これまでロンドンの本屋さんについて紹介してきましたが、今回は番外編を。古書店街のある、というか街全体が古書店街といった趣の「古本の町」として本好きの間では有名なウェールズの街、ヘイ・オン・ワイ(Hay-on-Wye)に行ってきましたので、その様子をレポートしたいと思います。
ただ、行ってきた、といっても、実際には現地での滞在時間は2時間ほど。というのも、この町、行くのがちょっと大変なんですよね。町へのアクセスについては、この記事の最後にまとめますので、行ってみたいという方はぜひ参考にしてみてください。ロンドン本屋巡りの参考になる本として紹介した『ワンテーマ指さし会話 ロンドン×本屋』にも、ヘイ・オン・ワイの章がありますので、そちらも参考になりますよ。(一般的な意味での観光地ではないので、一般のガイドブックでヘイ・オン・ワイについて詳述されているものはあまりないようです。)
バス停に着くと、道の反対側、すぐのところにインフォメーションがあります。
↑インフォメーション。インフォメーションにつながっている左側の建物は、おみやげ屋さんかと思ったら、園芸用品・台所用品なども扱っている、ちょっと不思議な品ぞろえのお店でした。インフォメーションの脇にも古本棚。
現地に到着したら、まずはインフォメーションで書店マップを入手します。
わかりにくいと評判だ(苦笑)というのをガイドで事前に読んでいましたが、実際に、この地図を片手に町を回ってみると、うーん、たしかにわかりにくい(苦笑)。というか、これ、店と通りの位置関係が間違っているのでは、というようなところがあって、案の定迷わされる羽目に。限られた時間しかない身はちょっといらいらさせられたりもしました。
↑インフォメーションの脇が街への入り口になっています。
↑Hay Castle(ヘイ城)。庭には、古本棚が無造作といっていい感じで置いてありました。
とにかく、時間がなかったので、店を絞りました。
町の名前を冠していることからもわかるとおり、幅広いジャンルの古書を扱う大きめの古書店でした。新刊のバーゲン本などの扱いもありましたよ。店内のチェックに夢中で、写真を撮ってくるのを忘れてしまいました。ぼくはこの店では収穫なしだったんですが、家族は何冊か、掘り出しを見つけていたようです。1軒目で何も買えなかったので、ちょっとあせりが(って、別に無理して買うことはないんですが、この気持ち、古本好きならばわかっていただけるかと……)。
↑外観。ウインドー下やドア脇のイラストも看板もいかにもという感じです。
ヘイ・オン・ワイでいちばん訪問したかったお店です。店名からわかる通り、ミステリーの専門店です。フィクションだけでなく、評論や評伝、実録犯罪ものなどもありますし、ホラーにも棚が割かれていました。
ぼくは熱心なミステリー読みではないんですが、今回の旅の目的のテーマの1つがシャーロック・ホームズだったので、何かホームズ関連の本を1冊でも見つけたいなあ、と思っていたのです。
店は、1階と2階の2フロア。それぞれのフロアはそんなに大きくはありません。1階には、ホラーとミステリーの上製本が並んでいます。ホームズ・ドイル関連本も1階の棚の一画に並んでいました。
1階の奥には小部屋があり、そこには犯罪実録ものが並んでいました。小さな部屋の棚におどろどろしい書名の本がぎっしり。小部屋の床には事故現場などに描かれるひと型まで。好きな人にはたまらないでしょうが、ふつうの読者なら長時間いたらうなされそうです(苦笑)。
店内の壁には作家らのポートレートがずらりと並んでいます。2階への階段脇にも棚が設けられ、本のほかに、蝋人形などの展示物も並んでいます。先の小部屋の意匠といい、雰囲気はさながら蝋人形館かホラーハウスかといった感じですね(笑)。
2階には、くたびれて、背が割れて書名を読むのも大変そうな古びたものから、最近の新古本まで、ペーパーバックがずらりと並んでいました。
決して大きな店ではありませんし、(とくに2階は)貴重な本ばかりがずらりというわけでもなさそうではありましたが、ミステリ好きならばいくらでも長居できそうなお店でした。
1階も2階も、時間をかけてじっくり見ていったら、おもしろい本がたくさん見つかりそうな雰囲気が濃厚にしていましたが、さすがにこの店だけでそんなに時間を使ってしまうわけにはいきません。今回の主目的であるホームズ本を、ということで、1階のホームズ関連本を集中的にチェック。何冊か買いたいものが見つかりました。買った本については、ホームズ関連のレポート記事で報告します。
