「オードリー」を含む日記 RSS

はてなキーワード: オードリーとは

2026-01-22

あちこちオードリーおじさん勢揃い回にて「最近アイドルがわからない」という古来から言われ続けた文言が飛び交っていた

自分は年齢を重ねたからわからないのではなく、昔から全然からない

見ない・聴かないものを知っているわけがない

自然と耳に・目に入ってくるだろう」って言うけど、ずっとネットしか眺めない生活なのに自分の嗜好以外のものが入り込むわけないだろう

(ましてや田舎だと繁華街も無いので、垂れ流している音楽流行りの曲が聴けるとかも無い)

視聴するメディア選択性になった時点で、世間流行から大きく引き離されることになる

というか今ほどネット全盛でなくとも、芸能人ってのは意図して情報収集しないと知識が欠落する対象だと思う

俳優歌手芸人タレントアイドルコメンテーター

テレビ映画見てないとわからない

歌手なんて最たるもので、歌番組や(タレント活動をしている歌手場合は)バラエティを見ない限り知り得ない。好みのジャンル以外は完全に除外される

サブスク流行っているものランキングが表示されているが、それを聴きに行く努力もしない

(仕事にしてるわけでもないのに努力するわけがない)

結局、知らなくても困らないか無知をずううううっと放置

たぶん、相当昔からヤバいレベルで知らないまま生きている

周りの人との話も芸能一般みたいなのは無くなったよなあ

好きなジャンルに特化した話しか出来ない

世の中のディスコミュニケーションって、これも一因なのかもしれんな(そんなこと言われ尽くしてるんだろうけどな)

「誰でも知ってる芸能人ドラマ映画・曲・スポーツ」みたいなのが無いもん。共通話題

別にそれで良いと思う

2026-01-19

たくろう赤木漫才中のあの独特なキャラが、素でも意外とあんな感じなので、平場にも強くてよい。

オードリー春日と同じだ。

2026-01-16

anond:20260116123055

これ思い出したhttps://note.com/ao8l22/n/n382fcb80113b

「できる人」をバカにするのはもうやめよう

インターネットの悪いところの1つとして、「できない人」の声が大きくなるところがある。「要領よくできる人」「コミュニケーションうまい人」「なんだか楽しそうにしている人」のことを、そうじゃない人が「自分はできないけど」と自虐含みでバカにする。羨ましさが反転して攻撃になる。

たとえば発達障害なら、発達障害ではない人のことを「定型発達」「健常者」などと言い、「定型発達」の生きやすさと発達障害の生きづらさを言い連ね、「定型発達」の人々が非常に無神経であるかのようにまとめる。しかしかなり言いがかり的なものもあるというか、「定型発達、そんなスーパーマンじゃねえから…」と言いたくなるようなこともある。人間、だいたいグラデーションだ。

今日はその手のツイートを目にしてクワーッとなってしまった。

なにゆえ世の健常者は次々に子供を作っていくのかと疑問だったんだけど、どうやら「生まれたくなかった」と思ったことが一度もなくて、子供を作るのは「良いこと」と思っており、「自分の子供に生まれてきてしまう人間」の気持ちを考ない人達のことを、仮に「健常者」と呼ぶということらしい。

https://b.hatena.ne.jp/entry/twitter.com/workshain/status/959066779929604096

で、クワーッとなったのを抑えるために、オードリー若林正恭の「完全版 社会人大学人見知り学部卒業見込」(角川文庫)を読んだ。とてもよかった。

すごいよかったのは、若林の言っていることがだんだん変化すること。連載の最初では「スタバで『トール』っていうのが恥ずかしい」と言ってたりするのだが、途中から別に恥ずかしくないぞ!」と言い出す。過去自分ネタ帳を読んでこう振り返る。

テレビに出たい!」「お客さんに笑ってもらいたい!」となぜ素直に書けなかったのだろう。他人事のように考えを巡らせた。それを書いたら最後、いよいよ本格的に自分力不足直視しなくてはならなくなるからだろうな。それを書く強さなんて勿論持ち合わせていなかった。だからこそ、それを手にする気がないことを殊更に強調することが、当時の精一杯の自己防衛だったのだろう。

この辺りの文章が超絶に刺さった。素直にうらやんだり、素直に悔しがったり、素直に憧れるのは体力がいる。それよりもちょっとスカしたふうにふるまったり、すごい人をかえって下げてみたりしたほうが全然傷つかない。でもそんなひねくれやこじらせた自意識他人に対するレッテル貼りは、人間不自由にする。

全然関係ない話なのだが、私は非常に感謝していることがある。むかし「部屋が汚い」ということを記事にしていたら、「発達障害ADHD)なのではないか」というコメントをもらった。それに対して私は「そうなのかな?」と思っていたのだが、自身ADHDであり、それについての文章をよく書いていたYさんが、そのことについて怒ってくれた。その怒ってくれたものの中身はあんまり覚えていないのだが、「青ちゃんは部屋が汚いことを気にしているのに、そういうレッテル貼りはいかがなものか」のようなものだったような気がする(違ったかもしれない)。

ADHDがらみの話は私の中で非常に混迷している。ADHDの特徴を、当事者やその周りの人が知っておくことは、生きやすさ、過ごしやすさにつながると思う。「どうして自分はこんなにできないんだろう」と悩んでいる人が、ADHD情報を知ることは、とても救いになるし、大事なことだと考えている。

ただそれは当事者と、その周りの人が楽しくコミュニケーションするために知っておくべき情報であり、赤の他人がその相手理解やすくするためにレッテルを貼り付けるものであってほしくないという気がする。たいていそういうのは雑になるものから。それは「発達障害」という言葉でもあるし、「定型発達」という言葉でも同様に発生している。


オリジナル できる人をバカにするのはもうやめよう

健常者のことをあまりにも理解不能な存在として捉えすぎなのではないか。てかバカにしとるやろ…

ttps://x.com/ao8l22/status/960065753872416772?s=20

自分よりプラスに見える人間をまずバカにするやり口、本当に好かない。リア充を叩くのも無理。劣等感を拗らせてはダメ

ttps://x.com/ao8l22/status/960066055988129792?s=20

ttps://x.com/ao8l22/status/960093910063235072?s=20

②パク増

「できる人」をバカにするのはもうやめよう

③パク増再投稿(元のパク増本人?)

