はてなキーワード: まあしかしとは
どうしても名前が覚えられないので
今年はジムと模型コミュニティーで出会った人の名前をメモアプリでメモすることにした
ジムor模型/名前(か、Xのユーザー名)/簡単なその人の特徴(ここはその都度増減)
という感じで
こずかい万歳って漫画で部下のスペックをエクセル管理してるおじさんがおったけど気持ちはわかる
まあしかし漫画のおじさんとは趣旨がまったく違うから気持ちはわかるって言っちゃうとなんも分かってねえだろって言われそうだけど
少なくとも俺にとっては
まんがのおじさんのエクセルシーンと、あとキャバクラの女の子を覚えるのに帰り道でメモ帳にメモするおじさんが社内にいるので
その2例からおれもそうしてみようとやってみた
あと名前を覚えるのは会話に相手の名前をちゃんと入れ込むことだな
お昼休憩いきましょうか? じゃなく ○○さん、お昼休憩いきましょうか? という感じとか
この前、具体的には先週の日曜に、海の近くのたこ焼き屋に行ったんだよ
海の近くのたこ焼き屋、あずまやっつう素朴な名前で、釣具店に併設?されてるような、メニューはたこ焼き・焼きそば・焼き飯だけ!というような、かなり軽い感じの店なんですね
でも、案外そういうところに「本物」はあるのかなと俺は思っていて、実際すげーうまいの タコもでかいしさ
で、日曜の昼過ぎにエイヤッと電話をかけてね、たこ焼きと焼きそばお願いします、と頼んだわけですよ
出来上がるまで30分かかりますってことだったんで、店から10分くらい歩く距離の公園、海洋公園なんて名前の、俺以外に人がいるのをほとんどみたことがない公園に車を停めて、ちょっと海を見てから、歩いていくことにする
海洋公園のあたりは風光明媚な海って感じではなくて、護岸・堤防・コンクリート、でけえ謎のタンク、そういうもので構成された、まあ田舎の港という雰囲気の場所なのね
そんで、海洋公園じたいが海に張り出した極小の半島の先みたいなところにあるんで、必然、たこ焼き屋までの道はずっと海沿いというか、水と隣接して歩くことになる
人工の入江の向こうに、地元企業の名前がでっかく入った、よう分からんでかいタンクがある その向こうには、山がある
悪くない景色っすよねえ
そしてたこ焼き屋について、たこ焼きと焼きそばを受け取る 白い小さめのビニール袋の中から熱が伝わってきて嬉しい
海洋公園までセカセカ歩いて帰る
車の中でたこ焼きを食う 8個のうち、3つくらい食う
熱い うまい
まあたこ焼きはたこ焼きだ カリカリ系ではなく、柔らかいタイプで、地ダコだというタコは一般的なたこ焼きよりデカい気がする
車の運転席で食ってるから、腕がクラクションに当たりそうでちょっとヒヤヒヤする
視線を上げると、海がある
まあそんな海っつうほどダイナミックなものではないというか、定義上海と呼ぶことも可能ってくらいの、水平線の見えない海ではあるんだけど、まあしかし一応やっぱり海は海だ
そして焼きそばも味見することにする この店の焼きそばを食うのは初めてだ
開いてみると結構な太麺で、具材なんかも結構入っており、いい感じに見える
食ってみるとこれがうまい!
自分の作る焼きそばもそれなりにうまいと思っていたけど、やっぱり店のもんってうまいわ…と、当たり前のことを思う
キャベツや豚肉の食感・具材感がしっかりあって、しかし歯応えは邪魔にならない程度で、太麺は時間が経ってもコシがあり、味付けにはほどよく酸味が効いていて後を引く
これはうまいなあ、と思いました
そして、帰った
厳密にはちょっと職場に寄ったりもしたんだけど、一時間もせずに出たからまあノーカウントだ
この町におけるベストかもしれない
メチャクチャ好きなんだよなあ、そして天才だと思っている でも日本での知名度はたぶん全然ない……なので、俺はたまにこうやって彼を激賞する文章を書いておいて、いつか彼が有名になったときに悦に入りたいってわけですよ
ギタリカデラフエンテ、もといGuitarricadelafuenteっつう名前は
Guitar(ギター)rica(素晴らしい・おいしい等)de(〜の)lafuente(苗字)とでも分解できるものだ
そう考えるとゴミみたいな名前だ 「吉田ギターすご衛門」みたいなものなのかもしれない インタビューでややイジられてたのを見たような気もする
しかし、アルファベットでGuitarricadelafuenteって書くとなんかカッコいいし、ミステリアスな感じすらある
で、まあ、名前なんかどうでも良いんだ実際
大事なのはどんな音楽をやっているか?ってことで、これもう、素晴らしい音楽としか言いようがない
スペイン伝統のフラメンコとポップの融合!というのが、音楽性のわかりやすい特徴としてはあると思うんだけど、それ以上にこう、やっぱなんつうか、天才なんですよ絶対 声もいいし
繊細なギター弾き語りみたいな曲はすげ〜エモいし、リッチにいろいろな楽器を使ってる曲はサウンドが全部かっちりハマっていて気持ちいい フラメンコっぽい曲はラテンの雰囲気がアツい
どんな曲をやってもイイ感じに仕上げてくるんですよねえ!
