時間もあるし、読みたい本も読むべき本もある。ないのは、集中力? 気力? コロナ疲れというやつなのか、どうも本に入り込めないことがあります。
と思ったら、自分だけじゃないようで、同じような悩みを抱えている人による記事や、同じような悩みを抱えている人に向けた記事がいくつか目につきました。
「【新型コロナ】「おうちにいよう」そして「マンガを読もう」親子で楽しめる10選」(4/22 新潮社フォーサイト)には、《私自身、相当の本好きなのですが、読書の「持久力」が落ちているのを自覚したのです》《「どうやら、ある程度集中して消化するタイプのコンテンツは、今は摂取量に限界があるようなのです》という記述が見え、ああ、似たような「症状」の方がいるのだなあ、と思わずうなずいてしまいました。
《巣ごもりに備えて面白い本、読みたい本を買い込んで、「積読」は充実させたのに、手が伸びない。読み始めても、没入できず、気づくとスマホをいじっている》。なるほど、同じようなことになっている本読みはたくさんいるのかなあ。自分と同じような症状にとらわれている本好きがいるのがわかると、それだけなんとなくほっとさせられます。
これは日本だけではないようで、たとえば、ニューヨーク・タイムズ紙にもこんな記事が載っていました。「Books You Can Read in a Day」(4/22 The New York Times)。時間はあるけど大長編(『アンナ・カレーニナ』)って気分じゃないよね、短いのがいいよね、ということで、一日で読める本として、タイプ別にいろいろな本が紹介されています。末尾には本だけでなく、オーディオブックのおすすめもリストアップされています。
そういう気分だったから、ということばかりではないのですが(実際、超分厚い『シュルツ伝』をこのところ毎晩少しずつ読み進めています)、このところ、仕事や大物本の合間に読んでいるのは、偶然にも短編、というか超短編ものであることに気がつきました。
リディア・デイヴィス(Lydia Davis)というアメリカの作家がいます。長編もありますが、主に短編、それもわずか1、2ページ、へたすると1ページにも満たない超短編を多く手がけてきた作家です。アメリカ文学が好きな人なら名前を聞いたことがあるでしょうし、最近だと、翻訳ものとしては異例といっていいヒットになったルシア・ベルリン『掃除婦のための手引き書』の訳者、岸本佐知子さんが、本書に注目したきっかけになったのがリディア・デイヴィスがほめていたからだと、名前をあげたのを覚えている読者もいるかもしれません。
あの岸本佐知子さん(へんてこな作品好きを表明していて、ご本人もエッセイとフィクションの間をただよっているようなへんてこな作品を手がけている)のお気に入りで、へんてこな内容の超短編ばかりを集めた短編集を数冊出している作家。こう書くと、まだ読んだことがないという本好きのなかにも、お、それ、読んでみたいかも、と思う方もいるでしょう。
リディア・デイヴィス、日本語訳としては、以下のものが出ています。
- 『ほとんど記憶のない女』(白水社uブックス)
- 『話の終わり』(作品社)
- 『サミュエル・ジョンソンが怒っている』(作品社)
- 『分解する』(作品社)
訳者はすべて岸本佐知子さん。このほか、上記の『掃除婦のための手引き書』にも、リディア・デイヴィスが原書の序文に寄せた「物語こそがすべて」が収録されています(翻訳版では巻末、訳者あとがきの前に収録)。
こうしてみると、訳者と版元に恵まれた作家ですよね。ぼくが初めてその名前を知ったときにはまだ最初の訳書も出ていなかったことを思うと、このユニークな作家の作品がふつうに日本語で読めるようになったことをとてもうれしく思います。
ちなみに、リディア・デイヴィス作品、ぼくは現在、こちらの版で所有、愛読しています。
- Lydia Davis『The Collected Stories of Lydia Davis』(Picador)
