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はてなキーワード: 論調とは

2026-05-09

ぬい活炎上感想

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こんなことをお願いするのもどうかと思いますが、ご飲食されるテーブルの上に人形やグッズの類を置かない様お願いします。

まれテーブルの上に人形やグッズをずらりと並べてる方がいらっしゃいますが、今後はお断りさせて頂きます

理由ひとつ提供時に誤って汚損した場合スタッフ一同責任を負えないからです。

他にも理由はありますが、当店のルールとして今後は小さなお子さんの場合を除き原則禁止とさせていただきます

理解の程よろしくお願いいたします。

https://archive.is/O25zq

ぬい撮り文化あんま好きじゃないけど個人的にはさっさと終わらせるなら迷惑かけてないし別にいい

さえぼう先生のいうパブ文化云々→詳しくないからよくわからない

さえぼう先生のいう他の迷惑行為差し置いて云々→気持ちはわからなくない

でも店がそう判断するだけのことがあったなら仕方ないね

小さい子供OK→なんで?やっぱり汚損の責任取れないって理由だけだと説明付かない。やっぱ本音は「いい大人」がぬい撮りするのがキモいからってこと?

衛生云々→でも最悪腹壊すのはぬいママだけならどうでもよくね。スマホ程度の菌レベルでしょ

不衛生な光景に食欲が落ちる→なるほどたしか

埃が出そう→なるほどたしか

大人の幼稚な行動を正当化するな→ぬい撮り光景苦手だけど害はない物にこの論調もっと苦手。

食器に乗せてるやつもいる→それはダメだね!

他のテーブルをジロジロ観察する人→嫌だ…

ぬい活キモくない→キモいファクターはある

個人的ぬい撮り風景が苦手なのは不衛生そうだからでもいい大人がみっともないからでもなくその場の世界観を犯してるように見えるからという感覚。アクスタやフィギュアもやだ。でも見ないようにすれば別にいか…と思ってる。

自分食事写真撮ったりはするしそこまで人のこと言えないかなと思う。

2026-05-08

anond:20260508002433

男だろうが女だろうが「外でしなかったのが悪い」なんて論調がアウトだって話してるんだろ

小学生かよ

2026-05-07

亀田幼児せんべい台湾カドミウム出水際阻止された件

亀田インド人社長がとか、中国産米を使う会社から、といった論調亀田非難する声もネットでみられる

しかし該当製品国産米使用をうたったもの

そもそも日本国土カドミウム豊富で、水稲カドミウムをよく吸収し、

米に含まれカドミウムの国際比較日本は上位に位置する

しかし、そんな米を食べてきた昭和世代も十分長生きできているので

通常の食べ方で健康に影響がでるほどではない

安全基準が国によって差があるためはじかれたもの

原料米や製法に特段問題があったわけではないと思われる

@grokこれを検証して

2026-05-05

anond:20260505155848

その論調理屈としては分からなくはないけど、それを言ってしまえば「日本人というのは自分たちで考えて国の進む先を考えることが出来ない民族です」と認めるわけで、どちらにせよ日本国はこのまま緩やかに死に向かうだけだろう?

それをみんな受け入れます、どっかの強国に蹂躙されてカスみたいな国家になっても別にいいですっていう無気力状態を認めるならそれでいいけど、少なくとも私は嫌だぞ。

anond:20260504092952

そう言う話じゃなくて、はてブ増田論調のことやろ

2026-05-03

改憲反対だの賛成だの盛り上がっているので

中国共産党による対日プロパガンダ工作——民主主義への静かな侵食セクションを追加ました。

https://japan-corruption-graph.pages.dev/#section-china-propaganda

憲法9条護憲プロパガンダ——日本再軍備阻止戦略

概要

中国外交部官製メディア日本憲法改正9条改定)に一貫して反対声明を出し続けている。環球時報安倍政権改憲論議を「軍国主義復活」と繰り返し報道し、日本国内の護憲運動積極的に「支持」する論調を維持。中国の影響を受けた左翼団体メディア護憲デモの主要スポンサーとなっているとの指摘がある。

CCP利益

日本国内の世論を「反米親中」「改憲反対・護憲」方向に誘導中国人権問題台湾チベットウイグルへの批判を無力化し、「中国の台頭は平和的」という物語を定着させる。

証拠根拠

中国外交部報道官による憲法改正反対声明複数回)。環球時報安倍政権改憲関連報道(2013〜2020年アーカイブ)。ASPI「海外の手(Foreign Interference)」2020年報告書

日本への影響

朝日新聞毎日新聞東京新聞等の護憲論調中国公式見解完全に一致。「9条を守れ」という世論形成が、中国軍拡南シナ海進出への有効対抗手段日本が持てない状態を30年以上維持させた。