自分よりプラスに見える人間をまずバカにするやり口、本当に好かない。リ..

https://archive.vn/2021.03.19-214155/https://anond.hatelabo.jp/20210319191550

anond:20260116092700

2025-12-26

あちこちオードリー中丸ニューヨーク回見てたんだけど

ニューヨーク嶋佐が

M-1の平場でボケまくるのもうよくないか。緊張感が無い」

と言っててホントにそうだと思った

違和感が凄いんだよね

吐き気を催すくらい緊張してるのに、暫定席とか出場前とかMCに対してとか一生懸命ボケるの頑張らなくていいのにと思う

ネタに集中するんで良いのに

M-1レギュラー番組になってる真空ジェシカネタ中以外は本当の意味で平場だからボケてていいと思うけど

2025-12-23

M-1グランプリよりダウンタウンプラスのほうが面白かった件

前提

なぜ、と思われるだろうが自分の実感としてふとそう思ってしまったのだ。

一つずつ自己分析も含めて書いてみる。

番組としての笑いの密度の薄さ

まり番組が長い。4分ネタを13本で計52分。その漫才を観るために3時間弱も観ていなければならない。4分間の笑いを競っている競技で皆そこに命を懸けている状況なので、それ以外の場面で出場者を超えるような笑いを狙いはしない。今田審査員が場を暖めるような笑いは上手く作り出しているがその程度。2時間番組で十分だと思うのだが、制作サイドの意向がある。できる限り視聴時間を稼ごうと思って審査員紹介などにたっぷり時間をかける。結果M-1やその審査が一層神聖化され次の要素にも繋がる。

出場前後番組化していることを考えると本当にTV局側の欲張り加減がどんどん笑いの密度を薄くしているように思う。ネタ部分だけ観ればいいというのは一つの対策ではあるが逆に番組としては面白くないということを証明してしまっている。

神聖M-1番組として笑い辛い

司会や審査員番組を盛り上げるために笑いどころは作ろうとするが、万が一にも演者迷惑をかけないように皆ピリピリしている。当たり前だ。変にウケすぎたり滑ったりしてそれが演者ネタやウケ具合におかしな影響を与えてしまったら彼らの人生に関わる。結果恐る恐る打つ腰の入らないパンチ番組は進行する。

自分としては審査中に上沼恵美子が突然自分CDを紹介したような、ああい適当さがもっとないと番組としてはつまらなくなると思っている。「それで順位が変わったら」みたいな議論や、とろサーモン久保田事件気持ちはわかるが、決勝に出て面白かったらちゃんと売れるから神経質にならないほうがいいのではないかとも思えてしまう。オードリーメイプル超合金も優勝はしていないのだからしかメイプルはかなり下位だった。

そういう意味山田邦子審査もいい。今年はいなかったのが残念だった。ちなみにダウプラで知ることになるのだが、山田邦子審査員に推薦したのは松本人志のようで、自分と完全に同じ考えではないかもしれないが、ある意味審査に崩しを入れたほうがよくなると考えたようだ。

こういう番組企画がどんどん大きなものになり徐々に面白くなくなっていく現象過去にもいくつかみた。大喜利すべらない話、笑ってはいけない、そしてM-1など。TV局が目玉コンテンツにしようとすればするほどこういう現象が起きる。

話はそれるがこれらの現象の始まりにほぼ松本人志(とそのチーム)が絡んでいることが驚異的である大喜利漫才は昔からあるが、それが一般に普及するフォーマットになり競技化され社会現象になるのを長年観てきた。松本人志にはTV局都合に巻き込まれずダウプラ面白もののんびり育ててもらいたいと思っている。あと5年早く始めてほしかった。

漫才が(悪い意味で)期待を裏切らない

ここからネタにも言及する。いや、面白んだけどさ。実際に「笑わ」ないのよ。つまりプッと吹き出して笑ってしまうような場面が自分としては少ない。どちらかというとすごいな〜、これよく思いついたな〜という感心、感動に近い感覚で見てしまっている。だから結果面白いんだけど想像範囲内という感じ。ずっと無表情で観ている。これはM-1宿命だが、こちらは日本一面白ものを観たくて「さあ笑わせてもらおう」という姿勢なので、日本一ハードルが上がった状態で観ているわけだ。そりゃそうなるだろうと思う。

ただ、もちろん皆さん素晴らしいネタを作ってくるのでたまにその期待を完全に裏切るネタ出会えるしその時のみ心から笑える。

今年ではたくろうは笑ったと思う。ああいう、突然無茶振りをされ、困りながらギャグを打っていく大喜利ツッコミ無しのスタイルが新鮮過ぎた。そして本当に突然無茶振りされたかのような上手すぎる演技に完全にやられた。何度も観た。こういう漫才はずっと記憶に残るが、M-1の決勝ですらそれほど出会う機会はない。たくろうにしても「もう知ってしまった」から次はそこまで笑えない可能性もある。

過去に同じようなインパクトを感じたものでいうと笑い飯のWボケミルクボーイの行ったり来たり漫才など、新しいシステムを知ったときガツンとツボに入ったことが多い。昔はM-1ももっと緩かったので気楽に笑えていたという環境要因で古いネタが多めに記憶に残っているかもしれない。

観る側も演る側も先鋭化しすぎて笑い辛い

M-1は4分で最大の笑いを生み出し、予選から決勝まで勝ち残るという途方もない道のりを乗り越えなければならない。結果漫才の内容は先鋭化し、期待を裏切らない似たような構成のものが増える。見る側も先鋭化しその文脈漫才を観てしまう。例えば最初の1分近くを前フリに使ってこれから笑いを起こそうとするようなネタを観ていると「初速」など本来視聴者意識する必要のないキーワードが頭にちらついて心配になってくる。

先鋭化を上手く裏切ってくれた例としては、スタート時にマイクの前に来ない、スタート前にツカミを作った真空ジェシカのあれは発明だと感じたが、それもいい「ツカミ」として観てしま自分がいる。「ボケ数」という概念を裏切って長い沈黙時間を作ったスリムクラブなど。どれも面白いんだけど、観る側が余計なこと考えすぎているからこその裏切りであり、本来そんなものいらないはずなのだ

自分からすると2年連続優勝した令和ロマンネタはそういう先鋭化の果てにあるように思えている。詳しくはないが本人の発言からもよくM-1の笑いの法則研究したというイメージで、枠組みをぶち壊して笑いを起こすようなネタではないと思う。令和ロマンM-1で計4つのネタ披露したが、皆憶えているのだろうか?自分は正直断片的にしか憶えておらず吹き出したような記憶もない。

