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はてなキーワード: バイト代とは

2026-01-19

私は無能ですか凡人ですか、それとも中途半端秀才ではあるんですか、客観的意見を聞きたい

受験を控えたN高2年

・小1でPCを親からかるというとてつもない恵まれ環境に育つも

小学生時代に数IIIをコンプできなかった

四次元幾何学にはまったくせに多胞体を一つも発見できなかった、エキゾチック球面の存在証明できなかった

巨大数論にはまった癖にローダー数とバシク行列システム定義を解き明かせなかった

遺伝的プログラミング古典的画像処理ベースDQNを上回る強化学習モデル発見できなかった

・それどころかプログラムを作るプログラムすら作れなかった(理論上今のAIとはまた違う形で必ずできると信じていた)

・こんな馬鹿たことばかりやっていたせいで小学生時代まともにプロダクトを世に出せなかった

純粋関数型言語OSSNSの開発に失敗した

 

数学ITも無理だと悟ってからSCPに逃げ4年も費やすも結局共著の一つしか記事を残せない

・SCPの派生コミュ管理委託をほっぽいて逃げたせいで初代/3代目管理者に迷惑どころではない孤独感や罪悪感、遺恨を植え付ける

・許してもらえたのに結局彼の夢を壊すことを言ってしまい今度こそ縁が切れ彼を鬱にする(今でさえ創作トラウマを抱えているらしい)

 

・その後自動作曲研究にどハマりし、某SunoAI元ネタ(の一部)の論文共著に参加するが、貢献度が低かったのも相まってカンファレンスに登壇できなかったしポトフォにも書ける立場にならなかった

・その後Xenharmonic・現代音楽研究にどハマりしDeflate圧縮率の標準偏差やコルモゴロフ複雑性の概念を使い「良いメロディ定量的に計る単位」を考案するが真面目に研究せず興味を失ったため論文にできない

・なんだかんだ今でさえ単著論文を一つも書けていない(無能なラン先輩でさえ11歳で原子論文書いて大学院にお呼ばれされたのに!)

・なんだかんだ今でさえ大学数学コンプできていない(圏論と逆数学が難しい)

 

世界史替え歌MADを作っていたことがあるが制作者側のコミュニティで問題を起こし動画全消しして逃げた

・↑の自動プログラミングをなんだかんだ諦められなかったので競プロテストをしようとしてBANされた

フリーランスとして仕事をするが、何度も依頼の納期を伸ばして怒られた

・親に正当な理由で怒られたことをネットに酷く書いた

・親を殴った

・にもかかわらず応援してくれた親に多額の借金を重ねた

・その借金を返す目的で稼いだバイト代を株を自動化しようとして溶かした

・弟にネットガイジと呼ばれ晒されたことがある(今は仲は良好)

副業絵師をやっている父親にも結構ヲチられている

・これら全ての過ちを重ねた今でさえSNSというレッドオーシャンでうまくやることができていない(アクティブユーザーが数ヶ月単位で何度も3桁と1桁を行き来する、私のガイジムーブが露呈しMisskeyで炎上する)

・異常なほどの天才しかいないIT業界で生きていけるか怪しいので死にたい

2026-01-12

解釈違い

私の普段暮らすジャンルは、俗に言う限界集落である

供給も多いとは言えず、人口も少ない。

それ故、住民たちは極めて雑食(あるいは悪食)的な傾向があった。

「会話がなくとも同じ画面にいなくとも同じ作品に出ているならカプ成立の余地がある」と言っても過言ではなかった。

NLBLGLその他性別の有無相関は問われず、どのような組み合わせも受け入れた。

無論他カプに対する「解釈違い」は全くないとは言わないし、内心で皆がどう思っているかは分からないが、自分が食わぬものもきっと誰かは食うのだろうという共通理解はあった。

そもそも供給人口も少ないのだから、数少ない「同じコンテンツ/キャラを愛でる同志」でいがみ合っている場合ではなかったのである

このような村で私は青春を過ごし、そこで得た経験価値観自分オタコンテンツへの向き合い方の根幹となっている。

話が変わるが、中学美術時代からの友人がいる。

所謂オタ友というやつである

好むコンテンツジャンルはかなり違っており、同時に同じコンテンツを楽しむことはあまりなかったように思う。ただし「○○の××に今めっちゃハマってて〜」みたいな話を共通コンテンツでなくても気兼ねなく言い合えるという関係が心地よかった。

要は温和な彼女性格が峻峭な私の性情と衝突しなかったのだ。なんにせよ私たち親友と言って良いほどの間柄であった。

そんな友人に今冬、コミケの売り子手伝いを頼まれた。

友人は今大手ジャンルで盛んに絵を描き同人誌を出しているそうで、人手が欲しいとのことだった。

自分自身の同人活動はしばらくストップしていたが、他ならぬ友人の頼みであるので快諾した。

サクチケ入場もできるわけだし、せっかくなら○○(友人のジャンル)の雰囲気見てみるかー、空いた時間で自ジャンル覗くかなー、ぐらいの心持ちだった。

友人が今推しているキャラは、忖度なしで言えばそのジャンル内では人気が高いとは言えないキャラであった。当日そのキャラの本を出しているサークルは片手で数えられる数であった。

しかジャンル全体で片手と少しくらいしかなかった自ジャンルと比べれば、1キャラだけでそんなに描く人がいるのが羨ましいぐらいであった。

コミケ当日の朝、スマホwebカタログを物色しながら「この人たちに挨拶回りとかするの?」と何の気なしに尋ねた。

「いや、そこら辺は全員敵だから、目を合わせたくもない」と返された。

敵?

TEKI?

enemy?

