はてなキーワード: スパルタとは
それもクリスチャンシオニストだ。お前らはどう思う。多分、この野郎、このナチス野郎って思うよな。まぁ、人権思想からすれば、ガザの惨状イランの女子校の悲劇、リタニ川以南占領なんておかしいと思うよな。
イスラエルは散々非道を働いている。そうだろうよ。みんな知ってる。
だけど、天地を造った神は、イスラエルを愛している。イスラエルが神の友アブラハムの子孫だから。
アラブ人のうち、ヨクタンの子孫ではなく、イシュマエルの子孫である人々もアブラハムの肉体的な子孫だけど、アブラハムの約束の子孫ではない。
そして、そのユダヤ人たちの運命は過酷である。なぜならば、多くのユダヤ人は救われないように、頑なにされている。神によって。
ユダヤ人以外の日本人やスペイン人やトルコ人などが救われるために、ユダヤ人は神によって一時的に見捨てられている。
そして、反イスラエル、反シオニズム、反ユダヤ主義が極限に達して、ユダヤ人が日本人も含めて、全世界の諸国民によって虐殺される時、
ユダヤ人の手によって十字架にかかったナザレ人イエスースが天から出現すると言われている。ユダヤ人が諸国民からの攻撃によって滅びかけ、ついにイエスースに叫ぶから、イエスースはユダヤ人を救いに来る。
さて、本題だ。イスラエルが最悪であっても、イスラエルがサイコパスのスパルタ集団であっても、イスラエルが異常な連中であっても、イスラエルが帝国主義者であっても、神には関係ない。
もう一度言うぞ。神には関係ない。
神は、ユダヤ人を罰することはあれど、常にアブラハムのフィルターを通してユダヤ人を見ているから、ユダヤ人を守り続ける。
そして、神はアブラハムのことを、常にイエスース キリストのフィルターを通して見ている。
4000年前のこと。
あなたの子孫は星々のように多くなる、とアブラハムは神に言われた。
アブラハムは神を信じた。それが彼の義と認められた。イエスースのすべての善がアブラハムのものとされ、アブラハムの罪はすべてナザレ人イエスースが背負われたのです。
ただし、最終的には、多くの悔い改めないユダヤ人は永遠の火の中で、他の民族よりも激しく苦しむことになるでしょう。
だが、ユダヤ人を神は守り続け、反シオニズムの諸国民は終末の時のためにますます反ユダヤ的になっていく。
反ユダヤ主義の背景には悪霊がいるので、ブックマークしている皆さんも気をつけてください。
なぜならば、イスラエルに全世界が敵対的になるという預言は皆さんによって成就しつつあるので、我々には神の子イエスースとお会いする日が近づいているとたまらんわけです。
ここまで読んだらお分かりでしょうが、わたしはクソ野郎です。性格最悪です。たくさんの人間の人生を狂わせてきました。過去には、なんちゃらハブであれなものも見てきました。
しかし、わたしは、イエスースが罪を負ってくださったので、罪はないのです。全く善人なのです。何一つ悪いことをしていないのです。
まぁ悪霊どもは完全に堕落しているからね、神に愛されているイスラエルを攻撃することをやめられんのですな。悪霊は完全に罪に支配されちゃってますのでね、チェンソーマンのデンジ君がアセクシュアルになる以上に悪霊がイスラエル攻撃をやめるのは難しいわけですね。
何が結論かと言うとですね、まぁ、ハッテンバでアレしようが、中絶しようが、全裸で皇居を3周しようが、いじめでクラスメイトを自殺に追い込もうが、パパ活で金を巻き上げようが、ナンパで迷惑をかけようが、余命3年のアレで懲戒請求しようが、閉鎖病棟から逃走しようが、まぁ最悪のクソ野郎でも、イエスースが死んで3日目に復活したと心で信じるならば罪を赦されます。未来の罪も、現在の罪も、過去の罪も。
三位一体の神秘への理解や旧約聖書の史実性への信頼は後からついてきます。
キリストを一度信じたが最後、神は二度とあなたを憎みません。イエスースのフィルターであなたを見るので、あなたがアレ、つまりなんちゃらハブを見ても、あなたは愛されています。
ただし、罪を犯せば厳しい訓練が始まります。でも、救いが失われることは絶対にないです。
皆様の決断が良いものでありますように。そうでなくとも、皆様の人生が平和でありますように。
