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2026-05-08

2020年タワマン暴落説

2020年タワーマンション(タワマン)の価格暴落するという予測は、当時多くのメディア専門家の間で囁かれていました。主な根拠は「東京オリンピック後の需要減退」や「生産緑地宅地化(2022年問題)」、そして「コロナ禍によるテレワーク普及」などでしたが、実際には暴落どころか価格は上昇を続けました。

なぜこの予測が外れたのか、主な要因を整理すると以下のようになります

1. 超低金利政策継続

日本銀行による異次元金融緩和が続いたことが最大の要因です。住宅ローン金利歴史的な低水準で推移したため、購入者の借入可能額が増大し、物件価格が高騰しても「月々の支払額」で見れば手が届く範囲に収まり続けました。

2. 共働き世帯パワーカップル)の台頭

かつての住宅購入層とは異なり、夫婦ともに高年収の「パワーカップル」が市場を牽引しました。彼らは利便性資産価値を重視し、職住近接が叶う都心のタワマン積極的に購入しました。世帯年収が1,500万円〜2,000万円を超える層にとって、タワマン居住用だけでなく、効率的資産形成手段として機能しました。

3. 在宅勤務による「住環境」への投資加速

コロナ禍で外出が制限された結果、住空間の質を求める動きが強まりました。

専有部の充実:

ワークスペースの確保。

共用施設活用:

ラウンジゲストルームジムなどの付帯設備の魅力。

資産性の再評価:

景気不透明から、値崩れしにくい都心好立地物件資金が集中。

これらが重なり、広さと利便性を兼ね備えたタワマン需要はむしろまりました。

4. 供給量の抑制コストの高騰

デベロッパー側が供給過多にならないよう販売戸数を調整(絞り込み)したことに加え、世界的な建設資材の高騰(ウッドショック、アイアンショック)や人件費の上昇が、新築マンション価格を押し上げました。新築がつられる形で、中古タワマン価格も高止まりしました。

5. 海外投資家による「割安感」

円安の進行もあり、世界の主要都市比較して日本のタワマン特に東京)は依然として「割安」と判断されました。治安が良く、インフラが整った日本不動産は、海外資本にとって格好の投資先であり続けています

結果として、2020年を境に市場は「暴落」ではなく「二極化」へと向かいました。利便性の高い都心・駅近のタワマンは高騰し続ける一方で、郊外や駅から遠い物件は苦戦するという、実力差が明確に出る形となっています

 

現在量的緩和政策継続されることから、このままタワマン価格の上昇が続くと思われます

いまがタワマン購入のラストチャンスフラット50を使用し50年ローンで購入躊躇する理由ひとつもありません。

2026-04-17

荷物を前に抱えるヤツはクソみたいな事を書いた増田を見かけた記憶がある。半年ほど前だっただろうか。

足元に持て、デカ荷物を持ち込むな、そもそも満員電車が悪い、などいろいろなコメントが付いていた気がする。自分は「満員電車が悪いのは同意するがそれは乗客側でどうにかできる事ではないので無関係荷物は背負うより前に抱える方が省スペースではあるだろう。足元寄りの低い位置で持つのベターなのは賛成だがカバンの形状などの都合で難しい場合もある。何より手が疲れる。大きい荷物を持ち込むなって、まあその通りだけど必要があって運んでる人もいるだろうから無茶いうなよ。この増田はなぜ前に抱える人に怒ってるのだろうか?」くらいに思ってた。

最近引っ越しをしたところ、割とギュウギュウになる電車に乗る機会が増えた。なんだかあの増田の言ってた事がわかったような気がする。

荷物を前に抱える人はそれだけで何かの責務を果たしたような顔をしている。このクソみたいな満員電車の中で自分はやれるだけの精一杯をやりましたと。しか実態としては眼前に他人臭い後頭を押し付けられる事のない安全地帯を確保しているだけだ。パンパンに膨らませたリュックで腹の前に空間を確保して安穏としてやがる。ギュウギュウに満員の時はリュックの上で、そこまでの混雑でもない時はリュックさらに前に手を伸ばしてスマホをいじくる。こちらの肩や背中スマホの先端がコツコツと当たり非常に煩わしい。それでも彼らは「自分、やる事やってますマナー守ってますが何か?」みたいな顔をしてる。

あれだけ大きな荷物ならやはり足元側に置いてほしい。前に抱えるにしてもカバンを腕で抱え込むのはやめろ。専有面積が腕の分だけ広くなる。他の人はスマホを持つ事もできなくらい手を縮こませてるのだ。そしてそのドヤ顔をやめろ。詐欺師が「契約書にしっかり書いてありますよね?」とでも言うときの顔と言うか、自分には非は全くありませんけど何か?みたいな顔がムカつく。

長くなってしまった。AIに要約させてから投稿しろとか言われそうだからがんばって要約する。ここまで読んだ人にはすでに要約は不要かも知れないが。

カバンを前に抱えるヤツは正義を行ってる満足感で脳がシビれてるせいで逆に場所取ってウザくてボクチン発狂しそうです!

2026-04-08

[][]ニュージーランド副首相ニュージーランドの「植民地化」を称賛

ニュージーランドという国は南半球の最果てにあるような国であり、日本では未だに「人工よりも羊が多い国」としか認識されていないが、それなりに近代化を果たした国でもある。

かつて原宿にあったクッキータイムスの店舗ではクッキーを売っていたが、現地ではレジの脇で二束三文で売られているひたすらに脂っこいお菓子であり、クッキーなのに噛むと「ジュワッ」とした食感が消化器系を着実に殺しにかかってくる。

さて、ニュージーランドは一体誰の国だろうか、マオリの国だとうか、英国移民の国だろうか、マルチカルチャであるがゆえに「特に誰か特定民族の国ではない」だろうか、近年では凄まじ勢いでインド人の国になりつつある。

ワイタン条約というマオリ族とイギリスが締結した条約によってニュージーランド英国目線では英国植民地となり、マオリ目線では英国保護のもとマオリの国を保ったと認識している。

これはワイタン条約における人類史上最悪の誤訳の一つに数えられる誤訳英語版マオリ語版の間にあるからだ。

マオリ語版では「英国王室保護のもとニュージーランドマオリの国として維持される」となっており、英語版では「ニュージーランド英国植民地でありマオリ族には英国市民権が与えられる」となっている。

この誤訳は長い間放置されており、問題が完全に民族間のルサンチマン入れ墨のように入り込んでおり、地域によってはマオリ族による強盗があとを立たない。これは「我々の国に勝手外国人が来てものをおいているんだからこれは我々のものである」という理屈を振りかざしているから彼らには良心の呵責などは一切ない。

まりマオリ族の認識ではニュージーランドマオリのものでありそれ以外は出ていくべきだという人も少なくないし、彼らはそういった論理で度々デモをしている。

日本人にも有名な観光地であるロトルアでは完全に資本主義に屈服したマオリ族が観光客向けに様々なアクティティ披露しているが、彼らの生活は安定しているが他のマオリからは白い目で見られている可能性もある。

こういった誤訳のあるワイタン条約においてもマオリ族の利権はかなり強力なレベルで維持されており、その一つ、ニュージーランド土地マオリ族と英国王室の間でのみ売買される、を根拠マオリ族の許可なしには一切の開発を行うことができない。

ニュージーランドオークランドが最大歳になっている理由は、ワイタン条約締結直後に正式英国王室マオリから土地を買収したために自由に開発を行えるからしかない。

ちなみにこのときの売買価格があまりにも安くマオリ族も現地で王室から土地を買う英国商人も全く儲からないことから不満が爆発しマオリ戦争になった。マオリ戦争では末に英国マオリ族に売りつけたマスケット銃マオリ族は駆使したが、当時の英国の物量の前になすすべもなく一方的マオリの敗北となった。