↑Addyman BooksはMurder & Mayhemの向かいにあります。
ヘイ・オン・ワイ関連のガイドなどの情報によれば、先のマーダー&メイヘムとあ同じ経営母体なのだそうです。1軒目のヘイ・オン・ワイ・ブックセラーズ同様、幅広いジャンルを扱う大きめのお店です。先のヘイ・オン・ワイ・ブックセラーズと違うのは、こちらは店の造りがでこぼこというかなんというか、どのような造りになっているのかがよくわからないような、迷路っぽいつくりになっているところ。
店内は、短い階段で上下するところがあったり、1つの部屋が1つのジャンルにあてられていたり、さらに部屋や廊下の一画を区切って、展示スペースにしていたりと、本の見せ方やまとめ方に工夫(なのか、それともこうなっちゃった、という感じなのかはわかりませんが)があります。そうした部屋やスペースに、名前がついていたりすることもあります。「Bat Cave」と名づけられたスペースにはドラキュラ関連本が並んでいましたし、名前はついていなかったけれど、スチームパンク関連を詰めた特集部屋のようなスペースもありましたよ。SFも独立していて、観光客姿のカップルが、何やら熱心に古いSF雑誌を次々に引っ張り出しては、ああでもないこうでもないいいながら眺めていました。
文芸書を集めた部屋があったので、ちょっと丁寧に見ていくと、「Books on books」の棚がありました。『Bookbinders in London』など、製本業者の本がいくつもあるのに、書店関連の本はほとんどありません。日本ならば、この規模の店にこういう棚があれば、確実に(古)書店主が書いた本などがいくつも見つかるところですが、そうした本は1冊もありませんでした。日本の「本の本」の棚とはずいぶん印象が違うなあ、という感じでした。
↑Addyman Books店内、文芸書を集めた部屋に、本の背を集めたデザインのクッションがおかれていました。
あちこちに掘り出し物のありそうな予感のする、ものすごく買い物したくなる気分にさせられるお店でしたが、ここでも残念ながら収穫なし。というか、欲しいなあ、と気になる本はいくつかあったんですが、意外に値段が高めだったので、ちょっと手が出ませんでした。残念。
インフォメーション脇の入り口を入ってすぐのところにある、最初に目にはいる書店。帰りがけ、バスの時間まで少しだけ時間があったので、最後に寄っていくかと、ほとんど何の期待もせずに寄ってみたお店です。
でもね、古本者の嗅覚がはたらくわけですよ。店に入ったとたん、何か予感がしたわけです。で、見てみると、何列も並んでいる書棚の側面に、ビニール袋に入ったSF雑誌が飾られています。これは!と思って、棚を見てみると、『アメージング・ストーリーズ』や『アスタウンディング』など、昔のSF雑誌がたくさん並んでいるではないですか! しかも、1冊3ポンドですから、500、600円という感じ。見れば、50年代のものから80年代、90年代あたりのものまで、棚1段にぎっしり並んでいます。
なんで帰る直前になってこんな発見が! 選んでる時間ないから、この棚一段全部まるごと買いたい!などと一瞬、正気を失いかけましたが、さすがにまだ旅程を残している家族旅行の途中で、そんなことができるわけもありません。とりあえず、音速でチェック、数冊だけ(泣く泣く)選び出しました。
レジに持っていったら、ちょっとだけおまけしてくれて、2冊で5ポンドに。ああ、あの棚の1段、全部買うっていったら、どれぐらい負けてくれるかなあ、全部買っても1万円でお釣りが来るんじゃないかなあ、などと、そんなことを思いながら、(後ろ髪を引かれまくりながら)ヘイ・オン・ワイを後にしたのでした。
↑同店で買ってきた雑誌2冊。『ASTOUNDING SCIENCE FICTION』の1955年2月号と、『AMAZING / FANTASTIC』の1983年5月号。『ASTOUNDING』のほうは、フレドリック・ブラウンの「火星人ゴーホーム」の掲載号ですよ。調べてみたら、初出は1954年の9月号。アメリカの本家版に掲載された後、このBritish Editionに数か月遅れで掲載された、ってことなんでしょうね。