最近、ラパルフェが予選でやっているネタを知っているだろうか?去年はニューヨーク、今年は男性ブランコの完コピをするというものだ。正直今年は予測がついたからそこまでだったが、ニューヨークの完コピを観たときは思わず笑ってしまった。会場も最初から最後まで悲鳴に近いようなとんでもない笑いが起こっていた。当然だがそんなネタが決勝に出ることはない。彼らは賞レースの勝ちを捨てて笑いを取りにいっていた。自分としてはこういう笑いでいいのだ。

そしてダウプラの話

さて、タイトルは煽っているがダウプラ推したいという目的ではない。ダウプラがそこまで面白いのかというと、もちろん面白ものあればそうでないものもある。ただ、M-1への比較として自分が欲しい笑いがそこにあった、ということなのだ。

たまたまM-1前日に公開されたライブ配信番組お笑い帝国大学 OIU」を観たのだ。一般人が大喜利ネタ投稿し、それがピックアップされ講評されるというよくあるスタイルだが、自分大喜利ネタ投稿したのでもしかして取り上げられたら、という期待もあり観た。

90分の番組で5~6回、素人ネタ吹き出して笑った。何の準備もない、無防備状態でやられたから移動中で少し人目があったにも関わらず思わず笑ってしまった。ネタ面白いということもあるのだが、それをピックアップする経緯、松本笑い飯西田ロングコートダディ堂前のトークの流れやフリがあって、面白くないネタで笑っている。そして自分も笑う。なんかバラエティの基本というか、こういうのでいいんだよ感が強く印象に残った。

とあるネタに対して松本が「こんなん評価したらあかんで、絶対に間違ってる。でも笑ってもうてん」みたいに言っていたネタが一番評価されていた。確かにM-1で笑いを取れるような角度のものではなく本当に適当に考えたんじゃないかと思えるような雑なネタだった。でも実は3人ともそのネタを選定していたという事実が判明し、じゃあやはり面白いんだ、ということになる。その日、その場ではその「間違った笑い」こそが正解の笑いになった。

まとめ

自分の求めるような笑いはM-1を観るからそこにないのであって、普通に地上波の別の番組とかYoutube観てたらいいんじゃないの?とは思う。いや地上波全然観てないからわからないんだけど。ただたまたまM-1と同日に観て比較対象になったので書かせてもらった。

2025-12-20

どっちがいい?飛行機の隣席にオードリータンがいるのと、オードリー春日がいるの?

どっちがいい?

2025-12-11

anond:20251211020337

この記事スクショしてオードリーANN若林所属事務所宛に送ってみるのは?

少しは本人への反論になるんじゃない?

2025-12-03

2025年テレビ番組出演本数ランキング

1位:設楽統バナナマン) 553本

2位:澤部佑ハライチ) 530本

3位:川島明麒麟) 529本

4位:平子祐希アルコ&ピース) 483本

5位:山里亮太南海キャンディーズ) 470本

6位:木村昴 456本

7位:林修 451本

8位:春日俊彰オードリー) 401本

9位:DAIGO 385本

10位:有吉弘行 373本

11位:松丸亮吾 368本

12位:博多大吉博多華丸・大吉) 364本

13位:山崎弘也アンタッチャブル) 362本

14位:山内健司かまいたち) 359本

15位:上田晋也くりぃむしちゅー) 357本

16位:日村勇紀バナナマン) 353本

17位:柴田英嗣アンタッチャブル) 350本

18位:やす子 347本

19位:吉村崇平成ノブシコブシ) 346本

20位:ノブ千鳥) 345

https://www.oricon.co.jp/news/2422243/

テレビ持ってないから分からないんだけど、

設楽とか澤部がこんなに出てるって知らなかった

千鳥とか低いんだね

2025-11-16

オードリー若林ラジオで言ってたけどさ、お前ら満員電車のなかで扉にもたれかかって内側見るのやめろよな。

言ってる意味分かる?

なんかさ満員電車なのに扉にもたれかかって電車の内側を見るやついるだろ?

あれさ、ホントやめろよお前ら。

だってわざわざ内側を向いて、前の人と顔と顔つきあわせるのおかしいだろ?

つーか、気まずくないの?

見ず知らずのやつと顔見合わせるのが?

なんであんなことをやるの!?おかしいの!?

2025-10-29

ママネタ担当でパパがキャラやん

あちこちオードリーみてて、さらばの森田ブクロに「こいつがなんも喋らんとトートバッグこーやって(肩にひっかけて)帰るんみてたらころしたろかと思うわ!」って言ってて、わかるわ、わかるわー。

ママがいっつもパパにキレてるんはそうやねん。ぜんぶネタ書いてるみたいなもん。森田気持ちがめちゃくちゃわかる。

「こいつ(春日)が新幹線で(スマホゲーム)やってるとイラっとする笑」といった若林、わかる、ほんまワシがぜんぶセッティングしとんねん!子供らの飯も服も家の掃除ほぼほぼわしがやっとんねん!パパ、たまにいっちょかみしてやった顔すな、すなーー!

そんで「なんでそんなに怒ってるの」みたいな発言しやがる!!ネタ書いてない芸人といっしょ!いっしょ!

かに君がおらんと成り立たんよ、コンビ夫婦)やもんな。ちゃうねんちゃうねん。割合が違いすぎるねん。

ほんでな、割合を゙増やして欲しくてこっちも色々努力したよ。きっと森田もしたと思う、ブクロがもう少し自発的に笑いを考えられるようになって欲しくて色々やったと思う。

でもできひん。

できひんというより森田ママ)がやればいいと思ってる。しかもなんの罪悪感もなく。

僕は僕のままでいるだけ、言われたことはやっている、という顔をしている。

しばくぞ。

根本的にお前らは主体性がないくせにやらされ仕事は大嫌いなんだよ。

俺はできる子、と思っているんだよ。

いいよ、そのままでも。

もういいけど、せめて、せめて森田ママ)が君のやらない仕事をやって成り立っていることをもう少し理解してほしい。そんでもう少し遠慮して生きろ。ネタ家事)できない子でごめんなさいという気持ち生きろ。

