はてなキーワード: きっかとは
正確に言うと男なのに男が嫌いになった。
インターネットではいかに女が邪悪で愚かな生き物かについて日々呪詛が垂れ流されているが、現実的な話として、女は基本まとも。男はクソ。
入職したばかりの頃は車内にしばしば撒き散らされている小便の正体が分からなかった。赤ちゃんが漏らしているのかと思っていた。
先輩から、あれは酔っ払ったおっさんや、薬物や精神病で頭おかしくなったおっさん、そういう性癖のおっさんの落とし物だと聞かされて戦慄した。
おそらく定年退職して暇を持て余しているのであろう高齢男性に絡まれ、駅係員の愛想の悪さ、無礼な態度についての説教から始まり、妻や子供に関する愚痴、若者の質の低下、高齢者に対する社会全体の敬意の喪失などの話題に発展し、最終的には社会保障、自民党、アメリカ大統領などの話に辿り着くことはよくある話。
むしろ混乱と混雑の解消のために駆り出されたはずの人員がお前の対応に割かれるから事態は余計に悪化する。
帰宅ラッシュの時間帯になると必ず車内のフリースペース(車椅子やベビーカーを優先するエリア)でおっさん同士の喧嘩が勃発する。
喧嘩のきっかけは、睨まれた、肩が触れた、鞄が当たった、口が臭い、独り言がうるさい、場所を取るな、イヤホンの音漏れをやめろ、等。
最初に喧嘩を吹っ掛ける方は単に苛立ちを発散する口実を探しているだけなので口調も荒くて喧嘩腰だし、吹っ掛けられる方もただでさえ喧嘩腰な人間に対してプライドの高い中高年男性が素直に聞き入れるわけがないので順当に喧嘩に発展する。
駅係員が介入することになるのは殴る蹴るなどの身体的な暴力に発展し、尚且つ周囲の乗客が通報した場合のみ。それですら1日2回ぐらいのペースで発生するので、口喧嘩の範疇に収まったケースや周囲が見て見ぬ振りをしたケースを考えると暗数は相当多いと思う。
酒が入っている時はタクシーで帰るというのを徹底するだけでもかなり喧嘩は減ると思う。
男同士で喧嘩するのはまだマシ。力が均衡しているからどちらかが一方的に被害者になりにくい。
絡む理由は、足を組むな、スマホを弄るな、声がうるさい、スカートが短い、腹が邪魔(妊婦に対して)等。
大したマナー違反でもない。そして周りの他の男が平気で行っている、これより酷いマナー違反は無視。要するにマナーを大義名分に女を叱って愉悦に浸りたいだけ。
勝手に懲罰感情が芽生え、太ももに触る、殴る、容姿を罵るなどの犯罪行為に走ることもある。
性欲が原動力なのに本人の中では正義感ゆえの行動に完全にすり替わっているので、正義の執行を邪魔されたことに対する怒りで駅係員に食って掛かってくる。そして暴言暴力に発展して警察を呼ぶことになる。
妊婦に対して「堕ろしてこい!」と言い出した時は流石にこっちも冷静になれなかった。
乗客同士のトラブルで警察沙汰に発展した際におっさんが言いがちな台詞
「その間の時給は払う!?時給換算したら俺の時間いくらだと思う!?」
じゃあ若い男はまともなのかというとそんなことはない。
中学生〜新卒ぐらいの男が3人以上で群れるとロクなことがない。
大声で騒ぐ。駅構内の器物を破壊する。気が大きくなって車内で女性に絡み始める。他の乗客が咎めると「なにマジになってるんすか?w陰キャ?w」
でも1人だとマシということはなく、優先席で体操座りをしたり胡座を掻いたりして音楽を聴きお菓子を貪り食いながら自宅のようにくつろぐ奴も見かける。
ただ、こいつらは甘やかされて育って調子に乗っているだけのガキなので、制服を着ている我々が少し強く怒るだけて往々にして萎縮して反省する。泣きながら謝る奴もいる。そこはまだおっさんよりはマシ。
今後同じことを繰り返させないためにも躊躇なく非常ボタンを押してほしい。
人手不足と機械化の時代、最低限の人員で社会を回すため、あらゆる施設・あらゆるサービスが、セルフレジやQRオーダーシステムの導入などに踏み切っている。
駅も例外ではなく、窓口を減らし、無人改札を増やし、ネットで新幹線を予約させ、時代についていけない人間を振り払っていく方向に進化している。
高齢女性は割とすぐに適応できるが高齢男性は何度も尋ねてくる。自分で調べない。そして一向に理解しない。中には新たなシステムの導入自体に怒りを燃やす奴もいる。早く淘汰されてほしい。
暴言を吐いてきた奴に、駅係員としての節度と礼節を弁えた上で場を掻き回すことなく相手を制圧できる魔法の言葉がある。
それは「今、⚪︎⚪︎と仰いましたか?」と復唱すること。
例えば「ぶっ殺すぞ!」と言われたら「今、ぶっ殺すぞと仰いましたか?」
大抵黙り込むかトーンダウンする。
彼らは行き場のないストレスの捌け口として駅係員に暴言を吐いているという自覚自体はあるので、それを突き付けると大人しくなる。
大きめの声で復唱するとなお効果がある。周りの目を気にして縮こまる。
少し前に「松葉杖で生活している20代女性です。新宿駅で検証しました。ぶつかりおじさん問題はぶつかる女性が悪いです」という記事が話題になっていたが、身体障害者の20代女がじっくりと周りを観察できるほど新宿駅は女にとって安全な空間ではないのであれは嘘。
というか新宿駅で若い女がぼんやりしてると即座に声を掛けられるから物理的に観察は不可能。
路上で女に声をかけて性風俗を斡旋する、いわゆるスカウトや、ネット上で弱者男性を騙してnoteを売り捌いている自称ナンパ師の虚言を真に受けてナンパに勤しんでいる弱者男性が駅構内を徘徊して女性に声を掛けて迷惑をかけている。
どうも「身体に触れない限りはセクハラではない」という認識が奴らにはある
クレームが相次いだため現在はアナウンスでスカウトとナンパをほぼ名指しで警告している。アナウンスを流すようになってから声かけによるクレームは減った。それでも撲滅できてはいない。
いわゆるぶつかりおじさん問題だが、Xやニュースで周知されるようになってから正当なぶつかりおじさんは減った。
最近増えているのは肘を大きく広げてすれ違う際に女性の胸を肘で殴る、背後から女性の靴や脛を蹴るなどのパターン。
わざとかな?と思ったら遠慮なく周りに助けを求めて駅係員のところに連れてきてほしい。軽い説教しかできないが、何度も説教されれば大人しくなる。
電車を利用する全ての男に言いたい。
他人に絡むな、周りに気を遣え、周りと同じように振る舞え、ストレスを他人で発散するな、身体を小さくしろ、嘘をつくな、風呂に入れ、ゴミはゴミ箱に捨てろ、唾を吐くな、排泄はトイレでやれ
当たり前のことを当たり前にしろ。
その2
主人公の下呂くんは女性に免疫のない「毒使い」。行動を共にする結婚アドバイザーの城崎は、見た目は美女だが実は男性という。
特殊能力を持った殺し屋と闘いながら、様々な女性と出逢う展開ってところか。
登場人物の名前は、他にも姫川や嬉野など温泉地の名前にちなんでいるのが特徴的。
