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2026-03-30

キリスト教異端区分実践

1.異端分派を分ける主な指標(5つの基準

キリスト教正統派カトリック正教会プロテスタント流派)が共通して使う最も重要指標は以下の5つです。特に1と2が決定的です。

1. 三位一体論の否定(最も重要
神が父・子・聖霊三位一体であることを否定する → 異端

例:アリウス派ユニテリアンモルモン教統一教会(一部教義

2. イエス・キリストの神性・人性に関する根本的誤り
イエスが「神であり人である」(神人二性)ことを否定する → 異端

例:イエスを「神の被造物」とする教え(アリウス派)、イエスを単なる人間とする教え

3. 救いの方法(救済論)の根本否定
信仰のみによる救い」(プロテスタント)や「教会秘跡による救い」(カトリック)を根本から否定する → 異端

特に自分の行いだけで救われる」とする極端な作品主義や、「特定人物教祖など)が救いの鍵」とする教え

4. 聖書権威否定
聖書を最高権威と認めず、教祖言葉や新しい啓示を聖書以上に重視する → 異端

例:モルモン教の「もう一つの聖書」、統一教会の「原理講論」

5. 教会連続性・使徒継承否定特にカトリック正教会基準
使徒から続く正統な教会連続性を否定し、独自組織を「真の教会」と主張する

2.実践的な判断の目安

分派(正統な教派)と認められる例:

カトリック正教会ルター派改革派カルヴァン派)、バプテスト派メソジスト派聖公会など。

・これらは三位一体イエスの神性・人性、十字架による贖罪聖書権威といったキリスト教の核心教義を共有しています

異端とみなされる代表例:

統一教会世界平和統一家庭連合):イエスを完全な救い主とせず、文鮮明を「再臨のメシア」とする。

新天地イエス教:李萬熙を「再臨のキリスト」とする。

モルモン教末日聖徒イエス・キリスト教会):独自聖典を持ち、三位一体否定

エホバの証人イエスの神性を否定し、十字架を「拷問の柱」とする。

* アリウス派古代):イエスを「神の被造物」とした(ニカイア公会議異端宣告)。

核心教義三位一体イエスの神性、十字架による救い、聖書権威)を否定するか?


→ 否定するなら異端

否定せず、解釈実践の違いなら分派(教派)

「再臨のメシア」「新しい啓示」「教祖が救いの鍵」といった主張があるか?


→ あるならほぼ異端

この基準は、古代公会議(ニカイア、カルケドンなど)から現代福音派カトリックまで、ほぼ共通して使われています

3.なぜ異端の方が大胆・即物的な行動をとりがちなのか?

1. 従来の信仰枠組みを「顧みない」ことの意味

正統なキリスト教カトリック正教会・主流プロテスタント)は、2000年近く積み重ねられた神学教義伝統公会議の決定という「重いブレーキ」がかかっています

これに対して異端団体は、その枠組みを根本から否定するか、無視して新しい教義・新しい権威教祖の啓示など)を立てるため、行動の制約が極端に少ないのです。

結果として、以下のような大胆な行動が取りやすくなります

組織的・集団的政治介入信者の大量党員加入、献金による政治工作

教祖指導者言葉絶対化し、即時的な行動指令を出しやす

伝統的な倫理的道徳的制約を「古い体制産物」と切り捨てて突破やす

2. 具体的な比較韓国を例に)

正統プロテスタント三位一体肯定)
政治関与は強いが、一定神学的・倫理的ブレーキがかかっています。
例:反左派デモはするが、教団全体として「政教分離」の原則を完全に無視することは少ない。

異端団体三位一体否定

統一教会文鮮明言葉を「新しい啓示」として絶対化し、組織献金政界工作積極的に行う。

新天地イエス教:李萬熙を「再臨のキリスト」と位置づけ、信者特定政党集団入党させるという極めて大胆な組織的行動を取った(2026年捜査対象)。

異端の方が「従来の枠組みを顧みない」ため、行動のハードルが明らかに低い傾向があります

3. 歴史的社会学的な傾向として

宗教社会学では、この現象を「sects(分派カルト)的緊張感」と呼ぶことがあります

・正統教会社会適応し、制度化されるほど行動が慎重になる。

・新興異端カルトは「純粋回帰」や「新しい啓示」を掲げるため、社会との緊張を積極的に受け入れ、大胆な行動(政治介入資金集め、信者動員)を起こしやすい。

ワッハーブ派イスラム教原理主義派)も同様の構造を持っていました。伝統的なイスラム解釈を「腐敗」と切り捨て、文字通りの厳格解釈を掲げた結果、軍事同盟粛清という大胆な行動を取った。

4. ただし、例外と注意点

・すべての異端が大胆な政治行動を取るわけではない(静かな隠遁異端存在)。

正統派の中にも、極端に政治化して大胆な行動を取るグループはあります(例:米国の極端なChristian Nationalism派)。

・大胆さの背景には「教義純粋性」だけでなく、指導者カリスマ性や組織の閉鎖性・絶対服従構造が大きく影響します。

まとめ

「従来の信仰枠組みを顧みない組織ほど、大胆で即物的な行動をとりがち」
という傾向は、宗教社会学的に見て明確に存在します。

これは「三位一体否定」そのものが原因ではなく、「伝統権威教義の制約を外す」ことが行動の自由度を高めるためです。
結果として、統一教会新天地のような異端団体は、正統キリスト教団体よりも組織的・戦略的政治介入を大胆に行いやす構造になっています

2026-03-29

[]キリスト教福音派とはなにか

結論から言うと、福音派は一つの教派(宗派)ではなく、横断的な「運動」です。教派(Baptist、Pentecostal、Methodist、Presbyterianなど)の壁を超えて「これを大事にする人たち」の集まりと考えるとわかりやすいです。

福音派定義基準(最も標準的もの

歴史家デイビッド・ベビントン(David Bebbington)が提唱した「ベビントン四角形(Quadrilateral)」が、世界的に最も広く使われている定義です。この4つが重視されているかどうかで福音派かどうかを判断します。

