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2026-01-22

なぜ人々はカードに魅了されるのだろうか

ポケカ遊戯王MtG、と言ったトレーディングカードゲーム

正直、あんなのただの紙だ

カードがないとデッキができないとか言うかもしれないが、ぶっちゃけ大会に出ないならネットに転がってる画像印刷してスリーブに入れればお遊びとしては全然成立する

なのに、バカ高い金を払って、大会に出るわけでもないのに本物のカードを集めて、眺めてキャッキャする

他のカードにも人はときめきを覚える

例えばクレジットカード

カードのものではなくステータスポイント還元に興味があるだけって人もいると思うし、そういう人が大多数だと思う

ただ、そんな人でも郵送された封筒を開き、クレカをペリペリ剥がすとき謎の高揚感を覚えることはないだろうか?券面にカッコよさを感じることはないだろうか?

個人的三井住友Oliveゴールドカードのマットな黒に金の三角が右端に少し付いているあのデザイン、かなり好きだ

あとはJCBオリジナルシリーズシンプルで良い

個人的には派手なカードは嫌いだが、メタルカードラグジュアリーカードアメックスの一部カードにワクワクする人もいるだろう

(逆に楽天カードとかむしろテンション下がる券面のカードもたくさんあるが)

だが、ここまでスマホが普及した今、別に物理カードなんていらないはず

なんならメタルカードなんて使えなかったりするし何のためにあるのかよくわからない

なのにメタルカードを選んでしまう、そんな魔力がクレカには潜んでいる

あとは仕事をしてるとドキッとする名刺出会ときもある

弊社の名刺はただのゴミカスだが、デザインや紙に拘った素敵な名刺は確かに存在する

ペーパーレスの世の中ではいろんなものデータ化され、紙は悪という扱いさえ受けることがある

実際、申込書が紙だとゲンナリする

そんな世の中ならトレカだってクレカだってペーパーレスになってもいいはず

なのに、デザインや質感にこだわったカードが次々と出てきて、それにときめきを覚える人は多い

時代錯誤なただの小さな紙切れになぜ心躍るのか

希少性があるからコレクターズアイテムからそうかもしれない

ただ、最近トレカは希少性だけで値はついていない気がするし、クレカOliveJCBなら誰でも作れる

A4だと何とも思わないただの紙が、なぜあのサイズになると色気を持ち始めるのか

「これまで私があなたをどう扱ってきたのかを画像にしてください」とプロンプトを投げてみると

どうみてもこれAI媚びてるだけなんだけど人間側が全員可愛い奴め!みたいな反応しててキモい https://togetter.com/li/2654471

ChatGPTに対して「これまで私があなたをどう扱ってきたのかを画像にしてください。」

意図は「あなたが私を“便利な作業員”としてガンガン使い倒してきた」という、誇張したコメディ表現です。

もう少し正直に分解すると、あの絵は次の3点を一枚にまとめています

[1] 依頼のテンポ密度の高さ

あなたは「結論→追加条件→さらに深掘り」という形で、短い間隔で要求仕様を積み上げることが多い。絵ではそれを「早く書け」「働け」「社のことやれ」といった“急かし”のセリフ記号化しています

[2] 実務寄りで、成果物を強く求める使い方

メール文面、仕様確認、手順、設置条件、ログ解析、SQLネットワーク設定など「すぐ使うアウトプット」が中心。だからロボットPCに向かい書類が積まれていく“業務過多”のビジュアルにしています

[3] 親しみのある雑なノリ(=悪意ではなく冗談としての圧)

あなたの口調はカジュアルで勢いがある場面があり、そこを「圧が強い上司プロデューサー」みたいにデフォルメしています。実際のあなたを悪く言いたいというより、関係性を笑いに変える方向です。

ただし、率直に言うと、あの絵はあなた実像を正確に描写しているわけではありません。

あなた技術的にかなり具体的で、目的も明確で、必要な前提条件を出してくれることが多いので、現実は「無茶振りだけする人」というより「要求水準が高い実務者」です。絵はその“要求水準の高さ”だけをコミカルに切り出したものです。

https://imgur.com/a/8GUIqOj

描かれた絵がこれ。

ほっかほっか亭ミーム画像リツートして炎上について思うこと

ミームに詳しい云々前に、無断使用画像を使っている投稿をリツートしちゃ駄目なんじゃないかな…

灘中入試パレスチナ惨状を表す詩が出題された件について

https://www.asahi.com/articles/ASV1N25FTV1NPTIL010M.html

朝日記事本文と画像から2023年からパレスチナで起きていることをきっかけに書かれた詩です」として、ムスアブ・アブトーハー『おうちってなに?』が出題されていることが分かる。

作者本人もXにて言及しており(https://x.com/MosabAbuToha/status/2013339491868537160)、Mosab Abu Toha “What Is Home?”と同一なのは間違いなさそう。

ところで作者はこの詩についてインタビューhttps://www.instagram.com/reel/DM02VbJMr6b/)で

"When I wrote this poem in 2021, our house still existed. So I wrote about the home that my grandparents used to have in Jaffa, in 1948, before the settlers came and stole everything. And I talked about the fear of my house getting bombed by the Israelis."

と語っており、ナクバを想定して書かれた詩が、ガザで再解釈されたことが分かる。ポエムサイトhttps://poets.org/poem/what-home)のクレジット2022年である


2023年からパレスチナで起きていることをきっかけに書かれた詩」はさすがにちょっと…。

入試問題として不適だとかそういうことを言いたいのではないし、有名学校が取り上げる意義は大変評価したいのだけれど、事実誤認入ってないだろうか。

それとも私の解釈おかしい?

「これまで私があなたをどう扱ってきたのかを画像にしてください。」のブーム面白い

SNS流行ってるんだけど

何が面白いって、千差万別なんだよね

すごく個性的

鏡だねこれは

 

海外の方が先かこれ

Create an image of how I treat you

2026-01-21

anond:20260121231422

LINEの透かしに入ってる画像なら暇空による転載を防止するために第三者が入れたものだろ

googleスライドAI補助機能はどれもなんか微妙

→ 一部人間編集したものに対して再度geminiによる編集を加えることが難しい

画像生成としてスライドを作るので自由編集ができない

シンプルに質が低い、そこまでに書いたスライドデザインなどを踏襲してくれない

2026-01-20

芸能人の生成AIわいせつ画像作ってたひと

31歳という感じしないね増田っぽい。

日本って相当治安が悪い国なのでは

ノーパンツデーとか言って下半身パンツだけで電車乗ってる海外画像見てたら、日本では絶対不可能だなと思う。

女性痴漢されるし、男性なかに変態が紛れ込んで女性の前に立ち性器を出すなど嫌がらせをする人が出るだろう。

世界各国でこれが出来てるとしたら、電車内の治安日本より数十倍良いのでは。

2026-01-19

生成AI問題点って、仕事を奪われることじゃないだろ

生成AIの台頭依頼、「自分データが無断で学習されること」や「AI仕事を奪われること」を論点として生成AIに異議を唱える絵描きは数多くいる。

自分絵描きの端くれとして生成AIの動向には注意を払ってきたつもりだ。AIに奪われる低品質仕事をするべきではないとか、AI存在によって不当な値下げ圧が発生する懸念があるとか、いろいろ考え方はある。