それもクリスチャンシオニストだ。お前らはどう思う。多分、この野郎、このナチス野郎って思うよな。まぁ、人権思想からすれば、ガザの惨状イランの女子校の悲劇、リタニ川以南占領なんておかしいと思うよな。
イスラエルは散々非道を働いている。そうだろうよ。みんな知ってる。
だけど、天地を造った神は、イスラエルを愛している。イスラエルが神の友アブラハムの子孫だから。
アラブ人のうち、ヨクタンの子孫ではなく、イシュマエルの子孫である人々もアブラハムの肉体的な子孫だけど、アブラハムの約束の子孫ではない。
そして、そのユダヤ人たちの運命は過酷である。なぜならば、多くのユダヤ人は救われないように、頑なにされている。神によって。
ユダヤ人以外の日本人やスペイン人やトルコ人などが救われるために、ユダヤ人は神によって一時的に見捨てられている。
そして、反イスラエル、反シオニズム、反ユダヤ主義が極限に達して、ユダヤ人が日本人も含めて、全世界の諸国民によって虐殺される時、
ユダヤ人の手によって十字架にかかったナザレ人イエスースが天から出現すると言われている。ユダヤ人が諸国民からの攻撃によって滅びかけ、ついにイエスースに叫ぶから、イエスースはユダヤ人を救いに来る。
さて、本題だ。イスラエルが最悪であっても、イスラエルがサイコパスのスパルタ集団であっても、イスラエルが異常な連中であっても、イスラエルが帝国主義者であっても、神には関係ない。
もう一度言うぞ。神には関係ない。
神は、ユダヤ人を罰することはあれど、常にアブラハムのフィルターを通してユダヤ人を見ているから、ユダヤ人を守り続ける。
そして、神はアブラハムのことを、常にイエスース キリストのフィルターを通して見ている。
4000年前のこと。
あなたの子孫は星々のように多くなる、とアブラハムは神に言われた。
アブラハムは神を信じた。それが彼の義と認められた。イエスースのすべての善がアブラハムのものとされ、アブラハムの罪はすべてナザレ人イエスースが背負われたのです。
ただし、最終的には、多くの悔い改めないユダヤ人は永遠の火の中で、他の民族よりも激しく苦しむことになるでしょう。
だが、ユダヤ人を神は守り続け、反シオニズムの諸国民は終末の時のためにますます反ユダヤ的になっていく。
反ユダヤ主義の背景には悪霊がいるので、ブックマークしている皆さんも気をつけてください。
なぜならば、イスラエルに全世界が敵対的になるという預言は皆さんによって成就しつつあるので、我々には神の子イエスースとお会いする日が近づいているとたまらんわけです。
ここまで読んだらお分かりでしょうが、わたしはクソ野郎です。性格最悪です。たくさんの人間の人生を狂わせてきました。過去には、なんちゃらハブであれなものも見てきました。
しかし、わたしは、イエスースが罪を負ってくださったので、罪はないのです。全く善人なのです。何一つ悪いことをしていないのです。
まぁ悪霊どもは完全に堕落しているからね、神に愛されているイスラエルを攻撃することをやめられんのですな。悪霊は完全に罪に支配されちゃってますのでね、チェンソーマンのデンジ君がアセクシュアルになる以上に悪霊がイスラエル攻撃をやめるのは難しいわけですね。
何が結論かと言うとですね、まぁ、ハッテンバでアレしようが、中絶しようが、全裸で皇居を3周しようが、いじめでクラスメイトを自殺に追い込もうが、パパ活で金を巻き上げようが、ナンパで迷惑をかけようが、余命3年のアレで懲戒請求しようが、閉鎖病棟から逃走しようが、まぁ最悪のクソ野郎でも、イエスースが死んで3日目に復活したと心で信じるならば罪を赦されます。未来の罪も、現在の罪も、過去の罪も。
三位一体の神秘への理解や旧約聖書の史実性への信頼は後からついてきます。
キリストを一度信じたが最後、神は二度とあなたを憎みません。イエスースのフィルターであなたを見るので、あなたがアレ、つまりなんちゃらハブを見ても、あなたは愛されています。
ただし、罪を犯せば厳しい訓練が始まります。でも、救いが失われることは絶対にないです。
皆様の決断が良いものでありますように。そうでなくとも、皆様の人生が平和でありますように。
