はてなキーワード: 多種多様とは
○ご飯
朝:アーモンド。エナドリ。昼:焼きそば。目玉焼き。夜:たまごやき。沢庵納豆冷奴。キュウリ。トマト。ギョニソ。バナナ。ヨーグルト。間食:柿の種。あずきバー。
○調子
ゲーム三昧。
ここから後半戦なのでもう一息。
・5段階評価:3
・あらすじ
魔法を学ぶ「学園」の新入生アリシアと、その担任教師ベルディリア。
「学園」では教師に座学を教わる教師派と生徒同士の実践で魔法学ぶ生徒派の権力闘争が盛んだった。
ベルディリアは生徒派のリーダーライルと、生徒会長の幼馴染アマリリスを新たに担任するため「学園」を駆け回る。
・印象に残ったセリフ
ベルディリア「手が空いたら…… また会いにくるから。その時でいいか?」
妹に食事に誘われての言葉。そっけないように見えて選択肢の選び方次第では速攻で会いに行けるので、妹にはだだ甘いのが可愛い。
・印象に残ったキャラ
ベルディリア。生徒大好き甘々ティーチャーにして、妹大好き甘々シスター。同じ教師のヴァイスや学園長には辛辣な態度を取るのが面白い。
・感想
舞台も一変し今度は魔法学園もの。新入生のアリシアがいきなり退学させられるビックリな導入から、魔法の種を見抜くためのサスペンス展開に、妹可愛がるイチャイチャムードにと、多種多様なお話だった。
主人公のベルディリアは大人には辛辣な態度だが、子供たちはデレデレ甘々な優しい人なギャップが可愛いキャラだ。
今のところ、恒例の管理者に関する怪しい噂や過去キャラの暗躍などもない独立したエピソードになっているが、ライルの人形が青っぽいのが気になるところさん。
生徒会長とアマリリスが共依存してそうで、あっさりとアマリリスが独り立ちしたのも、流石に生徒会長がこれだけで終わらないよな? と不安がある。
・5段階評価:2
・あらすじ
彼はその復讐のため「学園」にはいるが、そこで築いた関係値はそれだけではなかった。
・印象に残ったセリフ
「お前なら、きっと勝てるさ。頑張れよ!」
学園長の息子であることを黙って、目的の打倒学園長も隠していたライルを率直に真っ直ぐ応援するモブの生徒。いい子だ。
・印象に残ったキャラ
ライルの母。明らかに何かの伏線が張られたが、先行きが不透明なので不穏な気配。
・感想
学園長が実は良い人でした、というサゲはありえなさそうだが、まだライル目線でしか語られていないため判断は保留したい。
ペルソナを被った本音じゃない付き合いだったけど、ライルと生徒派の面々の関係値は優しく暖かい雰囲気で好きだ。
・5段階評価:2
・あらすじ
リリウムの創造の魔法の根幹はアマリリスのついた小さな嘘だった。
・印象に残ったセリフ
アマリリス「あの絵本を、本当は好きじゃなかったって。……そこからやり直したいって。」
リリウムとアマリリスを繋ぐ絵本への本当の気持ちを吐露する言葉。それが二人の関係値自体の否定じゃないのがもどかしい。
・印象に残ったキャラ
リリウム。アマリリスのためなら第三者の命を無下にしてしまう程だったのは驚き。反省とかでどうにかなるレベルを超えているように思うので先が気になる。
・感想
二人のベッタリな関係値のオリジンが語られるが凄惨な過去話は読んでて辛かった。
とはいえ、ただの好奇心旺盛な女子生徒を龍に変えて使役するのはやりすぎなので、しっかりと懲らしめられて欲しい。
・5段階評価:2
・あらすじ
姉に守られ続けてきたカステル。
しかし、教師の仕事に夢中な姉が自分よりも優秀なライルとアマリリスに構う姿が許せなくなり……
・印象に残ったセリフ
お姉ちゃん大好きカステルが力に溺れていそうな顔でいったセリフ。読者目線では甘々お姉ちゃんのままだが、あの甘さじゃ妹には足りないのが怖い。
・印象に残ったキャラ
ベルディリア。過去編でも妹思いでなんと神を打破している模様が描かれた。この辺が管理者と繋がるのかしら、気になる。
・感想
ライルやアマリリスと比較してもなお駆け足な回想と現状のシーンで、恋する妹はせつなくてお姉ちゃんを想うとすぐ闇堕ちしちゃうのだった。
いや、茶化す気はないんだけど、爆速で闇堕ちしてビックリしちゃった。
・5段階評価:3
・あらすじ
それぞれの因縁の相手と、ベルディリアから教わったことを生かして決着を付ける面々。