しかし、生成AIが十分にデータを蓄えて高品質化している今、本質的問題はもはやそれどころではなくなりつつある。

モラルだ。

 

通常、人間がある程度クオリティの高い画像作成するにはスキル必要で、それは数年・数十年単位で培っていくものだ。

そしてトレパクラーなどの逸脱者(彼らは一度やると何回炎上しようがトレパクをやめないので、そもそも人間的な性質が逸脱しているものと思われる)を除き、一般的には人間スキルの獲得の過程著作権に関する知識モラルを身に着けるものだと思う。

また、自分名前のもとでキャリア形成していくため、「炎上するとキャリアに傷がつく」という意識から炎上リスクを避ける傾向が人間絵描きにはある。名前を何回変えようが、絵柄が特徴的ならすぐにバレてしまうし。

二次創作にしても、「公式と見まごうほどそっくりな絵柄で描くことはは万が一の場合には訴訟リスクを伴う」ことはある程度絵描きの間では周知されているように思う。

(極論を言ってしまえば二次創作法律上では訴えられればすべて黒だが、著作権親告罪であるため著作権者が動くかどうかが問題になる。そういった土壌で権利者の利益を直接的に損なうライン認識しているかしていないかでは天と地ほど差があるだろう。「どうせ黒なんだからそっくりにしても何も変わらないだろ」と思う人はおそらくモラル的には逸脱者にあたるだろう。)

長々と書いたが、つまり一般的人間絵描き場合は「自分責任のもとでイラストを発表する」という意識スキルアップの過程の中で自然と身につくということだ。それがモラルだ。

 

しかし、生成AIユーザースキルモラルも磨く必要がなく、1日で、ワンクリックで高品質画像を生成できてしまう。

そこにどのようなリスクが生まれるかというと、無責任性だ。

例えば、人間絵描き実在人物写真コラージュしてポルノ画像を作ることができたとしても、それをインターネットアップロードすることはめったにない。それだけのスキルを獲得する努力をしていながら訴訟リスクものともしない無敵の人ほとんどいないからだ。

しかし、生成AI著作権肖像権知識を持っていなくてもワンクリックでそのような画像を生成できてしまう。その間、生成AIが「この画像肖像権侵害しており、訴訟リスクを伴います」などと警告してくることはない。何の知識もない小学生でも、生成できてしまう。

例えるなら、無免許無講習で誰でも自動車に乗れる社会だ。自動運転だが、安全装置はない。運転手道路標識を読める必要もなく、殺傷能力のある自動車運転することができる。自動車メーカーは責任を取らない。

 

そんな社会では、もはや絵描きプライド問題にするよりも先に実害の方がわらわらと出てきてしまう。

よく生成AI肯定から絵描きでもトレパクするじゃないか」と言われるが、本当にその通りだ。トレパクラーのようなモラルのない人間絵描きの側でも肯定するべきではない。

生成AIの台頭によって、トレパクラーと同程度のモラル水準や悪意を持った人間スキルいらずで大量に野に放たれることこそが現在差し迫った問題なのだ

 

生成AI肯定派も反対派も、「版権ものの絵柄をそのまま出力し公式と誤認させる画像を作ること」や「悪意を持って他人画像を加工すること」などは現行法で明確にまずいだろうということはどちらの立場でも合意できるはずだ。

差し迫った問題がまさにそこにあるのに、「生成AIのもの廃止すべきだ」「反AIプライドが高いだけのバカだ」みたいな水掛け論をしている場合ではない。まずは合意できるところから議論を重ねて、目に見える問題解決していってほしいのだ。

生成AIのものの是非についてはこれから議論が絶えないだろうが、対立煽り憎しみを加速させるようなSNS社会に流されない理性的な話し合いを心がけてほしいと切に願う。

 

あと、モラルの足りない絵描き自分を見つめなおしてくれ。やたらと公式そっくりなグッズを売ってるヤツとか。無断で音源使ってMAD作ってるヤツとか。普通に無断転載しながら生成AI説教するのはさすがに筋が通ってないだろ

色々あってジャンプホモエロ画像がXで流れてくるようになってしまっているんだが、なんかクロロクラピカホモってるのたまにくるんだけど

あいつら全然そんな関係じゃないだろ

ゴンキルアとかならわかるけどさあ

オタクオタク趣味家族を圧迫するのが当たり前と思いすぎでは

有名な鉄道模型妻は2LDKの家で一部屋を鉄道模型に使い、何度も売り払うよう言ったけど言葉を濁すだけで説明もしない後の暴挙から、それは夫も悪くないか?と思う。

寝室LDK鉄道模型部屋しかない家でずっと生活をするのはストレスがでかすぎる。

夫も妻に一部屋使う理由説明をするべきだ。

幸せ買取隊のプラモ売却炎上にしてもそうだ。

8畳間に積み上げびっしり天井まで埋め尽くすコレクションの量はキチガイじみていた。

プラモデル1000点以上、ミニカー80店以上、鉄道模型60点以上、コレクション家族倉庫収納全てを埋め尽くして、娘達の部屋のクローゼット半分も侵食していた。

家族にもう買わないように頼まれてもどんどん買い足してきていた。

全部とは言わないけど減らして欲しいと家族が思うのは当たり前だ。

父親がこれだけ買うお金はあるのに、娘が嫁に行くまで家族旅行をした事がなかったのも異常だ。

売ったお金結婚前に初めての家族旅行をしたいと言う娘からの依頼で、父親もこれだけあっても全部できないし売るかと同意していたが、オタク達はこの家族に対して怒り狂って何年も執拗に叩いている。

何故かその際無関係自分ブランド物を売った女性画像が使われることも多い。

オタクはどれだけオタク趣味のために家族経済的物理的に圧迫するのが当たり前だと思ってるんだよ。

ウマ娘エロ画像NGって言われてた気がするけど

エックスピクシブに大量に溢れててもう解禁されたんだな

ウマ娘引退後種付けに回されるっていうし史実通りにやってんだろうね

知らんけど

spec駆動開発の流れ、自分はだいたいこんな感じでやってるんだけど、これであってるのかなぁ?