アクションシーンもよく動いて凄いと感じるけれど、私としてはバトル以外のシーンの方が好き。
メシアニメは私の好物です。メイドさんもかわいいし、食べ物も美味しそう。
コンビニおにぎり、ナナチキ(セブンイレブンジャパン)、信玄餅(桔梗屋)、たまごボーロ(大阪前田製菓)、サトウのごはん(サトウ食品)、ポカリスエット(大塚製薬)、築地さとうビーフカレー(吉祥寺さとう)、おいしい牛乳(明治)、はちみつ&れもん(加藤美蜂園本舗)、いちごチョコクリーム(マリオンクレープ)など、実在する製品が多数登場。コンビニもセブンイレブンがそのまま描かれている。
食べ物以外にも豆知識が紹介されたり、「鍵をきちんとかけたか気になって確認したくなる」「鯛焼き、頭から食べるかお尻から食べるか問題」など、日常の「あるある」を挟むのもポイント。
おいしそうだし、かわいいし、勉強になるし、ずっと見てられる。
担任の先生は可愛い顔でグラマーだけど、学校中では「怖い先生」と噂されている。
でもそれは単なるコミュ症なだけで、実は声もひょろひょろで体力もない、よわよわ先生だった。
ラッキースケベ系ですね。あと皆んな体の大きさに比べて顔が小さい。
これ、15分でいいかなー。
首を切ることで前世の力を引き出し、前世の偉人の才能を得た者たちが戦うバトルアクション。
主人公は天下の大泥棒・石川五右衛門の才能を持ち、他者の才能まで盗み出すことができる。
「全ての才能を盗み出し、歴史を総括するほどの人物になってやろう」と思っているが、根は優しい人。
人によっては「ドッペルゲンガーは恋をする」というタイトルで知られているかも。
舞台は静岡市。パーマンのコピーロボットのように、能力で生まれた自分のレプリカが学校へ通う物語。
レプリカが過ごす青春や恋、そしてそれを通して本体側が変化していく様が描かれている。
5話でタイトル回収、一旦終わりといった感じ。
〜これはいじっぱりな二人が、「愛してるゲーム」に翻弄される物語である〜
幼なじみ同士で、「愛してる」って言って照れさせた方が負けというゲームを続けている、恋愛頭脳戦。
幼少の頃は単なる「からかい」だったようだが、互いを意識するようになってからは、この関係を繋ぎ止めるためのゲームになっているようにも感じる。
サンデーならではの、「魔法使いが長生きしすぎるやつ」「勇者の声マジイケボだよね」「あの世界の住人銅像たてすぎじゃない?」といった小ネタがあったり。
3年ぶりの2期。
異世界転移した先で万能農具を片手に農業生活をしていたら、様々な種族が移住してきて、村ができて村長になっちゃいました。さらに子供も出来ちゃった。
鉄腕ダッシュの「DASH村」や「DASH海岸」が好きな人は好きかも(あそこまで本格的ではないが)。
異世界でのんびりスローライフと言いながらバトル多めになる作品が多い中、こちらは基本的に農業や村開拓を続ける感じ。
4話で村民同士が戦う武闘会(お祭り行事)があるが、農業アニメと舐めていたら驚くくらい、しっかりとしたバトル描写になっていた。
きらら。秋田から東京のお嬢様学校へ編入するはずだったのが、女子寮を兼ねる漫画喫茶「ヘッジホッグ」に住み込みで働くことに。
住居は一畳間、漫画喫茶暮らしということでこのタイトル。あとはいつもの可愛い女の子たちの日常コメディ。
客があまり登場せず、登場しても店内トラブルで帰ってもらうことが多いため、経営している感があまりない。
荒川弘が描く幻怪ファンタジー。1話の驚きの展開で、掴みはオッケーじゃないでしょうか。
主人公の「どうなってんだよ、これ」「なんなんだよ、なにがおこってんだよ」という反応、私自身もまさにそれでした。
OPはVaundy、EDはyama、Vaundyとのタッグで、作詞・作曲・編曲をすべてVaundyが担当している。
冴えない陰キャだった頃の自分へタイムリープし、灰色だった青春を「虹色に染めてやる」という作品。
主人公はコミュ障ではあるものの、前世でもそれなりの経験を重ねており、第二の人生ではあっさりカースト上位にいてモテる「強くてニューゲーム」状態。
ただ自己肯定感は相変わらず低く、そんな主人公と周囲の間に生まれる「不協和音」や「ギスギス感」が個人的に好き。
3話でAqua Timez『決意の朝』が歌われる。もう20年前の曲なんだよなー。
幼馴染が主人公を「あなた」と呼ぶ点には少し違和感を感じる。名前呼びか「あんた」ならしっくりくるのだが。詩ちゃんかわいい
OPは前島亜美、EDは愛美。EDのアニメーションの担当は、ズーマー好きなんかな。
主人公の女の子・スピカは、ある日言葉を話す猫と出会う。その正体は有名な天才魔術師。
お互いの利害が一致し、猫と師弟関係を結んで1等魔術師を目指す物語。
スピカは猫の封印を解くことができる(時間制限あり)。封印解除には魔力の注入が必要だが、ただし魔力は尻に入れる。
「天才になれなかった全ての人へ」2019年にドラマ化されている。
絵を描くのが好きだけれど才能がない光一。
絵の才能を持ちながら、父の死をきっかけに描くことを止めてしまった左利きの女の子、エレン。
仲がいい訳ではなかったが、結果的に光一がエレンの背中を押す形となり、それぞれの人生が進んでいく。
光一の社会人パートは緊張しながら見るなあ。私にも神谷さんみたいな人いたなあ
テレビではテレ東系列,AT-Xだけ。一部地方では放送されていない。これ全国放送してほしかった
OPはALI、ちょっとバブルガム・ブラザーズのWON’T BE LONGを思い出す歌。
1年ぶりの2期。前世では最強の王と呼ばれながらどこか孤独な人生だったが、転生先では家族や友人に囲まれながら心身共に成長していく。
今シーズンも地上波はテレビ東京のみで、全国ネットではない。BSでも放送して欲しかった。
OPはSIX LOUNGE、EDは22/7。Season1のEDはアーサーが走りながら成長していく感じだったが、Season2はテシアがそんな感じ。
テシアがヒロインなのは分かるけど、私の中ではジャスミンがヒロイン。
『野生のラスボスが現れた!』と同じく、アニメと同じタイミングでサンソフトからゲーム化された作品。
夏休みの前日に当たる終業式の日、教室に入ろうとした瞬間に異世界転移してしまう。
過剰とも取れるオーバーリアクションや奇行が目立ち、テンションが変なアニメに感じたかな。
転移直後に出会ったエルフとは2話で別れ、主人公は新たなパーティーを組む。
一方、エルフたちのパーティーストーリーも並行して進んでいて、これまた1クールでは収まりきらない感じかな。
天才王子と自称悪役令嬢ポンコツ転生者との、ハートフルストーリー。
令嬢バーティアは転生者、王子セシルはゲーム世界のキャラクター。
乙女ゲームの悪役令嬢へ転生してしまうというよくあるパターン。
が、特色は、よくある転生悪役令嬢話とは役割が逆になっている点。
通常はゲームの展開を全て知る転生者が世界を変えていくものだけれど、