1. Conversionism(回心主義

個人イエス・キリストを信じて「新生(born again)」する体験を非常に重視する。
「一度信じれば終わり」ではなく、「人生根本的に変わる回心体験」が大事

2. Biblicism(聖書中心主義)


聖書信仰生活の最高権威とする。
※ここがポイント解釈の細部は違っていても、「聖書を軽く見ない」「聖書生活の指針とする」という態度が共通していればOK

3. Crucicentrism(十字架中心主義)


イエス十字架での贖罪(罪の赦し)を信仰の中心に置く。

4. Activism(活動主義)


福音積極的に伝える(伝道)だけでなく、社会活動慈善にも熱心。
→ ここが「熱心さ・活発さ」の部分です。

聖書の細かい解釈(例:終末論解釈、聖餐の意味女性役割など)は教派によってかなり違います

それでも上記の4つの優先順位・態度を強く持っている人を福音派と呼ぶ。これが「教派を跨ぐ」理由です。

・ある人はカルヴァン主義(予定説)、別の人はアルミニウス主義自由意志重視)でも、両方とも「聖書大事にし、回心を重視し、十字架を救いの中心とし、積極的伝道する」なら福音派

ペンテコステ派聖霊の賜物・異言を重視)も、福音派の多くに含まれますが、福音派全体のサブセットのような位置づけです。

福音派同士で団結できる理由

福音の核心」への強い共通意識


「イエス・キリスト十字架による贖罪」と「個人の回心・新生」が最優先。
これが「福音(良い知らせ)」の本質だと全員が強く信じているため、他の細かい教理の違いは「二次的」とみなされやすい。

共通の敵」意識

特に米国では「リベラル神学」「世俗主義」「進歩的文化LGBT権利、 abortionなど)」を「福音の敵」と見なすことで結束が強まる。
「聖書を軽んじる勢力」に対しては、解釈の違いを越えて協力する傾向があります

ネットワーク実践の共有


ビリー・グラハムのような著名伝道者、NAE(全米福音派協会)、ローザンヌ会議などの国際ネットワークが、教派を超えたつながりを維持しています。
「伝道活動」や「社会変革のためのアクティビズム」という実践面で協力しやすい。

ただし、完全な団結ではない点も事実です:

福音派内部でも「聖書無誤論」の度合い、女性牧師の可否、終末論などで激しく対立します。

・近年は政治的右傾化特に米国トランプ支持)で、さらに「文化戦争福音派」と「伝統福音派」の分裂が深まっています

まとめ

福音派とは、教派の壁を越えた「姿勢優先順位運動」です。
聖書の細かい解釈が違っていても、回心・聖書中心・十字架中心・活動主義という4つの熱心さとスタンスを共有していれば福音派と呼ばれます

からこそ教派を跨いで存在でき、共通の「福音の核心」と「外部の脅威」意識で団結しやすいのです。ただし、それは「完全な一致」ではなく「ゆるやかな連帯」であり、内部分裂の種も常に抱えています

2026-03-20

[]ディスペンセーション主義(Dispensationalism)

ディスペンセーション主義(Dispensationalism、ディスペンセーションしゅぎ)とは、主にプロテスタント福音派で影響力の大きいキリスト教神学の一つの立場です。聖書全体を「神が人類に対して異なる時代(ディスペンセーション=経綸・管理時代区分)で異なる方法で関わっておられる」と解釈する考え方です。日本語では「経綸主義」「契約時期分割主義」「天啓史観」などとも呼ばれます


起源歴史

19世紀中盤にイギリスのジョン・ネルソンダービープリマス・ブレザレン運動)が体系化した。

アメリカではC.I.スコフィールドの『スコフィールド参照聖書』(1909年)が大衆に広め、現代福音派の終末観に強い影響を与えた。

日本では戦後いのちのことば社聖書図書刊行会を通じて紹介され、特にホーリネス系・独立バプテスト系・一部の福音派教会で受け入れられている(中田重治、高木慶太らも関連)。

 

主な特徴(特に強調される3点)

多くのディスペンセーション主義者が一致する核心は以下の通りです。

聖書字義的(文字通り)解釈

特に預言箇所を比喩や霊的意味ではなく、可能な限り歴史的・文法的文字通りに受け止める。

イスラエル教会の明確な区別 神には常に2つの民が存在する:民族的イスラエル(地上的・国家的な約束)と教会異邦人ユダヤ人の霊的共同体)。

旧約のイスラエルに対する約束土地王国など)は教会に置き換わったり成就済みになったりせず、将来文字通りに成就すると考える。

教会時代は神の計画の「挿入」「括弧」的な時期。

神の栄光のための歴史

神の計画の究極目的は神自身栄光を現すこと。

典型的な7つのディスペンセーション(時代区分)(通説的な区分。多少の変動あり)順番

時代

時期(聖書範囲の目安)

主な特徴・試練

終わり方

1

無罪時代

アダム堕落(創1〜3)

エデンの園での自由意志

堕落追放

2

良心時代

堕落洪水(創3〜8)

良心による責任

洪水

3

人間政府時代

ノアバベル(創9〜11

政府国家による統治

バベルの塔

4

約束時代

アブラハムモーセ(創12〜出19)

アブラハム契約

律法の到来

5

律法時代

モーセキリスト十字架(出〜福音書

モーセ律法

十字架教会開始

6

恵みの時代教会時代

ペンテコステ〜携挙(使徒現在

信仰による恵み・聖霊の内住

携挙・患難期へ

7

千年王国

再臨後1000年(黙20

キリストの地上統治

最後の審判

救いの方法自体は全時代で「信仰」によるが、神が人間に課す責任ルールが変わる、という理解です。

終末論との関係

千年王国説(Premillennialism)が主流。

特に患難前携挙説(大患難前に教会が携挙される)が古典的ディスペンセーション主義一般的

現代イスラエル建国1948年)やエルサレム回復1967年)を預言の成就と見る人が多い。

これがアメリカ福音派の強いイスラエル支持の神学的背景になっている(日本でも一部で同様の傾向)。

 

