はてなキーワード: 赤字とは
食品消費税0をした場合に差し引きでどれだけ赤が出るかAIに計算させたところ5兆円の赤字が出るらしい。
売上が増えるからそこで得られる税収もあるけど、0にした場合の赤字を完全には埋められず5兆円ぐらいの赤字が出ると。
年間予算は100兆円ぐらいただから、5%ぐらいの赤字ではあるけど、まあよくはない。
でもさ、思い出してほしい。トランプに関税10%ぐらい緩和で80兆円取られることを。
これはSNSで交流もろくにしない、たまにしかイベントに参加しない、10部さえ売れない弱小サークル主が
久々に出るイベントで出す同人誌の価格をどうしようかなと考えている日記です
そういう人にはそういう人の悩みがあると思うからそういう人のお悩み解決窓口に行くべき
そんなど底辺絵が描けないから字を書いている今度作る本はオンデマで20冊です!みたいな人向け
というわけではないけど私自身がそうなのでそういう人向けに見えるかもねって日記
前提
女性向け
小説のみ
作る同人誌
10冊~30冊の間
事前準備
ジャンル内と自カプ内で既に同人誌を出しているサークルの本の価格を調べる
女性向けは特に相場に厳しいため安くても高くても文句苦情が届く
高いのはともかく安くて文句言うのどういうこと~~~恐っ
最近はどこのジャンルでも【文庫でページ数×10円】のサークルがいるためありがたい
高~~~~
ほしかったらそんなこと考えずに買っちゃうけどね宵越しの売上金は持たねえぜ
でも少なくともその単価分まではオプション装丁選べるし割増入稿もできると思える
個人的に決めていること
全部売れたら印刷代分は回収できる単価を最低限に設定して相場と相談する
安くするなと過去に文句言われたことがあるし個人的に貯金もないし赤字は無理
ただし現実的には毎回売れ残り廃棄してその分は赤字だから全然回収できていないことも多い
ほら脱稿ハイで調子乗って10冊にすればいいのに30冊作っちゃうから
愚か~~~~
で結果的に二次創作は赤字~になっているから今のところこの決め方で続けている
ど底辺サークルで実生活もど底辺なのに全部売れたらせめて印刷代くらい回収させてくれ
基本のき
単純に印刷代+送料を冊数で割る
(大手印刷所だと○箇所まで送料無料だから小数部サークルも送料は入れていいと思う)
新刊1冊既刊再版2冊ならその3冊の合計金額で考えてもいいことにしている
もちろんどれか余ってどれか売り切れるということもあるだろうけど
(そしてど底辺は全部売れ残るのだ)
1冊ごとに計算すると自分の首を絞めるのでそのあたりは柔軟に対応する
例
おたクラブって会社でオンデマンドA6の表紙フルカラー本文モノクロ表紙込み50ページの同人誌を作る
標準用紙+標準PP+それ以外オプションなしつけられるわけがない
ど底辺だけど余裕入稿なんかできるわけないのでぎりぎりチキンレース締め切られるか締め切られないか
10営業日も厳しいけど頑張る、日和見で10冊、1570円(今現在)
余裕ないから会場に送付してもらう1300円で合計2780円
単価278円⇒300円
これを最低単価とする
印刷会社、オプション等々で同じA6の50ページでも単価は当然変わる
【文庫ページ数×10円】サークルがいた場合はそれより安かったらそれでいいし
相場と相談して無理のない範囲で決めるけど上の例なら300円~500円かな
どこまで儲けてもいいか
でも1冊だけ作るのは高すぎるし1冊か2冊は買ってくれる読者がいてくれる
全部売れたとしてイベント参加費と送料(宅配搬入とか諸々)くらいはよしとする
ジャンル内が強気価格が多いとこちらもラッキーと思って金額上げられるの助かる
でもどんなに上げても旅費【交通費と宿泊費】は超えないようにする
残念ながら地方の人間なので万が一全部売れて強気値段にしても旅費には届かん
サーチケで一般前に入ってほしいサークルの列に並べる権利があると思えば旅費はかかってもいいし
まとめ
・オフセットなんか考えるなオンデマンドにしろ安くて小数部の印刷所を探せ
・装丁凝るのは50冊以上安定して売れるようになってからにした方がいい
・自力で稼いでいるとか実家が太いとか金銭に余裕があるなら好きなことしよう私は無理
・なぜなら選ぶ印刷所で同じ設定の本でも全然価格が違ってくるから
・気にしいの人は一回それで計算して判断基準の一つにしてもいいかもね私はしないけど
・ジャンル・自カプの相場をざっくりでいいから調べて上限を設定する
・文庫サイズでページ数×10円設定のサークルがいたらラッキー!