今作は、完璧なセシル殿下がバーティアを観察し、言動や行動を基に世界を変えていく展開が面白い。
感情などないようにあれこれこなすセシルだが、オモシレー女、バーティア嬢に心動かされていく。
EDの絵いいなー。
2期で飽きてきたのだけれど、今回は好きかも。主にテンポが良くなった気がする。
「愚者の奇行団」とは対立したくなかったという思いも何とかなりそうだし。
ハッコンのランクがついにレベル3へ。ランクアップは1期7話以来。
『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』の作者による作品。
四季の神々から与えられた特別な力で各地に季節を巡らせるという世界のお話。
そんな春の季節の「代行者」と、その代行者を守る護衛官の物語が描かれている。
その時何があったのか、そして戻ってくるまでに何があったのかは、毎話少しずつ明らかにされていく。
6話まで観ると大体の状況が掴めてくるのと、EDの持つ意味も分かってくる構成。さくらの声の人の演技にちょっと感動。
それぞれのエピソードの終盤で登場人物の感情が溢れる様子、感動を誘う演出は、まさに『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』といったところ。
タイトルも内容もなかなかクセのある作品。現代アニメーションの見本市。
女神の力で別の世界の「何か変なモノ」に転生し、その世界を見届けて人生を終え、女神の元へ戻って異世界での出来事を確認する。そしてまた転生しての繰り返し。
転生先の世界は毎回異なるクリエイターが担当しており、アニメだけではない多様な表現が試されてる。
特殊な映像や演出が目に飛びすぎて、全然話が頭に入ってこない……というより、むしろ「違う面白さ」がある。
EDはshallm。EDでは本編のメイキング映像が流れるのも特徴的。
女の子が酒を飲む作品です。 私の中でこういった系は『たくのみ』以来かもしれない。あと今作はタイトル通り百合度が高い。
お酒の豆知識をゆっくり解説してくれるコーナーがあるが、どう聞いても、どう見てもひなたとあおいです(クレジットには「スマホの声」と記載)。
いいですね、酒アニメ。私も角打ちによく行きます。私は芋のくっさいのが好きです。 酒の味なんて分からず、酔いと雰囲気だけ楽しむ「ダメな大人」になってしまいましたが。
EDは毎回同じ曲だが、歌う人(キャラ)が毎回違う。 EDアニメーションも毎回異なり、登場人物の「ある日のストーリー」を描く《ヤマノススメ Next Summit》方式。
2年ぶりの2期。間があいたが1期振り返り特番があったので助かった。
魔法至上主義の世界で、まともに魔法が使えない「落ちこぼれ」主人公が剣で活躍する話。
2期では落第し、失意に沈む主人公ウィル。街では年越しの大結界を張る行事が行われていた。
無事に結界が張られたと思った矢先、不穏な魔法円が出現し、街はモンスターに襲われる。
1期ではダンジョンを潜っていたら本来ここには現れるはずがない高レベルなモンスターが登場したり、
今回は街が突如戦場になったりと、ダンまちを見ている人は既視感を抱く展開(原作者が同じ)。
まさか第16話の杖と剣が交わるウィストリアまでがプロローグだったとは
2009年にKAT-TUNの亀梨和也でドラマ化されている。 美味しんぼのワイン版と表現するのは少し雑か。
1話ではそこまで気にならなかったけど、さすがに2話以降は気になってきた。(プロの声優ではないとはいえ、それでも上手い方だとは思う)
話は面白いのだけれど、やはりこの声と展開の早さが、私にはちょっとしっくりきません。
田舎の空き家を管理する主人公と、そこに集まる霊獣たちの物語。
異世界放浪メシの「フェル」に似たキャラクターがいるので、スライムの「スイ」がいても違和感なさそう(「我、山神ぞ」すみません)。
主人公には霊を祓う力があり、メモ用紙に文字を書くだけで、その辺の陰陽師以上の力を持つ霊祓いアイテムになる。
背景がすごく綺麗で、そこまで大盛り上がりする展開はないけれど、落ち着いて見られる個人的に結構好きな作品。
めちゃくちゃ好きなんだが。
歌劇学校を舞台に、決して華やかではない「人と人との歴史を紡ぐ青春群像劇」。映画にしてもいいのでは。
話によって焦点を当てる登場人物が変わり、時代や場所も淡島・鎌倉・広島ところころと変わるため、少し頭の中が大変に感じる人もいるかも。
登場人物はそれぞれどこかで繋がっており、後になって「この人はあのエピソードの人か」と気づくと楽しくなる。
公式サイト(https://awajima-anime.com/story/)の各ストーリーページ下部にある相関図を見ると、つながりが分かりやすい。
同作者の過去作で、鎌倉が舞台だった『青い花』(漫画/2009年アニメ化)とも少しつながりがある。
1年半ぶりの4期。私は少数派かもしれないけどバトルより会議の方が好きです。
勇者と魔王みたいな善悪2者対立した話なら力でバトって分かりやすいんだけど、
こうも役者や国や思惑が増えてきたら会議がないとしっくりこないので。
さてこの度はテンペスト評議会への参加の件。欲まみれで舐めている議員たちはどうなるか
これは進化が「ゆっくり少しずつ」ではなく、次のような形で起こるという考え方です。
① 安定した期間(平衡)
② 短期間の急激な変化(断続)
③ また安定へ
⸻
「ずっとゆっくり変わる」のではなく
⸻
たとえ
→ その後また安定する
⸻
対になる考え方
昔からよく言われていたのは「少しずつ連続的に進化する」という説(漸進説)ですが、断続平衡説はそれに対する新しい見方です。
<編集長>
担当がついているからには、必ず評価しているところがあるんです。だから、担当がつくきっかけになった投稿作の、どこがよかったかを聞いてみるといいと思う。「なんで私の担当についてくれたんですか?」って。自分の意図せぬところだと思うけど、さっき河原先生もおっしゃったように、そこが自分の長所だろうから。それを次にも生かしたらいい。2作目が通らないという人は、担当とのそのやりとりがないまま、評価されたところとは違う部分で次の作品を描いてしまっているのかもしれない。本当は、担当編集も、それを作家さんにちゃんと言わなきゃいけないんだよね。コミュニケーション不足になるのは、よくないなと思います
@bungosd_anime
【お願い】
「文豪ストレイドッグス」は文学に触れるきっかけになることを目的の一つとして、実際の文豪の名前をお借りして描いております。
これを受けて https://x.com/bungosd_anime/status/2053022157190340876/quotes を見ると「つまり検索避けしろってことだね!」と解釈してる人が多数いるんだけど、、、そういうことなん???