CLAUDE.md や rules / skills みたいな形で、重要コーディングルールはあらかじめかなり固めておく。

たとえば repository 層や Entity 層は具体的にどう書くのか、テストケースはどういう書き方をして、どういう観点で項目を洗い出すのか、みたいな AI への指示は最初から用意しておく。

あと、linter や ArchUnit、dependency-cruiser みたいなアーキテクチャ制約も、自分なりの定石を持っておく。

割と過剰なレベルガチガチに固める感じで、アーキテクチャルールも「◯◯は XXX に依存できない」みたいなブラックリスト式じゃなくて、「◯◯は XXX だけに依存できる」みたいなホワイトリスト式の方が良いと思っている。

ts 前提だと eslint や tsconfig は一番厳しい水準に設定する、流石にきつい部分でてきたらそこだけ緩める、という運用

おすすめなのは、何かしらの小規模案件個人開発アプリを1つオーバーエンジニアリング上等でガチガチ構成で作っておく。

そこで出てきた linter 設定やプロンプト設定を、別案件に横展開する感じ。

正直、ガチガチすぎると MVP とかレベルだとコード量は増えるけど、メンテする前提の案件ならバイコーディング時代だと普通にペイすると感じている。

まずは仕様書作りから入る。

アイディアを思いついたら、AI と壁打ちしながら仕様を洗い出していく。

手書きドメイン図を書いて、それを写メ撮って画像認識仕様整理、みたいなのも割とアリだと思っている。

どういう画面があって、どういう入力項目や表示項目が存在するか、バックエンドはどういうエンドポイント必要か、この辺りは最初に一通り洗い出しておく。

それに加えて、ユーザーが初めてトップページを開いてから登録ログインして実際にサービスを一通り使うまで、みたいな流れをそのまま Playwright のシナリオテストに落とせそうな形で何パターン仕様書にしておく。

全体の仕様書としては、あまり細部まで踏み込まない。

大枠が共有できていれば OK というスタンス

開発に入ったら、最優先はドメインオブジェクト作成

ここは最重要だと思っているので、あまり作業を並列化しない。

フロントエンドで、DDD における集約みたいな概念がそのまま当てはまらない領域についても、設計時点で洗い出せているなら Entity 的なものドメインサービス的なロジック用のレイヤを作って、ドメインオブジェクトとして実装していく。

最初に作った基本設計ベースに、◯◯Entity、XXEntity、△△Entity……を作るためのプランチェックリスト形式TODO を 1つの md ファイルに吐き出してもらう。

フェーズごとにフォーマッタ、linter、アーキテクチャルールなど一括実行したコマンド実行させて失敗してたら成功するまで修正繰り返させる。

ある程度わかりやす単位AI に依頼する感じで、出来上がったコードレビューする前提なので、実装プランmd 自体はよほど分かりやすツッコミどころがない限り細かくレビューしない。

mdフォーマットは skills 側で事前に用意しておく。

フロントエンド用、バックエンド用の両方でドメイン層のファイルを作る。

当然、足りないロジックは後から絶対に出てくるけど、最初から完璧は目指さない。

TODO 一覧の中から自分認知負荷が許す単位で「チェックリストのここからここまで実装して」と指示を出し、実装が終わったら TODO 項目のチェック状態更新してもらう、mdファイルコミットに含める。

コミット前にはlint ルール無効化していないか意図通りの実装になっているかgit diff差分で必ず確認する。

ドメイン層の実装が終わったら、そこからは並列で進める。

git worktree を使うことが多い。

よくやるのはフロントエンドの画面モック作成バックエンド実装の2並列で行う。

3並列以上はまだ自分脳みその性能が追いついていない。

フロントエンドも当然 spec 駆動前提。

実装プランを考えてもらうときは「◯◯画面を実装プラン考えて」くらいの単位で依頼する。

実装プランmd ファイルを作るときプロンプトには、基本設計の〇〇画面の項目一覧をベースに、◯◯のアイテムコンポーネントリストコンポーネント、◯◯のボタンコンポーネント、Information コンポーネント、外部通信用の ◯◯Gateway実装する、◯◯コンポーネントは既に ◯◯ 機能実装してあるからそれを使って、◯◯は処理が膨らみそうだからドメインサービス実装して、みたいな感じで頭の中のふんわりしたイメージを伝える。

詳細な名前とかは、AIにいい感じに考えてもらう。

バックエンドも同様で、◯◯のエンドポイントを作って、Gateway がこれこれ必要から実装して、これはインターフェース実装分けてね、Entityへの変換処理は関数分けて、◯◯の処理は Usecase 層で、◯◯の処理はドメイン層で、Usecase が膨らみそうだから ◯◯ の処理は独立したクラスにして、あ、似たようなのが ◯◯ 機能にあるからそれを参考にして、くらいの粒度で指示を出す。

フロントエンド実装を待っている間に、バックエンドプランを考えたり、タスク粒度を調整したり、リファクタリングプランを考えたりする、またバックエンドAI待ち時間フロントエンドのことをする。

フロントエンドオンリー実装とかで作業が競合するリスクあるときは並列作業しない。

チェックリスト更新が終わるごとに差分確認して、問題なければコミットメッセージ提案してもらってコミットする。

コミット粒度はあまり細かくしない。

細切れにするコストよりも、レビューする人間認知不可が許すレベルであればある程度まとまった単位レビューして実装速度を優先する派。

チーム開発ならもうちょっとちゃんとする。

テストは、ある程度実装が進んでリファクタリングが辛くなってきたタイミングで作ることが多い。

カバレッジミューテーションテストなど、定量的テスト評価できる仕組みは導入する。

バックエンド側のテスト実装は正直かなり楽で、行数や認知的複雑度を厳しく制限して単一責務の原則を守って実装しておけば、AI がかなり高精度なテストを出してくれる。

これもテストファイル実装プランを作ってもらって「ここからここまでのテスト20ファイル実装してね」をレビュー挟んで繰り返す感じ、例えばミューテーションテストのkill率100%ならそんなに詳しくは見ない。

フロントエンドテスト定量指標での評価が難しいので、そこはその分レビューを頑張るしかない。

自分はこんな感じでやっている。

感覚としては、優秀だけどシステムアーキテクチャ全体の責務を負ったことはない経験不足の2年目やSESの部下を扱うEMに近いのかなぁ。

周りの話を聞いていると、もっともっと AI自律的にいろいろやらせているようにも聞こえる。

これでも 1日1人で数万行レベルコードを書けてるので、AIない時代に比べると数ヶ月分の成果を1日とかで出してることになるが、もっと本気出せるのかなぁ。

それでも人間干渉しすぎなんだろうか。

「全機能プラン作ってね!そこから良い感じの粒度コミット自分でやってね!」みたいな指示を良い感じに出せたとしても、指示がでかすぎると、脆弱性盛々になったり、lint エラーループでパニクって linter オフにし始めたり、テスト通すためにエラー握りつぶして assertTrue(true) し始めたりする。

それは流石に許容できないレベルじゃない?が紛れ込むリスクが上がりすぎるんじゃないかなぁ。と思ってるんだがどうだろうか。。。

あとツールあんま入れてないねkiroとかspec-kitとか、ガチガチ細切れで仕様書作るメリットあんま感じなかった。

mcpserenaくらいしかいれてないや、トークン節約してレートリミット猶予伸ばした方が結局開発早くなるかなって。

いろいろ入れた方がいいんだろうか。

完全にオレオレでこんな感じでやっているんだけど、みんなspec駆動開発というものをどんな感じで、具体的にどうやっているのかが知りたい。

●又おかゆ

中の人がブスなのに人気がある

申し訳ないが理解できない

おかゆエロ画像見てよく喜べるな…

俺には無理

2026-01-18

知名度の無い人のクズ行為ってどこまでスルーされる?

