特に政治についてメディアやSNSでよくバズっている人というのはその思想の左右を問わず政治オタクなので、「社会科に分類される正しい知識の量の多少で日本人全員を並べたとき真ん中の人が持っている知識の量」を見誤っているのでないかと思う。
実際どれくらいなんだろうね?
「パレスチナというのが外国の地名であることは分かる。なんか揉めているらしい。でもパレスチナがどこにあるかは知らない。カタカナだから中国ではないと思う。何で揉めているかも知らない。パナマというのが外国の地名であることは分かる。でもパナマがどこにあるかは知らない。カタカナだから中国ではないと思う。パラグアイというのが以下同文。パキスタンというのが以下同文。(え?!パレスチナとパキスタンって違うの?!)パリなら分かる。フランスの首都で、エッフェル塔がある所。フランスというのはヨーロッパにある国。ヨーロッパがどこにあるかは分かる。フランスがヨーロッパのどこにあるかはうろ覚え。パールハーバーって響きには聞き覚えがあるけど何だっけ?地名なの?パンムンジョム?聞いたこと無いけどタイ料理?」程度じゃないかなというのが俺の推測。
真ん中より下だと「パレスチナという言葉に聞き覚えがない」「地図でヨーロッパの位置を指ささせるとアメリカ」「パリという国があると思っている」「白人風のおしゃれで高級なファッションにつく接頭辞が"パリ"だと思っている」「白人はアメリカ人で黒人はアフリカ人」とか。
「パラオって日本語の国なんでしょ?」みたいなのも、パラオというのが国名であると認識できていてそれに関する情報をわずかでも知っているという点において真ん中よりは上なんじゃないかと思う。
第一に、非実写であるtoddlerconの制作販売は自由であり、それを規制するイギリスが北朝鮮のようなものであるという評価は妥当である。
第二に、dlsiteやpixiv、あるいはsteamなどに対する金融規制を考えれば、クレジットカードなどの国際金融規制は全くもって妥当ではない。まず、これは粉砕すべき対象である。
第三に、児童保護に反対していたとしても、実際に他者の権利を侵害していないなら、それは何ら問題ない自由な思想である。むしろ、児童保護を名目とした創作的表現の規制が主張されている以上、反対することは妥当であるとすら言える。
釈迦(ブッダ)はバラモン教の階級制度・有料儀式・神々への依存を徹底的に喝破した。
金銭で功徳を買う行為など、想像すらしていなかったはずだ。それが特に日本では、死後の戒名授与や高額お布施を伴う「葬式仏教」として定着した。なぜ、輪廻からの完全脱出を理想とした教えが、死者供養のビジネスに変貌したのか。原始仏教の思想と大乗仏教の展開、そして日本独自の歴史的必然を、独立した視点で整理する。
紀元前5世紀頃のインドで、釈迦は当時の宗教界を根本から批判した。バラモン教は祭祀・呪術・金銭による功徳取引を基盤とし、永遠の魂(アートマン)を前提に輪廻を語っていた。これに対し、釈迦は諸行無常・一切皆苦・諸法無我の四法印を掲げた。世界は瞬間ごとに生滅し、固定の実体(我)はなく、生老病死は避けられない苦である。
出家者(比丘)に対する戒律は厳格だった。律蔵(Vinaya Pitaka)では、金銀の授受を明確に禁じている。「比丘よ、金銀を受け取ってはならない。他人に受け取らせてはならない。これを破れば捨堕の罪である」(Nissaggiya Pācittiya 18)。布施は自発的な喜捨でなければならず、対価としての儀式販売は許されなかった。葬儀自体も、僧侶の直接関与を避ける傾向が強かった。死体は「穢れ」とされ、修行の妨げになるとされたからだ。