でもオードリーに関しては春日を下げすぎだぞ若林春日いるから今のオードリーがあるんだぞ。

2025-10-24

A3サイズ世界を変える、四畳半の戦い

7年前、東京。地下かどこかの喫茶店で、デザイナーのHさんと打ち合わせをした。

自分企画した仮設の公園シリーズデザイン制作物を依頼する場だった。

まだ若くてバカだった当時の自分は、「A3サイズ世界を変えよう」と笑いながら真剣に言ったのを覚えている。鼻息ストローの袋を吹き飛ばした気がする。

その後に作ったA3フライヤーは、原稿の渡し方もイメージの共有もめちゃくちゃで、散々迷惑をかけた気しかしない…。でもHさんは最高の納品物をつくってくれた。

それからあちこちでHさんのデザインを目にするたびに(先日も実家近くの本屋で見かけた)、あの狭い喫茶店で口にした言葉を思い出す。

HさんはあれからマジでA3サイズ世界を少しずつ変えてってると思う。

先週、哲学対話研修をしに来てくれたNさんに

「どうして“哲学対話”という名前を使うんですか?難しそうだとか、参加に身構える人もいるかもしれないのに」と尋ねた。

Nさんはいろいろ考えた末に、「なんか…ムカつくんすよね」と言った。

誰が哲学を遠ざけ、対話しようとする人を傷つけてきたのか。

哲学と、対話という言葉意味を新しく上書きするために、あえてこの名前を使うんだって話してくれた。

今の自分は、どうだろう。

「ムカつく」という言葉を聞いて、久しくそ感覚を忘れていたかもしれないと気付いた。

どうせ何も変わらないと思って、絶望してたんだと気付く。ぜつぼうって、Zから始まる強い響きの言葉だけど、耳がキンとするほど静かで、うっすら気付きながら置き去りにして、気付けばゆっくり死んでいるような絶望もある。

思い出すと自分も「A3世界を変えよう」と言ったあの頃、世界に対してムカついてた。

少し前、自分臨時職員だった。アート教育に関わる仕事給料は月13万円。

周りの正規職員は倍くらいの給料をもらってる。

でも求められる仕事の内容は変わらない。自分が足りないから倍以上頑張るしかないんだ。

アーティストクリエイターとつながっておくのが大事だ」と教わりつつも、飲み会に行くのが怖かった。行ってもバカにされるだけ、雑にいじられて否定されて、3000円払っていやな思いをするだけだと思ったから。

それでも「今日は違うかもしれない、大丈夫かもしれない」と信じてみる。

先にコンビニおにぎりホットスナックと缶ビールを胃に詰め込み、遅れて飲み会に顔を出す。結果「やっぱりカタパンダメだな〜」と何かのきっかけでバカにされ、ヘラヘラしながら5000円払わされ、真っ暗な帰り道で涙がつっとこぼれそうになる。今思えばもっと自己開示すべきだったのかなって思う。でもあの時の自分は、自分を守るのに必死だった。

同じ部署臨時職員同士で競わせられ、蹴落とし合う日々。毎日どんどん嫌な自分になる。

上司は定時で帰宅して、赤ちゃん風呂に入れるという。

それは素晴らしいことで、自分今日も帰れない。自分は常に欠けていて、仕事ができないかしょうがないんだ。自分子どもを育ててみたいという気持ちをこんな手取りじゃ絶対無理だとグッと押し殺し、上司に嫌な感情を向けてしまう心に嫌気がさす。

「カタパン説明は下手すぎる」「カタパンは才能がない」「カタパンは惜しいんだよな」「タレ(当時付き合っていた彼女)と結婚してさっさと仕事やめたら?」「カタパンのタレはメンヘラだよな」「それ俺が考えたことにして。そっちのほうが絶対うまくいくから」「カタパンが考えることは全て、もうすでに俺が考え終わったことだよ」「カタパンは、ソーシャル・ネットワーク映画)の、ザッカーバーグじゃない方なんだよ。自分が考えたことも上司うまいところを持っていく。そういうのってこの業界じゃ当たり前だから。」「カタパンエモいからな〜」「カタパンは伸びしろがない」「泣くのはプロじゃないよ」「カタパンもう◯歳でしょ?いい加減大人になってほしいよね」

大学1年生のころ、そのアートセンターでやっていたノイズミュージックライブを初めて聞いて衝撃を受けた。

退屈してて何もないと思っていた、都市ってつけるのがおこがましいくらいの地方都市で、爆音の圧に内臓が揺れる。初めて音に殺されるって思った。

こんなこと公共施設がやっていいんだ。そのアートセンターで働くことに憧れた。

そこには市民有償ボランティア制度サポートスタッフがあった。入りたいと思った。

でも1年生でサポートスタッフになっても、きっと自分は他の人に埋もれてしまうと思い、いろんなアルバイト経験した。

3年生になって、ようやく少し自信を持って、サポートスタッフ登録する。

“カタパン”は、サポートスタッフを始めた初日教育普及の職員に付けられたあだ名

理由は、肩パンしても大丈夫そうなキャラから。嫌なあだ名だったけど、あだ名を付けてもらえたことに喜んで、自分否定しなかった。

ようやく入った憧れの施設では、地元の人やサポートスタッフを蛮人と呼んでる人もいた。

もちろん冗談で。冗談なんだから否定するのは粋じゃない。自分は一緒に笑った。

自分も笑われているのに。

どんなに嫌なことがあってもそのアートセンターに憧れたあの時の気持ちは捨てられないし、どこかで全員尊敬できたし、すごく優しい人もいる。

周りの誰も憎めずに、自分を責め続けた。心配してくれた人の言葉を、自分大丈夫ですよとヘラヘラ聞き流した。

周りを変えることよりも自分を責めることの方が楽で、でもずるくて、いざ失敗したら周りのせいにしてた自分もいる。この文章だってそうかもしれない

自分自分のそういうところがめっちゃ嫌い。だからこの文章をここに書き残しておく。

ダサいことも、痛いことも、全部置いておく。

今は常勤職員になってしばらく経ち、生活も少し安定するようになった。チームが変わり、すごくいい仲間に恵まれて、痛みを感じることを言われることも少なくなった。安心できる場所をつくることが出来た。年下の後輩も入ってきて、それまでリーダーをやってくれてた同僚が抜けることになった。

常勤職員から、副専門職員になる試験を受けたら、普通に面接で落ちた。

付き合いの長い上司からあなた専門性はないですって諦められたみたいで悲しかった。

しか自分はまたヘラヘラして、自分の言いたいことを伝えられなかった。

伝えることを諦めてしまった。そんな自分が悔しくて、その夜電気を全部消して泣いた。

今の自分は、どうだろう。

昨日『104歳、哲代さんのひとり暮らし』という映画感想を語り合う場所を開いた。これは一昨年の暮れから、だいたい毎月4回くらいやっている。休憩がてら立ち寄った人たちとお茶ジュースミルクティーが人気)を飲みながら、映画の印象に残った場面を話すうちに、みんなそれぞれ自分過去をぽつりぽつりと思い出して語り始めたりする。昨日も15人くらい来てくれた。

