はてなキーワード: 能力とは
いや、「有意差がある」と「性別全体の本質が決まる」は別の話なんですよ。
例えば男性の粗暴犯比率が高いのは事実です。そこは誰も否定してない。
でも統計って本来、「傾向」を見るものであって、「だから男はクソ」「男は感情的」という人格論に飛躍するための道具じゃないんですよね。
極端な話、
でも普通はそこで、
「環境要因は?」
って考えるわけです。
あと地味にズレてるのが、「男の迷惑行為が多い」ことと、「女はまとも」という結論は別に繋がってないところなんですよ。
第三部 内容で勝ち、現実で負ける
社名は伏せておく。
商社系の、若手にもそれなりに権限が回ってくると言われている会社だった。
配属された部の課長は論理的な人で、私の作る資料の精度をある程度評価してくれた。
問題は二年目以降に始まった。
ある新規プロジェクトの立ち上げに関する会議で、部長が明らかに前提条件の数字を間違えていた。
市場規模の試算根拠が五年前の業界レポートに依存していて、その後の市場の変化を反映していなかった。
私は会議の中盤でそれを指摘した。
「すみません。その市場規模の数字、ベースになっているレポートが古いです。直近三年で市場構造が変わっているので、現状の数字はその試算より三〇%程度小さいはずです。私の試算では、こちらになります」
試算表は、出典付きで再現可能な形にしてあった。
部長はしばらく画面を見ていた。
「うん、わかった。数字の話はまた別の機会にしよう。今日は方向性の話をしている」
「いえ。方向性は市場規模を前提にしているので、市場規模が違えば方向性自体が変わります」
部長はもう一度、私を見た。
今度は少し、目に疲れがあった。
「君の言うことはわかった。あとで個別に話そう」
会議は、私の指摘を反映しないまま進んだ。
「お前、ああいう言い方やめたほうがいいぞ」
「内容として間違ってるか?」
「内容は合ってる。けど部長の顔、潰しただろ」
「顔の話なんかしていない。事業の話をしているんだ」
同期はため息をついた。
「そう。そうなんだよ。お前はいつも事業の話しかしない。だから、お前以外のみんなが何の話をしてるのか、お前にはわかってないんだよ」
そう言って行ってしまった。
私はその言葉をしばらく考えた。
考えた末に、こう判断した。
そして忘れることにした。
理由は表向きには、「別のプロジェクトに君のスキルが必要だから」だった。
私が回された別のプロジェクトは、ほとんど何も動いていない塩漬けに近いものだった。
私は課長に直接抗議した。
「私の指摘が間違っていたのですか」
課長は少しだけ困った顔をした。
「指摘の内容は間違っていなかった」
「では、なぜ外されるのですか」
「内容ではない。理由は内容ではないんだ」
「では、何ですか」
それから、こう言った。
「君は正しい。けれど、君と一緒に仕事をしたいと言う人間がいない」
その瞬間、自分の中の何かが冷たく固まったのを覚えている。
私は課長を見た。
できるだけ感情を出さずに言った。
「では、正しさよりも好かれることのほうが評価されるのですか」
課長は私を長く見た。
それから言った。
「そうじゃない。仕事は一人ではできないから、一緒に仕事ができる人間になることも能力のうちなんだよ」
私は頷かなかった。
このパターンが三十代を通じて繰り返された。
三回、転職した。
会社が変わっても結末は似ていた。
次の半年で、私の指摘が人を傷つけるようになる。
私は毎回、辞めるとき同じことを思った。
そのとき初めて、こう思った。
これに気づくのに二十年かかった。
二十年だ。
君がこれを二十二歳のうちに気づければ、私より二十年得をする。
二十年は長い。
本当に長い。
ここでKの話に戻る。
Kとは大学を卒業してから、ほとんど連絡を取らなくなっていた。
年賀状が最初の二、三年は来ていたが、私が返さなかったので自然と途絶えた。
記事は、ある業界の中堅企業の新規事業立ち上げに関するものだった。
写真の中のKは、大学のときと同じように口を大きく開けて笑っていた。
少しだけ太っていた。
けれどKは外されなかった。
なぜか。
Kは失敗の途中で、社内の他の部署の人間を何人も巻き込んでいたからだった。
開発の係長。
経理の若手。
Kは新規事業のために、社内のいろいろな人間に頭を下げて知恵を借りていた。
失敗が見え始めたとき、その人たちがKを助けた。
そう言ってKを庇った。
Kは結果として責任者の座を維持し、二年目に軌道修正に成功した。
「最初の半年で失敗したのは僕のせいです。市場の読みが甘かった。けど、その失敗を直せたのは僕一人の力じゃないです。社内のいろんな人が一緒に直してくれた。だからこれは、僕のチームの成果なんです」
私はこの記事を何度も読んだ。
そして初めてわかった気がした。
Kは最初から、「一人で正解を出す」ことを目指していなかった。
Kは最初から、「みんなで間違えて、みんなで直す」ことを戦略としていた。
私はずっとKを軽く見ていた。
Kは内容で勝てないから、人と仲良くするのだと思っていた。
違った。
だから内容で勝つかわりに、内容を直せる関係を作ることに力を注いでいた。
Kは、私が二十年かけても気づかなかったことを二十二歳のときにはもう知っていた。
中学校か高校のうちに、一度、自分より頭のいい人間に出会っていたのだろう。
そこで、自分が一人では勝てないことを学んでいたのだろう。
Kは十二歳か十三歳のうちに負けていた。
そしてその負けから、人と一緒にやることを学んでいた。
私は十八歳まで負けなかった。
その代償が、その後の二十年だった。
両親が立て続けに亡くなった。
父が先で、母がそのあとだった。
葬式に来た親戚や、父の昔の同僚や、母の友人たちは、私のことを「東大を出た立派な息子」として扱った。
私はその扱いを受け入れた。
受け入れるしかなかった。
葬式の最後、母の友人だったという、私の知らないおばさんが言った。
「お母さん、あなたのことをいつも自慢してたのよ。東大に入ったときも、いい会社に入ったときも。でもね、最近お母さんこう言ってたの。『あの子、結婚はしないのかしらね』って。心配してたわ」
私は笑顔で答えた。
「ええ、心配かけました」
その夜、実家の、自分が高校時代に使っていた部屋で一人で酒を飲んだ。
机の引き出しを開けると、高校時代の模試の成績表がまだ残っていた。
全国偏差値、七十六。
順位、全国八位。
その紙を長い時間見ていた。
そして思った。
三十年前の紙だ。
私はその紙を引き出しに戻した。
戻して、引き出しを閉じて、また酒を飲んだ。
涙は出なかった。
涙が出るような感情ではなかった。
もう少し乾いた、静かな何かだった。
母が亡くなって少し経った頃、私はMに偶然、駅で会った。
Mはすぐに私に気づいて「お前、変わらないな」と言った。
私はMに気づいていなかった。
Mは髪が薄くなり、少し太っていた。
スーツの肩のあたりがくたびれていた。
Mは結婚していた。
子供が二人いた。
Mは私の近況を聞かなかった。
たぶん聞かないほうがいいと判断したのだろう。
代わりに、駒場の頃の話をいくつかした。
「お前、覚えてる? あの語学クラスの和訳の輪。Kがやってたやつ」
「ああ」
「俺、あれに助けられたんだよ」
「助けられた?」
「うん。俺さ、地方から出てきて、最初お前と似たような感じだったじゃん。一人でやれば全部できる、みたいな。けどKがしつこく誘ってくれてさ。最初は俺も、うざいと思ってたんだよ。けど何回か行ってみたら、自分が見えてないところを他のやつが見えてたりするんだよな。それで俺、考え方を変えたんだ。一人で全部やる必要はないって」
Mが続けた。
「あれが俺の人生の、たぶん一番大きな転換点だった。あそこでKに引っ張ってもらえたから、俺、人と一緒に仕事ができる人間になれたんだよ。今の仕事、俺一人じゃ絶対できないからな。役所って根回しの世界だから」
私は頷いた。
Mが私をちらっと見た。
「お前は行かなかったよな、あの輪」
「うん」
「何で行かなかったんだ?」
しばらく答えられなかった。
それから、ようやく言った。
「行く必要がないと思っていた」
Mはそれ以上聞かなかった。
私たちはもう一杯ずつ飲んで別れた。
Mは終電で帰っていった。
最後に「また飲もうな」と言った。
私も「うん」と言った。
私たちはその後、一度も飲まなかった。
二人とも、それをわかっていたと思う。
Kに引っ張ってもらえたから、俺、人と一緒に仕事ができる人間になれたんだよ。
Kは私のことも引っ張ろうとしていた。
「気が向いたら、声かけて」
「一緒に間違えて、一緒に直せばいいんじゃないかな」
Kは私に何度も手を差し出していた。
私はその手を毎回振り払っていた。
Kを軽く見ていた。
そのプライドのために、人と一緒に何かをするということを、生涯、覚えそこねた。
電車の中で初めて認めた。
あいつは、ずっと間違えていたわけじゃなかった。
あいつは、正解を一人で出すことを最初から諦めていただけだった。
だから、みんなで間違えたあと、みんなで直すことができた。
俺は、一度も間違えないために、一度も誰とも直せなかった。
涙はまた出なかった。
「人生は、一度きり」
そんなことが書いてあった気がする。
正確には覚えていない。
ただ、もう一度だけ君に語りかけたい。
君がもし、私に少し似た人間なら聞いてほしい。
勉強がそれなりにできる。
一人でいることを苦にしない。
周りが少し幼く見える。
「言い方」を装飾だと思っている。
人に頭を下げることを敗北だと感じている。
もしそうなら聞いてほしい。
君が会っていないのは、君が悪いからではない。