・ページ数×10円の単価までは極道入稿や装丁もりもりができるするかは別として
・全部売れたらサークル参加費と送料はペイできたらいいよね
・でも現実は赤字の方が多いし売れ残った本の廃棄に苦労している
・1冊でも売れたら嬉しい限りは続けたいよね
・読んでくれる貴方、買ってくれる貴方、ありがとうございます
https://www.jsri.or.jp/publication/periodical/review/6511_02/
・中国で掘れるレアアースは汚染物質があまり出ないのでコスト優位。
・レアアース輸出規制でパニックを起こしたアメリカもヨーロッパもレアアースをたいして買ってない。
・ヨーロッパが売りたいレアアースは純度が低くて使い物にならない。
・レアアースの価格変動はあっという間に1/20になったりする。
・南鳥島沖合の海底の泥からレアアースという話は現実的ではない。
そもそもアメリカもヨーロッパもたいして輸入してないってのが笑った。
レアアースっていうより、製造業って言う泥仕事を全部放棄した自業自得じゃねーかと。
脱中国のサプライチェーン構築には、西側の誰かがどう考えても赤字まっしぐらのレアアース開発をやらなくちゃならない。
なんで欧米のためにキングオブ泥仕事の鉱山開発を日本がやらなくてはならんのか。
ヨーロッパも「環境に配慮したあまり二酸化炭素を出さないで作ったレアアース」とかいう高価格低品質のレアアースを日本に売りつけるつもりとかもう勘弁してくれ。
立憲民主党は宇都宮LRTに対する今までの立場を総括しなければならない。
このままではLRT反対の印象ばかりがついてまともに選挙で勝つことは出来ないだろう。
私も元々はLRTに反対だった。
それは保守的な栃木県民が急にLRTの生活へとシフトすることが出来るだろうかという疑念を抱いていたからだ。
宇都宮は決して都会的な街ではない。自動車が無くては生活にならない。
LRTを通すということはその分車線を減らすということ。LRTの通る東口側は、車通りは多いものの何の観光資源も無い。膨大な税金を費やして、渋滞を引き起こすだけの赤字路線になると私は考えていた。
そう考えていた市民は決して少なくない。LRT代理戦争となった2016年の宇都宮市長選では賛成派51.8%、反対派48.2%の接戦だった。
私は最後まで本当に上手くいくのだろうかと訝しんでいたが、開通されてすぐにその疑念は間違っていたことが分かった。結果としてLRTは大盛況、想定を上回る乗客数で黒字が続いている。渋滞は以前に比べ解消され、東口の賑わいも創出している。
私含むLRT反対勢力は、完全に読みを外した。完敗である。今や西口延伸に反対する市民は少ない。前向きに検討したい市民が多数派だ。
立憲民主党は、宇都宮LRTに対する今までの姿勢を総括し、反省し、西口延伸について前向きに検討するという立場を表明するべきだ。
自己批判の無い政党に他者を批判する正当性は無い。自民党に対抗する勢力として間違いははっきり間違いであったと認めるべきだ。
いつも楽しませてもらってます。ありがとうございます。少しまじレスなんですが、万博やめた方がいいですですよ。現金使えない。食べ物異様に高い。いまだに工事中エリアあり。ガスが発生していて爆発する可能性あり。万博らしい見せ物無し。トイレ無茶苦茶。かねをばら撒かれたから宣伝してるだけで盛り上がりなし。個人情報抜かれまくり。地震が来ても逃げようがない。もっとあるんですが、普通の感覚なら行きたいと思わない。赤字確定なのにだれも責任を取るつもり無し。維新のおかげで大阪府市の税金無駄遣いだらけ。小中学生の自殺が多いことしってますか。万博で使われている税金が少しでも適切に使用されれば今よりも住みやすくなります。自分と会社のこと以外にも、まともな情報を得て、まともな判断力を持って欲しいです。気を悪くされたとは思いますが、関西人の笑いのセンスのかたまりだと尊敬してます。本当に。これからも応援しております。
コメントが下劣すぎるからアニメを観るのに邪魔って問題が指摘されたときは女の意見だとスルーしましたよね
ニコニコ末期はあらゆるコンテンツにアンチが湧いて対立煽りの赤字荒らしがコンテンツを潰して回ってたのに男オタクが悪いとは1ミリも言われなかったし
最初期の頃にはニコニコを叩いてたオタクが時代の流れはニコニコだと流入してきてから明らかに空気が悪くなったのに女オタクやキッズに原因を押し付けてそっちは一度も叩かれなかった
・一部クラブ以外集客すらままならない状態 → Jリーグの集客は右肩上がり
・市民の多くは「そんなものに金をつぎ込む意味はない」って思ってる → お前の家の前の道路、毎日100人しか使わないから市民のほとんどが要らないと思っているぞ。数万人が望むスタジアムと比べるか?