あと歌詞もほどよく文学的でいい感じだ 個人的に、「クラブで女を引っ掛けてセックス!セックス!」みたいな内容だったり、「君のことが好きだ!君に会えたことは奇跡だ!君を一生大切にするよ!」みたいなことを特に衒いなく繰り返す内容ではないというだけで嬉しい まあよく考えると、迂遠なだけで本質的には同じことを言ってんじゃねえか、という問題はあるんだけど、しかし、とはいえ、歌詞を読み込んでも最終的に何を言ってるのか全然わかんねえような歌も結構あるので、つまりやっぱり
俺的にいちばん好きな曲は……これが結構難しくて、ほんと、粒揃いなんですよ
まあしかし、カラーが一番出てるやつということで、ここは"Agua y mezcal”を推しておこうかな
いや、やめた "Quien encendió la luz”にします 最もラテンの雰囲気が強いから
あっやっぱり"Abc”か?!俺はこの曲から入ったもんな でもスペインっぽいっていうより普通にいい曲って感じだもんなあ
最新曲から"Full time papi”もいいけど、これはポップスに寄っていて、"らしさ"は…感じられるんだけど、ここから入るのは違う気もするんだよな
あえて”Conticinio”かな AirPods4のCMに使われてたんですよこの曲、この前! 地味なんだけどね、改めて聞くとしみじみいい曲なんだよなあ
すみません、やっぱりAgua y mezcalで行かせてください
https://youtu.be/ri02p05A25c?si=pfHgUUvlrazsgLXH
まず1399万回も再生してる曲に"おすすめ"も"紹介"も何もないだろ、というのはあると思うんだけど、じゃあみなさんはこの曲知ってましたか?
知らなかったと思うんだよきっと
知ってください ぜひ 聴いてください
暗いトーンのアコギ弾き語りから始まり、だんだんヒートアップしていって、リズム隊が入ったところでひとつギアが切り替わる それ以降の要所に入るギターの側面を5連打するリズム系が気持ちいい マジな話、このギター側面殴打をやるためだけにギターを始めたいとすら思う
この曲でギタリカデラフエンテさんの要素がだいたい拾えるんだよな アコギ、いい声、sを発音しない感じ!
歌い出しの"Ambo despacito pa…”がもう、良い
despacitoはデスパシートじゃなくてデッパシートじゃないすか そんで、paraもパラなんて言わずにもう、pa’、パですよ この感じ、全然文脈はわかんないけど、なんだろう、ちょっと粗野な感じがして、イイんですよね、南の方っぽいというか、カスティーリャ・イ・レオン地方なんかでは出せない雰囲気がある ラス・クエバス・デ・カニャルト魂を感じる
この曲でいちばんカッコいいと思うフレーズ:"Te he visto en el vendaval, bailando jacaranda(暴風の中に君を見た、ハカランダを踊っていたね”
ハカランダってなんなんですか?→ここではフラメンコの一種らしい どんな踊りなのかは不明 なんなら俺はフラメンコがなんなのかすらわかっていない
駅前の広場に「ジャカランダ 2021年寄贈」と書かれた細い木が生えていて、それが少し頭をよぎる
とにかく、暴風の中で踊られるハカランダがカッコよくないわけがない!
終盤に挟まるちょっとラップっぽい謎パートあたりにはすこし迷走というか、方向性を探っている感じも見受けられて、それも愛おしいですね
でさあ、そう、ギタリカデラフエンテさんの曲がこの前、天下のAppleのCMに使われてたんですよお
Airpods4の、Somedayって映像の、冒頭ら辺と最後の方!
AppleのCMなんかに使われた音楽って、通常、注目を浴びそうじゃないですか
そんで、来たる5月の半ばには、新しいアルバムも出るという シングルカットされた曲はどれも新境地で、またこれがいい感じなわけですよ
そろそろ「来る」んじゃないか?と思っている
もうある程度は来てるだろうし、このくらいが到達点なのかもしんないけどさあ、でも、俺はもっともっといけると思うんだよ、ギタリカさん!