たぶん環境のせいだ。
中堅校で一番頭がいい子。
学年で目立つ秀才。
これは君の責任ではない。
そこには君と同じか、君より上の人間が必ずいる。
中学生のときから、もっと厳しい競争を経験してきた人間が必ずいる。
それが君のこの先三十年を決める。
選択肢は大きく二つある。
一つは、その人間を軽く見ることだ。
「あいつは要領がいいだけだ」
「あいつは育ちがいいだけだ」
これは簡単だ。
すぐにできる。
何の努力もいらない。
プライドが守られる。
気持ちがよい。
私が選んだのはこっちだ。
そして、その代償をこの四十七年間で払い続けている。
もう一つは、その人間に頭を下げることだ。
「すごいですね」
「教えてください」
「どうやってそんなに上手くやるんですか」
そう聞くことだ。
これは難しい。
プライドが傷つく。
気持ちが悪い。
自分が小さく感じられる。
けれど、こっちを選べる人間は二十年後、ほぼ確実に生き残る。
なぜなら、こっちを選んだ瞬間から、君の能力は自分の能力だけでなくなるからだ。
君は自分より上の人間の能力を、少しずつ自分の中に取り込んでいけるようになる。
これは私が二十年かけて気づいたことだ。
自分より上の人間に、自分の間違いを笑いながら指摘されたときだ。
そしてもう一つ。
これは道徳の話ではない。
君が長く生き延びるための技術の話だ。
「性格をよくする」というのは、誰にでも愛想よくすることではない。
人と一緒にいるときに、その人が「君と一緒にいて楽だ」と感じるように自分の振る舞いを設計することだ。
これを十代後半のうちにやっておかないと、後からやり直すのが本当に難しい。
二十代の後半から急速に固まる。
三十代に入ると、ほとんど固まる。
四十代になると、もう変わらない。
私は四十代の自分を見て、それを知った。
君は今、二十歳前後だ。
固まる前に修正してくれ。
「ごめん」
「教えて」
「自分が間違っていた」
この四つを重く、特別なこととして言わなければならない人間は、私のように誰とも何も直せなくなる。
「私は完璧ではない」
「私は、変われる」
ここで最後に、一つだけ付け加えたい。
私はこれまで、「人に合わせるな」「集団は誤答を選ぶ」「会議はノイズだ」「調整は知性の敗北だ」と思ってきた。
だから誤答を直すには、自分の見え方の外側を持ってくる必要がある。
それを持ってきてくれるのが他人だ。
この関係を若いうちに作っておかないと、君の認知は君一人の中で閉じる。
その罰が、私の四十代だった。
君には、その罰を受けてほしくない。
この手紙を、ここで終える。
書きながら何度か、自分のことが嫌になった。
いや、本当のことを言えば、何度か自分のことをまだ正当化したくなった。
「Kは、俺ほど深くは考えていなかった」
そういう声が、今でも私の中で聞こえる。
たぶん、その声は死ぬまで消えない。
けれど私は、その声をもう信じない。
私は君に、私と同じになってほしくない。
私はもう、どこにも戻れない。
母も父も、もういない。
KともMとも、もう会わない。
私の若い頃のクラスメイトたちは、たぶんそれぞれの家庭で、それぞれの夕食を食べている。
私には夕食を一緒に食べる相手がいない。
これは自業自得だ。
誰のせいでもない。
けれど君は、まだ間に合う。
これから「ごめん」「教えて」「ありがとう」「自分が間違っていた」を毎日言える。
これから人と一緒に間違えて、人と一緒に直せる。
それを君のうちに習慣にしてほしい。
二十歳の君の習慣は、四十歳の君の人格になる。
二十歳の君が人に頭を下げることを覚えれば、四十歳の君は誰かに助けられる人間になる。
二十歳の君が自分の間違いを認めることを覚えれば、四十歳の君は間違える前に人に相談できる人間になる。
二十歳の君が雑談を大事にすることを覚えれば、四十歳の君には夕食を一緒に食べる相手がいる。
これは綺麗事ではない。
最後に、もう一度だけ。
正しさは、人に届かなければ現実を変えない。
一人で正解を出せる人間より、人と一緒に間違えて直せる人間のほうが長く生き残る。
けれど、誤答を直す力もまた集団の中にある。
その集団に、君が入っていけるかどうか。
それが君のこれからの三十年を決める。
私は入っていけなかった。
その理由をたくさん書いてきた。
けれど本当の理由は、たぶん一つだ。
私は怖かったのだ。
その怖さを、私は「孤独を選ぶ強さ」と自分に言い聞かせていた。
それは強さではなかった。
ただの臆病だった。
君が私と同じ怖さをもし持っているなら、その怖さに名前をつけてやってほしい。
「臆病」と。
名前をつけずに、それを「強さ」と呼び続ければ、君は私になる。
長くなった。
これで終わる。
君が今夜、誰かと夕食を食べられますように。
君が十年後、誰かと一緒にその失敗を直せていますように。
君が二十年後、私のように、見知らぬ若者へ誰にも頼まれない手紙を書く人間にならずにすみますように。
これは説教ではなく、
これは祈りだ。
どうか。
私のようには、ならないでくれ。
第二部 学び直せなかった一年
ここで、君に正面から語りかけたい。
たぶん君の中には、私に近い感覚が少しはあるはずだ。
なくてもいい。
あったとしたら聞いてほしい。
入学して最初の数週間、君は周りを見てこう感じるかもしれない。
「あれ、この人たち、思っていたほどすごくないな」
先輩たちがわいわい騒いでいる。
話の中身はたいしたことがない。
誰々が誰々を好きらしい、という話。
君はそれを聞きながら、心のどこかでこう思うかもしれない。
「俺はこんな話をするために東京に出てきたんじゃない」
その感覚は半分は正しい。
ただ、残りの半分について、私が二十年かけて学んだことを君に伝えたい。
雑談を飛ばして、いきなり大事な話だけをしようとする人間は、長い目で見ると誰とも何の話もできなくなる。
これは二十年後に私が痛感したことだ。
けれど十八歳の私は、これをまったく理解していなかった。
理解する気もなかった。
入学して一週間ほど経った頃、駒場のキャンパスで一人の同級生と話す機会があった。
名前は仮にKとしておく。
背が高く、髪を少し茶色く染めていて、笑うとき口を大きく開けた。
「サッカーをやってました。あと、文化祭の実行委員やってました」
それを聞いた瞬間、私はKにあまり期待しなかった。
あの私を退屈させた連中の、東京版だろう。
そう思った。
ところがKはよく話しかけてきた。
授業のあと、「飯行かない?」と私を誘った。
最初は断った。
二度目も断った。
三度目に、Kは少しだけ困った顔をして聞いた。
「お前、誰とも飯食わないの?」
私はそう答えた。
Kは少し笑った。
「ふうん。じゃあ、気が向いたら声かけて」
そう言って行ってしまった。
そのとき私は、自分がKに少しだけ優越感を持ったのを覚えている。
私は違う。
私は一人でも平気だ。
だから私のほうが強い。
そう思った。
これが間違いの始まりだった。
Kは、誰かと一緒にいないと不安だったのではない。
Kは、一緒にいる時間そのものを価値あるものとして認識する能力を持っていた。
そのことを、私は二十年後に理解した。
語学クラスでは、よく数人で集まって、課題のフランス語の和訳を持ち寄って見せ合っていた。
私は最初、その輪に入った。
けれど私の和訳はたいてい一番正確だった。
少なくとも私はそう思っていた。
私は指摘した。
「そこ、違う。主語はこっちじゃない」
Kは「あ、ほんとだ。サンキュー」と言ってすぐに直した。
それはいい。
問題はその次だった。
別の同級生、仮にMとしておく。
Mが読み上げた和訳も間違っていた。
私は同じように指摘した。
「Mも、そこ違う」
Mは少し顔を赤くして、「うん……」と言った。
Kが軽く笑いながら言った。
「お前、間違いの指摘の仕方、ちょっと冷たくない?」
私はKを見た。
「冷たい? 間違ってるから間違ってるって言っただけだろ」
「いやそうなんだけどさ。なんかこう、もうちょっと、『あ、ここ、俺もよくわかんないんだけど、こうじゃないかな?』みたいな感じ、ない?」
私は内心で軽蔑した。
出た。
「言い方」だ。
Kは内容で勝てないから、言い方の話に逃げている。
私はそう判断した。
その日から、その輪には行かなくなった。
数週間後、その輪がMを含めて続いていることを知った。
けれどMは、Kの輪の中で笑うようになっていた。
間違いを指摘されても、頭をかいて「あ、ほんとだ」と言うようになっていた。
Mは変わった。
私が変わらなかったのに対して。
私はMのことを軽く馬鹿にした。
妥協したのだと思った。
今になって思う。
妥協したのはMではなかった。
Mは学んだのだ。
私は学ばなかったのだ。
風の噂で聞いた。
実際、内容は真面目だった。
そこには二年生にSという先輩がいた。
Sは私とは違うタイプの賢い人だった。
判例を読むスピードは私と同じくらいだったが、議論のときの立ち回りがまったく違った。
まず、後輩や他の人の意見を聞く。
そして誰かの意見の中でいいところを見つけて、「それ、いいですね」と言う。
「○○さんが言ったところに加えて、こういう論点もあるんじゃないかと思って」
そう言った。
私はSのやり方を、最初ずるいと思った。
あれは自分の頭で考えていない。
人の意見に乗っかっているだけだ。
そう思ってSを軽く見た。
「Sさんの今の論理は、判例の射程を超えていると思います。○○判決はあくまで△△の場合に限った話で、これを一般化するのは無理があるんじゃないですか」
Sは私を見た。
少しの間、何も言わなかった。
「うん、たしかにそうだね。射程の問題は僕も気になっていた。じゃあ、君だったらどこまで一般化できると思う?」