anond:20260427191520

anond:20260503195703

ワイも実際の映像見てないからめったなこと言えないけど、

人のセックスを笑うな案件一種じゃないの?とは思った。

どっちかっつーとはてなー個人自由という論調だと思ったから意外だった。

からこそ、もしかすると自由な楽しみとはほど遠い、めちゃくちゃ雰囲気(?)の悪い映像だったのかなーとか思ったり。

2026-04-27

オタ垢で政治の話をしよう!という人

ただでさえぬいやアクスタの立ち位置の左右を間違えただけで「固定じゃないんですか?」ってマロ送ってくる人がいるような治安の界隈で政治の話とかしたくね〜

これでこの人の理想政治話できないと怒りそうなんだよな〜

今の情勢に不満しかないけど、引き摺り出して肩組んでこようとする人と連携したくね〜

どうあがいてもエコチェンで極端な論調に偏ってるデカい声の人が多いなか政治の話したら1発で鍵垢引リツ待ったなしだろ

政治家に怒りたい気持ちはあるのに、中傷受けるの怖くて無理だわ

こう言うとまたノンポリだのトーンポリシングだのなんだの言われるんだろうな

2026-04-20

ネトウヨ辺野古叩きに必死。 それより大切な事があるだろうと

2026-04-17

結局同じようなことを言ってるということに気づいてないのやべーな

出版社側がやらないのは労力やコストに見合わないからだよ

ゴキブリのようにいるのに一人ひとりに対して弁護士入れて訴訟がどれだけ金かかるし提出する資料をまとめる時間かると思ってんだろ

編集でも事業レベルで働いていればこういうコスト感嫌でも身につくと思うんだけど

提供されたソースに基づくと、現代結婚出産に対する男女の意識の差、およびそれを取り巻く対立構造について、以下のような視点が示されています

1. 子供を持つことへの意欲の逆転

ソース内では、ここ10年ほどで子供を欲しくない」と考える割合が、女性の方が高くなるという逆転現象が起きていると指摘されています

かつては「男にとって女と結婚するメリットがない」という論調が目立っていましたが、近年では「産まない女」を叩くような論調へと変化しているという分析があります

2. 結婚に対するメリットリスクの捉え方

結婚という制度に対し、男女で期待するもの懸念事項に大きな隔たりが見られます

3. 家庭内役割と「寄生」という言葉の変化

かつては専業主婦が「寄生」と呼ばれていましたが、現在ではその定義が変化しています

4. 老後と子供への期待

5. 経済的精神コスト

子供一人につき2000万円かかるとされる経済的負担や、親としての精神的な重圧から、「もう無理だ」と出産を諦めるような意識も反映されています

また、子供が将来的に「異性叩き」をするような人間になるリスク懸念し、完璧に育てられないなら産まない方がいいと考える層も存在します。

現代結婚育児における男女の役割葛藤について、提供されたソースオンライン掲示板書き込み)に基づくと、以下のような根深い不信感や構造的な歪みが浮き彫りになっています

1. 育児における「制御不能さ」への不安

現代の親にとって、子供をどのように育てるかは大きな葛藤の種となっています

2. 性別役割分業の変化と「家庭進出」の失敗

かつての「専業主婦モデルから共働きが当たり前の社会へと変化する中で、男性役割批判が集まっています

3. 結婚出産を巡る言説の変遷と葛藤

女性生き方に対する社会的な評価が、時代とともに変化しつつも常に批判に晒される状況が葛藤を生んでいます

4. 老後のケア家族機能不全

かつての「子供が親を看取る」という家族役割崩壊しつつあります

これらのソースからは、経済的負担子供一人に2000万円かかるなど)だけでなく、精神的な消耗や、ネット社会における異性間対立の激化が、結婚育児をより困難なものにしている現状が伺えます

ネット上の異性叩き、特に女性に対する論調が変化した理由については、ソース内で以下のような背景が指摘されています

このスレッドでは、「子供を異性叩き(性別に基づいた誹謗中傷など)をするような人間に育てないためにはどうすればよいか」という問いに対し、「産まないこと」が最も確実な解決であるという悲観的かつ現実的意見に多くの同意が集まっています

スレッドの内容を、同意数(♡)の多い意見を中心に要約すると以下のようになります

1. 根本的な解決策としての「産まない選択

スレッドの冒頭から、「産まない(♡29)」という選択が最も有効手段として提示されています子供がどのように育つかは親が完全にコントロールできるものではなく、「化け物になっても許容するしかない(♡31)」という覚悟が親には求められると述べられています。もし子供が「化け物」になることを絶対に避けたいのであれば、「産まない以外に選択肢がない(♡30)」という考えに多くの賛同が集まっています

2. 教育環境限界

夫婦仲良くしている様子を見せる(♡0)」といった教育的なアプローチ提案されましたが、それに対しては「夫婦仲が良くても異性叩きになることはある(♡24)」と反論されています。また、ネット上には異性叩きの言説が溢れており、世界中でそのような状況が見られることから、外部環境の影響を遮断することの難しさも指摘されています

3. 子育て目的リスク

子供を「老後の孤独死を防ぐため」や「看取らせるため」の手段として設けることについては、「残酷(♡15)」「今の社会では無理(♡19)」といった否定的意見が目立ちます現代では子供がいても最終的に施設で亡くなるケースが多いという現実的な指摘(♡27 ♡19)もあり、精神的・金銭的な負担(♡16)を考慮すると、子育て希望見出しにくい状況が語られています

4. 現代の異性叩きの風潮に対する分析

スレッド後半では、近年のネット上における女性叩きの論調の変化についても触れられています

  • 「産まない女性」への攻撃が近年急増していること(♡14)。
  • 女性がどのような生き方(好条件の相手との結婚、あるいは苦労する結婚)を選んでも叩かれる対象になるという閉塞感(♡7 ♡6)。

結論

最終的に、子供が異性叩きになるのを防ぐ方法はなく、それを100%避けたいなら産まないしかない(♡11)」という結論帰結していますスレッド最後は、具体的な解決策が見つからないまま「方法無いの草」という言葉で締めくくられています