普段の温和な彼女性格からは考えられないセリフであったので、思わず聞き返した。

「敵なの?」

「敵。」

「なぜ?」

解釈が違うから。」

解釈違いは敵だと彼女は言う。

キャラ推し方、描き方が違うから敵だと言う。

このキャラはこの描き方であって然るべきだと言う。

別に創作界隈全体から見れば、このようなことは珍しいことではないのだろう。

ただ自分はなんとなく、そういう争いとは無縁だと思っていた。

なにより、彼女がそのような(私からしてみれば)過激発言をすると思っておらず、私の思考フリーズした。

「なんかこう……解釈違ってもさ、仲良くしといた方が、一緒にそのキャラの魅力広めていくとか、できるんじゃない?」

つい口に出てしまったが、思い返すとかなり危険な問いかけだったと反省している。ワンチャン10年来の友情に亀裂が入りかねなかった。

「私がそうしても、あっちがそう思ってないなら意味いからね」

「そっかぁ」

彼女普段通り温和な笑顔を見せた。

ここで即座に友情に亀裂が入るのは避けられたようなので、これ以上亀裂が入る可能性をなくすため、私はもう深追いするのは諦めることにした。

国際展示場行きの電車がやってきた。

コミケはつつがなく終了した。

友人の新刊完売し、既刊の売れ行きも上々であった。概ね成功と言えただろう。

バイト代ということで、打ち上げ焼肉を奢ってもらえることになった。やったね。

帰り際、隣の「敵」のサークルの本がふと目に留まった。

絵柄は割と私好みだった。

読んでみたい、買ってみたいと思ったが、友人に見つからずにその本を買う方法が思いつかなかった。

そもそも相手方からたらこちらが「敵」であり、そこで売り子をしている私も「敵」であろう。

表立って買いに行けば、裏で何を言われるか分からない。

波風を立てるのは得策でないと判断し、後ろ髪を引かれつつ私はコミケ会場を去り、友人と共に打ち上げ焼肉へと向かった。

例の本は通販で買おうとも思ったが、もし家に彼女が遊びに来た時に万が一でも見つかったら怖いと思い、これを書いている今も踏ん切りがつかずにいる。

2025-12-18

ソープに行く必要があるのかないのか問題

学生のうち、恋愛に金勘定の要素が加わる前ならソープへ行って童貞捨てて、女の子という謎の存在への狂った偏見を捨て去り、フラット視点姿勢を手に入れたら万事上手くいくので、高校生までに捨てられなかったやつはバイト代ソープへ行けでいいと思う。

実際、ソープへ行けの生みの親の北方センセが試みの地平線をやってたのは大学生程度が想定の読者で、二十歳で童貞キモい奴扱いの日本が1番性愛至上主義時代だった90年代や。

今の出会いはマチア時代恋愛最初デート初顔合わせカタログスペックとやべえ奴ちゃうかチェックを繰り返す出会いにおいて、ソープへ行って身に付けたフラットな態度がどの程度役に立つのかは正直よくわからない。

クソ童貞ロマンチックだと本人は思っている気色悪い片思いファンタジーとかを破壊するってのもソープ可能なのか分からない。

現代なら、マチアプで10人くらいと会うとかでいいと思う。

今でこそダサいダサい言われるけど、

サマンサタバサの2、3万のバッグをバイト代貯めて頑張って買ってた2000年代JKJDってめちゃくちゃ健全だよね。

今財布10万以上は当たり前、なんなら50万以上はするDIORのバッグをJKJD普通に欲しがる時代だもん。異様だよ。

キャッシュレスを使いこなせないおばさんの意見かな?

anond:20251218090048

満足できないよ

欲しいものは次から出てきてでもバイト代じゃ買いきれない

から飢餓感が拭えずにあれ欲しいこれ欲しいって購買欲が続くんだ

2025-12-13

セックスなしでも継続できる関係家族だろ←3万いいねの大バズり

投稿している人の過去ツイをディグったら女装して風俗店で体売ってて横転

そのセックス抜きの家族関係を維持するために、セックス外注しつつバイト代も稼ぐみたいなワザップありなんですか?

2025-11-11

ありがとうKAT-TUN オタクより

18歳だった。子どもの頃から筋金入りのおたく少年ジャンプがなによりも楽しみで二次元男の子たちのかっこよさに安心して興奮してた。

受験頑張ってそれなりの大学に入ったか大学デビューしてみるかと思って色々頑張ったけれど、学籍番号が近くて最初にできた友達自分同様一皮剥けようと頑張ってるオタクで、やっぱりどうしてもオタクといるのが楽しくて楽しくて上京してきたその子が暮らす西武新宿線の家に入り浸っていた。

無限時間を生きていた私たちにとってのいちばん問題は某スポーツ漫画激推ししていたキャラの登場頻度が激減したことで、あまりさびしいさびしすぎると嘆きながら毎朝五時までジャンプを模写していた。楽しくて楽しくて仕方がないのに某スポーツ漫画で味わったような衝撃をもう一度、人生であと一度だけでいいから味わいたいという若さ特有飢餓感の中にいた。もうあんな衝撃はないんじゃないか若さ特有の悲観に囚われ始めた、そんなときにその子が見つけたのが彼らだった。

ごくせん2っていうドラマに出てる子達、二人ともホストみたいだけどなんか気になる。見てみてほしい。

えー人間じゃんと思った。ずっと二次元に向けてきたもの人間に向けるという発想がなかったし、高校にいた癖の強いジャニオタが頭に浮かんであんまり気が進まなかったが、友達と一緒になにかにまれたら良いなと思ってテレビをつけてみた。

ふんふん、面白いじゃん、へえ、かっこいい。なんか顔が似てるなこの二人。ヤンキーもの漫画っぽくて嫌いじゃない。なんかアングラ感ある店でバイトする高校生か、悪くない。

デゴイチノーモアクライが流れる中、仏頂面の小田切が投稿してくる。集団を引き連れそれを迎える矢吹「久しぶり、今更なに? 俺まだお前のこと許してないんだけど」見開かれる目、暴力の気配、小田切の頬を打つ矢吹の拳。

自分が殴られたような気分だった。

「なにあれ、なにあれ、なにあれ!!」

当時はガラケーだった。友達に速攻メールした。即返信あり。言語化できない興奮。無限に連なっていくRe:Re: Re:Re: Re:Re:

次の夜には西武柳沢にいた。なにもわからYouTubeの荒い動画あさり離さないで愛に行きつき、ハルカナ約束に行きつき、ボニーバタフライに行きつき、バイト代ぜんぶ注ぎ込んで横アリチケット買った。予習はした。お客様サマーも見た。こんなに人気なのにCDがまだなくて「デビュー前」なのがどういうことなのか意味がわかってなかった。ほんとうになにもわかってなかった。ヤフオクで競り落としたよからチケットを握りしめて会場に行った。嫌われ者のごく出新規だったが、それでも生まれて初めての横浜アリーナ階段を、自分たちの席を探しておりていったとき光景を一生忘れられない。

私たちは順調に転がり落ちていった。ファンクラブに入った。バイトの鬼になった。たくさん申し込んで金欠になって外れて返金で首の皮一枚繋がるサイクル。

つのまにか箱推しになっていた。神サマーベストフレンドでうえぷのこと大好きになって横アリ中丸夢になって田中聖ラップすごくない?ってなって教習所で再会した同小の子布教により田口のこと大好きになった。ニューヨーク写真集で6人が踏んだ土踏んでみたくてバイト代貯めてニューヨークに行った。写真集を見たお母さんが言ってくれた言葉が忘れられない。例えばこんな子たちが飛行機にいたら、綺麗だなってびっくりするわよ。

自分の手柄でもなんでもない誇らしかった。推しが素晴らしいと誇らしいんだという最初気づきだった。これまで想像してきたジャニーズから逸脱しているように見える規格外グループ出会たこと、そのファンであることが、自分にとっての新しいアイデンティティだった。私たちジャニオタなんだ、って友達と定期的に言い合っておどろいていたけれど振り返ると私はKAT-TUNオタクだった。他のグループコンサートにもだんだん行くようになったし遠征もしたけどKAT-TUNほどに心を揺さぶってくる人たちはいなかった。