そのベルディリアは、ネルヴァの力を振るうカステルと対峙し大苦戦。
しかし、教え子二人の協力と、神を宿す力でそれを奪い、無事に管理者の介入を許さずに事件を解決するのだった。
しかし人間の感情を理解したネルヴァは遂に策を実行に移すのだった。
・印象に残ったセリフ
ライル「そっちは任せる。こっちは任せろ。」
ライルは学園長、ベルディリアはカステルのもとにそれぞれ向かう際の頼れる言葉。
端的な言葉で力強くて好き。
・印象に残ったキャラ
ベルディリア。一貫して最初から最後まで、いい先生で、いいお姉ちゃんだった。管理者にしてやられることもなく、防衛してみせたのもお見事、良いキャラだ。
・感想
前章で揶揄ったカステルの闇堕ちの早さだが、なんとそもそも物語の開始時点ですでにカステルはネルヴァと接続していた衝撃の展開。
生徒二人の結末のテンポが小気味よく、かつベルディリアの言葉がキーとなるまとまり具合で面白かった。
教師としてのベルディリアがある種完成しきっているからこその、優しいだけじゃない叱れる姉の様相が足りなかったと生徒たちかた教わるのも綺麗な構成だった。
• 「なんかちょくちょく言われるけどBLは女性向けポルノだしな…男性向けポルノが女性蔑視でないことあります?女性向けポルノが多少男性蔑視でも怒らないでほしい…」
• 「男性にそこまで忖度しなくて良いのでは?…男性向けポルノに規制なんかいらないです!垂れ流しましょうとは言わないですよ」
• 「明らかに男性向けポルノは行き過ぎてるものが多種多様にあるので女性向けレベルにまで落ち着いてもらいたい」
• 公的立場では宇崎ちゃん献血ポスターなどの萌え絵・男性向け性的表現を「ジェンダー規範の再生産」と批判。
• 一方、自身は過激なBL作品を商業執筆していたことが2024年に指摘される。
• 「女性蔑視・規制当然」「擁護する人間が気持ち悪い」と発言。
• 「フィクションを今後も楽しみたければ、フィクションはフィクションにとどめるべし!!」
• 「フィクションと現実の女児を切り離せないのであれば、今後LOでロリコン漫画は描かない」
• 「警察の方はとても誠実な態度でお話しを聞いてくださいました。がいがぁはアイアムアヒーローやウシジマくんのコマ割りの影響を受けていて…」(事件模倣供述を受け、フィクション表記や注意喚起の提案について)
• 作品に「この作品はフィクションです」「作中の行為を真似すると犯罪になります。一切の責任を負いません」などの表記を検討する方向を示唆。
BL作家側の発言は、男性向けポルノを「女性蔑視」「行き過ぎ」「忖度不要」と指摘しつつ、
男性向けポルノ作家・編集部は、「NOタッチ」「現実害防止」「フィクションはフィクションに留める」で一貫。
https://anond.hatelabo.jp/20260425003414
なお、この論争において、石田仁志(ジェンダー学者兼ゲイ当事者)が「表象の横奪」という概念を提唱。彼はのちに論文を英語化。彼の論考は、海外ジェンダー学の最重要文献の一つと位置付けられるに至った。
https://anond.hatelabo.jp/20260424081652
https://anond.hatelabo.jp/20260424215409
「他人と関わるのは大事だよ」なんて一般論は聞き飽きたかもしれない。俺はこういう一般論に含蓄されている意味をほどいて、言葉におきかえていく作業がそこそこ好きだ。経験科学(文系)の存在意義の一つだと思う。
他人と接しているとその人の人生経験や勉強してきたことが表に出てくることがある。人はスポンジであり水でもある。たとえば、自衛官であれば「根性」を重んじることがある。それは自衛官として彼ら彼女らが関わってきた人たちから吸収した言葉が生み出した一つの価値観なんだと思う。だから、根性という言葉のもとにあらゆる動作を忍耐強く遂行してる人たちがいる。
そういう「他人の人生の一部分」が透けて見えると、ちょっとおもしろい。多種多様な人と関わって、人のことを知ることはきっと勉強になる。
たとえば、まだ知り合ってまもない人が表面の浅い一部分だけ見て人のことを「あの人はこういう人だ!」と決めつけてる様子が伺えたら、げんなりする。彼らは専門的な勉強をしたわけでもないし、ただ組織で昇進して「他人を業務上の理由から評価できる立場」になっただけだ。