対立する立場契約神学(Covenant Theology):聖書を「業の契約」「恵みの契約」などで統一的に捉え、教会を「新しいイスラエル」と見なす

ディスペンセーション主義を「過度に二元論的」「字義解釈が極端」と批判する声もある。

 

日本では福音派の一部で人気がある一方、他の教派(長老派改革派など)ではほとんど受け入れられていません。

最近は「漸進的ディスペンセーション主義」(Progressive Dispensationalism)のように、伝統立場修正した考え方も出てきています

2026-02-26

性犯罪者病気なのだとしたら他の犯罪者病気でない理由は何なんだ、という気分になる

病気だとしたら、応報的に刑罰を科す正当性が消え去るんじゃないのか、とも思う

論点がいくつかあるな……こういうときはさくっとChatGPTに聞く

性犯罪のみを病理化する説明は、他の犯罪との比較に耐える一貫性を持つの

病気モデルは、自由意思責任・応報という刑罰の前提をどの程度掘り崩すのか

③応報を退けた刑罰は、矯正治療再犯防止としてどこまで正当化可能なのか

回復不能被害要求する規範評価非難・応報)と、治療管理中心の処遇採用する技術合理性との乖離はどこで回収されるのか

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以下を見て思ったメモ

「『出たら大丈夫そう』と聞くと『またやる気がする」刑務所で性犯罪者に対する再犯防止プログラムに効果の無さを指摘する意見が集まるが、もはや「病気」ではないのか? - Togetter

考えを吐き出してメモしないとずっとそれを考えてしまって他の作業が滞る

今日〆切の作業急がなきゃ

最近激辛タンメンを食べられなくなってきた

禁酒ランニングを始めた時期と激辛を食べられなくなった時期が一致しているが何か関係があるのだろうか

偶然の一致かもしれない 不思議だ 日記

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ふと思ったが、ロボトミー手術について調べると面白いかもしれない

interestingの面白い

薄く関連性があるような 歴史など読みたい 示唆的なものがひょっとしたらあるかも

うーんちょっと違ったか 歴史を読むこと自体面白いけどちょっとこの話題とは遠かったか

治療によって治療される人の人権が損なわれる場合、どうなる?」という前例になるかもという予感があったが別の話題だった

なんかロボトミー話題深掘りしたら再接続するかもだし、他の医療行為とかでこの話ありそうな気がするから別件で調べて本読みたい

しかしどうにも自分関心領域に隣接する気配を感じていて

コンサータによって自己連続性を失いつつある』的な話

もしも治療で不可逆的に人格が変容したのであれば(変容前の本人の同意があったとしても)その人格が消え去るのが居心地が悪いというか もしも連続していないと考えると、それは死刑性質……言葉が強すぎるが……を持っているんじゃないかというか、みたいな ←化学去勢は可逆的だった気がするし人格が変容するほど大きな作用は生まないんじゃない?詳しく調べた方がいいよ ←わかっとるわい、調べます、それはそれとして求められる「治療」って究極そういうことにならんか?という言語化できていない違和感があって…… ←その「治療」による人格変容ってカウンセリング教育などによる「反省/更生」した人格変容と何が違う?

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・ここでいう治療一見慈悲的なように見えるが、実際は処罰感情からくる刑罰性質で求められているんじゃないか(「去勢」という強烈な字面

・もしも侮辱性質を持つ病気呼ばわりが混じっていたとしたら、実際に病気扱いされると処罰ではなく治療がされるので処罰感情を満たせなくなるのは皮肉な構図では

も気になる

これは前述の論点の③と④について言及した形になるか

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「言われる相手が重犯罪者だったとしても、他人に対して死刑とか厳罰に処せとか好き勝手言われているのを見聞きするのが嫌だ」みたいな話が私の心の中にあり、誰かに処罰感情を律せよ」と直接言うと説教しかないので屈折した形でこのような疑問として昇華されている自覚がある

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病気によって犯罪行為を行ったとしても、病気であることは完全免責の理由にはならない」という話は当然ある 自分も完全免責になるとは思っていないし 責任能力グラデーション 何かで見たな……事件当時なんらかの精神疾患があったのは間違いないが犯行に及ぶ判断能力/責任能力は持っていたとみなされたので死刑ではなく無期懲役判決、みたいな事件……たしかwikipediaのページをブクマしていたはず……あとでgrepする……熊谷連続殺人事件

でもそこじゃなくて自分の興味は刑法における自由意志の話なんだよな ここが論点の①と②に接続する気がする だから性犯罪以外が病気かどうかは実はどうでもいい 自由意志について考えるとっかかりでしかないので

犯罪者治療必要病人扱いというのは、刑法/責任能力を成り立たせる前提の自由意志というフィクション崩壊に一歩近づく判断なんじゃないのか、という気がして

そのことに意識的になったうえで病気扱いしている?というヒヤヒヤ感というか

この犯罪行為自由意志によって行われた(人災的)/自由意志でない要因で行われた(天災的) (責任能力本来グラデーション的だが簡単のため二分する)

に分類できるとして、医学など科学の発展で後者に分類できるそれの割合がどんどん増えていくとしたら、それは厳罰化とは逆の方向なのではないか 心神喪失による無罪とか減刑かにすら猛烈な反発があるのに

厳罰化の犯罪抑止効果限定的、という話があるから自分としてはそれはいいんだけど、納得/安心/説得的な説明を人々に行うことができるのかどうか

自由意志存在する/しない」のダブルシンクを行えているうちはいいんだけど

まあもちろん自分認識誤り、ここらへんの理解全然違う、入門書読み直せみたいな話かもしれない 積読タワーがどんどん増えていくよ~

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自由意志をめぐる葛藤2:学んだ末に迷路。本の紹介など。|手記千号

ここで挙げられた参考文献全部読みたいな~

もっと基礎から体系的に学びたさもある トリビア的に興味があるところだけつまみ食いは後で自分自身を苦しめる

しかし、取っつきやすさもまた重要 前述のnoteで挙げられた、『人が人を裁くということ』が新書で手に取りやすそうだ……kindle無し!