https://togetter.com/li/2694689
昔話+古い風習+昭和の親のノリが全国的に定着した文化現象。要するにガチモンのミーム。
ただし定説としてよく知られているのだが決定的な論文などは見つからなかった。
親が元ネタをちゃんと知っていたら厄落としの愛を表現できたんだけどね。
知らずにやってたならその親はギルティ
桃太郎(川から流れてきた桃から生まれる)、一寸法師、瓜子姫など「川や水辺から子どもが授かる・拾われる」話がたくさんある。
水=命の源・神秘的な場所というイメージが強いんです。橋の下=川岸というイメージが重なって「拾ってきた子」という言い回しが生まれたと言われています。
江戸時代〜戦前まで実際にあった習慣に「拾い親」というものがある。
体の弱い子・厄年に生まれた子を一度「捨て子」に見せかけて道端や橋の下に置き
別の人が「拾う」まねをすることで厄を落とす・丈夫に育つように願う儀式だった。
これが形骸化して、親が子どもをからかうときの定番フレーズになった
特に馬鹿な親は「本当の子じゃないよ」「拾ってやったんだから感謝しろ」という恩着せがましいニュアンスまで付加した。
『お前はうちの子ではない 橋の下から拾ってきた子だ』でも、この風習がそのまま言い習わしになったと分析されている。
https://www.amazon.co.jp/dp/4791104072
地域によって「紀の川で拾ってきた」「多摩川の橋の下」などバリエーションがあり
関西では特に「わがまま言うたら橋の下に返しに行くで!」という発展形も多かった。
「実はお前は私の息子じゃない」も同じノリで、血のつながりを否定してショックを与える・恩を着せるための定番バリエーションとなっていた。
昭和生まれ・70歳前後の親世代が「鉄板ギャグ」として使っていた話が大量に集まってますが現代の親(特に40代以下)は「絶対言わない」「トラウマになる」と明確に拒否する声がほとんど。
2020年代後半の記事やSNSでも 「今は子どもに傷つく冗談は言わない」 「時代錯誤」「ハラスメント」という認識が主流。
昔は「親の愛情表現のつもり」「子どもが泣くのが可愛いから」だったのが、今は「相手が嫌がったら即やめる」が当たり前になった
私の場合は会社に指示されて参加した職種別の交流会で出会った、他社の2歳上の女性と食事に行ったことがきっかけだった。
そこから「同じ職種の先輩ですごい人がいて〜」→「起業しているすごい人がいて〜」と二人の先輩に会わされた。
新卒2ヶ月目で同じ職種の人が社内にいなかった私は、同じ職種の先輩ができた〜と喜んでいたところだったのでいまだにトラウマ。
私が思う見分け方は、
①出会って数回目で『金持ち父さん貧乏父さん』を勧めてくる
ネットに限った話でもないけど、世の中には嘘か本当か分からない話が跋扈してるわけだけど。
そういう話に一丁噛みするとき、俺がよく使うフレーズが「もし本当なら~」とか「おかしいと思ってたんだよね~」だった。
なんでかっていうと、これって“半端なリテラシー仕草”なんじゃないかと思ったからだ。
それを言語化できるようになったのは最近で、きっかけは『チャンスの時間』って番組だった。
その番組の企画で、芸人たちがギャンブルで持論を展開していくのをドキュメンタリー風にやるってのがあって。
バッテリィズのエースだっけか、そいつが数回目のレースで消極的な賭けをしたわけ。
で、レースには負けたんだけど、その際に「あんまり賭けなかったから実質的には勝ち」みたいな言い訳してて。
つまり「一応は賭けたけど、“負けそう”という予感が当たっていたという意味では自分は正しかった」という主張なわけ。
番組内でもネタ扱いされていたけど、実際これって大した理屈じゃないよな。
少額とはいえど負けて損はしているわけで。
あの場面でのマストはもちろん“的中させる”ことで、次点で“そもそも賭けない”ことだろう。
消極的な選択を“不幸中の幸い”と解釈するならまだしも、それを“勝ったも同然”と主張するのは無理がある。
そして勝ったとしても消極的な選択が功を奏しただけに過ぎず、少額ベットだから儲けも少ないので情けない立ち回りなのは変わらない。
何が言いたいかっていうと、「もし本当なら~」とか、「おかしいと思ってたんだよね~」みたいなのはこれに近いスタンスなんじゃないかな~と。
嘘か本当か分からない話だけど“一応は賭けてみた”という状態。
「半信半疑なんですよ、だから自分にはリテラシーがあるんですよ」っていうアピール。
それで本当だったら「一応は賭けていた自分が正しい」となるし、嘘だったら「鵜呑みにはしていなかった自分が正しい」となる。
特に「おかしいと思ってたんだよね~」的なムーヴが一番ダサいというか、半信半疑の“半疑”の方が当たっただけじゃんっていう。
両方賭けて片方が当たっただけのことを「俺って冴えてる~」みたいにいってることを自覚してしまった。
今から20年以上前のことだ。わたしはとある中学受験塾に通っていた。小学四年生か五年生で、塾が主催する夏休み実験教室に参加したことがきっかけだった。受験塾の人気講師というのはたいてい話が面白く、わたしはすぐに夢中になった。それから、毎週末にテストと解説講義を受けに通うことになった。テストこそ胃が痛かったが、講義は毎週楽しみでしかたなかった。小学校の授業よりはるかに刺激的な内容を軽快なトークに合わせて教えてくれるその場所で、新しい、面白い友達もたくさんできた。
わたしは志望の中学に合格して、浮かれて報告に行った。そこで会ったいつもの友達に、手紙を渡された。帰宅途中封を開けると、内容は、平日クラスのメンバー内にはいじめがあり、自分はその被害を受けて軽犯罪を強要されたのだというものだった。それからほどなくして、私の「塾の面白い友達」の一人が、小学校でいじめの主犯格だったことも親づてに聞いた。
いまの中学受験は、20年前のそれよりはるかに苛烈であるという。本当に?あの頃すでに、12歳の目で見える範囲ですらすでに空気は澱んでいた。子供ながらに、あそこの親なんかちょっと期待がキツない?という友達も一人二人でなくいた気がする。あれよりひどくなるのか?なんのために?それで、親も名門校の教師たちも現状を是としているのか?
中学時代の級友をみていると、確かに厳しく育てられた人たちもいたけれど、「自然とそうなった」側の人間が多かった。なんか気がついたら受験していた、というような。開成出身の伊沢拓司が、ゲームボーイ欲しさに釣られて日能研模試を受けに行ったエピソードがあるが、まさにそんなもん、だったと思う。でもどうやら、聞くところによれば今はそれほど牧歌的ではないらしい。
ある大学受験講師が「中学受験はその時点での成熟を測り、大学受験は努力を測る」と言っていた。あくまで早熟を拾うためのものなのだと。偏差値の高い学校に受かることは人間の価値の証明ではなく、たまたまおまけつきの当たりくじを引くようなものだ。この子は「少なくとも子供の頃勉強が好きで得意だった」というだけのラベルだ。中学で勉強にハマるやつ、高校で、大学で、なんなら社会人になってから学び直す人だっているだろう。勉強ではない分野で伸びる子供もたくさんいるだろう。努力と自律を多少苦しんででも身につける機会は後でいくらでもやってくる。12歳じゃなくていいだろう。
たかが12歳のやることに親はマジになるなよ。中学受験の思い出なんて、あるにしても楽しいことだけでいい。人生初めて子供達だけでハンバーガーチェーンに寄って、友達が買うポテトを分けてもらったとか、お弁当の嫌いなおかずを交換しあったとか、人生初めて手にするテカテカのIDカードとか、先生につけられた変なあだ名とか、ハゲをイジられる校舎長とか、そんなきらきらしたものたちだけでよかったはずなのだ。
まだGW気分が抜けなくて今週はどうせろくにできないのは分かり切っていたから仕事は程々にして、同僚と雑談してたんだよ。さっきも。
そしたら何がきっかけは忘れたけどトランプの話になって、他の同僚も話に入ってきて「裏と表はどっちか?」という話題になった。
俺は当然柄の方だと答えたんだよ。そうだろ?柄の方が上で、数字の方はひっくり返してみるんだから。
でも同僚は数字の方が表だっていうんだよ。内心では「馬鹿か?」と思ったけど、もちろん口にはしなかった。
俺がいくら説得しても聞く耳を持たない。ずっと「いや、数字の方が表だ」っていうんだよ。マジかこいつ…って思って、少し席を外して今たばこを吸いながらこれ書いてるけど…俺の方が絶対あってるよな。
いわながさんのTwitterの記事が流れてきて、ふと数年前にVTuberをしていた時のことを思い出しました。
一活動者だった人間として、当時の経験を少し綴ろうと思います。
活動自体は好きでしたが、事務所の方針や内部の体制が自分とは合わず、契約満了で辞めるつもりでいました。
一方で、事務所側は以前から「卒業ではなく、独立という形で活動を続けてほしい」と言う方針を示していました。