ブルマー増田としての活動は停止したと言ったが、実はその後何度か投稿している。気に入った洋楽のMVのまとめ、レオタードについての追補(追補・レオタードについて)と、中南米のスカートをめくりあげて赤い下着を見せる動画についての疑問についての検証(スカートめくって赤いパンツを見せるペルーのお祭り)だ。最後の記事では正直、人工知能を使って調査することに戸惑いもあったし、活動停止宣言をした手前、名乗り出るのもどうかと思ったので他人のふりをしたのだが、この自作自演も意外とだれからも気づかれず、増田での匿名性の面白さを感じた。
活動停止宣言は2024年6月で、MVやレオタードについての追補が2024年12月、南米の祭りが2025年6月。Youtubeでスカートが捲れる動画ばかり見ていたせいでペルーの動画がオススメにのぼってきて、調査をしたという次第である。人工知能に質問することを調査と言っていいのか正直疑わしいのだが、これが堕落なのか進歩なのかはよくわからない。
さて、そんな中で次にオススメにのぼって来たのが次の動画である。
実は一番最初のブルマーの投稿(日本人のブルマーとイギリス人のブルマー)のツリーにぶら下げたのだが(anond:20251223195732)、ひっそりとやったので誰からも気づかれていない。
スパルタキアードの訓練
②Nerobte hlúposti a pomáhajte si
愚かなことをせず、助け合いましょう。
③Nácvik na spartakiádu: Lenka a Barbora sa pohádali
④Nácvik na spartakiádu: Zuzana supluje za Michala
⑤Nácvik na spartakiádu: Posledný tréning
⑥Kopačky od žiačky som ešte nedostal
⑦Nové dievčenské basketbalové družstvo
⑧Barbora sa zranila pri basketbale
⑨Betka sa chce pridať na športový krúžok s chlapcami
ベトカは男の子たちと一緒にスポーツクラブに参加したいと思っています。
前半はスパルタキアーダ(共産主義の体育大会)の練習シーン、⑦以降はバスケのシーンである。以前調査したチェコと同じように、女子は青いブルマー、男子は赤い短パンである。
尚、増田の仕様上、9つを超えると動画が投稿できないので、それ以降の動画はこの後ろに投稿する。[調査]カテゴリをクリックしていただければ出てくる。
これはスロバキアのドラマで『Sľub(誓い)』という作品からの公式の切り抜きだ。
テレビ・マルキーザという、スロバキア最大の民放が作成している。
1984年のスロバキア。学校を舞台に教師や生徒、その家族の生活が描かれている。スパルタキアーダの練習や物資不足など社会主義下の不自由な日常を背景に、秘密や愛、思春期の葛藤を描いている。国家への忠誠を強いる厳格な教育体制と、自由を求める思春期の純粋な感情や友情が、ノスタルジックかつ残酷なリアリズムで綴られているらしい。
当時の共産圏では、数万人規模の集団演武「スパルタキアーダ」が国家の威信をかけた重要行事であった(チェコの民族意識と社会主義とブルマーチェコのサマーキャンプ、ドイツのブルマ再び、バルト三国のブルマで以前調査したね)。あの極端に短いブルマーは、個性を排して統制美を追求した当時の公式な体操着であったと、人工知能は回答したが、少なくも現時点では、この内容は自分の調査結果とは矛盾しない。ブルマーの素材がペラペラだったのも再現されているようだ。
自分が調査したのはチェコのブルマーだが、チェコとスロバキアは1993年まで一つの国であったので、事情は同じだろう。
長いブロンドの髪と繊細な顔立ちが特徴の少女。物語では、国家の理想と自分の感受性との間で揺れ動く「内面の葛藤」を象徴する役割を担う。静かな眼差しで、自由を奪われた環境の不条理を観客に伝える。
活発で意志の強そうな顔立ちをした、レンカの親友。規律に縛られた集団生活の中でも、ユーモアと反抗心を失わない「精神的自由」の象徴。繊細なレンカを支え、停滞した空気を打ち破るエネルギーを物語に与える。
同級生より少し背が高く、落ち着いた大人びた雰囲気を持つ少女。一歩引いた視点で社会の矛盾を見つめる「冷ややかな観察者」の役割。背伸びしたい年頃の少女が、強権的な教育に抱く嫌悪感を鋭く表現している。
