はてなキーワード: 長官とは
https://x.com/konishihiroyuki/status/2013629494528225517
ご提示いただいた文章における主な矛盾点は、以下の2点に集約されます。
第一に、「存立危機事態における自衛権行使」の定義に関する論理的矛盾です。文章では、中道改革連合の基本政策が「存立危機事態(集団的自衛権の行使)は合憲」と認めている一方で、その実態を「個別的自衛権と同視し得るもの」に限定すべきだと主張しています。しかし、法理上、存立危機事態は「他国への攻撃」を契機とする集団的自衛権であり、これを「自国への攻撃」を要件とする個別的自衛権の枠内で解釈することは、概念そのものの否定に近い矛盾を孕んでいます。
第二に、「安保法制の肯定」と「専守防衛・国際法遵守」の整合性の欠如です。文章は、安保法制を合憲としつつ、国際司法裁判所の判断(ニカラグア事件)や「攻撃を受けていないのに武力行使するのは違法な先制攻撃」という元法制局長官の見解を引用しています。これらは本来、集団的自衛権を認める安保法制を批判する際の根拠です。安保法制を維持(合憲判断)しながら、その核心である他衛の論理を国際法違反として退ける姿勢は、政策的立場として自己矛盾しています。
このように、憲法適合性を強調するあまり、合意したはずの「安保法制(集団的自衛権)」の骨格を、従来の「個別的自衛権」の解釈で上書きしようとする解釈のねじれが最大の問題です。
金利上昇やべえやべえって言われてますが、具体的に何がやばいかって話がはてなでどこにも見かけないのでその辺を説明するよ。
ざっくり言うと 日本の国債(特に超長期)の利回りがドカンと上がった。
象徴的なのが 40年国債利回りが4%を初めて突破して、4.2%付近まで行ったってやつ。2007年に40年債が導入されて以来の「初」扱い。
で、なんでそんなことになったかというと、高市政権が「デカい財政出動&減税やるぞ」ムード出して、さらに2/8に解散総選挙って流れで「えっ、国債めっちゃ増えるんでは?」って市場が急にビビったから。
同日に20年債入札が弱かったみたいな需給の話も重なって、火に油。
ニュースで言うやつはだいたい 国債利回り(=市場の長期金利) のこと。
住宅ローンとか企業融資の金利はその影響を受ける側で、原因の本丸はまず国債市場。
債券の値段が下がってる。それだけ。
国債を「安全資産」って思ってた人が、急に「安全じゃなくね?(少なくともこの価格だと)」ってなって売る → 価格下がる → 利回り上がる。
今回の引き金はだいぶ政治ネタ。
これで市場が「借金(国債)増えそう」って連想して、超長期が一番反応した、という構図。
あと日本は“もともと借金多い国”って雑に言われがちで、債務残高がGDP比で約250%みたいな文脈が出てくるので、燃えやすい。
利払いが増えると、雑に言えば「将来の予算が利息に吸われる」方向に寄る。減税や給付の原資が苦しくなる。
国債利回りは金利の基準なので、時間差で住宅ローンや企業の借入コストに波及しやすい。
すぐ全部上がるわけじゃないけど、方向としてはそっち。
40年みたいな超長期は、利回りがちょっと動くだけで価格がけっこう動く。
だから「国債=安全」って握ってた層でも、含み損が出るスピードが速くてメンタルに来る。
国債安(利回り上昇)→ 円安・銀行株高みたいなポジションの話(いわゆる高市トレード)。
金利は株のバリュエーションにも効くので、地味に広範囲に刺さる。
今回、日本の動きが米国の30年金利上昇(4.93%)みたいなグローバルの債券市場にも影響してる、という見立てが出てる。
「日本はずっと低金利」前提で世界がポジション組んでた面があるので、そこが揺れると連鎖しやすい。
減税・財政出動の 財源どうするの問題(これが弱いと国債売られやすい)
ベッセントがなんか言ってるわ
ベッセント氏
・実のところ、日本の債券市場ではここ2日間で、6シグマ級の極端な動きが起きている
・日本の10年物国債で起きたこの変動は、米国10年債に換算すれば50bp(0.5%)もの急騰に相当する衝撃だ
・したがって、今起きていることのどれだけが日本からの波及効果なのかを峻別するのは極めて困難だ
・私はすでに日本の経済当局のカウンターパートと連絡を取り合っており、彼らが市場を落ち着かせるための発言を始めると確信している
ミネアポリスで女性がICE職員に射殺された事件、Google AIモードで調べたところ、その職員は以前にも車を止めようとして大けがしているが、その際の強引さ(というか暴力)も問題になってる(事実関係は私がリンク先報道で確認済み)