この件について。
そもそも、愚痴を言ってヨシヨシしてもらえるのって、何かしらの見返りを期待されているからなんですよね。
男性もキャバクラに行けばヨシヨシしてくれるし、上司と部下みたいな関係であっても、ヨシヨシという感じではないにせよ全肯定されるわけです。そして、これが女の場合は、有り体に言ってしまえばマンコなわけですな。
ただ、キャバクラはそれほど安くもないし、毎日通う人はあまり居ない。上司として偉ぶれるのはある程度の年齢を重ねないとできない。しかし、女のマンコの価値は若いほうが高いぐらいなので、スキルも経験も金も精神的成熟も無いメスガキを、チヤホヤして愚痴を全肯定してくれる理解ある彼くんが無限に登場するわけですな。
こっちの増田では、愚痴を肯定的に傾聴されることで、他責性が高まり一層社会性を損なう指摘がされている。
この増田のとおり、若くて未熟な女にそんな愚痴の全肯定を浴びせかけたらどうなるかって言えば、そりゃあスポイルされちゃうわけですよね。そうやってスポイルされて、世の中舐めるようになったアホ女が蔓延しているのが今の社会なので、いくらエンパワーメントだクォータ制度だ女子枠だとやったところで、量産型小保方とか量産型草津のしょこたんみたいなのが蔓延する結果にしかならんよね。
まあしかし、私は別に世の中がどうなろうが、アホ女が分不相応な待遇で身を持ち崩そうが、若手の男どもが損しようが、別に知ったこっちゃねぇので、会社じゃニコニコと逆差別に邁進しますわ。
「死後のことなんか気にすんな」
(結婚しようって言われてた頃もあったけど、向こうの親が彼の再婚を拒んだのと、わたしも「え〜〜〜まだバツイチでもなんでもいいから結婚したい!っていう熱意ないな〜〜〜」という感じなので無理して説得しようとも思わず、そのままダラダラと3年くらい過ごしている。)
楽観的かつ享楽的に生きてきたんで、酒とタバコはメチャクチャやるし、バイクだって乗るし、貯金はしてないしなんなら借金(無担保ローン)がある。
彼氏が家の住宅ローンも光熱費も払ってるから、わたしは実家にいないだけで子供部屋おばさんとかわらん。よって、このようなクズでもヘラヘラ生きていられる。
正直ちゃんとやればすぐに借金返せるし、貯金も始められるけど、そんなことより軽い借金しながらでも目一杯楽しく生きたい、ってやってきた。
どうせ人はみんな死ぬし生きていて体力があるうちにやりたいことやろ!
そう思っていたんだけど。
甥っ子が産まれまして。
わたしって人間の子供より動物や動物の子供のほうがずっと好きで、
つまり子供育てるくらいなら大型犬とか大型猛禽とか買うのも飼うのもバカ高い動物を飼いたいと思ってて、
だから彼の一番好きなところは持ち家なところ(動物を飼いやすい)だし、
姉にようやく子供ができたって聞いても「あっそ」としか思わなくて、
甥っ子に会いに行くのも母親に半ば引きずられて、って感じだったんだけど
もう会ったらかわいすぎる。
他人の子供とはまったく別のいきものなんじゃないかというくらい愛おしい。
アスレチックとかであまたの子供達にまざって遊んでる時なんか、
甥っ子だけ光って見える。
まあしかしこれをみて「わたしも子供欲しい!」とはならなかったんだけど…(たま〜にはたから見てるだけでも大型犬よりはるかに大変なことの方が多そうで)
でも、「やべ、このままボケボケ生きてたらわたしの死後のあれこれをこの天使にさせることになんのか・・・!?」ということに思いいたってね・・・
それだけは避けたいと思う。
金だけは貯めとくわ・・・
単純に疑問なんだけど・・・
夫もいないし子供もない
当然親が先に死ぬとして、
まさかだけど甥っ子(姉の息子)がわたしの処分しないといけないなんてことないよね・・・?
困る困る困る
えーーーまじでイヤなんだけど
逆に増田のジジババの中で、親の未婚の兄弟の処分をさせられた人おる?
だからこそどうなるん?って感じ!
「甥っ子がおるのに行政を頼るなよ」とか言われん?
マジでこわい
ぞっとしてるいま
なんなら母親がいてわたしの責任取ってくれるうちに自32したほうがいいんじゃないかって気すらしてきた
助けて
Twitterアカウントを6つ持っていて界隈ごとに使い分けているのだが、あるアカウントでだけ、おすすめタブに流れてくるツイートの種類が他と違うのだった。
他のアカウントではおおむね自分がフォローしていたりリストに入れていたり過去にリツイートしたりした人のツイート、あるいはそれらと同様の趣旨のツイートがメインで流れてくるのだが、そのアカウントでだけはやたら斎藤元彦と立花孝志を応援するツイートや「既得権益」「マスゴミ」をディスるツイートばかり流れてくるのだった。
さてそのアカウントというのは職場との連絡用ということで仕方なく作った(作らされた)鍵垢で、職場の人間とDMのやりとりをするだけにしか使っておらず、相手からフォローされたら一応こちらからもフォローしかえすようにしていた。
おすすめタブを積極的に見る訳では無いが見えてしまうものは仕方ない。しかし目障りなのでどんどんブロックしていく。気になったのは、それらの #斎藤知事がんばれ 群の中にときおり反トランスジェンダー系のツイートが散見されたことだ。そういえば職場の某氏が大のトランスフォビアだったなと思い出す。その某氏とは相互フォローだが、氏自身のツイートやリツイートにそういうのは一切見受けられない。付き合いで行かされた飲み会で氏が一度だけポロッとこぼすのを聞いただけだ。(確かその月に死んだりゅうちぇるの話題だった。覚えているだろうか。りゅうちぇるが死んだのは経産省トランストイレ最高裁判決の翌日である。)
氏のフォロワーとフォロイーを見てみたが、私と同様に職場の人がメインで、あとはディズニー公式とかそういう「無難な」アカウントがいくつかあるだけだ。これといって活動家らしき人は見受けられない。つまり、氏のふぁぼか非公開リストかが他人のおすすめに影響を与えているのではないか。ふぁぼが他人から見えなくなってなお!