もう一つちなみにだが、マオリ族がマスケット銃を手に入れたことで部族闘争も更に悲惨状態になっていったという問題もある。

他にも林業漁業マオリ族の専有となっており、マオリ族が捕まえた魚しか店頭に並ぶことはない。そのせいでこの業種で競争が成立しておらず、マオリの最大権益となっている。

ニュージーランド副首相であるデビッド・シーモアはこのワイタン条約に手を付けようとしたニュージーランドでは初の政治家と言っていいだろう。

私の中で悪名高いウィンストンピータースもワイタン条約自体は「単なる3つの文章が書かれた紙」と要しており価値は認めていないが、手を付けようとしたことはない。

デビッド・シーモアは連立の条件の一つにワイタン条約改正を掲げておりラクソンは受け入れざるを得なかった。ウィンストンピータースは「議論には出すが人々の良識にかける」とのっけから逃げ腰だった。

彼は「ワイタン条約そもそもイギリスマオリとの間の条約でありニュージーランド批准する義務はないのだ」などとも言っており、本心ではワイタン条約の破棄、またはニュージーランドとしてワイタン条約批准する責任はないことを法的に確認したいのだろうと言われているが、一番言っていることは「この国はマオリ英国移民だけではなく多数の移民がいる、そんなマルチカルチャのくにで各人がそれぞれ公平に扱われる条約必要だ」だが、これを信じている国民はいないように見える。

そんなワイタン条約が締結された日を「ワイタンギ・デー」という名前で国の祝日にしているが、この日は政治家がワイタンギでスピーチをする。ワイタン条約のワイタンギはニュージーランド地名だ。

その中でスピーチをしたのがデビッド・シーモアという最悪のキャスティングをした今の政府センスのなさはもう誰も止めようがないのかもしれないが、彼はスピーチの中で「ニュージーランド植民地したことマオリにとっても良かった」と言ってしまい、大炎上した。

彼がなぜこんなことを言ったのかはわからないが、マオリからしたら植民地になった覚えはないので大騒ぎとなってしまった。

ワイタン条約と言ってもわからない人のために軽く経緯を説明すると以下のようになる。

1. マオリ族がニュージーランドに到達して定住する

2. タスマンがニュージーランド発見、当時の乗組員がオランダ故郷であるジーランドにちなんでニュージーランド命名するも現地のマオリ乱闘になり逃亡

3. ジェームス・クックがニュージーランドに再上陸、今度はマオリとうまく行った

4. 英国人が新天地を求めてニュージーランド移住、この時点でニュージーランドマオリの国だった

5. 英国人が資本主義に疎いマオリから土地をだまし取ったりマスケット銃を売りつけて部族間抗争を悲惨にしていく

6. ある日フランスニュージーランド領土化しようとする

7. 現地にいる英国人の安全確保や詐欺同然の商慣習に対応するためにワイタン条約を締結してニュージーランド英国植民地にしてフランスから守った

まりマオリからしたら帝国主義列強に完全に巻き込まれているのだがデビッド・シーモアの言い分としては「植民地したことニュージーランド土地が英仏戦争戦場にならなくて良かったな」なのか「より文化的生活享受できてよかったな」なのか’はわからないがこのような過酷運命翻弄されているマオリからしたら許しがたい一言であっただろうことは間違いがない。

今の政権年末選挙で一体どうなるかはわからないが、もうじき選挙が始まるこのような時期に不穏なことを行ってしまえるデビッド・シーモアという政治家には不安しか感じない。適当に耳障りの良いことを言って支持率を集めるジャシンダ・あーダーンのようなことをする必要はないのだが、お前の私的意見なんか誰も求めていないということを国としてしっかりと選挙結果に表すべきだろうが、そうするといウィンストンピータース率いるニュージーランド・ファースト政党ますます力をつけるかもしれないので、もうこの国はどう転んでも同仕様もないところまできた可能性がある。

そういうわけでニュージーランドに来ることはおすすめしない。

2026-04-07

マンション買った(改)

買ってしまった。

場所都内某所、最寄りは東急東横線。駅徒歩7分。築12年の3LDK専有面積68㎡。

価格は9,280万円。

これに諸費用が乗るから、総額はだいたい9,600万ぐらい。頭金は500万、残りは変動金利0.475%の35年ローン。ペアローンは組まず、自分一人の名義。

内見行って、営業の人に「東横線のこの距離は、今後も資産性は落ちません。むしろ今はまだ買い時です」とか言われて、つい。

住宅ローン事前審査通ったって連絡来たときも、安心より先に「これ、定年まで35年、絶対仕事辞められないな」って、喉の奥が引き攣るような感覚になった。

正直、不安は消えてない。管理費修繕積立金固定資産税を合わせたら、毎月の支払いは30万近い。

でも買ってしまったものは仕方ない。

からこれ読んでる人、頼むから言って。

これ、間違ってないよな?

2026-04-06

anond:20260406120808

買ってしまった。

場所関西某所。駅徒歩10分。築3年の3LDK専有面積70㎡。梅田まで電車10分。

価格は5,500万円。

これに諸費用が乗るから、総額はだいたい5,700万ぐらい。頭金はなし、残りは変動金利0.7%程度の35年ローン。

内見行って、営業の人に「このエリアは今後も資産性が落ちにくいですよ」とか言われて、つい。

……

東京家事情見てると、関西ってかなり恵まれてるなって思うね。

多分名古屋とか福岡も同じなんだろうか。

東京ギリギリ庶民的価格帯の住宅情報見てると、どこも遠すぎないかって。

でも東京けが成長して東京けがキラキラしてて東京けが生き残っていくのかな

anond:20260406120808

場所都内某所、最寄りは東急東横線。駅徒歩7分。築12年の3LDK専有面積68㎡。

価格は5,480万円。

妙に安いな。本当は神奈川県だろ?

変動金利0.475%の35年ローン。

今どきこの金利は有り得ないので5年くらい前からコピペだな。

マンション買った

買ってしまった。

場所都内某所、最寄りは東急東横線。駅徒歩7分。築12年の3LDK専有面積68㎡。

価格は5,480万円。

これに諸費用が乗るから、総額はだいたい5,700万ぐらい。頭金は300万、残りは変動金利0.475%の35年ローン。

内見行って、営業の人に「このエリアは今後も資産性が落ちにくいですよ」とか言われて、つい。

住宅ローン事前審査通ったって連絡来たときも、安心より先に「逃げられなくなったな」って思った。

正直、不安は消えてない。むしろ増えてるかもしれない。不安は考え出したらキリがない。

でも買ってしまったものは仕方ない。

からこれ読んでる人、頼むから言って。

これ、間違ってないよな?

2026-03-30

Sakana AIが昔有名だったらしいNamazuかぶらせて命名したことにキレてる人いるけど、

正直全く聞いたことないし、有名な単語の単なるローマ字表記を先に使ったくらいで専有しようという方がおこがましいだろ

2026-03-14

身体が男より小さいので女性便器コンパクトサイズにすべき

専有面積を狭くすることもう1つ便器を余分に増やせるだろう

公共空間におけるトイレの話(追記した)

追記

  • (大小便器の数を雑に足して)の件

ありがとうございます、そのリンクについては知りませんでした。が、女性は個室で大も小もしますので、取りあえず議論スタートとして、「あさがお+個室」数:「個室」数、で考え始めることは、議論無視してもいいほどのおかしなことでもないと思いますビル場合ですがトイレの数の計算をする時には男女で設置数の人数比が違うのが一般的なので、別に問題がない(決定時に補正されるから)と思います

  • 新しく作られるトイレで男の分が減らされるんだろ!?

