昭和の歌謡曲をレコードで、それも「ドーナツ盤」とも呼ばれる7インチのシングル盤で聴くのが好きという趣味嗜好の持ち主にとっては、最高の1冊でした。
- チャッピー加藤『昭和レコード超画文報1000枚 ジャケット愛でて濃いネタ読んで』(303BOOKS)
《著者が所蔵する5000枚のドーナツ盤から厳選した1000曲を写真&解説で紹介!》というン書。昭和歌謡曲好き、ドーナツ盤好きとしては、気になりますよね。新刊案内で見かけて以来、発売前から楽しみにしていた1冊です。
買ってきたその日、寝る前に、冒頭をぱらぱらのつもりで読み始めたところ、止まらなくなってしまい、ふと気づいたら深夜3時! しかも、ふと気づいたときに開いていたのが、山本リンダの「どうにもとまらない」が載っているページ(p.123)なんだから、出来すぎのタイミング。そんなことはどうでもいいのですが、昭和歌謡曲好き、とくに著者やぼくと同世代の人なら、「どうにもとまらない」状態になること必至。なつかしい曲が、なつかしいジャケがどのページにもどのページにも次々にという感じで出てくるのだから、たまりません。
この手の音楽本でよくあるのは、取り上げる曲・盤を年代別またはジャンル別に分けて並べるスタイル。定番のやり方ですし、わかりやすくまとめるにはもっとも手堅い方法ではあるのですが、それだと興味のない年代・ジャンルは飛ばしちゃったりすることにどうしてもなりがちです。
本書では1000曲が《あえてジャンルや時系列は無視してバラバラに》並べられています。これが大正解。このやり方だと、それぞれのページに、発売年も、ジャンルも、男女も、ソロ歌手もバンドも、大御所もアイドルも、ばらばらで並びますから、どのページにも、1曲くらいは知っている曲、好きな曲が出てきます。なので、ページをとばすことがありません。
知らない曲、思い入れのない曲の話が続くとつらいですが、自分の好きな曲の隣に並んでいれば、自然にそちらにも目がいきますし、それに、ばらばらに並べられてはあるものの、あちこちに、隣同士でちょっとしたつながりがあるなど、並べ方に遊び心や工夫も感じられたりもします。つまり、全ページ楽しく読めてしまうことになるわけです。これはうまいやり方だなあ。この並べ方は、本書のプロデュースを手がけた石黒謙吾さんのアイディアによるものだとか。さすがです。
1冊で1000曲も取り上げていますから、各盤・各曲の紹介はちょっと少ないかなくらいの分量。でも、それでいい、というか、それがいいのです。この種の本は情報量を多くして詰め込もうとするといくらでもできてしまいますが(たとえば、歌謡曲のシングル盤本のなかにはレコード番号とかを入れているのもあるけれど、個人的には要らないと思います。本のISBNと違って、レコードの番号は検索にはさほど役に立ちませんし、よほどのマニア以外には不要な情報でしょう)、そのあたりのさじ加減もいい具合で、潔いほどに詰め込みが避けられています。
情報量の適度でいうと、各曲の紹介テキストだけではなく、本全体のつくりにも言えます。200ページに収まる適度なボリュームで、何しろ、収録1000曲の五十音・年代順・歌手別のリストもないのです。歌手名・曲名の索引もありません。でも、それでいいと思うのです。このようなタイプの本を手にとる人に、特定の歌手の名前や曲名で検索して、該当の部分だけを読む人はあまりいないでしょう。特定の情報のみが欲しいというニーズには向かないつくりですし、だからこそ、本として楽しめるものになっているのです。
ちなみに、リストは版元のサイトにはアップされていて、歌手名・曲名・年代順でソートできるようになっています。しかも本文の紹介ページも掲載されていますから、探求リスト化したり、所有盤のチェックをしたりなど、実用的に使いたい読者は、サイトと本を組み合わせて使うといいでしょう。