このような仮説を立てた私はこのようなことを試してみた。まず新しく非公開リストを作り、その中に「知的」と思われるアカウントを100くらい入れる。読書猿とか書物蔵とかスゴ本の中の人とか。フォローはしない。これだけで私のおすすめタブ世論はたちまち逆転した。そして更に彼らのツイート(の中から過激でないもの)を片っ端からふぁぼりまくった。リツイートはしない。するとおすすめタブは私のふぁぼったツイート群以上に先鋭化したものばかりになった。これら一連の流れで「マスコミはちゃんとしろ」「特にミヤネ屋」といった趣旨の内容は常に存在していたのが興味深かった。
さて私の仮説が正しければ某氏のおすすめタブにもこれらのツイートが少しは流入するはずだ。と、ここでようやく気づいた。もしそうなら私のおすすめタブにもまだ僅かに #斎藤知事頑張れ や反トランスが残っていなければならない。しかし実際は(私がブロックしているというのを考慮しても)微塵も残っていない。なーんだ、せっかく他人をこっそり逆洗脳できるかと思ったのに。まあしかし、もしかしたら私と同様おすすめタブを #さいとう再当選 に染められていた同僚が他にも居て、そいつのおすすめタブ内では今ごろ私のふぁぼデッキとバトっているかもしれない。今後も続けようと思う。こういうことの積み重ねが、あるいは積み重ねないことが、世論を大きく左右するというのが今回の選挙で特にはっきりしたことなのだから。みんなも真似していいよ。
自分は駄目な人間だった。小学校の高学年のとき、心因性頻尿になって外に出られなくなった。
金曜の、ピアノ教室の直前だった。その日突然トイレが近くなって、結局家の周りをぐるぐる車で回った挙句に帰った。
それからの日々は地獄だった。家から出ることすらできなかった。私自身自分に何が起こったのか理解できなかった。
学校は、授業は嫌いだったけど友達は好きだった。学年みんな友達だと思っていた。みんなの名前と顔を覚えていた。
学校に行けなくなった。
学歴主義で権威主義の父は、私のことを人間じゃない何かを見る目で見ていた。
私は当時の記憶があまりない。ただ、下手くそに隠された不登校に関する解説本や、
リビングで両親が自分について語り合ってるのを察するのがつらかった。
そのあと数ヶ月してから学校に復帰したけど、結局私は中学校も不登校になって、高校も退学した。
大学受験は当然するものだと思っていたので、高校退学前に高認を取って、
中退後は勉強のやる気が出るまで少し時間をもらった。結果的には一浪という形で
MARCHの少し下くらいの大学に通うことになった。みんなが最初に受験をしていた年は、何も勉強していなかったが。
大学に行き始めて数ヶ月でやっぱり行けなくなって、2年ほど休学した。
自分は何故生きているんだろうとよく思った。死ぬ勇気は無く、事故で死なないかな、と妄想していた。
復学後は配慮申請をして、出られなかった授業のプリントを貰ったりしていた。
私の時代は不登校や発達障害は時代の最先端の社会問題で、まだ数が少なく、学校や大学側も対応に苦慮していた。
体調が悪くなりやすいので、保健室を使う許可をもらい、授業の隙間はベッドで寝るようにしていた。
大学は地獄だった。面白い授業もあったと思うが、何の目的もなく社会学を勉強し、
ヴェーバーやデュルケム、フーコー、マクルーハンなどを習った。個人的にはヴェーバーが好きだった。
大学時代、地元に帰ったときに暇で仕方なく、日経ネットワークの初心者用のTCP/IP解説本を買った。たまたま立ち読みして面白そうだったからだ。
それから何冊か自分でネットワークに関する本を読んだ。面白かったし憧れたが、
自分は文系だし人生に夢も希望もなかったので、これはただの遠い憧れだな、と思いながら過ごした。
しばらくして、最初に買った日経ネットワークの本以外ほとんど捨ててしまった。読んでも意味がないと感じていた。
大学も結局中退した。3年にやっと上がれるという冬の試験で、起き上がれなくなった。
毎日天井を見て過ごした。今日は○○の試験だったのに…と思って、泣きながら過ごした。
ここで単位を落としたことで、卒業まで想定より1年だか2年かかりそうだなと自分で計算し、心が折れた。
何度目の挫折か数えるのも嫌になっていた。
画家さんの絵の手伝いに行ったり、フォトコンに応募したりしていた。絵と写真だけが、自分が唯一続けてきたものだった。
それも当然上手くいかず、暫くして、父から障害年金と手帳をとるように言われた。父には逆らえなかった。
父に逆らえる人は家族の中で誰もいなかった。とても怖い人だったから。
父は節税になる!と喜び勇んで説明し、私は、やっぱり自分は道具なのだなと思いながら、そのまま手帳と年金を取得した。