短髪で中性的な容姿を持ち、活発に動く姿が印象的なキャラクター。集団の和を乱すことを恐れない姿勢が、物語に緊張感をもたらす。
丸みを帯びた顔立ちの、幼さが残る真面目な少女。体制の教えを純粋に信じて従おうとする「従順な犠牲者」の役割。彼女の無垢な一生懸命さが、逆に国家による管理の残酷さを際立たせる、悲劇的な存在。
①などで使われている音楽はスロバキア(旧チェコスロバキア)の伝説的な歌手 Marika Gombitová(マリカ・ゴンビトヴァー) による 「Poupata(ポウパタ)」 で、スパルタキアーダの公式曲であった。すなわち、1985年に開催された大規模な国家行事「スパルタキアーダ」において、年少女子(8年生〜高校生)のテーマソングとして制作されたらしい(なお、ドラマの演者は14歳から15歳くらいとのこと。日本のドラマみたいに18歳以上が学生を演じているのかと思ったら違った。欧州の人びとの年齢を推測するのは難しい。実際海外の美術館で課外学習中の生徒を見ると全く分からない。わずかに、表情の幼さから学生と知れるばかりである)。
少女たちの成長と、社会主義国家の明るい未来を重ね合わせたプロパガンダ的があり、明るい曲とは裏腹に、全体主義的でもあるらしい。
ところで、テレビで放送されるブルマーと言えば、以前日本の朝ドラで、ブルマー姿が放送されたことが適切かどうか議論になったことがある。「ちむどんどん」だったっけ? 賛成する立場としては歴史的正確さを重んじるし、反対する立場としては露出度を抑えることを重んじる。元々ドラマを見ないので、どうするのが適切かどうかはわからない。ただ、エンターテインメントでは歴史的正確性はそこまで重んじられていない。時代劇ではだれもお歯黒にしないし、若い俳優は月代にしていない。今後は昭和から平成を舞台にした作品では、少なくとも実写ではブルマーだったはずの場面でも短パンをはくのがスタンダードになっていくことだろう。
一方で、昭和のアニメのリメイク、たとえば「うる星やつら」や「らんま1/2」などでは、もうしばらくブルマーが延命されることだろう。
あと、若い俳優のブルマー姿を公式アカウントで流すことで、炎上している様子は特にない。日本で例えば同い年のアイドルがブルマーで大運動会とかやったら大変な抗議が起きるだろう。
東欧ではその感覚はかなり違うのかもしれない。かなり肌を見せているロシアの若年のダンスの大会の動画がyoutubeのアルゴリズムで上がってくる。
なお、拙宅ではテレビを買い替えたのだが、最近のテレビはYouTubeともつなげられるらしい。早速大写しにしてみたが、画面の解像度の良さに驚いた。また、音響も良く、クラシック音楽を流すとなかなか良い。広告なしにするために有料プランにしてもいいと思ったくらいだ。動画も保存できるらしいし。
ヴェルディの「レクイエム」や「椿姫」を流しながら皿を洗うのが最近の自分のトレンドだ。だってブルマーの動画を流しながらだと怪我をするしね。
それではまた明日(多分)。
https://www.youtube.com/watch?v=kRiZtTARXl0
https://www.youtube.com/watch?v=w3WW0As3iss
https://www.youtube.com/watch?v=uL2nNBgxo2w&t=196s
https://www.youtube.com/watch?v=tMJmxQjmdhA
【追加】
https://youtu.be/TZ9sbZdiwSk?si=5CkLzA8UNxHFjjRI
スロバキアの主要テレビ局である TV Markíza(マルキーザ) で放送されている、『Sľub(スリュブ)』(意味「約束」) というタイトルの人気ドラマシリーズからの抜粋。ブルマが映っている。
geminiによれば名称はCvičebný úborよりもModré trenírky(青いパンツ)のほうが近く、現にspartakiadaというキーワードと合わせて検索すると、ブルマ姿で公演するチェコのダンサーが出てきた。
https://www.evildancers.cz/en/vystoupeni/spartakiada/#galerie
まさにギレルモ・デル・トロが撮るフランケンシュタインだった。
う~~~~~ん、54点?
