書店が「出会い」の場所であること……そのことについて考えるきっかけになってくれそうな論考を2つご紹介します。
- 「書店は出会いの場である必要があると思う。」…TIBF講演の抄録。【本棚を編集する 恵文社一乗寺店の棚作り】(9/1 全国書店新聞)
- 「HMV渋谷店閉店! 小売の衰退が社会に及ぼす深刻な影響とは?」(日経トレンディネット)
最初の1本は、京都にあるユニークな書店、恵文社一乗寺店の店長、堀部篤史さんが、第17回東京国際ブックフェアの専門セミナーで、『本棚を編集する』と題して行った講演の抄録。
本好き書店好き、書店関係者には全文を読んでいただくのがいちばんいいんだけど、印象に残った部分を少し引いて紹介します。
《ウェブサイトには、開設当時に僕が恵文社について書いた説明を掲載している。(中略)『とにかく新しい本』を紹介するのではなく、一冊一冊スタッフが納得いくものを紹介したい。/ただ機能的に本を棚に並べるのではなく、思わぬ出合いにぶつかるような提案をしたい」「情報伝達の速度が増していくばかりの昨今、本の持つアナログ感、情報伝達のスローさなどを大事にしていきたい」と書いている。》
《本の選び方だが、まず、「純然たる情報に重きがない本」というのが当店のセレクト基準のひとつだ。/インターネットで検索できる情報と本の知識は別のもので、実用的であればあるほど検索で代用できる。(中略)当店では、料理書などにしても、写真が美しくて装丁も良く、その著者の主観があるものをなるべく選ぶようにしている。》
《二つ目は、ものとしてのオーラがある本。/本にはコレクションの要素や、それを持つことに、ある種の喜びを感じるものもある。》
《三つ目は編集の巧みな本。/これは純然たる情報に重きがない本に近いのだが、どういう語り方をしているか、一部分だけを取っても意味をなさず、1冊丸ごと読むことによって、その世界観ができている本だ。》
《インターネットだと、自分が読みたいものだけをクローズして見られるので、全体の知識像が見えない。/自分が何を知っているかではなくて、何を知らないかを知っていることが学びであり知性の本質だと思う。/アナログがよくてインターネットがだめだという話ではなく、その違いを認識することによって我々の仕事が成り立っていると思う。》
《本はいろいろな文脈を持っているので、その文脈を生かしてあげることがとても大事だ。/当店では何を選ぶかと同じくらい、どう並べるかを重要視している。》
《書店は出会いの場である必要があると思う。/アマゾンとか電子書籍、インターネット検索などで、必要なものを入手することがどんどん簡単になってくる。/情報を取得することの価値は相当低くなっていくだろう。/だから差別化として、ネットの検索などとはベクトルが違う方向で、本の文脈を読み替えて店ごとに違った仕方で紹介し、「この店に来ると、探していたものではないものに出会える」という場として機能していくことが、これから非常に大事になってくるのではないだろうか。》
2本目は、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授、岸博幸さんによるもの。CDショップの話が中心だが、同じ苦境にあえぐ小売り業態の話として、書店にも通じる話になっていて、実際、書店にふれているくだりもあるので、こちらもぜひ書店に関心のある方にはぜひ読んでいただきたい一文。
全文をお読みいただくのがいいのはこちらも同じだが、やはりいくつか、気になる部分を引かせていただきます。
《今や音楽CDの小売で最大のシェアを持つのはTSUTAYAを展開するカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)であるが、そのTSUTAYAも音楽CD売り場を来年3月までに4割削減する、と報道されている。米国での音楽CDの小売のシェアを見ると、1位はアップルのiTune Store、2位はウォールマートだが、そのウォールマートでは数年前から音楽CDの売り場のスペースがどんどん削減されているのと同じである。》
《書籍を売る書店も悲惨であり、10年以上にわたり出版不況が続く中、この10年で全国の書店数は3割も減少している。生き残りをかけ、書店大手の丸善とジュンク堂はこれから共同で大型店舗の出店を始めるようである。 》
《CDショップや本屋でのユーザの行動を考えてみよう。目当ての作品を探して買うのはもちろんだが、CDショップなら試聴、本屋なら立ち読みという行為を通じて、それまで関心がなかったり知らなかったジャンルの作品に触れることも多いのではないだろうか。小売店でユーザーが時間を過ごすことは、ユーザーの興味や関心の範囲の拡大につながるのである。》
《ところが、ネット上で作品を購入する場合はだいぶ違ったことになる。例えばeコマースのサイトでCDや本を購入した場合、必ず別のCDや本を“レコメンド”される。問題は、そこで推薦されるものが、購入したCDや本と同じジャンルのものばかりになるということである。》
《即ち、ネット上では、リアルの小売店で起き得る“新たなジャンルの作品との出会い”はあまり期待できないのである。これは、eコマースのサイトのレコメンド機能が、ユーザの購入履歴を手がかりに関連する商品を探すからであり、機械(プログラム)に頼らざるを得ない以上はやむを得ない。 》
《ネットは、コンテンツの小売業が社会システムの一部として果たして来た役割のうち、コンテンツの流通については代替できる存在になったが、人間の興味や関心の幅の拡大という面についてはまだ代替するまでには至っていないのである。》
これらのくだりを読んで、書店好きなら、いろいろと思い浮かぶ話やお店、具体的な棚があるかもしれません。こうした機械が機械的にすすめてくるようなもの、データで抽出可能な組み合わせを、いかに逸脱し、裏切り、買い手を驚かせたり、新鮮な物に出会わせたりさせるか、そのことに、おもしろい書店、ユニークな書店と言われているところほど一生懸命になっているのを、書店が好きな人なら知っているからです。
往来堂書店やBOOKSルーエの棚はそのような驚きと出会いに満ちています。もちろん、それは中小規模店の専売特許ではありません。先日、紀伊國屋書店新宿本店2階を通ったら、前回が好評だったのでしょう、第2期に入った「紀伊國屋カルチャー・トリップ」第2回「アメリカン・カルチャーの光と影」が展開中でしたが、このように、大型書店のなかにも、目を引く棚作りやフェアをしかけているところはいくつもあります。
コンテンツ小売業の衰退の本質的な原因は何かはについて、岸さんは、ネットを通じた音楽配信の普及だけではなく、個人的にもう二つの要因があるとしています。一つは《違法コピーや違法ダウンロードのまん延》、そしてもう一つとして岸さんがあげているのが《コンテンツ自体のクオリティーの低下》。《プロが作るコンテンツが、友達とのコミュニケーション(メール、SNSなど)に負けてしまっているのである》。
続いて、音楽好きにはショッキングなこんなことも書かれています。《例えば米国のある識者は、音楽の進化は2000年で止まってしまったと断言している。それまではジャズ、ブルース、メタル、ラップなど新しい音楽の表現スタイルが断続的に生まれてきたが、2000年以降はデジタル技術を使ったマッシュアップ(音源の合成)ばかりになってしまったというのである。》
本・文章の世界はどうなんだろう。電子書籍がどうのこうのといったテクノロジー云々ではなく、文章の中身やスタイルは、どのように進化してきたのか。それとも、進化してこなかったのか……。別のジャンルの話だからと読み捨てにはできない、いろいろと考えさせられる指摘です。