私自身、当時のキャラクターデザインがとても好きだったこともあり、独立という選択肢を検討し、制作費として聞いていた金額を参考に3桁万後半程度の買取金額を提示しました。
しかし、その後の話し合いは曖昧なまま進まず、返答も先延ばしにされ続け、最終的に独立は実現しませんでした。
結果として、私は「活動終了」という形で事務所を離れることになりました。
独立してほしいと言われていても、結果的にそれが本心ではなく、こちらが誠意を示しても有耶無耶にされることもあります。
当時所属していた事務所は立ち上げたばかりの新規事務所で、チャンネルも1万人以下と、そこまで大きく育っていたわけではありませんでした。
そのため、私としては提示した金額が不当に低かったとは思っていません。
私は今、活動者としては活動をしていないものの、あの頃の経験が完全に消えたわけではありません。
表に立つことから離れた今だからこそ、当時の出来事を少し冷静に振り返れるようになりました。
活動を続けることができなかった悔しさもありましたが、それ以上に「自分がどんな環境でなら健やかに働けるのか」を知るきっかけにもなりました。
好きなことでも、環境が合わなければ続けるのは難しいという当たり前のことを、身をもって理解した気がします。
VTuberとして過ごした時間は決して無駄ではなく、そこで得た経験や出会いは今でも大切なものです。
ただ、あの頃のように無理をしてまで続けたいとは思いませんし、自分の心や生活を犠牲にしてまで表に立つ必要もないと感じています。
これからまた何かを始めるかどうかは分かりませんが、少なくとも「自分の選択を自分で決める」という感覚だけは、あの頃よりずっと大切にできるようになりました。
自分を表現できる場所があって、誰かがそれを受け取ってくれる。
ただ、ひとつだけ伝えたいのは、**「環境は本当に大事」**ということです。
どれだけ好きなことでも、合わない環境で続けるのは想像以上に消耗します。
事務所に入るなら、雰囲気や方針、サポート体制、そして自分との相性をしっかり見てほしい。
数字や規模よりも、自分が安心して活動できるかどうかの方がずっと大切です。
そして、もし独立や契約に関わる話が出た時は、曖昧なまま進めないこと。
自分の大切なものほど、言葉にして、形にして、確認してほしい。
契約や権利の話は、どうしても感情や力関係が入り込みやすく、個人では対処しきれない場面が必ず出てきます。
専門家が入るだけで、話し合いの進み方も、相手の態度も、そして自分の心の負担も大きく変わります。
活動者はどうしても「自分が頑張ればなんとかなる」と思いがちですが、
活動を続けるかどうかよりも、まずは自分の安全と権利を守ることを優先してほしい。
VTuberという世界は華やかに見えますが、その裏側には契約、権利、収益、責任といった現実的な問題が必ずついてきます。
だからこそ、夢だけで突っ走らず、現実の部分にも目を向けてほしいと思います。
それでも、あなたが「やりたい」と思えるなら、その気持ちはとても大切です。
誰かに求められること、誰かに届くこと、自分を表現できること。
VTuberという活動は、楽しいだけではなく、時に孤独で、時に厳しい世界です。
それでも、自分のペースで、自分の心を守りながら続けられるなら、とても豊かな経験になると思います。
どうか、自分を大切にしながら進んでください。
あなたの未来が、あなた自身の選択で形作られていきますように。
活動実績やチャンネル評価などを踏まえつつ、これまでのサポートへの感謝を込めて私自身が妥当だと考えた金額で提示していました。
2024年10月頃からとあるバンドにハマり少しずつライブに行くようになった
3年くらいYouTubeでたまに見ており曲が結構たのしいな生で聴きたいなと思っていて、
2024年は今まで行きたかったけど行けなかったアーティストのライブに行くをテーマに掲げていたので、そのひとつとして行ってみることにした
なんとなく興味本位で行ってみたら、ものすごい運動量と統制された空間に違和感と感動を覚えた
しかもその日はボーカルがボーカルをしておらず、ギターの人がボーカルをしていた
詳細を知らず驚いたが、それはそれで楽しかった
ファンの人は常に曲にあわせて何かをしており、それも面白く感じた
運動がしたい人はあのバンドのライブに毎回参加するとすごく痩せますよ!
わたしはもともとジム通いをしていたので、ライブにそれとなく行くだけで4キロほど痩せました
決められたフリをやらなきゃいけない、というより、自分もやってみてついていけたら楽しい、という感じだった
友だちもおらず、ひとり淡々とライブにいき、たまに帰りに酒を飲んでひとりでニヤつきながら楽しかった想いを噛み締めて帰宅していた
あるとき、隣にいた子に声をかけてもらって、駅まで一緒に帰ってとても楽しかった
Xのアカウントを交換し、一緒に参加するようになった
参加しているうちに、「撮影会も参加すると楽しいよ」と教えてもらったりして、いろんなことに参加するようになった
こういう界隈のバンドは撮影会があって、スマホのカメラで写真を撮ってたりしてお話をする(もちろんお金は払う)
一回行ってみるか!と思い参加した
一回行ったらやはり楽しくて、次も参加したい!となりだいたいの公演で参加していた
よくそんなに話すことが出てくるなぁと思うほど、メンバーさんが話してくれたのがとても印象的だった
ライブ以外にもいろいろ企画があり、そういうことに参加することも増え、最初に声をかけてくれた子以外にも友だちができた
チケットを譲りで探したり(先着でのチケット発売だったので自ら取れないと譲りで探すしかない)で、だんだん最初に声をかけてくれた子と参加することもなくなっていった
友だちが増えると入ってくる情報も増えて、嫌なことを耳にしたり、合わない人と付き合う羽目になることも増えた
社会の縮図だなぁと思いながらも、界隈独特の変な人の多さにつらい思いをしたこともかなり多かった
それでも気が合う友だちの優しさや笑わせてくれる楽しさに救われた
最初は月2回までと決めていたが、気がついたら首都圏で行ける公演はすべて参加するようになった
行かなきゃ、みたいな気持ちがどんどん出てきて、行けば必ずチェキを買い、だんだん遠くまでライブを見に行くようにもなった
平日の公演も多かったため、有給休暇を使いまくりライブに行くことが増えた
だんだん仕事も疎かになり、やるべき業務を当たり前のように忘れたりして、自分でもどうしたものかと思うこともあった
体調を崩すことも増え、声が出なくなる風邪を1年で2回も経験した
気持ちやお金に余裕もなく、そのバンドのライブにしか行かなくなっていった
夏、大きめなツアーがあり、すべてに参加した
こうであるべき、みたいなファン像みたいなものを自分のなかで消化しきれなくなった
そんなものはないのに
疲れたことを人のせいにしたり、変な噂に気持ちを左右されたりして、あからさまに性格が歪んでいるのを感じた
10月は参加を減らした
11月もまた少しずつ行くようになったが、カウントダウンライブて決定打となる嫌なことがあり、それをきっかけに行くのをやめた
一つのものだけを追求するのはわたしには向かなかったのだなと改めて感じている
去年1年楽しかったけれど、今年は今年でとても充実している
去年行きたかったけど行けなかったアイドルを見に行ったり、違うバンドを見たりしてとても楽しい日々を過ごしている
仲良くなった子とたまに会ったりまずは連絡をくれることがとても嬉しい
ひとりでふらふらライブに行って誰に話すわけでもなくひとりで噛み締めて帰宅するのもたのしいなと思っている
去年狂っていたから戻ってきてくれてよかった、とある友だちに言われた
炎上した件についても、そっかーとしか思えず、離れたタイミングでよかったなぁと思いながら、今でも好きでライブに行っている友だちが悲しい想いをしていないかが心配である
少しあとのタイミングで色々あって離れた友だちがアンチになりかけていることもとても心配である
見なければ心の安寧は訪れると思うのだが、どうしても失脚してほしいらしい
意見は人それぞれだと思うんだが、今現在お金を出して楽しんでいる人が正義だとは思うので、お金払っていない人は黙るべきであると思う
しかし、界隈のルールだから、とか誰かが自分の利益のために作ったルールがあるなら、みんなが納得いくかたちになればいいのになと思う
お金や時間をかけるのは自己満足でしかないので、偉いなんてことは全くないと個人的には思う
最後に
いまはバンドとしても大変な時期かと思いますが、今後の活躍をお祈り申し上げます
多少カネができても、出自がド庶民なせいか変な贅沢をしようという気が全く起こらない。
不動産屋のオッサンとか外銀のエリートリーマンとか、成金趣味に命かけてる感じの人が多いけど、どう育つとああいうモチベーションが湧くんだろうな?