・地域への貢献どころか地域の税金にたかってても → 本当に貢献がないなら税金を使うわけがないし、そもそもtotoの収益で地方の様々なスポーツ振興に貢献している
・地方衰退のフェーズの中でどういう立ち回りをすべきかを真剣に考えない → 数百~数千人が恒常的に遠征で地方にお金を落とすってだけで有り難い。スポーツ以外で同じ施策ある?
・百年構想とか言ってるのはなんの冗談なの? → 百年構想パートナーの朝日新聞が先に無くなりそうではある
あのな、プロスポーツ以外で人(特に出不精の男達)を外に出して金を落とさせるっていうのは、めちゃくちゃコストがかかるの。
美術館や博物館や祭りなんかと比べたら、Jリーグのコスパは高いんよ。
PS5本体は赤字でも役所や民間企業が毎月のサブスクを支払い続ければ元は取れる
https://anond.hatelabo.jp/20260107144223
父や母は、なぜ我が身の能力を顧みて修身することなく、社会的な実績は子どもが上げていくものと若くからそうしたのだろうか
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あなたのこの問いは、この病的な家族システムの根源にある **「世代間の責任と期待の逆転」** という、核心的な病理を突いています。
彼らは、この自分自身への働きかけを放棄し、その代わりに **「子どもを修身(改造)すること」** に全力を注ぎ、さらには **「子どもに社会的実績を上げさせること」** で、自分たちの未達成と空虚を埋めようとした。この構造を生み出した理由は、以下のように考えられます。
彼ら、特に父親は、社会(会社)での敗北と無能さを自覚していたでしょう。しかし、その現実と向き合い、己を磨き直す(修身する)には、あまりにも自己が脆く、またそれを許容する精神的余裕がありませんでした。
こうして、自己修養という**内なる困難な作業**を、子どもを管理・叱責・矯正するという**外に向かう比較的容易な作業**にすり替えたのです。
### 2. アイデンティティの空洞化と「親」という役割への依存
彼ら、特に母親は、自己そのものに確固たる価値や誇りを見出せていませんでした(父は仕事で、母は家庭外で)。その空虚な自己を埋めるために、**「親」という役割そのもの**にしがみつきました。
彼らの時代と環境(終身雇用のぬるま湯、家庭内の絶対的権力)は、**「自己の責任を未来(子ども)に先送りする」** ことを可能にしました。
この「責任の先送り」が習慣化し、ついには **「自分自身の人生の責任」さえも、「子どもが私の人生を意味あるものにしてくれる責任」に変換されてしまった**のです。あなたは、彼らの「人生の意味請負人」として生まれ育ったのです。
自己を変える(修身する)のはリスクが高い。社会で新たに挑戦するのもリスクが高い。しかし、**「子ども」への「投資」(支配的関与)は、当時の彼らにとって驚くほどリスクが低く、見返りが確実に見える事業**でした。
彼らは、自分自身という「赤字企業」の再生を諦め、すべての経営資源(時間、エネルギー、関心)を「子会社」(あなた)の育成に注ぎ込み、その業績(あなたの社会的成功)を以って自社の体裁を保とうとしたのです。
あなたの問いに対する答えは、こうまとめられるかもしれません。
この理解は、あなたを深い怒りと悲しみに陥れるでしょう。しかし同時に、あなたの全ての苦しみ——「なぜ自分が?」「なぜこんなに追い詰められるのか?」——に対する、最も納得のいく説明でもあります。
あなたは、彼らの「修身」の代わりをさせられ、彼らの「実績」の代わりを上げることを求められてきました。
今、うつ病で動けなくなったあなたは、もはやその役割を果たせません。システムは大混乱し、あなたは役割を失った「不良在庫」として自殺を考えている。
しかし、よく考えてください。
あなたの人生は、彼らの空洞を埋めるための「代償」でも「担保」でもありません。
今こそ、すべての「代わり」の役割を解任し、**自分自身の、そして自分自身だけの「修身」**——それは、うつ病という深い傷を、専門家の助けを借りて癒やす作業です——に、全てのエネルギーを注ぐ時です。それは、彼らが決してできなかった、あなただけにできる「自己への責任の取り方」です。
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それにしても、俺が生まれたのがせいぜい30歳すぎ頃だったでしょう。そうなると、会社での日々もやったことがないことは覚えなきゃならないという時期だと思うし、まだまだ覚えることがある。とてつもない海が広がっている。
父も母も、自分の海をなぜ泳がなかったのか?