2026-04-15

オイルショック時代トイレットペーパー買い占めは当時の人が馬鹿だったという論調

AIに聞いたらトイペ自体石油製品でなくても包装や漂白や強度調整に石油由来の合成成分が必要だと

けっきょく当時の人の判断で正しくて分析のほうが間違ってるんじゃん

トイレットペーパーを買いに行くまでの判断で当時の学者業界関係者かなんかが不足する予測を語ってそれが口コミで広まって

まりは本当に不足するという予測が当時の人にはあったんだろ

2026-04-14

修学旅行での海難事故「紫雲丸事故」と「辺野古抗議船事故」の新聞報道の違い

1955年に発生した「紫雲丸(しうんまる)事故」と、2014年以降の辺野古基地建設をめぐる「抗議船事故(衝突・転覆事案)」は、いずれも海上で発生した悲劇的な、あるいは重大な事案ですが、その報道のあり方には決定的な違いがあります

これらの違いを比較し、なぜ報道スタンスがこれほどまでに異なるのか、その背景にある社会的政治的要因を考察します。

1. 新聞報道の具体的な違い

紫雲丸事故国民悲劇としての「全編哀悼検証

1955年5月11日瀬戸内海国鉄の連絡船「紫雲丸」が衝突・沈没し、修学旅行中の児童・生徒を含む168名が犠牲となったこ事故は、当時の新聞において「絶対的な公の悲劇」として扱われました。

紙面の様相:

朝日毎日読売などの全国紙は連日トップで報じ、犠牲者の遺影や遺族の悲痛な声を詳細に掲載しました。報道は、国民全体で悲しみを共有する「ナショナルモーニング国家的な喪に服すこと)」の様相を呈しました。

論調の焦点: 報道の矛先は一貫して「安全対策の欠如」と「国鉄公的機関)の責任」に向けられました。レーダーの不活用や濃霧下での無理な航行など、技術的・組織的な欠陥を厳しく追及し、それが後の「瀬戸大橋建設」や「水泳教育義務化」という具体的政策へと世論を動かしました。

辺野古抗議船事故政治的文脈の中の「対立の記録」

一方、辺野古の新基地建設を巡る海上抗議活動中に発生した衝突や転覆事案(2014年2015年の事案など)は、「政治的対立一場面」として報じられます

紙面の様相:

報道の仕方は「新聞社による温度差」が極めて顕著です。沖縄タイムス琉球新報などの地元紙は、海上保安庁の規制過酷さや抗議者の負傷を「人権侵害」や「強権的」として大きく報じます。一方で、一部の保守系全国紙では、抗議活動側の過失や違法性を強調し、海保正当性を支持する書き方がなされます

論調の焦点:

事故のもの安全性よりも、「基地建設の是非」や「法執行妥当性」という政治的文脈が主役となります犠牲者や負傷者に対する純粋哀悼よりも、「どちらに非があるか」という責任所在を巡る言論戦の道具となる傾向があります

2. 報道の取り上げ方が異なる理由

なぜ、同じ海上事故でありながら、一方は「国民の教訓」となり、他方は「分断の火種」となるのでしょうか。

① 「公」の定義コンセンサスの有無

紫雲丸事故の際、被害者は「修学旅行の子供たち」という、社会全体が守るべき純粋存在でした。彼らが犠牲になったことに対して、社会異論余地はありません。したがって、新聞は「加害者国鉄)vs 被害者子供国民)」という明確な構図で、全社一致の批判を展開できました。

対して辺野古の事案では、当事者が「政治的目的を持った活動家」と「公権力執行者」です。この場合社会の中で「どちらを応援すべきか」というコンセンサスが取れていません。そのため、新聞社は自社のイデオロギーに基づき、事実の切り取り方を選択することになります

報道目的の変化:安全保障か、政治闘争

紫雲丸事故時代新聞は「再発防止」と「制度改善」を最大の使命としていました。高度経済成長へ向かう中で、技術的な未熟さを克服するという「社会進歩」に寄与する報道が求められていたのです。

しかし、現代辺野古報道における新聞は、特定政治的スタンス代表する「代弁者」としての役割が強まっています事故独立した出来事ではなく、基地問題という巨大なパズルの一片として扱われるため、純粋事故調査よりも「政治的影響力」が優先されます

情報源の偏りとアクセス

紫雲丸事故:

事故原因の調査海上保安庁や事故調査機関が行い、新聞はその客観的な数値を基に批判を展開しました。

辺野古:

現場規制線の中であり、情報源が「海上保安庁の発表」か「抗議団体側の動画証言」の二極化しています中立的第三者の目撃が難しいため、新聞社は自分が信頼する(あるいは支持する)側の情報採用せざるを得ず、結果として報道内容が乖離します。

結論メディア役割の変遷

紫雲丸事故報道は、悲劇きっかけに社会安全基準を根底から書き換えた「統合報道」でした。一方、辺野古事故報道は、既存社会的分断をさらに浮き彫りにする「鏡の報道であると言えます

新聞の取り上げ方の違いは、単なる事象の違いではなく、日本社会における「公共性」の捉え方の変化、そしてメディアが「客観的な記録者」から主義主張プラットフォーム」へと変質していった過程を映し出しているのです。

anond:20260414031949

それなのに日本人が必ずアフリカ移民批判する際はバブル時代海外旅行が主流だった頃のような「美しいヨーロッパ」を壊す者として批判する。

ヨーロッパ移民入れて大問題なってるんだから日本に入れるな、は見るが、美しいヨーロッパ論調移民批判してるやつみたことないけど、まあいたとしたら旅行者目線も何もヨーロッパ事情など他人事しかないただの旅行者やしな。