QAを公開できなかったんで増田に貼ってみる。
((※大規模言語モデルは原理的に観てきたようにうそをつくことがあるし、Googleのそれも同様だけど、検索先行するRAGという手法で、ある程度抑制出来てるし、引用元も出してくれるので、興味があれば使ってみると良いと思います。))
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Q:
A:
2026年1月7日にミネアポリスで発生した、ICE(米移民・関税捜査局)職員による女性射殺事件において、発砲した職員が拘束・逮捕されたという公式な報告は、2026年1月9日現在ありません 。
この事件を巡る現状は以下の通りです:
当局の立場: 国土安全保障省(DHS)は、発砲した職員(ジョナサン・ロス氏と特定)が「車両で轢き殺そうとした女性に対し、身の危険を感じて自己防衛のために発砲した」と主張し、職員を全面的に擁護しています。
捜査の主導権: 当初、州の捜査機関(BCA)が共同捜査に加わっていましたが、連邦政府側(FBIおよび米連邦検察)が方針を転換し、現在は連邦当局が単独で捜査を主導しています。これにより、州側は証拠やインタビューへのアクセスを遮断されています。
市長の批判: ミネアポリスのジェイコブ・フレイ市長は、映像記録に基づき「正当防衛ではなく、権力の乱用による殺人だ」と強く非難していますが、現時点で地元の警察当局が連邦職員を拘束するなどの動きは見られません。
なお、事件後に現場周辺で行われた抗議デモでは、当局と衝突したデモ参加者数人が拘束されたと報じられています。
Q:
A:
2026年1月7日の事件におけるジョナサン・ロス氏の怪我の程度については、以下の通り発表されています。
今回の事件での怪我: 国土安全保障省(DHS)のクリスティ・ノエム長官は、ロス氏が事件直後に病院へ搬送され、治療を受けた後に退院したと発表しました。現在は自宅で家族と過ごしているとのことですが、具体的な負傷箇所や程度の詳細は公表されていません。
過去の負傷との関連: DHSやJD・ヴァンス副大統領は、今回の対応の背景として、ロス氏が2025年6月(半年前)に別の摘発現場で逃走車両に約100ヤード引きずられ、腕や手に計33〜50針を縫う重傷を負っていた事実を強調しています。
当局は、過去の凄惨な負傷経験が今回の「車両による脅威」に対する即座の反応(発砲)につながったとして、正当防衛を主張する根拠の一つに挙げています。
Q:
A:
今回の事件でジョナサン・ロス氏が負った怪我について、 治療を要する程度のものだったかは情報が錯綜しています。
DHS長官は「病院で治療を受け、退院した」と発表しており、何らかの治療は受けています。しかし、目撃者による事件直後の映像では、ロス氏が発砲後に歩き回っている様子が捉えられており、致命的または重篤な状態ではなかったことが示唆されています。
当局は、今回の発砲が正当防衛であったことを強調するため、ロス氏が2025年6月の別の事件で負った重傷(腕や手に50針近くを縫う怪我)を繰り返し引き合いに出しています。このため、今回の怪我が過去の怪我ほど深刻なものでなかった可能性も考えられます。
Q:
過去の怪我が心的外傷を及ぼすほどのものなら軍の場合、後方任務に回される運用になるのでは
A:
軍と法執行機関(ICEなど)では組織の目的や運用ルールが異なるため、一概に「軍と同じ運用(後方勤務への異動)」が自動的に適用されるわけではありません。
ジョナサン・ロス氏のケースに関して、以下の点が論点となっています。
現場復帰の判断: ICEなどの法執行機関では、負傷した職員が身体的・精神的に「任務遂行が可能(Fit for Duty)」と診断されれば、現場任務(フィールド・デューティ)への復帰が認められます。
今回の批判: ミネアポリスの事件後、JD・ヴァンス副大統領はロス氏が半年前の負傷により「過敏(sensitive)になっていたかもしれない」と発言しました。これに対し、批判側は「過去のトラウマで過剰反応する恐れがある人物を、なぜ緊張感の高い現場任務に就かせ続けていたのか」と、当局の管理責任を問うています。
2. 軍との違い
軍の運用: ご指摘の通り、軍では戦闘ストレスや外傷を負った兵士に対し、再訓練や後方任務への配置換など、段階的な復帰プロセスが厳格に定められています。
