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空犬通信

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一巻ものの全集……『最後の楽園 服部まゆみ全短編集』

一巻ものの「全集」っていいですね。



全集が一巻に収まるのをよしとしたのはボルヘスだったか。ボルヘスは自身の全集がスペイン語版と英語版では(たしか)1巻に収まっているんですよね。ボルヘスが愛したポーもそうかな。


翻訳版が2018年から2019年にかけて刊行された『カート・ヴォネガット全短篇』は、日本語版は全4巻ですが、原書(『Complete Stories』)では1巻でした。950ページほどもある巨大な一巻ですが。


書影 カート・ヴォネガット コンプリート

↑分けることもできたはずですが、無理矢理に一巻にまとめた感があるところがむしろよかったりします。でも、さすがに抱えているのはつらいサイズで、机の上に置いてでないと読めません。


昨年、こんな短篇全集が出ました。



書影 最後の楽園

2007年に58歳の若さで亡くなっている服部まゆみの短篇全集。版元の内容紹介によれば、このような本です。《怪奇趣味の祖父をめぐる傑作ミステリ「「怪奇クラブの殺人」」、美と醜の二つの顔を持つ雛人形にまつわる怪異譚「雛」、切ない恋心が疑いと悲劇に変わる「葡萄酒の色」ほか、これまでほとんど読むことができなかった単行本未収録作はもちろん、追悼文集にのみ掲載された貴重な作品を含む、物語の歓びに満ちた十七編。密室、アナグラム、幻想と怪異、秘密と享楽……、絢爛豪華な服部まゆみの物語世界に酔い痴れる!》。


490ページ超の大部ゆえ、そして、流し読みを許さない文章ゆえ、年をまたいでの読書になりました。


すばらしい本だと思います。ファンなら迷わずに手にすべき1冊でしょう。ただ、それだけに、ちょっと気になる点もありました。《その伝説の作家が遺した短編作品の全てを収録した、決定版・短編全集》をうたうには、いささかあっさりした造りにも見えるのです。作品のほかには、初出一覧があるだけで、(編者がいないせいもあるでしょうが)まえがきもあとがきもなし、解題もなし、著作一覧もなしで、資料らしい資料は一切ありません。


各作品の初出は初出一覧を見ればいいのですが、過去に短編集『時のかたち』(東京創元社)に収録された作品群について、まったくふれられていないのはちょっと不親切かもなあ、などと思ってしまいました。「「怪奇クラブの殺人」」(正式表記が「」付き)、「葡萄酒の色」「時のかたち」「桜」が同短編集収録作品です。


《単行本未収録作》を含む、また《未発表作品収録》とありますが、本文や初出一覧にはどれが「単行本未収録作」「未発表作品」なのかの明記がありません。著者逝去後に、ご遺族(だんなさん)、服部正さんの手で編まれた自主制作小冊子『ミューズよ、かの人を語れ 服部まゆみの記憶と作品』に掲載された「無題」が後者に該当するのであろうことはわかりますが、『ミューズよ、かの人を語れ 服部まゆみの記憶と作品』がなんなのかについての説明などもありませんから、書誌情報的にはちょっと不親切かなあ、せっかくの決定版全集なのに惜しいなあ、という気がしてしまったのでした。


とまあ、こちらは編集に携わっていたこともあって、そのようなことが気になってしまいましたが、この本の価値を損ねるようなものではもちろんありませんので、著者の愛読者、とくに著者の作品に未読のものがある方(服部まゆみ作品は、古書がそれほど簡単に入手できるわけでもないので)には、かっこうの一冊、愛蔵したくなる一冊となるでしょう。


服部まゆみは、多作ではないものの、長編をいくつもものした書き手でしたから、長篇も含めた「全集」が一巻に収まる作家ではないのですが、短篇全集がこうした端正な一巻ものに収まるというのは、作家としては幸せなことなのかもしれないなあと、自身の装画作品を使って美しく装われた(装丁は柳川貴代さん)持ち重りのする、しっかりした造り本を手に、そんなことを思いました。



そもそもぼくは短篇全集というのが大好きなんですよ。敬愛する中上健次も一巻ものの短篇全集が出ています(偶然にも、版元は服部まゆみと同じ河出書房新社で、しかもページ数はヴォネガット『Complete Stories』と同じ「944」!)。中上は単行本も文庫も全集も持っているので、作品的には重なりまくってしまうわけですが、それでもやはり、この『中上健次全短篇小説』も持っておきたいし、この版で読みたくなることもあるんですよね。


短篇全集ではありませんが、佐藤泰志も、映画『海炭市叙景』でブレイク、本読みたちに「再発見」され、次々に文庫化されるまでは、一巻ものの作品集、『佐藤泰志作品集』が、代表作をカバーした定番の1冊でした。


野呂邦暢も、みすず書房の「大人の本棚」や「随筆コレクション」、文遊社の『野呂邦暢小説集成』などが出るまでは、短篇や随筆を幅広くまとめた一巻ものの作品集、『野呂邦暢作品集』(文藝春秋)が、便利で内容の濃い1冊として読者の渇を長く満たしてくれたのでした。



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