私は答えた。
私の答えは、Sが言うべきだった内容をより精密にしたものだった。
Sは「それ、いいね」と言って、私の意見を議論全体に位置づけた。
私は勝った気がした。
サークルが終わったあと、別の三年生の先輩が私を呼び止めた。
「君さ、頭はいいよ。間違いなく。ただ、Sのこと、ちょっとなめてないか?」
「いえ、なめてはいないです」
「Sはね、あの場で君のために負けてくれたんだよ」
「Sは、あの場の議論をいいものにするために、自分の意見を引っ込めたんだ。君に花を持たせたんだよ。それはSがバカだからじゃない。Sのほうが、議論っていう場全体を見てるからだ」
私は不機嫌になった。
「いや、でも、内容としてSさんの最初の論理は間違っていました」
先輩はため息をついた。
「うん。まあ、そうかもしれない。でも君がこれから先、誰かと一緒に何かをやるなら、内容で勝つだけじゃ足りないよ」
私はその日、サークルをやめた。
正確に言えば、その日のうちにメールで退会の連絡をした。
理由は書かなかった。
二度とそのサークルには行かなかった。
夏休みに入る前、私はKにもう一度だけ会った。
Kは相変わらずにこにこしていた。
彼女もできたらしい。
私はその女子を、可愛いとも可愛くないとも特に思っていなかった。
Kが別れ際に言った。
私は笑って答えた。
「誰かに頼って、その誰かが間違ってたらどうするんだ?」
Kは少し考えた。
「うーん。そうしたら、一緒に間違えて、一緒に直せばいいんじゃないかな」
私はその言葉を軽くいなした。
心の中で、「だから、お前は二流なんだ」と思った。
一緒に間違えて、一緒に直す。
そんなことに付き合っている時間はない。
私は一人で、間違えずに進む。
正確には、二十年かけてようやく思い出せるようになった、と言うべきかもしれない。
ここで、君にもう一つだけ伝えたい。
私が地方の進学校で身につけた「一人で考えたほうが正しい」という認知は、地方の進学校の中ではたしかに事実だった。
私の周りには、私より速く正解にたどり着ける人間がいなかった。
集団で議論すれば、議論は私のレベルに引き下げられるか、私の意見が通らないかのどちらかだった。
しかし東京大学に来て、私の周りには私と同じか、私より速く正解にたどり着ける人間がたくさんいた。
その時点で、私は戦略を変えるべきだった。
もう一人で考えなくていい。
人と議論したほうが、自分一人で出せる答えよりいい答えが出る確率が高い。
人に頼っていい。
人に教わっていい。
人に「わからない」と言っていい。
けれど私は学び直さなかった。
なぜなら、地方で身につけた認知は、私を東大まで連れてきた成功体験だったからだ。
それを捨てることは、自分の人生を否定することのように感じられた。
変化を恐れた本当の理由は、たぶんこうだ。
だから勉強の戦い方を変えることは、自分そのものを失うことのように感じられた。
後になって考えれば、ただの臆病だった。
けれど当時の私は、自分が臆病であることにまったく気づいていなかった。
孤独に耐えられる、というのは強さではない。
ただの不器用さだ。
優三つの「優三つ」というやつだ。
一人でやれば結果が出る。
けれどその学年末、駒場の生協の前で、語学クラスのKたちが五、六人で集まって笑いながら写真を撮っているのを見た。
Kの隣にはMもいた。
Mは四月のときと比べて別人のように、いい顔で笑っていた。
私はその輪を遠くから見ていた。
その輪の中に入りたいとは思わなかった。
ただ、奇妙な感覚があった。
結婚式に呼んだり。
子供の話をしたり。
そう自分に言い聞かせた。
その夜、私は寮の自分の部屋で二年生の科目の予習を始めた。
ここで私は、君に最も伝えたいことの一つを書く。
地方の進学校から東大に行ったことの本当の不幸は、東大に行けたことではない。
もし通っていたら。
私は十二歳か十三歳のうちに、自分より賢い人間に出会っていただろう。
泣いたかもしれない。
けれど十二歳の私はまだ柔らかかった。
十二歳のうちに負けることは致命傷にならない。
十二歳の負けは回復する。
十二歳の負けからは、人に頭を下げることを学べる。
十二歳の負けからは、「わからないから教えて」と言うことを覚えられる。
私の認知の中で、「負ける」という選択肢が十八歳の段階ですでに消えていた。
そして十八歳で東大に入った瞬間、私は相対的に普通の人間になった。
けれど、そのときにはもう遅かった。
十八歳の私は、十二歳の私のようには柔らかくなかった。
私は上の人間に頭を下げるかわりに、上の人間を見ないことにした。
上の人間から学ぶかわりに、「あいつは要領がいいだけだ」と評価することにした。
これらは全部、私の防衛反応だった。
だから君がもし、地方から東京の大学に出てきたばかりでこれを読んでいるなら、聞いてほしい。
早く、負けてくれ。
自分より明らかにすごい人間に会ったら、嫉妬する前に頭を下げてほしい。
「教えてください」と言ってほしい。
それは君の性格を守るための救済だ。
天井を知らないまま二十代に入った人間は、たいてい私のようになる。
私のようになるな。
これは命令ではない。
お願いだ。
「デカチンさんにストーカーされてるせいで嫉妬したボスマン○たちにぃじめられてましゅっ!😣ボスマン○達は論理的思考能力を欠いているので嫉妬すると何も悪くないあおやまちゃんを虐めてくゆんでしゅっ😱あおやまちゃんをストーカーするのやめてくださいっ😤」
ってゆいました😲
その2
主人公の下呂くんは女性に免疫のない「毒使い」。行動を共にする結婚アドバイザーの城崎は、見た目は美女だが実は男性という。
特殊能力を持った殺し屋と闘いながら、様々な女性と出逢う展開ってところか。
登場人物の名前は、他にも姫川や嬉野など温泉地の名前にちなんでいるのが特徴的。
アクションシーンもよく動いて凄いと感じるけれど、私としてはバトル以外のシーンの方が好き。
メシアニメは私の好物です。メイドさんもかわいいし、食べ物も美味しそう。
コンビニおにぎり、ナナチキ(セブンイレブンジャパン)、信玄餅(桔梗屋)、たまごボーロ(大阪前田製菓)、サトウのごはん(サトウ食品)、ポカリスエット(大塚製薬)、築地さとうビーフカレー(吉祥寺さとう)、おいしい牛乳(明治)、はちみつ&れもん(加藤美蜂園本舗)、いちごチョコクリーム(マリオンクレープ)など、実在する製品が多数登場。コンビニもセブンイレブンがそのまま描かれている。
食べ物以外にも豆知識が紹介されたり、「鍵をきちんとかけたか気になって確認したくなる」「鯛焼き、頭から食べるかお尻から食べるか問題」など、日常の「あるある」を挟むのもポイント。
おいしそうだし、かわいいし、勉強になるし、ずっと見てられる。
担任の先生は可愛い顔でグラマーだけど、学校中では「怖い先生」と噂されている。
でもそれは単なるコミュ症なだけで、実は声もひょろひょろで体力もない、よわよわ先生だった。
ラッキースケベ系ですね。あと皆んな体の大きさに比べて顔が小さい。
これ、15分でいいかなー。
首を切ることで前世の力を引き出し、前世の偉人の才能を得た者たちが戦うバトルアクション。
主人公は天下の大泥棒・石川五右衛門の才能を持ち、他者の才能まで盗み出すことができる。
「全ての才能を盗み出し、歴史を総括するほどの人物になってやろう」と思っているが、根は優しい人。
人によっては「ドッペルゲンガーは恋をする」というタイトルで知られているかも。
舞台は静岡市。パーマンのコピーロボットのように、能力で生まれた自分のレプリカが学校へ通う物語。
レプリカが過ごす青春や恋、そしてそれを通して本体側が変化していく様が描かれている。
5話でタイトル回収、一旦終わりといった感じ。
〜これはいじっぱりな二人が、「愛してるゲーム」に翻弄される物語である〜
幼なじみ同士で、「愛してる」って言って照れさせた方が負けというゲームを続けている、恋愛頭脳戦。
幼少の頃は単なる「からかい」だったようだが、互いを意識するようになってからは、この関係を繋ぎ止めるためのゲームになっているようにも感じる。
サンデーならではの、「魔法使いが長生きしすぎるやつ」「勇者の声マジイケボだよね」「あの世界の住人銅像たてすぎじゃない?」といった小ネタがあったり。
3年ぶりの2期。
異世界転移した先で万能農具を片手に農業生活をしていたら、様々な種族が移住してきて、村ができて村長になっちゃいました。さらに子供も出来ちゃった。
鉄腕ダッシュの「DASH村」や「DASH海岸」が好きな人は好きかも(あそこまで本格的ではないが)。
異世界でのんびりスローライフと言いながらバトル多めになる作品が多い中、こちらは基本的に農業や村開拓を続ける感じ。
4話で村民同士が戦う武闘会(お祭り行事)があるが、農業アニメと舐めていたら驚くくらい、しっかりとしたバトル描写になっていた。
きらら。秋田から東京のお嬢様学校へ編入するはずだったのが、女子寮を兼ねる漫画喫茶「ヘッジホッグ」に住み込みで働くことに。
住居は一畳間、漫画喫茶暮らしということでこのタイトル。あとはいつもの可愛い女の子たちの日常コメディ。
客があまり登場せず、登場しても店内トラブルで帰ってもらうことが多いため、経営している感があまりない。
荒川弘が描く幻怪ファンタジー。1話の驚きの展開で、掴みはオッケーじゃないでしょうか。
主人公の「どうなってんだよ、これ」「なんなんだよ、なにがおこってんだよ」という反応、私自身もまさにそれでした。
OPはVaundy、EDはyama、Vaundyとのタッグで、作詞・作曲・編曲をすべてVaundyが担当している。