2010年刊で、その時点での先行する4冊の短編集『Break It Down』『Almost No Memory』『Samuel Johnson Is Indignant』『Varieties of Disturbance』が含まれています。730ページ超もある本ですが、各編が短いもので1ページ、長くてもせいぜい数ページなので、収録作品数が大変多く、目次にずらりとタイトルが並ぶ様子は壮観です(笑)。リディア・デイヴィスの作品集は装丁がみな同じイメージで統一されていますが、この本は並製(Trade Paperback)で、天ではなく小口側がアンカットの造本になっています。
これまではずっとフィクションを読んできたのだけれど、そんなお気に入り作家のエッセイを集めた分厚い本が出たとなると買わないわけにはいきません。昨年、2019年に出た本です。
- Lydia Davis『Essays One』(Farrar, Straus & Giroux)
今回は、電子書籍で購入しました。統一感のある装丁なので、本当は紙か電子でそろえるほうがいいのでしょうが、まあ、これはこれで(苦笑)。
原書で500ページ超もある本、入手以来少しずつ読んでいるんですが、これ、おもしろいなあ。リディア・デイヴィスが「書く」ことについて語っていて、影響を受けた作家のこと、実生活での体験をどのように作品に落とし込んでいったか、など、リディア・デイヴィスの短くてへんてこな作品群が好きな人たちには興味深い話が満載。文章も平易で読みやすいので(ときに「実験的(experimental)などとラベリングされることもある彼女の作品ですが、「実験的」作品についての言及もあります)、ぜひ読むといいのではないかと思います。
レビューや関連記事として、昨年のものですが、ニューヨーク・タイムズ紙に出た書評と関連記事をあげておきますので、よろしければ参考に。前者の文中には抜粋へのリンクもあります。抜粋は版元のページでも読めますよ。
- 「For Lydia Davis, Language Is Character」(2019/11/12 The New York Times)
- 「Lydia Davis Loved Learning the Word ‘Look.’ These Essays Show Why.」(2019/11/05 The New York Times)
リディア・デイヴィスのエッセイ、冒頭の一篇「A Beloved Duck Gets Cooked: Forms and Influences I」では、いろいろな短文作家(短編作家よりも、むしろこう呼びたくなるような作風の作家たち)にふれられていて、作品の一部が引用されています。読んでいると、この作家もあの作家もという感じで、あれこれ読みたくなりますね。
ぼくはラッセル・エドソン(Russell Edson)が気になったのですが、どこかで見た名前だなあと思ったら、『MONKEY』Vol.2「猿の一ダース」で、柴田元幸さんが「今いちばん読みたい作家11名の作品」としてあげていたなかの一人ですね。同誌には、「中毒/犬たち/飢え/自然/変容/太った婦人が歌うのを待って」が柴田さんの訳で収録されています。
このほか『SUDDEN FICTION 超短編小説70』(文春文庫)にも入ってたのを思い出しました。収録されているのは「食事どき」。早速読み返そうと思ったら、手放してしまったのか、本棚で見つけられません……。
でも、気になった作家・作品はすぐに読みたいもの。しかも、作品が超短編の場合はなおのこと。調べてみると、おお、電子書籍が出ているではないですか。
- Russell Edson『The Tormented Mirror』(University of Pittsburgh Press)
大学出版局から出ている、詩とも超短編ともつかない、へんてこな作品集が電子書籍になっていること自体がちょっと意外ですが、すぐに読みたかったので、早速電子書籍で購入。早速開いてみると、電子書籍の画面表示を、通常の文字サイズにした状態で、1ページ、2ページで収まる作品ばかりが収録されています。それも、へんてこな内容のものばかり。でも、難解というわけではまったくなく、文章というか英語は平易なので、リディア・デイヴィスが好きな人はトライしてみるといいかもしれませんよ。
外国語の本は電子書籍で読むと便利かも、という話をまとめるつもりが、リディア・デイヴィスとラッセル・エドソンの紹介になってしまった(苦笑)。タイトルを付け替えて、このままアップし、電子書籍を利用した外国語読書については、稿をあらためます。