まさか邦訳が出るとは思いませんでした。
- Tracey Thorn『Bedsit Disco Queen: How I grew up and tried to be a pop star』(Virago Press)
EBTG(エヴリシング・バット・ザ・ガール)のトレーシー・ソーンのメモワール。イギリスではベストセラーになったとかで、Wikipediaの英語版には、原書の項目まで立っていたりします。
これ、若かりしころのトレーシーのギター姿が印象的なジャケに惹かれて手にしたのは、もう何年か前のことなんですが(原書は2013年の刊)、昨年読んでみたら、いやはや、これがもうなんというか、実におもしろくて。空犬通信でも紹介したいなあ、でも、英語版だしなあ、ということで、なんとなく迷っていたら、なんと、邦訳が出るというではありませんか。「エヴリシング・バット・ザ・ガールのトレイシー・ソーンの自伝 日本語版の詳細発表」(5/15 amass)。
- トレイシー・ソーン『安アパートのディスコクイーン トレイシー・ソーン自伝』(ele-king books)
版元の内容紹介を引きます。《ネオアコの女王であり、DIYポストパンクの継承者であり、フェミニストであり、そして、パンク / ニューウェイヴ大大大好き少女の物語》。
《トレイシー・ソーン自らの半生について
パンク、ポストパンク、ダンス・ミュージックやトリップホップについて
ザ・クラッシュ、ポール・ウェラー、ザ・スミスについて
プライマル・スクリーム、マッシヴ・アタックについて
ラフトレードや、ポストカード、チェリー・レッドについて
そして政治とフェミニズムについて
ウィットに富んだ文章で綴るベストセラー本です》。
トレーシーにとっての音楽的ヒーローであるポール・ウェラーやモリッシーのこと(偶然にも、この二人はわたくし空犬にとっての音楽的ヒーローでもあります)、ベン・ワットとの出会い、EBTGのスタート、音楽的成功、ワールドツアーの日々などなど、全編に興味深いエピソードが満載。登場人物は多彩で、上にあげた三人や内容紹介にあるミュージシャン・バンド以外にもシーンの重要人物がわんさか出てきます。
情報量がすごい、音楽史的に資料として貴重というだけでなく、読み物としてもおもしろいんですよね。トレーシーの文章は、独りよがりなところがぜんぜんなくて、とても読みやすい。EBTGだけでなく、マリンガールズ時代などの図版も収録されています。本人の詞が各章末に添えられているのもgood。とにかく、すごく読み応えがあるのです。
イギリスの音楽シーン、とくにパンク&ニューウェーブ/ポストパンクシーンに興味のある人にはおすすめ、というか必読といっていい1冊だと思いますよ。
ところで。音楽好きには、作品だけがあればいい、という人もいれば、どんな人がどのようにその音楽を生み出したのかを知りたい、という人もいるでしょう。
ぼくは(もちろん、その作品への思い入れの程度にもよりますが)どちらかというと後者のタイプなので、音楽書をよく手にします。なかでも、アーティストの自伝やインタビュー集など、アーティストの肉声が聞こえてくるタイプの本は好みです。
ただ、この手の本、ちょっと気をつけないといけないのは、メンバー間がうまくいかなくなって解散したバンドの当事者の自伝やインタビューには、ああ、こんなこと知りたくなかったなあ……と読後に後悔したくなるような、バンドメンバー間のどろどろや、それこそ法廷闘争が描かれていたり、他のメンバーの悪口が書かれていたりすることもしばしばあります。そういう負の面も込みで作品を楽しめればいいですが、やっぱり、「あんなにすばらしい音楽を生み出した人が……(涙)」となっちゃう場合もありますからね(苦笑)。
今回紹介した本は、そういう「ああ、こんなこと知りたくなかったなあ」的な描写はまったくありませんから、その意味でも安心して読めますよ(笑)。