まずデル・トロだから50点のハードルがめちゃくちゃ高いことに言及しておきたい。
美しく作りこまれた美術、実力派の俳優によるアンサンブル、物語を盛り上げる音響これは大前提になってる。そしてこの映画はその点に関して言えばほぼ100点出てる。そしてそこは100点取って当たり前(50点)の監督がデル・トロ。
でもなぁ、今これをデル・トロが撮る意味is何?って感じだったな。
もろちん、デル・トロといえばモンスター監督なのは周知の事実で――あ、モンスタークレーマーとかモンスターペアレンツとかとは違って、文字通りモンスター(怪物)を撮る監督って意味ね――その原点が「Frankenstein: or The Modern Prometheus」にあって、この作品を撮ること自体が彼が映画を作り続けることの意味だってことは分かるんだけども。
でも今あえて「人間のほうが怪物より怪物だよね」「生命を作り出すことの意味」「父と子の円環構造」っていう、100回見た話をあえてやりなおす意味って何なんだろうと思ってしまった。まぁ、こんな文学的なテーマなんぼあってもいいですからねって言われたらそりゃそうなんだけど……
2部構成になっていて1部がヴィクター・フランケンシュタインが怪物を作り出し放棄するまでの話。
2部が放棄された怪物がフランケンシュタインを追いかけ悲劇に至る話。
今作ではおそらく普通の作品では「フランケンシュタイン博士が怪物を作りましたよ」って感じで流されることが多い1部をかなりの厚さで書いている。特に作るまでの話がめっちゃ長い。
スパルタ気質の高名な医者の父に育てられるも母を病気で亡くし「父親=医学」に不信を抱くという初期衝動。母親と同じ顔をしたエリザベス(ミア・ゴスの1人2役)に惹かれるマザコン描写。
そして怪物が生まれてからはオドオドオタオタと面倒を見る新米パパから、こいつ俺が思った通りにならんなと思えば体罰を行い、こいつ俺の手に負えんなと思ったら殺害を試みる毒親オブ毒親描写。
たっぷりと人間臭いヴィクター・フランケンシュタインが描写される。
まぁ2部は大体みんなが知ってる目の見えない老人との出会いを経て怪物は知恵と人間らしさと生命の円環構造を学び、ヴィクターに「嫁作って♡」と訴えるもヴィクターは拒否。その過程でヴィクターは愛するエリザベスを殺害、ヴィクターVS怪物の戦いが今幕を開ける。
ここで父親が母親を(見)殺したと思ったところが初期衝動だったヴィクターが、母親と同じ顔をしたエリザベスを殺してしまうという引き継がれるカルマの展開は原作より良かったなと思った。
で、最終的に疲れ果てたヴィクターは原作通り船に助けられるが原作と違って怪物も乗り込んでくる。
そこでこれまでの話をそれぞれするのが第1部、第2部になっていて、それらが統合した最後にヴィクターは「自分が怪物の父親であること」を認め怪物に赦しを求め、怪物はそれを受け入れる。
ヴィクターが自分の父親にできなかった「許容」を獲得することで毒親の連環から抜け出し、怪物は一人静かに去るのであった。
こうやってまとめてみると普通にいい話で草。
特に「フランケンシュタイン」というタイトルに恥じない「怪物」ではなく「ヴィクター・フランケンシュタイン」を主役に据えしっかりと掘り下げ、フランケンシュタイン=ツギハギの怪物という印象そのままにフランケンシュタインこそが怪物だったという結論も見事だと思うの。
でもあくまで普通にいい話なんだよなぁ。俺の中のデル・トロ像が例えばマイベストアクションムービーのの一つである「ブレイド2」の監督だったり、旧ヘルボーイだったりパシフィックリムだったりするもんだからその大エンタメ監督が今撮る作品がこれかぁって正直思っちゃった。わかるよ、デル・トロの最近の真骨頂は怪物に対する愛のある視線でパンラビとかシェイプオブウォーターとかキノピオとかもちゃんと見たからそれくらいは分かるんだけどさぁ!
あ、そこ改心して終わりなんやっていう。最近、ジェームズ・ガン作品を多く見てたからっていうのはあるかもしれない。ガンだったら間違いなく怪物が反省しないヴィクターぶっ殺して森の目の見えない老人とエリザベスと一緒に新しい家族作って終わったもんな。
パパが好きなコーヒー缶目掛けてハイハイし出した時のは動画があって見せてもらったが
パパが好きなコーヒー缶は色が派手で興味をそそるのはわかるが、パパ実際関係ないということを今の今まで気づかずなんか嬉しかった(特に好きなコーヒーでもなかった)
ハイハイはそれっぽい動きはしつつも進めなかったり戻ったりの日々が続いてて、一応着実に進めるようになった日なんだと思う
ゴール(缶)間近になったら短い廊下でスタート位置に戻されて、もう一回ってスパルタってたので、その動画がtakeなになのかはわからない
一歳の誕生日かなんかのイベントで一升餅背負って泣いてたのはギリ覚えてる
始めておっぱい触った日も生乳見た日も、致した日も、記憶にない
キスは前後だけ覚えてる。興奮しすぎると長期記憶に残らないのだろうか
猫を膝の上に乗せたのは3回目ぐらい。もっとあったかもしれないが全部忘れてる
過去二回(同じ猫)はすぐにどっかに逃げてったので、今日も逃げるだろうと
乗り気では無さそうなものの、短時間ならだっこはさせてくれるのをいいことに
そしたら、膝の上から離れようとしない
お手々を折りたたんで、くつろぎモードになってくださった
あの瞬間の関節が折れ曲がるところ、存在しない記憶かもしれないが変形しないはずのMSが変形シーケンスに入ったぐらいの興奮
変形しそうなMSだとどうせ変形するんだろみたいな予想があってそこまで興奮しない 熱いけど
猫さんがお手々曲げた瞬間はほんとに、まさか、いまここで来るのか! 箱座り!! てなった
いちおう状況というかわたしのもってる病気の正体について説明しときますという話。
診断名はおなじみADHD(注意欠陥多動性障害)なんだけど程度が薬をもらえるまで高くないし、地方ならではの特性で「診断してもらえるまでに専門のお医者さんの手があくまで時間がかかる」ということから、心理士さんをつけてもらいなんとかやり過ごした。
最近この病気について非常にファッション的に消化されてるけど、これっていってしまえば「自分の無意識下でミスが起こりそれがあとで発覚する」ということがありまして、それを小学校〜社会人くらいまで「あなたはミスが多いからダメな人間だ」と言われ続けることなのね。
それは何らかの形で可視化されるわけで、小学校でいえば忘れ物ランキング。中学校以降ならテストの点数とかにそれは出てくる。
中学校以降それなりに勉強を頑張ったのは、ダメ人間の烙印を押されるのを恐れたからってのはある。かんたんに言うとケアレスミスのせいでわたしたちは本来の点数をとることができません。
なので、ケアレスミスによる減点を抑えるためにめちゃくちゃ勉強したりしてたわけ。
まあ、それはさておき…
いい意味で発達障害・ADHDの社会からの理解が進みまして、そうなると
・それはさておき発達障害というものがないとか甘えという考えの人もいて、めちゃくちゃにミスを叱責してくる
とくに一番下がやっかいで、中学〜社会人までそういうタイプの人間っていたのです。
そういう人間が周りにいると、自分がミスしたときに何度もその人の声がリフレインしてきて、妄想の中で怒られるみたいなのがある。
また、幼少期と今の怒られのギャップもあるので、自分にムチを打つために「ミスをした自分を責立てる自分」を作り出すこともある。
ミスをしないためにどうするかっていうと反省するしかないからね。
こいつがやっかいで、ミスが重なったりすると面に出てきて、でかい声で怒鳴りながらペンや刃物をわたしに突き刺したり、殴ったり、妄想の中で責め立てたりする。SNSを乗っ取ることもあるし、もとの人格とスイッチングすると、今回のようになります。
一応この事象自体は死に至ることは意外とないらしいので心配される方もいるかもですが、なんとかその叱責して責め立てる「あれ」がコントロール次第では優位になる。
参考までに黒塗りにして変なツイートをした記憶も、自分を殴ったり文具を体中に刺したりした記憶が「ない」んです。
だからこれを受けてそんなことやめなよといっても、結構難しく、仕様と思っててほしいのです。
どうしても腕に傷を作ること、頬にみみず腫れができてること、人格が乗っ取られることは心配されますが、ご心配なく…
お願いとして
・ADHDをエンターテイメントとして消費することは危ないかも。ドジっ子とかじゃなくてミスしやすい+ミスのことが頭に思い浮かぶ+対策として人格を乖離させるという私みたいな反応を引き起こす人もいることはご理解いただきたい
・ミスに対して責め立てることも責め立てないこともどちらでもこうなるのが厄介なところ。
まとまりはないですがそんなところかなです。
勘違いしないでいただきたいのは趣味関連で(自分の不甲斐なさに幻滅してうまく動けないというのは一因としても)主催や出演のプレッシャー、いろんなことの作業量がうんぬんでこうなってるわけではない、とだけお伝えしときます。
この動画を観て親も大変だったんだなと思う。
親が受験のことを周りに質問しまくるうちに狂っていく様子が子供目線できつかったなと。