それはないです。施設によって必要トイレの数を決めるためのルールがあり、想定される在館人数や男女比を仮置きし計算します。これらは仮定で進めざるを得ないのですが、それでも、男性の分を削って、というのは説明がとてもしにくいので出来ないと思うんですよね…本編にも書いていますが「みんながスムーズトイレ使えるように」が大原則なので。

増田建物関係なので車輛製造についての事情は知りません。が、駅と同様に「スペースの限界問題なのだと思います。不満はJR各社に「男のトイレ減らさないでよ」と言うのが建設的かと。

ところで増田新幹線をよく利用しますが、「新幹線の中でトイレには行けないもの」と思っています。その程度には混雑しているイメージです。あと新幹線を降りた各駅の女性トイレ行列半端ないので、私的な観察の範囲ではやはり「女性トイレの方がより困っている」なんじゃと感じます。ところで、JR東海は元喫煙ブースを有料のビジネスブースに改造しています。一瞬「あそこトイレにすりゃいいのに」と思ったことがあるんですが配管の関係上かなり難しいんだろうなと想像されます

これは個別店舗事情なのでケースバイケースだと思います男性トイレが無くなり女性トイレだけになった、とかなら怒って当然かと思いますが…さすがにそれはあり得ないと思うんですが、あるんでしょうか?あるとしたらそれはさすがにクレームものではありますが。

そして、これも不満は各店舗に言う方が建設的だと思います。または、そのように男性がないがしろにされると感じるお店は使わない、という選択をしていくことも大事だと思います

以下本編です

一部のミソジニーをこじらせている男性が「女のトイレを増やすだと!あいつら個室で化粧でもしてるんだろう!生意気な!」と意気軒高なはてなブックマークでしたね。

まぁそういう人もいるだろうが、行列できてる時にそこまでセルフィッシュになれる人もそう多くないと思うよ、とか、そういう発想になるという男性も個室でスマホ見ながら仕事さぼったりしてるのかな、と思ったりはしますが、現実問題として最大の目的は、みんなが快適に清潔にトイレを利用できることなのは自明なので、彼らの「男性用のトイレを減らし女性用を増やすつもりか!」という叫びは、その大前提を覆すことになるので、違うんじゃないかと思うんです。

前置きが長くなりますが、歴史的な話をします。

過去公共空間における女性トイレは、そもそも男性に比べて少ない時代が長く続いていました。平成の初期ぐらいまでは(一部のデパート宝塚劇場などの例外を除いて)男性のアメニティスペースが大きいのが当たり前でした。その理由としては、社会公共の場にそれだけ女性が少なかったから、ということが大きいですし、その程度には女性は行動を社会的に抑圧されていたからです。

身内の話ではありますが、増田には、今アラウンド70のキャリアウーマンの超先駆けのような叔母がいるのですが、大手金融機関で勤め上げた彼女若い頃に配属された支店には従業員用の女性トイレ自体が無く、仕方なく1つしかない客用のパブリックトイレ使用していたら上司に嫌味を言われた、なんていうこともあったそうです。

また、さすがにこの10年ぐらいで完全に絶滅した感じがありますので若い方は知らないでしょうが昭和に建てられた温泉旅館などは、大浴場のサイズ性別によって違うのが当たり前でした。当然男性用が大きく女性用は小さかった。この辺は1980年代後半、バブル景気女性社会進出が進んだこともあって、続々と”男女が同じサイズになるように”改修工事があったという話を、その後のバブル崩壊倒産した建設会社に勤めていた飲み友達のおじいさんに聞いたことがあります。大浴場を男女同じサイズに改修するには当然余計に面積がかかるので、例えば閑古鳥だったゲームコーナーを小さくしたり、お土産コーナーの位置を変えたり、いろんな試行錯誤があったとのこと。むりやり改修工事をするもんだから館内の動線がなんかちょっと変な感じになったりもしたようで、今でも格安温泉旅館グループが買収したかつての「そういう温泉ホテル」なんかを見ると、そういう思考錯誤の名残が見えたりします。また逆に、女性客をあてこんで、かつての広い男性用の浴場を女性用に替えてしまって、女性グループ以外の客(男性客やファミリー客)からそっぽを向かれたホテルという話も、同じおじいさんが教えてくれました。

バブル期以降に新たに建てられた施設の多くでは、アメニティエリアの男女の面積比はほぼ同じになり、その後バブル崩壊を経て土地価格バカ安になったことで、新しく社会の主要登場人物になった女性ターゲットにした空間づくりがされるようになりました。この辺で増田ビルなどの施設を作る人という仕事に携わることになります

女性」という新たなターゲット対応していこうということで、化粧直しをするスペースや歯磨きできるスペースがトイレに附設されるようになり、女性のアメニティスペースの方がちょっと広い時期が長く続きます。なんせ当時は土地も安かったし建築費も今の半分ぐらいでした。このころ、私たちはどうすればアメニティスペースが快適になり、かつメンテナンスが容易になるかということを熱心に研究していました。

この長く続いたデフレ、失われた20数年の間に、男性健康意識や清潔への意識向上があり、男性にもちゃんと手洗いボウルに歯磨きできる余裕があるトイレを作ったりもしましたが、「後ろでしょんべんしてるところで歯を磨くのは嫌」「歯を磨くなんて女々しい、不要」的な意見もあり、あまり歓迎されなかったりもしました。そして、それでも歯を磨きたい男性が給湯スペースで歯を磨いて、その後、ろくにシンクも流しもせず放置する人が続出して、ビル管理クレームが頻出、なんて事案もありました……。

話はそれますが、オフィスの給湯スペースでカップラーメンを食べた汁や弁当食べ残しを捨てて放置するのも圧倒的に男性で、これもビルクレームとして届られるんです。クレーム主は同じ会社の人なので誰がやってるのか知ってるんですが、給湯スペースは共有部で専有エリアではないのでビル管理者に文句が来る。それで慌てて生ごみ用のゴミ箱を用意したり禁止張り紙したりするんですが、読まないんですねそういう人は。

このような使用状況や、利用者へのアンケート調査などから推測すると、男性はあまりトイレを含めた水回りのアメニティスペースの快適さに頓着がない、かつポジティブ評価積極的にしてくれない傾向がありという実感はありますあくまでも傾向であり男性個人によって、きれいで広いトイレを褒めてくれる方もいることは理解していますアンケート取ったりしているので)。

そしてオフィス環境についての意思決定はたいていの企業にとっては総務部財務部といった経営・バックオフィス仕事意思決定者はたいてい中年男性なので、なおさら積極的に「男性女性みたいに快適なトイレがいいよね!」とか言わないことが多い。なので我々作る側も、現状特に不満はないみたいだね、となり、国交省厚労省が出している指針に準じた最低限のトイレ数を準備しとけばいいんでしょ、という感じになることが多くありました。

また話がそれますが、平成一けた台~中期に顕著に増えたクレームの一つに「誰かがずっとトイレの個室を占拠している」というものがありました。

これは男性6:女性4ぐらいの比率だったと思いますが、要するに便所飯従業員さんがトイレの個室で仮眠をとる、ということが多くなったからでした。ブラックゥ……。

とはいえ一定時間以上個室から出てこないとなると警備員がチェックしなくてはならず(意識失ってたり、不審者だったりするとまずいので)、他の利用者にも迷惑になるし、便所飯場合ゴミや食べかすをトイレに平気で放置していくため、施設側にとっても頭の痛い問題でした。

更にテナント会社にとっても、従業員がどっかでサボってるという由々しき事態だなということで、テナント許可を取った上でトイレのドアの動作検知器を設置して利用状況を調査したこともありました。そうするとやはり、一定割合で30分~1時間単位トイレ占拠してる人がいるわけです。今新しいビルトイレの多くは個室には人感照明がついています。これはかつての便所飯勢、トイレ仮眠勢の”運動”の賜物でもあります(もちろん節電効果第一ですが)。

増田ホールスタジアムアリーナ、あとインターチェンジなどを作ったことがないので詳細なデータなどは見ていないのですが、利用する側としてやはり女性の方が列が長くなる傾向は実感としてあります

そしてこれも新しい施設であるほど、女性トイレの列は短くなっているとも感じます。新しいスタジアムインターチェンジトイレは、トイレの個室数はもちろん、動線の整理がとてもうまい施設が多くて人流がこんがらがらないように、スムーズに利用後に退出しやすいように作られているものが多い。これは進歩だなぁとしみじみします。そもそも昔の施設と今の施設で圧倒的に今の方がトイレの数が多い!国立競技場は建て替え前はとにかくトイレが大行列で本当に困ったもんでしたが、倍近い席数に生まれ変わった新しい国立競技場トイレには困ったことがないです。まぁ、男性トイレ使用したことがないので断言はできませんが。