警察・ICEの運用: 民間の法執行機関でも「ライト・デューティ(軽作業・内勤)」の制度はありますが、基本的には「一時的な措置」であり、回復後は元の任務に戻るのが一般的です。ロス氏の場合、半年前の怪我から回復したとみなされ、通常の現場任務に就いていました。
3. 当局の主張と現状
当局の正当化: DHS(国土安全保障省)は、ロス氏を「経験豊富な職員」と呼び、過去の負傷経験があるからこそ、車両による脅威に対して適切な(訓練通りの)反応をしたと主張しています。
現在の状況: 事件発生後(2026年1月8日時点)、ノエム長官はロス氏が「病院から退院し、家族と過ごしている」と述べるにとどまり、今後の任務継続については明言していません。
結論として、軍のような「心的外傷を考慮した恒久的な配置換」は、現行の法執行機関の運用では自動的には行われず、今回の悲劇を機にその管理体制の妥当性が厳しく批判されています。
Q:
A:
詳細は以下の通りです:
氏名: ルネ・ニコル・マクリン・グッド(Renee Nicole Macklin Good)さん(37歳)。
出自: コロラド州生まれの米国市民で、最近ミネアポリスに転居してきたばかりでした。
背景: 3人の子供の母親であり、詩人や作家としても活動していました。
今回のICE(米移民・関税捜査局)による取り締まり作戦(通称「ミッドウェイ・ブリッツ」または「オペレーション・メトロ・サージ」)は、主にソマリア系移民コミュニティを標的にしたものでした。
グッドさんは、近隣の移民住民を守るための「市民監視員(リーガル・オブザーバー)」として現場に居合わせ、当局の活動を記録・監視していた際に事件に巻き込まれたと報じられています。移民ではない米国市民が射殺されたことで、政権による強硬な取り締まりへの批判がさらに強まっています。
Q:
引用されたセントルイス公共ラジオの記述だと、前回怪我を負った際も暴力的と言えるような不適切な方法で車を止めようとしたようにみえる
A:
ご指摘の通り、2025年6月の事件におけるジョナサン・ロス氏の行動については、「不適切または過剰な強制力を行使していたのではないか」という批判的な視点での報道がなされています。
セントルイス公共ラジオ(STLPR)や裁判記録に基づく報道で指摘されている、当時の状況の詳細は以下の通りです。
強引なアプローチ: ロス氏は停車させた車両の運転手が指示に従わなかった際、即座に後部の窓ガラスを叩き割り、そこから腕を車内に突っ込んでドアのロックを解除しようとしました。
危険な状況の自作: 窓を破って腕を車内に入れた状態で運転手が急発進したため、ロス氏は腕が引っかかったまま約100ヤード引きずられることになりました。
批判の声: この一連の行動に対し、「窓を割って腕を突っ込むという行為自体が、自身を危険にさらすと同時に状況を不必要にエスカレートさせた」との指摘が出ています。
「デジャヴ」のような展開: 今回ミネアポリスで射殺されたルネ・グッドさんの事件でも、ロス氏は「過去の負傷があるから、車が動いた際に身の危険を感じて発砲した」と正当防衛を主張しています。
指摘されている問題点: 批判的なメディアや活動家は、ロス氏が「自ら危険な状況(走行中の車に接近する、または窓を割るなど)を作り出し、その結果として生じた恐怖を理由に致命的な武力を行使する」というパターンを繰り返しているのではないか、と疑問を呈しています。
3. 当局の反応
一方で、JD・ヴァンス副大統領や国土安全保障省(DHS)は、この6月の事件を「不法移民による法執行官への凶悪な攻撃」として強調しており、ロス氏を「過去の被害によるトラウマを抱えながらも任務に励む英雄」として描こうとする姿勢を見せています。
このように、ロス氏の「手法」が適切だったのか、あるいは「暴力的な傾向」があったのかについては、政権側と批判側の間で真っ向から見解が分かれています。
マイケル・イグナティエフのようなリベラル介入主義者の立場から——イラク戦争を人道的理由で支持し、大量の苦しみを引き起こし、世界の安全を脅かし、国民に基本的な自由を否定する専制体制に対して道義的な責任を持って対処すべきだと主張した立場から——私は、ベネズエラのマドゥロ政権に対する米国の軍事行動を同様の理屈で支持する。イグナティエフが『より小さな悪』(The Lesser Evil)などで展開した枠組みでは、リベラル民主主義国は、独裁国家が人道上の大惨事を引き起こす場合、特にその政権が不安定さとテロを輸出する場合には、介入する責任がある。ベネズエラの場合は、組織的な抑圧、経済的破壊、テロネットワークとの結びつきという証拠が、孤立主義ではなく行動を要求している。参照したベネズエラ危機に関する記事を基に、人道的緊急性、安全保障上の脅威、民主主義再生の可能性に焦点を当てて、以下にその擁護を述べる。