別に初出がどうとか、オリジナルがどうとかにこだわっているわけでも、ブラウンをコレクトしているわけでもないですが、なんだかちょっとうれしい買い物です。
ぼくはSFは好きですが、SF雑誌、とくに欧米のSF雑誌についての知識はぜんぜんないので、これらのSF雑誌、とくに英国版のSF雑誌にどの程度価値があるのか、古書の相場がどうなのか、などはまったくわかりません。でも、そんなことはどうでもいいのですよ。たとえ、この2冊が、そしてあの店の棚に並んでいた古雑誌群が、二束三文の、古書的にもSF的にもとくに価値のないものだったとしても、そんなことはまったく問題ではないのですよ。
SF作家、アーサー・C・クラークが若き日々に出会ったパルプ雑誌への愛を綴った自伝的エッセイ『楽園の日々 アーサー・C・クラークの回想』(ハヤカワ文庫)を愛読してやまない身にとっては、イギリスで、昔のSF雑誌の古本の山を目にし、うち何冊かを実際に手にできた、それだけでもう充分にうれしいのでした。あー、でも、やっぱり「これ、一段、全部ください!」って、やっちゃえばよかったなあ、こっそりと(←だから、家族旅行では無理だってば(苦笑))。
後日談。このレポートをまとめるため、お店のサイトを調べて、アクセスしてみたら、なんと、公式サイトに「Science Fiction &Fantasy」や「Vintage Magazines」などとあるではないですか! そうか、そちら方面に強いお店だったんですね……。ああ、これ、事前にわかっていたらなあ。と、悔しいような気もしますし、あそこでふらりと入りたくなったのは、やっぱり古本者にしてSF者の勘がはたらいたからだな、ふふふ、という、我ながらどうしようもないことを思ったりもしているのでした。
以下、実際には中を見る時間はなかったんですが、前を通ってきたお店をせめて写真だけでも。
とまあ、そんなわけで、わずか2時間ほどの滞在ですから、古本の町を満喫したとはとても言えないのですが(写真が少ないのもそのためです……)、短時間だった分、ぎゅっと濃縮した時間を過ごせたのもたしかで、思いのほか、楽しい訪問となりました。
でも、やっぱりね、もう少し時間があったらなあ……。
というわけで、これから訪問される方は、ぜひ半日はいられるよう、旅程を調整されるといいと思います。
最後に、ヘイ・オン・ワイへの行き方についてふれておきます。ロンドンから行く場合とそうでない場合でも違いますから、下記はあくまで参考程度にお読みください。
今回は、前後の宿泊地の関係で、シュルーズベリーという町から日帰りで往復というルートになりました。まずは鉄道で、ヘレフォードという町へ。ヘレフォードからヘイ・オン・ワイへはバスになります。
ヘレフォードの駅は、ほんとうに何もない田舎駅で、売店・カフェも構内にしかなく、改札を出ると売店すらありません。駅前の様子をまったく知らなかったぼくたちは、そのまま改札を出てしまったので、バスの待ち時間を駅のベンチで無為に過ごすことになりました。ヘレフォードを利用される方は、ご注意を(駅構内の売店には、座るところもありますし、コーヒーなども飲めます)。
改札の外には、当然、バスの案内ぐらい出ているだろうと思ったら、そういう表示もまったくありません。しかたなく、駅の人に聞いたら教えてくれましたが、バス停は駅からすぐのところではあるものの、表示などが不親切なので、知らないと迷いそうです。ちなみに、駅を出て、左のほうに進み、少し歩いたところにバス停はありました。
↑これがヘイ・オン・ワイへのバスが出るヘレフォード駅のバス停。
ヘイ・オン・ワイへは、バスで1時間ほど。バスは大人2人+小人1のリターン(往復)で15ポンドでした。地元の人がふつうに利用しているような感じのバスで、車内にトイレはありませんし、もちろん途中のトイレ休憩などもありませんので、ご注意を。
ヘイ・オン・ワイは終点ではなく、音声ガイドなどもないので、着いたら教えてね、とドライバーに言っておくほうがいいかもしれません。ヘイ・オン・ワイのバス停の近くには、おみやげ屋さんやトイレなどがあり、道の反対側にインフォメーションがあります。トイレは有料(0.20)で、硬貨が必要でした。
バスは行きも帰りも本数が少なく、最終も早めなので、バスの時間は事前に調べておくほうがいいでしょう。