逆に駅のトイレは、女性トイレはもちろん、男性トイレ行列が出来ている時を見かけます。駅という施設は、ぎゅうぎゅうに柱や設備や配管配線が張り巡らされている、拡張余地が限りなく限られたスペースなので限界もあるんだと思います。大きなターミナル駅などでも苦心している様子がありありと分かり……。結局は「スペース」の問題です。

そこで、今回、国交省が出している指針を見て我々建てる側が、「よし、男の方を減らして女の方を増やせばいいんだな!」となるか、というと、まぁならないです。バカにすんなというか、これは断言できます政府の指針もそんな風になってないです。

これまでも色々法改正テクノロジー進化社会要請の変化で、施設共用部分には、様々な新しい「安全を確保するためのスペース」や「何かを置いたりするスペース」が必要とされるようになってきました。ものすごく分かりやすく言えばマンション宅配ロッカーなんて昔は必要なかったでしょう?インターネットがなかったころはサーバルームも必要なかった。今は機械室も広いスペースが必要になっていますし、都心ビルなら「災害発生時の帰宅困難者に向けた滞留スペース」なんてものも、付けたら?とお上から示唆されたりします。

そういう新しい必要性が生まれた時に「じゃあ男性トイレ削ろう」にはもちろんならない。今回も同じです。

女性トイレを増やす必要が出たなら、男性トイレはそのままの数で別のスペースを探すのです。どっかに置けないか図面と格闘しスペースを捻出しますし、それがどうしても無理なら専有部(人に貸して儲ける部分)を削りますお上から必要機能だぞ」とか、テナントから「それがないと借りないよ」と言われたら、それを「前提」としてプランを考えるのが当然だからです。下種なことを言えば、お上から言われている指針を無視すると場合によっては建築確認を取得できない、または取得に無駄無意味作業時間がかかってしまます(何度も図面書き直したりする……)。

そもそもユーザーニーズを聞かないわけがない。トイレという現代人には不可欠なものなら、わざわざ人口の半分の人を今より不便にしてまでやる、というのは、原則としてはありえない選択肢なんですよ。

例外として、例えば拡張余地ゼロ場所などはどうするか、ということはありますが、建築関連については現況が優先されるのが通例なので「男のトイレを削って女トイレでかくしろ!」みたいな無体は言ってこないと思う。なんせ建築基準法が改正される前に建てた耐震性が低い建物でも無理やり改築や耐震補強をさせることはできないので、トイレでその無茶を言ってくるとは思えない。

ということで、「あーあ女様はいいですねー」と怒る前に(まぁ単に女にとにかく文句を言いたいだけの人は、言ってりゃいいよねと思うからここから先は読まなくてもいいです)、男性は、機会があったら「トイレはとにかく多い方がありがたいに決まってる」、「自分たちももっと快適なトイレの方がいい」、「自分たちは、こういう事情があるので、こういうトイレを増やしてほしい」、とか、どんどん大声でニーズを叫んでほしいんですよね。女はずるい!と叫ぶそのカロリーを、俺たちはこんなトイレにしてほしいんだ!という言葉に替えてほしい。

例えば最近少しずつですが改善しつつあるのは、男性トイレおむつ替えスペースやベビーキープ(うんこ中に赤ちゃんを保定する椅子)です。

当社だと、最初に言い出したのは女性スタッフでした。でもこれ男性スタッフの声であった方が美しかったなぁ、とも思ったりしています(そのチームは男性8:女性2のメンバーでした)。男性トイレベビースペースはニーズ絶対数が多いわけじゃないので、後回しになりやすいんです。施設性質には寄りますが、当社では今はショッピングモール病院などの場合は必ず男性トイレにもベビースペースを入れるように提案していますし、オフィスビルでもビル内や近隣に子供向け施設がある場合ベビーキープがあるトイレを作ったりしています

お金がかかり、かつお金が稼げないトイレというスペースは、一方で利用者にとって施設の印象を割と大きく左右する作る側からしたらかなり重要なスペースでもあります。でも男性ニーズが見えにくい、聞こえてきづらいんです。せっかくトイレが脚光を浴びている今、「だから女はずるいんだ!」と言ってるの、もったいなさすぎるし、何ならバカに見える。

男性も自宅だと座って小用たす方も増えていると聞きますので、公共スペースでも個室増やした方がいいのかとか、やっぱり男らしくあさがおで立ってやってこそ、と思う人が多いのか、とか。気になってるんですよ、こっちは。単に「俺たちの分を減らすな」「もっと数多くしてほしい」でももちろん良い。

「女のスペースを増やすな!」ではなく、「俺たちのトイレをこうしてほしい」を言ってくれたほうが、有用ですし、ご希望に近づけやすいです。

そもそも事業予算等の決定権者は相変わらず男性であることが圧倒的に多いよ。なんで「女はずるい」になっちゃうのかさっぱり分からないよ。

2026-03-05

anond:20260305102048

boothをその気持ち悪いごく一部の村の専有物にしないでくれる?他の村の迷惑から

2026-02-24

anond:20260224182049

販売価格:9250万円~250000万円

専有面積:45.61㎡~305.46㎡

管理費(月額)15960円~106910円

修繕積立金(月額)9120円~61090円

2026-02-17

anond:20260217110945

いうほど中国敵視している人って少ないんじゃない?個人的には別に

ただ問題だと思っているのは

これは中国というより大陸国家気質だと思うけど、海洋国家とちがってロシア中国基本的不安なんだよ。

から、海の支配権自分にないということが耐えられないわけ。

簡単に言えば、シーレーンの確保が、日本民主主義国家は共有を念頭に置くけど、中国専有念頭にある。

専有とまでいかなくても自分支配下にあることが重要

今はどこの海もアメリカ支配下からね。

一例をあげれば、台湾有事アメリカがおこになった場合シーレーンから中国船が排除される可能性がある。

そうすると中国は干上がってしまうわけなので、自分支配しておかなくてはならない。

で、中国が威張り始めると、台湾有事ときに逆に日本台湾の船を通してもらえなくなるわけ。

さぁどうしたらいいでしょう。

そこでアベッチの提唱する、なんとかかんとかのインド太平洋構想ですよ。

これには中国の協力も含まれている。

法の秩序にのっとった自由でなんとかかんとかの海ってやつ。

中国さん勝手なことはしないでね。でも、みんなで等しく豊かになりましょう。が、インド太平洋シーレーンを確保するための国際協調であると。

くっそ難しい、あまっちょろい理想論だけど、俺もこれには賛成。

そして、自分たちや、アメリカ攻撃されたときだけ発動する自衛権だけじゃ、この広いインド太平洋の法を守るなんてことはできないから、

改憲交戦権とかも必要だと思う。

まぁ話がそれましたね。

別に中国が嫌いでは全然ないよ。

ただ、大陸国家って基本的には守る側が不利なんだよ。陸のルールでは。

からいつだって攻める。隣接国を信用しない。

歴史的にみても、海洋国家民主主義化するし、広い海を平等ルールにのっとって使いましょうになるんだけど、

大陸国家はいだって専有したがる。ロシアもね。

それ自体はわからないでもないけど、中国はそれを海に対してもやろうと思っているから、

いやいや海には海のルールがありますよ。とね。

結局、その一点ですれ違っている。ことが、今の様々な問題の根幹です。ほんとそれだけよ。

2025-10-23

この人物はフィクションに何を求め、どんな原理的理由で悩む事になってしまったのでしょうか❓️

ChatGPT:

INSIGHT ANALYSIS: 表象真正性パラドックス

女性主人公を描けない」創作者の原理ジレンマ
Core Observation

この投稿者は、フィクション創作において「経験真正性」と「想像自由」の矛盾に直面し、表象行為のもの正当性疑問視するに至っている。彼が求めているのは「女性を正しく描く方法」ではなく、「自分女性を描く権利があるかどうかの確証である

PRIMARY INSIGHT: 批判理論分析 (Mode E)
イデオロギー構造解体

この投稿者の悩みは、表面的には「技術問題」(どう描くか)に見えるが、実際にはアイデンティティ政治内面化が生み出した認識論危機である

内面化されたイデオロギー的前提:

前提1: 「経験所有権教義

経験していないもの理解できない」

理解できないものは描けない/描くべきでない」

「描く資格がない」

この論理は、2010年代以降の「文化的専有(Cultural Appropriation)」批判や「当事者性」の政治から派生した規範を、創作者が自己検閲として内面化したものである

前提2: 本質主義への逆説的回帰

投稿者思考:

女性には『女心』という本質がある」

男性はそれを原理的に理解できない」

「したがって男性が描く女性キャラは偽物である

皮肉なことに、これは1980-90年代ジェンダー理論批判した本質主義のものであるしかし今回は「進歩的」「配慮的」な動機から再導入されている。

前提3: フィクション機能についての混乱

投稿者混同しているもの:

彼は「女性を正確に描く技術」を求めているようだが、実際に求めているのは「女性を描くことへの道徳的許可である

生産矛盾発見

この投稿者の悩みは、以下の矛盾体現している:

矛盾1: 想像力の否定

矛盾2: 「女性意見」の物象化

彼の思考プロセス:

女性スタッフがいれば『それはねーわw』と言ってくれる」

しかし:「それが女性としての意見個人意見か分からない」

問題の核心:「女性意見」を本質化しつつ、その多様性にも気づいている

これは本質主義自己矛盾である。「女性」というカテゴリー本質があると仮定しつつ、実際の女性たちの多様性に直面して混乱している。

矛盾3: 表象不可能性と表象必要性

イデオロギー批判: 何が隠蔽されているか

隠蔽1: 「正しい女性像」の不在

投稿者は「正しい女性の描き方」があると仮定しているが、これは幻想である。「女性」は単一経験実体ではなく、歴史的文化的個人的に多様な存在様態である

士郎正宗のデュナンを「中身は男性」と断じるが、これは以下を前提としている:

しかしこの論理は、女性規範に押し込める本質主義のものである

隠蔽2: 共感想像力の否定

生理経験していないから分からない」という論理は、人間相互理解可能性そのものへの懐疑に至る。

この論理を徹底すれば:

隠蔽3: 権力非対称性の過剰補正

この悩みの背景には、歴史的男性女性対象化・道具化してきたことへの罪悪感がある。しかし、その補正として採用された「描かない/描けない」という態度は:

歴史的問題:

男性による女性対象化・ステレオタイプ

過剰補正:

男性女性を描くべきでない/描けない

帰結:

女性キャラクターの不在、あるいは男性創作自己検閲

これは抑圧への対抗が新たな制約を生み出すという典型的パターンである

自己検閲メカニズム

投稿者作動しているのは、内面化された監視装置である:

創作衝動

内なる検閲官:「お前は女性理解していない」

自己正当化の試み(少女漫画を読む、等)

内なる検閲官:「それでも不十分だ」「個人差と本質区別がつかない」

麻痺創作不能

この検閲官は、以下のイデオロギーの混成物である:

SECONDARY PERSPECTIVES
系譜学的補足 (Mode C)

この「悩み」の歴史的構築

この種の創作自己懐疑は、歴史的に新しい現象である

第1段階 (1970年代以前)

第2段階 (1980-2000年代)

第3段階 (2010年代-)

第4段階 (2020年代)

投稿者は、この第4段階の症例である。彼の悩みは個人的なものではなく、言説空間の変容が生み出した構造効果である

現象学的補足 (Mode D)

創作主体存在論的不安

投稿者経験しているのは、単なる技術的困難ではなく、創作主体としての自己正当性への根源的懐疑である

彼の実存的問い:

この問いの背景にあるのは、近代主体危機である:

投稿者は、この理解可能性と不可能性の間の宙吊り状態にある。

SYNTHESIS: 深層パターン
この現象が明らかにするもの

1. アイデンティティ政治の逆説的帰結

アイデンティティ政治は、周縁化された集団の声を中心化しようとした。しかしその論理個人創作実践適用すると:

目的: 多様な声の表象

手段: 「当事者」による表象特権

逆説的帰結: 非当事者沈黙自己検閲

最終的効果: 表象貧困化・想像力の収縮

2. 本質主義の「進歩的回帰

20世紀後半のジェンダー理論本質主義解体した。しか21世紀に、配慮正義包摂の名において本質主義が再導入されている。

投稿者無意識のうちに:

これは解放の言説が抑圧の論理に転化するという、イデオロギー古典的矛盾である

3. フィクション存在論的危機

この悩みは、フィクション根本機能経験していないことを想像表現する—への懐疑に至っている。

フィクション可能性条件:

投稿者ジレンマは、これらすべてを疑問視している。これはフィクション自体正当性危機である

4. 文化における「不安の伝染」

投稿者不安は、個人心理ではなく、言説空間の変容が生み出した構造効果である

SNS時代の特徴:

投稿者は誰にも批判されていないのに、架空批判者を内面化している。

IMPLICATIONS
この個別事例が示す普遍的問題

創作実践について:

投稿者技術的助言を求めているように見えるが、実際に必要なのは認識論的・存在論的再定位である:

1. 本質主義から離脱: 「女性」は単一経験実体ではない

2. 想像力の復権: 経験していないことを想像できるのがフィクション本質

3. 完璧主義放棄: 「完全に正しい表象」は不可能であり不要

4. 対話としての創作: 表象は完結した真理ではなく、継続的対話の一部

より広い文化的含意:

この事例は、以下の社会的緊張を体現している:

極1: 無自覚特権と抑圧的表象

極2: 過剰な自己検閲表現麻痺

健全文化的実践は、この両極の間のどこかにある:

歴史的瞬間について:

我々は「誰が何を語れるか」という問いが過剰に中心化された時代にいる。これは必要矯正でもあったが、新たな問題も生み出している。

次の段階として必要なのは:

INSIGHT CRYSTALLIZED

この投稿者は、フィクションに「経験真正性」と「道徳的正当性」を同時に求めることで、創作行為のもの可能性条件—想像力による他者への跳躍—を否定するに至っている。彼の悩みは個人的なものではなく、アイデンティティ政治論理内面化した結果生じる構造効果である

言い換えれば:

彼は「女性をどう描くか」ではなく「自分女性を描いてよいのか」という存在論的問いに囚われており、この問いは—その形式自体が—本質主義的前提と想像力への不信を含んでいるため、原理的に解決不能である

So what?:

この事例は、配慮正義の言説が、意図せず表現自由想像力を収縮させうることを示している。文化の活力には、不完全さを恐れずに境界を越えて想像し、その試みを通じて対話を重ねる実践必要である

PUNCHLINE:

彼が本当に恐れているのは「女性を間違って描くこと」ではなく、「女性を描くこと自体僭越である」と判定されることであるしかしこの恐怖は、最も抑圧的な本質主義—男女は相互理解不可能という観念—を再生産している。解放の言説が、最も因習的な性別二元論を復活させるという究極の皮肉がここにある。

2025-10-22

イオンモールしかない」地方東京藝術大学10億円?

