今日は、気落ちさせられる件が複数続いて、ちょっとへこみ気味で帰宅……。こういうときこそ、楽しい話題を取り上げるべきで、なにもこんなときに、あちこちで大きく報道されているこの件を、弱小駄ブログが取り上げなくてもいいんだけど、ちょっとひとこと。このニュース、なんだかね。「米アップルサイトに「1Q84」海賊版 中国語訳」(11/9朝日新聞)。「「1Q84」「容疑者Xの献身」…中国語版 無断で電子化」(11/10 読売新聞)。「村上春樹さん著書、ロシア語の海賊版も アップストア」(11/11朝日新聞)。
記事の一部を引いてみる。《村上春樹さんの「1Q84」や東野圭吾さんの「白夜行」など日本のベストセラー小説の中国語版が、著者や出版社に無断で電子書籍化され、米アップル社のソフト配信サイト「アップストア」で販売されていることがわかった。海賊版の制作者が、単行本を許可なくスキャナーで取り込むなどして電子化したとみられる。売り上げの一部はアップル社も得ているが、著者や訳者、出版社は何も知らされておらず、事実上、野放しの状態だ。村上さん側は「消去を依頼する」としている。 》
《問題の電子書籍はiPhone(アイフォーン)やiPad(アイパッド)で読むことができ、ほとんどが今年7月以降に発売された。アップストアには制作者の連絡先としてホームページのアドレスが掲載されているが、リンクが切れていたり、無関係のページにつながったりして、誰が制作者か簡単には特定できない。 》(11/9朝日新聞の記事より)。
……最初は、やれやれ、としか言いようがないな、って印象だったんだけど、いろいろ記事を読んでたら、違和感と不快感とがじわじわと……。(以下、この問題についての、何のまとめになっているわけでもない、独り言めいた感想なので、いつもの空犬通信の調子にご理解のある方のみお読みください。)
この件は、電子書籍全般や著作権に強い方々がいろいろ発言、解説しているから、とくに付け加えることもないんだけど、リアル書店応援派として言いたいのは、これ、電子ならではの問題で、紙の本では起こりえない問題だ、ってこと。
現在の出版流通システム……まあ、業界内外からいろいろ批判もあるのだけど、是非はともかくとして……では、ふつうの新刊書店に、紙の海賊版が並ぶことってまずあり得ない。出版史をひもといても、今回問題になったような、日本の主要出版社から刊行されている、超のつく有名・人気作家の作品の海賊版が、このように、大手のショップにおおっぴらに出回って、実際に一般客によって購入された例、というのは見当たらないと思う。
紙の書物は、劣化の問題、技術の問題があり、複製がむずかしい。500円の文庫でも雑誌でも、とりあえずいま手元にリアルな紙の本があるとして、それを個人で、商業流通ルートにのせられるレベルで複製できるかっていうと、いくらプリンタやスキャナの性能があがり、普及もしたとはいえ、まず不可能。紙の問題、印刷・製本などの技術的な問題が、不正な複製の前に大きく立ちはだかることになる。
紙と電子の比較、双方の長所短所については、もうさんざんいろいろなところで言われているから繰り返すまでもないが、この点、つまり流通システムが完成されている点、そして不正複製品の流通をほぼ完全にシャットアウトしてきた歴史がある点、ここは、もっと紙の本、リアルな書店に関わる人たちが誇っていいことだし、声を大にして言っていいことだろうと思う。
それが、電子の場合、(予想通り)いともカンタンに破られてしまったこと、そして、コンテンツのダウンロード商売を牛耳ってきたアップルのような超大手でさえ、それを防げないことに、電子の抱える大きな問題がある。つまり、流通システムが脆弱であること、不正監視・不正抑制については機能していないことが、はっきり示されるかたちになったわけだ。
アップルさんの言い分を見てみよう。
《アップストアで売られるソフトは米アップル社が一括して事前に審査する。審査には約1週間かかる。アップル関係者の話では、米国には各国語を理解するスタッフがいるが、電子書籍の制作者が正当な著作権者かの確認はしていないという。審査するソフトの数が膨大で、著作権の判断は難しく時間がかかるなどの理由からという。また、海賊版への対処は著作権者と制作者の直接交渉に委ねているという。 》
《アップルジャパンは「個別の対応は公表していない。正当な著作権者が不利益を被らないよう努力したい」とコメントした。》