初めて自由に使えるお金を手にした。20代後半で、初めて自分で家具を買っていいことに気づいた。
家の中を、好きだった祖父母の家を模すような感じに作り変えた。
友人が美術館のバイトを紹介してくれたので、小さな美術館で週3日のバイトをすることになった。
が、その直後にコロナ禍になって、半年ほど美術館は閉鎖することになった。
休業補償?だか何だかで、一応もらえた。その年の秋から再開した美術館のスタッフを少しやって、年末年始は地元に帰った。
両親に、戻ってくるように言われた。
父の会社が上手くいっておらず、母方の祖父母から大変な額の借金をしていた。
利益なんて10年ほど出ていなかったらしい。元々何をしているのかわからない
人に説明するのが困難な父の会社だったが、父はとにかく経営センスがなかったらしく、酷いことになっていた。
私は一度地元に戻る決意をしたが、やはり怖くて直前になって無理だと母の前で泣いた。
地元に戻っても居場所はないと感じていた。東京にもなかったけど…。
すぐに次のバイトを探したが、それも2ヶ月しか続かなかった。秋からまたバイトを始めた。
小さめの不動産会社で事務をしていた。年始にまた、今度は以前より強めに、帰ってくるよう説得された。
私はすぐに市の生活相談窓口に駆け込んで、就労移行支援やギリギリ間に合ったコロナ関連の貸付金を紹介してもらった。
非課税世帯なので、返済する必要はないから安心して、説明された。
自分の決断は、生活保護になってでも東京にい続けるというものだった。コロナの貸付金で一時的に数十万のお金が手に入ったので、
それを使い生活保護でもやっていける物件に引っ越しをした。不動産も一人で回ったし、引越しの手配も手続きも全て一人でやった。
就労移行支援は少し通ったが、この時間でバイトをした方がマシに思え、すぐに辞めてバイトを探した。
並行して勉強を進め、基本情報技術者試験に合格した。その後障害者雇用で小さなコンサル会社で資料作りのバイトをし、
その間にMOSのExcel Expertを取った。お金をかなり切り詰め、貯金を始めた。結局生活保護にはならなかった。
翌年バイトが契約終了になったので、ネットワークの仕事にチャレンジすることにした。
人生で初めてのフルタイムのバイトだった。倒れる前提で、駄目元でやってみることにした。
昔柄谷行人の『探究』で読んだ、暗闇の跳躍だか飛躍だかを思い出した。
価値は、価値がついたあとにしかその意味を読み取れない。価値がつくには暗闇を跳ばなきゃいけない。
薄給の上に業務量がえげつなくて、人がすぐに辞めていく環境だった。
ある程度初心者ができるように自動化されていたので、1ヶ月を過ぎる頃には一通りの業務を覚えていた。
毎日現地作業員と電話を繋げながら、色々な試験をし、NWを開通した。たまに撤去もあった。
障害を隠して仕事をしていたが、ある日電話中にパニック発作が出て、電話を保留にした後しばらくトイレにこもって薬を飲んで休んでいた。
ここでもこうなるのか…、とトイレの中で泣いた。結局その職場も居づらくなって辞めてしまった。
諦めきれずに、次の仕事を探した。ベンチャー企業で、またネットワークの仕事をやることになった。
今度は客先常駐。仕事に出る前に第一級陸上特殊無線技師の資格を取った。
高校数学は赤点だったので、選抜試験も養成講座も地獄だった。何年振りかの座学だった。
そのあと1時間半ほどかかる場所で夜勤をすることになり、私はすぐに壊れた。
夜勤明け、ふらふらになりながら漫喫に入ってひたすら寝続けた。またパニック発作が出て、帰ることができなくなっていた。
大手IT企業の子会社で、採用の仕事をした。面接時はいずれITの仕事を回してくれると言っていたが、
一向に果たされる気配がなく、半年で辞めた。ここまでの失敗で辞めた後に空白期間があるとメンタルに来ることはわかっていたので、次の仕事はすでに探してあった。
障害者雇用の契約社員として、またIT系企業に入った。1ヶ月の待機期間の間にCCNAを取って、
今はそこで仕事を続けている。何故かPython人員になってしまったので、毎日ツールを作っている。
ChatGPTのおかげでなんとか仕事ができている。
今の案件は年内で終了するらしい。
数週間前に正社員登用の話があり、面接を受けた。周りからは多分行けるんじゃないかと言われている。
貯金はやっと130万ほど貯まった。将来は…できれば健常者として生きていきたいが、まだ暫くは難しそうだ。
まだ何も安心できない。実家の父母は離婚問題でめちゃくちゃになっているし、
リモートだから仕事ができているのでは?という懐疑が常にあって、次の案件でどうなるかわからないと思っている。
私は障害について色々思うところがあるが、30ぐらいの時にはっきりと
「自分は才能が無いのだから、せめてコミュ力を伸ばそう。自分は一人で生きていけると思えない。