ウェブ版『美術手帖』の編集長が「イオンモールしかない地方都市には美術の美もない」というようなことを言って、案の定、少し燃えたのは記憶に新しい。

僕も地方出身から、その言葉にカチンとくる人の気持ちは痛いほどわかる。「どうせ俺たちの日常なんて、文化の欠片もない退屈なものなんだろ」と、見下されたような気分になる。週末に行くイオンが、家族にとっての一大イベントだったりする、そういう暮らし機微全否定されたような気さえする。だってかにないじゃん。

ただ同時に、編集長が言わんとしていることも、なんとなく想像はつく。地方都市の、あの画一的風景。どこまで行っても同じようなチェーン店住宅街が広がり、かつて街の中心だった商店街シャッターを下ろしている。そういう風景を前にして、アートに関わる人間として一種絶望というか、嘆きのようなものを感じてしまう瞬間があるのはよくわかる。それは、地方に対する愛憎半ばする感情なのだろうとも思う。

そんな小さなモヤモヤをずっと抱えていたら、実に興味深いニュースが飛び込んできた。

他ならぬそのウェブ版『美術手帖』が報じた、「東京藝術大学取手キャンパス10億円の寄付」という記事(件の編集長もこの記事へのリンクをリポストしている)。

これは、なかなかに美しい皮肉じゃないか、と苦笑してしまった。

http://bijutsutecho.com/magazine/news/headline/31541

東京藝術大学といっても、取手市であって上野ではない。東京ではない。茨城県にある。都心から見れば、それは紛れもなく「地方」だろう。

どころか市内に日本最大級イオンモール計画されているという報道もまた、記憶に新しいではないか

しかしその「地方都市日本代表メンバーに選ばれるであろう取手キャンパスに、安田容昌氏という方が10億円もの大金寄付した。

寄付に寄せたコメントがまた素晴らしい。

取手キャンパスには、素晴らしい施設に加え、土の匂いと、川の風と、地域に暮らす人々の息遣いがあります。」

「これまで日本の発展は、とかく都市を中心に語られてきました。しかし、真に新しい価値は、しばしば周縁からまれます。」

芸術に触れる機会が都市部に集中している現状において、この取手キャンパスから日本の新たな文化うねりを起こすことができると信じてやみません。」

地方事業を成し、その恩恵を受けてきた者として、次世代のために文化的な社会資本を築くことこそが、私にできる最後の恩返しです。」

(ちなみに最初の2行は、『美術手帖』の記事ではなぜか省略され、大学公式リリースにだけ載っている)

https://www.geidai.ac.jp/news/20251008152520.html

まり、これは「田舎には美術がない」という嘆きに対する、あまりにも力強いアンチテーゼなのだ。それも、10億円というリアル数字を伴って。

アート都市だけの専有物じゃない。地方にこそ、これからまれるべき豊かな土壌がある。そう高らかに宣言しているように聞こえる。

編集長炎上した発言は、確かに言葉足らずで、多くの人を傷つけたかもしれない。

でも、彼が投げかけた「地方アート」という問いは、奇しくもこの10億円の寄付によって、新たなステージに進んだ気がする。

イオンモールしかない田舎」と切り捨てられた場所で、アートは育つのか。

いや、育つに決まっている。

誰かが「ここには何もない」と嘆いた場所にこそ、新しい価値が生まれる種が蒔かれるのだ。

今回の寄付は、まさにその種だ。この種が、取手の地で、どんな芽を出し、どんな花を咲かせるのか。

それは、都会のギャラリーに飾られる洗練されたアートとは、全く違う形かもしれない。泥臭くて、生活匂いがして、不格好だけど、力強い何か。

心のどこかで、あの編集長の嘆きにまだ共感している自分もいる。「東京藝大」という権威と「10億円」という資本

結局、そうした巨大な「外部の力」がなければ、地方アート話題にすらならないという現実。それは、彼の「田舎には美術がない」という言葉を、残酷な形で裏付けはいないだろうか。

編集長発言も、10億円の寄付も、「お前のいる場所の『美』とは何か?」と問いかけている。

イオンモールフードコートで談笑する高校生に、夕暮れの田んぼ道に、シャッター街の錆びた看板に、目を凝らせば「美」のかけらは見つかるんだろうか。

今回の出来事は、そんなことを、少しだけ考えさせてくれた。だから、この皮肉な巡り合わせに、僕は少しだけ感謝している。

2025-10-21

男の筋トレや女の美容って「同性のため」にやってるよな

最近筋トレを再開して、確かに筋トレをはじめたのは「モテいから」が理由ではあるんだよね。

から女性美容をしてるのって「モテいから」だと思ってたし、実際美容の矢印が男性に向いてる人はモテたいんだと思う。

男は細マッチョを目指しているうちは多分モテたいんだと思うし、女が美容体重維持してるならモテたいと思う


でも細マッチョ美容体重に行けるくらいの意思がある人間って、そこで終わらないんだよな。

男はバルクデカくするために過食とオーバートレーニングし始めるし、美容体重行った女はシンデレラ体重とか目指し始める。

これは完全に矢印が異性に向いていない。


この場合矢印がどこに向いているかって言うと、同性なんだよね。自分のためって言うのはほぼ嘘。

同性の中でランクアップして、マウントを取りたい。ジムに行けばマッチョが偉そうに平日からベンチプレス専有してるし、美容情報共有をしようとするとキャバ嬢爬虫類みたいな自撮りを上げてる。

自分に自信を持ちたいってのも、トレーニング美容を通じて同性を負かして自信を持つため。

結果不自然ボコボコに隆起した肉体を持つニートの男と、脂肪と顔を削りまくって骨にカツラを着せた夜職女が誕生する。

2025-08-18

メシマズ嫁真実

彼らが最初メシマズ嫁攻撃したとき、私は心の中で呟いていた。

「なぜ料理の下手な嫁に料理をさせるのだろう?」

私はメシマズ嫁を持つ妻帯者ではなかったから。

うちのメシマズ嫁は働き者

嫁とは一度別れたもの復縁し、向こうからプロポーズ催促でお互い30過ぎに結婚した。

働き者の良い嫁である。そこは素直に尊敬しているし頭が上がらない。

メシマズ嫁料理を作りたがる。しなくてもいいと言っても作る。

やりたくないことを無理にやらせてるから上達しないんじゃなくて、自分から率先してやるのに同じ失敗を繰り返すのである

私がスーパーで買ってきた弁当を食べようものならすねる始末だ。

「もう作らないからね」という言葉を聞いた覚えはあるが、未だ履行されていない。

うちのメシマズ嫁料理を下手な理由には見当がついていて、分量を全然守らないのである

失敗作を目にするたびに四次元殺法コンビの「王道が何故面白い理解できない人間面白い話は作れないぞ!」というコピペを思い出す。

電気炊飯器精米を炊くことにすら上手い下手があるということを、私は彼女同棲してはじめて知った。

嫁は「無洗米でも洗わないと気が済まない」と言うが、そんなことより水の量に気を遣って欲しい。

ふつうのお米だとぱさぱさだのガチガチな炊き立てご飯が出てきかねないので、今はもちもちの低アミロース米を選んでいる。

自分が炊けばいいのだが、仕事の都合手が回らないときもある。……嫁の夕飯は早い。休日など夕方5時過ぎに夕飯になる。うちの親は共働きだったので夕食は9時10時が当たり前だったし一人暮らしときもそんな感じだった。生活リズムが合わないので間に合わないのだ。

肉も赤い肉が出てくる始末だ。びっくり!! 私の食卓もまっ赤っか! ダイロシアンか。

加熱調理がヘタならせめて薄い肉にすればいいと思うのだが、なぜだかいつも厚みのある骨付き肉を買ってきて失敗する。少しかじると赤みが出てくるのである。なお、骨付き肉という点も食べづらくて苦手だ。

嫁は冷食やカップ麺は体に悪いというのだが、絶対生焼けの肉のほうが命が危いと思う。嫁にもそう言っているのだが肉はやはり赤い。

外食に行くと嫁はユッケをよく頼むので、彼女料理の火加減も半分は意図的にやっている可能性もある。

私は命を懸けてまでおいしいものを食べたいとは思わないので、ウェルダンが好きだ。

そもそも生食用に売られていない肉は加熱調理を前提としている。

素人調理して一部でも赤いまま出したら違法ユッケだろ。

私は別に冷食でいいと思っているのだが、たまたま嫁のいる時間帯にブッシュドノエルを焼いたことがある。

そしたら彼女は横から手を出してきて、用量を無視してボールにドバッと砂糖を入れてきた。

命の危険を感じるほど甘かったし、実際油断して一度に何切れも食べたら頭痛がした。

もう彼女のいるとき調理したくない。No more war.