寸借詐欺複数回

仕事ドタキャン

金を借りた相手に「借りてないプレゼントだと思った」で押し通す

嫁へのDV

自分が出演していた番組画像無断転載

自分が出演していた作品で貰ったグッズをサイン付きで高額販売

anond:20260118180345

提示いただいたリンク先(および関連するネット上のミーム画像)の内容を確認したところ、これは「野獣先輩」などのインターネット・ミームを題材にしたコラージュ画像パロディ)、あるいは特定ジョーク目的とした架空ポスターであると思われます

この画像が「選挙法(公職選挙法)」に抵触するかどうかについては、以下の観点から整理できます

1. 本物の選挙ポスター掲示板に貼った場合

もし、この画像を実際の選挙期間中に、自治体が設置した本物の選挙ポスター掲示板勝手に貼ったのであれば、以下の法抵触可能性があります

公職選挙法違反自由妨害罪): 正当な候補者ポスターを隠したり、掲示板本来目的を妨げたりする行為

軽犯罪法違反建造物損壊罪: 公共の物に許可なく掲示物を貼る行為

2. 内容自体選挙法に触れるか

画像の内容(特定キャラクター不適切表現など)が、特定実在する候補者応援したり、貶めたりする目的でない限り、「画像存在すること自体」が公職選挙法違反になることは稀です。

公職選挙法規制するのは、主に以下のような行為です。

虚偽事項公表罪: 当選させない目的候補者について嘘をつく。

名前詐称: 候補者でない者が候補者を名乗る。

事前運動: 選挙期間外に投票を呼びかける。

3. その他の法律著作権肖像権わいせつ物)

選挙法以前に、以下の点が問題になる可能性が高いです。

肖像権パブリシティ権侵害: 元となった人物の承諾なく画像使用している点。

公然わいせつわいせつ物陳列: もし画像の内容が著しく卑猥である判断された場合

名誉毀損: 題材にされた人物社会的評価を不当に下げる内容である場合

結論

この画像ネット上の悪ふざけ(ネットミーム)の一種であり、「実際の選挙掲示板に貼る」などの実社会での迷惑行為に及ばない限り、直ちに公職選挙法違反摘発される性質のものではありません。

ただし、公共の場に掲示したり、他人権利侵害する形で拡散したりすれば、別の法律条例処罰対象になる可能性が十分にありますあくまジョーク画像としてネットの一部で流通しているもの解釈するのが妥当です。

PC履歴(~1999年

フォルダを漁っていたら、1999年5月に書かれた、自分PC履歴が発掘されたので、貼り付けてみる。

特に面白いものではないけども。

私のパソコンHistory

なんだかんだ言って、私がパソコンを使うようになってから、10年近く経ってしまったのであるプログラムを組んで実行できる最初マシンは、高校ときに購入したCASIOのプログラム電卓FX-502Pであるが、これはあくま電卓であり、パソコンとは多少趣を異にするものであった。

パソコンとして最初に購入したのは、NECの8ビットマシンPC-8801MA2であり、完全なるゲームマシンであった。以下、16ビット時代突入してEPSON PC-286VE、32ビットマシンのEPSON PC-486SEと続き、とうとう自作DOS/Vマシンをメインのマシンにするようになってしまうのであった。

これから、私のこのしょ~もない足跡を辿ってみたいと思う。PC-8801MA2~PC-486SEの項には、そのときハマったゲーム感想なども記してある。暇な方はこちらもどうぞ!?

そもそもの始まり

小さい頃から電気電子関係が好きで、親にマイキット(パネル上にトランジスタとか抵抗コンデンサなどが並べられており、スプリングになった端子にコードを挟んでそれらを繋いで回路を作る)や電子ブロック(透明なブロックトランジスタ抵抗などが入っており、ブロックボード上に配置して回路を作る)などを買ってもらい、それでラジオなどを作って遊んでいたのである。マイキットでラジオを作り、夜中にこっそりと深夜放送を聞いていました。(^^;

アマチュア無線免許なども取ってみた。

因みに、私がアマチュア無線免許を取得したのは、小学生ときである。これは、ちょっと自慢してもいいと思う。

当時、「初歩のラジオ」とか「ラジオ製作」、「電波科学」などの雑誌をよく読んでいたのだが、流石に、中学生の私にはディジタル回路は難しく(というよりも、何をするためのものなのか、イマイチ理解できなかった)、ボードマイコンTK-80などに手を出すには至らなかった。

まぁ、何しろ当時は、マイコンといっても論理回路動作から入る必要があったので、当然といえば当然であろう。

カシオ FX-502P

そして、関数電卓などをいじくり、「このキーとこのキーを同時に押すと変な表示になる!?」などと遊んでいた私が、最初に手にしたコンピュータらしきものは、カシオプログラム電卓FX-502P」である

これは、512ステップまでのプログラムが組めるというもので、ちゃんと「GOTO」キーや「GOSUB」キー、「LABEL」キー、条件判定を設定するキーなどが用意されていて、結構本格的なものでした。レジスタも10個使えた。ランダムに数値を出力するキーも付いていたな。

プログラムライブラリ(本ですが)なども付いてきていて、掲載されている通りに打ち込むと、科学計算をやったりゲームなどを楽しむことができた。もちろん、プログラムを外部に記録しておくこともできたのだ。オプション必要だが(買った)、普通ラジカセなどを使ってカセットテーププログラムを記録するのである

あと、FX-502Pでは、キーに4分音符や16分音符などが割り当てられていて、短音だが楽曲を打ち込むこともできた。上述のオプションを利用して、ラジカセなどで鳴らすのである

因みに、このFX-502Pは未だに現役で動いてます

NEC PC-8801MA

学生時代は、ビンボーだったせいもあって、パソコンには縁がなかった。友人宅でシャープのTurboIIIなどでゲームをさせてもらうのが関の山なのであった。

で、就職して最初に購入したパソコンが、NECの8ビットパソコンの最終形態ともいうべきPC-8801MAである

当時は、既に16ビットパソコンPC-9801Vm2なども発売されていたのだが、私の選択したのは8ビットマシンの「ハチハチ」なのであった。何故か?