結局「のびのびさせようよ」とか「好きなことをさせよう」という意見は消え去り、
「放任するが親自身も勉強する姿を見せる」という弛緩の極端に振り切っていく。
一番は子供が幸せにこの先の人生を生きられることじゃないのかと。
出演している原宿さんは子供の幸せを第一にしているのが伝わるが、
ベテランちさんは「桜蔭にぶち込む」とか「廃人になる」とか、人の子供に使って良い言葉じゃない言葉で恐怖を煽っているのが気になった。
ただ話を聞いていて、ベテランちさん自身の家庭も結構厳しい家庭だったようなので、学歴信仰的な価値観なのはしょうがないのかと思う。
自分の過去を振り返ってみて、親に「生きてくれていればいい」と言われたことないなと。
おそらく、ベテランちさんもそうなんだろう。
私も数年前に特発性大腿骨頭壊死症が発病。両足。
なんか痛いなあ、ぐらいだったのがだんだんと厳しくなっていき(1年から2年)、一番ひどいときは会社にいけなくなるレベルだった。
MRIを取ってもらい、確定診断。
そこからは早くて、都心の大病院で人工股関節全置換術を受けた。ひとまず酷かった右足だけ。
スパルタな先生で、術後当日に立たされて、翌日からはリハビリが大変であった。
お陰で、手術していない方はまだ日によっては痛むけれども、まあ普通に歩けている。
走ったり飛んだりは避けているし、多分、痛くてできない。
私自身は、死ぬ病気じゃないというのもあり、まあ、すんなりと受け入れた。
痛かったのをある程度逃れられる手術もあるので、さっさと受けてしまえばいいと思った。
金銭的負担は、当時勤めていた会社の謎制度で、ほとんど返ってきた。
欧州では仕事9-17時、春1w(イースター)、夏2w、冬2wの海外旅行をして、貯金も貯まる。
ある年の冬、オフシーズンのギリシャに行った。空港からの地下鉄はストライキをしていて、駅員に聞いて乗り換えた。アテネの建物は古く、中心部はあまりきれいではない。
とはいえ、地区によっては瀟洒なアパートやきれいなブティックもある。当時、ギリシャ経済は最悪だったが、丘の上から夜景を眺めると、確かに明かりはG7の国の首都に比べれば控えめだが、それほどでもない。
アテネでは観光客らしくパルテノン神殿(ホテルの屋上からも見える。夜はライトアップされる)やそこらに点在する遺跡、プラカ地区の店やカフェを冷やかして周ったあと、車で時計回りに国土の南三分の二を一周することにした。
コリントスの地峡を渡って(シーサイドの道中、橋の夜景が絵になる)水かきのついた手の形をしたペロポネソス半島に着くと、酒屋で赤ワインを買って宿でバッカスに乾杯した。なお、近所にバーはない。ギリシャ北部で作られる、クシノマヴロという葡萄品種の酒は、中重口で優美でおいしく、瓶熟成も期待できそうな、輸出できる味だが、伊仏のそれと比べて安い。
朝は煮出した濃厚なギリシャコーヒーで目を覚まし、近くの透き通った海で英気を養う。
この半島は、内陸部はオリーブしか生えないような岩と乾燥土の荒れ地で、岩山のてっぺんに砦があったりする。寝坊したので、古代遺跡に着いたらすでに入り口は閉まっていたが、柵を乗り越え中に入って古代競技場の観客席に腰掛けたりはしない。
半島の先端に行ってみたが、住人のいない迷路のような道の村に羊が歩いていた。
スパルタの町は、道路に信号がなく、交差点では左右の車を阿吽の呼吸ですり抜けた。外国人でも通じるらしい。博物館の彫像は、ことごとく首なしか鼻欠けだった。征服に来た古代マケドニア人の仕業らしい。
いくつか小さな町に立ち寄ったが、海に近いのでシーフードがおいしい。
国道は片側一車線だが、路肩を使って二車線になっている。
夜、給油すると、係が、20%の消費税をぼやいていた。「政府が俺らを殺しているんですよ、メリークリスマス」
風が強かったが、フェリーに車を乗せてザキントス島に着いた。イオニア海はきれいな青緑色をしている。ここは、夏場は欧州一円から来たパリピの若者が夜通し遊ぶところだが、冬はクラブも閉まって静かだ。何もないので、カフェバーでビールをゆっくり飲む。
翌日、浜辺に難破船のあるシップレックビーチまで、道を間違えつつ辿り着き、崖の上から眺めた。鮭の切り身のような形の岩壁が突き出し、ここだけ色がひと際鮮やかなエメラルドブルーの海を区切っていて、有名な写真スポットだ。晴天だが風が強く、帰りのフェリーは欠航まちがいない。島を一周して宿に戻る道すがら、レストランで久しぶりに鯛を食べた。
半島に戻ると、橋を渡って、本土西側イオニア地方の丘の上の遺跡を歩いた。この辺りの国道はなにもない丘と低木の生えた乾燥地を抜けていて、車は時速100km以上ですっ飛ばして行く。