まず、ベネズエラの人道危機は、サダム・フセイン政権下の侵攻前イラクの苦しみと同様である。選挙不正、司法の掌握、暴力的な弾圧によって権力を固めた政権が、広範な死、移住、絶望を引き起こしている。マドゥロ政権は、チャベス時代からの独裁主義の延長として、2024年の大統領選挙を明確に野党候補エドムンド・ゴンサレスが勝利した証拠があるにもかかわらず盗んだ。抗議デモは1,500人以上の逮捕と25人の死者を出して鎮圧され、非暴力による民主主義擁護で2025年ノーベル平和賞を受賞したマリア・コリーナ・マチャドのような人物には逮捕状が出され、潜伏を余儀なくされている。2025年12月時点で、政治犯は902人に上り、未成年者も含まれるほか、拘束中の死亡報告もある。経済的には、政権の失政によりGDPは2014年の5分の1に縮小し、最高13,000%のハイパーインフレーションを引き起こし、食料・医薬品不足が無数の死をもたらした。ベネズエラ人の4分の1に当たる800万人以上が難民として国外に逃れ、地域的な人道災害を生んでいる。これは単なる統治の失敗ではなく、欠乏を通じて支配を維持する意図的な戦略であり、サダムが制裁回避と国内テロで権力を維持した手法に似ている。リベラルは、国民がこのような人為的な苦しみに耐えるのを傍観することはできない——イグナティエフがイラクで主張したように、苦しみの源を除去するために介入することは道義的義務である。
第二に、マドゥロ政権下のベネズエラは、2000年代初頭のイラクがテロ支援や大量破壊兵器でそうだったように、国際安全保障に対して明確かつ目前の脅威となっている。政権は「太陽のカルテル」と呼ばれる軍・政府高官による麻薬密売ネットワークに深く関与しており、亡命した元情報機関長官ウゴ・カルバハルの証言などでマドゥロ本人が直接関与していると指摘されている。イランのヒズボラ、ハマス、キューバの情報機関、FARCゲリラ、ELNとの同盟関係は、ベネズエラを暴力輸出のハブにしている。刑務所発祥の犯罪組織トレン・デ・アラグア(TdA)は政権と結びつき、移民ネットワークを通じて米大陸全域に広がり、殺人や恐喝を繰り返しており、2023年のチリでの暗殺事件はマドゥロ内相と関連づけられている。米国は、フォード空母打撃群の展開、麻薬関連船舶への爆撃(2025年に80人以上死亡)、タンカー押収、マドゥロへの懸賞金を50百万ドルに倍増させるなど、地上侵攻を伴わない形でこれらの脅威に対処している。これは、イグナティエフが主張したように、脅威が拡大する前に中和するための比例的な武力行使に相当する。イラク政権が地域安定や西側を脅かしたのと同様に、ベネズエラの「麻薬テロ戦争」はコカインやフェンタニルを米国に流入させ、人命を危険にさらし、世界的なテロに資金を提供している。これを無視することは、集団的安全保障と人権というリベラル価値を裏切ることになる。
最後に、軍事介入は、イグナティエフがポスト・サダム・イラクで構想したように、民主主義の回復と長期的な安定への最善の道である——欠陥はあるが、自決への必要な一歩だ。ベネズエラでは、選挙、抗議、交渉といった非暴力的な努力がマドゥロの鉄の握り潰しによって失敗してきたが、それはサダムとの外交努力が無駄に終わったのと同様である。石油や金密売への制裁など米国の圧力は、政権の資金を枯渇させ、離反を促し、マドゥロ追放を目指しており、トランプの「果てしない戦争」忌避に沿いつつ、米軍地上部隊を投入せずに政権交代を実現できる可能性がある。マチャドのような野党指導者は、これを帝国主義ではなく、テロ組織を装った国家に対する連帯として歓迎している。議会承認の欠如やエスカレーションのリスクを批判する声もあるが、イグナティエフがイラク擁護で述べたように、ジェノサイドに近い状況では介入という「より小さな悪」が、無行動という「より大きな悪」を上回る。ベネズエラで成功すれば、さらなる難民危機を防ぎ、テロネットワークを解体し、自由選挙への移行を可能にし、ラテンアメリカにリベラルな秩序を育むことができる。
要するに、このイグナティエフ風のリベラル視点から見れば、米国によるベネズエラ攻撃は侵略ではなく、専制・テロ・悲劇に対する原則的な対応である。代替案——マドゥロの下での永続的な苦しみ——は、人間の尊厳と国際的責任というリベラリズムの本質的な理想を嘲笑うものだ。