じゃあamazonで「よく一緒に購入されている商品」でピックアップされている『増補 責任という虚構 (ちくま学芸文庫)』を……「2024年9月27日Kindle本を購入」! 積んでた~

今『ローマ教皇 伝統革新ダイナミズム (文春新書)』を読んでいる最中なのよ 読了するまで待ってくれる? 「いいよ♡」 ありがと♡ じゃあ次に読む予定だった『三位一体―父・子・聖霊をめぐるキリスト教の謎 (中公新書 2866)』は後回しということで…… 「ひどい」

西洋で発展した概念を知るうえでキリスト教的考え方を知っておかないとどうにも腹落ちしないような気がしているので、最終的にはどちらも絶対読むから許して

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後で調べるとき用とっかかりキーワード

決定論/非決定論/応報主義/一般予防主義/特別予防主義/相対的自由意思論/責任主義/時計じかけのオレンジ(注:キリスト教自由意志概念刑法自由意志概念混同に気を付ける事)

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ChatGPTにこの文章の危うい点を箇条書きにまとめてもらったので以下にメモ

・「治療による人格変容」→「人格の死」「死刑性質」への連結は比喩が強すぎる可能性。人格の変化・断絶・消滅は別概念定義曖昧にしたまま飛ばしている。

現実医療治療の多くは可逆的・限定的であり、「人格を書き換える治療」を仮想的に肥大化させて批判している恐れあり(藁人形化)。

医学治療による人格変容と、教育・更生による人格変容の原理差異を未整理。「何が違うのか」を言語化しないまま直感に寄っている。

・「治療」という語に、処罰感情侮辱排除欲求が必ず混入しているかのように扱っているが、社会防衛再犯防止など非応報的動機まで一括りに疑っている可能性あり。

自由意志医学説明の進展によって一方向的に崩壊するという前提が強い。実際には刑法はすでに相対的自由意志責任能力グラデーションを内蔵している。

・全体に、思考実験(極端ケース)と現実制度批判が混線している。「もし究極的にそうなったら?」と「今の制度はどうか?」を分けて考える必要あり。

とっちらかりすぎたので、まとめなおすならどの単位かをChatGPTに聞いた結果をメモ

性犯罪だけを病理化する説明は一貫しているのか」

犯罪病気として扱うことは、自由意志モデルをどこまで壊すのか」

「『治療』はどこまで人格への介入を正当化するのか」

治療は本当に非懲罰的なのか──処罰感情の居場所

「納得可能性の問題──厳罰なき社会説明できるのか」

2025-09-23

三蔵法師ってTrinityMasterみたいでカッコいいなとおもったけど、

キリスト教トリニティ→父と子と聖霊一神教での超存在は実は一つ見たいな話?