唯一、難があるとすれば、ジャケ写が小さいことですが、でも、本書掲載のジャケ写はオールカラーだし、それでこの値段に収まっているのだから、それもよし、ということでしょうね。何より、大きい写真で見たければ、ドーナツ盤の現物にあたればいいのです。1冊の本ですべてが完結してしまうより、その本をステップに、もっとくわしいことを知りたいなあ、とか、もっと大きい図版を見たいなあ、とか、現物を手にしたいなあとか、そんなふうに思わせるもののほうが、本としての魅力は上だろうと思うのです。
ちなみに、ぼくは1968年生まれで、1967年生まれの著者とはほぼ同世代ですから、ふれてきた音楽もほとんど同じ。(くわしくは書きませんが)本文を読んでいると、年齢以外にもいろいろ共通点があることがわかったのもうれしい発見でした。いいなあ。こういう話(本書の各曲の紹介文に書かれているような話)、レコードを聴きながら、ジャケを眺めながら、お酒を飲みながら、だらだらしたら楽しいだろうなあ。周りに音楽好きはたくさんいるんですが、ドーナツ盤好きがあんまりいないので、そんなことを思ったりもしたのでした。
というわけで、本書は、全昭和歌謡好き、全ドーナツ盤好きにおすすめしたい1冊です。
本書を読み終えた日の夜は、この本片手に、ドーナツ盤でお気に入りの昭和歌謡曲たちをまとめて聴いたりしたのですが、やっぱりいいですなあ、小中学生のころに親しんだ曲は。送り手の力はもちろんですが、受け取るこちら側の一生懸命さや吸収力も今とは比べものにならないものだったんでしょう。完全にからだの一部になっているようで、お気に入りの曲たちは、どれもこれも、いま聴いてもいいし、だいたい歌えるものなあ。歌詞の世界(これって不倫の歌だったのか……とか)や、演奏や編曲に関する発見(サビのメジャー7thが効いてるなあ、とか、ここで転調するのがいいんだよなあ、とか)という意味では、子どものころより今のほうが楽しめている面もあるかもしれません。
ところで。チャッピー加藤さんのように、千の単位ではもちろんないが、我が家にもそれなりにたくさんの昭和歌謡曲のドーナツ盤があります。本書に触発され、それらを無性に聞きたくなり、本を読んだその晩は、とっかえひっかえしながら聴いていたんですが、ふと思ったのです。今ここで心不全でとか死んだら、死ぬ直前に石野真子の「失恋記念日」を聴いていた男になってしまうなあ。突然死しないように気をつけなくてはなあ。などとくだらないことを考えたりしたのでした。
あわてて、レコードを入れ替えます。
日野美歌「氷雨」……邪推を誘発せずにはおかないセレクトにしか思えない……。
あわてて、レコードを入れ替えます。
欧陽菲菲「ラヴ・イズ・オーヴァー」、山本譲二「みちのくひとり旅」……いかん! これでは悲恋に打ちのめされて、どこか(≒彼岸……)に旅立とうとしていたみたいではないか!
あわてて、レコードを入れ替えます。
尾崎紀世彦「また逢う日まで」……いかん! これでは遺書感がむしろ増している!
再び、レコードを入れ替えます。
石川ひとみ「まちぶせ」……いかん! これではダイイングメッセージみたいではないか!
いやあ、人生最後の曲のセレクトも大変です(笑)。いつ夜中にぽっくりいってもいいように、レコードプレイヤーには、必ずビートルズのシングルをのっけておくことにするかな(苦笑)。
ことほどさように、昭和歌謡の世界は広くて深くて豊かなんですよね。小学生のころからずっと聴いているのに、あきないし、今でも発見があるからなあ。
そういえば、2年ほど前に、歌謡曲を流すトークイベントを音楽仲間と一緒にやったことがあったっけなあ。割に評判も良かったので、毎年恒例にと言っていたら、コロナ禍になってしまった。またあのイベント、やりたいなあ。