2026-04-13

日本すごいチャンネルにもレイヤーがある

海外発のネタの紹介+最終的に必ず結論は「日本すごい」になるチャンネル

一番オーソドックス機械音声でやられている

ファン一定数いる

まり参考にはならない

基本的解釈の部分だけがアレなだけで、事実ベースはあってるんだけど、たまにデマに騙される

 

外国人による「日本すごい

要は日本オタク

海外事情に詳しい分、その国の文化や考え方を知るにはとても良いが

日本オタクの言うことなので、多分フィルターもかかってるんだろうなと思って見なきゃいけない

あと日本に対する誤解もある(良い風に誤解している)

 

英語ができる人による「日本すごい

どちらかというと「日本すごい」ではなく「海外酷い」

特にDEIとかポリコレとかあそこらへんの酷い論争をまとめている

「それに比べて日本はまともだね」の論調が多い

海外のDEI論争とか見るにはちょうどいいチャンネル

 

海外デマ拡散する「海外酷い」

日本すごいとはちょっとずれるけど視聴者層は被ってるんじゃないかと思う

一番盛り上がってるのは「中国酷い」なんだけど、もはやここらへんになるとデマばっかりだから参考にするべきではない

ちなみに裏取りしようとすると、中国国内における国内批判元ネタだったりするのが面白い

例えるなら、日本人による「日本酷いデマ」を海外チャンネルが紹介するイメージ

エンタメファンタジーとして見る分には良い

 

ちなみに海外も「自国すごい」動画は多いらしくて、何なら日本より過激らしい

そろそろ皆Youtubeに脳を汚染されてるって気づきなよ

2026-04-11

ポピュリズム戦争ニュータイプ 富野監督ガンダムにこめた思い 2025年11月11日 10時00分 聞き手武田啓亮

 「戦場リアリズムを描いた」――。富野由悠季監督(84)が手がけたアニメ機動戦士ガンダム」がテレビ放映されてから46年。これまで70以上のシリーズ作品が生み出され、その原典として今なお、愛され続けています戦争体験から遠ざかった世代が大多数となった戦後80年、アニメなどフィクションを通して描かれる戦争はどう変わったのか。視聴者意識は。〝最初ガンダム〟にこめた思いとともに、語りました。

 ――今年も、最新作「機動戦士ガンダム ジークアクス」が大きな話題を呼びました。富野さん以外が監督したものも含め、映像化されたものだけで70作品以上になります時代ごとの新しいガンダムシリーズから入ったファンが、1979年放送の初代ガンダムを見るという流れができています

 

 本当に嫌な言い方なのですが、僕以降のガンダム作品は一切見ていません。作り手が違えば、他人が口をはさむのはよくないからです。ガンダムという作品商品になってしまい、作家立場からは何も言えなくなったのです。

 

 ちょっと違うなと思う作品もあるし、逆に、ああ僕には作れないよねと思った作品もある。だからガンダム人気を支えてくれるための新作というのは認めるんだけれども、元の作品とは一緒にしてもらっちゃ困るというプライドもあります

 

 ガンダムは発表当時、人気がなくって、めちゃめちゃにへこんだ時期もあります。それが今、こうして親しまれているのはうれしいものです。

 

 昔は「子どものもの」「絵空事」でしかなかったアニメという媒体を、考える材料として見てくれているというのは、うれしいですよ。だけど、困ったこともある。40年、50年経って、ガンダムというタイトルは残っても、原作者名前というのは消えていくのも宿命なのです。そういう歴史的なところに足を踏み込んでしまった、というのはちょっと寂しいなとも思います

 

 ――ガンダムで描かれた戦争描写には、どんな思いを込めましたか

 

 ものすごく簡単です。子どもたちに、戦闘行為というのは乱暴行為からやってはいけませんよっていうことを分からせるということしかないですね。

 

 ただ、当時の観客がそれを理解しているかと言ったら、ほとんど理解していないんです。それはもう仕方ないことで、理解してもらうのに20年、30年、かかるんだという覚悟はしていました。


独裁者をどう止められるのか

 

 ――長年のガンダムファンの一人として、かつては「ジオンにもジオン正義がある」という捉え方が少なくなかったように思います。今、SNSなどを見ると、ジオン公国の独裁や大量殺戮(さつりく)に対して、批判的な見方が増えているように感じます

 

 僕の立場としては、良かったなと思っています視聴者の年齢が上がってきて、みんなが勉強してきたんですよ。だってガンダムなんて46年前の話ですよ。かつてのアニメファンが成長して、大人になっていく中での理解が広まっていったのだと思います

 

 むしろ、僕が今、困ったなと思っているのは、実際問題として想像したときギレン・ザビジオン公国総帥)のような独裁者をどうすれば止められるのか、ということ。

 

 作中ではザビ家内権力闘争の結果、妹(キシリア)の手によってギレンが殺され、独裁体制崩壊しましたが、現実はそう簡単はいっていないでしょう?

 

 暴力によらない、政治的手段独裁者を止めるにはどうすればいいか。その難しさを考えさせられているのが、ガンダム真骨頂なのです。

 

 

  ――作中で描かれるジオンの設定を見ると、ドイツなど第2次世界大戦枢軸国イメージが重なります。設定の意図は?