冴えない陰キャだった頃の自分へタイムリープし、灰色だった青春を「虹色に染めてやる」という作品。
主人公はコミュ障ではあるものの、前世でもそれなりの経験を重ねており、第二の人生ではあっさりカースト上位にいてモテる「強くてニューゲーム」状態。
ただ自己肯定感は相変わらず低く、そんな主人公と周囲の間に生まれる「不協和音」や「ギスギス感」が個人的に好き。
3話でAqua Timez『決意の朝』が歌われる。もう20年前の曲なんだよなー。
幼馴染が主人公を「あなた」と呼ぶ点には少し違和感を感じる。名前呼びか「あんた」ならしっくりくるのだが。詩ちゃんかわいい
OPは前島亜美、EDは愛美。EDのアニメーションの担当は、ズーマー好きなんかな。
主人公の女の子・スピカは、ある日言葉を話す猫と出会う。その正体は有名な天才魔術師。
お互いの利害が一致し、猫と師弟関係を結んで1等魔術師を目指す物語。
スピカは猫の封印を解くことができる(時間制限あり)。封印解除には魔力の注入が必要だが、ただし魔力は尻に入れる。
「天才になれなかった全ての人へ」2019年にドラマ化されている。
絵を描くのが好きだけれど才能がない光一。
絵の才能を持ちながら、父の死をきっかけに描くことを止めてしまった左利きの女の子、エレン。
仲がいい訳ではなかったが、結果的に光一がエレンの背中を押す形となり、それぞれの人生が進んでいく。
光一の社会人パートは緊張しながら見るなあ。私にも神谷さんみたいな人いたなあ
テレビではテレ東系列,AT-Xだけ。一部地方では放送されていない。これ全国放送してほしかった
OPはALI、ちょっとバブルガム・ブラザーズのWON’T BE LONGを思い出す歌。
1年ぶりの2期。前世では最強の王と呼ばれながらどこか孤独な人生だったが、転生先では家族や友人に囲まれながら心身共に成長していく。
今シーズンも地上波はテレビ東京のみで、全国ネットではない。BSでも放送して欲しかった。
OPはSIX LOUNGE、EDは22/7。Season1のEDはアーサーが走りながら成長していく感じだったが、Season2はテシアがそんな感じ。
テシアがヒロインなのは分かるけど、私の中ではジャスミンがヒロイン。
『野生のラスボスが現れた!』と同じく、アニメと同じタイミングでサンソフトからゲーム化された作品。
夏休みの前日に当たる終業式の日、教室に入ろうとした瞬間に異世界転移してしまう。
過剰とも取れるオーバーリアクションや奇行が目立ち、テンションが変なアニメに感じたかな。
転移直後に出会ったエルフとは2話で別れ、主人公は新たなパーティーを組む。
一方、エルフたちのパーティーストーリーも並行して進んでいて、これまた1クールでは収まりきらない感じかな。
天才王子と自称悪役令嬢ポンコツ転生者との、ハートフルストーリー。
令嬢バーティアは転生者、王子セシルはゲーム世界のキャラクター。
乙女ゲームの悪役令嬢へ転生してしまうというよくあるパターン。
が、特色は、よくある転生悪役令嬢話とは役割が逆になっている点。
通常はゲームの展開を全て知る転生者が世界を変えていくものだけれど、
今作は、完璧なセシル殿下がバーティアを観察し、言動や行動を基に世界を変えていく展開が面白い。
感情などないようにあれこれこなすセシルだが、オモシレー女、バーティア嬢に心動かされていく。
EDの絵いいなー。
2期で飽きてきたのだけれど、今回は好きかも。主にテンポが良くなった気がする。
「愚者の奇行団」とは対立したくなかったという思いも何とかなりそうだし。
ハッコンのランクがついにレベル3へ。ランクアップは1期7話以来。
『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』の作者による作品。
四季の神々から与えられた特別な力で各地に季節を巡らせるという世界のお話。
そんな春の季節の「代行者」と、その代行者を守る護衛官の物語が描かれている。
その時何があったのか、そして戻ってくるまでに何があったのかは、毎話少しずつ明らかにされていく。
6話まで観ると大体の状況が掴めてくるのと、EDの持つ意味も分かってくる構成。さくらの声の人の演技にちょっと感動。
それぞれのエピソードの終盤で登場人物の感情が溢れる様子、感動を誘う演出は、まさに『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』といったところ。
タイトルも内容もなかなかクセのある作品。現代アニメーションの見本市。
女神の力で別の世界の「何か変なモノ」に転生し、その世界を見届けて人生を終え、女神の元へ戻って異世界での出来事を確認する。そしてまた転生しての繰り返し。
転生先の世界は毎回異なるクリエイターが担当しており、アニメだけではない多様な表現が試されてる。
特殊な映像や演出が目に飛びすぎて、全然話が頭に入ってこない……というより、むしろ「違う面白さ」がある。
EDはshallm。EDでは本編のメイキング映像が流れるのも特徴的。
女の子が酒を飲む作品です。 私の中でこういった系は『たくのみ』以来かもしれない。あと今作はタイトル通り百合度が高い。
お酒の豆知識をゆっくり解説してくれるコーナーがあるが、どう聞いても、どう見てもひなたとあおいです(クレジットには「スマホの声」と記載)。
いいですね、酒アニメ。私も角打ちによく行きます。私は芋のくっさいのが好きです。 酒の味なんて分からず、酔いと雰囲気だけ楽しむ「ダメな大人」になってしまいましたが。
EDは毎回同じ曲だが、歌う人(キャラ)が毎回違う。 EDアニメーションも毎回異なり、登場人物の「ある日のストーリー」を描く《ヤマノススメ Next Summit》方式。
2年ぶりの2期。間があいたが1期振り返り特番があったので助かった。
魔法至上主義の世界で、まともに魔法が使えない「落ちこぼれ」主人公が剣で活躍する話。
2期では落第し、失意に沈む主人公ウィル。街では年越しの大結界を張る行事が行われていた。
無事に結界が張られたと思った矢先、不穏な魔法円が出現し、街はモンスターに襲われる。
1期ではダンジョンを潜っていたら本来ここには現れるはずがない高レベルなモンスターが登場したり、
今回は街が突如戦場になったりと、ダンまちを見ている人は既視感を抱く展開(原作者が同じ)。
まさか第16話の杖と剣が交わるウィストリアまでがプロローグだったとは
2009年にKAT-TUNの亀梨和也でドラマ化されている。 美味しんぼのワイン版と表現するのは少し雑か。
1話ではそこまで気にならなかったけど、さすがに2話以降は気になってきた。(プロの声優ではないとはいえ、それでも上手い方だとは思う)
話は面白いのだけれど、やはりこの声と展開の早さが、私にはちょっとしっくりきません。
田舎の空き家を管理する主人公と、そこに集まる霊獣たちの物語。
異世界放浪メシの「フェル」に似たキャラクターがいるので、スライムの「スイ」がいても違和感なさそう(「我、山神ぞ」すみません)。
主人公には霊を祓う力があり、メモ用紙に文字を書くだけで、その辺の陰陽師以上の力を持つ霊祓いアイテムになる。
背景がすごく綺麗で、そこまで大盛り上がりする展開はないけれど、落ち着いて見られる個人的に結構好きな作品。
めちゃくちゃ好きなんだが。
歌劇学校を舞台に、決して華やかではない「人と人との歴史を紡ぐ青春群像劇」。映画にしてもいいのでは。
話によって焦点を当てる登場人物が変わり、時代や場所も淡島・鎌倉・広島ところころと変わるため、少し頭の中が大変に感じる人もいるかも。
登場人物はそれぞれどこかで繋がっており、後になって「この人はあのエピソードの人か」と気づくと楽しくなる。
公式サイト(https://awajima-anime.com/story/)の各ストーリーページ下部にある相関図を見ると、つながりが分かりやすい。
同作者の過去作で、鎌倉が舞台だった『青い花』(漫画/2009年アニメ化)とも少しつながりがある。
1年半ぶりの4期。私は少数派かもしれないけどバトルより会議の方が好きです。
勇者と魔王みたいな善悪2者対立した話なら力でバトって分かりやすいんだけど、
こうも役者や国や思惑が増えてきたら会議がないとしっくりこないので。
さてこの度はテンペスト評議会への参加の件。欲まみれで舐めている議員たちはどうなるか
一日に何回でも射精できるようになった。
最終的におしっこ?のようなものがでるんだけどそれでも気持ちよさは一緒なので無限にイケる。
怖いので一日7回くらいにおさえてるんだけど、たぶんなんどでもイケる。
「今は未婚・恋愛経験ナシなんて当たり前だし、今後は独身でもお気楽に生きていける世の中になるよ」って考えてる人多いけど意味わからん
周りに独身が減ろうが増えようが自分はそう生きるつもりです、ってスタンスならまだしも
そもそも未婚者が増える原因ってのは社会が要求する夫・妻の水準に何らかの理由でアジャストできない男女が増えた事によるわけで
つまり現世における既婚者ってのは経済面・性的魅力面で高いハードルを乗り越えた者が有意に多いわけ
そんな中で、未婚者(=負け組の割合が有意に高い)が増えたところで何の意味があるだろうかと考える
負け犬が数だけそろってもその意見が社会のメインストリームになるかは別の話だろう 現実には、「数が増えること」と「発言力が増えること」は全く別なんだよな
氷河期世代は人口比で言えば現役世代のマジョリティと言っていい世代だが彼らの要望が社会に反映されたことが今まで何回あった?