仏教三蔵→仏の教えとしての経、僧侶が守るべき戒律仏教のあり方、解釈を巡るメタ教義マスター

って三蔵法師って学者なんだよなぁ

2025-09-05

むかし子供の頃サンミーというパンをよく食べた

私が子供の頃、学童保育おやつとしてよく出てきたのがサンミーだった。

細長いデニッシュっぽい生地に、チョコクリームケーキ生地がかかっている。

それで「三つの味でサンミー」らしい。

出てくるとちょっとテンションが上がるくらい好きだった。

素直においしかった。

でも、当時の私はそれを食べながら、どこか心の奥でざわざわしていた。

うちはわりと熱心なキリスト教の家庭で、毎週日曜日は必ず教会に通っていたし、家の中には讃美歌集聖書自然に置かれているような暮らしだった。

からサンミー」=「三位一体」? という疑念が頭をかすめるたびに、これちょっとキリスト教イジってるんと違うんか?と子供心に少し不安になったのだ。

なんとなくふざけ半分に神学の核心をパンにされてるような気がして、笑えばいいのか、それとも目を伏せるべきなのか、よくわからなかった。

もちろん今思えば完全に考えすぎで、メーカーの人も絶対そんな意図はなかったはずだ。

でも小学生の私はパンの上のチョコ線を見ながら「父と子と聖霊……」と頭の中でつぶやいていた。

それでも結局、きれいに食べ切ってしまう。甘いものには勝てなかった。

信仰心と食欲のせめぎあいの果てに、残った空っぽビニール袋を眺めながら複雑な気持ちを抱いていた。

スーパーなんかで久々にサンミーを見かけると、あのときの複雑な気持ちまでよみがえる。

サンミーは、私にとってただのおやつ以上の存在なのかもしれない。

2025-08-21

悪魔と交わる魔女について。なぜ女性が主として邪悪迷信に溺れるのか? 悪魔と交わる魔女については、そのような忌まわしい行為いかにして遂行されるかという方法考察するにあたり、多くの困難がある。悪魔の側について:第一に、悪魔が装う肉体がいかなる元素から成るか;第二に、その行為に常に他者から受け取った精液の注入が伴うか;第三に、時と場所について、ある時期に他の時期よりも頻繁にこの行為を行うか;第四に、その行為が傍らに立つ者に見えないものか。そして女性の側について調べるべきは、このような汚らわしい方法で自らが懐胎された者のみが悪魔に頻繁に訪問されるのか;あるいは第二に、出生時に産婆によって悪魔に捧げられた者なのか;そして第三に、そのような者の実際の肉欲の快楽がより弱い種類のものなのか。しかし、我々はここでこれらすべての問題に答えることはできない。なぜなら我々は一般的研究にの従事しており、また本書の第二部において、第四章に現れるように、それらはすべてその働きによって個別説明されるからである。そこでは各々の別々の方法について言及されている。 それゆえ、今は主として女性考察しよう;そして第一に、なぜこの種の不信仰男性よりもかくも脆弱な性により多く見出されるのか。そして我々の探求は、第一女性一般的条件についての一般論、第二に迷信と魔術に身を委ねる女性の種類についての個別論、そして第三に、邪悪さにおいて他のすべてを凌駕する産婆についての特論となろう。 迷信が主として女性に見出される理由 第一問題、なぜより多くの魔女脆弱女性の性に男性よりも見出されるかについて;これは実際、信頼できる証人言葉による証言を別としても、実際の経験によって証明されているのであるから反駁することは無意味である事実である。そして神が常にその威力を広めることにおいて大きな栄光を取られた性を決して貶めることなく、この事実について様々な人々が様々な理由を挙げてきたが、それらは原則において一致していると言おう。それゆえ、女性への戒めのためにこの問題について語ることは良いことであり、それが慎重さをもって説かれる限り、彼女らがそれを聞くことを切望することが経験によってしばしば証明されている。 ある学識ある人々はこの理由提示する;自然界には三つのもの、すなわち舌、聖職者、そして女性があり、これらは善においても悪においても節度を知らない;そして彼らがその状態境界を超えるとき、善と悪の最高点と最低点に達する。彼らが善なる霊に支配されるとき、徳において最も優れているが、悪なる霊に支配されるとき、最悪の悪徳に耽る。 これは舌の場合に明らかである。その働きによって多くの王国キリスト信仰へともたらされ、聖霊キリスト使徒たちの上に火の舌として現れた。他の学識ある説教者たちもまた、死にゆラザロの傷と腫れ物を舐める犬の舌のようであった。言われているように:犬の舌をもって汝らは敵から魂を救う。 この理由で、説教師団指導者で父である聖ドミニコは、口に火のついた松明をくわえて吠える犬の姿で表される。今日に至るまで彼がその吠え声によってキリストの羊の群れから異端の狼どもを追い払わんがためである。 また一人の思慮深い人の舌が群衆の言い争いを鎮めることができるのも共通経験である;それゆえソロモン箴言10章で彼らの賞賛を多く歌うのは当然である:「悟りある者の唇には知恵が見出される。」そしてまた「正しき者の舌は選りすぐりの銀のごとし:悪しき者の心は価値少なし。」そしてまた「正しき者の唇は多くを養う;しか愚か者は知恵の欠如のため死す。」この理由で彼は第16章で付け加える「心の備えは人に属するが、舌の答えは主から来る。」 しかし悪い舌については、シラ書第28章に見出すであろう:「中傷する舌は多くを不安にし、国から国へと追いやった;強固な城を引き倒し、偉人の家を覆した。」そして中傷する舌とは、争う二者の間に軽率にあるいは悪意をもって干渉する第三者意味する。 第二に、聖職者について、すなわち男女を問わず聖職者修道者について、聖ヨハネ・クリュソストモスは「彼は神殿から売り買いする者たちを追い出した」の箇所でこう語る。司祭からすべての善が生まれ、すべての悪が生まれる。ヒエロニムスはネポテアヌスへの書簡で言う:貧困から富へ、低い地位から高い地位へと上った商売をする司祭を疫病のように避けよ。そして福者ベルナルドゥスは詩篇についての第23説教聖職者について言う:もし公然たる異端者として立ち上がる者がいれば、彼を追放沈黙させよ;もし彼が暴力的な敵であれば、すべての善人は彼から逃れよ。しかし我々は誰を追放し誰から逃れるべきかをいかに知るのか?彼らは親しげで敵対的平和的で好戦的、隣人的で全く利己であるからである。 そして別の箇所で:我らの司教は槍兵となり、我らの牧者は毛を刈る者となった。ここで司教とは、自分では小指で触れることもしない重い労働を部下に課す傲慢修道院長たちを意味する。そして聖グレゴリウスは牧者について言う:聖性の名前位階を持ちながら罪の中に生きる者ほど教会において害をなすはいない;誰も彼の罪を告発する勇気がなく、それゆえ罪が広く広がる。罪人がその位階の聖性のゆえに敬われるからである福者アウグスティヌスもまたドナトゥス派のヴィンセンティウスに修道士について語る:我らの神である主の前で汝の愛徳に率直に告白するが、これは神に仕える者となって以来の我が魂の証人であるが、修道院を飾るか辱めるか以上に良くも悪くもない人々を見出すことが不可能であるという事実において、我が経験した困難は甚大である。 さて、女性邪悪さについてはシラ書第25章で語られている:「蛇の頭の上にある頭はなく、女性の怒りの上にある怒りはない。獅子や竜と住むほうが、邪悪女性と家を保つよりましである。」そして邪悪女性についてその箇所で前後に述べられる多くの中で、彼は結論する:「すべての邪悪女性邪悪に比べれば小さなものである。」