この無敵のように浮かれた期間は短かったはずだ。赤西留学によりブレーキがかかったから、ほんとうに短い。それからもいろんなことがありすぎた。アイドルってこんなふうになるもんなの? これがジャニーズなの?って思ったけれど、アイドルらしくなくジャニーズらしくない人たちにハマる手数料みたいなものなのだとしたら案外釣り合いがとれるのかもしれない。

でもけっきょく、KAT-TUNを好きでどんな日々だったか振り返ろうとするといつだって同じ景色が見える。あの横アリ階段をもうすぐあえると思いながら降りていったときのことをいちばん覚えている。

あれから20年経って大人すぎるくらい大人になり、良くも悪くも人生はいろんな衝撃があると知ったけれど、18歳の自分を襲ったあの衝撃がうすれることはない。

あのころのように新しい衝撃を渇望するだけの元気はもうないけれど、生きていたら同じくらいの衝撃が襲ってくるかもと期待する気持ちがどこかにある。

殴打音と共に、舌打ちと共に、あのとき過分な衝撃を与えてもらったからだ。彼らのおかげで私は18歳のころから、期待しながら生きられている。

ありがとうKAT-TUN。次の衝撃があなたたちによるものであればよいと願わずはいられないけれど、どっちにしたってあなたたちを追いかけた青春がこの先の道を照らしている。

 

ありがとうKAT-TUN オタクより

18歳だった。子どもの頃から筋金入りのおたく少年ジャンプがなによりも楽しみで二次元男の子たちのかっこよさに安心して興奮してた。

受験頑張ってそれなりの大学に入ったか大学デビューしてみるかと思って色々頑張ったけれど、学籍番号が近くて最初にできた友達自分同様一皮剥けようと頑張ってるオタクで、やっぱりどうしてもオタクといるのが楽しくて楽しくて上京してきたその子が暮らす西武新宿線の家に入り浸っていた。

無限時間を生きていた私たちにとってのいちばん問題は某スポーツ漫画激推ししていたキャラの登場頻度が激減したことで、あまりさびしいさびしすぎると嘆きながら毎朝五時までジャンプを模写していた。楽しくて楽しくて仕方がないのに某スポーツ漫画で味わったような衝撃をもう一度、人生であと一度だけでいいから味わいたいという若さ特有飢餓感の中にいた。もうあんな衝撃はないんじゃないか若さ特有の悲観に囚われ始めた、そんなときにその子が見つけたのが彼らだった。

ごくせん2っていうドラマに出てる子達、二人ともホストみたいだけどなんか気になる。見てみてほしい。

えー人間じゃんと思った。ずっと二次元に向けてきたもの人間に向けるという発想がなかったし、高校にいた癖の強いジャニオタが頭に浮かんであんまり気が進まなかったが、友達と一緒になにかにまれたら良いなと思ってテレビをつけてみた。

ふんふん、面白いじゃん、へえ、かっこいい。なんか顔が似てるなこの二人。ヤンキーもの漫画っぽくて嫌いじゃない。なんかアングラ感ある店でバイトする高校生か、悪くない。

デゴイチノーモアクライが流れる中、仏頂面の小田切が投稿してくる。集団を引き連れそれを迎える矢吹「久しぶり、今更なに? 俺まだお前のこと許してないんだけど」見開かれる目、暴力の気配、小田切の頬を打つ矢吹の拳。

自分が殴られたような気分だった。

「なにあれ、なにあれ、なにあれ!!」

当時はガラケーだった。友達に速攻メールした。即返信あり。言語化できない興奮。無限に連なっていくRe:Re: Re:Re: Re:Re:

次の夜には西武柳沢にいた。なにもわからYouTubeの荒い動画あさり離さないで愛に行きつき、ハルカナ約束に行きつき、ボニーバタフライに行きつき、バイト代ぜんぶ注ぎ込んで横アリチケット買った。予習はした。お客様サマーも見た。こんなに人気なのにCDがまだなくて「デビュー前」なのがどういうことなのか意味がわかってなかった。ほんとうになにもわかってなかった。ヤフオクで競り落としたよからチケットを握りしめて会場に行った。嫌われ者のごく出新規だったが、それでも生まれて初めての横浜アリーナ階段を、自分たちの席を探しておりていったとき光景を一生忘れられない。

私たちは順調に転がり落ちていった。ファンクラブに入った。バイトの鬼になった。たくさん申し込んで金欠になって外れて返金で首の皮一枚繋がるサイクル。

つのまにか箱推しになっていた。神サマーベストフレンドでうえぷのこと大好きになって横アリ中丸夢になって田中聖ラップすごくない?ってなって教習所で再会した同小の子布教により田口のこと大好きになった。ニューヨーク写真集で6人が踏んだ土踏んでみたくてバイト代貯めてニューヨークに行った。写真集を見たお母さんが言ってくれた言葉が忘れられない。例えばこんな子たちが飛行機にいたら、綺麗だなってびっくりするわよ。

自分の手柄でもなんでもない誇らしかった。推しが素晴らしいと誇らしいんだという最初気づきだった。これまで想像してきたジャニーズから逸脱しているように見える規格外グループ出会たこと、そのファンであることが、自分にとっての新しいアイデンティティだった。私たちジャニオタなんだ、って友達と定期的に言い合っておどろいていたけれど振り返ると私はKAT-TUNオタクだった。他のグループコンサートにもだんだん行くようになったし遠征もしたけどKAT-TUNほどに心を揺さぶってくる人たちはいなかった。

この無敵のように浮かれた期間は短かったはずだ。赤西留学によりブレーキがかかったから、ほんとうに短い。それからもいろんなことがありすぎた。アイドルってこんなふうになるもんなの? これがジャニーズなの?って思ったけれど、アイドルらしくなくジャニーズらしくない人たちにハマる手数料みたいなものなのだとしたら案外釣り合いがとれるのかもしれない。

でもけっきょく、KAT-TUNを好きでどんな日々だったか振り返ろうとするといつだって同じ景色が見える。あの横アリ階段をもうすぐあえると思いながら降りていったときのことをいちばん覚えている。

あれから20年経って大人すぎるくらい大人になり、良くも悪くも人生はいろんな衝撃があると知ったけれど、18歳の自分を襲ったあの衝撃がうすれることはない。

あのころのように新しい衝撃を渇望するだけの元気はもうないけれど、生きていたら同じくらいの衝撃が襲ってくるかもと期待する気持ちがどこかにある。

殴打音と共に、舌打ちと共に、あのとき過分な衝撃を与えてもらったからだ。彼らのおかげで私は18歳のころから、期待しながら生きられている。

ありがとうKAT-TUN。次の衝撃があなたたちによるものであればよいと願わずはいられないけれど、どっちにしたってあなたたちを追いかけた青春がこの先の道を照らしている。

 

2025-11-05

最近Twitter

実家暮らし学費もなにもかも親にだしてもらってて好き勝手朝帰りしてバイト代を全部好きなように使えて,その状況で5000円積み立てていることを明るみにして,えらーいって言われて,これくらいのマネーリテラシーあって当然ですけど,ないお宅らが低俗なだけでは?って得意げになっている様,やーだな。って,思ったときのことを思いだした。