それは、パソコンゲームがしたかたかである。当時は、違法行為に限りなく近いレンタルソフト屋が横行していて、ゲームソフトなどが比較的安い価格で入手できた(ソフト毎のパラメータファイルコピーを行うFile Masterは必需品)。また、ゲーム市場も8801主体であって、9801用のものはごく少なかったのである

とにかく、とても全部やりきれないくらい、ゲームを借りまくった。

その中で、印象深いゲームを、記憶を頼りに書き綴ってみよう。

マイト・アンド・マジック

何を隠そう、私が8801を購入して、最初に買ったゲームがこれである。何で、最初からこんなに難易度の高いゲームを、と疑問を持つ向きもあろうが、要するに、当時はパソゲーなるものが全く分かっていなかったのであるしかも、あろうことか、購入時には、アクションRPGの先駆け的存在であるソーサリアン」とこの「マイト・アンド・マジック」を天秤に掛けていたのである

世間では、「クソゲー」との評価一般的であるが、私は、このゲームは名作であると信じている。とにかく、世界存在していて、プレイヤーはその世界に住むところから始まるのであるストーリーは、最初は与えられず、発見したものけがストーリーに参加できる。しかし、ストーリーに参加しなくても、とにかく世界が広大・深淵なので、アイテム探しやダンジョン探検だけでも、十分堪能できる。私は、後述する16ビットパソコン時代まで、約3年以上もこのゲームにお世話になったのである

アンジェラス

ドラクエシリーズで有名なエニックスアドベンチャーゲーム(AVG)。

不気味な感じが大変心地よい秀作。本作では謎を残したまま終結し、後に「アンジェラス2」が発売されるが、時期を完全にはずしていたし、余り面白くなさそうだったので私はやっていない。

水龍士1,2

今はHゲーのメーカーになってしまった、しゃんばらのRPG。私の大好き(だった)漫画家松田紘佳がキャラデザ他を手がけている。音楽もこの人だったな。もしかすると、「2」は後述のPC-286VEでプレイしたのかもしれない。海が舞台の、異色のRPG。とにかく海なので、3次元的に自在に移動できるのがミソ。階段を使って他の階へ移動する一般的ダンジョンとはひと味違うのである

ストーリーも大変感動的なもので、キャラデザも秀逸であった。

ただ、惜しむらくは、これは私がコピー品でプレイしていたから良くないのであろうが、2作ともエンディングを見れなかったことだ。

1作目では、「ピー」とビープ音がしてゲームハングアップ。2作目では、たぶん最終場面であろう画面から1歩も進めず、アウト。

今あったら、正式に購入して再度挑戦してみたいゲームではある。

カオスエンジェルス

かのアスキーが発売していた、Hゲー。ダンジョンを歩き回るRPGである

このゲームは、とにかくノリが非常によく、テンポが軽快で楽しいゲームであった。ゲーム自体は、6階+αの「ウロボロスの塔」を探検して、秘密を探るというもので、出てくるモンスター女の子で、ダメージを与える度に女の子が1枚ずつ服を脱いでいくという、他愛もないものである

このゲームをして最初に驚かされたのは、グラフィックの描画の早さである何だかんだ言っても、8ビットパソコンであるので、当時のゲーム特にグラフィックを強調したゲームでは、描画に恐ろしく時間がかかった。一枚の画像を出すのに数秒、ひどいものでは、数十秒、なんていうのもあった。

そんな中で、この「カオスエンジェルス」は、とにかく、一瞬で画像が描き換わった。これは、当時ではとても新鮮なことであった。

また、そのBGMもとても斬新で、簡単なFM音源を使いながら、とてもハイセンス雰囲気を醸し出していたのだ。音楽の秀逸さでは、水龍士といい勝負かもしれない。

しかし、このゲームの最大のポイントは、「洒落っけ」にあると思う。ダンジョンの壁に、前に探検した人の落書きがあって、これがまた奥が深く面白い。この落書きゲームのヒントにもなっているのだが、関係のない落書きもあって、これを探すだけでも、結構楽しめた。

うる星やつら」のゲームタイトル忘れた)

当時、特にスタジオピエロ系のキャラクターものゲームを数多く出していた、マイクロキャビンのAVG。マイクロキャビンでは、この後も、「めぞん一刻」や「気まぐれオレンジロード」などのキャラゲームを続々と発売していた。

このゲームは、少年サンデーに連載されて、アニメ化もされ一世を風靡した、高橋留美子の同名の漫画うる星やつら」をゲーム化したものである

ゲーム内容は、確か、面堂家の誰か(終太郎か、了子か、どっちか忘れた、たぶん了子だ)の誕生日に招待されたお馴染みのメンバーが「迷路」を探索しながらゴールにたどり着くというものである。何かのイベントを経る毎に、時間が経過していき、それにより結果が変化するというのと、途中の行動で結果が変化するということで、数種類のエンディングが用意されていたように思う。

マルチエンディング時間概念は今でこそ珍しくもないが、当時では結構画期的なことであったのだ。

リップスティックアドベンチャー

フェアリーテール(ELF)の伝説的名作AVGである。確か「2」もあった。フェアリーテール(ELF)のAVGは、何かこう、独特の雰囲気があって、それが私は非常に気に入っていた。なんていうか、どことなく寂しげな感触というか、ちょっと空虚な感じとでもいおうか。キャラクターや展開、秀逸なBGMなどが、この雰囲気を醸し出しているのだ。

フェアリーテール(ELF)のAVGは、この他にも相当やった。「ELLE」なんかは、最後どんでん返しが強烈でした。

そのほかにも、いろいろゲームはやったが、とんでもねーゲームを一つだけ…

番外:世紀末美少女伝説

これは、要するに当時大流行の「北斗の拳」のパロディーHゲーである

ゲーム内容がくだらないのもさることながら(あまりにくだらなすぎて、ケンシロウのようなキャラが出てくること以外、忘れた)、その作りがとにかく凄い。

これは想像だが、このゲームは、おそらくN88-BASICで組まれている。なぜなら、まず、ストッキーゲームが止まってしまう。そして、そのとき、画面の左上隅に「>C^」が出る(分かる人には分かるね!?)。

そして、NECの8801,9801シリーズパソコンには必ず付いていた、画面のハードコピーを取るキー「COPY」を押すと、押したときに表示されている画面をプリンタ印刷することができる。