それゆえ聖ヨハネ・クリュソストモスは「結婚するのは良くない」(マタイ第19章)の箇所でこう言う:女性とは友情の敵、逃れられない刑罰必要な悪、自然の誘惑、望ましい災い、家庭の危険、魅惑的な害悪、美しい色で塗られた自然の悪以外の何であろうか!それゆえ、彼女を保つべき時に離縁するのが罪なら、それは確かに必要拷問である;我々は彼女を離縁することで姦淫を犯すか、日々の争いに耐えなければならないかであるキケロは修辞学第2巻で言う:男性の多くの欲望は彼らを一つの罪に導くが、女性欲望は彼らをすべての罪に導く;すべての女性悪徳の根は貪欲からである。そしてセネカ悲劇で言う:女性は愛するか憎むかである;第三の段階はない。そして女性の涙は偽りである;真の悲しみからまれることもあれば、罠であることもある。女性が一人で考えるとき彼女は悪を考える。 しかし善い女性については多くの賞賛があり、我々は彼女らが人々に至福をもたらし、国民土地都市を救ったと読む;ユディトデボラエステル場合に明らかなように。コリント第一第7章も参照:「もし女性に信じない夫がいれば、彼女は彼を去らせてはならない。信じない夫は信じる妻によって聖化されるからである。」そしてシラ書第26章:「有徳な妻を持つ人は幸いである。彼の日数は二倍となるであろう。」そしてその章全体を通じて善い女性の優秀さについて多くの高い賞賛が語られている;箴言最後の章でも有徳な女性について同様である。 そしてこのすべては新約聖書においても女性処女とその他の聖なる女性たちについて明らかにされている。彼女らは信仰によって国民王国偶像崇拝からキリスト教へと導いた。ヴィンケンティウス・ベルヴァケンシス歴史の鏡、第26巻第9章)を見る者は、最もキリスト教的なジゼラによるハンガリー改宗と、クロヴィスの妻クロティルドによるフランク族改宗について驚くべきことを見出すであろう。それゆえ、女性に対して読む多くの非難において、「女性」という言葉は肉の欲望意味するために使われている。言われるように:「我は死よりも苦い女性見出した」、そして「肉欲に従う善い女性」。 また他の者たちは、男性よりも迷信的な女性が多く見出される他の理由提示した。第一は、彼女らがより軽信的であること;そして悪魔の主要な目的信仰堕落させることであるから、それゆえ彼はむしろ彼女らを攻撃する。シラ書第19章を参照:「信じやすい者は軽率であり、減ずるであろう。」第二の理由は、女性自然により感受性が強く、肉体のない霊の影響を受ける準備がより整っていること;そして彼女らがこの性質を良く用いるとき彼女らは非常に善いが、悪く用いるとき彼女らは非常に邪悪である。 第三の理由は、彼女らが滑らかな舌を持ち、邪悪な技によって知ったことを仲間の女性たちから隠すことができないこと;そして彼女らは弱いので、魔術によって自らを復讐する簡単秘密方法を見出すことである上記引用したシラ書を参照:「獅子や竜と住むほうが、邪悪女性と家を保つよりましである。すべての邪悪女性邪悪に比べれば小さなものである。」そしてこれに加えて、彼女らは非常に感受性が強いので、それに応じて行動する。 また説教者が用いることについて非常に注意すべき他の理由提示する者たちもいる。旧約聖書において聖書女性について悪く語ることが多いのは真実であり、これは最初の誘惑者エヴァとその模倣者たちのためであるが;その後新約聖書においては、(聖ヒエロニムスが言うように)エヴァからアヴェへというような名前の変化を見出しエヴァのすべての罪がマリアの祝福によって取り去られた。それゆえ説教者は常に可能な限り彼女らの賞賛を語るべきであるしかし、この時代においてこの不信仰男性よりも女性により頻繁に見出されることを我々が実際の経験によって学ぶのであるから、もし誰かがその理由を知りたがるなら、我々は既に述べたことに以下を付け加えることができる:彼女らは心身ともにより脆弱であるから、魔術の呪文の下により陥りやすいのも驚くことではない。 知性について、すなわち霊的なことの理解について言えば、彼女らは男性とは異なる性質であるように思われる;これは聖書からの様々な例によって裏付けられた権威者論理によって証明される事実である。テレンティウスは言う:女性知性的子供のようである。そしてラクタンティウス(教育、第3巻):テメステを除いて哲学理解した女性はいない。そして箴言11章は、まるで女性描写するかのように言う:「豚の鼻の金の輪のように、美しいが思慮のない女性である。」 しか自然理由は、彼女男性よりもより肉的であることであり、これは彼女の多くの肉的な忌まわしさから明らかである。そして最初女性形成に欠陥があったことが注目されるべきである彼女は曲がった肋骨、すなわち胸の肋骨から形成されたからであり、これは男性に対して反対の方向に曲がっている。そしてこの欠陥により彼女は不完全な動物であり、常に欺く。カトーが言うように:女性が泣くとき彼女は罠を編む。そしてまた:女性が泣くとき彼女男性を欺くために労苦する。そしてこれはサムソンの妻によって示される。彼女は彼がペリシテ人提示した謎を告げるよう彼を騙し、彼らに答えを教え、かくして彼を欺いた。そして最初女性信仰が少なかったことは明らかである;蛇がなぜ彼らは楽園のすべての木を食べないのかと尋ねたとき彼女は答えた:「すべての木について、等々-恐らく我らが死ぬことのないように。」それによって彼女は疑い、神の言葉への信仰が少ないことを示した。そしてこのすべては語源によって示される;フェミナ(女性)はフェ(信仰)とミナス(より少ない)から来るからであり、彼女信仰を保持し保存することにおいて常により弱いかである。そしてこれは信仰に関して彼女の本性である恩寵自然の両方によって、キリスト受難の時、すべての人において失われた時でも、祝福された処女において信仰は決して失われなかったが。 それゆえ邪悪女性は、その性質により信仰において動揺しやすく、結果として信仰を棄てやすく、これが魔術の根である。 そして彼女の他の精神性質、すなわち自然意志について;彼女が以前愛していた誰かを憎むとき、海の潮流が常に波立ち沸騰するように、彼女の魂全体で怒りと性急さで煮えたぎる。多くの権威者がこの原因について言及する。シラ書第25章:「女性の怒りの上にある怒りはない。」そしてセネカ悲劇、第8巻):炎の力も膨らんだ風も、致命的な武器も、結婚の床から離縁された女性欲望憎悪ほど恐れられるものはない。 これはヨセフを偽って告発し、彼女との姦淫の罪に同意しなかったために彼を投獄させた女性においても示される(創世記第30章)。そして魔女の増加に寄与する最も強力な原因は、既婚者と未婚の女性男性の間の嘆かわしい競争である。これは聖なる女性の間でさえそうであるから、他の者の間ではいかばかりであろうか!創世記第21章でサラがハガルの懐妊に対していかに性急で嫉妬深かったかを見よ:ラケル子供がいないためにレアいか嫉妬たか創世記第30章):そして不妊であったハンナが多産なペニンナを(列王記上第1章):そしてミリアムがモーセについてつぶやき悪く言い、それゆえらい病に打たれたか民数記12章):そしてマルタマリア・マグダレナ嫉妬たか彼女が忙しく働いている間にマリアが座っていたかである(ルカ第10章)。この点についてシラ書第37章:「彼女嫉妬する女性について、彼女相談してはならない。」つまり彼女相談することは無駄である邪悪女性には常に嫉妬、すなわち妬みがあるからである。そして女性が互いにこのように振る舞うなら、男性に対してはなおさらであろう。