最近Twitter貧乏人 VS 親が金持ち。その前は,美容命 VS すっぴん

なーんかさ,わかりあえないからって嫌味を言い合うからよくないんじゃん,と思う。経済状況が悪かろうが生まれ持った容姿女優級じゃなかろうが,生きてていいしバカにされる筋合いはない。それでいて,なおかつそのような性質の人だからといって,経済的に豊かなひとや見た目に自信があるひとを不用意に傷つけていいわけではない。逆もしかり。

おかしいよ,最近Twitter

私も自分生活費等々をなんとかしてるからさ,暮らし向きの明るし実家住みのひとのあれやこれやを聞くとはあ?って思うことはある。思うことまではしょうがない。けど,それをその人の前で出したらあかん,ただそれだけやないんかな。経済状況も容姿のこともしゃーないやんか。配られたカード勝負しなくちゃいけない局面だってある。羨んでも仕方ないとわかりつつ,恨めしく思うときもある。けどそれが常になっちゃだめだし,ましてや自分と違う環境にいるひとを攻撃するのはお門違いだよ。

不幸になりたいならそうするほうがいいのかもしれないけど,とふと思う。

ま,マウンティングして優位性を確認して初めて安心感を得る人種というのもいるんだろうけれども,それはそれ。

2025-10-24

A3サイズ世界を変える、四畳半の戦い

7年前、東京。地下かどこかの喫茶店で、デザイナーのHさんと打ち合わせをした。

自分企画した仮設の公園シリーズデザイン制作物を依頼する場だった。

まだ若くてバカだった当時の自分は、「A3サイズ世界を変えよう」と笑いながら真剣に言ったのを覚えている。鼻息ストローの袋を吹き飛ばした気がする。

その後に作ったA3フライヤーは、原稿の渡し方もイメージの共有もめちゃくちゃで、散々迷惑をかけた気しかしない…。でもHさんは最高の納品物をつくってくれた。

それからあちこちでHさんのデザインを目にするたびに(先日も実家近くの本屋で見かけた)、あの狭い喫茶店で口にした言葉を思い出す。

HさんはあれからマジでA3サイズ世界を少しずつ変えてってると思う。

先週、哲学対話研修をしに来てくれたNさんに

「どうして“哲学対話”という名前を使うんですか?難しそうだとか、参加に身構える人もいるかもしれないのに」と尋ねた。

Nさんはいろいろ考えた末に、「なんか…ムカつくんすよね」と言った。

誰が哲学を遠ざけ、対話しようとする人を傷つけてきたのか。

哲学と、対話という言葉意味を新しく上書きするために、あえてこの名前を使うんだって話してくれた。

今の自分は、どうだろう。

「ムカつく」という言葉を聞いて、久しくそ感覚を忘れていたかもしれないと気付いた。

どうせ何も変わらないと思って、絶望してたんだと気付く。ぜつぼうって、Zから始まる強い響きの言葉だけど、耳がキンとするほど静かで、うっすら気付きながら置き去りにして、気付けばゆっくり死んでいるような絶望もある。

思い出すと自分も「A3世界を変えよう」と言ったあの頃、世界に対してムカついてた。

少し前、自分臨時職員だった。アート教育に関わる仕事給料は月13万円。

周りの正規職員は倍くらいの給料をもらってる。

でも求められる仕事の内容は変わらない。自分が足りないから倍以上頑張るしかないんだ。

アーティストクリエイターとつながっておくのが大事だ」と教わりつつも、飲み会に行くのが怖かった。行ってもバカにされるだけ、雑にいじられて否定されて、3000円払っていやな思いをするだけだと思ったから。

それでも「今日は違うかもしれない、大丈夫かもしれない」と信じてみる。

先にコンビニおにぎりホットスナックと缶ビールを胃に詰め込み、遅れて飲み会に顔を出す。結果「やっぱりカタパンダメだな〜」と何かのきっかけでバカにされ、ヘラヘラしながら5000円払わされ、真っ暗な帰り道で涙がつっとこぼれそうになる。今思えばもっと自己開示すべきだったのかなって思う。でもあの時の自分は、自分を守るのに必死だった。

同じ部署臨時職員同士で競わせられ、蹴落とし合う日々。毎日どんどん嫌な自分になる。

上司は定時で帰宅して、赤ちゃん風呂に入れるという。

それは素晴らしいことで、自分今日も帰れない。自分は常に欠けていて、仕事ができないかしょうがないんだ。自分子どもを育ててみたいという気持ちをこんな手取りじゃ絶対無理だとグッと押し殺し、上司に嫌な感情を向けてしまう心に嫌気がさす。

「カタパン説明は下手すぎる」「カタパンは才能がない」「カタパンは惜しいんだよな」「タレ(当時付き合っていた彼女)と結婚してさっさと仕事やめたら?」「カタパンのタレはメンヘラだよな」「それ俺が考えたことにして。そっちのほうが絶対うまくいくから」「カタパンが考えることは全て、もうすでに俺が考え終わったことだよ」「カタパンは、ソーシャル・ネットワーク映画)の、ザッカーバーグじゃない方なんだよ。自分が考えたことも上司うまいところを持っていく。そういうのってこの業界じゃ当たり前だから。」「カタパンエモいからな〜」「カタパンは伸びしろがない」「泣くのはプロじゃないよ」「カタパンもう◯歳でしょ?いい加減大人になってほしいよね」

大学1年生のころ、そのアートセンターでやっていたノイズミュージックライブを初めて聞いて衝撃を受けた。

退屈してて何もないと思っていた、都市ってつけるのがおこがましいくらいの地方都市で、爆音の圧に内臓が揺れる。初めて音に殺されるって思った。

こんなこと公共施設がやっていいんだ。そのアートセンターで働くことに憧れた。

そこには市民有償ボランティア制度サポートスタッフがあった。入りたいと思った。

でも1年生でサポートスタッフになっても、きっと自分は他の人に埋もれてしまうと思い、いろんなアルバイト経験した。

3年生になって、ようやく少し自信を持って、サポートスタッフ登録する。

“カタパン”は、サポートスタッフを始めた初日教育普及の職員に付けられたあだ名

理由は、肩パンしても大丈夫そうなキャラから。嫌なあだ名だったけど、あだ名を付けてもらえたことに喜んで、自分否定しなかった。

ようやく入った憧れの施設では、地元の人やサポートスタッフを蛮人と呼んでる人もいた。

もちろん冗談で。冗談なんだから否定するのは粋じゃない。自分は一緒に笑った。

自分も笑われているのに。

どんなに嫌なことがあってもそのアートセンターに憧れたあの時の気持ちは捨てられないし、どこかで全員尊敬できたし、すごく優しい人もいる。

周りの誰も憎めずに、自分を責め続けた。心配してくれた人の言葉を、自分大丈夫ですよとヘラヘラ聞き流した。

周りを変えることよりも自分を責めることの方が楽で、でもずるくて、いざ失敗したら周りのせいにしてた自分もいる。この文章だってそうかもしれない

自分自分のそういうところがめっちゃ嫌い。だからこの文章をここに書き残しておく。

ダサいことも、痛いことも、全部置いておく。

今は常勤職員になってしばらく経ち、生活も少し安定するようになった。チームが変わり、すごくいい仲間に恵まれて、痛みを感じることを言われることも少なくなった。安心できる場所をつくることが出来た。年下の後輩も入ってきて、それまでリーダーをやってくれてた同僚が抜けることになった。