チャベス政権のもとで自主的、民主的な国づくりをすすめるベネズエラに対しブッシュ米政権が対決・干渉姿勢を強めています。ベネズエラは中南米の地域統合を推進し、米政策にたいする各国の連帯と団結を呼びかけています。
ブッシュ政権は、二〇〇六年のQDR(四年ごとの国防計画見直し)で、ベネズエラが「大衆迎合的で権威主義的政治運動を復活」させていると非難。ライス米国務長官は最近の下院外交委員会で、「(ベネズエラに対抗する)ある種の統一戦線をつくるために他国と話し合っている」と発言しました。
ベネズエラ国内では、昨年十二月の国会選挙で、百六十七議席すべてをチャベス大統領支持の議員が占めました。与党第一党の第五共和国運動(MVR)は単独で百十八議席を獲得。ベネズエラ共産党も七議席を獲得し、四十三年ぶりに国会に議席を得ました。
政府が今年一月に発表した年次報告によると、同国の貧困層は〇三年の55%から昨年には37%にまで減りました。義務教育を受ける生徒の数は、一九九九年以来、初等教育で13%、中等教育で55%増えています。
ベネズエラは昨年十二月、南部共同市場(メルコスル)に正式加盟しました。チャベス大統領は「メルコスルを貧困のない地域にしよう」と呼びかけました。米国が押し付けた新自由主義から脱却する方向でボリビアやアルゼンチン、ブラジルとの経済協力の強化をすすめています。(島田峰隆・党国際局員)
「逮捕状を出して逮捕しようとした当日に上からストップがかかった」と証言している
また、新潮の記事によると、逮捕にストップをかけた張本人である中村長官が
「メディアの幹部を逮捕するというのは大変なことなんだ。たとえ君たちであっても逮捕中止を命じたよ」
と記者たちに発言しているので、担当刑事の発言は裏付けられている
https://www.dailyshincho.jp/article/2022/07270600/?all=1&page=2
https://www.dailyshincho.jp/article/2022/07270600/?all=1&page=3
>2015年6月、警視庁高輪署は元TBS記者の山口敬之氏に対し、フリージャーナリスト・伊藤詩織さんへの準強姦容疑で逮捕状を取り、捜査をさらに進めようとしていた。
>しかし、当時、警視庁刑事部長だった中村氏が逮捕の中止を命じたことで直前になって取り止めとなった
なので直後というか当時は
のは事実だろう
森総理が誕生したが、これからの日本はいったいどこに行くのでしょうか。 新総理は、日本の未来を考えるより女性のほうがお好きで、昔から女性問題が絶えない人で、智恵子夫人も相当神経をやられている。
自民党本部の女子事務員に手を出して危なくなるとさっさと捨てて、女子事務員が結婚するときには平気な顔をして結婚式に出席する厚顔なハレンチ人間で、なんとも思わない性格は日本国を任せる人格としてはまったく不適確である。
もっと国民を馬鹿にしているのは、高市早苗衆議院議員との不倫関係だ。
国会議員の間では、彼女が議員になるためにどれだけ自分の肉体を提供し、公衆便所と言われ、森と肉体関係を結び、森の人脈を利用し好き勝手放題の言動をして顰蹙を買っていることは周知のことだ。
彼女はひたすら男に媚を売り、われわれの税金を使いながら、大手を振って森と国会不倫を続けて濶歩しているのは信じられない行為だ。 まだ、船田元と畑恵のほうが純情に思えてくる。
高市は無名時代、社会的な肩書もないので、森に頼み込み、堺屋経企長官も引きずり込んで、堺屋の友人であった当時、亜細亜大学の学長の衛藤瀋吉と結託し、亜細亜大学の講師の肩書を手に入れようとした。
まず彼らは教養も学問も何もない高市を講師にすることはできないために、考え出した事は新聞公募をして、一般から形だけ講師を募集すると見せかける。 大学の経費で講師の新聞公募をした。
はじめから高市と決まっていたので、新聞を見て応募した多くの人たちは(勿論、高市も形だけ申し込んだ)無残にも切り捨てられてしまった。 応募した人たちの心情を考えれば、政治家、教育者がこんなことをしていいのでしょうか。 いいはずはない。
目論見どおり高市は講師として合格したが、大きな問題があった。それは高市の講師としての能力である。 何の学識もない彼女は講師として教壇に立ったとき、あまりにもお粗末な講義で学生たちに大笑いされ軽蔑され馬脚をあらわしてしまった。