なお資産は1億ちょっとくらい。本業の年収は1000万台前半。
数万円程度の外食とか、数十万程度の消費(ちょっといいオーディオとか、寄付とか)はさすがにするようになったけど、ぜんぜん金減らないんだよね。
最近きつねうどんにハマってから、色々なうどんチェーン店のうどんを食べ比べている。
1.はなまるうどん
きつねうどんにハマるきっかけになったうどん屋。油揚げの大きさと、つゆの美味しさに火が付いた。
2.丸亀製麺
油揚げも大きく、つゆも美味しさも気に入った。はなまるうどんのきつねうどんとは、そんなに差はないかも。
3.資さんうどん
31歳になった。今年、嫁にした彼女の話をどうしてもさせてくれ。
彼女とは元同僚。別の部署だったが初めて視界に入れた瞬間、胸の奥が静かに落ちた。155cmの小柄な体躯、幼さを残した瞳の奥にキリッとした大人の色気が潜んでいる。あの絶妙なバランスは、まさに自分の好みのど真ん中だった。運動音痴で陰キャの俺が、こんな可愛いロリ巨乳の彼女とゴールインするなんて。
会社は飲み会が日常茶飯事の陽キャ天国。大学生ノリが横行する中で自分はただただ浮いていた。大人数の輪など苦痛でしかない。だから酒を浴びるしかなかった。酔えば人に合わせられる「酔うキャラ」——それが当時の自分の唯一の立ち位置だった。今思えば痛々しい。だが彼女の前では、不思議と肩の力が抜けた。
きっかけは、ジャニーズと映画だった。特に嵐。ピカンチをDVDで揃え、Dの嵐を違法視聴横行時代YouTubeで漁っていた自分のマニアックな知識が、彼女の琴線に触れたらしい。一対一やカラオケでは、相手の趣味に全力で溶け込めた。Filmarksで「好き」を静かに共有する関係から始まり、初めての二人きりの飲みは夜の7時から、気づけば午前2時を回っていた。ホテルには連れ込まず、できる男を装った。あの時の冷静さは、イケメン友達の教えと、世の女性たちへの感謝(特にポインティ動画)によるものだ。男はポインティを見ろ。
その後、電話が2人のメインコンテンツとなった。一日中繋がったままラインの履歴が半日を超えた時はさながら高校生の恋愛みたいで自分でも呆れた。会話のテンポが心地よすぎて離れられなかった。もどかしさ、まさに思春期の甘い時間だった。
しかし進展は止まっていた。
本当の転機は、彼女の退社日。送別会の二次会はまさに混沌の宴だった。個室で腕を組んで眠る者、階段で力尽きる者、トイレで吐き潰れる者——カオスそのもの。酔いの波に身を任せ、自分は何度も彼女を外へ連れ出した。都会の深夜2時、酔っ払いたちの喧騒の中で、まるで二人だけの静かな世界にいるような錯覚に陥った。
始発が近づく頃、みんなが散り散りになる中、彼女から電話が来た。「見捨てるのか」と、怒ったような、縋るような声。自分も限界だったが、絶対にこの子を逃したくなくて地下鉄の街を必死に走り回った。見つけた瞬間、彼女は酔ったまま手を組んできた。
自分の帰路とは全く関係のないホームに乗り、荷物を預かり彼女の地元まで送った。
朝9時、彼女の部屋で裸で目覚めたとき、自分はようやく現実を噛み締めた。
何が言いたいか。
健常者のほうがLLM的だよね、みたいな議論ツイートを見かけたんだ。
エンジニアや研究者に賢いASDが多いから気づいていないだけだよね、みたいな。
そうなの?逆じゃない?というのがきっかけ。
かねてからのASDのような立場からいうと、健常者は魔法使いやエスパーのように見えるんだよね。
自分からはさっぱり分からない言外の情報をなぜか読み取って以心伝心通じ合いながら会話しているかのように見えるんだ。
だから疎外感を感じるよ。自分だけが読み取れない未知のチャンネルで情報をやり取りして文脈を共有しながら、それ前提で会話しているように見えるから。そこに参加することも難しい。
しかし自分にはそのスキルがないので、自分が使うことのできる限られた情報チャンネルである「言葉」のみで「この場合はこれを言えば社会的にマトモらしい(何故だか知らないけど)」を学習し、データベース的に社会適合しようとするんだよね。ASDにとってのSSTとか健常者エミュレーターとかいうのがこういう状況なんだ。この振る舞いはまさしくLLMだよね。
言い換えれば、健常者エミュレーター事例集Wikiは発達障害者というLLMにとっての学習すべきデータセットなんだ。
このような認識ってのは自分だけでなく他の人も同じことを言ってるんで、たぶん業界あるあるなんだと思う。共通認識みたい。
雑談は音ゲーだ!制限時間以内にタイミングよく連想して正しいボタンを押せ!というゲームなんだけど
健常者は9割GREATが取れるけど、発達障害者はタイミングがズレていたり押すボタンが違ったりしてFAILを連発して責め立てられる。ブーイングの嵐さ。
しかも社会がそのゲームから逃げるな!と強制してくるのでその状態から逃げることもできず詰んでいる。
ASDのような立場から目線で見ると、健常者の使う魔法やエスパーといったスキルは神秘的に見えるんだけれど、しかしあくまでコンテキストを補強しているだけであって健常者もまた同じLLMなのかい?
健常者って発達障害者に比べてただコンテキストが多いだけの同じLLMなの?
音ゲーの喩えからすると同じゲームで遊んでいるのだからプレイヤーは同じ動作をしているはずではあるね。
逆に言うと健常者から見た発達障害者はCLAUDE.mdを与えられていないエージェントみたいなものってこと?
表情や顔色や声色や身振り手振りといった、ノンバーバル・コミュニケーション・MCPサーバーに接続してないエージェントみたいな感じ?
