ハヤカワ文庫が創刊50周年だそうで、『ミステリマガジン』と『S-Fマガジン』の最新号で特集が組まれています。
- 『ミステリマガジン』2020年9月号(早川書房)
- 『S-Fマガジン』2020年10月号(早川書房)
雑誌や文庫の創刊周年記念特集は、その雑誌なりレーベルなりの歴史が概観できるものが多く、資料として貴重なものになっている場合も多くありますので、なるべく目を通すようにしています。その雑誌や文庫レーベルが愛読しているものであれば、なおのこと、手にとりたくなりますよね。
その意味で、ハヤカワ文庫は小学生のころの付き合い、当方のようなジュブナイルミステリ&ジュブナイルSFで読書への道を開かれ、SF作品を長く読んできた読者にとって、最重要文庫レーベルの1つ。いずれも大変楽しみにしていた特集です。
『ミステリ・マガジン』のほうは、「わたしとハヤカワ文庫」というテーマで30名超の書き手がエッセイを寄せています。巻頭には、なつかしいカバーを集めたギャラリーや、サブレーベルを含む各文庫創刊時の広告が掲載されるなど、資料性も高いものになっています。
個人的に、より楽しみにしていた『SFマガジン』のほうも、書き手や翻訳者がレーベルへの思いを寄せていたり、歴史がまとめられていたりするんですが、うーん、どうなのかなあ。「ハヤカワ文庫SF50年の歩み」は40周年のときの加筆修正だとありますし、「ハヤカワ文庫目録[1976年版]再録」ということで文庫目録の再録にページが割かれていたり(特集が全体で80ページのところ、実に19ページが目録再録)……ジャンルを代表する文庫の半世紀の歴史の特集号にしては、ちょっと手抜きっぽい感じもするなあ、という印象を受けてしまいました。
「ハヤカワ文庫SF創刊50周年記念エッセイPart1 新世代SF作家による「わたしのいちばん好きなハヤカワ文庫SF」」。こういう文庫との出会いや作品への思いが語られているエッセイは好みなんですが、最初の1本を読むと、厳密にはいちばん好きなハヤカワ文庫作品に出会ったときの話ではない、というか、原書でその作品に出会ったという話だったりで、なんか焦点がハヤカワ文庫という存在にあたっていないものになっている。うーん、何本もあるなかにはこういう文章があってもいいかもしれないけれど、最初に読まされてもなあ……。なんか詰めが甘いというかなんというか(苦笑)。
その点、ハヤカワ文庫との出会い、自作への影響などを、短い文章でコンパクトにまとめ、作品への思いがよく伝わってくる伴名練氏や酉島伝法氏はさすが。書き手としての力量はこういう何気ない文章にも表れるのだなあ、ということがよくわかる例に(苦笑)。
たいがいのことはWebで調べられる時代とはいえ、特定の文庫レーベルのことを調べようと思うと、出版元が資料をまとめていたり、目録をきちんと出していたりしないかぎり、なかなか大変なものです。ハヤカワ文庫SFには思い入れも強い分、『SFマガジン』のほうはちょっと厳しいことを書きましたが、50周年記念号として、両誌とも資料として貴重なものであることは間違いないと思います。ハヤカワ文庫の愛読者はもちろんですが、出版史・文庫史に関心のある向きも資料としておさえておくとよさそうです。
同誌を読んでいたら、ぼくも最初に買ったハヤカワ文庫のことを思い出したり、いちばん影響を受けたハヤカワ文庫ってなんだろうと考えたりすることになりました。
自分で初めて買ったハヤカワ文庫は割にはっきり覚えています。こちら。
- レン・ウィーン、マーヴ・ウルフマン『驚異のスパイダーマン』(ハヤカワ文庫Jr)
↑こちらが書影(現在未所有のため、オンライン書店の書影を利用させていただきました)。
いま調べると、1980年2月に出たもの。当時、ぼくは小学生。大阪の小さな街に住んでいたんですが、よく通っていた駅前の本屋さんの新刊台に並んでいたものです。我ながら、なんでスパイダーマン?!という感じで、なぜこれを手にしたのか、きっかけはさっぱり覚えていないのですが(東映版の実写特撮『スパイダーマン』が放映されていたのは、その少し前、1978年から1979年にかけてのことですが、当時は観ていませんでした)、本を購入したときのレジでのやりとりは鮮明に記憶してます。