実はギリシャ本土は北に行くほど山がちで、スキーリゾートがある。これを知らず、車はノーマルタイヤだった。なにしろ、比喩的な心筋梗塞に襲われ、旅行の前日に思い立って航空券を買ったのだ。
メテオラという、ビルほどの巨大な奇岩が連なっている天辺に修道院が乗っている所に来た。修道院には、ロープウェイで物資を運んでいるらしい。
その後、オリンポス山を見に行ったのだが、雪に煙って見えなかった。バーに入って酒をたのんで話をしたあと、覚えていない。
ギリシャのトイレの水道管は断面が狭いらしいので、トイレットペーパーは流さないでかごに捨てることになっているところが多い。
朝食では、濃厚なギリシャヨーグルトに特産の蜂蜜をかけて食べた。いろいろギリシャ料理があったが、名前は忘れた。
一方通行の路地の片側にはびっしり駐車してあり、しかも一台分の割り当てが短い。慣れずに苦戦していると、「きみ、出るのか入るのか、どっち?」
この日、神殿を見にデルフォイまで行くつもりだったが、途中、雪が散らつき車を飛ばせず、峠に向かうと夜になり、固く引き締まった雪道に空は吹雪いていた。実は、車屋の親父が調子のいいやつで、タイヤチェーンをトランクに入れてくれたのだが、サイズが合わない。峠で唯一のホテルの前で、明かりを頼りに苦戦していると、主が出てきて、中でコーヒーを飲ませてくれた。結局、諦めてアテネに戻ることにした。途中の高速道路は新雪と融雪が斑なシャーベットになっていて、一台だけ時速60kmで進んだ。アテネに近づくと、辺りは雪の気配さえない。真夜中、アパートホテルの場所を探すのに、手間がかかった。
結論として、今度ギリシャに行く機会があるとすれば、北部の都市テッサロニキを見てみたいが、気温40度になる夏、あるいはたくさんあるうちの島のいくつかのビーチで寝そべって過ごしたいかといえば、よく分からない。もしかすると、クレタ島もいいかもしれない。
あとは、特に砂漠の地域だとよりコントロール下に置かれがちとか、地域による特性があるのも面白い
例えばヒジャブとかが最たる例だよね、欲情しないように厳正な管理をしている
例:性の促進
・ユダヤ教:産めよ、増えよ、地に満ちよで高い出生率を誇る(現在進行系)
例:製の抑制
一方で、人間の子孫繁栄の戦略としては「他人に制限を求めつつ、自分はやることやる」だから、大抵本音と建前で構成される
閉経した女性が、他人の性に厳しくなるのも多分自分の子孫への配分が減るからだよね
そんな中、現代人はこれまでにない状況に置かれている
・避妊方法の確立による、性のレジャー化(2030年頃には男性側の避妊薬も登場する見込み)
・ポルノの圧倒的な普及
・異なる宗教や地域、性別・年齢が同じルールを遵守しなければならない状況
・少子化
労働力は、女性か高齢者か移民で補填するしかないんだけど、労働力が需要を満たすほど供給されてしまうと、労働の対価が下がって労働者が割を食う。
労働が売り手市場であるくらいに労働力不足が切迫する状況を作り続けないといけない。
解決策は、移民に働かせて、自分たちは特権階級、みたいな方法だけど、それを採用した国は、最後は乗っ取られる。例えばローマ帝国。
頑なに移民を拒否し続けると、そのままゆっくり滅ぶ。例えばスパルタ。
古代スパルタの王レオニダスは、ペルシアの大軍に囲まれて投降を求められたときに、首を指さして「来たれて、取れ」といったそうだ。
俺の首が欲しければ、自分で取りに来い(降伏を拒否して徹底抗戦だ!)と。
こんな感じで、短い言葉で相手を煽れる一撃を言えるとかっこいいんだけど難しいんよね。
自分は理詰めで押していって、Yesと答えても死、Noと答えても死となるデストラップの質問に誘導することでレスバを戦うことが多いんだけど、
これってかなり長文になるし結構時間もパワー使うから、めんどくさいんよね。
気の利いた短い一撃を放てるようになりたいものだ。
有力な候補としては、"それお前のことじゃん"とかみたいにクソレスにカウンターする方法が結構面白そうなんだけど、どうだろうな。
それに相手がマジレスしてきたら、その分相手の時間とパワーを奪えるのでこっちが有利になると思う。
そして、"何必死になってるの?"とか、"そこまで必死に反論するのは事実だからだろう(昔ヒトラーがユダヤ陰謀論のシオン賢者の議定書に反論された時に使ったロジック)"、とかでさらにカウンターで追い込める。
逆にそれで"何言ってんの?"とか"バカじゃないの?"とかの、うんこを投げ合う泥仕合になったら、それでそのバトルは引き分けで終わるからそれもよし。