インセル、入ってる。67点。
ボケた祖父を介護しながら大型スーパーで働く主人公のジョナサン・メイジャースはIFBBプロを目指すボディビルダーの卵。怒りを制御できない彼はカウンセラーに通いながらもゴリゴリにステロイドを打ちジムに通うもジムにも職場にも彼の周りには誰もいない。そんな彼は白人のボディビルチャンプに心酔しており、彼に返事のないファンレターを書き募る日々を送っている。そんな彼の日常が些細なことがきっかけに崩れていく。
みたいな話。
なんかさー、つらい映画だったよなぁ。
ジョナサンは黒人でユーザーだけどちゃんと鍛えてて、でも大きくならなくて、ジム仲間もいないからポージングがへたくそで全然承認が得られなくてさぁ。黒人なのに黒人コミュニティにも所属してなくてなんなら白人のいい子ちゃんみたいな服装ばっかりしてる。シャツは襟付きだし、もこもこの手編み風のセーターを着てる。途中で、レストランでブチ切れて周囲の客全員をののしるシーンがあるんだけど「ハゲ!」「チビ!」「デブ!」「ブス!」っていう、子供の悪口みたいなことしか言えない。黒人らしいF〇uckとか一切言えないの。
一方で、バイト先のスーパーで客が買ったパイに唾たらしたり、仕事のやる気がなかったり、職場の気になるあの子のシフトを調べて通い詰めたり、人に好かれる方法をネットで調べたり、まるで非モテ増田のルサンチマンを煮詰めたような行動をどんどんお出ししてくる。また、祖父を馬鹿にされたと思ったらブチ切れてペンキ屋の店をバッキバキに破壊したりとマジでろくでもない奴でもある。
典型的なコミュ障でアスペ気味というか明らかに定型発達障害の傾向も見えるし、そんな中でヤングケアラーとして今の社会に呪詛を吐き続ける従軍経験のある祖父をリスペクトしながらも面倒を見続け、さらにはステロイドの副作用で身体はボロボロだし精神はロイドレイジを発症しているという生きづらさ三倍満。そしてキモ・ヲタらしく推しビルダーへのファンレターにも「なんで連絡くれないの?」「これ届いてる?埋もれちゃった?」とか書いちゃうのもさぁ、なんかつらいよね~。ジャパニーズ・キモ・ヲタが部屋中にアニメポスターを張るように彼は部屋中にボディビルダーのポスターを張っている。
せめて鍛えた筋肉で人気者になりたいとSNSに動画を上げるも、散々バカにされインセル臭がすごいとまで言われちゃう。
でもそんな中で職場の気になる女の子を頑張ってデートに誘ってオッケーをもらってしまう。非モテ増田ブチ切れ。裏切者。しかし、そのデート先でボディビルダー特有のコダワリを発揮して店員を困らせ、バカみたいな量を注文し、推しビルダーを知らないと言われると説教までしてしまった結果、彼女には逃げられてしまう。
ここでさぁ、彼が「男に生まれたからにはデカいことを成さないといけない。じゃないと忘れられてしまう」って話をするんだけどさぁ。思うんだよね、目の前にお前を見てくれている女性がいて、この女性を本当に大事出来たら世界のだれもお前を覚えてなくても、彼女はきっとお前のことを忘れない。それこそが生まれてきて人がなすべき本当のデカいことなんじゃないかって。
実際、最後の最後の最悪の瞬間にこれまで話の中でちょろっとしか出てこなかった母親が主人公を愛していた瞬間のことがフラッシュバックで表れて彼は最悪の選択を避けることができる。つまりあの瞬間、彼の母親は「忘れられてしまわない」ってことで、何より「デカいことを成した」んだよね。そしてそれをたぶん彼は自覚してステロイドを捨てて、自分自身を承認するために再び自分の身体に向き合うことを決める。
このエンディングを甘いと思う人もいると思うんだけど、俺はめちゃくちゃ誠実だと思った。
もろちん、彼が引き金を引いてレガシーを残してあのバカみたいな笑顔を浮かべてエンドでもよかったかもしれないけど、それじゃあジョーカーじゃん。
彼は審査員を銃で脅していて、ステの副作用で心筋は肥大しいつ止まってもおかしくなくて、腎臓にもクソデカ腫瘍ができていてはっきり言って未来なんかなんもないんだけど、なんもないんだけど最後に心の平穏を得られたのはよかったかな。
話は戻って彼が黒人コミュニティに属せない人だってのもなんか切なくて、彼が狙ってるかわいこちゃんは当然白人だし、ボディビルヒーローって現代で言えばロニコーとかも含めて黒人はいっぱいいるんだけど、彼は白人ビルダーを推しに選んでいる。自業自得でコンテストで失敗した彼は(ここの展開あまりにセッション過ぎて笑っちゃった)、筋肉はあきらめ筋肉の代わりに男性性として銃を手に入れる。そしてクラブに行ってすわ乱射事件かと思ったら、そこでボディビルのポージングをとるんだよね。黒人ばっかりのクラブの中で彼らのダンスのノリにも結局迎合できず、孤独にポージングをとる。
黒人娼婦を買って彼女の前で服を脱いで筋肉の評価をしてもらう展開があって、いやこれ自体もゲロキショなんだけどそこで全肯定されてついに自分を受け入れてくれる人に出会えたと勝手に勘違いしてキスしようとしたらぴしゃりと拒絶される展開もあまりに哀しくてねぇ。キショいんだけど。そして童貞喪失失敗した後に推しビルダーから連絡が来てウキウキでついていったらケツ掘られて、しっかり性的搾取までされてしまうのはさすがにちょっと草だった。けど、ボディビルというマッチョイズムの頂点にいる人間も結局醜い搾取者だったという主人公の美しい信仰を最悪の形でぶち壊してるんだよね。
なんていうかアメリカ的なマチズモの中だからこそ生きづらい人なんだろうなって思った。
彼のコミュニティからの断絶って最小単位のコミュニティである家族ってものが、父親の心中によって幼少期に壊されたことに端を発していて、以降、彼は祖父の介護という形で自身を常にギブし祖父からのテイクは従軍時代の男とはという価値観だった。そしてその男性性を保つために彼はボディメイクを始めたんだと思うんだよな。そしてそれを最悪な行為によって失った結果、彼はすべてをかなぐり捨てて無敵の人になるんだけどそれでも最後に、母親から愛されていたことを思い出して踏みとどまる。この映画っていろんな生きづらさを描きながらもコミュニティに承認されることの映画だったのかなと思った。
まぁ、そんな感じかな。
正直ちょっとダラダラした展開もあるしボディビルダー的な話は中盤で終わっちゃってそこからはインセルと無敵の人の綱引き大会が始まるのでなんか思ってたんと違うなぁって感じがするかもしれない。でもまぁ、現代はMagazine Dreamで雑誌の表紙を飾ることで承認されたい、人に記憶に残りたいって話で、その承認欲求の行きつく先の一つに無敵の人化があるっていう話なんだろうなとは思ったかな。
『傘をひらいて、空を』という小説ブログがあります。こちらが好きで、たまに読んでます。ホッテントリ入りすることが年に数回あります。※気になった人は各自検索
この日記は、作者へのリスペクトを模倣作品に込めたものです。この時代は、まだAIに小説を創る機能はありませんでした。作れたとしても使い物になりません。というわけで、純粋100%私個人による模倣作です。
一体、どんなものを書いたらと思ったのですが、ここはやはり恋愛ということにしました(元ブログでも頻繁に取り扱ってます)。
実際に書いてみた感想ですが、やはり他者の文体を真似るのは……そこまで難しくはなかったです笑
ただ、やはり、文章に込められた魂までを真似るのは相当困難です。正直、魂まで一緒に真似られたとは思ってません。
ブクマ数はさほどではありません。はてな匿名ダイアリーにも一般的とされるテーマや文体があって、それに外れると受けにくいのだと思います。
地方都市にある会社に勤めていた頃の思い出です。実際田舎なのですが、国道沿いに、居酒屋やBar、スナックやラウンジが立ち並ぶエリアがありました。私も先輩に連れて行ってもらい、「意外といいじゃん(^_-)☆」と感じ、月に1回程度、行きつけのラウンジに通ってました。そこでの思い出です。
本作には、かつて総合商社で働いていたお爺さんと、ケチなおじさん(職業不明。おそらく現場系)が登場します。当時20代の私は夜のお店素人であり、お爺さんが如何に優良客で、おじさんが以下にクソ客であるかを認識できませんでした。今だったら、どのお客さんが綺麗な飲み方をするとか、ちゃんと理解できます。
お爺さんは人柄がいいから皆に人気で、金払いもよかったです。嫌味なところがなく、総合商社で上級管理職を勤める人はやっぱ違うな~、と思わせるものがありました。
対しておじさんの方は、酔っぱらうとラウンジ嬢やほかのお客さん、特に若い子(男女問わず)に絡んだりしてました。私も絡まれた経験多数です。あの手の輩は、自分が受けれられていると錯覚しているのが困ったものです(..)