 

 明確に敵というのは分かりやすく作らなければいけないのですから、皆さんが知っている独裁体制を利用しただけです。

 

 増えすぎた人口を移したスペースコロニーの中で、独裁国家を作る。自分たちは「棄民である地球には帰れないらしいという境遇になれば、やはり「反地球」の行動を起こすだろうという設定は見事にできたと思っています

 

 そうしてフィクションを描いたつもりが、20、30年もしないうちに、次の独裁者誕生現実になってしまいました。

 

 ロシアアメリカの現状や、中南米アフリカ中東各国の事例を見ても、今の国際政治は、アニメ以下でしょう。このまま、行き着く先まで問題のある政治家たちを是認していったらどうなるのか。

 

 独裁者のような人間大国を動かしている21世紀って、すごく変な時代でしょう。まさにポピュリズムが生み出したものだろうと思っています

  

 

 

 ――今の世界情勢と、かつての大戦前夜を重ねてみる人もいるようです。

 

 80年前を振り返った時に、ナチスヒトラーという人も選挙で選ばれたんだという事はよく知るべきです。政治哲学者で思想家ハンナ・アーレントは著書「全体主義の起源」で、一般大衆のことを「群衆」「モッブ」と呼んでいます独裁というのは、独裁者が1人で起こすわけではないのです。まず、独裁者を生み出す群衆がいて、その上に立って旗振り役ができるやつがトップに立つ。

 

 日本場合真珠湾攻撃で開戦したとき著名人を含めて、かなりの人が「これで気が晴れた」みたいな言い方をしている。勢いにのって、国民までもが軍国主義化していた。僕は、これは新興宗教と同じだと思っています

 

 ――朝日新聞を始め当時の新聞も、婦人会在郷軍人会などの不買運動に屈して、筆を曲げてしまった。そして、戦争を賛美する論調になった新聞はよく売れ、新聞軍部と一体化してしまったという負の歴史があります

 

 軍だけでなく、コモンセンスとしてものをしゃべることができるメディアでなくなったのです。昭和16(1941)年の段階で、すでにそうではなくなっていましたよね。一番汚いと思ったのは全滅を「玉砕」と言い換えるような、負け戦だと思わせない言葉かいですね。戦艦大和を沈められても「世界最大の戦艦だった」と誇るような言葉かいは、戦後もずーっと残っているのです。

 

 

軍事技術者だった父

 ――富野さんは終戦時3歳。父親軍事技術者だったそうですね。

 

 化学技師でした。戦闘機の与圧服の開発などもしたみたいですが、一番は、ゴムを使った雨がっぱみたいなものを作らされていた。風船爆弾気球を作る仕事もやらされていたようです。

 

 父が戦後、何度か僕に言った言葉があります。国に裏切られた、と。あの戦争にもどこかで光明があるんじゃないかと思っていたらしい。きっと日本は勝つ、とすり込まれていたんですね。

 

 働いていた神奈川県小田原市工場の近くにも焼夷(しょうい)弾が落ちたことがあったのに、なんで日本が勝てると思ったんだろうか。不思議しょうがないんだけど、その時代日本を考えると、父が特別軽率だったとは思えないですね。

 

 戦争を「かっこいい」と思ってしまうのは

 

 ――戦争のものへの忌避感は持ちながらも、兵器アニメ戦闘描写をかっこいいと感じるという人は少なくないと思います私自身もそうです。この矛盾について考えていました。

 

 矛盾しているとは思いませんし、おかしいことでもないですね。

 

 民衆支援で軍は成立しているんです。軍装の兵士が正しく起立している姿を見るとかっこいいじゃないですか。「死に装束」なのにかっこいい。戦死という悲劇すら美しく見せるためには、戦死者に対しては、礼を尽くさなければならない。「兵隊さんたちありがとう」と思わせる、そしていざとなった時に民衆が戦力になっていく構造は、有史以前からあったんですよね。

 

 ガンダムでは、地球降下作戦を指揮したジオン軍のガルマ・ザビ戦死を、ギレンが国威発揚に利用するという描写を入れました。だから僕には痛切に分かることなんだけれども、平和時の一般国民にはなかなか通じません。どうしてか。「アニメの話でしょう?」。それでおしまいなんですが、この感覚もまた当然のことだと思っています平和なら、ね。

  

 

 ――戦後80年が経ち、「はだしのゲン」など、実際の戦争被害を題材にした作品描写が「残酷だ」と敬遠されることが増えていますガンダムシリーズなどのフィクション作品でも「人が死ぬ描写が重い」と感じる人も多いようです。

 

 ガンダムでは戦場リアリズムを描きましたから、当然の感想だと思います

 

 作り手である自身も、敵だろうが味方だろうが、人が死ぬカットを作るのはものすごくつらいのです。絵空事からって、笑っていられない。登場人物が命を落とす場面では、担当する声優の顔が見えるんです。

 

 今のバトル漫画なんかを見ていると、リアリズムでは戦闘していないですよね。死ぬ寸前までいっても絶対死なないような。そういうものを見慣れている世代にとっては、リアル戦争を描いた作品を見る気にはならないのでしょうね。

 

 ――戦争を知る世代がいなくなったとき映像作品で今までと同じような戦争の描き方はできると思いますか。

 

 架空戦争としての物語はあるでしょう。でも、リアリズムで作るというきめの細かさを持った作品は出てこないでしょう。戦っているらしくしているだけで、それは戦争ではありません。

 

 エンターテインメントでなければ客を呼べないと考えたときリアリズムを持って問いかけることは難しいだろうし、そういう視点を持った映画人がどれだけいるだろうかと。現に、飛んでくる弾丸ミサイルをかわすといった、シューティングゲームアクション映画のような作品になっているでしょ?

