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長楽寺(3)「尊攘苑」徳川昭訓・頼山陽父子の墓
徳川昭訓の墓兄の徳川慶篤と共に上洛し、若年ながら慶篤をよく補佐し、京都御所の守衛に勤めましたが、文久3年11月に病のため、16歳の若さで亡くなりました。水戸藩主・徳川斉昭の十四男として誕生。幼名は余四麿。長兄で水戸藩主・徳川慶篤と共に上洛し、若年ながら慶篤をよく補佐した。しかし、文久3年(1863年)11月23日京都滞在中に病気に罹り死去した。墓所は京都の長楽寺にある。代わって、昭訓の看病の名目で上洛した弟の余...
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