というのも、本をレジに持っていったら、レジのお姉さんにこんなことを言われたのでした。「ぼく、これ自分で読むん? えらいなあ」。本屋のお姉さんは、見るからに児童書かマンガにしか興味のなさそうな小学生が、明らかに背伸びをして大人向けの文庫をレジに持ってきたので、このような反応になったものと思われます。言われたこちらは、何やらはずかしいようなうれしいような得意なような気分になったものです。……まあ、スパイダーマンなわけですが(笑)。
この文庫、今回調べてみてわかったんですが、「ハヤカワ文庫Jr」は1980年から翌年にかけて刊行された、ハヤカワ文庫で今のところ唯一なんでしょうか、海外ジュブナイルのレーベルだったそうです。エラリー・クイーンのジュブナイル『黒い犬の秘密』など、人気作家の作品も含まれていたようですが、わずか1年ほど、11巻で終了なっていることから、あんまり人気はなかったんでしょうね。全貌は知りませんし、わざわざ調べることもしませんが、11巻のなかに、クイーンのジュブナイルとスパイダーマンが同居している時点で、なんとなく迷走感が伝わってくる気もしますね……。(『ミステリマガジン』特集中の三橋曉「読者を育てた文庫の軌跡をたどる」でもふれられていませんでした。)
というわけで、出たばかりの文庫で、お姉さんも知らなかったんだろうと思われますが、「えらいなあ」も何も、ばっちりジュブナイル作品だったのでした。そういう落ちも含めて(って、本稿執筆時に発覚したことですが;笑)、思い出深い1冊です(手放していて手元にないし、内容もまったく覚えていないのですが……;苦笑)。
SF作品で初めて買ったのは、こちらもはっきり覚えています。
- レイ・ブラッドベリ『火星年代記』(ハヤカワ文庫NV114)
現在はハヤカワSF文庫から〔新版〕として刊行されていますが、ぼくが買ったのは、2代前、白背のハヤカワ文庫NVで、阪急古書の街で古本で買ったものです。
↑左が旧版。途中に改装があり、右は現行の〔新版〕。
『火星年代記』は一読すっかりやられてしまい、以来長く愛読している1冊です。読めていたわけはないと思うのですが、高校のときに、語学関係の専攻などを目指す生徒が選択でとる英語表現みたいな感じの授業があって、そこで自分の好きなものを紹介するというスピーチがあり、それに選んでいるくらいですから、けっこう入れ込んでいたわけです。初めて読んだ洋書(ペーパーバック)は『火星年代記』だったか『たんぽぽのお酒』だったか。
……でも、これ、厳密にはNVだからなあ。SFで初めて買ったものというと……ということで本棚を探してみたら、これでした。
- フィリップ・K・ディック『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』(ハヤカワ文庫SF229)
↑今は黒地のかっこいい装丁になっていますが、このカバーをなつかしく思い出すオールドファンも多いのでは。文庫名が黒地に白抜き時代のものであることがわかるよう、背も入れてみました。
昭和52年(1977年)初版ですが、新刊書店ではなく、古書店(阪急古書の街)で買ったもの。
高校生のときに出会ったハヤカワ文庫で、その後の趣味に大きな影響を与えた本があります。こちら。
- 仁賀克雄編『幻想と怪奇』1、2、3(ハヤカワ文庫NV)
ブラッドベリ、コリア、ブラウン、ボーモント、マシスン、ブロック、スタージョンら、ぼくが愛してやまない『異色作家短篇集』(早川書房)に出てくる作家の多くがカバーされているほか、この叢書に入っていてもおかしくないような面々、オーガスト・ダーレス、エイヴラム・デイヴィッドスン、ジェラルド・カーシュ、デビッド・イーリイ、パトリシア・ハイスミス、もうこうして名前をあげているだけでわくわくさせられるようなメンツがずらり。
自分は、どうやら幻想や怪奇とされるものが好みのようだと気づき始めた高校生にとって、このすばらしいアンソロジーがどれだけ多くの刺激になったことか。『異色作家短篇集』(早川書房)を集めることになったのも、このアンソロジー3巻に出会ったからだしなあ。このアンソロジーには大きな影響を受け、その後の読書傾向を決定づけることになったといっても過言ではないかも。