だから、人から助けてもらえる、助けようと思ってもらえる人間になろう」とずっと考えてきた。
今の時代は障害者健常者に関わらず、みんなにとってつらい時代だと思う。
何かを抱えているのはみんな同じだと思っている。そんな時代に、
マイノリティが自分を救ってくれ!と叫ぶことはとても怖いことだと思っている。
社会に余裕がなくなれば、一番最初に切り捨てられるのは自分たちじゃないだろうか。
今までたくさん人に迷惑をかけたけど、少しでもそうでない自分になりたい。生きていていい自分になりたい…。
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私は今もたくさんの問題を抱えているし、色々上手くいっていない。
人生を呪っているし、楽しくはない。たまに楽しいこともあるが。まあしかし、こうやって足掻いている人間もいるよ、と思って書いてみた。
特定されようが、もうプライドなんて無いからどうでもいいのだ。
私を見下して、自信をみんな持って欲しい。こんな見苦しくみっともなく足掻いてる人間もいるのだから。
…まあ今後どうなるかはまだわからんけど。
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思ったより反響があって驚きました。
タイトルは自分の人生を象徴するような言葉ですが、実際そういう境遇にある人間がどのように生きていくのだろう?という
素朴な疑問から読んでくださった方がいるのかなと思います。あるいは下層にいる人間の惨めな人生を期待した方もいるでしょう。
励ましの言葉やアドバイス、叱咤を下さった方、それぞれありがとうございます。全部読んでます。
わーっと書いてしまったのでちょっと読みにくかったかもしれませんね。申し訳ないです。
障害については一応ASD…ということになってます。診断が下りたのは大学生のときでした。
ご存じの方も多いと思いますが、当時はアスペルガーと呼ばれていて、空気が読めない・人の感情がわからないだとか、まあ散々なことが書いてありました。
カサンドラ症候群の話もありますし、今でもややADHDよりASDの方がイメージは悪いのかも、と思うところはあります。
高校生の頃にWAIS-Ⅲを受けた際には、言語性IQと動作性IQに結構な隔たりがありました。
当時の記録だと言語理解111、知覚統合99、作動記憶105、処理速度84。PARSの結果は幼児期が25点、思春期成人期が34点です。
一昨年だかにWAIS-Ⅳを受けたときは色々マシになっていて、言語理解119、知覚推理107、ワーキングメモリー117、処理速度111という結果でした。
今は人からは障害を持っているようには見えないとよく言われます。体力がないのは相変わらずですが…。
慢性疲労症候群の診断も下りていて、当時医師からは「あなたは将来生活保護か専業主婦でしか生きていけないと思います」という
大変メンタルに来る言葉をいただいていました。それから一気に体調が悪くなり、何も自信が持てなくなった後に
自分はそんな未来を信じないし、絶対にあの言葉を覆してやると決め、もう一度立ち上がりました。
大学でも発達障害で中退した人たちの予後が悪い、まともに働けていないという話を聞かされていたので
これについても、だったら最初の一人になってやる、と思った記憶があります。
自分は女ですが、文章が怖いと言われることもあったので、その辺も徹底的に直しました。
人を観察して、絵文字や顔文字をちゃんと使って明るく取っつきやすいイメージを持ってもらえるよう修正し、
見た目もパーマをかけたりと柔和な雰囲気を心掛けました。そういう仮面は、今は自分の皮膚のようになって
人の気持ちがわからない、共感性がないという部分については、周囲から指摘はそこまでなかったのですが
とにかくできるだけ人のことを想像するようにしました。自分を取り巻く多くの人たちや、ニュースになっているゴシップやエッセイなどからたくさんのことを学べたと思います。
お金があっても、賢くても、健康な体を持っていても、それでもみんな裏では色々あるのだな、と。つらいのは自分だけではないと言い聞かせてきました。
恵まれて見える他者が、実は苦しんでいるという話をちゃんと覚えておくようにしていました。
人生が大変だと、どうしても被害者意識が強くなってしまうものですが
そのように思う瞬間はあっても、絶対に客観性を失わないようにしようと常に思っています。
同時に、自分自身をあまり障害者として扱い過ぎないようにも心掛けました。単純に、心がすり減るので。
わかる
俺も読んで面白くはなかった
絵も特に魅力的ではなかった
わからんがね
まず16ページでとか言ったらしいそれは漫画家としてみたらすごかったんだろう