コロナ禍の入院で、本当は会いたかった人を病院の窓から見送った話。

離れて暮らす娘の早産を電話で励ますことしかできず、悔しかった話。

祖母隔離病棟で亡くなる直前、看護師がつないでくれたLINEビデオで声をかけたけど、触れられなかった話。

「哲代さんは明るくてすごい。私は後悔ばかりだ」と84歳の参加者が漏らすと、別の人が「いまからでもイメチェンできる!84歳、あと20年ある!」と励まして笑い合う。

飲み物を継ぎに別のグループへ。「職員さんですか?」と聞かれたので簡単自己紹介し、「楽しく働いています」と答えると、一人の女性が「…仕事はつらいですよ。人生はつらいですよ。」と自分に言い聞かせるようにつぶやいた。

彼女は三人の子どもを育てるために、大好きだった介護仕事を諦めたそうだ。

介護仕事給料が低くて、今はレジ打ちなんかをしています。でも、本当は働きたい」そう言うと、彼女の目から涙があふれた。

彼女にとっての“働く”は介護であり、レジ打ちはやらなきゃ立ち行かなくなる”仕事”。

彼女は泣きながら、どんな場面を、人を、思い出していたんだろう。

おもわず隣の大学生がもらい泣きして、タオルで涙をぬぐう。

そのタオルがすごく大きくて「いっぱい泣けるね」とふざけて笑い合う。

自分も鼻の奥がツーンとして小さな涙を指で拭う。

この場所では、泣いても誰もバカにしない。

最後彼女は「いつか絶対介護に戻りたい」と話してくれた。

その姿は強くてまぶしくて思わずみんなで応援した。

尊敬する館長がしばらく前に亡くなった。

自分は、館長の本棚にあった「公共役割とはなにか」という本をもらった。

館長から出された宿題みたいに、その問いのことをずっと考えている。

まだ宿題の途中だけど、今館長に聞かれたら、

公共文化施設とは、みんなで人間らしさを取り戻す場所って答えたいと思う。

人生は一人で抱えるには重すぎる。いつか自分の足で立つためには、みんなで少しずつ荷を下ろし、身軽になる必要もある。何かを得るだけでなく、重くなった気持ちも置いていける場所。そういう場所が、自分はあってほしい。

それは捨てていくんじゃなくて、きっと誰かが聞いている。

形のない、透明なお墓みたいな時間場所

誰かが誰かを覚えていると信じられるから、新しい自分になっても安心して息が吸える。

小学生がうちの施設社会見学に来たら「メディアテクノロジーは人にものごとを伝えるワザ。コンピューターインターネット映像、照明、音響かいろんなものがある。そう聞くと、電源が必要とか、新しくてシュッとしてるとか、固くて冷たいもの想像するかもしれないけど、いまみんなに話しているこの言葉だってメディアテクノロジーひとつ。僕らはつい最新のテクノロジーに注目しがちだけど、僕らが生まれるずっと前は、この”言葉だって最新のテクノロジーで、思ってることを人に伝えられるのやべ〜!ってなってたはず。もし言葉が喋れなかったとしても指差しをしたり、狼煙を上げてここにマンモスがいるぞー!って伝えてた。でも当たり前に使えていると思ってるものも、使い方を間違えると怪我したりする。

このアートセンターでは、メディアテクノロジーを改めて広く捉え直して、ありたい未来可能性(こんな使い方出来たんだとか、こんなふうに伝えられるんだとか、こうなるとヤバそうとか)をみんなで考えて、みんなでつくっていくために、全員まだ答えを持ってない新しいアート作品をつくったり、紹介したり、それをみんなで見る場、話す場を開いてる」って伝えてる。ともにつくり、ともに学ぶ場なんだって

例えば映画の上映に合わせておこなうお茶会みたいなイベントは、小さな場所の小さな営みで、”オリジナル”みたいに威張れることはしていない。たまたま映画を見に来た鑑賞者同士が、なんとなく休憩しに立ち寄って、お互いの話を聞きあえる場を開いているだけ。でも、そこに来る一人ひとりは、とても大きな人生を背負っている。

日立ち寄ってくれた年配の2人組。

少し背の低い女性が「耳がほとんど聞こえなくなった主人が、この映画は見たいって言ったんです。だから字幕がなくても今日は来ました」と穏やかな声で教えてくれた。

これを見たいと思うことと、一緒に見る人がいるのめっちゃいいですねと伝える。そしたら突然その人がパートナーの耳元に向かって、自分がさっき言ったことを大きな声で復唱してくれる。(この人、こんな大きな声が出るのか)と内心びっくりする。

男性は嬉しそうに「そうなんですよ」と言って笑った。言葉があってくれて、でっかい声で伝えようとしてくれて、ここに来てくれて、聞いてくれて、ほんとによかった。

その場を見ようともしない人ほど「効率が悪い」とか「KPI」とか「来てない人を納得させないと」とか「ソーシャルインパクト大事」とか「経営的な戦略必要」とかって、ティーチ(一方的に教える)よりラーニング自分で学ぶ)が大事と言う同じ口で、一方的に教えてくれる。

いや、なんかそうなんかもしれんけど、うっせ〜〜〜。

簡単に人をモノのように扱える人ほど評価される世界絶対間違ってる。

世界を変えるって、トランプみたいに自分勝手世界を掻き回すことじゃ絶対にない。

世界を変えるって、ひとりひとりが自分の力を思い出して、取り戻すことじゃないんかい

ここに生きてる人間がいますよ。

この前ポッドキャストの収録で話したひるねちゃんは「手元をみよう 手元をみよう」と、祈るみたいに2回言った。

「人の心に反射したその光こそが作品作品が光ってるって言うより、あなたの心に反射したものが光ってるんだよ。エネルギーを飲み込まないで発散できる自分でいたいな」と言いながら、最後の語尾は震えてた。

心が諦めてしまうと簡単に、ブラックホールとかベンタブラック(99.9%の黒)みたいに、どんな光も吸収してしまう。

収録が終わってしばらく経ったある日ふと、本当に信じてることは信じてるなんて言わないのに、信じたいって思うことほど信じてるって口に出して言うのは不思議だなと思った。

言葉日光を浴びせるように外気にさらすことで、いつかほんとに信じられるものに変わるかもしれないから、僕らは信じたいことを口に出すのかもしれない。

先週も大学を訪ねたら「アート自分には縁がないもの」と学生匿名チャットで教えてくれた。おい、誰がアートをその子に縁がないものにしてしまったんだ。関係ないものなんて、本当はなに一つないはずなのに。おい、誰がそんなふうにしてしまったんだ。

