Category [織田有楽斎 ] 記事一覧
尾張大野 大草城址
大草町駅より北東500mのところに大草公園があります。大草城址の由来大草城は、織田信長の弟で、後に茶人としても名を挙げた源吾長益(有楽斎)が、築城しようとして途中で断念した“幻の城”である。矢作川とその支流の流域からなる大野谷、(現知多市の南部と常滑市の北部地域)を拝領していた長益は、大草の地に城を築き始めた。しかし、天正十年(1582)に本能寺の変で信長が暗殺され、長益も天正十二年(1584)の長久手の合戦後、...
犬山の有楽苑「如庵」
犬山城に行く前に、近くの有楽苑に立ち寄りました。 有楽苑には、国宝茶室「如庵」、重要文化財旧正伝院書院、古図により復元された元庵、新しく建てられた弘庵などからなります。如庵は、信長の実弟・織田有楽斎が京都の建仁寺の正伝院に建てた茶室で、昭和47年(1972年)に、名古屋鉄道によって現在地に移築され、庭園を含め「有楽苑」と名付けられました。京都の妙喜庵・待庵、大徳寺・龍光院の密庵とともに、現存する国宝...
京都・冬の特別公開(6)建仁寺 正伝永源院
建仁寺は、建仁2年(1202年)将軍源頼家が寺域を寄進し、栄西禅師を開山として宋国百丈山を模して建立された。織田信長の弟である大名茶人・織田有楽斎は、建仁寺の塔頭「正伝院」を再興し、晩年そこに茶室を建てた。これが国宝に指定された「如庵(じょあん)」で、斬新で風情ある名席として知られる。明治時代に寺は「正伝永源院」と名を改めており、1996年(平成8)には「如庵」が復元され、「鱗板」「有楽窓」など有楽斎好みの...
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