これではとても講師の肩書は付けられないと、助手ともなんとも肩書を付けられない立場となってしまった。 その上に、会議には遅れる、派手な服装、授業のカリキュラムを与えられてもさまざまな理由をつけて休校ばかりの行動に、大学教職員の間で不信と不満の声があがり、さすがの、衛藤前学長も高市を擁護することができなかった。
大学職員が高市を罷免することにして衛藤前学長に抗議したのを察した高市は、職員の前で涙を流して見せた。 常套手段の涙のおかげで、高市は大学を罷免されずに自主退職にしてもらった。
完全に、彼らは大学を私物化している。 一部始終は森総理も堺屋長官も知っていて、口を濁している。 高市は、著書の中で亜細亜大学講師または助手としているのは、経歴詐称の罪を犯している。
なお、その上に、アメリカのパット・シュローダー女史の事務所でお茶汲みとファックスの整理だけのアルバイトをしていただけであるのに、勝手に米国議会立法調査官という肩書を付けている。 そんなポジションは米国議会が始まって以来存在していない。
こうなると、為替介入が二律背反を収拾するための唯一の手段になりつつある。為替介入によって円安そのものを先に解消できれば、ターミナルレート云々によって解消する必要がなくなるため、国債金利も自ずと落ち着く。そもそもここまで急速に現実化した12月利上げの位置付けは、為替対策の利上げから更に一歩進めてみると、為替介入を可能にするための利上げではないか。ベッセント財務長官はかねてから円安は日銀がビハインド・ザ・カーブになっているからだと指摘しており、日銀利上げが米側による介入了承の事実上の条件になっているとの観測がある。財務省が為替介入をやりたいと考える証拠はないが、もし為替介入をやりたがっているのであれば、日銀も利上げするしかないという整理となる。またベッセントの内政干渉を待つまでもなく、為替介入は金融政策と方向性が揃っていなければ効果を発揮しづらい。これまでの為替介入歴を振り返ると、2024年は6月に為替介入が行われ、7月に日銀が利上げを行った。2022年は10月に為替介入が行われ、12月に日銀がYCCを修正した。2025年1月の利上げと共に為替介入が行われなかったのは、就任したばかりのトランプをいきなり怒らせるのが怖かったからだろう。再び仮定となるが、もし財務省が為替介入をしたがっているのであれば、日銀の12月利上げ前後は、為替介入の効果が持続しそうな貴重なウィンドウとなる。このウィンドウを逃したらしばらく為替介入は困難だ。この間、米国側の金融政策が緩和側に寄ると更に好ましい。少なくとも神田財務官の時代において、財務省の為替介入はかなりトレーディング色が濃く、2022年11月はWSJのNick TimiraosがFedの利上げ幅縮小を報じた直後に為替介入を行っている。2024年6月ではCPI発表後に米金利が低下した場面で為替介入を行っている。Fedの12月利下げもほぼダンディールになっており、それに逆行する形で日銀が利上げをダンディールに固めていくモチベーションは、やはり為替介入が間に挟まっている点ではないだろうか。逆に12月FOMCが金利上昇イベントになった場合、それはそれでドル円の一層の上昇を為替介入で正面から阻止せざるを得なくなる。ここまでの整理が正しければ、12月FOMCから日銀12月会合前後にかけての日程が為替介入の危険日になる。2026年1月に入ってしまうと新たにできた新NISA枠による個人投資家の円売りアタックが再開すると思われ、改めて為替介入を行ってもほとんど相場を押し下げることはできないだろう。12月利上げがあった前提で12月中に為替介入をやらなかったとなると、財務省はかなり為替介入に後ろ向きであると判断せざるを得ず、2026年1月以降に円資産を保有する理由がほとんどなくなってしまう。
財務省が為替介入をやりたいかどうかは最後まで分からないが、ブレーンはかなりやりたそうな顔をしている。先ほどのエコノミストは「介入ラインと意識されている160円に達する前でも、あまりにも動きが大きければ動く可能性がある」と述べる。また外貨準備の規模が大きすぎるため、むしろ積極的に減らしたいとの発想が紹介されている。この手のブレーンが本当に政権の経済政策を支配できるとは思っていないし、高市政権も既に決定した路線をブレーンを使ってリークしていると判断できる証拠がないが、仮に当局全体の意思として外貨準備の規模を削減したいのだとすれば、日米金利差対比でも異常値になった高値で外貨準備を利食える為替介入をやりたくてウズウズしていることだろう。為替介入がカジュアルに行われる可能性に留意すべきである。