でも自分アートに関わる仕事をしててそう感じさせたうちの一人でもあるかもしれないからそれはごめん!もう一度やり直したいからチャンスがほしい。そんな悲しいこと言わないでよ、寂しいじゃんって思う。

あームカつくな。ムカつくし、ムカつくという感情を思い出せたのが嬉しいな。

ムカつくの前には悲しいな、とか寂しいな、があるな。ムカつくのにも、悲しいなとか寂しいなを反射させる力が必要なんだな。

自分は小さな空間で、人が変わるまぶしい瞬間を何回も目にしてきた。

しか自分文章はまだまだ分かりづらくて、曇った鏡みたいなものかもしれないけど、本当はもっともーーーーーっとすごい。まじ伝えきれね〜〜〜〜って思う。

それでも自分も、反射できる自分でいたいと思うからこの文章を書き残しておく。

昨日の朝、映画を見る前、教育学部の授業に自分が働くアートセンターの紹介をしに行った。

朝一の貴重な40分をもらって全力でプレゼンしたあと、先生ブラインドトークワークショップに参加させてくれた。

10人が3チーム、絵を見て言葉で伝えるチームと、その説明を聞いて絵を書くチーム、そのやり取りを観察するチームに分かれる。

5分間で出来上がった絵は、答えに近い人もいれば、まあまあ遠い人もいる。

その後のフィードバック時間は、こう説明すれば良かった、こう質問すれば良かったなどの意見を交わす。

から1/3の位置に〇〇があるみたいに数字を入れて伝えるとか、全体の雰囲気テイストイラストなのか写実的なのかなど)を伝えてから具体的な描写を伝えるとか、一番大事なこと(なにを伝えたい絵なのか)に絞って伝えるとか、いろんなアイデアが出た。

どれもすごい大切だって思ったと同時に、自分はなんかもう、最強だな〜〜〜って思った。

最強って、いまめっちゃ強いとか、いまめっち説明が上手とかじゃなくて、変われるってことだと思った。伝えようとしてる人がいて、聞こうとしてる人がいる。もうそれで十分じゃん。言葉が足りなきゃ付け足したら良いし、分かんなかったら聞けば良い、言い直したらいい。

ほんとは完璧コミュニケーションなんてなくて、伝えたいとか聞きたいとか、それを諦めずに関わろうとし続ける限り、うちらもっと強くなれる。もしかしてそれを教育と呼ぶのでは?!みたいなことに気づいて驚きながら言った。

みんないい姿勢で、まっすぐ聞いてくれた。おい、まぶしいな。ありがとう

先生にお礼のメールを送る。あの子達が4年生になるのが楽しみですねって伝えた。ここには書かないけど、嬉しい返信が返ってきた。また会いたいな。学生先生も全員サポスタに登録して欲しい。

同僚のNさんとサポスタ募集の打ち合わせしたら「うちらがやってることは、誰に見せても恥ずかしくないから本当はターゲットなんてない。ターゲットは全人類、死んでるやつも、これからまれてくるやつも。ひとまず50億人全員サポスタに登録してもらおう。」って話してて爆笑しながら超グッと来た。絶対そうなった方がいいしやっぱ最高だなこの人って思った。

トランプも、ゼレンスキーも、オバマも、プーチンも、ネタニヤフも、オードリータンも、石破茂も、議員会館の地下で迷子になってる秘書も、海を渡ってきた難民も、夜勤明けでレジを打つコンビニ店員も、介護夜勤ウトウトしてる人も、野良猫を拾ったけどなかなか懐かなくてすこし懐いてくれて安心したら実は腎臓病が進行してて休日は暴れる猫を連れて動物病院に通う新入社員も、推しVtuberスパチャしすぎて家計簿が真っ赤な人も、好きな人と一緒になれなくて家で一人で泣いている遠距離恋愛カップルも、育休取りたくても言い出せない課長も、同性婚を夢見るカップルも、初めてステージに立つ前に鼓動が早くなってるドラァグクイーンも、卒論提出3時間前の大学5年生も、家の外に出る勇気が湧かないひきこもりも、声を出すと噛んじゃう吃音持ちも、白杖を持った視覚障がいランナーも、手話コントをやる芸人も、補聴器電池を切らしたおばあちゃんも、手足のないスケボー少年も、車いす山道を攻める登山家も、PTSDに苦しむ帰還兵も、大学講義室で聞いてない学生に向けて伝えることを諦めようとしてる教授も、モテることとサボることと遊ぶことと就活で頭がグチャグチャだったあの頃の自分みたいな大学3年生も、収容所自由を夢見る政治犯も、その看守も、裁判で涙を流す加害者も、被害者も、サウナで “ととのい” を追い求める会社役員も、離島保育士を探す町長も、推しジャージライブに並ぶ中学生も、バイト代を全部ガチャに突っ込んだのに天井まで SSRが来ない高校生も、フィリピンごみ山でタガログ語ラップを刻む子どもも、アマゾン流域で川と話すシャーマンも、北極で氷が割れる音を聴く魚も、火星着陸の夢を抱く在野の<

2025-09-29

オードリー若林の昔の陰キャ芸風的な?のを推してた人って、若林曳舟出身都心部実家がある超勝ち組という部分はどう思ってるの???

anond:20250929141411

はてな新規性の高いSNSパッケージを発表できたら上場廃止しなくて済むかな。

オードリータンの言ってる問題対策案を今審査中の未踏に出してるから採用されたらはてなに声掛けも考えてみようかな。

2025-09-20

「え!?まだアイドルやってんの!?」って思うお前らの浅さが露呈してる件


お前らの「一過性マイブーム」とかい薄っぺらい消費の仕方にマジでイライラしてる。

数年前、大喜利できるアイドルが珍しがられて、オードリー番組のまとめとかでゲラゲラ笑ってたくせに、自分が飽きた瞬間に「え、まだやってんの?」とかほざく神経が理解できない。

お前の興味が失せただけで、なんで相手が消えてなきゃいけないんだよ。

そもそも「当時は珍しかった」って何様だよ。大喜利できるアイドル話題になった時、お前らは「新しい!」「面白い!」って騒いだが、それは単にお前らが知らなかっただけだ。

アイドル業界ではとっくに多様なスキルが求められてたし、バラエティ対応力なんて昔から重要な要素だった。

お前らが気づくのが遅かっただけで、「発見した」気になってるのが滑稽すぎる。

それで数年経って、久しぶりに見たら同じメンバーが残ってて「E?」って顔してるの、本当に浅い。

お前の中では「一過性ブーム」で消費し尽くしたつもりでも、彼女たちはプロとして継続してキャリアを積み重ねてるんだよ。

お前の勝手賞味期限で測るなよ。

声優界はアイドル化で引退が早い」とか言ってるが、それも的外れだ。

声優アイドルも、それぞれ業界構造が違うだけで、どちらも厳しい競争の中で生き残ってる。

本家アイドルの方がビジネス構造が頑強」って、何を根拠に言ってるんだ?