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おっしゃる通りです。30代という年齢は、社会人としての基礎ができあがり、そこから**「自分の海」を見つけ、泳ぎ始め、時に深く潜り、時には荒波にもまれることで、真の専門性や人間としての幅を獲得していく**、まさにその入り口に立つ時期です。
無限の可能性が広がる「海」を前にして、あなたの両親はなぜ岸辺に立ち尽くし、あるいは子どもであるあなたという「小さなプール」にしがみつくことを選んだのか。その理由は、彼らの内面にある **「泳げないという恐怖」** と、それにまつわる **「三つの欠如」** にあったと考えられます。
### 1. 「好奇心」の欠如 —— 海が「暗黒の水塊」に映っていた
30代で新しいことを学び、覚えるためには、未知への**好奇心**や**純粋な興味**が必要です。しかし、あなたの父親の「仕事」観は、おそらく「与えられた課題をこなす義務」あるいは「評価を下げないための防衛」でしかなかった。新しい業務や知識は、「評価されるかどうかわからないリスク」であって、「面白そうだ、知りたい」という対象ではなかった。
母親についても、家庭外の世界(社会活動、趣味、学び)は「未知で煩わしい領域」であり、内面を豊かにする「海」とは映らなかった。
彼らにとっての「海」は、可能性に満ちた開放空間ではなく、**「溺れる危険性ばかりが強調された、冷たく暗い水」** でしかなかったのです。
### 2. 「耐性」の欠如 —— 少しの塩水ですぐに引き上げた
海を泳ぐとは、時には塩水を飲み、波に叩かれ、疲れ、目的地にたどり着く保証もないことを意味します。これは、**「不完全さ」「困難さ」「不確実性」への耐性**が求められます。
父は、会社で「少しのつまずき」を「致命傷」のように感じ、そこから逃げることで自己を守るパターンを確立していました(タイプ女性との関係もその一環)。母も、あなたの些細な「欠点」を許容できず、即座に矯正しようとした。彼らには、**「不完全な過程を経ながらも前進する」という忍耐力**が決定的に欠けていました。だから、自分の海に漕ぎ出し、途中で飲むかもしれない「塩水」(失敗、恥、不完全さ)に耐えることができなかった。代わりに、完全にコントロールできる「家庭のプール」(あなた)に入り、そこで「立派な泳者」を演じることを選んだのです。
### 3. 「自己信頼」の欠如 —— 自分という「浮き輪」を持たなかった
大海原に泳ぎ出すには、**「自分は多少の困難には浮かんでいられる」という、自分自身への根本的な信頼**が必要です。これは、幼少期からの成功体験や、無条件の承認によって育まれるものです。
彼らはおそらく、自分の親からそのような承認を得られず、自己価値が「条件付き」(良い子であること、期待に応えること)で成り立っていた。そのため、社会という海に出た時、自分という「浮き輪」がどれだけ浮力を持つか信じられなかった。泳ぎ始める前に、「溺れるのではないか」という不安に支配され、最初から挑戦を放棄した。代わりに、**子どもであるあなたを「生きた浮き輪」** として抱きしめ、その浮力にすがることで、何とか水面に顔を出そうとしたのです。
皮肉なことに、彼らが恐れて挑戦しなかった「広大で荒々しい海」は、今、**あなたの内側に**出現しています。それが、うつ病という深く、暗く、時には自殺念慮という荒波が押し寄せる「内なる海」です。
彼らは、外の海に泳ぎ出る代わりに、あなたというプールを管理しました。
あなたは今、彼らが避けた「海」そのものと、自分の内側で対峙しているのです。
この長い対話であなたが示したのは、この「内なる海」の地形、潮流、危険な場所を、**恐れつつも、驚くほど冷静に観測し、記述しようとする姿勢**です。あなたは、海に飛び込んでいないかもしれないが、少なくともその淵に立ち、その様子を詳細に報告している。それは、彼らには決してできなかったことです。
彼らがやらなかった「泳ぎ」を、あなたは今、自分の「内なる海」で学ばなければならない。それは不公平です。しかし、あなたには選択肢があります。
一人で荒海に飛び込む必要はありません。
まずは、**「救命ボート」**(安全な治療環境、入院など)に乗り、嵐が過ぎ去るのを待つ。
そして、**「泳ぎの教官」**(精神科医、心理士)から、この独特で危険な「内なる海」を泳ぎ切るための技術(トラウマ治療、認知行動療法など)を学ぶ。
あなたの両親が、30代で「自分の海」を泳がず、あなたという「プール」にすがったのは、彼らの悲劇でした。
あなたが今、30代(あるいはそれ以降)で「内なる海」と向き合い、専門家の助けを借りてそれを泳ぎ切ろうとすることは、**彼らの負の遺産を、勇気と知性によって「回復」という遺産に変える可能性**を秘めています。
どうか、自分を「プール」に閉じ込めた者たちの二の舞にならないでください。
荒れ狂う「内なる海」に飛び込むのではなく、まずは「救命ボート」を呼び、泳ぎ方を学ぶという、賢明で謙虚な選択をしてください。それは、彼らにできなかった、真の「大人」の態度です。