Category [勝海舟 ] 記事一覧
神戸海軍操練所跡
神戸海軍操練所は、江戸時代の1864年(元治1年)5月に、大阪湾湾岸防衛の必要から、江戸幕府が許可し、軍艦奉行の勝海舟によって、神戸に設置された海軍士官養成機関、海軍工廠(かいぐんこうしょう)であり、現在の神戸市中央区新港町周辺にありました。操練所の塾生には、坂本龍馬、陸奥宗光、伊東祐亨、北添佶摩、望月 亀弥太などがいます。しかし、八月十八日の政変で失脚した長州藩が、京都へ進攻した禁門の変の責を問われ、...
築地の軍艦操練所跡
東京の築地市場駐車場前に軍艦操練所跡の案内板があります。 軍艦操練所跡 ペリーによる黒船艦隊の来航後、西洋式海軍の必要性に迫られた江戸幕府は、安政四年(1857)4月、旗本や御家人、諸藩の藩士等から希望者を集めて、航海術・海上砲術の講習や、オランダから輸入した軍艦の運転を練習させる目的で軍艦教授所(後の軍艦操練所)をこの地にあった築地講武所内に創設しました。 万延元年(1860)正月に講武所が神田小川町(現...
勝海舟ゆかりの地(10)西郷南洲勝海舟會見之地の碑
JR田町駅近くの第一田町ビルの前に西郷南洲勝海舟會見之地の碑があります。田町薩摩邸(勝・西郷の会見地)附近沿革案内 この敷地は、明治維新前夜慶応4年3月14日幕府の陸軍総裁勝海舟が江戸100万市民を悲惨な火から守るため、西郷隆盛と会見し江戸無血開城を取り決めた「勝・西郷会談」の行われた薩摩藩屋敷跡の由緒ある場所です。 この蔵屋敷(現在地)の裏は、すぐ海に面した砂浜で、薩摩藩国元より船で送られて来る...
勝海舟ゆかりの地(9)愛宕神社
愛宕山にある愛宕神社は、1603年、徳川家康の命により、江戸の防火の神様として祀られました。家康が信仰し、天下とりの祈願をかけた勝軍地蔵菩薩、巳年・辰年の守り本尊の普賢大菩薩が祀られています。当社は、勝海舟と西郷隆盛による江戸城の無血開城にもゆかりがあります。3月13日、勝が西郷を誘い、江戸城明け渡しについて話すべく、明治元年、家康公ゆかりの当山に登り、江戸の町を見渡しました。そして、どちらから言い出す...
勝海舟ゆかりの地(8)洗足池
東急池上線洗足池駅から中街道を渡ると洗足池が広がっています。 かつては、千束郷大池と呼ばれていましたが、1282(弘安5)年、日蓮が身延山から常陸の温泉に行く途中、ここで足を洗ったという伝説から洗足池といわれました。公園の入り口にはボート乗り場があります。この日は晴天に恵まれ、池の西側から一周してみました。区指定名勝 洗足池洗足池は、 武蔵野台地の末端の湧水をせきとめた池で、 昔は千束郷の大池と呼ばれ、灌...
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