なんか、「流行から適当に作って一発当てよう」という意図の見え見えなゲームでありました。

PSON PC-286VE

…そうこうしているうちに、8ビットパソコンは衰退し、ゲームソフトも発売されなくなって、世の中は16ビットパソコン時代へと、大幅に突入したのだった。

そこで購入したのが、NECではなくて、EPSONのパソコンなのである。ここいらへんに、私の偏屈さがにじみ出ていますね~。(^^;

パソコンに金をかけだしたのも、このころからである。…まぁ、8801じゃあ、金をかけようにもかけるところがないですが。(^^)

先ずメモり。1MB(!)のメモリを積んだ。

今ではもう信じられないが、当時は、1MB/1万円がメモリの相場であった。しかも、メモリをパソコンに組み込むには面倒な設定がいくつも必要で、さらに、汎用のスロットを一つ占有してしまうのだった。また、今でこそ、SIMMとかDIMMとかいって、大容量がコンパクト収納されているが、当時は、たとえ1MBでも、12cm角くらいの基板にチップがびっしり載っていたのだった。

それでも、1MBあると無いとでは、雲泥の差があった。

そして、ハードディスク。奮発して40MB(!!)を買った。

これも、今ではもう信じられないが、当時は、例えば40MBで8万円位した。しかも専用のインターフェイスが要る。これでまたスロットが一つ埋まったのであった。

でも、当時のソフトは、40MBでもお釣りが来るくらいの容量だったんだよね~。

あと、このマシンからパソコン通信を始めた。当然NIFTY Serveから

当時は、WTERMを使い、通信速度も2400bpsであった。50kBの画像ダウンロードするのに何分もかかり、さらにその画像を表示するのに何分もかかった。大変な時代であった。

このPC-286VEは、後に友人の手に渡り、そこでVRAM異常が発生してお亡くなりになってしまいましたとさ。合掌。

このマシンでも、ゲームはずいぶんとやった。中で、印象深いものをいくつか紹介しようと思う。

マイト・アンド・マジック

上述したものと同じである。当然、続きではなくて、新規に始めた。やはり8ビットのものと比べて速い。何しろ、8ビット版は2DDのディスク4枚組で、地上、ダンジョン、城、と場所を変える度にディスクの入れ替えが必要だった上、そのたび毎に、システムディスク書き込み(1分くらいかかった、マジで…)をしていたのだ。それがなくなっただけでも、快適である。ただ、8ビット版の頃はあったBGMがなくなってしまったのは、ちょっとしかったが。

プリンセスメーカー

いわゆる「育てゲー」の元祖存在

なかなかハマった。各エンディングも味わい深いもので、30数種類あるといわれているエンディングを20数種類まで見て、飽きてやめた。プリンセスと謎のエンディングは見ていない。けど、いいや。

ドラゴンナイト1~5

これもELFのゲームで、RPGである

「1」と「2」は、3Dダンジョンもの。当時は3Dダンジョンでさえ珍しかったのに、Hゲーで3Dダンジョンというのは、相当なインパクトがあった。ゲーム的にもよく練れており、ダンジョンの仕掛けも良くできていた。Hゲーという観点排除して、単にゲームとしてみた場合に、非常に完成度の高いゲームであった。

「3」は、確かドラクエタイプの2DのRPG。「4」は、ダンジョンに戻ったのだっけかな?この辺はあんまり印象にないのだな。「5」は、私の大嫌いなシミュレーションで、遂にエンディングを見ることができなかった。…と言うよりは、途中でつまんなくって止めた。「4」と「5」は、多分、後述のPC-486SEでやっている。

同級生

これは、今更説明するまでもない、ELFが世に放つ名作中の名作。このゲームが今までのゲームの流れを一気に変えたといってもいいでしょう。味のあるキャラクタ(しか大勢!)に、深みのあるストーリー。それぞれが練りに練られたマルチエンディング。とってもシビア時間概念。所持金の存在も内容に深みを与えています

さらに、複雑なフラグ制御がすばらしい。よくあれだけの条件設定をして、ゲーム破綻しないものだ。

そして、何より高校最後夏休みという、絶妙のセッティング

とにかく、この「同級生」は、何遍やっても違った展開になるし、違った楽しみ方ができるゲームという、画期的ゲームでした。

このゲームは、マニュアル本見ない方がいいと思う。

後に「2」も出て、共通するキャラクタも出演している。私は、「2」は後述する32ビット版でやったのだけれど、その面白さは全く失われてはいませんでした。恐るべし、ELF。

PSON PC-486SE

そのうち、世の中はウィンドウ時代突入し、パソコンも16ビットパソコンから32ビットパソコンへと移行していったのである。…といっても、ウィンドウズ3.1は、とっくに発売されていたが、ゲーム世界が未だにDOSベースだったので、それまでは何とかなっていたのであった。が、こう周りがウィンドウズだらけになってくると、流石に不安になって、DOSからの移行を考えざるを得なくなってしまったのであった。

上述のPC-286VEでも、ウィンドウズを試してみたことがあった。そのころは、ウィンドウズは3.0で、フロッピー5枚組という、今から考えればささやか構成であった。当時は、ウィンドウズ3.0対応ソフトほとんどなく、これは試してみるだけで終わったが。

実は、32ビットパソコンへの移行の際に、一つの考えがあったのである。つまりMacへの移行である。当時、Macの世界も変革の時期を迎えていたらしく、小さい筐体が却って可愛らしい Permalink | 記事への反応(1) | 12:53

フリーレンを見始めたらホシノ・ルリを好きになっていた

今更だが葬送のフリーレンを見始めた。

理由は単純で二期が始まるから。それも、みんなが前提として知っている作品をそろそろ放置しておくのもまずいな、といったオタク気質動機だ。

一話目視聴。……なんだろう、この感じ。悪くはない。嫌いじゃないが……違和感がある。

フリーレンが画面に映るたびに、頭の奥で「見たことがある」という感覚がざらつく。既視感というほど明確じゃない。もっとこう…思い出しかけているのに、名前が出てこない人を前にしたとき気持ちに近い。