社会って基本的に、再生産能力の高い層、税収を多く支える層、組織運営を担う層の価値観を中心に回る
だから未婚者が増えたとしても、その集団が経済的・政治的・文化的に強い影響力を持てなければ、「多数派になったのに扱いは変わらない」という現象は普通に起こり得る
実際、少子化対策の議論を見ても主軸は一貫して「どう結婚・出産させるか」であって、「未婚のまま生きる人間を中心に社会設計を変えるか」ではない
結局のところ社会的承認って「どれだけいるか」より、「その集団が社会に何を供給しているか」で決まる部分がかなり大きい
新人でも長期労働者でも同一賃金だから、仕事に嫌気がさすと、何もせずとも勝手にどんどん転職していく
日本のように、無能でも籍を置くだけでどんどん時給が上がっていけば、解雇に猛烈に抵抗するよね
年功序列システムは「転職能力を奪う」ための制度だから、無能が積みあがっちゃう
「解雇規制緩和に反対!」という人もいるけれど、「今の職場を他人に勧めたいか」という国際統計では、日本は最下位ぶっちぎり・・
同時代だとむしろスターウォーズのほうがジェダイの修行とかしてて日本のコンテンツ的だ。
そもそも米国のエンタメ映画の特殊能力ってだいたいギフトみたいなもので、
先天的か後天的は別にして、完全な授かりものであることが多いじゃない。
なのにガンダムって、ニュータイプとか特殊能力はもう完全に才能(ギフト)なんだよね。
仮に悪口を言おうが何言われようが、画面の向こう側にいるのがまともで善良な人間かもしれない認識できていない。
これが彼らのメタ認知能力の低さであり、その相手に対して暴力的、威圧的、あるいは違法な手段を講じてしまう職業的な病理だと思う。
相手が悪人だからと懲らしめようとしてるつもりなのかもしれないが、相手が本当に悪なのかを思考できてるのか。会ったこともない相手のことを、うわさや風評だけで判断してる。その有様に罪悪感が持てないのか?
終わってるよ、人として。
精神病院から退院したレメスロ氏(anond:20260505233557)が、かつてのトランプ・ゼレンスキー会談をダシに、今のロシアの現状を嘆いている。
https://t.me/ilya_remeslaw/11315 - 日本時間 5月8日(金) 16:59
例年通り、戦勝記念日にふさわしくない暗いニュースだ。「停戦」の現状はこうなっている。
ウクライナのドローンがロシア全土で数百回の攻撃を行った。再びペルミ、ヤロスラヴリ、その他石油精製所がある都市が標的となった。
また、航空管制の行政庁舎にドローンが撃ち込まれたため、ロシア南部の13の空港(アストラハン、ウラジカフカス、ヴォルゴグラード、ゲレンジーク、グロズヌイ、クラスノダール、マハチカラ、マガス、ミネラーリェ・ヴォディ、ナルチク、ソチ、スタヴロポリ、エリスタ)の運航が停止された。
敵が外務省や国防省の威嚇的な警告に対して、ほんの少しの恐れすら抱いておらず、ましてや敬意など微塵も払っていないことは明らかだ。西側諸国の大使館はキエフに留まっている。
以前、前線の情勢が比較的良好だった頃には、取引成立に向けた好機が存在していた。トランプ、エルドアン、様々な欧州諸国がプーチンの周りを駆け回り、一方のゼレンスキーは示威的に屈辱を与えられ、交渉へと追い込まれていた。
ホワイトハウスでのあのスキャンダラスな会談で、トランプがゼレンスキーに「お前には切り札など何もない」と言ったのを覚えているだろうか?当時、私たちはどれほど喜び、今こそ我々の地政学の達人(訳注: プーチン)が素早く有利な和平を締結してくれるだろうと考えたことか。(訳注: レメスロ氏はあくまでロシア愛国者であって、親ウクライナなわけではない)
しかし、その機会は取り返しのつかないほど過ぎ去ってしまった。戦争が長引けば長引くほど、我々に突きつけられる条件はより過酷になり、同時に後方への破壊も加えられることになる。
どうしてここまで台無しにできたのか? まったく理解に苦しむ。歴史上、序盤に恐ろしい軍事的過ちを犯しておきながら、勝利への不釣り合いな好機を与えられ、それを見事に台無しにしてしまうような事例は他に知らない。
https://t.me/ilya_remeslaw/11326 - 日本時間 5月9日(土) 20:10
https://t.me/ilya_remeslaw/11327 - 日本時間 5月9日(土) 20:16
— お前の自由のためだよ、孫よ。
https://t.me/fontankaspb/103798 (訳注: リンク先は、軍事パレードが終了するまで大通りが閉鎖され、そこに住む住民が実質的に外出禁止処分を受けているという内容)
その家の一つには、私の知り合いである99歳の第二次世界大戦退役軍人、ボリス・セルゲイヴィチ・オレホフさんが住んでいます。
文字通り、全員を閉じ込めたのです。上層部を満足させるためだけに。退役軍人の誰かが薬や食料を必要としていようが、どうでもいいのです。
マルガリータ・シモニャン(訳注: ロシアの大物プロパガンディスト)は今日、ヨーロッパで復活しつつあるファシズムについて何か書いていた。
https://t.me/ilya_remeslaw/11329 - 日本時間 5月9日(土) 20:36
DeepL.com(無料版)で翻訳しました。太字は原文を反映しています。
これまでの投稿 anond:20260321192723 プーチン氏に反旗を翻したイリヤ・レメスロ氏の告発文の翻訳 anond:20260321225918 その後の彼の投稿から、いくつか抜粋して翻訳しておきます。(すべての投稿.. anond:20260505233557 反プーチンのイリヤ・レメスロ氏が、精神科病院から退院していた
10年前の話。
結婚して、旦那と二人で共稼ぎ。貯金もふえていって、そろそろ子どもかな、、、というときに鬱になる。
当時の長時間労働と、親の離婚と教育虐待といった生い立ちから来る色々なものなどが噴出した感じになる。
夫は、「いったん会社やめて回復に専念してはどうか」というアドバイスを受け退社。
まあ、私はIT業界なので、回復した後も業界に戻れるでしょう、という思い込みもありました。
定期的にお医者さんいって、薬飲んで、できるだけ悪いこと考えないようにして毎日を乗り越えてを繰り返す。
しんどい、辛いが、することはない。(時間をつぶすために、夫の漫画コレクションを大量に消費)
少し回復してきたころに、「そろそろ何かしたい」と思ったが、いきなり再就職で週5日は辛いと思ったので、
自営業でも初めてみるか、となんとなく思い、夫に話したところ、「いいと思うよ~」という話で、とりあえず会社を作った。
名前は、私の名前から一文字、夫の名前から一文字、そして愛犬 (R.I.P) の名前から一文字で、3文字の会社。
会社作った理由は、法人とビジネスする際に、個人事業主は舐められる、となんとなく思ったのがその理由。
そのころ、ソーシャルで、「学生時代から事業やってて、今は会社やってて世界中を飛び回っています」というキラキラ経営者を見つける。
何か月かウォッチしていたところ、池田さんがたまたま、「いまから〇〇市いきます~。コーヒー一緒に飲める人ウェルカム」という投稿をしていて、
おお、会ってみたい!と思い、DMを送り、いきなりお茶を飲むことに。
池田さんと会ってみると、もうすごくいい人で、外見もよくて、私のことも全部肯定してくれる。
そして、池田さんの会社について詳しく聞いてみると、マーケティングは強いが、営業が弱いので、中小企業の案件はぽろぽろ取れるが、大手企業案件は取れていないことを知る。
そこで、「営業面、私がお手伝いしましょうか?どうお役にたてそうか提案しましょうか」ととっさの提案をする。
というのも、私はIT企業に新卒で入ってから、ずっと大手企業向けの営業やってて、ゴリゴリの営業畑。
「このキラキラした人が持っていないものを、私が持ってて、相互補完できるかも」と直感的に思った。
池田さんは「それはとってもありがたいです。では、来週オンラインでお話しできますか」と、とんとん拍子に話が進んで、いざ提案の時を迎える。
私からの提案は、「池田さんが販売している商品は、マーケティングで売っているだけでは、継続して点数がさばけないので、ターゲット業界のTop10に対しては、直接営業でアプローチすべき」という非常にシンプルなもの。
自分なりの洞察、リサーチ内容、アプローチ方法などをがっつり加えたものを伝える。当時はAIもなかったから、提案書作るのにがっつり1週間使った。
夫からは「あまり無理しないようにね。でも、応援してるよ」と言われる。応援してくれたのが嬉しかった。
「西原さんの提案は、素晴らしい内容でした。私の周りには、マーケティングとかデジタルとかの人は多いのですが、こうした直球の営業を企画できる人、そして実行できる人はいないんです」
そして池田さんは、
「販売額の20%を西原さんへのお支払いということでいかがでしょうか。過去に月額固定で営業代行を依頼したことがあったのですが、全く機能しなかったので、成果報酬でよければぜひお願いしたいです」
「営業面だけでなく、マーケティング面でもアイデアあればぜひお知らせください」
といって、月に1度はオンライン、年に3-4回は対面で会う仲になった。
池田さんは、ソーシャルでも1万人以上フォロワーがいて、それも経営者っぽい人が多いので、そういう人のチームになれたことが嬉しかった。
このころには私の鬱はもう抜けていたとおもう。
池田さんからは色々学んだ。友達、先輩みたいな感じで、彼女が考える会社経営について、色々教わった。
私は父も母もサラリーマンだが、二人とも仕事の話は家で一切しなかったので、会社を経営するとかいうことを全く考えたことがなかった。