常勤職員から、副専門職員になる試験を受けたら、普通に面接で落ちた。

付き合いの長い上司からあなた専門性はないですって諦められたみたいで悲しかった。

しか自分はまたヘラヘラして、自分の言いたいことを伝えられなかった。

伝えることを諦めてしまった。そんな自分が悔しくて、その夜電気を全部消して泣いた。

今の自分は、どうだろう。

昨日『104歳、哲代さんのひとり暮らし』という映画感想を語り合う場所を開いた。これは一昨年の暮れから、だいたい毎月4回くらいやっている。休憩がてら立ち寄った人たちとお茶ジュースミルクティーが人気)を飲みながら、映画の印象に残った場面を話すうちに、みんなそれぞれ自分過去をぽつりぽつりと思い出して語り始めたりする。昨日も15人くらい来てくれた。

コロナ禍の入院で、本当は会いたかった人を病院の窓から見送った話。

離れて暮らす娘の早産を電話で励ますことしかできず、悔しかった話。

祖母隔離病棟で亡くなる直前、看護師がつないでくれたLINEビデオで声をかけたけど、触れられなかった話。

「哲代さんは明るくてすごい。私は後悔ばかりだ」と84歳の参加者が漏らすと、別の人が「いまからでもイメチェンできる!84歳、あと20年ある!」と励まして笑い合う。

飲み物を継ぎに別のグループへ。「職員さんですか?」と聞かれたので簡単自己紹介し、「楽しく働いています」と答えると、一人の女性が「…仕事はつらいですよ。人生はつらいですよ。」と自分に言い聞かせるようにつぶやいた。

彼女は三人の子どもを育てるために、大好きだった介護仕事を諦めたそうだ。

介護仕事給料が低くて、今はレジ打ちなんかをしています。でも、本当は働きたい」そう言うと、彼女の目から涙があふれた。

彼女にとっての“働く”は介護であり、レジ打ちはやらなきゃ立ち行かなくなる”仕事”。

彼女は泣きながら、どんな場面を、人を、思い出していたんだろう。

おもわず隣の大学生がもらい泣きして、タオルで涙をぬぐう。

そのタオルがすごく大きくて「いっぱい泣けるね」とふざけて笑い合う。

自分も鼻の奥がツーンとして小さな涙を指で拭う。

この場所では、泣いても誰もバカにしない。

最後彼女は「いつか絶対介護に戻りたい」と話してくれた。

その姿は強くてまぶしくて思わずみんなで応援した。

尊敬する館長がしばらく前に亡くなった。

自分は、館長の本棚にあった「公共役割とはなにか」という本をもらった。

館長から出された宿題みたいに、その問いのことをずっと考えている。

まだ宿題の途中だけど、今館長に聞かれたら、

公共文化施設とは、みんなで人間らしさを取り戻す場所って答えたいと思う。

人生は一人で抱えるには重すぎる。いつか自分の足で立つためには、みんなで少しずつ荷を下ろし、身軽になる必要もある。何かを得るだけでなく、重くなった気持ちも置いていける場所。そういう場所が、自分はあってほしい。

それは捨てていくんじゃなくて、きっと誰かが聞いている。

形のない、透明なお墓みたいな時間場所

誰かが誰かを覚えていると信じられるから、新しい自分になっても安心して息が吸える。

小学生がうちの施設社会見学に来たら「メディアテクノロジーは人にものごとを伝えるワザ。コンピューターインターネット映像、照明、音響かいろんなものがある。そう聞くと、電源が必要とか、新しくてシュッとしてるとか、固くて冷たいもの想像するかもしれないけど、いまみんなに話しているこの言葉だってメディアテクノロジーひとつ。僕らはつい最新のテクノロジーに注目しがちだけど、僕らが生まれるずっと前は、この”言葉だって最新のテクノロジーで、思ってることを人に伝えられるのやべ〜!ってなってたはず。もし言葉が喋れなかったとしても指差しをしたり、狼煙を上げてここにマンモスがいるぞー!って伝えてた。でも当たり前に使えていると思ってるものも、使い方を間違えると怪我したりする。

このアートセンターでは、メディアテクノロジーを改めて広く捉え直して、ありたい未来可能性(こんな使い方出来たんだとか、こんなふうに伝えられるんだとか、こうなるとヤバそうとか)をみんなで考えて、みんなでつくっていくために、全員まだ答えを持ってない新しいアート作品をつくったり、紹介したり、それをみんなで見る場、話す場を開いてる」って伝えてる。ともにつくり、ともに学ぶ場なんだって

例えば映画の上映に合わせておこなうお茶会みたいなイベントは、小さな場所の小さな営みで、”オリジナル”みたいに威張れることはしていない。たまたま映画を見に来た鑑賞者同士が、なんとなく休憩しに立ち寄って、お互いの話を聞きあえる場を開いているだけ。でも、そこに来る一人ひとりは、とても大きな人生を背負っている。

日立ち寄ってくれた年配の2人組。

少し背の低い女性が「耳がほとんど聞こえなくなった主人が、この映画は見たいって言ったんです。だから字幕がなくても今日は来ました」と穏やかな声で教えてくれた。

これを見たいと思うことと、一緒に見る人がいるのめっちゃいいですねと伝える。そしたら突然その人がパートナーの耳元に向かって、自分がさっき言ったことを大きな声で復唱してくれる。(この人、こんな大きな声が出るのか)と内心びっくりする。

男性は嬉しそうに「そうなんですよ」と言って笑った。言葉があってくれて、でっかい声で伝えようとしてくれて、ここに来てくれて、聞いてくれて、ほんとによかった。

その場を見ようともしない人ほど「効率が悪い」とか「KPI」とか「来てない人を納得させないと」とか「ソーシャルインパクト大事」とか「経営的な戦略必要」とかって、ティーチ(一方的に教える)よりラーニング自分で学ぶ)が大事と言う同じ口で、一方的に教えてくれる。

いや、なんかそうなんかもしれんけど、うっせ〜〜〜。

簡単に人をモノのように扱える人ほど評価される世界絶対間違ってる。

世界を変えるって、トランプみたいに自分勝手世界を掻き回すことじゃ絶対にない。

世界を変えるって、ひとりひとりが自分の力を思い出して、取り戻すことじゃないんかい

ここに生きてる人間がいますよ。

この前ポッドキャストの収録で話したひるねちゃんは「手元をみよう 手元をみよう」と、祈るみたいに2回言った。

「人の心に反射したその光こそが作品作品が光ってるって言うより、あなたの心に反射したものが光ってるんだよ。エネルギーを飲み込まないで発散できる自分でいたいな」と言いながら、最後の語尾は震えてた。

