これ、とにかく、めっぽうおもしろい本でした。
- 前野ウルド浩太郎『バッタを倒しにアフリカへ』(光文社新書)
仮面ライダーの怪人、それも旧1号時代の怪人にしか見えないご本人がかっこいいポーズを決めている表紙からして、もう最高(笑)。「恐怖! 怪人バッタ男」(あの昭和特撮の書体で)。そういう目で見ると、書名も特撮っぽいものなあ(笑)。
すごいのは表紙だけではありません。本文もすごいんですよ。「まえがき」を読み始めると、5行目にいきなり衝撃的なことが書いてあるのです。
《私はバッタアレルギーのため、バッタに触られるとじんましんが出てひどい痒みに襲われる》。
バッタアレルギー?! カバー裏の著者紹介には「バッタ博士」と書いてあるし、バッタを追ってアフリカまで行ったというし、こうしてバッタで本を書いているのに?! 頭の中が?と!とでいっぱいになりかけたまま読み進めると、さらに、その後にも、常人には理解も共感もできないことがさらりと書いてあるのでした。
《子供の頃からの夢「バッタに食べられたい」を叶えるためなのだ》(本文でも「」部分は太字になっています)。
《虫を愛し、虫に愛される昆虫学者になりたかった》はわかるとして、《緑色の服を着てバッタの群れに飛び込み、全身でバッタと愛を語り合うのが夢になった》って……(苦笑)。
これだと、怪しそうでおもしろそうだけど、どんな本なんだかよくわからない、という人も多いでしょう。版元の内容紹介を見てみます。
《バッタの群れは海岸沿いを飛翔し続けていた。夕方、日の光に赤みが増した頃、風向きが変わり、大群が進路を変え、低空飛行で真正面から我々に向かって飛んできた。大群の渦の中に車もろとも巻き込まれる。翅音は悲鳴のように重苦しく大気を振るわせ、耳元を不気味な轟音がかすめていく。このときを待っていた。群れの暴走を食い止めるため、今こそ秘密兵器を繰り出すときだ。さっそうと作業着を脱ぎ捨て、緑色の全身タイツに着替え、大群の前に躍り出る。
「さぁ、むさぼり喰うがよい」》
版元の内容紹介も、まったく同じノリで書かれているのでした(笑)。
アフリカでときに大発生しては農作物を食い荒らして甚大な被害をもたらすというサバクトビバッタ。そのバッタを研究し、アフリカをバッタ被害から救うために、西アフリカのモーリタニアへ向かった若き昆虫学者が、アフリカへ行くまでとアフリカでの研究の日々をおもしろおかしく綴った科学ノンフィクション。多少、本の内容を補うとするとこんな感じでしょうか。
でも、このような内容紹介ではこの本のおもしろさはまったく伝わらないと思うので、まずは書店で本書を手にとり、その衝撃の表紙を楽しんでから、まえがきをざっと読んでみてください。それで興味を引かれたら(字で見るのも苦手、というよほどの昆虫嫌い以外は、まったく引かれずにいるのも難しいのではないかと思いますが)、ぜひ最後まで読んでみてください。きっとおもしろく読めますよ。めっぽうおもしろい本なので、バッタ、虫に興味のない人にも読んでほしいなあ……と、ふだん虫本を手にとることはまずないぼくもそんなふうに思ったのでした。
著者は、前野ウルド浩太郎さん。ミドルネームの「ウルド」は本書によれば、「○○の子孫」の意だそうです。本書は、前野さんの2冊目のバッタ本で、前著『孤独なバッタが群れるとき サバクトビバッタの相変異と大発生』(東海大学出版部)があります。
その前野さんが選書したフェアが、東京・吉祥寺のBOOKSルーエ、1階で開催中です。
↑こちらはBOOKSルーエのフェア仕掛け人、花本氏お得意のフェアフリペ。前野さんの著書2冊はサイン本も並んでいましたよ。
ところで。バッタ博士、前野ウルド浩太郎さんには、実は以前にお会いしたことがあります。本書にもきわめて印象的なかたちで登場する元プレジデント社、現苦楽堂社主の石井伸介さんが、当方の企画のイベントだったか書店員の会だったかに連れてきてくださったのでした(石井さんは、書店員の集まりに、出版人や書店人「でない」知り合いを予告なしでいきなり連れてくる、ということを吉祥寺時代にはしばしばしていたのでした)。
残念なのは、せっかく前野さんにお会いしたのに、しかも、こんなにおもしろいネタを抱えまくっている人なのに(本はまだなく、blogもまだ読んでいなかったのでした)、おもしろい話はほぼ何もできなかったことです。
なにしろ、こちらはバッタにも虫にもまったく縁のない身。当方の手持ちでいちばんバッタ的な話題は、仮面ライダー旧1号(バッタがモチーフになっている)なんですが、とても仮面ライダーの話ができる相手とも思えない(苦笑。バッタ博士を世に広めることになった重要人物の一人、石井さんは大の特撮好きだが、ここではその話はまったく関係がありませんね。さらに言うと、石井さんは昭和のプロレス大好き、それも親日派のプロレス者なので、こうしたいわば異種格闘技戦とも言うべき出会いを若き書店員たちに意図的にしかけ、書店員や空犬たちが、コミュニケーション力や業界外の話題への対応力を問われて右往左往するさまをふふふと楽しげに見ていた可能性が高い。異種格闘技戦のプロモーターのような人なのでした)。
ちなみに、前野さん、我々の会にいらしたときはふつうの格好を、つまり民族衣装でも、緑のボディスーツでもないふつうの服を着ておられたので、表紙写真を最初に見たとき、記憶にある脳内の前野さんの姿とイメージがなかなか結びつかなくて困りました(笑)。
前野さんとの縁ではもう1つ。石井さんが《他社本の宣伝しまーす。全国の書店員の皆さんに、本書p.277 を全力でお知らせしたく》とツイッターに書いていたのを見て、本を読む前に知ったのですが、本書には、こんなくだりが出てきます。
《一度「ブックンロール」という出版・書店関係者のイベントにつれて行ってもらった。全国のカリスマ書店員さんたちがトークをし、本に懸ける生き様やこだわりなどを熱く語る姿を目の当たりにした。本気の人間は実にすがすがしくてカッコいい。書店員がこんなにもカッコいい職業だったなんて知らなかった》。
当方のブログを読んでくださるような、本や本屋さんを愛するみなさんも、このくだりを目にするだけで、本書を手にとりたくなったのではないでしょうか。
一般向けの新書に「ブックンロール」という文字列が登場するのはもちろん初めてのことで、おそらくは最初で最後でしょう。今年、書店員トークのないかたちでではありますが、ブックンロールを部分復活させることを決めたら、こんな出会いが。ただの偶然にしてはできすぎで、「ブックンロール」の企画者・主催者として、なんともうれしくなってしまったのでした。