単にお前が声優業界事情を知らないだけだろ。

一番腹立つのは、お前らが「消費者」として上から目線業界評価してることだ。

「いいことだと思います」って、何様のつもりだよ。

お前らが勝手に消費して、勝手に飽きて、勝手に忘れて、久しぶりに見たら「まだいた」って驚く。

その間、彼女たちは休まずファンのために活動を続けてたんだ。

アイドルが「まだやってる」んじゃない。お前らが勝手に離れただけだ。

そして戻ってきた時に、継続してる相手を見て驚くって、どれだけ自分勝手なんだよ。

本当に応援してるなら、一時的ブームに流されずに継続して見守れ。

それができないなら、最初から軽い気持ちで消費するなよ。お前らの薄っぺらい関心に振り回される側の身にもなってみろ。

「え、まだやってんの?」じゃない。

「ずっと頑張ってたんだな」って思えよ。

その程度の想像力もないのか。

anond:20250920110203

!?まだアイドルやってんの!?とか思うときない?

何年か前、ちょっと話題になったじゃない?アイドルなのに大喜利が出来る!!みたいなの。

最近では最早定番すぎて常識でさえあるからめずらしくもないけど当時は珍しかった。

自分オードリーとかがやってる番組のまとめをみたりしてゲラゲラ笑ってた。

で、タイトルの通り。

そういう自分の中での一過性マイブーム(うわ!懐!)が終わってすっかりそのアイドルを見なくなって数年が経ったときにさ、

さびさにみたそのアイドルグループにそのまんま当時のアイドルたちが残ってて、E?ってなってしまった。

なんか最近声優界はアイドル化が激化した結果すぐ引退するとか言われてるみたいだけど本家アイドルそうじゃないんはビジネス構造がより頑強でまともということでいいことだと思います

2025-08-14

キラキラした世界疲れた

おれは地方田舎育ち

クラスほとんどが少年野球団に所属していて

中学生になると半分はヤンキーになるような田舎

でもおれの家は裕福で他の家とは文化水準が違った

身につけてるものも食べるものも他の連中とはちょっと違ってた

でもおれは典型的勉強しかできない地味な陰キャで、学校では常に隅っこにいた

家が裕福で勉強ができたかいじめられはしなかったけど、友だちと打ち解けることもなかった

大学に進学すると、環境が一変した

周りはうちよりもっと裕福な家庭ばかりだったし、みんな頭が良くてキラキラしていた

話のレベルも合うし、はじめて同じレベルで会話できる同世代の友人に囲まれて過ごすことができた

そこではおれでも主役になることができた

卒業後も、そのままキラキラした世界に進んだ

先輩が立ち上げたスタートアップに参加して、社会課題自分たちの力で解決するんだって、仲間たちと全力で突っ走ってきた

チームみらいとか、ああいう感じのキラキラ感に満ちた、おれたちは世界を変える力があるんだと信じて疑わない、楽しい時間だった

オードリータンが憧れだった

転機はコロナ

リモート仕事ができるようになったこと、結婚して子供が産まれたこと、親が高齢になって身体を壊しがちになったこと、などなど、いろいろな事情が重なって、実家土地に家を建ててもらいそこに引っ越すことになった

コロナ禍だからか、妻は都会より田舎子育てをしたいと言っていた

大嫌いだった田舎は、大人になったら意外と嫌じゃなかった

車があればそこまで不便じゃない

都会まで1時間で行ける

都会の仲間とはオンラインで会話ができる

何より、家族時間がぐっと増えた

そうして地元に慣れると、昔の同級生たちと少しずつつながりが増えてきた

子育てサークルで妻が仲良くなったママさんが同級生やその妻だったとか普通にあった

地元に馴染むために入った消防団にも同世代がたくさんいた

不思議なもんで、みんなちゃん大人になっていて、子どもの頃はあんなに噛み合わなかったのに、今は普通に話ができた

それぞれ、農家やったり、電機屋やったり、教師やったり、市職員やったりと、立派に地元を支えていた

妻が想像以上に地元人間関係にうまく適応したこともあって、地元の人たちとたくさん会話した

そうなってくると、元々自分がいたキラキラした世界が、なぜか安っぽくて薄っぺらい偽物の世界に見えてくるようになってしまった

あんなにがんばったけど、何も生み出せてなかったんじゃないか

美味しい大根作るあいつより価値のある仕事たか

そんな気持ちに囚われるようになった

そうなると今度は、子どもの頃に地元ヤンキーに馴染めなかったのと同じような違和感を、都会のキラキラした仲間たちに感じるようになってしまった

もちろん大人から、そんなことは表には出さな

今までと同じように、世界を変えようとがんばっている

でもそんなことより、電柵でイノシシをどう食い止めるかの方が、今この瞬間に大事なんだよ

年寄りが無理に運転して事故起こしてる問題の方が深刻なんだよ

そんな思いが胸の奥に張り付いて取れない

そんな状態で、キラキラした世界に居続けるのに疲れてしまった

世界はそんなにキラキラしてない

俺たちが見ていたのは世界の上澄のほんの一部で、本当の世界もっとドロドロしている

それを実感してしまたから、キラキラした世界では楽しめない

でもおれはヤンキーにもなれない

キラキラした世界しか価値のある仕事はできないし、この田舎で働く連中の倍は稼いでいる

からもう戻れない

でも、おれはもうキラキラした世界に疲れてしまった

2025-08-09

テンションを高くしすぎると、話のハードルが上がるだけ

題材が古いんだけど、むかし「すべらない話」とかあったじゃないですか?

そういう芸人エピソードトーク披露するときお約束鉄則みたいなんがありますよね?

最後は大爆笑で終わるトークなんだけど、そういう話をするときには必ず押さえておくポイントみたいなのの一つ。

うそれ、すっっごく低いトーンでお話を始める、ってやつですね。

「いやあねえ、こないだでねえラーメン屋に行ったときなんですけど…」

だいたい、すんごく低いところから話に入っていくの思い出してもらえます

あとオードリーラジオとか。

若林さんとか絶対に低い声で入っていくじゃないですか?