工業デザイナーが工業製品を見て「セクシーだ」とか言ったらわからんが気持ちは想像できる
そんな感じだ
16ページの何がすごいかって4コマ漫画で言えば2列1ページで32回のコマ数で言えば128コマになる
これは短くはないし濃厚でもない
漫画家がここについて感心したのだとしたらあの漫画は1ページごとに話が完結していて1枚絵ずつになっていた
16回分の連載に相当するものだろう
漫画を描く人間がほかの人間の達者な芸を見て感心したのだろうという気はする
その次の無料公開していた漫画も見たが実際内容はどうということはなかった
しかしまあ個性というかどのページだけ抜いてもそれで使える感じにまとまってはいるし途中のどこからでも読める
これは2Dの絵で漫画を描いてる人間が3Dで書いてるものを見るくらいには驚いたのかもしれない
漫画を描くわけでも研究してるわけでもないただの素人がぱっと見思っただけだがまあ素人にはわからんでもいい世界だろうと思う
私には学生時代からの友人がいる。それなりに付き合いも長く、常に連絡を取っているわけではないが定期的に遊んだり連絡を取り合っている。
学生の頃は毎日ずっと一緒にいた。今はお互い社会人で忙しくしているのもあり、頻繁に会うこともなくなったが、会えば何時間でも話していられる。
そんな友人と、先日一泊2日で某テーマパークに行った。
3ヶ月ほど前から旅行を計画したのだが、その時から「なんかちょっと合わないかも……」と感じていた。
というのも、私は旅行に行く時はしっかり計画を立てたいタイプで、友人はわりと適当に計画を立ててあとは当日決める行き当たりばったりなタイプだからだ。
私がこういうのはどう?と提案すると「そんなに細かく決めなくてよくない?」と言われてしまい悲しかったのを覚えている。
私は、ホテルはどこに泊まるか、どの部屋にするか、どのアトラクションに乗るか、どのルートで回るかなど、ちゃんと考えたいタイプだった。
まあしかし、友人のようなタイプの人間には、逆に私のような人間は煩わしく感じるだろう。
友人との付き合いも長いので細かく決めるのは苦手だというのもわかっていたため、「もうちょっとだけ頑張ろう、これだけ考えよう」と言って最低限のことだけ決めた。
お互いの時間と安くないお金をかけるのだから、効率よく無駄にならない旅行にしたかった。
思ったより効率よく回ることができたし、乗りたかったアトラクションにも乗ることができた。
しかし、私はこの友人とはもう二度と一緒にテーマパークには行かないと決めた。
一番の理由は、相手の体験したいものと私の体験したいものが合わないからだ。
これはどちらが悪いという話ではなく、単純にそれぞれの興味・関心のある事柄が合わないのだ。
私→絶叫系などのアトラクションにたくさん乗りたい、子供向けのものやショーには興味なし
これは行く前からなんとなくわかっていたため、計画している時点で「お互いの見たいものが違うからまた今度にしよう」とやんわり遠ざけたらよかったのかもしれない。
二人以上で行動する場合、お互いに譲り合ったり相手に合わせることも大事だと思うが、今回の場合相手の見たいもの・乗りたいものに合わせることが多く、疲れてしまった。
さらに、友人は「○○に乗りたい」と言う割に自分でその場所までのルートを調べないのだ。
これにはかなりカチンと来た。
某テーマパークではアプリを常に利用する。そのためスマホのバッテリーもかなり消費するのである。
それに、私は10年以上パークに行っておらずエリアの位置関係も何もわからない。
名前を言われてもそれがどこにあるのかわからないため、アトラクションをひとつずつタップして目的のものを探すしかない。
友人は何度かパークに行っているため、だいたいのアトラクションの位置、エリアの位置関係も把握している。
お前が行きたいっつってんだから自分で調べろやと何度も思ったが、口には出さずにいた。
一番つらかったのはショーを見るためにひたすら待っている時間。
私は1ミリもショーに興味がない。ショー自体は素晴らしいものだと思うし、好きな気持ちを否定するつもりはまったくない。
単純に、興味が持てないので見たいと思わないだけだ。
ショーを見ている時間にアトラクションに乗りたいと思ってしまうのだ。
これはどちらが正しいというわけではない。それぞれ違った楽しみ方があり、どちらも良さがあるものだと思う。
友人はどうしてもショーが見たいらしく、私はそれに付き合う形となった。
ちなみに私は事前に「ショーには興味がない」と伝えていたが、「本当に素晴らしいから、見たら絶対感動するから」と言われ、そんなに言うならと付き合ったのだ。
私も自分の乗りたかったものに相手に付き合ってもらったし、それは別に構わない。