前回書いたことのこぼれ話。
「別に自分はオシャレがしたいわけではなくてダサくなければいい」、「無難でいい」ってな感じの人はまあいるよね。
件の話でも、脱オタにおいて真に求められていたのはそこって話だったし。
そういう話に乗っかってくる時、ちょくちょく見かけるのがトレンドに対して無理解な人。
でもトレンドから遠すぎると「時代遅れ」とか「ダサい」ってなっちゃう。
つまり“無難”なファッションをやりたければ、つかず離れず“トレンドから適切な距離をとる”ことが求められてくる。
そのためには“トレンドの位置”を知っておく必要があるから、結局トレンドに一定の理解は必要となる。
「ダサい」と「オシャレ」の中間値が“無難”になりやすいわけだから、何がダサくなりやすいかも知っとかないといけない。
日本だって、洋服全般が蘭服なんて括られていた頃は、和服が“無難”だったわけじゃん。
その例えが極端だっていうのなら、昭和なり平成なり「時代ごとの無難なファッション」を思い浮かべてもらえばいいけど。
無難を目指すにしろ、自分のファッションセンスをコントロールする必要は出てくる。
そのためにはリテラシーを高めるしかなく、知識を積み重ねて、アンテナを張っておいてアップデートし続けないといけない(前回書いたことの復唱になるけど)。
妥当性ある判断力を高めるためにはリテラシーが必要ってのは、何もファッションに限った話じゃない。
一旦、自分の現状とかコンプレックスとかそういうバイアス抜きにして、トレンドを小ばかにする周りのそれっぽい言い分も無視して。
周りの“それっぽい言い分”とは、例えば「好きなものを着ればいい」とかね。
本当に個人的に好きなものを着ていたい人、或いはファッションに無頓着なまま生きていたいって人は、そんな“定型句”に頼る必要すらなく、ただスルーして自由を謳歌していれば済む話。
もしそうではなく、ファッションに一定の関心がある人、世間とのすり合わせをしたい人、自分が納得できるところまでいきたいって人が言ってしまっているなら危うい。
厳密には「不自由という枠組みの中に、“自由”とか“好きなもの”がある」というべきか。
ゲームをしたことない人間にオープンワールドゲームをやらせる感じ。
いくら自由といったってファッションにだってルールがあるし、コードがあるし、セオリーがある(勿論それらは微妙に変化していく)。
そりゃあ、葬式にリクスー使いまわしたり、ローファー履いてくる大人とかもいるけどね。
ただ、それはリテラシーが低くはあっても一応「黒いスーツに革靴がいい」くらいのことは漠然と分かっていて、それに従った方がいいとも思ってるからの状態なわけじゃん。
つまりファッションというものが時に漠然としていて不定形な部分がありつつも、どこかしらで共通しているし、共有すべきだと大半の人は思っている。
カジュアルな場だって、捕まらない範囲でギリギリの格好する人なんてほぼいないわけじゃん。
“好きなものを着ればいい”と皆が本気で思ってるんだったら、もっと個性あふれる多種多様な恰好した人々で溢れかえってるわけで。
それに“無難”というのだって、ルールなりコードなり、セオリーがあるからこそ出てくる概念だと思うんだけどなあ。
……なんか、これまで書いてきたことを、ほぼ言葉を変えただけの内容になってしまったような。
まあ、いいや。
今回の騒動にしても
【某出版社は前科者を偽名で原作として起用しているだけでなく、前科者がまた犯罪を犯したくなるような環境においているぞ!被害者も結構目立つ場所にいて、今でもその苦しさが終わってないし、なんだったら同じ出版社で“もしかしたらこれ…コイツがやってきたことの話じゃねえの?!”ってなるような漫画も掲載されているらしいぞ!ろくでもねえな!】
って話に対して
・クソッタレ。誰がテメェらの会社から出る漫画なんか読むかカス。
・ひでえ話だが、まぁ前科のある人の再就職を否定する気にはならないよ。
・よくよく調べたら現編集長じゃなくて前編集長がいる時にやったことじゃん。現編集長はどんまいだな…。
・敵!!根絶しろ!!
とかのリアクションがあって
そこにアホの漫画家が一人で
『ちょ、あの…マジこんな雑誌では掲載してもらいたくねえっす。僕らはマシーンじゃないんで…』
って表明したら
・味方!抱いて!
・さ!出版社はどんな手段に出るか、見ものだな!(スナックとコーラを片手に)
・え…何この表明コワ…
ってリアクションがあって
アホの漫画家達が『うおおおお!某雑誌許さねえ!俺は某雑誌での連載を休止する!!』とかやり出して
アホの民衆も『うおおおお!漫画家が連載を取り止めている!!漫画家共は続け!!権利を守れー!』とかやりだして
それを見ている冷笑達も『う、うおw元犯罪者の人権は軽視ッスかwイヨッ都合のいい時だけ民主主義!選民国家の民衆の皆様にはホント頭が上がらないッスw』とか言い出し
・え?漫画がおもろいなら俺はなんでもいいが?
・ごめん、おにぎり握ってたのが黒人だとは知らなかったわ…通りで米が黒く滲んで見えたんだ…オエエ
・ハァハァ…敵の作ってる作品なのに夢中になっちゃうくらいおもしろいヨォ…!コレは本当に作品が面白いから…?それとも…“敵”が作っているから…?キャッ///(鋭角に後頭部を狙うハイキック)
・いや、作品としては凡作だよ。面白くないとすら言える。なんでこんなもんでこんなに騒いでるのかわからん。
・こうやって騒ぐことで被害者が傷付くとは思わんのか
・ワシは似たような被害者やが奴らが永遠に地獄に居るならワシはそれでええで、ちなみにワシの服はボロボロ、生活もグチャグチャや。
という感想が抱かれている。
そういう多種多様なものに多種多様に苛烈に返答していくから、炎上は生まれる。
私は思う。
『多分「え?元犯罪者が別名義で作家として復帰してたって良くない?」という問題提起をしてきた人も大抵この類の問題のことを気にかけてたんだろうな』と。
高校がほぼ女子校(共学だけど女子が多い)でそれなりに勉強も遊びも部活もしてたし、容姿は普通だったと思う
絶対にキモイ声かけなどされないというわけではないが、ほぼ0で過ごせたと思っている。
キモイ声かけされないためには、都合が良くない女として嫌われる必要がある。嫌われたら嫌われたで大変だと思うかもしれないが、キモイ奴にキモイこと言われるより、嫌われて悪口言われてる方がマシなので、嫌われた方が良い。そして嫌われるのはキモイ声かけする奴らだけからであってその他のまともな人とは普通に人間関係を構築すれば良い。
だいたい入学ガイダンスがあると思う。その後の自由時間なり放課後なりに、砂糖に群がる蟻のように男子が女子に列をなして連絡先を聞く場面が発生する。
ここで群がる人は高確率でキモい声かけするタイプ。イキリ。(群がる前に席近いとか話それなりに盛り上がったとかは除外)
なのでこいつらからは嫌われても良い。
普通に女友達いたり、わざわざ工学部にいる少ない女に群がらなくても困らなかったり、女という属性で見てないのであれば群がらない。
連絡先は交換しても良いがクネクネしないこと
アカウント名がQR表示して勝手に追加してスタンス、作業として連絡先を交換する
連絡来ても既読無視
連絡先交換しない場合はキモイからとか言わずに、今後仲良くなってからねなどと断る。仲良くなってからね!みたいな可愛い言い方をしない。男同士は殺伐としてるので愛想を振り撒くと勘違いするため。
クラスラインは入っておいた方がいいので、クラスライン作ります!みたいな人いたらその人には教えてok
その子が嫌がってそうなら一緒に帰ろ!とか言って引き離してあげる。男の方は見ない。
とはいえ嫌がってそうか喜んでるかわからない。男の比率が多い環境はオタサーの姫も多い。
その時は女子みんなでお茶しよって話になってるんだ、一緒に行きたいな!と言って早めに切り上げるよう促す。そして輪の外でちゃんと待ってあげる。断られたら仕方がない。
入学式後はなるべく早く抜け出して他の女子と一緒にお茶でもして帰る(男はいらん)
工学部の女子は多種多様でそれこそオタサーの姫から、銀魂喋りの子、悪い意味で性別不明な感じの子、普通の子、見た目普通かと思ったら全く会話が成り立たない子などいる。
でも害があるとかじゃない限りはコミュニティを作っておこう。話合わないかもしれないしプライベートで遊ぶことは全くないかもしれないけど。4限終わりのお昼は一緒に食べるとか。何かあった時に力になってくれないかもしれないけど、ある程度女子で群れるというのはそれだけでキモイ奴をある程度遠ざけられる。
実験グループとかは連絡先交換しないと始まらないのでここは連絡先交換する。
ふつうの授業は会話する必要ないので、さっさと席を立ったり別のことに集中して連絡先交換イベントを避ける。
実験も愛想振りまかない。愛想振りまかないと言っても粗雑な言葉遣いをするとかではない。仲良くない家族と話す感じで。必要最低限。暴言は吐かない。
学食で接点待とうと話かけてくるのもキモイ事言う奴判定でよい。
さらに入学してから時間が経てば経つほどキモイ事言う奴判定でよい。ある程度まともならバイト先やサークル、高校の同級生からの紹介で女との接点ができてるはずなのにまだ工学部の女と接点が持とうとしてるため。
何のために連絡先知りたいの?それって必要?クラスラインじゃダメなの?とかで断って良い。
彼氏は同大学の同学科学部で作らないことをお勧めする。動画とか回らなくても性事情が伝聞で回ってくる。本当にキモイ
これでキレてから元々のキモイこと言う人達に嫌われてたのがさらに嫌われた感ある
実験やサークルで仲良くなったまともな人達とはちょっと塩で怖いけど普通の人として会話できる関係性を保つ。
ある程度仲良くなったら自分を出してもいいけど、付き合いたいとかでなければ早めに牽制して、告白してもダメそうだなと思われるようにしておく。
キモイ奴コミュニティでTwitterで私の悪口を言い合ってた。今でも検索すると出てくる。
耳がちょっと大きいんだけどそう言う身体的特徴とかそれから連想したあだ名とか。
学校ではそのコミュニティの前を通ると私が怒った時の言葉の真似をされる。ありえないんですけどーwwみたいな
あと実験見てくれる院生(これもキモイ奴ら側)にヤリマンらしいと吹き込まれたらしくアピールされて、当たり前に拒否ったらこれだから女はみたいな感じで実験の質問答えてもらえなかったり、自分の分の機材用意しておいてもらえなかったり(これは明確に相手が悪いし実験班の人も見てるので教授にチクった。院生はどうなったか知らない)
とはいえ性事情を言いふらされたり、キモイ奴の妄想であいつとヤッたwwってウソばら撒かれたり、勝手に好きになってアタックして断ったら逆ギレされる頻度が多かったりするよりは遥かにマシだと思う。
Twitter(X)見てきて。今いろんな人が言ってる
だいたい身に覚えがある。私自身が受けたことも、女友達が受けた方も含めて
研究室とかも書こうかと思ったけど疲れたので割愛します。基本的には都合の悪い女になって嫌われることがベースになります。
私の経験を元にしたn=1なので全ての人、環境に当てはまるものではないし、結果孤立しても自己責任で
今も男性の多い職場だけど上記のような感じで対応して今のところ被害は少ないです。時代や年齢的なのもあるかもしれないけど、全体的にキモイ事言う人減ったと他の女性社員から言われることもあるので、女性には少なくとも皺寄せは行ってなさそう。
余談だけど席の机に女の裸体の絵とかま◯こ図→リアルめな絵とか書いてある。席決まってないから嫌がらせとかではなく普通に落書きとして。数年に何回か大学に顔出すので暇な時授業聞いてたりするといまだに同じような落書きがある。これって文系学部にもあるの?
現在の大学教育および奨学金制度は、進学率の階層差を背景に、非進学者(主に低所得層)の税負担が進学者(主に高所得層)を支える「逆進性」を内包している。本稿では、教育の「知識習得」と「研究・実践」を分離し、前者をオンラインで無償化することで、奨学金に伴う負債問題と社会的不公平を根本から解消し、実力主義に基づいた新たな雇用・評価モデルへの移行を提唱する。
現行の日本の高等教育モデルは、統計的に高所得世帯の子どもの進学率が高く、国立大学等への公金投入や奨学金返済の所得控除といった政策が、結果的に「持てる者への再分配」として機能している。特に貸与型奨学金は、低所得層出身者にのみ「将来の増税」に等しい返済負担を強いており、スタートラインにおける格差を固定化させている。
現代のデジタル技術を前提とすれば、大学が独占してきた「知識の伝達」という機能は、インターネットを通じて極めて低コストで全国民に開放可能である。
講義をオンラインで無償提供することにより、地理的・経済的制約を排除する。これにより、学位を得るための高額な授業料という参入障壁を解体する。
高度な実験・実習を要する領域に限定して物理的な施設を維持し、真に研究を志す者にリソースを集中させる。
「大卒資格」という不透明な指標を廃止し、客観的な評価体系を導入することで、雇用の流動性と公平性を確保する。
TOEIC等の既存モデルに準じ、基礎学力を可視化する共通試験を導入する。これにより、18歳時点の受験結果が一生を左右する「学歴フィルター」を無効化する。
各企業が独自の入社試験で実務能力や適性を直接評価する。これにより、ペーパーテストが不得手な層も含め、多種多様な才能が正当に評価される市場を構築する。
大学が提供してきた「社会性の獲得」や「モラトリアム(執行猶予期間)」という機能は、進学者のみが享受する特権的な公共財であってはならない。
大学へ行かない層も職場や地域で社会性を獲得しており、大学特有のコミュニティ維持を公金で補助する正当性は希薄である。
オンライン学習の無償化により、若者は借金を背負うことなく、働きながら、あるいは学びながら「自らの適性」を模索する低リスクな期間を確保できる。
奨学金問題の本質は、不必要なまでに高コスト化した大学教育システムを維持しようとする点にある。教育を「利権」から「インフラ」へと転換し、年齢や家計に依存しない実力主義の評価体系を確立することで、非進学者への不当な負担(増税)を解消し、真に公平な社会構造を実現すべきである。
この人は【人類】を観察するミッションがあるのではないかとその背景を疑うほどには何かがあるように思う
彼は40代後半で20年以上も同じお店をやっている、カジュアルで居心地がよく、チャージも取らずシェイカーは面倒だから振らないと豪語しTシャツとサロンでカウンターの中にいる
とても面白い人だと思うし集まる人も多種多様で私はよいコミュニティとして週に2回ほどお邪魔する(変な人もあまりいないので女1人でも大変通いやすい)
いろんな話を一期一会に等しいメンバーでする、愛とは、善とは、徳とは、最近あの映画観た?、ゴッホ展すごかったね、向かいのあのお店美味しいらしいよ、就活終わらん、結婚やばい、今日の化粧盛れた、上司がクソ、子供が反抗期、親の介護、etc
マスターは場を取り仕切っているようでしていない、興味がないときは興味がないという顔をするし、彼的に論理がわからなければ何故?!と質問が飛び交う、忙しいときは一生懸命ドリンク作成
接客業を1つの店でやってきてたくさんの人間を長年見てきた分、マスターの指摘や質問はとてもたのしく面白い、知識や興味が皆の中でぱちぱちと軽やかな火花を立てているのが見える
マスターは人間が好きだとにっこり笑う、いろんな人がいて僕は毎日楽しいと朗らかに
きっとマスターは遠い遠い他の惑星から地球の人類の関西のここのエリアのデータを採るためにお店を構えているんじゃないか
20年だなんて人間には長い時間、彼にはたった一瞬の単身赴任や出張に近しいのではないのはなかろうか
マスターは異常なほど酒に弱くすぐ寝る、心配になるくらい寝る、毎日の入眠にかかる時間は1秒もいらないらしい、昼間遊びに行った公園の切り株に寝転んでありえない姿勢で寝るらしい
彼は眠っている間に星と交信しているのではなかろうか、人類と脳みその仕組みがきっと違うのだ、アルコールの分解もきっと備わっていないのだ
とっても楽しい良い人だと思う、でも私の知る人間の限度を超えて彼は人間に興味を持ち慈しみを持ち佇む、人知を超えていると思ってしまう
私に何か信じる神がいればマスターの事をそれに付随した例えにするだろうが、あいにく今どきの日本人のため、宇宙人だ、と感じるのだと思う(そのうちメンインブラックに出てそう)
アジア競技大会は、もともと「定員のない」お祭り的な大会だった
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オリンピックが「競技レベルによる足切り」を行うのに対し、アジア大会は「参加の門戸を広げること」を重視していた
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しかし、制限を設けなかった結果、前回(2022年 杭州大会)は過去最多の約12,000人が参加。オリンピックを超える規模にまで膨れ上がってしまった
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大会運営を維持するため、今回(2026年 愛知・名古屋大会)からオリンピックと同様に「全体の参加定員」が設定されることになった
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アジア大会は競技レベルに偏りがあるため、オリンピックのような「競技ごとの予選(実力主義)」で絞ると、参加できない国が続出する懸念があった
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また、多種多様な競技があるため、全ての競技で公平な予選を継続的に開催するのが物理的に難しかった
↓
その結果、アジア大会はオリンピックのような「競技ごとの定員」ではなく、「国ごとの派遣人数(総枠)」で上限を決める仕組みを採用した
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オリンピックは「実力があれば何人でも出られる」が、アジア大会は「国ごとの枠」があるため、結果的に別の競技と定員を奪う合う形になった
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今回、日本で開催されるアジア大会では「選手定員10,000人」と決まり、日本に割り当てられた総枠を各競技団体で分配することになった
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日本の委員会(JOC等)が、どの競技に何人を割り当てるかを精査した結果、eスポーツへの割り当ては「25人」という結果になった
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この限られた「25人」の枠をどう振り分けるかJeSUが検討した結果、今回の「LoL(リーグ・オブ・レジェンド)不参加」という判断に至った
追記:
・ 当然種目ごとの国別参加上限は別途、昔からある(例:サッカーは1カ国1チームだけ)当たり前過ぎるので省略
・ アジア競技大会は選手数でみると前回大会時点で2位の夏季オリンピック(10,500人)を抜いて世界最大のスポーツイベントになっていた(市民マラソン:NY5万人などは除外)
・ アジア競技大会の参加国数は45。全ての競技に全選手を派遣すると1カ国で1000人くらいになるので将来的には最大45,000人にまで膨れ上がる可能性があり定員を設けないと破綻は目に見えていた。
・ アジア競技大会の競技・種目数(40-481)はオリンピック(32-329)の1.5倍。加えて開催都市の地域種目や毎回のように追加種目があるのでオリンピックのような通年での予選や選考は難しい。
というような事を悲劇として語ってる言説があったけど
女キャラを魅力的に描いた作品なら、主人公以外の男キャラが消えるのは当たり前だろ
そもそも現代のゲームはユーザーのドーパミンを出すために最適化を続けてきた生き残り達なわけで
その結果が
だろうと思う、コレが一番脳汁が出る
客をイかせてサービス料をいただくお仕事やっててここを目指さないのは逆に不誠実だろ
ここを目指さずに「質のいいゲーム」とやらをお出しして金を出して貰おうっていうのは、好きなことだけして生きていきたいと宣うyoutubeを目指す子どもと変わらない
もちろん批判者が言っているのはおそらく、既存の価値観からくるバランス感覚であることもわかる
一つの作品がよりリアルで人間関係の幅を持った作品であるためには、現実と同じように男女が出てきて、基本的には1:1の恋愛関係をそれぞれが結んでいく
でもそういった厚みみたいなものは「美術・芸術」に求める物であって、娯楽物であるゲームに求めるのはどこかお門違いに思えるし
そもそもすべてがそういった高尚さを目指す意味なんかない、低俗さや下品さだって100年後に見れば立派なジャンルの違いでしかない
カッコつけてんじゃねーぞカス
ゲームは現実の発展形じゃない、現実がクソつまんないからやる現実逃避だ
俺だって年収10億で生活の心配がなくほっといても金が増える生活をやりながら、金に目がくらんで全身全霊で愛情っぽいものを表現してくれる女と好きなだけハメハメできる人生だったらゲームなんかやんねーよ
でもそうじゃない
ゲームが現実と同じ程度のもんならゲームなんかせず現実の質を上げる方に時間使うわボケ
ゲームはもっとお手軽に、現実のクソから離れて本来は手に入らないであろう脳の娯楽を手に入れるための避難所だ
だからゲームがバランスの取れたリアルであることに意味はない、作る人間の勝手なこだわりでしかない
それでもリアルさに意味があるとしたらそれは「飛び込んでみたいと思ってるリアルの形」だ、戦争とか格闘技とかの一瞬を切り取って憧れる世界なんかがそうだ
じゃあソシャゲはどうだっていうと、ソシャゲはただただ俺達を射精させるためだけの最適解な擬牝台
だからいちいち主人公以外の男なんか入れる必要がないし、むしろ不安感が増えるだけ
俺達は多種多様な個性を持つ女とのそれぞれの恋愛を楽しみたいだけ
だからこその最適解、今のゲームは無駄をひたすらに削ぎ落として進化し続けている
こんな時代に「お、男キャラ出しても俺はきにしないけどな、むしろNTRで興奮するし」だなんだって言ってんのは選民主義に浸るしか能が無い負け犬の可変型チン騎士くらいだけど、それはそれでまぁ別に他人の趣味だからどうでもいいや
今の時代はありとあらゆるものが専門化し、先鋭化し、研ぎ澄まされている
だから昔みたいに、一つ一つにすべてを内包するがゆえに、共通項が多すぎて幅をモテていない時代とは違う
もちろん昔の方が作品を享受できる幅というものは広かっただろう
地域によっては「おたちゅう」と呼んだりもするけれど、知らない人間に説明するのはちょっと難しい。
枠組みとしては「超大型エンターテイメントリサイクルショップ」らしく、ざっくり言ってしまえば「クソデカい遊べるリサイクルショップ」だ。
トレカや中古ゲーム、フィギュア、古着、釣り具などを販売している一方、ゲームコーナーも充実していて、なんというか田舎のサブカルチャーを全て詰め込んだような場所だった。
俺も学生時代、夜遊ぶ場所がなければ、友達とよくここへ遊びに行っていた。
カードゲームスペースで紙しばいてはしゃぐオタクもいれば、UFOキャッチャー目当ての家族連れもいて、その一方で時計やら香水やらスニーカーやらを物色するちょっと怖い兄ちゃんたちもいる。
そんな多種多様な人間が一堂に会するなかなかにカオスな空間なんだが、ここは年末年始に本領を発揮する。
なんせ田舎の年末年始は、逃げ場がない。本屋も、カフェも、ファミレスも、年末年始はしっかり休む。
結果的に、二年参りやら初詣やら親戚との顔合わせやらなんやら、そういうだるい行事を半ば強制的に参加させられてしまう。
年末年始のお宝中古市場は、世間一般の「年末年始ムード」に馴染めなかった奴らが逃げ込んできて、同じ空間で同じ時間を過ごす。
陰キャも陽キャも、ヤンキーもチー牛も、皆が同じお宝中古市場で、特に言葉を交わすわけでもなく、ただ時間を過ごす。平和の形がそこにあるんだよ。
もしも年末年始、なんとなく家に居づらいって人がいたら是非、最寄りのお宝中古市場にいってみてくれ。お宝中古市場は365日24時間変わらず営業中だ。