稼ぐ仕組みを作ること、人を使うというのは、こういうことなんだなあ、と思った。
また、池田さんのもとには、それぞれ優秀なスキルをもつ人が男女問わずチームとしていて、それぞれ自分で会社を持っていたり、個人事業としてやっていたりした。
私は勝手に「チーム池田」と呼んでいた。自分もその中で、専門性をもち尊重される一員に加われたことを嬉しく思った。
ちなみに、営業をはじめて、1か月後に、ある業界の大手企業の本社購買とのアポを取ることができ、池田さんにも同行してもらったのだが、
「西原さんの営業スキル、プレゼンスキル、交渉力はすごい!」ととにかくほめてもらった。その後、池田さんはさらに私を立ててくれるようになった。
その会社との契約も決まり、安定的な数量を売れるようになり、月数十万円の金額が私の手元に入ってくるようになった。
と、ここまでがいい話。
それから1年後、法規制が変わった関係で、池田さんの会社にバブルが到来する。
(結果として一時的であったが)年の売り上げが10倍近くなったのだ。
池田さんはこれをチャンスとみて、マーケティングに大量にお金を突っ込み、中小企業客と個人客が激増することに。
私は細々と営業をするが、最初に取ってきた大手以外からはなかなか受注できず。また、その大手からの契約も急減するという事態に。
数十万円の報酬が、数万円にまで低迷する。夫の収入があるから、食べるには困る、ということにはならないが、でも困る。
池田さんは、「ビッグウェーブに乗って、マーケティングで売れる」という確信を持ったのか、私の話を聞いてくれなくなった。
大手企業は、商品の信頼性、部品の継続提供可能性、外部機関の試験や認証取得、問題発生時の原因究明体制、といった点を重視する。
「大手企業が期待しているような点に、ぜひお金を突っ込んでください」という私の依頼は無視される。
そしてダメ押しに、私に対して保証していた20%のマージンは10%に圧縮され、さらにさらに、私が開拓したお客さんに対して、池田さんが新しく採用した若手営業が、
私が提案した価格よりも安く提案して、勝手に契約を切り替えていた「らしい」ことが判明。お客さんは、口止めされているらしく明言はしないが、非常に歯切れ悪くなり、私の電話も取らなくなった。
そこで、池田さんに私はコールして、「マージンの圧縮はまあ仕方ない面もあるかとは思います。部材が上がっているし。でも契約を勝手に切り替えているのは本当ですか」と確認したところ、
池田さんは仮面のような表情になり、徹底的にはぐらかした。そして、「ビジネスがうまくいくように、全般的にコントロールしていくために決めたことなので」と、分かったような分からないようなことを言われた。
ああ、この人はもうだめだ。と思った。
そして思い出す。
ある夜、私は池田さんはすごい、池田さんと仕事できて、営業契約も決まりうれしい。
といった話をした後に、夫は「池田さんとは契約書は締結した?」と言われる。
私は、「池田さんは営業面は私に任せているから大丈夫」「いいタイミングになったら話してみるね」といったが、その後契約の話は結局しなかったし、池田さんからも出なかった。
ああ、やられたんだな。池田さんにうまいように使い倒されたのかもしれない。
でも、数字に関することはどれも口約束だから、20%のことも、契約をかっさらうようなことをしない、というのも、そういう口約束があったことを証明できない。
そして私の売り上げマージンがゼロになった月に、私から池田さんに、「転職が決まったので、そちらに注力することにしました。これまでありがとうございました」と言って、チーム池田を去った。
同時期にチーム池田はほぼ解体されていて、バイキングみたいな髭のエンジニアさんも、いつも違う眼鏡をかけてくるWebデザイナーの方も、代理店販売を担当していたおやじ殺しの方も、みんないなくなった。
家が近くだったので、よく一緒にご飯を食べた髭のエンジニアさんは、
「あの人(池田さん)は、そもそも信頼できないと思っていたので、来るべき時が来たか、という感じだったよ。いくつか予防線を引いておいてよかった」
と言っていた。ああ、私は人を見る目が本当にないんだなあと思った。
ウェブで相変わらず、涼しい顔でビジネスをしています。とてもお美しいままです。
おそらく、信頼を焼き畑農業しても、また、私のような人間が池田さんを手伝いたくなってしまうので、会社は回っているのだと思う。
特需のタイミングで大儲けしたお金を使って、今は別のビジネスも手掛けているみたいだ。
私がどうなったかって?
夫は「自分のお金をだまし取られるみたいな致命傷でなくてよかったね」と言われ、私のことは一切責めなかった。
夫は私と一緒に池田さんとは何度か会っているのだが、「調子のよい経営者の典型」だと思っていたとのこと。
ああ、そうだ、夫は銀行で融資しているんだった。彼の人物鑑定能力は、私の100倍高いのだから、もっと夫を頼ればよかったのかも。
でも、銀行で順調そうにみえる夫の力を借りずに、自分も独力でうまくいった証拠を残したかったんだよね。
池田さんには、転職しました、といいましたが、実はその後は自分の会社を育てるべく奮闘し、6-7年が経過したところ。
私の能力不足がゆえに、満足のいかなかった結果を迎えたことはある。ただ、池田さんのような意図的な不義理をせずに来れている。
子供も2人生まれて元気だ。この点は独身の池田さんが持てなかったものだ、と思ってしまう自分は性格が悪いと思う。
池田さんに対する恨みはもうなくて、「一時期楽しく過ごさせていただいてありがとう!」「良い点も悪い点も学ばせてもらいました」という感じです。
池田さん、もしこれを読んでいたとしても、私は夫と子供に囲まれ、仕事もあって幸せなので、今更あなたの邪魔をする気は一切ありません。
おしまい!
どうやら今年もRBのマシンはフェルスタッペン専用車へと方向性が変わったようでいきなりハジャーがフェルスタッペンに大きな差をつけられている。
そのタイム差は去年の角田とフェルスタッペンと比べてもかなり離れている。
ただ今年は去年ほど下位チームと上位チームのタイム差が接近していないので去年の角田のようにQ1やQ2でノックアウトされるようなことはない。
つまり角田フェルスタッペンの差は、ハジャーフェルスタッペンよりも少なかったのに順位結果としては角田が大きく見劣りする格好となっているということだ。
ただ、今後もハジャーとフェルスタッペンの差が拡大したままだとするなら、あらためてフェルスタッペンと予選で0.2秒差あたりにつけていた角田の能力が再評価されることだろう。
そうなれば復帰の後押しになる可能性はある。
deepseek-r1 に小説を書かせて、他のモデルと比較してみる
https://zenn.dev/sky/scraps/98c3cb767f46a7
以下の設定で、小説を書いてください
参加者はそれぞれ時計を手に入れ、「1分間の未来を見る能力」と「1分間の過去を操作する能力」を得る。しかし、この能力は無制限ではなく、使用回数が限られているうえに、他人の時間を操作すると自分の寿命が短縮されるというルール
がある。死神と名乗る存在から「最後まで生き残る者だけが自由を手に入れることができる」と告げられ、参加者は互いの時計を狙い合う。
目を開けたとき、目の前に広がっていたのは、見覚えのない薄暗い部屋だった。
廃墟のような打ちっ放しのコンクリートの壁。剥き出しの電球がひとつ、頼りなげに揺れている。円形の部屋の中央には、古びた木製のテーブルが置かれていた。そしてそのテーブルを囲むように、十一脚の椅子が並んでいる。
自分を含めて、十一人の男女が座っていた。
「――なんだ、ここは」
隣に座っていたスーツ姿の中年男性が、震える声で呟いた。彼の言葉を皮切りに、あちこちから戸惑いの声が上がる。泣き出す者、立ち上がって出口を探す者、呆然としている者。
そこには、見慣れない時計が巻かれていた。黒い革ベルトに銀色の文字盤。針は三本。時、分、秒。だが通常の時計とは違い、文字盤の縁には細かな目盛りが刻まれ、小さなボタンが三つ、側面に並んでいる。
そして気づく。他の十人も、全く同じ時計を身につけていた。
「お気づきのようだね」
声がしたのは、部屋の隅からだった。
いつの間にか、そこに立っている。黒いローブをまとい、フードを深く被った長身の人影。顔は見えない。だが、声は妙に陽気で、まるで旧友にでも話しかけるような口調だった。
誰かが悲鳴を上げた。別の誰かが立ち上がり、人影に掴みかかろうとする。だが、その動きは途中で止まった。正確には、止められた。体が動かないのではない。恐怖が、足を縫いとめているのだ。
「まずはルール説明といこう。諸君の左手にあるソレ。それはただの時計ではない。君たちに授けられた、『時間操作装置』だ」
「一つ目の能力は、『未来視』。左のボタンを押せば、これから一分間に起きる出来事を視ることができる。二つ目は『過去改変』。右のボタンを押せば、一分前の過去に干渉し、結果を書き換えることができる」
場の空気が凍りついた。誰もが言葉を失い、ただ死神の声だけが部屋に満ちる。
「ただし、無制限ではない。使用回数には限りがある。そして何より――」
フードの奥で、何かが笑った気配がした。
「他人の時間を操作すればするほど、君たち自身の寿命は削られていく。これが三つ目の、そして最も重要なルールだ。一人の時間を操作するたび、君は三日分の寿命を失う」
「……どういうことだ。なぜ俺たちがこんな……」
「強いて言えば、退屈しのぎだ。このゲームの名は『死神の時間』。君たち十一人はこれから互いの時計を奪い合ってもらう。最後まで生き残った一人だけが、自由と、そして余命を手に入れることができる」
部屋の空気が一変した。それまでは恐怖と混乱が支配していた。だが今は違う。隣に座る人間が、敵になる。
