『シン・ゴジラ』が大ヒットということで、ふだんなら特撮だの怪獣だのの話にはまったく反応しそうにない人まで、街中で、オフィスで、電車の中で、堂々とゴジラの話をしていたりするので、やっと怪獣好きが幸せに暮らせる時代が来た(←ちょっと違う)と大変うれしい空犬です。
その『シン・ゴジラ』のゴジラは、広く報道されている通り、着ぐるみではなくシリーズ初のCGゴジラ。「中の人」はいないわけですが、そういうときに、「中の人」をめぐる本が複数出てくるのはおもしろいものですね。
- 大倉崇裕『スーツアクター探偵の事件簿』(河出書房新社)
- 美奈川護『弾丸スタントヒーローズ』(集英社文庫)
- 『日本特撮技術大全』(学研プラス)
『スーツアクター』は《ひょんなことから、怪獣に入って演技する「スーツアクター」のコンビを組むことになった、椛島雄一郎と太田太一。映画撮影所で次々とおこる謎の事件を、この凸凹なふたりが解決する!》という、ミステリ。スーツアクターがいったいどんな仕事で、どんな苦労があるのか、といった裏話やうんちくが満載で、特撮好きならば、謎解きの部分がどうこう抜きにして楽しめるかもしれません。
大倉崇裕さん、怪獣関連文献でよく目にしてはいましたが、小説を読むのは初めて。過去作には、食玩などの怪獣コレクターが暗躍する小説もあるというので、探してみました。『無法地帯 幻の?を捜せ!』(双葉文庫) 。書名の「?」は文字化けではなくて、ほんとに「?」が表記されています。
内容紹介を引くと、《空前の「食玩」ブームにより、400万円のプレミアがついたレアグッズをめぐる争奪戦が勃発。怪獣大好きのヤクザ、食玩コレクターの私立探偵、モラルゼロのオタク青年──。幻の?を奪い合う、仁義なき戦い。勝者は誰だ! オタク道38年の著者がおくる、情熱のオタクミステリー》というもの。
登場人物の誰にもまったく感情移入ができない、怪獣好きの当方でもあきれるというか引いてしまうというか、そんな世界の話で、さすがに、おもしろく読むにはやや痛いというかなんというか、同じく濃い話ではあるけれど、楽しく読ませる『スーツアクター』に比べると、こちらは怪獣好きにとってもちょっと微妙な内容に思える作品でした。当方、怪獣好きとはいえ、食玩にも、プレミア云々にもまったく興味がない身なので、ああ、こういう趣味がなくてほんとよかったと、なんだか安心させられたりしています(苦笑)。
『スタントヒーローズ』は、帯の惹句にも使われている作中の台詞、《誰かのヒーローになりたいんだ》が、この作品世界のすべてを言い表しているといっていいような、すごくストレートで、気持ちよく、そして楽しく読める「中の人」小説でした。
版元の内容紹介を引きます。《千鶴は冴えない大学二年生。ある日、父から「双子の嗣美が怪我をした」という突然の連絡が。駆けつけた先は、なんと映画の撮影現場だった。そこで美作という女性スタントマンに出会った千鶴は、成り行きでスタント・チームに所属することになる──。幼い頃の火事の記憶、母親との葛藤、姉妹の確執を乗りこえて成長していく、一人の女性の物語。共感と感動と癒しの青春×家族×お仕事小説!》
特撮の中の人の話は物語の一部で、映画・ドラマのスタントの話も多いので、特撮度が高いわけではありませんが、ヒーローショーのスーツアクターを主人公がつとめるくだりなど、特撮好きにはなかなかぐっとくる展開になっていますし、特撮の実作品さながらの熱い台詞もいっぱい出てきます。楽しく読める1冊になっていると思います。
『日本特撮技術大全』は、まさにタイトルそのままの本。内容紹介を引きます。《ゴジラシリーズ、ウルトラシリーズ、昭和・平成ガメラ、東宝戦記大作…“特撮”はいかにして創られるのか? 中野昭慶、矢島信男、井口昭彦、開米栄三、村瀬継蔵、比留間伸志ほか多数、特撮界のレジェンドが語る“秘術”のすべて!》
この紹介文にある通り、特撮の「作品」ではなく「技術」にスポットをあてた1冊になっています。何しろ、本全体のイントロ的な位置付けの、氷川竜介さんによる「大特撮年代記」と同じく氷川さんの「序論」が終わり、本編に入ると、いきなり最初が撮影所の歴史と変遷で、次に、撮影所内の職種の解説や、撮影所の現場の様子のイラスト図解などがあり、その後は「講義」というかたちで、造形、美術など、分野別に特撮マンたちの話がずらりと続きますから。
作品論とか作品紹介を期待して読むと(この書名、この値段でそんなふうに気軽に手にとる人はいないでしょうが;苦笑)びっくりすることになると思いますし、こういうのが好きな方なら、そのまま読みふけってしまうことになりそうです。
何しろ大部なので、まだ読み終わっていないのですが、いやはや、これ、実におもしろいなあ。作品にしか興味がない、実作品が観られればそれでいい、という人には地味過ぎる話が延々続くことになり耐えられないでしょうが、特撮がどのようにつくられているのか、どういう人たちがこの世界を支えてきたのか、といった部分にも興味関心のある当方のような特撮好きには、こたえられない1冊だといっていいでしょう。
中身のほうはともかく、何か注文があるとしたら、造本かなあと思います。すでにレビューなどでも指摘されていますが、値段(7000円超)の割に造本に重厚感がなく、本体はカバーなしの並製だし、別冊付録の台本レプリカ2冊(『三大怪獣 地球最大の決戦』『ゴジラVSビオランテ』)も、菓子箱みたいなやわい箱に入れて、その箱ごと外箱に入れるしくみで、ひっかりやすいし、箱自体もなんだか安っぽい。
本文のフォントやレイアウトも、この値段と内容を考えれば、もう少し大人っぽいものにしてほしかったなあ、という感じで、とにかく、値段に比べて軽い、物足りないというのが、手にしたときの、視覚的・物理的な印象です。
特撮の現場がCG中心になり、ゴジラでさえ、着ぐるみではなくCGでつくられる時代になったことを思えば、今後、このような昭和アナログ特撮のこれまでをまとめた大部の本、豪華本は出しにくくなることは明らかです。その意味で、今回の本は、今後同種の本は出ないかもしれないが、それでもこれがあるからいい!とファンに思わせるぐらいの、中身だけでなく造りも決定版と言えるような、そんなものにしてほしかったなあと、このジャンルを愛してやまないファンとしては、思わずにはいられないのです。
まだ全部読み切っていませんが、これまで目をとおした印象では、中身はすばらしいだけに、それだけが残念です。
とはいえ、造本云々は内容に直接影響するものではありませんから、そういうことが気にならないという方もいるでしょう。逆に、値段不相応な造本・装丁に感じられるから、とそれだけの理由で敬遠してしまうのはもったいないように思います。特撮好きはぜひ手にしてほしいと思いますし、(値段的にも分量的にも内容的にも初心者向けの入門的なものではないことは承知のうえで)この『シン・ゴジラ』ブームで、特撮のこれまでに興味を持った、怪獣映画がどんなふうに撮られたのかを知りたくなった、なんて人がもしいたら、そういう人が手にしてくれたりしたらうれしいなあ、と夢想したりもするのです。