心が諦めてしまうと簡単に、ブラックホールとかベンタブラック(99.9%の黒)みたいに、どんな光も吸収してしまう。

収録が終わってしばらく経ったある日ふと、本当に信じてることは信じてるなんて言わないのに、信じたいって思うことほど信じてるって口に出して言うのは不思議だなと思った。

言葉日光を浴びせるように外気にさらすことで、いつかほんとに信じられるものに変わるかもしれないから、僕らは信じたいことを口に出すのかもしれない。

先週も大学を訪ねたら「アート自分には縁がないもの」と学生匿名チャットで教えてくれた。おい、誰がアートをその子に縁がないものにしてしまったんだ。関係ないものなんて、本当はなに一つないはずなのに。おい、誰がそんなふうにしてしまったんだ。

でも自分アートに関わる仕事をしててそう感じさせたうちの一人でもあるかもしれないからそれはごめん!もう一度やり直したいからチャンスがほしい。そんな悲しいこと言わないでよ、寂しいじゃんって思う。

あームカつくな。ムカつくし、ムカつくという感情を思い出せたのが嬉しいな。

ムカつくの前には悲しいな、とか寂しいな、があるな。ムカつくのにも、悲しいなとか寂しいなを反射させる力が必要なんだな。

自分は小さな空間で、人が変わるまぶしい瞬間を何回も目にしてきた。

しか自分文章はまだまだ分かりづらくて、曇った鏡みたいなものかもしれないけど、本当はもっともーーーーーっとすごい。まじ伝えきれね〜〜〜〜って思う。

それでも自分も、反射できる自分でいたいと思うからこの文章を書き残しておく。

昨日の朝、映画を見る前、教育学部の授業に自分が働くアートセンターの紹介をしに行った。

朝一の貴重な40分をもらって全力でプレゼンしたあと、先生ブラインドトークワークショップに参加させてくれた。

10人が3チーム、絵を見て言葉で伝えるチームと、その説明を聞いて絵を書くチーム、そのやり取りを観察するチームに分かれる。

5分間で出来上がった絵は、答えに近い人もいれば、まあまあ遠い人もいる。

その後のフィードバック時間は、こう説明すれば良かった、こう質問すれば良かったなどの意見を交わす。

から1/3の位置に〇〇があるみたいに数字を入れて伝えるとか、全体の雰囲気テイストイラストなのか写実的なのかなど)を伝えてから具体的な描写を伝えるとか、一番大事なこと(なにを伝えたい絵なのか)に絞って伝えるとか、いろんなアイデアが出た。

どれもすごい大切だって思ったと同時に、自分はなんかもう、最強だな〜〜〜って思った。

最強って、いまめっちゃ強いとか、いまめっち説明が上手とかじゃなくて、変われるってことだと思った。伝えようとしてる人がいて、聞こうとしてる人がいる。もうそれで十分じゃん。言葉が足りなきゃ付け足したら良いし、分かんなかったら聞けば良い、言い直したらいい。

ほんとは完璧コミュニケーションなんてなくて、伝えたいとか聞きたいとか、それを諦めずに関わろうとし続ける限り、うちらもっと強くなれる。もしかしてそれを教育と呼ぶのでは?!みたいなことに気づいて驚きながら言った。

みんないい姿勢で、まっすぐ聞いてくれた。おい、まぶしいな。ありがとう

先生にお礼のメールを送る。あの子達が4年生になるのが楽しみですねって伝えた。ここには書かないけど、嬉しい返信が返ってきた。また会いたいな。学生先生も全員サポスタに登録して欲しい。

同僚のNさんとサポスタ募集の打ち合わせしたら「うちらがやってることは、誰に見せても恥ずかしくないから本当はターゲットなんてない。ターゲットは全人類、死んでるやつも、これからまれてくるやつも。ひとまず50億人全員サポスタに登録してもらおう。」って話してて爆笑しながら超グッと来た。絶対そうなった方がいいしやっぱ最高だなこの人って思った。

トランプも、ゼレンスキーも、オバマも、プーチンも、ネタニヤフも、オードリータンも、石破茂も、議員会館の地下で迷子になってる秘書も、海を渡ってきた難民も、夜勤明けでレジを打つコンビニ店員も、介護夜勤ウトウトしてる人も、野良猫を拾ったけどなかなか懐かなくてすこし懐いてくれて安心したら実は腎臓病が進行してて休日は暴れる猫を連れて動物病院に通う新入社員も、推しVtuberスパチャしすぎて家計簿が真っ赤な人も、好きな人と一緒になれなくて家で一人で泣いている遠距離恋愛カップルも、育休取りたくても言い出せない課長も、同性婚を夢見るカップルも、初めてステージに立つ前に鼓動が早くなってるドラァグクイーンも、卒論提出3時間前の大学5年生も、家の外に出る勇気が湧かないひきこもりも、声を出すと噛んじゃう吃音持ちも、白杖を持った視覚障がいランナーも、手話コントをやる芸人も、補聴器電池を切らしたおばあちゃんも、手足のないスケボー少年も、車いす山道を攻める登山家も、PTSDに苦しむ帰還兵も、大学講義室で聞いてない学生に向けて伝えることを諦めようとしてる教授も、モテることとサボることと遊ぶことと就活で頭がグチャグチャだったあの頃の自分みたいな大学3年生も、収容所自由を夢見る政治犯も、その看守も、裁判で涙を流す加害者も、被害者も、サウナで “ととのい” を追い求める会社役員も、離島保育士を探す町長も、推しジャージライブに並ぶ中学生も、バイト代を全部ガチャに突っ込んだのに天井まで SSRが来ない高校生も、フィリピンごみ山でタガログ語ラップを刻む子どもも、アマゾン流域で川と話すシャーマンも、北極で氷が割れる音を聴く魚も、火星着陸の夢を抱く在野の<

2025-10-12

anond:20251011161343

あれ、薄っぺらい経歴だなって上司が思うということは、これまでその職場にはもっと薄っぺらくない人が来てくれていた蓋然性が高いんだよな。高いバイト代なんてこれまでも出していないだろうけど、それでもそれなりの人が来てくれるような職場だったわけだ。どうもあれを読んで騒いでいる人たち、そのことが頭に入ってないようだけど。

2025-09-24

anond:20250924091520

普通バイト募集に誰も応募してこなくて地方の零細工場なのにショットワーク系アプリを使わざるえない

タイミー一強すぎて高い手数料タイミーを使わなければならない

その高い手数料分をバイト代に乗せて募集したら来そうと思ったがそうでもないんかね。

固定費がどうのとあったし、固定費分を引くと対して上げれんのか?