「時計を外すことはできない。破壊することもできない。持ち主が死亡したとき、その時計は停止し、その時点で他人が入手可能になる。簡単な話だ。相手を殺せば、その時計の残り使用回数が自分のものになる」
彼女は無意識に、左手首の時計を握りしめていた。心臓が早鐘を打っている。頭のどこかでは、こんな馬鹿げた話があるかと叫んでいる。だが体はすでに理解していた。これは現実だ、と。
「そうだ、ひとつだけ親切に教えておこう。未来視にも過去改変にも、『限界』がある。それは自分で見つけるといい。ゲームはそのほうが面白いだろう?」
「では、始めたまえ」
その瞬間、部屋の四方の壁が轟音とともに開いた。外は闇。どこかもわからない廃墟の中だと理解するまでに、数秒かかった。
誰かが走り出す。誰かが叫ぶ。そして誰かが、隣に座っていた人間の腕を掴んだ。
彼女は違った。いち早く立ち上がり、開いた壁の一つに向かって全力で駆け出した。右手には無意識のうちに自分の時計を、左手は前へと伸ばす。闇の中へ、まだ誰も選んでいない方向へ。
振り返らなかった。
――まずは生き延びる。考えるのはそれからだ。
賞味期限の迫った蕎麦が冷蔵庫に余っているが、今日はマックを食べたい気分だ。冷凍庫に移しとこう。
昨日は寝落ちしてしまったので、マックに行く前にシャワーを浴びないといけないが布団から起き上がるのが億劫だ。昨日は編集を頑張ったので今日はだらだらしていたい。
9時間ほど編集作業をしていただろうか。休憩を小まめに挟みながらだったが、昨日ほど何かに打ち込んだのは久しぶりのことだった。悪くなかったな。向いているのかもしれない。〆切りに間に合わすために細部を詰めきれなかったので悔いが残っている。もう〆切りは過ぎてしまって納品済みだが、自分なりにブラッシュアップしてみようかな。
みんな自分が認識してるより色々なことを考えている。思っていたより他人に厳しいことに驚いた。昨今は、人前ではお行儀良くして、他人を批判するのはタブー視されているようなところがあるからつまらない時代になったものだと嘆息していたが、何のことはない、皆他人を不快にさせないように、あるいは嫌われ者になることを恐れて口を噤んでいるだけだったのだ。
皆、自分が大した働きをするわけではないのに他人への批判は一丁前だ。実に正しそうなことを言う。だが、たくさんの文句を抱えている人が相応の優秀さを発揮できているは全く別の話だ。仕事批判、性格批判、言動批判、なるほど何もしなければ誰からも批判を受けずに済む。皆引っ込み思案になっていくわけだ。
しかし、何もしなければ得られるものは何もない。信用、実績、友人、能力、批判している人間だってそれほど大した人間ではないと割り切って気にせずやっていくのがよかろう。
タイトルがもう自慢みたいで嫌なんだが、自慢じゃない。むしろ逆だ。
俺はずっと、自分の頭はどこか壊れてると思って生きてきた。だから検査を受けた。
結果が、132だった。
書く順番を間違えると全部嘘くさくなる気がするから、最初から書く。
俺は34歳、都内の中堅メーカーで営業企画みたいなことをしてる。
仕事ができないわけじゃない。ただ、できる時とできない時の差が異常にデカい。
企画書を書かせると上司が「お前これどこから出てきた発想だよ」と笑うようなアイデアが出る。
一方で、月末の経費精算でレシートの日付を3回連続で打ち間違える。会議の電話番号を聞き取れなくて聞き返す。「先週の議事録のあの件だけど」と言われて、議事録の存在ごと忘れてる。
20代の頃はそれを「ムラっ気」で済ませてきた。
30過ぎたら誤魔化しが効かなくなった。
去年、得意先への請求書を1ヶ月送り忘れて先方の経理を激怒させた。あれは凹んだ。普通こんなミスしないだろ、と自分で思った。
それで精神科に行った。
発達障害の検査をしたい、と言った。受付のお姉さんは、こういう客に慣れた感じで「では初診の予約から」と言った。
「いつから困ってます」「子供の頃の通知表は」「家族に同様の特性は」みたいなことを30分聞かれた。最後に「WAIS-IVを受けてみますか」と言われた。
WAIS-IV。ウェイス・フォー、と読む。世界で一番使われてる大人向けの知能検査だ。
発達障害そのものを判定する検査ではない。「あなたの頭の中の凸凹を見る」検査だ、と医者は説明した。
検査は2週間後に予約された。
費用は保険適用で自己負担1350円程度、と言われた。安い。Netflixの月額より安い。
検査当日のことを書く。
検査室は4畳半くらいの個室で、机を挟んで臨床心理士の女性と向かい合った。30代くらい。終始物腰が柔らかい。
机の上には、検査キットらしき木箱と、何種類もの冊子と、ストップウォッチ。あとティッシュ箱。なぜティッシュなのかは後でわかった。
「これから2時間ほど、いろんな課題をやってもらいます。途中で休憩できます。わからない問題は『わかりません』で大丈夫です。最後までできなくても大丈夫です」
心理士はそう言った。声がやけに優しい。たぶん、緊張してビビってる受検者を山ほど見てきた声だ。
俺は「果物です」と答えた。
「両方とも芸術作品で、人間が制作するもので、視覚を通して鑑賞される表現形式、という意味で似てます」
心理士の手が止まった。一瞬だけ。
これが後でわかったんだが、こういう問題には「採点基準」があって、抽象度の高い回答ほど点が高くつく。「果物」は1点、「植物」は2点、「自然界の生命体」は3点、みたいな構造らしい。
俺はたぶん全部の問題で、聞かれた瞬間に脳が勝手に最上位の抽象を引っ張り出した。これは後で結果を見て知ったことだ。本人としては「普通に答えた」だけだった。
次が「積木模様」。
赤と白に塗り分けられたサイコロみたいな積木が9個渡される。心理士が「この絵と同じ模様を作ってください」と図形を提示する。タイマーが鳴る。
俺は途中で「あ、これ全部の積木の側面パターンが2種類しかないから、必要な面さえ向ければいい」と気づいた。それからは、図形を見た瞬間に必要な「面」だけ脳内で先にレイアウトして、積木は後から面を合わせるだけになった。
心理士のストップウォッチが、何回か0.5秒くらいで止まった。
俺はその時、自分が褒められてるのか変な目で見られてるのかわからなかった。
そのあと「数唱」というのが来た。
3-7-2。簡単。
8-4-9-1-7-3-2。…7個までは行けた。
「次は、逆の順番で言ってください」
9-6-2-4-8-3-1。逆順。…これが、できなかった。
途中で「あれ、4の前なんだっけ」となって脳がフリーズした。同じ問題を3問続けて落とした。心理士が「次の課題に行きますね」と言った。声色は変わらなかったけど、俺はその瞬間「あ、ここは俺の苦手領域だ」と直感した。
「符号」というのが来た。
記号と数字の対応表が上にあって、下にランダムに並んだ数字の下に、対応する記号を書き写していく。120秒。
これも、できなかった。
正確には、できたけど、遅かった。
俺は5番目くらいで「対応表を覚えれば見なくて済む」と思って、対応表を一回見て覚えようとした。覚えきる前にタイマーがガンガン進む。焦って書き写しに戻る。書き写しはできるけど、心が折れてるから手が震える。震えるからケアレスミスが出る。
終わった時、心理士が「お疲れ様でした」と言った。俺は「すいません、これ全然できなかった」と言った。心理士は微笑んで「皆さんそうです」とだけ言った。
休憩を10分挟んで、後半。
4×4くらいのマス目に、ある法則で図形が並んでて、空白の1マスに入る図形を6択から選ぶ。IQテストでよくあるあれだ。
楽しかったというのは語弊がある。脳の中で、何か正しい場所に正しい部品がカチッとハマる感覚があった。プラモデルで一番小さい部品が、迷ってた手のひらの上から正しい場所に吸い込まれる、あの感覚。
全問、考える前に答えが見えていた。
「『遵守』という言葉の意味を説明してください」「日本の首都はどこですか」「人はなぜ法律を守るんでしょうか」
こういうやつ。これも口が勝手に動いた。
特に「理解」の問題は、俺の中で勝手に映画の脚本みたいなのが回り始めて、「法律を守るのは社会契約の維持に必要で、契約を破ることのコストが個人の利益を上回る設計になってるから」みたいなことを言った。心理士が「ありがとうございます」とだけ言ってメモを取った。
検査が終わった時、心理士は「お疲れ様でした、結果は2週間後にドクターから説明があります」と言って、ティッシュ箱から1枚抜いて俺に渡した。
俺は何も泣いてなかった。ただ、汗が顎から落ちる寸前だった。
2週間後、診察室で結果を聞いた。
医者は紙を1枚机に置いた。レーダーチャートがあって、4本の棒グラフがあって、数字が並んでた。
自覚、なかった。
「ない、です」と答えた。
医者は紙を俺の方に向けた。
「これね、VCIとPRIだけ見ると上位0.3%です。MENSAの基準は楽勝で超えてます。でもね、ワーキングメモリと処理速度が、ほぼ平均ど真ん中。この差が、43ポイントある。これはかなり大きい凸凹です」
「あなたが感じてた『仕事ができない』は、本当の意味では『できない』じゃないです。あなたの言語理解と知覚推理が高すぎて、ワーキングメモリと処理速度が、相対的に追いついてない。本人の中で常に『俺の他の能力が、俺の足を引っ張ってる』状態になってる。これはね、しんどいですよ」
俺は医者の言葉を聞きながら、顔の筋肉が固まってくのを感じた。
「自慢ですね、なんかすいません」と俺は言った。
医者は笑った。
「自慢じゃないですよ。自慢じゃない。あなた、たぶん『自分は変だ』って思って生きてきたでしょ。変じゃないんです。ただ、社会の平均的な仕組みが、あなたみたいなプロファイルの人に最適化されてないだけ」
検査結果を聞いた帰りの電車で、俺は新宿駅から自宅最寄りまでの30分間、ずっと自分の人生を再生してた。
小学校の時、全教科の平均点が異常に高いのに、夏休みの宿題のドリルを毎年8月31日にやってた俺。
