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大河ドラマに恋して

NHK大河ドラマ「光る君へ」「どうする家康」「鎌倉殿の13人」「青天を衝け」「麒麟がくる」「いだてん」「西郷どん」「おんな城主直虎」「真田丸」「花燃ゆ」「軍師官兵衛」「八重の桜」「平清盛」「江」の史跡巡りと歴旅紀行

Category [淀殿(どうする家康) ] 記事一覧

淀殿・秀頼ゆかりの生国魂神社~太融寺(大阪編)

大阪の谷町9丁目駅から徒歩5分ほどのところにある生国魂神社(いくたまじんじゃ)生魂(イクタマ)とは、生まれたばかりの魂という意味があるそうです。社伝によれば、神武東征の際、神武天皇が、生島神・足島(たるしま)神を、現在の大阪城付近に祀ったのに始まると伝えています。戦国時代には、石山本願寺に隣接していたため石山合戦で焼失。天正11年(1583年)豊臣秀吉が、大坂城を築城する際に現在地に社地を寄進して社殿を...

大坂城「淀殿・豊臣秀頼自刃の地」

1615年(慶長20年)徳川家康は浪人解雇と豊臣家の移封を要求しましたが、豊臣秀頼は父の城を捨てるわけにはいかないと拒否し、大坂夏の陣が始まりました。淀殿は、女性でありながら、甲冑に身を包み、豊臣方の総大将として徳川との戦に臨みましたが、堀を埋められた豊臣に勝ち目はなく、ついに大阪城は落城。淀殿は、秀頼の「豊臣の人間として果てたい」という言葉で、自分もともに自刃することを決めました。家臣に救出された千姫...

血天井が祀られている淀殿ゆかりの養源院

京都市東山区の養源院は、三十三間堂の東向かいにあります。以前行った春の養源院の特別公開では、俵屋宗達筆の襖絵「松図」、杉戸絵「白象図」「唐獅子図」、狩野山楽筆の襖絵、豊臣秀吉公木像、伏見城遺構「血天井」、淀殿・江・豊臣秀頼の肖像画などの寺宝が公開されました。養源院は、豊臣秀吉の側室となった淀殿が、父・浅井長政の追善供養のため、21回忌法要の文禄三年(1594年)に創建した寺。一度は落雷により焼失しました...

淀殿が寄進した丹生都比売神社の太鼓橋

和歌山県伊都郡かつらぎ町上天野にある丹生都比売神社(にうつひめじんじゃ) は、全国に約180社ある丹生都比売神を祀る神社の総本社で、「天野大社」「天野四所明神」とも呼ばれています。境内入口にある太鼓橋は、淀殿の寄進と伝わり、舞楽曼荼羅供の装束にも描かれているそうです。「紀伊山地の霊場と参詣道」の構成資産の一つとして世界文化遺産に登録されています。空海が金剛峯寺を建立する際、丹生都比売神社が神領を寄進...

淀殿ゆかりの坂本の律院

滋賀県大津市坂本の律院は、比叡山延暦寺の里坊です。元々は、横川の総里坊であった松禅院があった場所で、山門、石垣の高さにその格式の高さを感じます。かつて松禅院と呼ばれていた当地は、大正末期に民間の手に渡り、荒廃していたのを、昭和24年(1949)戦後初の千日回峰行者、叡南祖賢(えなみそけん)師が再興。寺号は祖賢師が当時、安楽律院の管領を務めていたことに由来するそうです。庫裏本堂本堂は、豊臣秀吉の側室・淀殿が...

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