anond:20250924151047

バイトって雇い続ける必要があるからある程度固定費が掛かるんだよ。

バイトとしてその店に収まりたい人はある程度まとまった収入が欲しいわけで、店都合でシフト入れないみたいなのはまれない。

でも店としてはいらないバイトバイト代払いたくない。

てなると必要とき必要な人を雇ったほうがコスパが良い。

2025-09-23

20年ぶりに中学同窓会に行ったら、地獄天国がそこにあった

先日、約20年ぶりに中学同窓会に行ってきた。

正直、めちゃくちゃ迷った。だって私にとって中学時代は、思い出したくもない黒歴史のものだったから。

私の通ってた中学は、いわゆる田舎公立校クラスヒエラルキーは、ヤンキーギャルが頂点に君臨し、私みたいな陰キャは最底辺スクールカーストって言葉流行るずっと前から、そこには明確な階級社会存在した。

当時の私のいじめられ方は、主に外見いじり。今思えば些細なことかもしれないけど、多感な時期の女子には一番きつい。

通りすがりに「ブス」、すれ違いざまに「うわ、ばい菌」。そんな毎日が、私の自己肯定感ゴリゴリに削っていった。鏡を見るたびに自分の顔が嫌いになり、人の視線が怖くなった。

すれ違うたびに「うわ、空気汚れた」と聞こえよがしに言われ、体育でペアを組む相手もいなくて、いつも先生と組まされてた。

リスカもしたし、毎日鏡を見ては本気で明日が来ませんようにと願いながら眠りにつく日々だった。

そのコンプレックスが、ある意味私を動かす原動力になった。

高校デビューなんて生易しいものじゃない。高校デビューなんかしていないしむしろ進学校に入ってから陰キャだった。

大学に入ってバイト代を貯めて、少し顔をいじった。そのあとも必死仕事した。怒りを燃やして、仕事して、年収上げて、また顔をいじって仕事した。

その結果、奇跡的に誰もが知ってる大手企業入社し、女性にしてはかなり頑張って稼いでるじゃんといわれるくらいになった。

夫も同じくらい稼いでいて、今の生活に不満はない。

それでも、心のどこかに中学時代トラウマが澱のように溜まっていた。今回の同窓会は、そんな過去と決着をつけるための、私なりの儀式だった。

会場に着くと、そこにいたのは「あの頃のあいつら」ではなく、「ただのおじさんおばさん」だった。

あれだけ怖かったヤンキー男子たちは、当時を回顧しながらあの時の俺自慢をしている。しかし意外なほど、みんなまともな社会人になっていた。

当時なかなか話せなかったヤンキー男子とも普通に話せるようになっていて感動した。

女子たちは、まるで授業参観日のお母さんのようだった。当時イケてたギャルは、面影を残したままのギャルか、見る影もなく恰幅のいいお母さんかの二択。不思議なことに、あれだけみんな必死に伸ばしていたロングヘアの女性が一人もいなかった。なぜだ。何か申し合わせでもあったのか。

私はというと、この日のためにルミネで奮発した小綺麗なワンピースを着ていった。それが悪目立ちしたのか、若干浮いていた気がする。当時の陰湿いじめっ子は「あら~増田ってば、セクシーじゃぁん」とか言ってきたがノースリーブワンピースなだけでどこがセクシーなのかわからなかった。ただただ嫌味なんだろうなとは思った。

一番会いたくなかった、私をいじめていた主犯格女子も来ていた。彼女舐めるように上から下まで私を見るなり、「えー!久しぶりー!全然変わらないね!」と馴れ馴れしく話しかけてきた。いや、変わっただろ。思わず「え、本当?!」と言ってしまった。お前が一番いじってた部分を、私は金と努力で変えたんだよ。その笑顔の下にある本心を思うと、背筋が寒くなった。

でも、嬉しい再会もあった。当時、唯一の心の支えだった親友は、昔と全く変わらず超絶優しかった。「会いたかったよ」と言ってくれた時、本当に涙が出そうになった。

当時ほとんど話さなかった男子とも、大人になった今なら普通に仕事家族の話ができた。これは新しい発見だった。

そして、一番印象的だったのが、いじめっ子グループにいた根暗な奴だ。

そいつは、私が整形したことに気づいたんだろう。でも、直接は何も言えない。チラチラと私を見ながら、隣の友人に「ねぇ、顔変わったよね?ちょっと聞いてきてよ」とコソコソ話しているのが聞こえてきた。他にも「お前、年収いくら子供は?どこで働いてんの、ベンチャーとか?」とニヤニヤ言ってきた男もいたが、正直にお伝えしてやった。マウントとりたいらしく、自分の周りには優秀な大学卒のやつがたくさんいるとか宣ってて、かなりどうでもよかった。

その瞬間、すべてを察した。

あぁ、こういう奴は一生このままなんだな、と。

人の容姿を笑いものにし、自分では何も言えないくせに、他者を焚きつけて安全場所から見物する。他人ふんどし相撲を取ろうとするし、自分を保つために他者を貶めようと必死になる。その陰湿根性は、20年経っても全く変わっていなかった。

同窓会に行って、過去との決着がついたかと言われれば、正直わからない。

でも、一つだけ確信したことがある。

人は変わる部分もあれば、絶対に変わらない部分もある。そして、私を苦しめたあの過去は、今の私を形成するための、必要不可欠なピースだったのかもしれない。

もう、あいつらのために心をすり減らすのはやめよう。

私は私の人生を、これからも胸を張って生きていくだけだ。

もし今、昔の私みたいにいじめられて苦しんでいるやつがこれを読んでいたら、言いたい。

世界学校だけじゃない。そこが地獄なら、逃げろ。死ぬな。

そして、勉強でもスポーツでも何でもいい、狂ったように努力しろ。力をつけろ。

20年後、最後に笑うのは絶対に君だ。

というわけで、明日からまた、資本主義の馬車馬としてバリバリ稼ぐ日常に戻るわ。

じゃあな。

2025-09-22

anond:20250922104155

いや日本米軍植民地なんだから

からロシア語中国語フランス語話者

郵便宛あて先とか電話とか、違法検閲されてるだろ

諜報員やってバイト代貰うとかクズだな

こっちにはそんな話来たことねえわ

2025-08-30

anond:20250826183054

これもともとの増田と違う相談についての答えでしょ?

「妻:アルバイト週2で月10万弱。家計に入れず。」

これで妻が「足りない」って言ってる

足りないのは本当?って聞いてる

答えは「足りないのは本当」

なぜなら食費で5万くらい使ってるとして残り自由に使えるお金は5万ほど

それでは足りない

化粧品美容院洋服、などもこのバイト代から出してるだろうから純粋に遊びに使えるのって3万くらいじゃない?

「足りない」って思うのは普通

2025-07-31

anond:20250731025456

使役バイト文句言うのは当たり屋すぎだろ

自分達も出る大会運営人員必要バイト代出るだけましなのに、そんな文句言うならボランティアにするか?

馬事公苑以外の場所への移動も、誰かしら親が車持ってるからその車で行かない?

上京地方出身しかいない(付属から馬術やってるような関東出身者が少ない)大学ってことは、ザコ大なわけだから大会でるのやめたら?