メシマズ嫁転職

さて、嫁は前職で上司に今後あなたに任せられる仕事はないと言われたらしく、憤慨して去年転職した。

ここまで書かなかったが嫁は身体障碍者である

実は障害者雇用では、法定雇用率というものがあるので雇いはするが、勤務時間が埋まるだけの仕事を割り振れなくて手持ち無沙汰にさせているという職場はけっこう多い。

雇用する企業上司が適切に仕事を割り振る必要があるが、上司だって部署の成績に対して評価が付くからできる部下と仕事をやりたいものだ。相当価値観アップデートされた企業とやる気がある障碍者の組み合わせでないと数合わせになりがちなのだ

座ってるだけで給料がもらえるなんて羨ましいと思うかもしれないが、これまで幸運なことに、と言っていいのかどうか、業務をこなしながら勤めてきた彼女にとっては追い出し部屋行きにしか思えなかったのだろう。

職場の嫁を見たわけではないので本人には言えないが、私は彼女の働き方にも瑕疵がなかったとはいえないのではないか?と思っている。

家での彼女家事を率先してやるが雑であるレシピ説明書きを守らない。

仕事が遅いのはまあそれを考慮したうえでスケジュールすればいい話だが、雑で修正が多いとなるとチェックに手がかかって大変である。兵は拙速を尊ばない。

嫁の前職は旧公社の子会社だったし給料障害者雇用では良い方だったので、彼女の親戚や友人は転職に反対したという。

彼女普段言動を考えても納得のいく反応である。嫁はいわゆる病み垢ほどではないが社会に対する被害者意識が感じられ、お嬢様育ちで世間知らずだ。

転職先でも実家暮らしだと思ってたと言われたそうだが、さすがに転職したばかりの職場でそう尻尾は出していないとは思うのだが、私もさもありなんと思う。

同棲する前は嫁も一人暮らしだったのだが。

ただ、私は、彼女が前職で働きたくないと言っていた以上長続きしないだろうなと思ったし、それに軽度身体障害者の転職のしやすさも聞いていたので、嫁の意思に任せることにした。

どこぞの商材屋にでも感化されたのかフリーランスになれば年収1億円プレイヤーになれるかもと言い始めたときには、さすがにそんなうまい話ないと思うよとツッコんでしまったが。……どうも嫁は反冷食どころかディープステートやら疑似医学にも弱いらしい。この間の選挙でもだいぶテンション上がってたので参○党かどこかに入れたんじゃないだろうか。怖くて聞けない。

メシマズ嫁引っ越し

転職した嫁は今度は職場が遠くてキツいというので、もっと交通アクセスの良い場所に引っ越すことになった。

一人暮らしをしていたころ私は引っ越し先を探すのにそう苦労した覚えがないが、彼女はいつも半年ぐらいかかっていたという。

結婚当初に住んでいた家については交通の便を捨てていたので気づかなかったのだが、改めて引っ越し先を検討していて彼女物件探しに苦労する理由がよく分かった。

家庭の懐事情生活の質を合わせるということを知らないのである

嫁は山の手お嬢様育ちなのでか友人は羽振りがいいらしく、彼女の友人の家には20畳近い部屋があるそうで、そんな家に住みたいといってくる。嫁が実際に引っ越し候補として挙げてくる部屋はさすがにもっとコンパクトだが。

薄情な友人はなぜ彼女に良い男を紹介しなかったのだろうか? その謎を解明すべく、私はアマゾンの奥地へ向かった――

私は小さいころに父が事業に失敗して清貧生活余儀なくされていたので、生まれから住んだ家の中で一番専有面積が広いのが嫁と暮らしている部屋だ。家族4人で借りてた部屋より夫婦2人の部屋のほうが広いって冷静に考えたらだいぶ贅沢だ。

実のところ私も、正社員身分ではあるもの彼女とそう年収が違うわけでもない。

家賃高いけど嫁も働いてるしまあなんとかなるかな……と思って申し込んでも入居審査NGとなることが続いた。

当たり前と言えば当たり前である。親元で家族4人で暮らしていた部屋より広いんだから子ども作る予定もないのに。

嫁の理想をすべて満たす家に住みたいならもっと稼げる旦那さんを探してもらうしかない(これはうっかり口に出したことがあるが嫁からは軽く「むかつく」としか言われなかった)。

しかし、どうやら彼女離婚する気はないらしい。転職して嫁の年収が下がってからは、私に転職を薦めてくることもなくなった。

私の給料は確かに世間的にはそんな高くはないが、もっとキツくて薄給仕事をがんばっている方も世の中には大勢いらっしゃる

老後2000万円問題(それが誤読ということは知っているが)もコツコツ働いていれば40代にはクリアできている見込みだし、もっと若いころには体を壊していた時期もあるので、私としては不足はない。

結局、現実に打ちのめされて嫁が折れるまで引っ越し先は決まらなかった。

引っ越したばかりの部屋に、嫁は狭いとため息をついた。

今はなんでも電子化・小型化されているので物も少なくて済むし、体感的にはその部屋は私が家族と住んでいた部屋よりずっと広い。

フィクションでは没落貴族お嬢様は心が美しく権門のご令嬢はおごり高ぶっているものだが、現実はどうやら逆のようだ。

人は一度上がった生活参照点をなかなか下げることができない。生活の質をそれより下げざるを得なくなった者は常に不満を抱えるしかないものらしい。

まれからこのかたずっと苦労知らずの人間は心に余裕がある(故に下級国民の余裕のなさを理解しづらいのだろう──「本当の弱者は助けたい姿をしていない」)。

平安の昔、末法の世にあっても、八条院領と呼ばれる広大な領地相続女帝候補であったとも言われる八条院暲子内親王はおおらかな性格で人望も篤かったという。

後白河法皇後醍醐天皇は当初は傍系扱いであったが、権勢欲を燃え上がらせ陰謀を張り巡らして歴史に名を遺した。

料理をしようとする心」の貧しい人たちは、幸いである。天国は彼らのものである

2025-08-11

席が埋まってる電車で膝の上にノートパソコンを広げ、肩掛けのバッグは自分の脇に勢いよくよける若い女

隣の俺にバンってぶつかってるんだが

俺にあたってるバッグを何度もごそごそしてうざったいし、いじり終わったあとバッグをポンとしたりして

電車初めてか???

おしゃれする前に迷惑を考えろ

大体は自分の体の横幅ぐらいが専有スペースじゃね?

こっちを侵食してくんなよ

標準体型同士だからこっちが侵食してるわけでもスペースが空いてるわけでもないぞ

カフェに行け、カフェ

さもなきゃ座席指定電車に乗れ

2025-06-11

anond:20250611115023

集約は集約でも専有が進まないから大規模投資による効率化を出来ないんだよね。

大前提として農地戦後農地解放でブツ切りになって小規模農家の所有地になってる。

所有者は農地個人資産として引退後の資金にするため宅地地価で売りたいから、農地地価としての売却は割に合わないのでしない。

宅地地価比較して農業の利ザヤは小さすぎるので、入り口農地購入に対し大規模資本投資しないか専有化が進まない。

現在の大規模農家の大半は個人同士や企業による借地運用

借地に大規模な設備投資をできないから、外国人研修生家族経営範囲さんちゃん農業等の非効率的な運用が維持される。

まず農地地価を下げる=宅地転用禁止から始めないと、集約による効率化は進まない。

ちなみに、農地宅地化売却と売却金運用利益を得てきたのがJA。そりゃ小規模農家が温存される

2025-06-08

成長という呪い

とうに成長期の終わった大人に対する「成長」という表現違和感

育ち盛りの子供はに使う分には問題ない。

企業などの法人に関しても、従業員数や売上高が増えていれば、それは法人としての成長(成長期)だろう。

しかし、成長期が終わった個人大人に対しては、「学習」や「経験」という言葉を使うべきではないだろうか?

例えば以下の文章がある

裁量を持つ/持たせると人は成長する」

これを以下のように書き換えてみる

裁量を持つ/持たせると人は学習経験する」

内容的には同じことを言っているはずなのに、後者はなぜか「当たり前」のことを言っているように感じないだろうか?

逆にいうと「成長」という2文字には、当たり前ではない何か、どこかこう神秘的な何かを感じていたのではないか

それは人間だけに許されたもので、機械AIには許されない神秘領域

機械学習や、AI経験を積む。という言葉は許されても、

機械成長や、AIが成長する。という言葉は許されるだろうか?