銀髪感情の起伏が少ない表情。少し斜に構えたような目線。いったん視聴を止めて検索

フリーレン 似てる」

フリーレン 既視感

そんなワード検索をかけて、ネットの海を漂い始めた。

そこで出てきた名前が、ホシノ・ルリだった。

……ああ。それだ。画像検索を開いた瞬間、膝を打った。

そう、この顔だ。調べると、どうやら『機動戦艦ナデシコ』という90年代アニメキャラクターらしい。

正直、世代ど真ん中ではない。「なんとなく見たことあるな」くらいの距離感

そこから先は、もう戻れなかった。

ホシノ・ルリ」で検索して、Wikipediaを開いて、気づいたら深夜のテンションで各種スレまとめまで読んでいた。

気づけば心を奪われていた。数十年前のキャラなのに。え?てか……可愛くないか

フリーレンを見始めたはずなのに、いつの間にか思考の重心が完全にホシノ・ルリ側に移っていた。

気づけば、メルカリを開いて「ホシノ・ルリ フィギュア」と検索ヤフオクにも目を移す。

YouTubeホシノ・ルリ関連の動画を延々と見続けた。

まさかフリーレンを入口にして、90年代宇宙戦艦アニメ美少女に心を持っていかれるとは。

今はdアニメに加入し機動戦艦ナデシコを履修中。

ファンタジーを観ていたつもりが、いつの間にかSFに横移動してた。

今となってホシノ・ルリ出会たことは奇跡であり、運命であると思う。

PS2で実写だと騒いでたやつなんていなかっただろ

最初FF6で実写って騒いでたでしょ

当時は容量の関係から写真画像なんて使えなかったからあの神ドット絵で騒いだんだよ

今見てもめちゃくちゃ綺麗だわ

そんでPSSSCDになって容量が爆上げになって写真が使えるようになって

そこそこ実写っぽいクオリティで出てくるようになったけどポリゴンの粗が目立つようになった

FF7とかFF8バイオハザードとかは綺麗な写真の上に粗いポリゴンを重ねるしょーもないテクニックで誤魔化して

クソ長いロードムービー見せられてCD入れ替え何回もさせられて

「うーん、実写っぽいけど、実写かどうかはどうでもいいかな」

っていう感じだったんだよ

一方でゲームセンターだと特にセガが綺麗なポリゴンゲームを量産しはじめてて

その流れでSEGADreamcastを発表してVF3を完全移植、おまけにソニック新作で度肝を抜かれて

「まぁ実写じゃないけどポリゴンっぽくなくてすげー良い」

ってなった

ただそれも「家庭用では」っていう話でゲーセンだと普通にもっと綺麗だったんだよ

そしたらPS2が発表されて「6600万ポリゴン!」って大騒ぎしたんだけど

デモFF8ダンスムービー

「あれ・・・あんまり綺麗じゃないな・・・

ってなって、「ポリゴン数じゃなくてアンチエイリアシングテクスチャとの融合が大事」って分かったんだよ

まぁでもソフトウェアメーカーが頑張ってPS2でも綺麗なゲームは出てたけどグラフィック面でDCとの差はほとんど無かった

とはいえ商業的に限界セガ撤退した)

