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はてなキーワード: スポーツクラブとは

2026-05-09

戦争反対デモって園児お遊戯会でしょ?

だって、そのデモにどんな効果があって戦争が止まるのか、機序論理的説明できる奴いないじゃん。どんな効果を期待してやったの?そんで結果は?評価は?次のデモでは何を改善するの?

何となく、各局プライム帯のニュースでこんくらい擦られて、新聞のこんくらいの面は確保できて、ネットニュースインプがこんくらい、snsでバズがこんくらい、とかはふわふわっと想定しているようにも見える。

で?

国内世論インパクトを与えるのが一次目標だとして、その後どうやって中東ウクライナ戦争の抑止に繋げていくの?今がまさにそのフェーズなんだと思うけど、実行中のアクションはなに?まさか何もしてないわけじゃないよね?

その辺が整ってなかったら、社会人ならゲキヅメされるでしょ。小学生スポーツクラブだって課題を持って臨もう」「終わったら振り返りをして次に繋げよう」くらいの指導はされるぞ。やれただけ偉いねーは園児お遊戯会レベル

ねえ、やる気あるの?

本当に戦争止めようとしてる?

じゃあなんでちゃんとやんないの?

何も考えずにただやるだけって、リソースのムダじゃん。効率的に投入してれば結果を出せたかもしれないリソースを浪費してるじゃん。じゃあむしろ邪魔じゃん。平和邪魔しちゃってるじゃん。

ちゃん数字反論して?僕らのデモはこうこうこういう結果を出してウクライナ戦争の停止に貢献してますって。

デモをやめろってことじゃないよ?

ちゃんとやって、てこと。

貴方たちのために言ってるんだよ?

ちゃんとしてないから、大人数で同じこと叫ぶのが気持ちいいだけ、にしか見えないわけよ。わっしょいわっしょいと何が違うん?まさかとは思うけど、デモの後って皆んなで楽しくお酒飲んで解散、じゃないよね?ちゃんと振り返りのmtg開いて、その日中レポート書いて、ネクストアクション担当決めてから帰宅だよね?そんで今も継続的効果測定して達成度ウォッチしてるよね?

ちょっと見せてみ?

大人が本気でやる」ってそういうことじゃん。デモで大声だしたから本気だぜ!とかそういうのじゃないじゃん。


なんかさあ、メディアとかSNSでお仲間からチヤホヤされてご満悦。目的がそこ止まりなんだよなあ。お前ら、戦争とか平和に興味ないだろ。

だってやることやってないもん。

騒いで楽しむってのは、別に悪いことじゃないけどさ、たかが娯楽に戦争反対とかご大層なお題目つけてニヤついてんじゃねえぞ盆暗どもが。

2026-04-11

anond:20260410162607

トランス女性女性じゃない」はすでに差別じゃないんよね

イギリス人機関ストーンウォールはミスジェンダリングをトランス差別の項目から外したし、

https://sex-matters.org/posts/updates/stonewall-changes-transphobia-definition/

以前の長年にわたる定義では、トランスジェンダーの人の性自認否定したり、受け入れることを拒否したりすることは、恐怖や嫌悪、そしてトランス差別であるとされていました。2020年にキャスリーン・ストック教授英国上院委員会で述べたように、この定義は単に男女という二つの性に関する一般的な信念を表明するだけの人々も対象としていました。

「私や他の学者、そして一般市民の何千人もの人々が、女性または男性であることを決定づける要素としての性自認重要性を否定しているため、私たち見解は『トランス差別的』であり、憎悪に満ちたものと見なされ、ただ恐怖や嫌悪から生じたものとされてしまうのです。」

職場での魔女狩り助長する大きな要因となっていたこ定義は、現在削除されました。

 

なにより英国最高裁自身が「トランス女性女性じゃない」と宣言たからね

https://www.cnn.co.jp/world/35231910.html

ロンドン(CNN) 英最高裁は16日、同国の平等法で定める「女性」の定義トランスジェンダー女性は含まれないとの判断を示した。

判決では、平等法の女性という用語について、「生物学的な女性および生物学的な性別」を指すと指摘した。裁判官5人全員一致の判決だった。

政府報道官は、女性にとっても病院避難所スポーツクラブなどのサービス提供する側にとっても、今回の判決のおかげで分かりやすくなって自信を持つことができると評価。「一つの性別に限られる空間現在もこれからも、政府によって法律保護される」と強調した。

当然、女性専用スペースを確保することも差別ではない。

2026-03-02

[]スロバキアドラマ2025年)のブルマー

お久しぶりです

ブルマー増田としての活動は停止したと言ったが、実はその後何度か投稿している。気に入った洋楽MVのまとめ、レオタードについての追補(追補・レオタードについて)と、中南米スカートをめくりあげて赤い下着を見せる動画についての疑問についての検証スカートめくって赤いパンツを見せるペルーのお祭り)だ。最後記事では正直、人工知能を使って調査することに戸惑いもあったし、活動停止宣言をした手前、名乗り出るのもどうかと思ったので他人のふりをしたのだが、この自作自演も意外とだれからも気づかれず、増田での匿名性の面白さを感じた。

活動停止宣言2024年6月で、MVレオタードについての追補が2024年12月南米祭り2025年6月Youtubeスカートが捲れる動画ばかり見ていたせいでペルー動画オススメにのぼってきて、調査をしたという次第である人工知能質問することを調査と言っていいのか正直疑わしいのだが、これが堕落なのか進歩なのかはよくわからない。

スロバキアドラマブルマー

さて、そんな中で次にオススメにのぼって来たのが次の動画である

実は一番最初ブルマー投稿日本人のブルマーとイギリス人のブルマー)のツリーにぶら下げたのだが(anond:20251223195732)、ひっそりとやったので誰からも気づかれていない。

Nácvik na spartakiádu

スパルタキアードの訓練

Nerobte hlúposti a pomáhajte si

愚かなことをせず、助け合いましょう。

Nácvik na spartakiádu: Lenka a Barbora sa pohádali

スパルタキアーデの練習:レンカとバルボラ喧嘩した

Nácvik na spartakiádu: Zuzana supluje za Michala

スパルタキアーダの練習:ズザナがミハルの代わりを務める

Nácvik na spartakiádu: Posledný tréning

スパルタキアードの訓練:最後の訓練セッション

Kopačky od žiačky som ešte nedostal

生徒からサッカーシューズをまだ受け取っていません。

Nové dievčenské basketbalové družstvo

新しい女子バスケットボールチーム

Barbora sa zranila pri basketbale

バルボラバスケットボール試合中に負傷した。

Betka sa chce pridať na športový krúžok s chlapcami

ベトカは男の子たちと一緒にスポーツクラブに参加したいと思っています


前半はスパルタキアーダ(共産主義の体育大会)の練習シーン、⑦以降はバスケのシーンである。以前調査したチェコと同じように、女子は青いブルマー男子は赤い短パンである

尚、増田仕様上、9つを超えると動画投稿できないので、それ以降の動画はこの後ろに投稿する。[調査]カテゴリクリックしていただければ出てくる。

で、ブルマーがあるのはわかったけれど、これは何て番組

これはスロバキアドラマで『Sľub(誓い)』という作品から公式の切り抜きだ。

テレビ・マルキーザという、スロバキア最大の民放作成している。

1984年スロバキア学校舞台教師や生徒、その家族生活が描かれている。スパルタキアーダの練習物資不足など社会主義下の不自由日常を背景に、秘密や愛、思春期葛藤を描いている。国家への忠誠を強いる厳格な教育体制と、自由を求める思春期純粋感情友情が、ノスタルジックかつ残酷リアリズムで綴られているらしい。

当時の共産圏では、数万人規模の集団演武スパルタキアーダ」が国家威信をかけた重要行事であった(チェコの民族意識と社会主義とブルマーチェコのサマーキャンプ、ドイツのブルマ再び、バルト三国のブルマで以前調査したね)。あの極端に短いブルマーは、個性を排して統制美を追求した当時の公式体操着であったと、人工知能は回答したが、少なくも現時点では、この内容は自分調査結果とは矛盾しない。ブルマーの素材がペラペラだったのも再現されているようだ。

自分調査したのはチェコブルマーだが、チェコスロバキア1993年まで一つの国であったので、事情は同じだろう。

キャラについて(geminiによる調査

  • Lenka(レンカ)

長いブロンドの髪と繊細な顔立ちが特徴の少女物語では、国家理想自分感受性との間で揺れ動く「内面葛藤」を象徴する役割を担う。静かな眼差しで、自由を奪われた環境不条理を観客に伝える。

活発で意志の強そうな顔立ちをした、レンカの親友規律に縛られた集団生活の中でも、ユーモアと反抗心を失わない「精神的自由」の象徴。繊細なレンカを支え、停滞した空気を打ち破るエネルギー物語に与える。

  • Zuzana(ズザナ)

同級生より少し背が高く、落ち着いた大人びた雰囲気を持つ少女。一歩引いた視点社会矛盾を見つめる「冷ややかな観察者」の役割背伸びしたい年頃の少女が、強権的な教育に抱く嫌悪感を鋭く表現している。

短髪で中性的容姿を持ち、活発に動く姿が印象的なキャラクター。集団の和を乱すことを恐れない姿勢が、物語に緊張感をもたらす。

  • Betka(ベトカ)

丸みを帯びた顔立ちの、幼さが残る真面目な少女体制の教えを純粋に信じて従おうとする「従順犠牲者」の役割彼女無垢一生懸命さが、逆に国家による管理残酷さを際立たせる、悲劇的な存在

音楽について

①などで使われている音楽スロバキア(旧チェコスロバキア)の伝説的な歌手 Marika Gombitová(マリカゴンビトヴァー) による 「Poupata(ポウパタ)」 で、スパルタキアーダの公式曲であった。すなわち、1985年に開催された大規模な国家行事スパルタキアーダ」において、年少女子(8年生〜高校生)のテーマソングとして制作されたらしい(なお、ドラマ演者14歳から15歳くらいとのこと。日本ドラマみたいに18歳以上が学生を演じているのかと思ったら違った。欧州の人びとの年齢を推測するのは難しい。実際海外美術館で課外学習中の生徒を見ると全く分からない。わずかに、表情の幼さから学生と知れるばかりである)。

少女たちの成長と、社会主義国家の明るい未来を重ね合わせたプロパガンダ的があり、明るい曲とは裏腹に、全体主義的でもあるらしい。

なお、練習ブルマだが、本番ではレオタードだった。

地上波ドラマブルマーの是非

ところで、テレビ放送されるブルマーと言えば、以前日本朝ドラで、ブルマー姿が放送されたことが適切かどうか議論になったことがある。「ちむどんどん」だったっけ? 賛成する立場としては歴史的正確さを重んじるし、反対する立場としては露出度を抑えることを重んじる。元々ドラマを見ないので、どうするのが適切かどうかはわからない。ただ、エンターテインメントでは歴史的正確性はそこまで重んじられていない。時代劇ではだれもお歯黒にしないし、若い俳優は月代にしていない。今後は昭和から平成舞台にした作品では、少なくとも実写ではブルマーだったはずの場面でも短パンをはくのがスタンダードになっていくことだろう。

一方で、昭和アニメリメイク、たとえば「うる星やつら」や「らんま1/2」などでは、もうしばらくブルマー延命されることだろう。

あと、若い俳優ブルマー姿を公式アカウントで流すことで、炎上している様子は特にない。日本で例えば同い年のアイドルブルマー大運動会とかやったら大変な抗議が起きるだろう。

東欧ではその感覚はかなり違うのかもしれない。かなり肌を見せているロシアの若年のダンス大会動画youtubeアルゴリズムで上がってくる。

近況

なお、拙宅ではテレビを買い替えたのだが、最近テレビYouTubeもつなげられるらしい。早速大写しにしてみたが、画面の解像度の良さに驚いた。また、音響も良く、クラシック音楽を流すとなかなか良い。広告なしにするために有料プランにしてもいいと思ったくらいだ。動画も保存できるらしいし。

ヴェルディの「レクイエム」や「椿姫」を流しながら皿を洗うのが最近自分トレンドだ。だってブルマー動画を流しながらだと怪我をするしね。

それではまた明日(多分)。

2026-02-14

anond:20260214193212

実質的女性専用フィットネスクラブとして機能してて、口コミ効果とかで会員数を一定に保つとかい施策運営してるんだろうな。

普通スポーツクラブバッティングしない要素とかも多そうだし。

2026-01-22

東京郊外スポーツクラブは老人施設

施設はすごくいいけど、とにかくうるさく、マナーが悪いおばちゃんがたくさんいる。

サウナでは赤いシートで場所取りしまくり、水風呂行く間もそのままにして、

仲良しおばさん集団以外は使えないようになってる時もある。サウナ、水風呂温泉ロッカージムプールの中でも大盛り上がりでおしゃべり。

露天風呂、水風呂は足を広げてたった3人くらいで占領し、他の人を入れないようにしてることもある。

スタッフは全く注意しない。なんなら一緒に話してる時ある。注意の張り紙はしてるけど、貼ってるだけ。

居心地は悪いから、やめようか検討中。気をつけた方がいいかも。

追加 マナーの悪さに限界が来て、辞めました。

2026-01-11

anond:20260111182346

リアルで見てるとわかるけど

クレーマーって「シニア男性」とかいうより「終わってる奴」なんだよね

俺が行ってるスポーツクラブカスハラ常習犯職歴ふわふわで年齢の割に稼げなくて苦しいだろうなって感じの奴なんよ

稼げない仕事しか転々としてる感じ

若い水商売やっててそこでどうもならんくて中年になってからウーバーとかね

   

スタッフストレスかいし利用客とトラブル起こすこともあるし

クラブもも全然やめてくれて結構ってスタンスなんだけど

他に行く場所ねーからカスハラしながらも「もうやめてもらいます」って空気出されると慌ててしがみつくわけ

うちにいるそいつらは現役世代

 

俺が見た限りのカスハラって例外なく「ああそれはやるでしょうね」って感じに追い詰められてる弱者     

「定年後に不安になって~」みたいなのはなんかフェミ臭い統計的裏付けがない伝説な気がする

女も含めてカスハラって明らかに仕事が終わってて生活がキツい感じの奴なんよ

 

ちゃんとした仕事で勤め上げた人間退職たからってカスハラになるとは思えない

アルツハイマーは知らんけど

2025-09-17

桃太郎チャント」に思う、都会と地方非対称性について

都会はいつも地方搾取する。

文化剽窃を行い、「喜んでるからいいだろう」と、地方を抑圧するのだ。

 

 

ファジアーノ岡山というJリーグクラブが今年、悲願のJ1リーグに初進出した。

岡山という街を知ってほしいと声高らかに歌うのが、「おーかやまですおかやまです」という、郷土の誇る桃太郎モチーフにした「桃太郎チャントである

童謡桃太郎」のメロディーに合わせ、岡山を繰り返し名乗るその歌は、自己紹介であり、地方クラブの誇りであり、17年にわたり歌い継がれてきた伝統である

 

 

このチャント全国的に注目を浴びたのは、ファジアーノが初めてJ1の舞台に立ち、多くの人々が「岡山」という名を目にするようになった2025年のことであった。

地元サポーターにとって、それは「ようやく届いた」という感慨を伴う瞬間であった。

 

 

ところが、その誇りが即座に都会の「消費」の対象となった。

2025年9月15日東京都味の素スタジアムで行われたFC東京東京ヴェルディの「東京ダービー」において、FC東京ゴール裏から響いたのは、なんと「桃太郎」のメロディーに乗せた替え歌だった。

 

 

「とーきょうです とうきょうです。

 みなさんご存知 とうきょうです。

 緑が嫌いな とうきょうです。」

 

 

岡山が「知ってほしい」という切実な願いを込め、長年歌い続けてきたチャントは、東京サッカー文化において「ダービーを盛り上げるための道具」として軽々しく消費され、他者を愚弄する言葉すり替えられた。

 

 

この出来事は、単なる応援文化話題にとどまらない。

そこにあるのは、常に地方文化を「資源」とみなし、消費し、利用し尽くす都会の姿である

地方が長年育んできたものを、「都会」が一夜にして奪い去り、自らの娯楽や競争の道具に変えてしまう。

その構造は、まさに「都会による地方搾取」と呼ぶにふさわしい。

 

 

思えば、日本近代化のものがそうした構造に支えられてきた。

地方労働力供給し、資源差し出し、人口を都会に吸い上げられてきた。

若者「チャンス」を求めて東京に流れ、残された地方には過疎と高齢化が進む。

地場産業は都会の市場に組み込まれ価格決定権を握られ、やがては消耗品のように扱われて衰退していく。

 

 

さらに深刻なのは文化」の収奪である

地方方言祭り食べ物キャラクタースポーツクラブ――これらは地元の人々にとって生活と誇りの象徴である

だが、都会はそれらを「面白い」「新しい」「地方らしい」と切り取っては消費する。

テレビ番組の一コーナーに使い捨てられ、SNSでバズらせる素材として消化される。

残るのは一時的話題性であり、文化本来意味や背景は失われていく。

 

 

岡山の「桃太郎チャント」の件は、その典型である

サポーターが積み重ねた17年の歴史は、東京ダービーにおいて「地方発の面白ネタ」として消費されるや否や、その文脈は切り捨てられた。

そこには「地方文化リスペクトする」という態度は存在せず、「都会が盛り上がればいい」という一方的価値観けがあった。

 

 

都会の人々は往々にしてこう言うだろう。

「取り上げてもらえるだけありがたい」「注目されているのだから喜ぶべきだ」と。

しかしそれは、権力を持つ側の論理にほかならない。

地方が「利用されること」と「尊重されること」の違いを無視し、都会の快楽正当化する方便である

 

 

問題は、こうした構造無自覚のうちに常態化している点にある。

文化の盗用が「悪気のないユーモア」と片付けられ、経済収奪が「効率化」と称される。

地方にとっては痛みを伴う出来事も、都会にとっては一瞬の娯楽にすぎない。

この非対称性が、地方疲弊させ続けているのだ。

 

 

本来地方文化地方に根ざし、そこに暮らす人々のアイデンティティを支えるものである

それを都会が享楽のために軽々しく扱うならば、文化空洞化し、地方の人々は誇りを失ってしまうだろう。

からこそ、地方文化尊重し、正しい文脈の中で理解し、支える態度が求められる。

 

 

「都会はいつも地方搾取する」

この言葉は決して誇張ではない。

経済的にも文化的にも、地方は常に「資源」として扱われ、消費されてきた。

岡山チャント剽窃された一件は、その構造象徴する小さな事件である

だが、そこに目を凝らせば、私たち社会のひずみがくっきりと浮かび上がる。

 

 

地方はただ搾取される存在ではない。

地方には歴史があり、文化があり、誇りがある。

その声をかき消すのではなく、耳を傾けること。

都会が「奪う」のではなく、「ともに生きる」方向へ歩みを進めること。

そうして初めて、日本全体の文化もまた、真に豊かになるのではないだろうか。

 

 

2025-07-22

anond:20250722042621

トランス女性女性じゃない」はすでに差別じゃないんよね

イギリス人機関ストーンウォールはミスジェンダリングをトランス差別の項目から外したし、

https://sex-matters.org/posts/updates/stonewall-changes-transphobia-definition/

以前の長年にわたる定義では、トランスジェンダーの人の性自認否定したり、受け入れることを拒否したりすることは、恐怖や嫌悪、そしてトランス差別であるとされていました。2020年にキャスリーン・ストック教授英国上院委員会で述べたように、この定義は単に男女という二つの性に関する一般的な信念を表明するだけの人々も対象としていました。

「私や他の学者、そして一般市民の何千人もの人々が、女性または男性であることを決定づける要素としての性自認重要性を否定しているため、私たち見解は『トランス差別的』であり、憎悪に満ちたものと見なされ、ただ恐怖や嫌悪から生じたものとされてしまうのです。」

職場での魔女狩り助長する大きな要因となっていたこ定義は、現在削除されました。

 

なにより英国最高裁自身が「トランス女性女性じゃない」と宣言たからね

https://www.cnn.co.jp/world/35231910.html

ロンドン(CNN) 英最高裁は16日、同国の平等法で定める「女性」の定義トランスジェンダー女性は含まれないとの判断を示した。

判決では、平等法の女性という用語について、「生物学的な女性および生物学的な性別」を指すと指摘した。裁判官5人全員一致の判決だった。

政府報道官は、女性にとっても病院避難所スポーツクラブなどのサービス提供する側にとっても、今回の判決のおかげで分かりやすくなって自信を持つことができると評価。「一つの性別に限られる空間現在もこれからも、政府によって法律保護される」と強調した。

当然、女性専用スペースを確保することも差別ではない。

2025-06-08

スポーツクラブ怖い

トイレの個室から「俺は宇宙最強の男だ~!」って叫び声がした。

しばらくしたら、禿げかかった小男が出てきた。

2025-05-25

オモコロ星野源によるポスター何が悪いと怒る人たち、それはまずいぜ

人気YouTubeチャンネルオモコロ」等のコンテンツで知られる広告制作会社バーグハンバーグバーグによるPR広告話題を呼んでいる。

広告の内容は星野源の新作アルバム地域掲示板で紹介するというもので、「星野源さんの曲を聴いて楽しく踊りませんか?」というキーメッセージと共にポップなイラストフォントアルバム概要説明したポスターになっている。

増田は初めて広告を見たとき率直に、良くも悪くもバーグハンバーグバーグらしい広告だなという印象を抱いた。

増田散歩をしている時に地域掲示板を見るのが好きだ。地域コミュニティに根差した人々がピュアスポーツクラブ勧誘お祭りの開催告知、迷子犬の捜索依頼と多様な発信をしている様子を見るのは非常に面白い

バーグハンバーグバーグ所属する社員関係ライターもこういうローカルプラットフォームに目をつけるのが好きそうだなとも思うし、そう言われるとオモコロやそれに関連するコンテンツに目を通したことがある人は頷くところがあるはずだ。

さて、話題になっているのはこちらの広告に対して寄せられた「巨大資本があえて地域掲示板広告を出すというのはおままごとみたいなものだと嫌味のひとつも言いたくなる」という趣旨コメントで、こちらのコメントを中心に様々な意見が上げられている。

コメント自体曖昧な部分もあり多様な解釈をし得るが、なんとなく言いたいことはわかる。自分がそう思っているかはともかくとして、似たような感想を抱く人がいるのは至極当然なことだろう(本エントリーでは「言いたいこと」や「そう思っている」の内容をあえて詳には説明しないことにする)。

しかし、このコメントに対して批判的な意見が(増田主観的な印象を大幅に超えて)とても多いことに驚いてしまった。

不快感情を抱く人が存在するのは分かり切った広告でしょう、と(広告に対して不快感情を抱く人に、更にブチギレる人がいるのも分かり切ったことだろうと言う人がいそうなので断っておくと、そりゃそう)。

個人的にはバーグハンバーグバーグも「不快に思う人がいるだろう」とは分かった上で広告掲載及びツイートに踏み切っているとは思う。地域コミュニティ掲示板広告制作プロ集団があえて垢抜けていないポスターを貼り出すのは極めて冷笑的で、平生より掲示板活用している人たちを馬鹿にしていると捉えられても仕方ないからだ(もしバーグハンバーグバーグがこれを誰も不快にさせない広告と考えていたら悪い意味でズレすぎている)。

余談だが、この一連の流れを見て、ニュースオモコロウォッチで「人前で飲食する姿を見せるのが無礼という価値観理解できないのはヤバい」というくだりがあったことを思い出した。

エントリーは単に「広告に対する不快感を示す人に対してブチギレてる人が多くてびっくりしたよ」という日記にすぎないので本編は以上だが、ここからは眠たくなるまでなんとなく目についたコメント増田意見記載していく。

・なんで叩かれるんだ

→その感覚はまずいよ(【021】ぜいぜいでやらせてもらってます ―ニュースオモコロウォッチ!)

・この広告不快に思う感性で生きても人生楽しくなさそう

→そんなことはないでしょう

許可は取ってるでしょ

→論ズレ

・この広告のせいで掲載できなかった広告があるのか

→論ズレ

批判してる奴ら掲示板なんて普段見ないだろ

→論ズレ

・この広告のおかげで掲示板に目を向ける人が増えるかも

→論ズレ

バーグハンバーグバーグは巨大資本じゃなくて中小企業だ!

→論ズレ(いちおう補足すると巨大資本=レーベル事務所のことだと思いますよ)

・この広告二匹目のドジョウを狙う人は現れない

→んなこたないでしょ

星野源は悪くない

そうかもしれないしそうじゃないかもしれない

2025-05-15

anond:20250515144548

トランス女性女性じゃない」はすでに差別じゃないんよね

イギリス人機関ストーンウォールはミスジェンダリングをトランス差別の項目から外したし、

https://sex-matters.org/posts/updates/stonewall-changes-transphobia-definition/

以前の長年にわたる定義では、トランスジェンダーの人の性自認否定したり、受け入れることを拒否したりすることは、恐怖や嫌悪、そしてトランス差別であるとされていました。2020年にキャスリーン・ストック教授英国上院委員会で述べたように、この定義は単に男女という二つの性に関する一般的な信念を表明するだけの人々も対象としていました。

「私や他の学者、そして一般市民の何千人もの人々が、女性または男性であることを決定づける要素としての性自認重要性を否定しているため、私たち見解は『トランス差別的』であり、憎悪に満ちたものと見なされ、ただ恐怖や嫌悪から生じたものとされてしまうのです。」

職場での魔女狩り助長する大きな要因となっていたこ定義は、現在削除されました。

 

なにより英国最高裁自身が「トランス女性女性じゃない」と宣言たからね

https://www.cnn.co.jp/world/35231910.html

ロンドン(CNN) 英最高裁は16日、同国の平等法で定める「女性」の定義トランスジェンダー女性は含まれないとの判断を示した。

判決では、平等法の女性という用語について、「生物学的な女性および生物学的な性別」を指すと指摘した。裁判官5人全員一致の判決だった。

政府報道官は、女性にとっても病院避難所スポーツクラブなどのサービス提供する側にとっても、今回の判決のおかげで分かりやすくなって自信を持つことができると評価。「一つの性別に限られる空間現在もこれからも、政府によって法律保護される」と強調した。

当然、女性専用スペースを確保することも差別ではない。

2025-05-13

朗報トランス女性女性じゃない

トランス女性女性じゃない」はすでに差別じゃないんよね

イギリス人機関ストーンウォールはミスジェンダリングをトランス差別の項目から外したし、

https://sex-matters.org/posts/updates/stonewall-changes-transphobia-definition/

以前の長年にわたる定義では、トランスジェンダーの人の性自認否定したり、受け入れることを拒否したりすることは、恐怖や嫌悪、そしてトランス差別であるとされていました。2020年にキャスリーン・ストック教授英国上院委員会で述べたように、この定義は単に男女という二つの性に関する一般的な信念を表明するだけの人々も対象としていました。

「私や他の学者、そして一般市民の何千人もの人々が、女性または男性であることを決定づける要素としての性自認重要性を否定しているため、私たち見解は『トランス差別的』であり、憎悪に満ちたものと見なされ、ただ恐怖や嫌悪から生じたものとされてしまうのです。」

職場での魔女狩り助長する大きな要因となっていたこ定義は、現在削除されました。

 

なにより英国最高裁自身が「トランス女性女性じゃない」と宣言たからね

https://www.cnn.co.jp/world/35231910.html

ロンドン(CNN) 英最高裁は16日、同国の平等法で定める「女性」の定義トランスジェンダー女性は含まれないとの判断を示した。

判決では、平等法の女性という用語について、「生物学的な女性および生物学的な性別」を指すと指摘した。裁判官5人全員一致の判決だった。

政府報道官は、女性にとっても病院避難所スポーツクラブなどのサービス提供する側にとっても、今回の判決のおかげで分かりやすくなって自信を持つことができると評価。「一つの性別に限られる空間現在もこれからも、政府によって法律保護される」と強調した。

当然、女性専用スペースを確保することも差別ではない。

2025-04-19

最高裁画期的判決で『女性』にトランス女性は含まれないと判断

https://edition.cnn.com/2025/04/16/uk/uk-supreme-court-ruling-definition-woman-intl/index.html

ロンドンCNN) —

イギリス最高裁判所は、法的な「女性」の定義にはトランス女性を含まないとの判断を下し、平等法の運用に大きな影響を与える結果となった。

英国最高裁は全会一致で、「女性」の定義は「生物学的な女性および生物学的な性別」を指すとし、裁判所前では性別批判的な立場活動家たちによる歓喜が見られた。一方で、この判断トランスジェンダーの人々にとって「憂慮すべき」展開だとの警告も出ている。

この訴訟の争点は、性別認定証(GRC)を持つトランス女性が、2010年平等法の下で「女性」として差別から保護される対象に含まれるかどうかという点だった。

訴訟2018年スコットランドキャンペーングループが「女性としての権利は出生時に女性と割り当てられた人に限るべき」として起こしたものだった。一方で、スコットランド政府GRCを持つトランス女性は法的にも女性であり、同様の保護を受けるべきだと主張していた。

この裁判は、女性役員の数を増やすためのスコットランド法に関する争いが発端だったが、トランスジェンダーの権利をめぐる英国全体の激化する論争に大きな影響を及ぼすことになった。

英国与党労働党は「明確性と安心感が得られた」と評価し、野党保守党は「常識勝利」として、政府に対し現行ガイダンス修正を促した。

5人の判事たちは、For Women Scotland(FWS)の主張を支持。「法的な性別定義生物学性別と結びつけないことは、更衣室や共同宿泊施設などの単一性別空間運用に影響する」としている。

2010年平等法における『女性』および『性別』という用語は、生物学的な女性および生物学性別を指す」と、ロンドンパトリック・ホッジ判事は述べた。また、「性別による差別に関する条項は、生物学性別基準解釈されるべきである」と付け加えた。

判決文の要旨では、「『性別』をGRCによる法的性別として解釈することは、『男性』および『女性』の定義、ひいては保護される特性としての『性別』という概念全体を矛盾させる」とし、「必要に応じて適切であれば、更衣室などの単一性別施設からトランス女性を除外することも可能」としている。

さらにホッジ判事は、「トランス女性GRCを持ち、平等法に基づいて生物学女性と同等の保護を受ける場合妊娠産休に関連する条項において非GRC保持者よりも『より強い権利』を持つことになってしまう」と指摘した。

政府はこの判決後、「生物学性別に基づいた単一性別空間保護を常に支持してきた」と述べたうえで、「本判決病院避難所スポーツクラブなどの女性およびサービス提供者に明確さと自信を与える。単一性別空間は法的に保護されており、今後も守られていく」とコメントした。

2025-04-18

最高裁画期的判決で『女性』にトランス女性は含まれないと判断

https://edition.cnn.com/2025/04/16/uk/uk-supreme-court-ruling-definition-woman-intl/index.html

ロンドンCNN) —

イギリス最高裁判所は、法的な「女性」の定義にはトランス女性を含まないとの判断を下し、平等法の運用に大きな影響を与える結果となった。

英国最高裁は全会一致で、「女性」の定義は「生物学的な女性および生物学的な性別」を指すとし、裁判所前では性別批判的な立場活動家たちによる歓喜が見られた。一方で、この判断トランスジェンダーの人々にとって「憂慮すべき」展開だとの警告も出ている。

この訴訟の争点は、性別認定証(GRC)を持つトランス女性が、2010年平等法の下で「女性」として差別から保護される対象に含まれるかどうかという点だった。

訴訟2018年スコットランドキャンペーングループが「女性としての権利は出生時に女性と割り当てられた人に限るべき」として起こしたものだった。一方で、スコットランド政府GRCを持つトランス女性は法的にも女性であり、同様の保護を受けるべきだと主張していた。

この裁判は、女性役員の数を増やすためのスコットランド法に関する争いが発端だったが、トランスジェンダーの権利をめぐる英国全体の激化する論争に大きな影響を及ぼすことになった。

英国与党労働党は「明確性と安心感が得られた」と評価し、野党保守党は「常識勝利」として、政府に対し現行ガイダンス修正を促した。

5人の判事たちは、For Women Scotland(FWS)の主張を支持。「法的な性別定義生物学性別と結びつけないことは、更衣室や共同宿泊施設などの単一性別空間運用に影響する」としている。

2010年平等法における『女性』および『性別』という用語は、生物学的な女性および生物学性別を指す」と、ロンドンパトリック・ホッジ判事は述べた。また、「性別による差別に関する条項は、生物学性別基準解釈されるべきである」と付け加えた。

判決文の要旨では、「『性別』をGRCによる法的性別として解釈することは、『男性』および『女性』の定義、ひいては保護される特性としての『性別』という概念全体を矛盾させる」とし、「必要に応じて適切であれば、更衣室などの単一性別施設からトランス女性を除外することも可能」としている。

さらにホッジ判事は、「トランス女性GRCを持ち、平等法に基づいて生物学女性と同等の保護を受ける場合妊娠産休に関連する条項において非GRC保持者よりも『より強い権利』を持つことになってしまう」と指摘した。

政府はこの判決後、「生物学性別に基づいた単一性別空間保護を常に支持してきた」と述べたうえで、「本判決病院避難所スポーツクラブなどの女性およびサービス提供者に明確さと自信を与える。単一性別空間は法的に保護されており、今後も守られていく」とコメントした。

2025-04-14

anond:20250414142319

救われるルートとしては運動能力ゼロ勢も見捨てない面倒見のいいスポーツクラブあたりに通うしかなかったんじゃないか

親がそういう情報持ってないと無理だから結局親ガチャってことになるな

anond:20250414090711

部活ダメなら外部のスポーツクラブならどうや

金はかかるけどお客様から大切にしてもらえると思うゾ

2025-04-04

昔の創作に「道場」多すぎ問題

80年代90年代作品道場めっちゃ多くね?

あれ何だったんだろう、そこら中に道場ってあったか

それか、1個上の世代、つまり60年代70年代にはメジャーだったのかな、創作においてそういうズレってあるし

 

逆に最近道場描写全然なくて寂しいよ

 

___

 

らんま1/2YAIBAるろうに剣心YAWARA!シェンムー

思ったより思い出せないな、この3倍は見てる気がするんだが、道場の娘とか、道場の跡取りとか、エロゲで見た説もある

しろ最近無さすぎなのか?

 

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一応調べたら、1970〜1980年映画ドラマの影響で道場ブームはあったみたい

90年代キッズだった者としては「一回も見たことないわ」って感じなんだが、上の世代では身近なのかね?それともファンタジー空間なのか

ボクシングジムは近所にもあった、あとスポーツクラブとか、でも家業でやってる板張り空間は見たことがない

 

そう言えば今日YAIBA第一話が17:30からスタートだぞ、見ろよ見ろよ

くさやかぐやとかエメラルドが見たい

 

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道場破りも調べてみたけど、ほとんどファンタジーで、あったとしても江戸時代とかそう言うレベルっぽい

創作テンプレなんだろうか

2025-03-29

地元のために公金を使うこと

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※作者の実体験を元に再構成したフィクションです

登場人物団体名は(一部を除いて)架空のものです

実在人物団体とは一切関係ありません

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東京の西半分に住んでいる。田舎の方である

数年前に土木建設業引退した。ほぼ一人親方だった。一応は、人を雇っていた時期もある。

弟子が二人だけいた。今は独立して両方とも23区内で働いている。

この業界は、雇用というよりは元請け下請け関係がメインである工事業務になると、必ずといっていいほど施工系図が出来上がる。

タイトルのことだが、数年前にあった暇空さん関係ニュースで言うと「公金チューチュー」に関係する。正当な目的での。

私は、地元のために働いた経験が長い。本業土木(主に河川林業)で稼ぎつつ、休日には地域社会のために働いてきた。災害発生後の維持修繕工事を茶菓子程度で請け負ったこともある。

だが、その中で「これはちょっと?」と考えざるを得ないこともあった。相応の年月が経ったし、私も増田を利用して長い。そろそろ一筆、したためてみたいと思った次第である

主に2つある。1つは公共工事のことで、もうひとつ自治体運営するイベントでのことだ。

推敲は何度もしたけれども、増田日記は書き慣れてない。ご容赦を。





(以下本題)

それこそ未成年の頃から林業に携わってきた。両親が小さい土木会社をやってたから、小学生から間伐や林地測量の手伝いをしていた。中学に入っても、工業高校に入っても、それはずっと続いた。

そんな日々を過ごして、下積みを経て独り立ちできてから自分は、まあその……地元では『それなり』くらいの地位事業者になれた。具体的には、サブゼネコン(竹中工務店などから仕事をもらう地元土建会社)から下請け現場を任せてもらえるくらいである。

そして、親父が亡くなった頃だった。ちょうど東京都が山や森林を守ったりして、住民の憩いの場として生涯学習の場にする動きが始まったのだ。その流れで、うちの会社にも森林整備系の業務地元自治体から流れてくるようになった。

いわゆる随意契約で、うちの会社地元密着型かつ使いやすい(≒言うことを聞いてくれる)ということで、仕事をもらえるようになった。「言うことを聞いてくれる」と書いたが、こちとら地元のために地方自治体(役場)を利用しているだけである

さて、土木建設林業系の仕事は、自治体発注だと地元企業優先が基本であるあなたが住んでいる市区町村田舎であれば、絶対に近い確率でそうである

ある秋の終わり頃だった。倒木の解体処分業務地元自治体から請けたのだ。里山の奥の方にある「昔は限界集落じゃなかったんだろうな」という集落林道があって、その付近には森林浴にバッチリ雰囲気自然公園があった。

その自然公園に、はるか山の上から松の大木が転がり落ちてきて、その途中にあった小径木も巻き込んで、公園内にドカンと横倒しに鎮座していた。それらの樹木バラバラに玉切りしてから処分するというのが自治体から依頼された仕事だった。

自治体から依頼された仕事」とは言ったが、実際のところは、素人自治体職員にいきなり現地に呼ばれて、「この樹木対処してもらえませんか?工法はお任せで」と言われたから、それなりのやり方を提案して見積書を提出したのである

それから二週間ほど経って、仕事を終えた自分は、完了報告書類を自治体発注窓口に持っていったのだ。写真帳も添えて。それで、完了検査を受けるつもりだった。見たところ一般事務職場から発注だったので、現地確認はナシで写真帳だけで検査になると思っていた。

その際自分は、窓口の自治体職員にこう告げたのだ。

「今回、当初契約よりも〇十万円少ない額で請求します。切った樹木は、そちらの追加注文で、ごみとして処分できない(※1)と契約締結後に聞いたので、玉切りして現場の隅に重ねてあります。あとは重機リース料ですけど、うちの近所にある会社が一日リースで借り受けたユニックを、うちで最後だけ使わせてもらったので請求しません(※2)」

※1 都のルール?で切った樹木ごみ処理できないらしかった。よく覚えてない

※2 田舎にある会社同士だとありがち

そしたら、あの日の窓口でのやり取りを思い返す限り、その職員発注者)はこう言ったのだ。

「実は、今回は特殊パターン仕事で。東京都の全額補助金なんです。最後一円たりとも残してはいけない、返してはいけないという都から指導なので。当初の○○○万円で請求をお願いします」

「変更契約しなくてよい?」

「いいです。特殊案件ですので」

だってさ。

「本当にいいのか、後でどうなっても知らんぞ」と感じたのだが、当時は子どもがいて、正直お金がほしかった。その○十万円は、全額自分利益になった。都民税金なんだが、ありがたくうちの子大学学費用に使わせてもらったよ。

これが公金チューチュー?の1件目である自分から吸いに行ったわけじゃないけどな。いわゆる棚ぼたである。なお、これは誰にも迷惑がかからないと思ったから話してる。十年以上も前のことなので。証拠だってとっくに雲散霧消している。



一般市町レベルだとこんなもんだが、契約相手東京都になるとこうはいかない。

都の場合は、話の相手がほぼ必ず林業技師になってしまう。それか、専門分野の知見のある事務職員。彼らは知識をもったうえで、伐採業務価格決定を標準歩掛(ぶがけ)でやってくる。

標準歩掛というのは……IT業界でいったら人月計算みたいなものだ。はてなブログで、偉そうな感じのメルカリとかスマートHRとかマイクロソフトとかのIT技術者が、フィボナッチとか何とかで、科学アプローチで工期の見積りとかしてるだろ?

標準歩掛は、それに近い。要するところ、Aという植生の地形で、Bという仕事を、C人でD時間かけて行って、一日あたり単価はE円(※単価は非公表)、みたいな国が定めた標準マニュアルがあるのだが……たとえ随意契約でも、それをベース価格納期交渉をしてくる。

こっちが「それは違うのでは。あなた達は実際に現地を見ましたか?」と言っても、「これが公共工事ルールですからだってよ。頑として譲らない。「今回そんなに作業員は出せない。赤字になるかも。上司を出して」と伝えても「協議済みのことです!」とか言うのだ。本当にそうなの?

こっちは大学も出てないし、学生時代に専門的な林業土木勉強をしていない。専門資格は持ってるけど、相当昔に取得したものだし。試験も難しくなかった。高卒でも勉強すれば余裕だった。

小さい会社場合は、公共工事でも標準歩掛による積算ではなくて、実際に地形を読んでの見積作業をその都度行うのがキホンである。それで十分通用する。どうしても専門知識や機材や測量図面必要になったら、地元にも一応、東大の院まで出てる人がやってる個人会社があるので付き合いで依頼する。



それでも意地や矜持がある。相手が都だからって、引けないこともある。

一度だけだが、林業系の指名競争入札で、入札前にうちの地元じゃない会社が現地確認(下見)に来ていたことがあった。東京23区の街中にある測量設計専門会社だった。

この案件も、先に挙げた森林活動を盛り上げる感じで都がやっている事業の一環である。知らない会社が現地確認に来て山林に入っていたということは……地元じゃない会社がその測量会社に依頼して、自分たちが入札に入るための準備をしているということである

その時分に、うちの地元会社が協力しあって、ようやく見つけたよ。その工事の入札に札を入れそうな工事会社を。

やはり街中にある会社だった。皇居からそこまで離れてないところにある業界中堅どころである。うちの百倍以上は規模がある。

それで結局、迷いはしたのだが……声をかけたんだ。地元会社7社くらいで。要するところ、「あの仕事はうちの地元から、毎年この類の森づくりの仕事はうちの地域会社が取っていて……」と、懇切丁寧に、その会社にまで出向いて説明をした。

決死覚悟だったよ。こんな勝負に出たことはない。まさに血の誓いだった。昔のゲームに、七栄養っていう7人のキャラクターが出てくるのだが。まさにあのレベルの、問答無用の一体感だった。

そしたら、その会社は「今回は引く」と言ってくれたよ。その後、入札システムからのお知らせで、都からその入札案件公示された通知があった。「これが……あの現地確認のやつか!」と思った。ビビときたよ。業務場所はまさにあの、測量会社が下見に来ていた山林である

うちの会社も、予定価格に近いところを見繕って札を入れた。数週間が経って、結果が来たのだが……いい方に予想が当たってくれた。例のあの工事会社は、予定価格とはやや遠いところで札を入れていた。「お前らに言われたくらいで入札辞退はしないけど、今後を考えて一応は配慮した」というメッセージだと感じた。



仕事の方は、地元企業で入札案件を取った会社が、入札に参加したほかの地元会社下請けを出して、例年同様に地元に貢献するかたちで仕事を終えることができた。

談合なのか?と言われれば、形式上はそうなのかもしれない。でも、街中にある会社がこの案件を取っていたら、地元住民意見を聞かずに、都が発注した業務仕様書どおりに粛々と進めたに違いないのだ。地元企業が取ったからこそ、地域に寄り沿った施工ができた。

談合は如何なる場合でもダメだって、それは国や都が言っているだけだ。

談合は、フツーはダメだと思う。そう思ってる。うちらが払った税金民間企業に不当に持っていかれるのは我慢ならない。けど、それが必要な場面というのは、昔も今も今後も、ずっと存在し続ける。それだけのことだ。

今はどうなっているのだろうか。

うちの会社の方は跡継ぎがいなくて、自分自身も持病がひどくなったので引退した。今だと、趣味レベル地元住民から仕事を請けることならある。

情報はそこまで入ってこないけど、都もそのあたりは【わかってる】んだと思う。そうじゃなかったら、道路維持管理業務とか、いつも特定企業群(メンツ)が順々に請けているなんてありえない。談合にならないように、都が入札の指名うまいこと調整しているのだ。

「また入札情報をアップしたよ。メンツは大体わかっているよね? いつものように、ルールに従って契約相手を決めますよ。業者間でいろいろあるかもしれないけど、都は責任をもちません。自己責任でやってください」

都のスタンス、いや、どの自治体もそういうスタンスで入札のお知らせを送っている。

いっそ、入札とかするんじゃなくて、信用できる会社があるんだったら、民間企業みたいに堂々と特定会社だけ指名すりゃあいいのに。そしたら、談合なんて不正は起きようがない。と、半分老人の立場で思ったことを述べてみた。これで1つは終わりだ。





2つめは、ウォーキング大会でのことだ。

うちの地元では、もう何十年も昔から続いているイベントがある。ありていに言うとウォーキングであり、実態は何でもアリの徒競走である中高生スポーツクラブの子トレイルランをするし、ご老人だと健康志向の長距離散歩となる。

うちの地元には、初心者でも歩きやす登山道がある。そのウォーキング大会では、目印になる公共施設からスタートして、山々を登って降りて、平らな道を突き進んで……を繰り返して、最遠で十数キロ以上も離れた先のゴールをめざす。

イベント中は、子ども若者、老人、家族連れなど多くの人で賑わっている。辺鄙地域とはいえ東京に住んでいてよかったと思うのはこれである

遠く離れた田舎の方だと、素敵な山麓はあるのだろうが、こういう催しを開いても参加者が来ないのだろう。ここは腐っても東京である。人がたくさん来てくれる。

自分が住んでいる地域町内会の一部組が、その自治体が開催するウォーキング大会スタッフ役割を務めていた。

大会運営事務局は自治体担当部署なのだが、うちの町内会の組が、ウォーキング大会の休憩地点で料理を振舞うのである地元料理ベースに、毎年メニューが違っていて、うどんの年もあればそばの年もあるし、芋煮の年だってあった。

とにかく、腹を空かせたウォーキング大会参加者に昼ご飯を振舞うのだ。そのために自治体から現金をもらって、その年に相応しい料理を作る。お金はもらっているものの、割に合わないのでボランティア活動だと思っていた。



しかし、ある年のこと。考えさせられることがあった。

ウォーキング大会が終わると、自治体からもらったお金で何を買ったのか報告する必要がある。自分はこういう作業はニガテなんで、町内会でそういうのに詳しい人に会計報告をやってもらう。自分がその組の一応代表なので、自治体とのやり取りは全部自分がやっている。

会計報告を終えた後、自治体担当部署から電話がかかってきた。どちらかと言うと苦情だった。電話と合わせて、ご丁寧にメールまで送ってきた。

メールの内容】

・収支計算書の明細欄に「アサヒビール1ケース」とある

領収書にも酒類おつまみ?の記載がある

芋煮の準備や提供中、あなた達がお酒を飲んでいたのを職員が見ている

・何十年も続いているようだが、今後は自粛願いたい

公文書公開請求があると、あなた達の個人情報特定される危険がある。ご了承を

・毎年、渡したお金の余りを通帳に入れているのか?

・あれは参加者が払ったお金の一部である。できれば返していただきたい

うん、まあ……違和感はあったよ。

それこそ、子どもの頃からウォーキング大会スタッフをやってるけど、親父やお袋やその地元仲間は、料理準備中も、提供中も、片付けた後も、お酒を飲みながらご機嫌な感じでやっていた。自分らもそうなっただけだ。

あのビールおつまみを、自治体からもらったお金で買ってるのは知ってたよ。若いからずっとだから感覚がマヒしてたのかもしれない。

それじゃなくて、今いきなりその場面(参加者に振舞う食材購入費で酒を買っている)がやってきたなら、おかしいって思うことができたのかもしれないな。

結局自分が、その自治体担当者の人とやり取りをしていった。

うちから具体的にどんな内容を返したかは言わないけど、あの時の自分はすごく怒っていたよ。自分町内会バカにされてる気分だった。人件費無償で、公共行事のお手伝いをしたのに。せっかく、一生懸命ウォーキング大会参加者地元料理を振舞ったというのに。

たかだか、自治体職員から渡されたお金ビールを買ったくらいで、それは町内会スタッフ鼓舞する目的だったのに、「余計なことしやがって」と思っていた。実際、あの時は自治体担当部署に乗り込んでいったよ。町内会長も一緒に連れて。当時の自分40代で若かった。まだ青臭いところがあった。

自治体との話し合いの場では、相手方の幹部職員も交えて懇々と話を進めていった。逐一結果は書かないが、その後も参加費でお酒を買うのは黙認してもらえることになった。ただし、町内会の通帳に入れていたお金の一部を返還することになった。





長々と書いた。今読み返してみたけど、日本語ヘッタクソだなあと、いい年になった今でも思う。

公金をどう扱うかって、難しい問題だと思う。増田利用者でも、地元町内会自治会)で役員をしてる人はいるだろう。自分が住んでる市区町村からお金をもらうこともあるのでは? どんな使い方がいいのか、迷うこともあるんじゃないかと思う。

そういう人向けに書いたとかではないけど、この体験談がどなたか思考きっかけになったのなら幸いである。

2025-01-20

洗脳じゃなくてロールモデル

洗脳という言い方だからアレだけど、ロールモデルを示すと言う話だと思うんだよ。

ネットを見ると結婚したら地獄だみたいな話が溢れているし、そればっかり目に入ってくる。テレビドラマには一人の自立した女性男性物語が多くある一方で、恋愛結婚という事を真正から扱うものは減った。

家族核家族が基本で、世代を同居家族の方が珍しい。すると、従兄弟の家がどんな風に結婚してどんな風に暮らしいるかという事がなんとなくでも見る機会が無い。

見る機会があってもサンプルが狭いから、この生き方しか選択肢がないならば、なっても仕方が無いとか、無理とかになっちゃう。


そうじゃ無くて、幸せ恋愛して、あるいは幸せ幸せ暮らしている家庭は無数にあるんだから、そういうのを示すべきなんだよね。

ネットネガティブ情報に対抗できるぐらいはあるといいよね。


高校生からカップル大学卒業して結婚して3人子どもを設けました、とか

三十路を過ぎてから社会人スポーツクラブで知り合って結婚しました、とか、

マッチングアプリ婚活して結婚しました、とか、

仕事が楽しくてアラフォーになってから寂しくなって、通ったスナック店員と知り合って結婚した、とか

16歳でできちゃって男が逃亡、発覚時点でもう卸せないか家族が団結して子育てし、長男高校生になったので一緒に通信制高校に入り直したところ、バツイチ子持ちの男と知り合って4人の子育てをしてる人とか

いろんなのがあっていいんだよ。

その中から自分にあったというか、自分可能なところにいけばいいんだよ。

2025-01-12

地域スポーツクラブの親たちの思い出

いまから20年ほど前、小学校スポーツクラブに入っていた。

そこで見た大人人間関係が大変いびつであったことを思い出した。

まず、そのクラブ大人ヒエラルキー大人の貢献度で決まる。

毎週クラブに顔を出し、親が監督コーチになったり、親でない監督コーチの世話をしたり、子供たちを試合会場に車で送迎できるとヒエラルキーが高くなる。

また、上の兄弟スポーツクラブ所属していた過去があれば、その実績値も加算される。

子供評価にも親のヒエラルキーが反映される。

ヒエラルキーが高い親の子供は優遇され、そうでない子は冷遇される。

そして、親のヒエラルキーが高いことによって厚遇されているということが、また親のヒエラルキーに反映される。

親がクラブ活動に貢献しているから、子供レギュラーになり、子供レギュラーから親のヒエラルキーも上がる、といった具合に。

子供能力もある程度は評価されるが、良いポジションや良い打順は高いヒエラルキーの子供だった。

後に親から聞かされたが、ぼくは能力順ならレギュラーになれたが、親のヒエラルキーが低いので先輩にレギュラーを奪われていたらしい。

コーチから親が謝られたそうだ。

ここまでが子供時代に見たことで、大人になって思い出してみると、ますますいびつさが増す。

まず、子供時代に見た、保護者ヒエラルキーは必ずしも親の年収社会的地位とは比例しないということだ。

しろ、土日祝日に他にやることもなく、子供の球遊びを熱心に追いかけ、小さな社会での地位競争に明け暮れる人が、自身の属す社会集団でどういう立場であるかは容易に想像できる。

自身の上がり目のない人生に早々見切りをつけ、子供人生自分人生も託して、次世代競争に賭けていたのだ。

今にして思えば、なんと退屈な人生で、子供に対して無責任な態度なのだろうと思う。

でも、地元の行く末を後追いできる今ならば、彼らが自分人生に見切りをつけたのは間違いではなかったとは思う。

ただし、子供スポーツ成功したという話は聞かないので、賭けに勝ったとも言えないのだが。

とはいえ、そんな子供時代スポーツクラブを呪っているわけではない。

親にあのヒエラルキーを駆け上がって欲しかったとも思えない。

あん無為で小さな社会で、ぼくのために人生を浪費してくれなくて良かった。

親のヒエラルキーの壁を超えるほどの天才的な活躍ができれば、ぼくも勘違いしてスポーツの道にのめり込めたかもしれないが、そんなことはなかった。

早々見切りをつけてスポーツで上を目指すことを諦めたことは、後の人生を助けてくれた。

そして、歪な親社会フリーライドできたこともまた事実なのだ

熱心な親たちのお陰でぼくたちの練習遠征が成り立っていたし、低ヒエラルキーの子供でも、それなりに父兄は面倒を見てくれた。

彼らの歪な関係性のおかげで、ぼくは楽しく皆と遊べた。

ぼくが親になっても、彼らのようにクラブヒエラルキーを追い求めるのは無理だろう。

子供勝手に楽しくやって欲しいし、親には親の人生がある。

子供時代のぼくもそれでよかった。

今でも全肯定はしないけど、それでも当時はあれで良かったのだと思う。

大人ってあんまり楽しそうじゃないと思っていたけど、子供の頃に想像していたよりは楽しい大人になれているし、ぼくにとっては良い経験だった。

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