構わないのだが、この時間ばかりは別行動をするべきだったと後悔した。
ショーが始まるまでの約1時間半を外でひたすら待つ、これがとにかく堪えた。
私は「時間があるからどこか中に入ってショーまでの時間を潰そう」と提案したが、それは聞き入れてもらえず結局外で待つこととなった。
地獄のような時間だった。座って動かずにいるより歩き回っている方がまだマシだと思ったが、一日中歩き回ってすでに足が限界だったため、とにかく暖かい場所で座って休みたかった。
これは防寒対策を怠った私にも非があるのだが、事前に地蔵をするとは聞いていなかったのでそこまでの防寒対策はしていなかった。
事前に言ってもらえていたら私だって何らかの対策はしていったと思う。
なんとか寒さに耐えながらもショーを見終えたが、友人には悪いが正直に言うと別に見なくてもよかったと思った。
ホテルでも不満は募った。
早朝から活動していたことに加え、一日歩き回って体力も限界、明日も朝早くから入園することを決めていたため私は少しでも早く休みたかった。
テレビ見てる暇があるなら早く寝ろよと思ったしそんなに見たいほど好きな番組なら家で予約してこいよ、わざわざテーマパークまで来て見るか?と思った。
友人はいい加減なところがある。
きちんと調べてから行動すれば間違うことなく進めるのに、ろくに調べもせず適当に歩き出す。
こちらの静止も聞かず歩き出すため、結局間違っていてまったく違う方向に歩いていた、ということがよくある。
こういうところは本当にイライラする。
これまでも何度か旅行には行っていて、実はその度に少しだけ不満に思う点がちらほらあった。
おそらく向こうも何かしら不満に思っていることだろう。
どれだけ仲が良くてもすべてが完璧に噛み合う相手なんていないと思っているし、どこかしら不満に思う点はあるだろう。
重ねて言うが友人とは普段は非常に仲が良く、一緒にいて本当に楽しいのだ。
仲違いをしたいわけでもないし、今後も友人でありたいと思っている。
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.hbc.co.jp/news/f55f4a6cc94d61d630c3bc8f9ba1b1ca.html
まあしかしやっぱり子供がBB弾を投げつけたのだから、行くならまず謝罪するのが普通だと思うけど、いきなり怒鳴り込んであるあたり以前から色々あったのだろうなあとは思える
人の家の玄関にBB弾を投げ付けるとか行儀の悪いガキ過ぎて引くんだけど。些細な"いたずら"で済ますのもどうなんだ。しかもこの記事を見る限りでは親は謝ってもいないよね。(殺人が問題ないと言う気はないです。)
完全な10:0ではないし、この夫婦の態度にもよるが書いてる内容が事実であれば怖いな→子供の頃、年下とのケンカ(相手から手を出してきた)で向こうの親から一方的に責められた経験から。
こんな被害者側が犬に噛まれたみたいな事件に対して、被害者側の落ち度探ししてるブコメが上位で星集めてるの引くわ。大の大人が水筒ヘコませるくらいカバン蹴ったり個人情報を書くことを強要するのは明らかに犯罪だけど、小学生が道に落ちてたBB弾を玄関に投げられたって精々「人に当たるかもしれないからやめようね」って注意されるくらいの出来事だろ。親は抗議をする権利がある(それよりも警察に行くべきだったが)し、こんなの頭のおかしい人間に子供が絡まれた上に殺されただけの不幸な事件だろ。
世界公正信念とやらの影響で被害者に原因を見出してしまう心理もあるらしいので、ネットでなにかしらコメントするときは自分がそういった考えに支配されていないかよく考えて、罪のない被害者を叩くのは本当にやめろ。
それから上で挙げたブコメやそれ以外にもここで晒すことすらおぞましいもっと酷いコメントも今からでも遅くないから、万が一にも被害者の関係者の目に触れる前に消した方がいい。
https://anond.hatelabo.jp/20231007213757
戦争とは何かといえば、古典的定義はクラウゼヴィッツ的な「政治の延長線上の実力行使」だし、
当世の建前としては国連憲章的な「現状変更を企図した武力行使というルール違反行為」になるのだろう。
定義の仕方は文脈により様々あれど基本的にはユニフォームを着た戦闘員同士の戦闘が戦争であるはずだ。
その限りにおいて戦略爆撃や無制限潜水艦作戦や無差別ロケット攻撃は戦争ではなくその副産物としての戦争犯罪だ。
いまイスラエルとハマスがやっているのは戦争ではなく純粋な「相互虐殺」だ。
なんともいいようがない。
まあしかし。ここ数十年少なくとも我々日本人は戦略核による抑止のもたらす平和に浴して来たわけで、とっくの昔に戦争は「ユニフォームを着た兵士の戦闘」などではなくなっていた。