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空犬通信

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探偵者再び驚愕必至……大坪砂男全集創元推理文庫版がとうとう刊行開始

以前に、渡辺温『アンドロギュノスの裔(ちすじ)』(創元推理文庫)を紹介したことがありました。こちら。その末尾に、こんなふうに書きました。


《ところで。薔薇十字社の本で、探偵関連で、アンソロジーなどでは読めるけど文庫など単独本がなくて、と、いろいろ共通点の多い作家といえば、大坪砂男ですよね。これも、けっこうな値段出して、全集、買ったんだよなあ。結局、読み返すのは「天狗」一作だったりするんだけど、それでもやっぱり全集で持っておきたかったんだよなあ。東京創元社さん、ま、まさか、これは文庫にしたりしませんよねえ……。》


文庫化の噂が出ていることをその後知るわけですが、それから待つこと1年以上。とうとう、刊行されましたね。BOOKSルーエで買ってきました。



大坪砂男全集1

版元の内容紹介を引きます。《高木彬光、山田風太郎らとともに、江戸川乱歩から“戦後派五人男”と称された不世出の天才・大坪砂男の作品を、旧全集二冊の全収録作に、単行本未収録作ほか随筆、著者にまつわる文章等を増補し、単独名義としては初となる文庫版にて全4巻に集成。本巻には「赤痣の女」をはじめとする、警視庁鑑識課技師・緒方三郎もの全短篇などの本格推理作品を収録した》。


全4巻ですか。1巻1300円ですから、全部買うとけっこうな額になりますが、薔薇十字社版全集の古書価を思えば、また、全集未収録作品がカバーされていることを考えれば、ファンにはぜんぜん高くはありませんよね。


『アンドロギュノスの裔(ちすじ)』のときに書いたことの繰り返しになりますが、薔薇十字社の全集を持っている身としては、今回の文庫化、悔しい気がまったくしないではないんですが、まあ、そこはやはり、手軽で読みやすい文庫になって、ふつうに買えるようになるのはうれしいことだと思わなくてはいけませんね。


大坪砂男と言えば、やはり「天狗」。もう何十回読み直したかわからない、大坪作品のベストというだけでなく、大正・昭和の探偵小説に範囲を広げてもベスト3に入れたいぐらいの、超偏愛作品です。同作については、過去にも、こんな記事こんな記事でふれています(うち、後者では、西村賢太さんによるすばらしすぎる「天狗」評を引用しているので、ぜひ)。その「天狗」は、全4巻のうち、2巻に収録されるようで、2巻の表題にもなっています。別に全集でも、国書刊行会の探偵クラブでも読めるんだけど、でも、やっぱり楽しみだなあ。


大坪砂男 国書 探偵クラブ

↑国書刊行会の「探偵クラブ」の大坪砂男の巻「天狗」。1巻本としては最高の選集で、全集ではなくこちらのほうで、何度も再読してきました。


文庫になること自体、奇跡的なこと、探偵者としては、ただただ喜んでいるべきで、よけいなことを書くべきではないかもしれませんが、偏愛作家の文庫化なので、やっぱり気になったことも書いておきます。このすばらしい文庫全集に、1つだけ個人的に残念なことがあるとしたら、装丁がちょっとイメージと違う感じに思われたこと。「イメージと違う」などといっても、こちらが勝手に思い描いている「イメージ」ということで、別に正解があるという話ではないのですが……。


全体の赤を基調にした色使いとか、表1の書名回り、そして、とくに背の感じが、なんだか時代小説っぽく見えてしまうのが、個人的にはちょっと不満で……。同じく薔薇十字社の全集から奇跡的に同文庫入りした『アンドロギュノスの裔』の装丁が、シンプルでモダンで洒落ていて、最高にかっこよくて、作家にも作品にもぴったりの、実にすばらしい装丁だっただけに、(比べても意味ないことだとは十分に承知しつつ)よけいに残念に思えてしまうのかもしれません。今回も、『アンドロギュノスの裔』を手がけた柳川貴代さんの装丁だったらなあ……などと詮無いことを思ったり。


ただ、あくまで個人の好みにちょっと合わなかったというだけで、このすばらしい文庫全集の疵となるようなことではありません。大坪砂男の名前に思い入れのある探偵小説好きは全員必携でしょう。また、名のみ聞きながら読む機会がなかった、という、初めての読者にも(最初から全集で読むのが、入門としてどうかというのはありますが)最良の入り口となるかもしれません。おすすめです。


なお、初めての方は、この1巻を手にとってみて、どんな雰囲気なのか、のぞいてみるのもいいですが、やはり代表作を含む2巻の「天狗」を待つのがいいのではないかと、個人的には思います。


大坪砂男 薔薇十字社版全集 書影大坪砂男 薔薇十字社 全集2

↑我が家の宝物本の1つ、薔薇十字社版全集、全2巻。けっこうな値段を出して買いました……。ご覧の通り、全集の装丁も赤と黒が基調になっています。文庫全集の装丁、色味は、この全集を意識したのかなあ。ただ赤と黒が共通する、というだけで、イメージはまったく違いますね。


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