このタイトルならば、空犬通信主催者としては買わないわけにはいきません。
- 上村卓夫『書店ほどたのしい商売はない』(日本エディタースクール出版部)
どうですか。いい書名ではありませんか。これ。
著者は書原の社長。書原は、新宿、新橋、霞ヶ関、阿佐ヶ谷など、関東圏で11店舗を展開する書店チェーン。なかでも、阿佐ヶ谷(最寄り駅は地下鉄の南阿佐ヶ谷)にある杉並本店の濃い棚作りは書店好き・本好きにはよく知られているところでしょう。
この杉並本店、JRから離れているのでふらっと寄りにくいため最近はあまり顔を出せないのが残念なのですが、阿佐ヶ谷に住んでいた学生時代にはよく利用したものです。夜遅くまでやっているので、阿佐ヶ谷に住んでいた頃は、よく夜の散歩の途中に立ち寄ったりしたのもなつかしい。当時(今も?)成田東にお住まいの谷川俊太郎さんのお姿を店内で見かけたことも数度。駅前型の新刊書店とはあきらかに違う品揃え、棚作りのお店で、波長が合うとはまるタイプのお店です。ここで買った本も少なくなく、個人的に思い出深いお店の1つなのです。
そんな書原の社長さんが書いたとなれば、ますます興味をそそられます。わくわくしながら読み始めたのですが、読み進めるうちになんとなく違和感が……書店好きをわくわくさせずにおかないこの書名から受ける感じと、内容の感じが微妙に違うのです。
第一章は「書店と時代背景について」となっているのですが、この「時代背景」の話が最初のところはずっと続きます。戦後日本社会史のおさらい的なところがあって、日本社会の構造・体質批判、読者層の変化、効率・成果主義の現代人批判、取次や大型店への苦言、取次や大手版元への苦言など、誰がどう語っても批判的な物言いにならざるを得ないテーマが次から次に語られます。前半は書名のイメージからはやや遠い、いくぶん小言めいた内容になっています。
もちろん、現在の書店の状況をマジメに語ろうとすればふれざるを得ない問題ばかりで、そのことが悪いわけでも間違っているわけでもありません。ただ、「書店ってどんなに楽しい商売なんだろう」という興味で手に取った年若い読者が、はたしてこのような話を「楽しく」読んでついてきてくれるものなのか、ちょっと不安に思ったのも事実です。
ある種のマジメさは、本文以外のところにもあらわれています。文中のキーワードにうるさいぐらいの脚注がふられていて、書店・本に興味がある人が読者対象の本に、高校の世界史・日本史レベルの言葉にまで註がついているのはどうかという気がしないでもなかったのですが、これから就職や将来のことを考える若い層に読んでもらいたいことも考慮しているからと考えればまあ妥当と言えるのかもしれません。
とにかく、「マジメ」な本であることはたしかで、そのこと自体は批判するようなことではまったくないのだけれど、今書いたように、ぼくが心配に思ったのは、この本の前半を読んで、「わー、書店ってほんとに楽しそうな仕事だなあ、ぜひやってみたいなあ」という感想を抱く読者がどれほどいるだろうか、ということです。こんなに魅力的な書名なのに、この本を読んで書店員を志そうという読者はそんなにいないのではないか、などと思ってしまうのです。それぐらい、「書店員の仕事の楽しさ」がもどかしいぐらいになかなか語られずに前半分ぐらいが過ぎてしまう……。
ただ、本書を手にした人は、ぜひやめずに読み進めていただきたいのです。おもしろいのは後半なのです。
著者は、「書店とは著者と読者を結ぶ空間」で、「考える楽しみを提示する場所」である、だからこそ「読者の目線に立った仕入れと配置こそ生命線」だと主張しています。まさに正論でしょう。そして、それを書原でどのように実践しているかの実例がいろいろ紹介されています。このあたりになると話が一気におもしろくなります。
たとえば、売上スリップの活用術。機械に頼らずに、目でスリップの中身と数から必要な情報を引き出していくそのさまは職人のよう。お店の様子を見たことのある読者ならば、書原の平台の利用法にも独自のものがあることをご存じでしょう。平台と接する棚の一番下の段を抜くやり方や、無料配布品置き場などになっていることが多いレジの前のスペースの活用法などにも、なるほどとうならされるアイディアがあふれています。
個人的に、もっとも印象的だったのは、雑誌の配本と返品率の改善策。実際に、流通中の雑誌を使って自らの店舗で実験をして、返品率が改善されうる様子を詳細にレポートしています。あと、書原で社員に課しているという本に関するレポートもなかなかに興味深いものでした(実際に書店員さんが書いたレポートが紹介されています)。
というわけで、この本は、書店に興味のある方全員にぜひ読んでいただきたいと思います。一般読者はもちろん、現役の書店員さんが読んでも得るところが少なくないように思います。
Amazonには詳細があがっていませんが、版元の日本エディタースクール出版部の新刊案内で目次や内容紹介が読めますので、そちらも参考にどうぞ。
フリペ「LOVE書店」のコーナー「本屋さんになる!!」が好きだという話は昨年も書きました。なにしろ、
《全国のチビッ子のなりたい職業ナンバー1を“書店員”にしたい!そんな目的で始まったコーナー》
ですからね。応援せざるを得ません。でも、書店員になりたい!というちびっ子が出てくるには、やっぱりこの仕事に魅力を感じている方から、「書店ほどたのしい商売はない!」というメッセージが彼ら予備軍に向けて発信されていく必要があると思うのです。そうでなくても、大新聞様にしょっちゅう、書店業界は苦しい、きびしい、…店閉店した、そんなことばっかり書かれてますからね。
これも昨年紹介した、水道橋博士の男気あふれまくる発言をもう一度。
《俺みたいな本好きこそが、本屋をやるべきだと思いますから。》
これにはシビれましたが、博士のような外様ではなく、書店員の方からこういうシビれる発言をどんどん出してほしい、などと思うのであります。
◆今日のBGM◆
- ジューサ『YUSA』
キューバの女性シンガー・ソング・ライター。ラテン直球というよりR&Bとオーガニックフォークを足して、ファンキーにした感じ。という説明が意味をなさないぐらい、独特の音楽です。歌詞はスペイン語です。派手ではないものの達者なバッキングギターは本人のよう。これで声がもう少しやわらかめだと、さらに空犬好みなんだけどなあ。