Category [岩崎弥太郎(青天を衝け) ] 記事一覧
岩崎弥太郎ゆかりの清澄庭園
今夜の紀行で紹介されたので、再投稿します。東京都江東区の清澄公園は、江戸時代の豪商・紀伊國屋文左衛門の屋敷跡を岩崎弥太郎が買い取り、写真の慰安所として改修させた庭園で、都の名勝地に指定されています。清澄庭園(きよすみていえん)は、東京都江東区清澄にある都立庭園。池の周囲に築山や名石を配置した回遊式林泉庭園で、東京都指定名勝に指定されている。この地には元禄期の豪商・紀伊國屋文左衛門の屋敷があったと伝...
岩崎弥太郎ゆかりの六義園
東京都文京区本駒込六丁目にある都立庭園「六義園」は、徳川5代将軍・徳川綱吉の側用人・柳沢吉保が、自らの下屋敷として造営した大名庭園です。1695年(元禄8年)に加賀藩の旧下屋敷跡地を綱吉から拝領した柳沢は、千川上水から水を引いた池を中心にした回遊式築山池泉庭園。名称は、中国の『詩経』大序にある詩の分類法の六義にちなみ、吉保自身の命名したもの。吉保の没後荒廃していましたが、明治の初年には三菱財閥の創業者・...
岩崎弥太郎ゆかりの清澄庭園(2)
清澄庭園には、池の端を歩けるように石を配置した「磯渡り」や、岩崎家が全国から集めたという名石が無数に置かれています。池の中心には中島があります。ツツジとサツキの植えられた「つつじ山」この時は、4月の終わり頃で、八重桜も楽しめました。涼亭池の向こうに見える涼亭は、1909年(明治42年)に建てられた数寄屋造りの建物で、東京都選定歴史的建造物に選定されています。にほんブログ村 歴史ブログランキングに参加してい...
岩崎弥太郎ゆかりの清澄庭園(1)
東京都江東区の清澄公園は、江戸時代の豪商・紀伊國屋文左衛門の屋敷跡を岩崎弥太郎が買い取り、写真の慰安所として改修させた庭園で、都の名勝地に指定されています。清澄庭園(きよすみていえん)は、東京都江東区清澄にある都立庭園。池の周囲に築山や名石を配置した回遊式林泉庭園で、東京都指定名勝に指定されている。この地には元禄期の豪商・紀伊國屋文左衛門の屋敷があったと伝えられる。享保年間には下総関宿藩主・久世氏...
岩崎弥太郎が本邸をおいた旧岩崎邸庭園
2015年の春、東京庭園巡りとして、「旧岩崎邸庭園」を訪ねました。旧岩崎邸の敷地は、江戸時代には越後高田藩榊原家(現在の新潟県上越市高田)の中屋敷でしたが、明治時代初期に牧野弼成(旧舞鶴藩主)邸となり、1878年(明治11年)に三菱財閥初代の岩崎弥太郎が牧野弼成から邸地を購入。洋館、大広間などは、岩崎財閥3代の岩崎久弥によって、1896年(明治29)年にジョサイア・コンドルの設計で建てられました。17世紀の英国ジャ...
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