「為替介入利上げセット説」は、日銀の任務が想像以上に困難なものであった可能性を示唆する。2024年6月に為替介入が行われ、7月に日銀が利上げを行った後に、8月の雇用統計で日本株が暴落したことは記憶に新しい。この時の暴落がこの時の暴落が政府当局によって故意に筋違いに日銀のせいにされたことが、2025年の植田日銀の心理に軽くないトラウマを植え付けた。利上げペースは経済展望に基づいて決められるが、日銀執行部の具体的な利上げ月選びのマンデートには「日本株がクラッシュしなさそうなタイミングに挿入すること」が付け加えられたに等しい。本当に利上げが毎回クラッシュを招くなら淡々とやることをやるしかないのだが、そうじゃないからこそ難しいのである。その上で、為替介入利上げセット説が本当なら、為替介入はむしろ米国の経済指標が絶好調の間はあまりやらないわけで、為替介入が為替市場を一通りかき回した後に、日銀利上げの番が来て日本株がクラッシュしたらそれは日銀が悪いということになるのだ。あまりにもアンフェアではないか。何がコミュニケーションだ。
実際に為替介入が行われたとして、ドル円レートをどこまで押し下げられるかと言うと、前回や前々回と違って投機筋は円買いポジションを残しているため、それほどの効果はないと考えるべきだ。事前に投機筋の間で為替介入期待が盛り上がってしまうと更に効かなくなる。冒頭のワニの口が閉じる、つまり日米実質金利差が示唆する通りのドル円レートは130円近辺となるが、そこまでドル円を売り崩せるならかなり驚きであり、ワニの口が半分閉じた程度の水準でもかなり大掛かりな資産の外貨シフトを行う価値があるだろう。
M総理が誕生したが、これからの日本はいったいどこに行くのでしょうか。 新総理は、日本の未来を考えるより女性のほうがお好きで、昔から女性問題が絶えない人で、夫人も相当神経をやられている。
自民党本部の女子事務員に手を出して危なくなるとさっさと捨てて、女子事務員が結婚するときには平気な顔をして結婚式に出席する厚顔なハレンチ人間で、なんとも思わない性格は日本国を任せる人格としてはまったく不適確である。
もっと国民を馬鹿にしているのは、T衆議院議員との不倫関係だ。
国会議員の間では、彼女が議員になるためにどれだけ自分の肉体を提供し、公衆便所と言われ、Mと肉体関係を結び、森の人脈を利用し好き勝手放題の言動をして顰蹙を買っていることは周知のことだ。
彼女はひたすら男に媚を売り、われわれの税金を使いながら、大手を振ってMと国会不倫を続けて濶歩しているのは信じられない行為だ。 まだ、船田元と畑恵のほうが純情に思えてくる。
Mは無名時代、社会的な肩書もないので、Mに頼み込み、堺屋経企長官も引きずり込んで、堺屋の友人であった当時、亜細亜大学の学長の衛藤瀋吉と結託し、亜細亜大学の講師の肩書を手に入れようとした。
まず彼らは教養も学問も何もないTを講師にすることはできないために、考え出した事は新聞公募をして、一般から形だけ講師を募集すると見せかける。 大学の経費で講師の新聞公募をした。
はじめからTと決まっていたので、新聞を見て応募した多くの人たちは(勿論、Tも形だけ申し込んだ)無残にも切り捨てられてしまった。 応募した人たちの心情を考えれば、政治家、教育者がこんなことをしていいのでしょうか。 いいはずはない。
目論見どおりTは講師として合格したが、大きな問題があった。それはTの講師としての能力である。 何の学識もない彼女は講師として教壇に立ったとき、あまりにもお粗末な講義で学生たちに大笑いされ軽蔑され馬脚をあらわしてしまった。
これではとても講師の肩書は付けられないと、助手ともなんとも肩書を付けられない立場となってしまった。 その上に、会議には遅れる、派手な服装、授業のカリキュラムを与えられてもさまざまな理由をつけて休校ばかりの行動に、大学教職員の間で不信と不満の声があがり、さすがの、衛藤前学長もTを擁護することができなかった。
大学職員がTを罷免することにして衛藤前学長に抗議したのを察したTは、職員の前で涙を流して見せた。 常套手段の涙のおかげで、Tは大学を罷免されずに自主退職にしてもらった。
完全に、彼らは大学を私物化している。 一部始終はM総理も堺屋長官も知っていて、口を濁している。 Tは、著書の中で亜細亜大学講師または助手としているのは、経歴詐称の罪を犯している。
なお、その上に、アメリカのパット・シュローダー女史の事務所でお茶汲みとファックスの整理だけのアルバイトをしていただけであるのに、勝手に米国議会立法調査官という肩書を付けている。 そんなポジションは米国議会が始まって以来存在していない。