いかがでしょうか。審査もろくにせずに店頭に上げてしまった海賊版を売って、すでに一部を売り上げちゃってるわけでしょう。そのような立場の方にしては、なんだかなあな言い分ですよね。
Appストアで扱われる商品に仕事でかかわったことのある方ならご存じだと思うが、記事で約1週間とあるアップルの審査、これが場合によってはもっと長くかかったりすることもある。とくにきびしいのが、エロと暴力関係。つまり、自分たちが設定した倫理コードに照らして問題がないかどうかのチェックにはたっぷり時間をかけていらっしゃるようなんですよね。
たとえば。Appストアには、辞書アプリがたくさんあがっているが、多くの商品に、コンテンツの内容に関する但し書きがついているのがご覧いただけるはず。これらは、何かというと、英語であれば4文字言葉などの卑語を含むことを示していたりする。自分たちの国では老いも若きも男も女もf**kだのs**tだのふつうに使っているのに、自分たちのお店で売る商品に入っている場合は、NGか、もしくは注意書き付きでないとダメ、という態度なのだ(話がそれるので、詳述は避けるが、さらにこまかく言うと、見出しとしてあるのはいいが、それを含む用例やイディオムはダメとか、恣意的としか言いようのない基準が設けられていたりする)。ほかにも、たとえば、ナチスの鉤十字が図版として入っていたりするとはねられるのだとか。《アップストアで販売されるソフトは米アップルで審査していると見られるが、基準は非公表》(読売の記事より)なのである。
まあ、卑語やナチスの件含め、こうした「検閲」自体の是非はここではおく。言いたかったのは、そのような語彙や表現、図版などが入っているかどうかは、対象が、辞書のような膨大な文字量のコンテンツであっても、きっちり時間をかけてチェックなさっているらしい、ということ。
どうですか、これ。表現の自由に踏み込んだ領域で検閲めいたことには時間をたっぷりとかけながら、一方で、申請者が正規の方かどうかはわかりませーん(気にしません、か)、なんて言って、海賊版はスルーしちゃうって、それ、世界市場を相手にしている超大手販売業者が言うことではないでしょう。
あと、これはどこかですでに報道されてるのかもしれないが、海賊版であることが発覚、削除されるまでに、すでにダウンロードされた分があるようだけど、その分の売上げを、アップルはどうするのだろう。これ、あきらかに不正に得た利益なわけでしょう。
わたくし空犬は長らくMacユーザーで、アンチアップルなわけでもなんでもありません。今や、パソコンだけじゃなくて、iPhone/iPad/iPodユーザでもあるしね。仕事でも、プライベートでも、Appストアは毎日のようにのぞいてるし、音楽についてはオールドタイマーなディスク派なので、ダウンロード購入はほとんどしないけど、アプリは半分は仕事で、半分は趣味でじゃんじゃん買ってるし、使ってます。
でもね、というか、だから、なのかもしれないが、今回のアップルの態度には、ちょっとなんだかなあ、な感じをおぼえずにはいられないんですよ。中国に引き続いて、ロシア語版の存在も発覚、まさに《このサイトでは中国語や日本語で書かれた本の海賊版も確認されており、著作権を侵害した電子書籍の販売が、同サイトを通じて国際的に広がっている実態が明らかになっ》ているわけでしょう。で、国際的にこのような問題を広げちゃっているのは、自分たちのシステムの「穴」によるところが大きいわけですよね。
《電子書籍の制作者が正当な著作権者かの確認はしていない》とかさ、《審査するソフトの数が膨大で、著作権の判断は難しく時間がかかる》とかさ、そんなこと言ってていいわけないじゃん。今回のような事態を防ぐことも、拡大することも、罰することも、不利益を被る人からの訴えがないかぎり何もできないのだとしたら、それは、著作権コンテンツを流通させるシステムとしては破綻している、ってことなんじゃないだろうか。
……なんてことを考えながら、今日の昼休み、神保町で購入したのは、装丁家、桂川潤さんの『本は物(モノ)である 装丁という仕事』(新曜社)という本。本をモノとして立ち上げる仕事、「装丁」がそのようなものだとすると、それがプロの仕事だからこそ、紙の本は、存在感のある魅力的な「モノ」になりうるのだし、そして、同時に、不正な流通を容易に許さない「商品」として成立しうるのだろう。この本については、読了後、あらためて取り上げるつもりです。