「完全な消滅」(無余涅槃)が理想で、永遠の魂を前提とする常住論も、すべてが無になるとする断滅論も、ともに「中道」から逸脱した邪見とされた。
神頼み・儀式依存・金で救済を買う商売を、毒矢の譬え(矢が刺さったまま原因を詮索する無益さ)で一蹴した。目的は個人の解脱であり、組織化された宗教団体すら、釈迦自身は最小限に留めた。
釈迦没後約500年後、インド北部で大乗仏教が興った。「小乗」(上座部)と自らを区別し、「大いなる乗り物」として一切衆生の救済を掲げた点が決定的だった。原始仏教の個人解脱に対し、大乗は菩薩道を理想とする。菩薩は自らの涅槃を遅らせ、衆生を救うためにあえて苦行を続ける。
衆生の能力や文化に合わせて教えを柔軟に変容させる手段だ。これにより、厳格な出家戒律や無神論的性格が緩和された。
中国に伝わった大乗は、現地の祖先崇拝や道教的儀礼と融合。死後供養・功徳回向が積極的に取り入れられ、在家信者向けの浄土信仰(阿弥陀仏による救済)が拡大した。戒律も大乗戒(梵網経など)として再解釈され、菩薩の利他行を優先するようになった。
この方便は、仏教の「生存戦略」でもあった。民衆に広まるためには、現地文化に適応せざるを得なかった。しかし同時に、原始の精神を薄め、儀式・供養・経済的布施への依存を許す土壌を生んだ。インド・中国ではまだ「死後ビジネス」までは発展しなかったが、日本への伝播で決定的な変化が起きる。
仏教は6世紀に日本へ伝来したが、当初は国家鎮護・貴族の氏寺として機能した。飛鳥・奈良時代、僧侶は葬儀に直接関わらなかった。死の「穢れ」を嫌う神道的な観念が強く、官僧(国家公認の僧)は死体に近づくことを避けた。
転機は鎌倉時代だった。遁世僧(とんせいそう)と呼ばれる民間僧が現れ、死の不安に苛まれる庶民のために葬儀・供養を積極的に担った。
1630年代、幕府はキリスト教禁制のため寺請制度(檀家制度)を全国に施行した。全庶民をどこかの寺院の檀家に強制登録させ、寺が戸籍(宗旨人別改帳)を管理。出生・死亡・婚姻の証明を発行し、死体検分まで行った。結果、葬儀・法事・戒名授与が寺の独占業務となった。戒名(死後与えられる仏弟子の名)は、元々出家者の生前名だったが、日本では位階付き(信士・居士・院号など)で一般化し、「長い戒名=高額お布施」という金銭取引が生まれた。
荘園崩壊後の寺院経営危機も、檀家からの継続的布施を必要とした。こうして、原始仏教の「金銀は毒蛇のごとし」という戒律は、遠い過去のものとなった。
江戸幕府は仏教をキリシタン摘発の道具に利用した。信仰の自由などなく、寺檀関係は義務だった。
大乗の方便が、日本古来の祖先崇拝・家制度と結びついた。死後の供養は「家」の存続を象徴し、戒名は家名を仏教的に昇華させる手段となった。
少子化以前から、寺院は布施に頼らざるを得なかった。方便の名の下に、原始の喝破精神は置き去りにされた。
浄土真宗のように法名を簡素化・生前授与する宗派もあるが、多数派は戒名料を伴う葬儀中心だ。
今日、寺離れ・直葬(火葬のみ)の増加は、この歴史的矛盾を浮き彫りにしている。原始仏教の視点から見れば、戒名料や葬儀独占はブッダの教えに明確に反する。金で徳を買う行為は、貪欲を増長させるだけで、涅槃の道ではない。
大乗の方便は、仏教を世界に広めた功績がある。しかし、少子高齢化で檀家減少が進む今、僧侶自身が「生活仏教」への転換を模索している。生前からのつながり、戒名なしの俗名供養、原始の喝破精神への回帰―これが、本来の仏教が「葬式屋」から脱却するための道かもしれない。
アンチ宗教の精神を忘れたとき、仏教は単なる葬儀屋となる。2000年の歴史を振り返り、私たちは再び「中道」を問う時を迎えている。