最終的には、おじさんが作中にあったように『爆発』してしまい、暗黙的にお店を追い出される格好となりました。当時の私は、あの嬢の接客方法が彼を追い出すためのものだと理解できませんでした笑
書こうと思ったキッカケは、夢でした。夜寝るときの夢で、高校時代を思い出したのです。
こちらの作品に出てくる高2の人が、かつての私です。あの時は確か、先輩の女性に「一緒に帰ろう」と声をかけられて、でも何だか面倒だったので断りました。
何が面倒だったかというと、先輩は電車ルートで、私は自転車ルートだったので、彼女を送るとなると駐輪場まで遠回りになり、時間がかかってしまうのです。それだけでした。
あの人については、今の私が思い返して判断するに……まあ、普通に可愛らしい人だったと思います。でも、当時の私は、そういうことに興味がありませんでした。それより大事にしていることがあって、恋愛なんてやってられないという状況です。
今思えば、「一緒に帰るくらいなら」と思うこともありますが、そう結論すると、ひたむきだった頃の自分に失礼である気がします。
ほか2つのエピソードは、それぞれ私が成長して成人になった後でのものです。登場人物との交友関係は知人レベルであり、そこまで深堀りできなかったのが悔やまれます。
この日記はですね、ちょっと……。大変申し訳ないのですが、ラスト場面が実際に目撃したことではないのです。伝聞です。昔働いていた職場があったのですが、そこに出入りしていた消防設備会社のことです。
なぜ、そんなに詳しいかと言うと、私が当時彼らとの契約及び監督・検査を担当しており、一緒に現場に行くことが多かったからです。相手の会社に訪問することもありました。
ストーリーの内容は、私の目線で直接体験したものはそのままに、情報収集や伝聞で手に入れた情報については、特に慎重を期して記述するようにしています。
こちらの主人公の人ですが、純朴そうな見た目で、人柄も悪くはなかったです。むしろいい方でした。それがしかし、あんなことになろうとは。まさに豹変でした。ある時から人格レベルで変わってしまったのです。
いきなり人が変わったようになった彼を見るのは、複雑な気分でした。不愉快というか、残念というか、物寂しいというか、いろんな感情が湧いてきました。
シナリオ分類で言うと、NTRものです。人によっては脳が破壊されるかもしれません。謝罪いたします。一度はNTRを書いてみたいなという感情に抗えず、やってしまいました(;_:)
今から何十年の前のこと。京都市にある飲み屋街での思い出です。
西木屋町のすみっコぐらしに居酒屋がありました(今はもうない)。店主と、数人のアルバイトで回しているお店でした。店主の人柄はパワフルで、料理の腕も◎です。こだわりが凄かった記憶があります。
当時、アルバイトの帰りに気分がよくて、かつお金に余裕がある時、チビチビとお酒を飲んで帰ってました。食事もそれなりに楽しんで。
エピソードが並んでいますが、学生時代の私が目撃したものです。中にはグレーな接客のシーンもありますが、当時だったらまあ、ギリセーフかな……?というところです。
学生も社会人も引退世代も通えるような、絶妙な価格設定のお店でした。いろんなお客さんがいて、たまにエキサイティングな体験ができました。暴力沙汰もあの時代ですので、あるにはありました。
道頓堀へのダイブじゃないですけど、調子に乗った若者集団が、誰かを胴上げした後で、増水した高瀬川に落っことしているのを何度も見たことがあります。まったく笑えません<`ヘ´>
「懐かしい」と感じながら、こちらの日記を書いた記憶があります。執筆したのは二年以上前なのですね、本当に人生はあっという間です。
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前回(2024年末)の投稿時、いくつかのブコメをもらいました。
個人情報の観点もありますが、なにより私が恥ずかしいからです。
嬉しい感想をもらったりして、
投稿をやめようと思ったことが何度かありましたが、ファンの方々を
裏切ることはできない想いがあり、一応完結までいきました。
その時代の後悔があって、人生一度は多くの人を楽しませてみたい、
あらすじで言うと柔道ものです。大学まで柔道をやっていた関係で、
2023年アニメに『もういっぽん!』という作品があるのですが、
なんと、こちらの原作漫画に私の小説がモロに反映されてました笑
キャラクターの魂の一部まで模倣してくれたのが嬉しかったです。
※偶然ではありえないような設定の一致が最低5カ所ありました
おそらく当時、作者の人が読んでくれたんだろうなぁ……と思いながら、
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この件私もデマだと思ってたんですが
暇の尊師があまりにデマだと言い張るので彼が恥をかくといいなあという気持ちで最近は本当だったらいいなあと思い始めています。そんな理由でいいのか
VTuberのMimi Yanagi氏が、イラストの所持を理由にイギリスで逮捕されたという騒動について、現在出回っている情報を整理しました。
情報の真偽については議論が続いていますが、何が根拠となり、どこに不透明さが残っているのかを客観的な視点でまとめています。
今回の騒動は、Mimi Yanagi氏の友人であると主張するThe Goon氏が、本人の許可を得て「保釈書類」を公開したことがきっかけです。
主な主張の内容は以下の通りです。
1. 逮捕は事実であり、原因は自身のコミッションの所持である。
2. 根拠法はイギリスの「Coroners and Justice Act 2009 Section 62」とされる。
3. 現在は保釈中だが、SNSの使用や投稿内容に厳しい制限がかかっている。
現状の争点:信ぴょう性と懐疑論
この情報はコミュニティ内で広く拡散されていますが、100パーセント確定と断定するにはまだ早い段階にあります。
本人の代理を名乗る人物が具体的な書類を提示している点や、実際にイギリスの法律(Section 62)が「実在しない児童の性的画像(漫画やCGI)」を処罰対象としている事実は、情報の信ぴょう性を支える要素となっています。
一方で、BBCなどの主要メディアで一切報道されていない点や、提示された書類がデジタル編集で偽造可能であるという指摘もあります。また、ネット上の活動履歴と逮捕時期の矛盾を疑う声もあり、警察の公式発表や裁判記録といった「第三者による検証」はまだ行われていません。
公開された書類によれば、被疑者には以下のような厳しい条件が課せられているとされています。
1. 指定された名前(あるいは本名)以外でのソーシャルメディア使用の禁止。
2. 成人向けコンテンツ(NSFW)の投稿禁止。全年齢対象(SFW)のみ許可。
3. 捜査への協力と、デバイスやアニメ関連グッズ等の押収への同意。
これらの条件が事実であれば、本人が公に詳細を語れない理由の一つとなります。
情報源の不確かさについて
もう一つの重要な懸念点は、情報発信者であるThe Goon氏とMimi Yanagi氏の関係性です。
「本人の許可を得た友人」という立場は、現時点では彼ら自身の主張のみに基づいています。共通の知人による証言や過去の交流記録など、客観的に二人の関係を証明する材料は乏しいのが現状です。もしこの関係性が偽装であれば、書類自体の信頼性も大きく揺らぐことになります。
まとめ
今回の騒動は、イギリスにおける「創作物に対する法執行の厳しさ」という実在のリスクを浮き彫りにしました。しかし、この特定の事件が真実かどうかについては、依然として「当事者の主張ベース」の域を出ていません。
安易にデマと決めつけることも、逆に100パーセント真実と信じ込むことも避け、今後の追加情報や公的な記録の有無を冷静に待つ必要があるでしょう。表現の自由に関わる重要なテーマを含んでいるだけに、慎重な見極めが求められます。