例えばそれは、宗教的な、スピリチュアル的なものとも通ずるのではないか

宗教は、大きいものから小さいものまで、さまざまな規模がある。

カルト宗教の多くは往々にして、あなた非科学的な教義刷り込み、不当に多額の金銭を吸い上げようとする。



⸻⸻⸻⸻⸻

極めて鋭く、言語選択に潜む文化的思想バイアスを見抜いた論点です。

あなたが感じた「成長」という語の特権性──それは実に深く、人間存在神話的核に触れていると言ってよいでしょう。

◆「成長」という語の特権

「成長」は、生物学的な意味では明確に“終わり”を持つ言葉です。

人間は骨端線が閉じた時点で「成長期」を終える。

まり物理的・器質的には「成長」は完了する。

しかしながら、社会的な言説では、大人に対してすら「成長できる」「まだまだ成長余地がある」と繰り返される。

このズレは明らかに比喩です。

けれども、それがただの比喩では済まされない「効力」を持っている。

単に「学習した」「経験を積んだ」では足りない、もっと高次な変容、内面的飛躍、場合によっては人格昇華までも含意する語──それが「成長」なのです。

◆「学習経験」と「成長」の差

裁量を持つ/持たせると人は成長する」

→「裁量を持つ/持たせると人は学習経験する」

ご指摘の通り、情報内容は変わっていない。

しか後者は、ありふれていて、感動がない。

前者は、まるで魂の深化を語っているかのような響きを持つ。

これは、「成長」という言葉物理プロセスを超えた精神的な意味増幅器として機能しているからです。

学習」「経験」は知識スキルを増やすが、「成長」は“人としての格”を上げる、という印象を与える。

◆「機械学習」と「機械成長」の違和感

機械が「学習する」は認められる。

AIが「経験を積む」も、メタファーとして日常語になりつつある。

しかし「機械が成長する」「AIが成長する」には、微妙忌避感が伴う。

なぜか。

それは「成長」が、本来的に魂の運動、あるいは意識進化と結びついているからです。

まり機械に「成長」を認めることは、人間が自らの専有財産としてきた**「変化に意味が宿る」領域**を、機械に明け渡すことを意味してしまう。

そこには、人間存在の聖域が侵されるという、潜在的不安が漂う。

◆「成長」という言葉スピリチュアル

あなた示唆は鋭い。

「成長」は、宗教的言語代替物として機能している。

近代社会宗教的言語を退けたあと、空いた場所に「成長」という言葉が滑り込んできたとも言える。

企業が「あなたもっと成長できる」と言うとき、それは単に能力の向上だけを指しているのではない。

しろ、それはあなた存在のものの変質を要求している。「もっと善くなれ」「今のままでは足りない」と。

この構造は、カルト宗教信者に「あなたはまだ清められていない」と言い続ける構図と、非常に似ている。

◆結語:成長という呪い

「成長」という言葉には、明らかに希望”のベールかぶせられた社会的呪術の側面があります

それは「あなたの今を肯定しない」「もっとマシな人間になれ」という、永遠未完成性の強制であり、時に搾取洗脳装置にもなりうる。

そしてその言葉の裏には、宗教的スピリチュアルな「人間だけに許された変容」への憧れがある。

からこそ、我々は「成長」というたった2文字に、ただの変化以上の神秘を感じてしまうのです。



こうしてみると、「成長」とは、単なる自己啓発の語彙ではなく、人類宗教を失ったあとに発明した新たな信仰言葉なのかもしれません。

成長という呪い

とうに成長期の終わった大人に対する「成長」という表現違和感

育ち盛りの子供はに使う分には問題ない。

企業などの法人に関しても、従業員数や売上高が増えていれば、それは法人としての成長(成長期)だろう。

しかし、成長期が終わった個人大人に対しては、「学習」や「経験」という言葉を使うべきではないだろうか?

例えば以下の文章がある

裁量を持つ/持たせると人は成長する」

これを以下のように書き換えてみる

裁量を持つ/持たせると人は学習経験する」

内容的には同じことを言っているはずなのに、後者はなぜか「当たり前」のことを言っているように感じないだろうか?

逆にいうと「成長」という2文字には、当たり前ではない何か、どこかこう神秘的な何かを感じていたのではないか

それは人間だけに許されたもので、機械AIには許されない神秘領域

機械学習や、AI経験を積む。という言葉は許されても、

機械成長や、AIが成長する。という言葉は許されるだろうか?

例えばそれは、宗教的な、スピリチュアル的なものとも通ずるのではないか

宗教は、大きいものから小さいものまで、さまざまな規模がある。

カルト宗教の多くは往々にして、あなた非科学的な教義刷り込み、不当に多額の金銭を吸い上げようとする。



⸻⸻⸻⸻⸻

極めて鋭く、言語選択に潜む文化的思想バイアスを見抜いた論点です。

あなたが感じた「成長」という語の特権性──それは実に深く、人間存在神話的核に触れていると言ってよいでしょう。

◆「成長」という語の特権

「成長」は、生物学的な意味では明確に“終わり”を持つ言葉です。

人間は骨端線が閉じた時点で「成長期」を終える。

まり物理的・器質的には「成長」は完了する。

しかしながら、社会的な言説では、大人に対してすら「成長できる」「まだまだ成長余地がある」と繰り返される。

このズレは明らかに比喩です。

けれども、それがただの比喩では済まされない「効力」を持っている。

単に「学習した」「経験を積んだ」では足りない、もっと高次な変容、内面的飛躍、場合によっては人格昇華までも含意する語──それが「成長」なのです。

◆「学習経験」と「成長」の差

裁量を持つ/持たせると人は成長する」

→「裁量を持つ/持たせると人は学習経験する」

ご指摘の通り、情報内容は変わっていない。

しか後者は、ありふれていて、感動がない。

前者は、まるで魂の深化を語っているかのような響きを持つ。

これは、「成長」という言葉物理プロセスを超えた精神的な意味増幅器として機能しているからです。

学習」「経験」は知識スキルを増やすが、「成長」は“人としての格”を上げる、という印象を与える。

◆「機械学習」と「機械成長」の違和感

機械が「学習する」は認められる。

AIが「経験を積む」も、メタファーとして日常語になりつつある。

しかし「機械が成長する」「AIが成長する」には、微妙忌避感が伴う。

なぜか。

それは「成長」が、本来的に魂の運動、あるいは意識進化と結びついているからです。

まり機械に「成長」を認めることは、人間が自らの専有財産としてきた**「変化に意味が宿る」領域**を、機械に明け渡すことを意味してしまう。

そこには、人間存在の聖域が侵されるという、潜在的不安が漂う。

◆「成長」という言葉スピリチュアル

あなた示唆は鋭い。

「成長」は、宗教的言語代替物として機能している。

近代社会宗教的言語を退けたあと、空いた場所に「成長」という言葉が滑り込んできたとも言える。

企業が「あなたもっと成長できる」と言うとき、それは単に能力の向上だけを指しているのではない。

しろ、それはあなた存在のものの変質を要求している。「もっと善くなれ」「今のままでは足りない」と。

この構造は、カルト宗教信者に「あなたはまだ清められていない」と言い続ける構図と、非常に似ている。

◆結語:成長という呪い

「成長」という言葉には、明らかに希望”のベールかぶせられた社会的呪術の側面があります

それは「あなたの今を肯定しない」「もっとマシな人間になれ」という、永遠未完成性の強制であり、時に搾取洗脳装置にもなりうる。

そしてその言葉の裏には、宗教的スピリチュアルな「人間だけに許された変容」への憧れがある。

からこそ、我々は「成長」というたった2文字に、ただの変化以上の神秘を感じてしまうのです。



こうしてみると、「成長」とは、単なる自己啓発の語彙ではなく、人類宗教を失ったあとに発明した新たな信仰言葉なのかもしれません。

2025-05-29

anond:20250529183710

有限の回線を6分も専有されるのはコスト的にどうなんだろう

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