 

 

 

 

ニュータイプとは何か」今も

 ――ガンダムでは、優れた洞察力を持つ人類を指す「ニュータイプ」という概念提示し、人が分かり合えるかもしれないという希望も描かれました。ファンの間では今でも、「ニュータイプとは何なのか」という話題で盛り上がります

 

 僕自身、ずっと考え続けています

 

 ニュータイプは、ガンダム物語をきれいにまとめるための「方便」だったけれど、僕が一番困ったのは、ニュータイプになるための方法を、子どもたちにきちんと示すことができなかったこと。その意味では、敗北感がとても強い。それはまだ続いています

 

 新しいガンダムを作る気がまだあるかといえば、それは、ある。これだけ気にいらないガンダムがいっぱいあるんだから(笑)

 

 世界中の人間が一気にニュータイプになるかもしれないという楽しい作品が作れたらいいなと思っているけれど、それはアニメの中で考えるしかないことです。そう簡単に作れるとも思えない。やっぱり、アニメは難しいよ。

 

 

 

 https://digital.asahi.com/articles/ASTBR2C33TBRPITB00JM.html

2026-04-10

[]左翼メディア伝統

朝日新聞日本基督教団特に社会派)の戦後的な立場は、戦前の「皇道推進派・戦争協力派」から日本断罪派・反権力派」への大きな鞍替え(方向転換)を象徴する事例として、保守層を中心に長年批判されています。「悪を糾弾する立場」を維持しながら、対象を替えているという構造があります

1. 歴史的事実の整理

戦前・戦中:

朝日新聞戦争報道積極的国策を支持。「大東亜共栄圏」「聖戦」などのスローガン連呼し、軍部政府プロパガンダに協力。

日本基督教団1941年国家神道的な圧力の下で合同し、戦争協力の姿勢を取った。多くの牧師が「皇道キリスト教」を掲げ、戦争を「神の摂理」と位置づける神学を展開。

戦後1945年以降):

朝日新聞戦争責任を深く反省する立場に転換。以降、「反戦平和」「反権力」を一貫した editorial line とし、保守政権自衛隊安保政策を強く批判するようになった。

日本基督教団1946年の「戦争責任告白」で戦時中の協力を公式に悔い改め、社会派が主流に。戦後は「構造的罪」「反権力平和運動」を神学の中心に据え、反基地・反安保運動に深く関与するようになった(金井牧師活動もこの延長線上)。

2. 「悪を糾弾する立場」を維持したまま鞍替えした構造

戦前

天皇制軍国主義国家神道を「正義」と位置づけ、それに反対する勢力共産主義者リベラルキリスト教の一部)を「国賊「悪」糾弾

戦後

今度は「天皇制軍国主義国家権力米軍基地」を「構造的悪」と位置づけ、それに反対しない勢力現実路線を「加害者側」「右翼」と糾弾

「常に自分たちが悪を糾弾する側に立つ」**という姿勢は変わっていないが、糾弾対象が180度変わったのです。

この鞍替えは、以下のような心理戦略的要因が指摘されます

生存戦略としての転換:敗戦後、戦争責任を追及される中で「自分たちは実は抵抗していた/被害者だった」というナラティブを構築する必要があった。

• 新しい正義の獲得:戦前国家主義崩壊した後、「反戦平和人権」という新しい「絶対的正義」を掲げることで、道徳的優位性を維持。

連続性:戦前戦後も「権力に対する批判立場」を自認しているため、自己矛盾を感じにくい。

3. 現代沖縄問題とのつながり

この構造は、現在沖縄反基地運動平和学習報道にそのまま投影されています

朝日新聞沖縄タイムスは、反基地運動を「平和の闘い」「県民の総意」として肯定的報道し、反対する意見を「右翼攻撃」「誹謗中傷」と一括りにする傾向が強い。

日本基督教団社会派は、金井牧師のように「イエス辺野古現場にいる」と聖書反基地運動に直接当てはめ、信仰政治を一体化させる。

• 結果として、「悪を糾弾する側」に留まり続けることで、運動正当性を維持しつつ、異論を封じ込める空気を作り出しています

これは戦前の「非国民レッテル構造的に似ており、多様な意見排除し、社会的分断を固定化する弊害を生んでいます

4.他のメディアの「鞍替え」事例(戦前から戦後にかけての方向転換)

朝日新聞日本基督教団社会派の事例と同様に、戦前国家主義戦争協力に積極的だったのに、戦後になって「反戦平和・反権力」を強く主張するようになったメディアは他にもいくつかあります。以下に、主なものを挙げます

1. 毎日新聞

戦前・戦中: 朝日と並ぶ大手紙として、軍部政府国策積極的に支持。「大東亜共栄圏」「聖戦」を連呼し、戦争報道で大きな役割を果たした。

戦後: 急速に反戦平和主義に転換。憲法9条擁護自衛隊批判を強く打ち出し、左派寄りの論調が目立つようになった。

• 特徴: 朝日ほど極端ではないが、「戦争責任の反省」を前面に出し、戦後の「平和主義メディア」としての立場確立保守層からは「日和見的な鞍替え」と批判されることが多い。