2025-08-15

三位一体の「聖霊」がわからん

聖霊は父(と子)から出でる」って出てるーー!。『一体』じゃないーー!。

元が父(と子)なら、それ父と子の二位一体ではーー!?

てか「(と子)」って何だーー!?三位一体って言っちゃったから教派によって聖霊解釈分かれてて混乱の元ーー!。551蓬莱蓬莱本館みたいに紛らわしくなってるーー!。

からいかキリスト教詳しいニキ解説求むーー!。

2025-07-26

anond:20250726140452

石破が「国民のパパにしてください」とか演説してたら国父安倍聖霊が憑依して過半数取れてたやろうになあ

2025-06-12

少子化の原因

経済的に無理~とかいうのは単なる建前。

ちょっとでも体が触れたら、「痴漢だ!!性加害だ!!」とわめく女様のせいで男の人生が終わるので、

うかつに女様に触れられなくなったから、聖霊降臨以外に子供を産むことが不可能になった。少子化になるのは当たり前。

から政府がどれだけ血税を流し込んでも、このへんの意識が変わらない以上どれだけやっても無理。

それぐらいなら社会保険料を下げろ。

2025-05-01

キリスト教偶像崇拝をしている?

ノアの七つの掟(שבע מצוות בני נח, Sheva Mitzvot B'nei Noach)の一つに、確かに偶像崇拝禁止(איסור עבודה זרה)」が含まれています

まり、これはユダヤ人だけでなく、すべての人類に課せられた基本的倫理的宗教的ルールの一つとされています

じゃあ、「キリスト教徒ノアの掟を破ってるの?」って話になりますよね。

ここが微妙で複雑なところなんです。

ハラハー(ユダヤ法)の一部ラビたちの見解

ラビの中には、三位一体教義(父・子・聖霊)を信じることは、厳密に言えば一神教ではなく、Avodah Zarah(偶像崇拝)に該当するとする人もいます。つまり、「人間イエス)を神とするのはノアの法に違反する」と。

別の立場ラビたちの見解

他のラビたちは、キリスト教徒信仰倫理的道徳的なモノテイズム(唯一神信仰の一形態)に基づいているという点を評価し、「これは偶像崇拝とはみなさない」とする見解もあります

特に中世ラビ・メナヘム・ハメイリ現代ラビヤコブエメデンは、キリスト教徒は異教徒ではなく、倫理的な人々であると述べています

また、ラビ・モーシェ・マイモニデス(ラambam)も「三位一体はAvodah Zarah」とはっきり言いましたが、その信仰によって世界中にモノテイズムの概念が広まったという功績も認めていますヒレフ・メラキー11章)。

じゃあ結論は?

ユダヤ教の観点から見ると

要するにこうです。 「ユダヤ教的にはアウトっぽいけど、神様は人の心を見ておられる。形式よりも中身と意志が大切だよ」

2025-01-26

キリスト教で一番謎めいているのは三位一体思想だと思う

父、子、聖霊の中に母がいないが、ポリコレ時代から見ても、これは思想の自由なのかな

精霊スピリッツから集団目的みたいな印象だけど、この理解で合ってる?

2024-12-04

anond:20241204213443

北朝鮮スパイ説(従北派を利するためにあえての愚行)

安倍聖霊憑依説(怨敵石破訪韓への嫌がらせ)

2024-11-03

anond:20241103010607

安倍聖霊が憑依してるから持ち方が変になってる可能性もあるという事か

2024-10-28

石破総理はお祓いした方がいいよ🥺

選挙から安倍聖霊に憑依されたような言動してたけど

選挙負けても総理に居座るって第一安倍内閣の2007参院選そっくりやん

このまま行ったら国会開会直後に体調不良で辞任という謎ムーブすることになるやで

2024-08-11

anond:20240811021815

興味深く読みました。ありがとう

ただ、アメリカ右翼は反ユダヤだと思う。少なくとも極右ユダヤ陰謀論を拗らせているかんじ

話題ラームエマニュエル氏も民主党オバマ氏とバイデン氏に指名された人だし、米リベラル=親ユダヤ/米保守=反ユダヤ

トランプ氏支持でイスラエル支持は矛盾しているように思えるな

 

今回の件、アメリカ人の反応を見ていると尖閣諸島事件を思い出すよ

あのとき少なくないリベラルバグった反応をしていた。中国を叩いてネトウヨさんと一緒にされたくないと思ったのか無理筋擁護をしていたように見える

 

アメリカユダヤ陰謀論って日本における韓国陰謀論みたいなかんじなんだよね

アメリカユダヤ支配されている! ビルゲイツユダヤ人! スティーブ・ジョブズユダヤ人!」 みたいなかんじ

有名人名前ググると「ユダヤ人?」と補完される。彼らは金持ちユダヤ人のレッテルを貼るのに忙しい

ユダヤ陰謀論者と見られたくないかイスラエル批判しづらい様子にみえ

それからあちらにもクソ・リベラルムーブを取る人がいて、都合の悪い意見に「お前は反ユダヤだ」とレッテル貼りがなされるせいで議論が進まない

 

ただ個人的意見を言わせてもらうと 本来は「ユダヤ人=イスラエル」ではないはずなんだよね

在日韓国人中国人叩きを批判しつつ、中国韓国政府を批判することはできるはずなのにその辺りがごっちゃになっちゃってる。イスラエル批判も同じ。

 

アンチネトウヨリベラルイスラエル虐殺容認なっちゃうの、日本で言うとアンチネトウヨリベラル中国政府の民族浄化容認なっちゃう感じかな

色々切り分けて議論したいですね

 

