久しぶりに、読み終えるのが惜しいと思えるSF作品に出会えました。
- マーサ・ウェルズ『マーダーボット・ダイアリー』上下(創元SF文庫)
版元の内容紹介によれば、こんなストーリーです。《かつて重大事件を起こしたがその記憶を消されている人型警備ユニットの“弊機”は、密かに自らをハッキングして自由になったが、連続ドラマの視聴を趣味としつつ、保険会社の所有物として任務を続けている。ある惑星調査隊の警備任務に派遣された“弊機”は、プログラムと契約に従い、様々な危険から依頼主を守ろうとするが》。
大変好みのノリでした。キャラクターの設定や物語運びなど、作品自体の出来がいいのはもちろんなのですが、このおもしろさ、この読みやすさは、翻訳によるところが大きいのではないかと思いました。原文(英語)を読める人も、本シリーズは日本語訳で読むのがいいと思います。
表紙にある通り、この主人公の人型警備ユニットは女性タイプ(しかも、対人恐怖症という設定なのが効いています)で、上記の内容紹介にもある通り、一人称が「弊機」。この一人称がいいとSNSなどでも話題になっているようですが、これはある種の発明ですよね。読んだ方は同意いただけると思いますが、主人公の感じにぴったりなのですよ。原文はどんな感じなのかと思ってチェックしてみたら、もちろんふつうに"I"でした。日本語の人称は、というべきか、漢字の使い方はというべきか、はおもしろいし、そこにすぐれた訳者の工夫とアイディアが加わると、すばらしい翻訳作品となる。本作はまさにその好例でしょう。
マーサ・ウェルズは、本国ではシリーズもの複数を含む著作がすでにある人ですが、翻訳は初めてのようですね。ぼくも初めて読む書き手ですが、受賞歴がすごくて、《ヒューゴー賞・ネビュラ賞・ローカス賞トリプルクラウン&2年連続ヒューゴー賞・ローカス賞受賞》とあります。本シリーズには続編や他の短編もあるようなので、ぜひ中原尚哉さんの翻訳で他の作品も読みたいものだなあ。
これ、翻訳の文体がすばらしいので、本で楽しむのがいちばんだろうとは思うのですが、でも、主人公のキャラがいいので、アニメか実写映画かにならないかな、なったらおもしろいかもなあ、などという気もして、早速、脳内妄想キャスティングを開始したくなります。
というわけで、『マーダーボット・ダイアリー』、ロボットやヒューマノイド、アンドロイドなどが好きな読者には強くおすすめしたい作品です。上下巻で、長いのはちょっとという方がいるかもしれませんが、世界観と流れはつながってはいますが、独立しても読める中篇が4編収録されたものですので、長いのが苦手な方でも大丈夫そうですよ。