毎回楽しみにしていた選集の最終巻が先日、無事に刊行されました。
- 『夜の船 野呂邦暢小説集成 第九巻』(文遊社)
《原点となった散文詩、未発表作品》を収録した、シリーズ最終巻。年譜・著作年譜・単行本書誌も収録されています。
この第九巻、驚くべきは、未発表作品を中心にした巻が、シリーズ中最大の688ページもの大部な1冊になっていること。見ると、未完・未発表の長編「解纜のとき」が400ページ超あります。
この文遊社の『野呂邦暢小説集成』、第一巻「棕櫚の葉を風にそよがせよ」が出たのは2013年5月のこと。今から5年前ですが、すでに出版界は不況喧伝されて久しい時期で、とてもではないですが、この規模の全集・叢書を簡単に出せるような業界状況ではありませんでした。
そんななか、刊行された本シリーズ。たしかに野呂邦暢は、一部に熱狂的なファンをもつ作家です。本好きには、古本屋の店主を主人公にした連作『愛についてのデッサン』の愛読者も多いでしょう。直木賞作家、佐藤正午さんが彼のファンであることを著書で明かしているなど、プロにも愛されている書き手です。「読めない作家」「忘れられた作家」になってしまっているわけではなく、講談社文芸文庫、みすず書房「大人の本棚」など、現在も入手可能な作品もあります。ただ、それでも、全集・選集がたくさん売れるような存在とは言いにくい。
刊行が始まったときは、これまたすごいシリーズが出たものだなあ、無事に完結するといいなあ、とうれしいような心配なような、複雑な言えない気分になったものです。前巻、第八巻「丘の火」が1年少し前の2017年3月。そして、今回の最終巻刊行。5年にわたって全9巻が無事に刊行されたわけです。このご時世に、ほんと、よく完結できたなあ。一読者として、版元はじめ、シリーズの関係者にはお礼を言いたい気持ちです。
単行本未収録作品も含めて小説を網羅、堀江敏幸らによるエッセイ、丁寧な編集と豊富な資料。小説選集としては文句なしとしか言いようがなく、野呂邦暢読みにとっては宝物のような叢書となること間違いないでしょう。気軽に買える値段ではないかもしれませんが、野呂作品の古書価を思えば、それほど高い買い物というわけでもないでしょう。このすばらしい選集が市場から消えてしまう前に、ファンはぜひ入手しておくことをおすすめします。
既刊を一覧にしておきます。
- 『第一巻 棕櫚の葉を風にそよがせよ』
- 『第二巻 日が沈むのを』
- 『第三巻 草のつるぎ』
- 『第四巻 冬の皇帝』
- 『第五巻 諫早菖蒲日記・落城記』
- 『第六巻 猟銃・愛についてのデッサン』
- 『第七巻 水瓶座の少女』
- 『第八巻 丘の火』
- 『第九巻 夜の船』
さて、この『野呂邦暢小説集成』、ほんとうにすばらしいシリーズなんですが、個人的に不満に思った点がありますので、ふれておきたいと思います。このシリーズ、本体の厚み・重さに比べるとずいぶん薄くてぺらぺらな紙が各巻のカバーに使われています。しかも、白地で、表面加工がされていないという、流通のことを考えると、こわくて通せないようなものになっているのです。
本体が角背で、表紙も厚めのしっかりした造りになっているだけに、よけい、この薄いカバーがたよりないものに感じられてしまいます。実際に、店頭での傷みもそれなりにあるのでしょう、ぼくの買った本は、刊行から間もない時期のものでしたが、裏表紙(表4)側が紙がよれてしわしわになっていました。ぼくはかまいませんが、本の状態を気にする人も多いでしょうし、配本時にこれだと、返品されたらどうなってしまうんだろう、などと、よけいなお世話ながら心配になってしまいます。すばらしいシリーズだけに、ちょっと残念な感じがしました。
あと、最終巻に掲載されるまで、本体にも帯にもそでにも、全巻構成の情報がなかったのはちょっと残念でした。やはりシリーズにどんな巻があって、残りの巻はどうなっていて、何が入っていて、といった情報は、読者としては、刊行途中でも知りたいものですよね。それに、WEBを見よ、ではなく、本体に載せておいてほしい情報だと思うのです。(最終巻には掲載されています。)