2025-07-29

趣味に突っ走りがちな人が勘違いやすいこと

趣味の界隈で

自分でもここまで夢中になるなんて思わなかった、自制効かなくならない方法ある?」

という相談を受けた

「君の人生なんだから好きにすればいい」

という答えしかできなかった。

おそらく相手には真意が伝わってなかったと思う。

 

上手く要約して直接伝えられなかったから、思考整理も兼ねてここにたれ流す。

 

突き放してるように見えるかもしれないけど、ぶっちゃけ現実文字通り、そうなんだよ

ここで「気にせず突っ走れ」「何とかなるさ」って言われて

それでそれを信じて何も考えずに突っ走るようなバカが自滅したとして

あとでこっちに文句愚痴を言いに来たりしたらそれも後味悪い

なら最初から突き放した方が幾分かマシで、それは単純にこっちの都合だよ

 

建設的なアドバイスを求めてるならまだしも

背中押してほしいだけなら好きにしろしか言えないじゃん

感情論相手にまともに知恵絞るなんてバカらしい話だよ

女の愚痴と同じで相づち打って聞き流してればいい程度でしかない

 

自制できないような人間節度も守れなくていつかトラブルになる

それがニュースになってその趣味自体イメージが悪くなるくらいなら

いっそ趣味としても性癖としても足洗ってくれた方がぜんぜん助かる

こればっかりはもう本人には何言ってもムダで、周囲の友達とか親になんとかしてもらうのを期待するしかない

身近な人間ならそれとなく情報流したりできるけど

ネット越しの知らない相手ならこっちからできることが無い以上は単純に交渉術しかならない

 

まともな大人ならこれくらいまでは考えてるよ

 

結局みんな自己責任でやってるんだよ

趣味範囲」ってやつを逸脱しなければある程度は目をつぶり合えるのが日本人

害がなければ許容する、悪だと判断されればストレス解消も兼ねてフルボッコされる

少なくともここは多数派社会であって、少数派が堂々と生きられる場所ではない

マイノリティ自覚持ってるうちは上手くやっていけるよ

遠慮したり謙遜できる人間を表立って叩くのはいない

しろ譲歩の姿勢を見せてるのに叩かれれば、こっちにちゃんと同情してもらえる

 

(それを分かってやるぶんには)どこまでも好きにしていい

ただそれだけの話だよ

 

自己責任って重くて難しい言葉だよなぁ、つくづくそう思う

というか、この言葉意味と重さを理解して初めて大人なんだと思ってる

 

子供のうちは結局誰かに保護されて生きてる

自立を意識しないで生きていけてるって言うのは幸せなことだけど

保護者の言うことは聞かなきゃいけない

どんなに理不尽でもそれが保護されていると言うこと

『黙認』は『許容』ではない、『様子見』られているだけ

何かあればすぐ動けるように準備と根回しはされているだろうし

それにすら気付いていない時点で何も反論する権利はない

 

一人暮らししてても仕送りは?

経済的に自立してたとしても役所手続きとか契約関係は?

全部自分でやるって意外と難しいし、たとえば40過ぎても知らなかった事なんてのもいくらでもある

 

その趣味のためのお金がどこから出てるかだよね

自分バイト代だとして、じゃあ実家に住んでるなら生活費は?

自分給料だとして、将来的な貯蓄は?家族は?

生計を共にする人や身の回り人間理解は?

誰に迷惑かけてるか客観的に考えたことは?

普通そこまでちゃんと考えられるなら自分感情論だけで突っ走ったりなんか間違ってもできないよ

何も考えずに突っ走れるなら、むしろその環境に全力で感謝すべきだよ

2025-07-23

岡山市中学校の60代男性教諭 コンビニアルバイトをしていたとして戒告処分

 副業収入で得たバイト代は約170万円

文科省は以下はルールを守らないやつばっかやな

2025-07-20

あれ?参政党叩き記事がいきなり減った???

自民からバイト代が出るのは昨日までだったんか?

2025-06-30

11年前、Skid Rowライブの帰り池袋まで送ってくれたお兄さん二人組

2014年4月14日Skid Row来日公演渋谷O-EAST(現Spotify O-EAST,当時はTSUTAYA O-EAST)であった。

関西高校2年生だった私は、19年ぶりに来日するSkid Row日本で見れる機会なんてもう無いだろうと思って、初めて東京に行くことを決めた。

バイト代ライブチケットと4列シートの夜行バスを買って、公演の朝に東京に着いて、その夜には帰るスケジュールだった。

右も左も分からない大都会で、チケットをなくしかけたりしながら、近くのカフェで開演を待っていると隣の席に男性2人組が座った。

会話の内容から彼らもSkid Rowを観に来ていることが分かって、暇だった私は彼らに声をかけた。

夜行バスで観に来たこと、今夜そのまま帰ることを話すと、その歳で凄い行動力だね!いいね!と褒めてもらって、嬉しかった。

時間が近付き、じゃあ楽しもうね〜と行ってその場で別れた。

公演が終わったあと、彼らにまた声をかけられた。

俺達はこれから埼玉に帰るから夜行バスターミナルがある池袋まで一緒に行こうということだった。

私はとにかく暇だったので了承して、一緒に電車に乗って、夜行バス時間までターミナルの近くのコンビニの前で3人で今日ライブの話をした。

じゃあまたいつかSkid Rowライブで会おう、と別れた気がする。

それから11年で、私は上京して、渋谷で働いた。

リクルートスーツを着てたらドンキで変質者に追いかけ回された。

酔っぱらいに絡まれたこともあったし、夜道男性に声をかけられて怖い思いもした。

あの時の私の行動がどれだけ危うく、彼らの行動がどれだけ素晴らしかたかに気付いた。

11年前、Skid Rowライブの帰り池袋まで送ってくれたお兄さん二人組、ありがとう

あなた達のおかげで私は都会を嫌いにならずに済んだし、どれだけ嫌な思いをしても、世の中には良い人と悪い人がいるということを知っているよ。

2025-06-19

転売屋って、売れそうな商品を常に観測して、発売日になったらバイト集めて買い占めて、バイトに指示してメルカリに出品送付までさせて、って考えていくと労力の割りにそんなに儲からない気がするんだけどどうなんだろうか。

バイト代をほとんど払わないから儲かるのかな?

大本人間はいくらぐらいもらっているんだろう?人件費を抜いての利益率は何%なんだろうね。

2025-06-16

不正選挙不安があるなら

朝6時から夜8時までの選挙事務従事したらいいのに…一般の人も従事できて慢性的人手不足だしバイト代も悪くないのに…。前日の夕方から準備して、当日も終わったら片付けと掃除で約17時間の拘束を受けるけど。開票バイトは無いけど、バードウォッチング感覚開票従事する死んだ目の職員を眺めることはできるよ。

2025-06-03

おっパブに飽きた

これも歳ゆえか…

学生時代ならバイト代全部つぎ込んで通ってたかもしれないけど

結局、おっパブでその先は基本的に出来ないかコスパ悪いというか

もっと枯れたらまた楽しめるんかな?

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