抑えて抑えて抑える。

これ話を面白くするためのファーストステップなんだろうな、って、ことですよね?

でも、ぼくら素人ってこれが苦手なんですよね。

さあ、これから面白い話しますよ!!!さあ笑う準備できてますかね!!??とハイテンションから入ろうとする。

結果、ダダ滑りする。

始終、ハイテンショントークを展開する明石家さんまさんという師匠がいますが、ああいう人は異例ですよね。

ふつうあんだけトーンの高さを維持するとひたすら滑っていくと思うんですが、そうならないのはさすが師匠です。

たいして、これをやってる限り絶対すべらないからズルいな、と思わされるんがタモリ師匠です。

あの方、ずっとボソボソボソボソぽつりぽつりとボケをぶっ込んでいくから、仮に滑ったとしても、それが狙いなんだよ、みたいな雰囲気ただよわせててズリぃんですよ。

あのやり方してる限り、大怪我しません。

もちろん基本滑るようなことは言ってないんですけどね。

かりに滑っても大怪我はしねえ、ってことです。

あとね、これは普段の我らの会話でも守ってほしいですよね。

いるじゃないですか?全然話が面白くないのにすごい話好きな人とか。

あいう人らって、このトークテンションの高低が合ってない場合が多い。

高すぎるんですよね。

入りにしても、維持にしても、テンションが妙に高すぎる。

あれがね、「こいつ話つまんねえなあ」って思わす元凶ですよね。

とりあえず

会話のテンポを速くしすぎない

声のトーンを高くしすぎない

会話全体のテンションを下げる

ってことをやってたらだいぶ聞きやすくなるはずなんですよ。

つまんない話でも雰囲気だけで面白い感じにすることも出来るし、

面白ネタでも話し方一つで台無しになってしまう。

そこらへんがねえ、わかってもらえたら一緒に仕事するの楽になるんでお願いしますよ、ほんと。

2025-08-08

AIの使い方間違ってる。あるいは、考えを整理して有益な議論をするためのAI使用法

それ使い方が間違ってるんだよ。で、あなたAIに対する誤解もそれが原因。

AIってのは「自分の持ってない視点を補う」ということでつかうの。あなたがやってるのは自分の欲しい答えを引き出すために質問してるから違うんだよ。白雪姫の悪役魔女みたいな使い方は違う。

そうやって書いた文章投稿する前に、以下のようなプロンプトをつけて生成系AIに投げてみ?


以下はこれからはてな匿名ダイアリー投稿しようとしている文章です。意図としては批判的な立場から、チームみらいについて述べています

投稿する前に考えを整理したいので、以下の様な観点分析して教えて下さい。


で、これをやった後に内容についていくつかディスカッションして、最後


ディスカッションした内容を踏まえて、再びはてな匿名ダイアリー投稿するための文章にしてください。その時には、はてな記法記載してください


といってまとめて出させる。

そうしてその結果を貼れ。そうすることが貴方にとっても、誰にとっても有用

今の貴方自分で言ったこととファクト区別ができてないし、AIをまるで白雪姫の鏡のようにつかってる。


「鏡よ鏡よかがみさん、最も美しいも人はだれ?」

白雪姫です」

「許さんぞ!鏡は間違っている!役立たず!!(パリーン) 白雪姫はクソ!(毒りんご喰わせる)」


こんな使い方したところで自家中毒を起こすだけ。だから白雪姫に出てくる悪役の魔女みたいな感じで堕ちていくだけ。

これを機会に使い方を覚えてみて。AIは鏡として使える。まず自分がどういう姿をしているのかを見る為にAIを使ってみて。

自分の主張がどういう構造をしているのかを分析するためにAIを使う。貴方の主張は事実意見区別できないくらい混ざっていて自分でも区別できてないから、まずはそこを整えること。

以下にやってみたのを記載しておくので参考に。モデルGPT-5 thinking

プロンプト

以下はこれからはてな匿名ダイアリー投稿しようとしている文章です。意図としては批判的な立場から、チームみらいについて述べています

投稿する前に考えを整理したいので、以下の様な観点分析して教えて下さい。

結果

いいね投稿前に頭の中を一度フラットに整えましょ。以下、事実意見の分離 → あなたの主張への賛否中立まとめの順でいきます

事実意見の切り分け

あなたの主張に「賛同」する論点

あなたの主張への「批判反論視点

中立的なまとめ

必要なら、あなたの草稿をこの構成リライトします。まず「不十分だと思う具体箇所」を3つだけ挙げてもらえますか?(例:参加の代表性、アルゴリズム監査、異議申立ての仕組み など)

2025-08-07

anond:20250806101832

ファクト人権配慮した制度設計→現状では不十分」

なるほど、AIを使った結果大事論点スルーされたんだね。

少なくとも「民主制正統性」を一政治理論としてスルーするのはあり得ないんだわ。

ましてや少数者を取り残さないことを標榜する側が。

AIを通した「少数者を取り残さない」の限界が見える。

よくオードリータンと引き合いに出されるけど、

オードリータンAIではなく自分の頭使って人権勉強した人だと分かる。

からゼロから制度設計であれができた氏はすごい人だ。人権への配慮が行き届いている。

少なくともそこには「人権大事だ」という価値判断が働いている。

価値中立AIコピペでは「少数者を取り残さない」は難しいとあなたのまとめからも分かった。

当たり前かもしれないけどAIを使う側の知性や教養が使い方で試されるね。

AI活用する政治の大切さはよく分かるけど、使う人間の知性、教養依存するような制度危険すぎる。

アンサーを返してくれてとても勉強になりました。

今因みにAIに「価値中立精神AI政治活用することは危険ではありませんか」と質問したところ、

✔️ 価値中立という理念AI政治活用することは、

政治に不可欠な価値判断倫理人権説明責任空洞化させる危険があります

したがって、

AI政治に使うのであれば、価値中立ではなく、むしろ「明示的な価値設計」が必要

• それは例外なく、人権包摂民主性・透明性などの規範的な価値を土台にすべきです

との返答が返ってきました。

よく支持者が「なぜリベラル側の人たちがチームみらいを批判するか」と言う声を聞きますが、こういう危険を孕んでいるからです。参政党と変わらないから。

あと「党派性に流されずに」「1議席しかないのに批判すな」という擁護もよく見たけど、それこそ党派性意識しすぎるのでは?

自分もこの問題クリアできるのであればチームみらいを応援したいと思っているんだけど、現状の制度設計だと怖すぎる。

で、あなたが結局何も答えないのは答えられないから?

政策は何か」くらいは支持者なら答えられるでしょ。

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん