ディックの作品は、ほぼ全部読んできましたし、何度も読み返すほど好きなものも複数ありますが、どんなに好きな作家でも合わない作品はある、ということですね……。
- P・K・ディック『ジャック・イジドアの告白』(ハヤカワ文庫SF)
(当然ながら、以下、私見です。基本的には、気に入らなければ取り上げなければいい、ふれなければいい、というスタンスなんですが、愛してやまない作家の作品故に、ちょっと思うところを記します。)
以前、晶文社から『戦争が終り、世界の終りが始まった』のタイトルで出ていた主流小説(非SF作品)の新訳。ずいぶん前に旧版で読んでいるですが、あんまり好きになれなくて、手放してしまっていたから、久しぶりの再読です。
再読してあらためて思ったんですが、ディックのSF作品をこれだけ愛している身にも、読むのがけっこうしんどい一作でした。とにかく、登場人物に感情移入できそうなのが一人もいないし、動物好きには衝撃のまさかの大虐殺シーンも(涙)。
翻訳の合う合わないもそうした作品の印象に影響を与えているのかもなあ、などと思いました。「顎う」なんて、わざわざ漢字+ルビにするより開くべきだろうと一読者的にも、編集者的にも思いますし、ほかにも「眉庇に手をかざす」とか「嚔(くしゃみ)」とか、原文が擬古文で、そのような雰囲気を翻訳でも出すためなどと理由がある場合はともかく、そのようなことでもないのに、漢字にする必然性のよくわからない表記があちこちに散見されますし、「大洋」にわざわざ「わだつみ」とルビをふるなど、突然妙にかたいことばが使われたりします。うーん、どうなんだろう……。
ただ、これは個人的な好みの問題なので、こういうのが気にならない読者もいるでしょうし、さらに言えば、こういう文体や文字遣いが好みだ、という方もいるでしょう。誤字や誤訳とはぜんぜん次元の違う話ですから、本来どうこう言うべきことではないのかもしれませんが、敬愛してやまない作品の、貴重な新訳の機会だっただけに、(そしてそれによって、以前の読後感が覆されていた可能性だってゼロではなかっただけに)残念に思い、あえて取り上げた次第です。
これで、ディックの作品で、創元でもハヤカワでも翻訳されていない/入手できない作品はあと何が残っているのかな。創元の巻末に一時期までついていた、著作リストの最新版があるといいんだけどなあ。