中学の時、数学の応用問題は10秒で解けるのに、計算問題で連続して符号ミスをして100点を取れなかった俺。
高校の時、現代文が偏差値75あるのに英単語の暗記がどうしても回らなくて、英語は60を切ってた俺。
大学の時、卒論で教授に「お前の文章は構造がきれい」と褒められたのに、卒業要件の単位を1個落としかけて留年スレスレだった俺。
全部、つながってた。
違った。
俺の頭の中には、競走馬みたいに速い領域と、自転車を後ろ向きに漕ぐみたいな領域が、同居してた。
速い方が「自分の標準」だと思って生きてきたから、遅い方の自分が出てくると「なんで俺、こんなこともできないんだ」と毎回殴られた。
殴ってたのは他人じゃなくて、俺自身の中の、速い方の俺だった。
これが、しんどかった理由だ。
自分の中の優秀な方の自分が、自分の中の平均的な方の自分を、毎日殴り続けてた。
たとえ話を、もう一個書かせてくれ。
俺の頭は、エンジンが2000ccのスポーツカーに、軽自動車のタイヤが付いてる状態だった。
エンジンは喜んで吹け上がる。アクセルを踏めばすぐ100キロ出る。
でもタイヤが軽自動車だから、コーナーで踏ん張れない。雨が降ると滑る。長時間走ると焼ける。
ドライバー(俺)は、エンジンの音を聞いて「俺の車は走れる」と思って毎回踏み込む。
そしてコーナーで毎回横に飛んでいく。
何回も飛んだ。何回も「自分の運転が下手だから飛ぶんだ」と思って、運転テクの本を買って勉強した。
違った。タイヤが弱かっただけだった。
コーナーでは諦めて減速する。直線で全部取り返す。それでいい、と医者に言われた。
これは「障害があった」って話じゃない。
俺のWMI(99)とPSI(92)は、世間的には完全に「平均」だ。一般人と同じ。
ただ、俺の他のスペックが上振れすぎて、平均的な部分が「機能不全」に見えるレベルで足を引っ張ってた、というだけだ。
むしろ、平均的な機能を平均的なまま使ってる人のほうが、人生は楽だと思う。
レーダーチャートの紙の右下に、心理士の手書きで一文だけメモが入ってた。
「ご自身の得意な領域を活かしつつ、苦手な領域は外部ツールやサポートで補うことを推奨します」
外部ツール。
俺はこの3文字に、たぶん30秒くらい目が止まった。
「俺の足りない部分は、俺自身で頑張って補わなきゃいけない」と思って34年生きてきた。
違った。
外で補っていい、と国家資格を持った人が文書で公認してくれた。
IQが132だったことより、「Excelに任せていい」「カレンダーアプリに任せていい」「同僚の力を借りていい」と、医療として公式に許可されたこと。これが効いた。
検査の翌週から、俺は会社のメールに自動振り分けルールを20個追加した。
会議は全部録音するようにして、議事録は文字起こしAIに任せた。
請求書は経理に「月末3営業日前にリマインドしてください」と頭を下げて頼んだ。
ミスが、減った。
劇的に減った。当たり前だ。タイヤを4本とも履き替えたんだから。
そして、減ったぶんのリソースで、得意な企画の方をもっと深く考えるようになった。
今期、俺の課の売上が部内トップになった。たぶん、IQ132の本領が、初めて発揮された期だ。
俺と同じように「自分はムラがある」「できる時とできない時の差が大きい」「子供の頃から自分のどこかが壊れてると思ってきた」って人に、たぶんWAIS-IVは効く。
発達障害かどうかを白黒つけるためじゃない。
自分の中の「速い俺」と「遅い俺」を、他人事として眺める視点をくれるから、効く。
受けてから2週間で結果が出る。
精神科に行く勇気が要るのは知ってる。俺も予約電話を3回かけ直した。
それでも、行ったほうがいい。
「自分が自分を殴ってる」状態で生きてる人、世の中に俺が思ってた10倍はいる気がする。
俺はもう、自分を殴ってない。
速い俺と遅い俺、両方が同じ車に乗ってる。それでいい。
タイヤを履き替えれば、そのスポーツカーは、ちゃんと走るから。
追記。
「IQ132で会社員してるの、もったいなくね?」って言われそうなんで先回りして書く。
全検査IQ132って、たぶん同年代の同期100人いたら2〜3人いる程度の数値だ。
珍しくない。普通に会社にいる。あなたの隣の同僚かもしれない。
測らないまま生きていける人は測らなくていい。
偶然だよ!日本の衰退は左翼リベラルの女性解放と個人主義、家庭の解体、専業主婦蔑視と、自民党の安い労働力としてのパート派遣「女性活用」「女性の社会進出」「男女平等」が左右悪魔合体してちゃんと家庭運営してきた中流層を解体して、派遣労働の貧困個人を大量生成したことだよ。
数学者が7年悩んだ難問、AIが「80分」で解く──取り組んできた本人が美しいと評価
(リンク貼れないので略)
1196 Discussion Thread | Erdos Problems
(リンク貼れないので略2)
AIが解いたとされているエルデシュ問題#1196とAIによる証明についてだが、数学者になれてない自分でも証明を理解できたので解説してみる。
というか専門家でもない自分でも理解出来るような短くてわかりやすい証明が存在したからこそ、AIが見つけられたんだよねコレ。
リクトマン(AI以前に一番この問題の解決に肉薄してた数学者)が「神の書物の証明」と形容しているが、
昔から難しい問題(色んな実績のある数学者が挑戦したのに解けなかった問題と定義する)に簡単な証明があった時にこういう言い方をする。
さて、まず問題について説明するがエルデシュ問題#1196は自然数の集合Nの部分集合Aが原始集合なら
「Σ[a∈A,x<a]1/(a*log(a))=1+o(1)」を証明する問題となっている。
原始集合というのは例えば素数の集合{2,3,5,7,...}みたいにa<bかつbがaの倍数となるようなa,bを含まない集合の事である。
素数の集合に4を加えた集合{2,3,4,5,7,11,13,...}は2,4を含むし4が2の倍数だから原始集合ではない。
右辺の「1+o(1)」というのはxがとにかく非常に大きければ式の左辺が1に近くなるもんだと思っとけばいい。
原始集合Aに対してAから有限部分を除いた時に、各要素aに対して1/(a*log(a))を足してけば総和が1で近似出来る事を証明する問題だ。
そしてAIによる証明だがこれは特殊な双六(すごろく)ゲームを考えてそのゲームのとある確率を求める事で証明をしている。
・双六は完全な1本道でゴールがなく無限に長くて、各マスに1,2,3,4,...と自然数が順番に書いてある
・普通の双六はサイコロの結果にあわせて1~6マス進むが、この双六では例えばマス「7」に止まってる時は
次は「14」「21」「28」「35」...と止まってるマスの番号の倍数のマスのどれかに進むか、もしくは双六が強制終了する
このような双六ゲームではマス「a」に止まる事がある確率をv(a)とすると、Aが原始集合の時はΣ[a∈A]v(a)は必ず1以下になる。
例えばAが素数の集合を考えると、Σ[a∈A]v(a)はマス「2」「3」「5」「7」...のどれかに止まる確率になる。
マス「3」に止まる事があったらマス「7」に止まる事が無いようにΣ[a∈A]v(a)は排反事象の確率の和になるから1以下になる訳だ。
そして上記のような双六ゲームを考えてスタート地点がマス「n」である確率p(n)と
マスmに止まってる時に次にmの倍数kmに止まる確率p(m,km)を適切に設定する。
そうするとある定数Bがあってv(a)=1/(B*a*log(a))になる。
B*v(a)=1/(a*log(a))になるので、Σ[a∈A]1/(a*log(a)) = BΣ[a∈A]v(a) ≦ Bとなる。
このBがxが大きい時にB≦1+(C/log(x))となる事(Cは定数)を論文内の補題4を使って示しているので
Σ[a∈A]1/(a*log(a))≦1+(C/log(x))=1+o(1)より、証明が完成する。
上記のような双六ゲームを考えてこうやって確率を計算するアイデアは数学には昔からある有り触れた物である。
確率p(n)と確率p(m,km)を考えるのに使うフォン・マンゴルト関数は昔からよく使われてる物だし
確率の設定の仕方も有り触れた物だし論文内の補題4自体も数論の論文で見かける程度には有り触れた不等式によるものである。
するとこの論文は「双六ゲームを考える」「フォン・マンゴルト関数を使う」「確率を設定する」「有り触れた不等式を使う」と
4つの有り触れたアイデアを上手く組み合わせる事で完成している。
でも各段階でどのような有り触れたアイデアを採用するかで軽く10種類以上は選択肢があるし
大雑把に合わせると10000種類以上のアイデアの候補の中から証明出来るものを探す事になる。
この10000種類以上のアイデアを上手く絞ってく能力が高い人は数学者になれる可能性がある。(数学者は必ずこれが出来る必要はない)
が、AIの場合は上手く絞ってく必要もなく10000種類以上のアイデア全てについて試して証明が出来るか全数探索が出来る。
力技で正しい証明を見つけられる訳だ。
今回AIがエルデシュ問題#1196を解けたのはこうやって4つくらいの有り触れたアイデアを組み合わせて完成するような証明があったからである。
今まで考えられた事のないアイデアを必要とする場合や非常に多くのアイデアを組み合わせるような証明になると
AIがアイデアの組み合わせを全数探索する事では証明に辿り着けないから今回とは違うやり方が必要になる。
それでも数が多くはない有り触れたアイデアを組み合わせる事で証明出来るような問題には、今のAIは証明文を生成できるという事である。
時代は進歩したというべきか、4色問題をプログラムで力技で解いた時代と本質的には変わってないというべきか、
それは人によっては違うんだろう。