追記: 反ネトウヨ、反リベラル、反反ネトウヨ・・・と元の思想がなくなり先鋭化していく現象名前が欲しいな

 

 

https://anond.hatelabo.jp/20240811085018

 

キリスト教ユダヤ教は別の宗教なんですよ

トランプ氏=キリスト教保守福音派含む)

ラームエマニュエル氏=ユダヤ

 

ユダヤ教とキリスト教歴史的には仲が悪いのです。そもそもイエス・キリストを殺したのはユダヤ人だし

とはいえイエス自身の自認はユダヤ人だったりするんだけど)

 

ユダヤ人的にはイエス預言者を騙る偽物なわけです(ここで言う預言者は「神の言葉を預かり伝えるもの」の意味ね。予言じゃなくて預言)

一方、キリスト教ではイエスと神と聖霊は同一視されています三位一体

宗教的にはちょっと相容れない感じですね。こんな背景もあって昔からユダヤ人は迫害されがちなわけです

2024-08-01

SESはいろんな業界のことが知れて楽しげ

派遣SES形態で働いていると着任したプロジェクトごとにいろんなことが知れてなかなか面白いものである

たいていは最初の数日でPCセットアップ資料を読み込む時間となる

何かしらのアカウントが発行されるまでの待機時間だ。

この段階で読む資料業界全体に関する概要だとか

業界内でこの会社がどのような立ち位置にありどのような理念戦略で立ち回るつもりなのか

延いてはそのためにどのような心構えで社員共々挑んでいくのか、そのようなことが知れる。

一方で同じプロジェクトに5年10年居ると知れることは、この処理はあの夜間バッチと連動しているだとか

あの処理には潜在バグがあって稀に異常データを生むのでデータパッチ必要だとか

そういう局所的な知識の積み重ねだ。

まり面白くはない。

色々なところを一年程度で回っていくのが気持ちのよい具合ではなかろうか。

曰く、

当社は創業以来より「七味一体主義」を掲げ、お客様第一経営を続けている。

「七味一体主義」とはうんち、ションベン、ゲボ、下痢便、神、キリスト聖霊であり、すなわちお客様を鏡とし襟を正す高潔性を示すものである。だとか

曰く、

バーニングうんちデリバリー事業公共の福祉資する公益性の高い事業であることから

各種規制を課されており

当社も民草及びエタ非人に至るまで公正な立場を貫き、仁義礼智糞便信にもとることのないよう努めるものである。だとか

色々な業界知識を学んでいくのもひとつの楽しみであり

人生を豊かにする試みなのではないかと思う正宗であった。

2024-01-26

2023年度アニメ界のエルフ四天王

筆頭はもちろん『葬送のフリーレン』のフリーレン、小学館日テレの全力バックアップ子供向け雑誌やお昼のワイドショーにまで手を伸ばしてやがる。

おそらく最強で最高年齢、身長はこの中では一番低いかな?フェルンは可愛い

二番目は『江戸前エルフからエルダことエルダリエ・イルマ・ファノメネル。621歳で徳川家康を「家康くん」呼びする。聖霊使役できたりするが多分最弱かな?猫背だがかなりの高身長で多分180近くは最低でもあるんじゃないかな?

1936年から10年くらいどうだったのか気になります!小糸は可愛い

三番目は『ダンジョン飯』のマルシルことマルシル・ドナトー。フリーレンよりは劣りそうだがかなりの実力の魔法使い身長フリーレンよりは高そうだけどエルダよりは低い感じかな?

表情と表現多様性では頭一つ抜けてるかもしれないが、まだ50歳、あと実はハーフエルフライオスキモい

4人目は誰だろ?

2023-11-29

キリスト教のお祈りで「父と子と聖霊の御名において

うち母子家庭から父いないからこのお祈りめっちゃつらい

アーメン

2023-11-16

この世界の唯一の目的

この世界の唯一の目的はなんでしょう?

それは聖霊象徴を使ってこの夢からあなたを目覚めさせることです。聖霊世界あなたに目覚めをもたらすための学習装置として見ています

瞬間ごとに満たされた人生を送ることを許可する

聖霊の導きは、線形時間という信念から私たち解放するものです。

そして導きを求める祈りは、将来の計画を立てることなく、一瞬一瞬、瞬間ごとにとても幸せで満たされた人生を送ることができる。そう示す許可自分に与えたい、ということなのです。

ゆえに「明日のことは考えるな」とイシュアはいうのです。

2023-05-06

「心の貧しい人々は、幸いである。天の国はその人たちのものである。悲しむ人々は、幸いである。その人たちは慰められる。柔和な人々は、幸いである。その人たちは地を受け継ぐ」(マタイ5:3~5)

人間には肉体と精神のほかに、神を求める霊性が備わっている。

「心(原語は「霊」)の貧しい人」とは、自分霊性の貧しさを知って、神を切に求める人である

霊性の貧しさを知らない人は、神を求めることをしない。

「天の父は、求める者に聖霊を与えてくださる」(ルカ11・13)と主イエスは言った。

霊性の貧しさを知って切に祈る者は、聖霊の働きによって、主イエスによる罪の赦(ゆる)しと神の愛を知るようになる。そして、神が支配する「天の国」に招かれていることを確信する。

はてぶを読むにも教養がいるのね。

2022-11-21

頭の中に声が響く

最近誰もいないのに声が聞こえる。主に罵声。これ幻聴なのかな。

昔の人なら幻聴概念なんてないし聖霊幽霊と思ったのかもしれないな。

それにしてもうるさいな。

2022-11-07

anond:20221107080657

キリスト教の神には名前があるのだが、みだりに口にしてはいけないことになっているので普通は単に神(the God とか der Gott とか le Dieu とか Deus とか)言う。

ちなみに Jesus は正真正銘名前苗字はたぶん無かった。

また、三位一体意識した呼び方としては、「父と子と聖霊」が定番

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