作家の特集号としては、理想的なものと言ってもいいかもしれません。
- 『本の雑誌』2022年6月号(本の雑誌社)
特集は「結句、西村賢太」。一気に読んでしまいました。
西村賢太さん、日記や随筆を読むかぎりでは、とても付き合いやすいタイプだったとは思えないし、というか、実際、あちこちの版元と切れたり手打ちにしたりを繰り返していたようで、周りは大変だったんだろうなあなどと思っていたのですが、この特集を見ると、担当編集者のみなさんからも、仕事や趣味で一緒になった人たちからも、ちょっと驚くほどに愛されていたのが、よく伝わってきます。
西村賢太さんの(意外にも)幅広い交遊関係や探偵小説好きの一面などにもスポットがあたっていますし、西村作品の多くに登場するメインキャラクターの書誌をまとめた「北町貫多クロニクル」も力作です。西村賢太という作家のさまざまな面が幅広くカバーされた、とてもいい特集で、文芸誌でもここまでのものはなかなかできないのでは、と思わせます。さすが、西村賢太さんの日記を掲載していた媒体ならでは、というところでしょう。
一点だけ、残念な点があるとしたら、昭和特撮好きなど、西村賢太さんのおたくっぽい一面を語ってくれる人がいなかったこと。日記に、昭和特撮のDVDをチェックしたり、フィギュアを買ったり売ったりみたいな話が割によく出てきますからね。そういう面がカバーされていたらなお良かったのになあ、と、そこだけが(自分の趣味と重なるからだろう、と言われれば、まあ、そうなんですが)ちょっと残念でした。
とはいえ、それは多くの人にとっては疵でも漏れでもなんでもないでしょう。というか、巻頭にカラー掲載された藤澤清造全集の内容見本、これだけでも買う価値ありそうですからね。西村賢太読者、藤澤清造読者、両方にとって保存版になるのではないでしょうか。
充実の西村賢太特集、目次など詳細はこちらをどうぞ。
急逝を受けて、次々にという感じで本も刊行されていますね。この5月、6月だけでこんなにあります。
- 西村賢太『誰もいない文学館』(本の雑誌社)
- 西村賢太『雨滴は続く』(文藝春秋)
- 西村賢太『やまいだれの歌』(新潮文庫)
- 西村賢太『瓦礫の死角』(講談社文庫)
- 西村賢太『一私小説書きの日乗 憤怒の章』(角川文庫)
訃報を目にして、すぐに手にとったのは『一私小説書きの日乗』(角川文庫)でした。この日記、まさに無頼作家の身辺雑記になっていて、いいんですよね。天気の話も、地震の話も、政治のことも、世界のできごとも、見事に出てこない。お酒を飲んで、原稿を書いて、古い探偵小説を読み返したり、昭和特撮のDVDを観返したりする。ただそれだけといえばそれだけの日記がなぜこんなにもおもしろく読めるのか。
『憤怒の章』はその続編の文庫化。日記文学は、上製単行本もいいですが、容れ物としては文庫が似合うんですよね。この本が売れて、まだ何巻もある続編(途中から版元が変わりますが)もみな文庫化されるといいなあと、そんなことを思いながら、ページをめくったりするのでした。