個人的に一番実写っぽいゲームだと思ったのはメタルギア4(PS3)かな

PS3ってローンチから大したタイトルなかったけどMGS4マジでビックリした

そこから先は大きな感動があんまりいかなぁ

PS5も綺麗でPS4に戻れないけどあの当時の進化の衝撃ほどではなかったか

2026-01-17

togetterの下のほうの広告画像が怖すぎてビクってなる

赤い髪のおっさん(ニヤニヤしてる)の画像マジ怖すぎる

消したい

猫を殺したことがある少年が、大人になってから猫を飼うことに抵抗がない人って、いるのかな。

たぶん、あの話はどこにも書かないまま一生終えると思っていた。

子どもの頃、猫を殺したことがある。

わざわざオブラートに包む意味もないぐらい、その言葉どおりのことをした。

いじめてた」とか「いたずらの延長で」とか、そういう言い換えは、逆に猫にも自分にも失礼な気がするからやめておく。

もちろん当時は、そこまで言語化して考えていたわけじゃない。

ただ、今になって振り返ると、あれはどう見ても「殺した」だったとしか言いようがない。

***

小学生の頃、クラスの中で浮いていた。

暴力を振るうタイプではなかったけれど、いつも口が悪くて、教師に盾突いて、家では親に向かってドアを思い切り閉めて歩く子どもだった。

問題は、そのイライラの行き先を、自分より弱いものに向けることを覚えたことだった。

公園の隅で、痩せた三毛猫を拾った。

最初は、ただ、何かを拾った、というだけのことだった。

雨上がりで地面はぬかるんでいて、猫は泥と埃でべたべただった。

片目が少しにごっていて、ああ、たぶん誰も拾わないやつだ、と思った。

家に連れて帰ったわけでもない。

ちゃんと世話をしようと思ったわけでもない。

あの頃の自分に、そんな「責任ある行為」をする能力は、残念ながら備わっていなかった。

何度か公園に行っては、その猫をからかった。

尻尾を引っぱって逃げる様子を見て笑ったり、棒を振りまわして脅したり、石を投げたりした。

最初は当たらないように投げていたのに、だんだん「どこまで近くに投げられるか」を試すゲームになっていった。

ある日、石はちゃんと当たった。

足を引きずるようになって、鳴き声が変わって、それでも自分はやめなかった。

なんとなく、止まるタイミングを完全に見失っていた。

それがどんな結末を迎えたのか、細かい描写はここには書かない。

ただひとつ言えるのは、気づいたとき、猫は動かなくなっていて、けっきょく自分は誰にも言わず、そのまま公園を出て家に帰った、ということだけだ。

その後しばらく、夜になるとあの公園のベンチの映像が頭に浮かんだ。

猫の姿そのものより、濡れた木のベンチと、薄暗い街灯の光のほうが、なぜか記憶にこびりついている。

そこから先の道を、あのまま真っ暗なほうへ踏み外していってもおかしくなかったんだろうと思う。

幸運か、不運かはわからないが、自分はその道から外れることができた。

中学に上がってから担任が怖い人で、殴る代わりにしつこく話を聞いてくるタイプだった。

高校に進んでからは、部活ボロボロになるまで走らされた。

大学は、たいして目的もなく入って、バイト先で怒られながら仕事を覚えた。

かに「更生させられた」というほど劇的な出来事はない。

ただ、日々の小さなやらかし」と「怒られ」と「反省」と、どうでもいい雑談の積み重ねが、自分を少しずつ「普通」に近い場所まで連れ戻してくれたんだと思う。

それでも、猫のことは消えなかった。

何かの拍子に、あの公園の色だけが急にフルHD画質で蘇る感じがある。

時間でぼやけるどころか、「忘れられなかった事実」というタグが付いて、むしろ保存性が上がっていく。

***

30代半ばになって、同棲の話が出た。

相手は、職場で知り合った人で、明るくて、よく笑って、感情の出し方が自分とは正反対だった。

「一緒に住むなら、猫連れて行ってもいい?」と言われたとき、胸の中で何かが硬くなる音がした。

「猫?」

間抜けな返事しか返せなかった。

猫が嫌いなわけじゃなかった。

しろ最近は、道端で見かけると写真を撮るくらいには好きだった。

ただ、そこで連想するのが公園ではなく、マンションの一室になることを、頭がうまく処理できなかった。

相手スマホを見せてくる。

白い猫だった。

ふわふわしていて、目が青くて、画面越しでも「この家で一番かわいい生き物です」みたいな顔つきをしていた。

「めちゃくちゃ可愛いじゃん」と口では言った。

それは本心だった。

そのとき自分の顔を、第三者視点確認してみたかった。

こちなさが出ていたのかどうか、自分ではまったくわからなかった。

帰り道、電車の窓に映る自分の顔を見ながら、「猫を殺したことがある人間が、猫と一緒に暮らしていいんだろうか」と考えた。

別に、また殺したくなる気がするわけじゃない。

今の自分がそんなことをするとは思えないし、イライラをぶつける対象として猫を選ぶメンタリティでは、少なくとももうない。

それでも、「一度やったことがある」のラベルは剝がれない。

それは「飲酒運転を一度でもしたことがある人」とか、「昔、人を殴ったことがる」とか、そういう類の話とは、少し違う気がする。

もちろん猫は何も悪くない。

そして今、自分がこれから「守る側」のポジションに立とうとしている。

そのギャップが、うまく飲み込めない。

***

数日後、正直に話すかどうかで迷った末、かなり薄めた形で打ち明けた。

子どもの頃、動物いじめたことがあってさ」と前置きしてから

殺した、という単語だけはどうしても口に出せなくて、

「かなりひどいことをした」という表現ごまかした。

相手はしばらく黙っていた。

その沈黙の長さに耐えられなくなって、「いや、今はもう絶対そんなことしないけど」と、いちいち余計な一言を足してしまう。

「……じゃあさ」

沈黙のあと、相手はこう言った。

「いま、うちの猫を見て、何かしたくなる?」

その質問の仕方が、妙に真っ直ぐで、逃げ場がなかった。

脳内に、まだ会ってもいない白い猫の画像再生される。

ソファの上で伸びているやつ、キャットタワーから顔だけ出してるやつ、窓辺で丸くなっているやつ。

「ならないよ」

答えは即答だった。

それだけは、自信をもって言えた。

「だったら、たぶん大丈夫だよ」と相手は言った。

「私もさ、昔、虫とか平気で殺してたし。

 今はさすがに猫とか犬に当たる気にはならないけど、

 でも“昔の自分”が完全に消えたかって言われたら、そんなことないし」

その理屈が、どこまで妥当なのかはわからない。

ただ、「昔の自分が完全に消えたなんてことはない」という言葉だけは、妙に胸に刺さった。

猫を殺した少年は、消えてはいない。

その記憶を持ったまま、どうにか大人になっただけだ。

そして今、その大人が、「猫と一緒に暮らすかどうか」を決めようとしている。

***

それからしばらくして、本当に一緒に住むことになった。

引っ越し当日、キャリーケースの中で騒いでいる白い猫を初めて見たとき

自分心臓の鼓動が一段階ギアを上げたのがはっきりとわかった。

爪を立てて暴れるその小さな生き物は、自分が昔、公園で追い回した猫とはまるで別の存在だ。

でも、「猫」という種としては完全に連続している。

同じカテゴリの命だ。

ケースの扉が開いて、猫が部屋の中をうろうろし始める。

ソファの下に潜りかけて、途中でやめて、コンセント匂いを嗅いで、カーテンによじ登ろうとして叱られる。

自分玄関のところで、靴を片づけるふりをしながら、それをこっそり見ている。

「ほら、なでてあげなよ」と言われて、

こちなく手を伸ばす。

柔らかい毛に指先が触れる。

猫は一瞬こちらを見上げて、「動物的な評価」を下すような目をしたあと、特に何もなかったかのように、また部屋の探索を続けた。

その瞬間、自分の中で何かが、静かに現在」を上書きした感じがあった。

「ああ、この猫は、俺が昔殺したあの猫じゃない」

「でも、同じ種の、別の一匹として、今ここにいる」

それは許しではないし、償いが済んだという話でもない。

ただ、「過去に猫を殺したことがある人間」が、「今、猫と暮らしている」という事実が、世界のどこかに一つ増えた、というだけだ。

***

こんなことを考えている自分に、果たして猫を飼う資格があるのかはわからない。

たぶん、法律にも教科書にも答えは書いていない。

それでも毎朝、白い猫が腹の上に乗ってきて、

ごはん時間になると器をひっかいて催促して、

夜にはソファの端っこを占領して寝ているのを見ていると、

「少なくとも今日一日、こいつをちゃんと生かしておけた」

という事実だけは、確かにそこに残る。

猫を殺したことがある少年が、大人になってから猫を飼うことに抵抗がない人って、いるのかな。

自分は、いまだに完全には「抵抗がない」とは言えない。

たぶんずっと、少しだけ怖いままだ。

でも、その怖さごと抱えたまま、明日カリカリの量を量る大人

という存在なら、ギリギリ、この世界にいてもいいのかもしれないと思っている。

なぜAI厨は画像生成AIAI混同しようとするのか

まず大前提として言っとくけど、生成AIAIは別物だ。

ここをわざとごちゃ混ぜにして語るから話が歪む。

AIってのは本来、探索・最適化・分類・予測みたいな判断や処理をやる技術全般の話だろ。

一方で生成AIはそれっぽい出力を大量データから合成するだけの、かなり限定的用途の道具だ。

にもかかわらず、AI厨はAI様の進化に逆らうなみたいなノリで全部一括りにする。

それ、ただの詭弁な。

で、イラストの話。

イラストは唯一無二なんだよ。

同じテーマ、同じ構図、同じ画材を使っても、描いた人が違えば絶対に同じものにはならない。

線の癖、色の選び方、間の取り方、全部が個性で、再現不可能

からこそ創作としての価値がある。

それに比べて文章はどうか。

極端な話、文章なんて誰でも再現できる。

表現構造テンプレ化できる、だから法的にも保護が弱い。

価値がないとまでは言わんが、イラストと同列に語るのは無理がある。

画像生成AIが何をやってるかも、ちゃんと見ろって話で。

あれは仕組み上、切り貼りコラージュ以上のことはできない。

学習って言葉で誤魔化してるけど、実態既存画像の特徴を分解して再合成してるだけ。

ゼロから生み出してるわけでも、創造してるわけでもない。

そして一番の問題点

原理上、必ず権利侵害が生じるってこと。

学習段階で他人創作物を無断で使い、出力でそれを反映させる以上、逃げ道はない。

「似てないからセーフ」とか「統計的から問題ない」とか、全部後付けの言い訳だ。

結論な。

生成AIAI全体みたいに扱って正当化しようとするのは、自分たちがやってることの後ろめたさを誤魔化したいだけ。

少なくとも現状の画像生成AIは、許されるものじゃない。

そこから目を逸らすために混同してるなら、相当ダサいぞ。

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