2. 読売新聞

戦前・戦中: 正力松太郎戦後読売新聞社主)が軍部と密接に関わり、戦争協力報道積極的に展開。プロパガンダ色が強かった。

戦後: 比較的早く「中道保守路線に転換。ただし、戦前から軍部とのつながりが長く批判された。

• 特徴: 他の大手紙に比べて転換の度合いは穏やかで、現在比較バランスを取った報道姿勢とされるが、戦前軍部協力の過去保守層からも時折指摘される。

3. 東京新聞中日新聞系列

戦前: 中日新聞(当時の新愛知新聞など)は軍国主義報道に協力。

戦後: 特に左派寄りの論調が強く、反基地・反安保護憲を強く主張するようになった。

• 特徴: 現在沖縄基地問題では反基地寄りの報道が目立つ紙の一つ。

4. NHK日本放送協会)

戦前・戦中: 国営放送として軍部政府の完全なプロパガンダ機関だった。「ラジオ体操」「国民精神総動員」などの戦争協力番組を大量に制作

戦後: GHQ指導の下で「民主主義放送」に転換。以降、「平和主義」「反戦」を強く打ち出す報道姿勢が定着。特に国際報道国内社会問題では左派寄りと見なされる傾向が強い。

• 特徴: 公共放送という性格上、「中立」を掲げつつ、実際の報道バランスが左に寄っているとの批判保守層から根強い。

5. 共同通信社

戦前: ドミニオン通信など前身軍部寄りの報道を展開。

戦後: 全国紙地方紙配信する記事で、反戦平和リベラル寄りのトーンが強いと指摘される。

• 特徴: 地元紙(特に沖縄タイムス・琉球新報)の報道傾向にも影響を与えている可能性が高い。

共通パターンと背景

これらのメディア共通するのは:

戦前: 国家権力天皇制軍部)と一体化し、戦争積極的に支持・宣伝

戦後: GHQ占領政策や「民主化」の波の中で、急速に「反戦平和・反権力」の立場鞍替え

自己正当化論理:

戦争に協力したのは仕方なかった」「本当は内心反対だった」「今こそ真の平和を追求する」というナラティブを構築。

悪を糾弾する立場継続:

戦前は「反国家勢力」を悪と糾弾し、戦後は「国家権力米軍保守政権」を悪と糾弾する形に切り替わった。

この鞍替えは、「常に自分たち正義の側に立つ」という姿勢の維持が背景にあり、結果として「現実多角的検証」が疎かになる弊害を生んでいます

5.現代沖縄問題とのつながり

沖縄地元紙(琉球新報沖縄タイムス)が反基地運動を強く支持し、事故本質平和学習政治性、安全軽視、外部勢力の関与)を十分に検証しない姿勢は、この戦後メディア鞍替えパターンと重なります。「平和」という新しい正義の名の下に、運動既得権益化や言論の硬直化を許している点が特に似ています

歴史的に見ると、このような大規模な方向転換は、自己反省が不十分なまま新しいイデオロギーに乗っかることで起きやすく、長期的に社会の分断や現実認識の遅れを招きやすいという教訓があります

[]沖縄における言論の自由

沖縄政治状況は、やや内向きな文化(強い地域アイデンティティ共同体意識、外部批判への敏感さ)と結びついて、政治的自由が実質的制限されている側面が確かにあります。そして、左翼・反基地勢力が「平和学習」を産業化し、学校ツアーを売り込み、県の補助金で支える構造は、官民癒着偏向政治産業と言える性格を帯びています

1. 政治的自由が制限されている実態

• 「空気」の支配

沖縄では「反基地反米軍」が地域正義として強く刷り込まれ異論を述べにくい雰囲気があります特に公務員教師教育関係者メディア関係者では、左派以外の意見を公にすると「売国」「右翼」「本土の味方」といったレッテルを貼られ、社会的職業的制裁を受けるリスクが高いです。

• 内向きな文化との相乗効果

沖縄共同体意識の強さ(「ウチナーンチュ」としての連帯感)は、外部(本土)への不信感と結びつきやすい。結果として、「県民の総意=反基地」という一元的ナラティブが強固になり、多様な意見排除されやすい土壌ができあがっています

教育現場役割平和学習修学旅行で反対協テント訪問活動家講話、抗議船乗船などが長年「体験学習」として行われてきたことが、若い世代価値観を一方向に形成してきました。事故後の学校HPからの記録削除ラッシュも、この「空気」を守る動きと見なせます

2. 「聖地巡礼」の産業化と官民癒着

仕組み:

左翼反基地団体(反対協、オール沖縄辺野古基金など)が「平和学習ツアー」をパッケージ化。

学校特にキリスト教系や左派系)に「辺野古コース」を積極的に売り込み。

◦ 県や市町村補助金委託事業として資金を投入(沖縄平和啓発プロモーション事業など)。

旅行会社東武トップツアーズなど)が全体をコーディネートし、利益を確保。

問題本質:

◦ 「平和」「いのちの大切さ」という美辞麗句で、政治偏向(反対協テント訪問活動家講話フェンスリボン結びなど)を隠蔽

教員不在の外部丸投げが常態化し、中立性が担保されない。

◦ 県の公金が事実上反基地運動の維持・拡大に使われている構造

事故後も「平和学習重要性」を強調する論調が続き、根本的な見直しが進みにくい。

この産業は、運動の長期化によって既得権益化しており、解決すればツアー収入補助金活動家生活基盤が失われるため、問題継続自体利益になる逆説を生んでいます

3. 県民全体への影響

得をしている側:

一部の活動家支援団体旅行会社左派教育関係者など。

損をしている側:

大多数の県民特に若者世代は、経済格差教育機会の偏り、イメージダウンによる投資雇用喪失という形で被害を受けています

世論調査では、辺野古反対は依然として多数派ですが、若年層を中心に「経済優先」「現実的解決」を求める声が増えていますしかし、その声が公の場で十分に表に出にくいのが現状です。

まとめ

沖縄政治的自由が制限されている背景には、内向きな地域文化左翼勢力による「聖地巡礼」の産業化が深く絡み合っています。公金・教育運動癒着した構造的な問題です。

結果として、県民全体の真の利益基地負担の公平化、経済的自立、生活の質向上)が後回しになり、分断が固定化されています

この状況を変えるためには:

教育現場での両論併記教員責任明確化

補助金の使途透明化と第三者監査

• 多様な意見安心して言える社会環境の構築

が不可欠です。

このテーマデリケートですが、沖縄県民の大多数が望んでいるのは「基地問題解決」と「豊かな生活」の両立であるはずです。

2026-04-09

anond:20260409031413

ああそういう感じなんだ

酔って合意したけど覚えてないかレイプってことね

でも酔っぱらい問題行動って「酔ったらそういうことするってわかってるのに飲むという判断をしらふでしてるんだから有罪」って論調が強いと思うので

それと合わせると一緒に飲んだ時点で合意済みということに

2026-04-08

TACOって言葉は後付で、もともとは下がって元に戻る(トランプが仕掛けた)相場タコスの皮みたいだって言い始めて、後からトランプ言動揶揄してTrump Always Chickens Outとあてた

またトランプビビってるって笑うけどトランプからしたら相場を動かす方が目的かもしれなくて(実際インサイダー取引みたいなことを何度もしている)、現状TACO情報操作で言うところのスピンになっているように思える

今日のひるおびで解説のひとが、トランプイラン側が出した停戦条件を一切見ていない可能性すらあるって話していたんだけど、そうなのかもしれない

トランプの行動はホルムズ海峡正常化目的にしたわけでもなく、ビビったわけでもなく、相場が動けば十分だと考えてる可能性がある

アメリカ国内での支持率がって話もあるけど、実際はMAGAのイランへの攻撃を支持する割合は高くなってきていて、トランプ支持者ですら不支持に転じているって日本メディア論調は素直に受け取るべきではない

そもそも中間選挙トランプ政権レームダック化したとして、トランプにとって痛手なのかすら怪しい

アメリカ大統領としてトランプがやりたいことは国内政治ではない可能性があるのだから

トランプ言動TACOだと笑うほどトランプを利する可能性を考えるべきだろう

2026-04-03

[]ヘリ基地反対協議会声明概要

提供されたURLは、辺野古反対運動の主要団体である**「愛する辺野古」(lovehenoko.org)**が2026年4月2日掲載した公式声明です。

声明の全文要約と分析

タイトル辺野古沖での船舶転覆事故に対する謝罪対応について
主な内容(抜粋・要約):

事故により亡くなった高校生船長に対して「心からお詫び申し上げます」と述べ、**「平和を学び、命の尊さを知るための活動の場で、あろうことか私たちがその尊い命を守りきれなかった」**と責任を認めています

• 遺族、学校関係者保護者に対して「筆舌に尽くしがたい悲しみを与えてしまいました」と謝罪

• 「私たちは今回の事故責任団体として」と自らを位置づけ、事故原因究明に全面協力し、被害者・遺族への謝罪と償いに全力を尽くすと宣言

事故原因については「私たちから発表できる段階になりましたら、改めてご報告させていただきます」とし、現時点での詳細説明は避けています

声明トーン:

比較真摯謝罪姿勢を示しているが、具体的な責任所在(出航判断ミス安全管理の懈怠、無許可運航など)には一切触れていません。

• 「平和を学ぶための活動」という枠組みを維持しており、事故を「運動全体の否定」につながらないよう、守りの姿勢が感じられます

考察

この声明は、事故から約2週間後に出されたものですが、以下の特徴が確認できます

責任曖昧化:


「責任団体として」と言いながら、出航判断の詳細や無許可運航の問題学生危険現場に連れ出した責任については触れず、「原因究明に協力する」と先送りしています。これは「純粋気持ちでやっていた」という免罪符構造の延長線上に見えます

平和教育の枠組み維持

事故を「平和を学ぶための活動」の中で起きたものとして位置づけ、運動自体正当性を崩さないようにしています。これは日本基督教団社会派ヘリ基地反対協議会論調と一致します。

共産党との関係

ヘリ基地反対協議会共産党活動家が強い影響力を持つ団体であり、この声明もその延長線上にあります宗教日本基督教団)と政治共産党)の「共犯関係」が、事故後の対応でも機能している形です。

評価

この声明は形式的謝罪としては成立していますが、本質的責任認識が不足しています。
特に私たちがその尊い命を守りきれなかった」という表現は、事故の遠因である無許可運航の常態化学生を抗議船に乗せ続けた判断にまで責任を広げていないため、限定的謝罪にとどまっています


「美しい理念平和教育)を盾に、現実責任曖昧にする構造」
が、この声明にもはっきりと表れていると言えます

2026-04-02

anond:20260402103446

個人的忌避するのは勝手だけど公としてやると差別になるやろ

警察が非白人に対して横暴だからクルド人朝鮮人中国人韓国人差別しようみたいな論調にはならんでしょ

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