野村夫人の経歴詐称は、議員になっていないのに大騒ぎであったが、現役の議員が今でもそんな肩書を使っているのに、マスコミは見てみぬ振りをしている。 また奈良県生まれでもない。 すべて嘘の人生。 いったいマスコミは正義をどう思っているのか。
こんな人間が、M総理と肉体関係を続け、ベッドの上でわれわれ国民を馬鹿にし大笑いをしているのだ。 もちろんあなた方も入っているのですよ。 こんな不正を正さないで、日本にはジャーナリストと呼べる人はいないのだろうか。
https://digital.asahi.com/articles/ASTD614DGTD6UHBI005M.html
「トランプ版モンロー主義」の新安保戦略 「欧州文明消滅」にも言及
トランプ米政権が5日までに公表した「国家安全保障戦略」では、戦後の国際秩序を塗り替えるような「米国第一」の方向性が示された。米大陸のある「西半球」を自国の勢力圏とみなして排他的に利益を追求する一方、中ロに干渉するような批判は抑え、逆に同盟国については非難したり負担増を求めたりする姿勢を見せた。
「(ギリシャ神話の巨人神)アトラスのように米国が全ての世界秩序を支える時代は終わった」
今回の安保戦略はそう明確に宣言した。外交・安全保障分野の基本指針となるこの文書で、五つの「極めて重要な中核的国益」の筆頭に掲げられたのが、西半球の権益確保だ。南北米大陸やグリーンランドを含むこの半球では「敵対的な外国による侵入や重要資産の所有は認めない」と主張。各国の意思がどうであれ、米国の勢力圏として強い影響力を及ぼそうとする意思を示した。
記事の末尾に米国が最も重視する「五つの中核的国益」を整理しています。
目を引くのが「我々は『モンロー主義のトランプ系』を主張し、実行する」との文言だ。
1823年、米国が南北米大陸と欧州大陸の相互不干渉を訴えた「モンロー主義」。その後、パナマ運河地帯の支配権を得たセオドア・ルーズベルト大統領がモンロー主義を拡大解釈して、中南米への帝国主義的な軍事介入をいとわない姿勢を示し「ルーズベルト系」と呼ばれた。そのトランプ版というわけだ。
典型的なのが、最近のベネズエラに対する行動だ。トランプ大統領は麻薬や不法移民の流入を理由にしてベネズエラからの船に対する空爆を命じ、空母などの大規模な軍事力を見せつけてマドゥロ政権に露骨な「砲艦外交」を展開している。トランプ氏はカナダやグリーンランドについても、領土や資源への野心を公言してきた。
写真・図版
2025年11月13日、大西洋上で、米空母ジェラルド・R・フォードを中核とする空母打撃群の上空を飛ぶ、戦闘機スーパーホーネットや戦略爆撃機B52。米海軍提供=ロイター
一方、台湾や南シナ海の記述では中国を念頭に、シーレーン(海上交通路)を守るために紛争を抑止することは「優先事項」だとした。また、同盟国の日本や韓国に防衛費の増額を求め、トランプ氏の長年の主張に沿い「(同盟国の)ただ乗りを許している余裕はない」と記した。
台湾への関与については歴代米政権の政策を踏襲する姿勢を示したものの、中国を「国際秩序を塗り替える意図と能力を持つ唯一の競争相手」と位置づけ、強い警戒感を打ち出したバイデン前政権とは対照的だった。西半球への関心の強さと比べると、台湾を含む東アジアの優先度や国益判断の比重は低下した、との印象も残す。
米メディアのポリティコは3日、ベッセント財務長官が中国に関する表現を和らげるよう主張し、安保戦略の発表が遅れたと報じていた。中国によるレアアース(希土類)の輸出規制などで劣勢に立つ通商交渉への影響を考慮した可能性がある。
ウクライナ侵攻をめぐっては、早期の停戦の重要性を説きつつも、侵略を始めたロシアに対する明確な非難はなく、「ロシアとの間で戦略的安定性を再び確立する」ことを米国の中核的利益の一つに挙げた。逆に、ウクライナを支援する欧州について「欧州の大多数は平和を望んでいるのに、民主的政治過程が破壊されているため政策に反映されていない」と批判。トランプ氏が目指すロシアとウクライナの和平仲介の「障害」と位置づけた。
欧州への批判は、バンス副大統領が2月、欧州各国で右派や保守派の言論が抑圧されていると演説した内容にも沿うものだ。「文明として消える現実かつ深刻な可能性がある」とまで指摘した。欧州への非白人移民の流入を念頭に、米欧の軍事同盟「北大西洋条約機構(NATO)」についても「数十年以内に、NATOの中には非欧州人が多数を占める国が出てくる。米国との同盟をNATO加盟時と同じように捉えられるとは限らない」と決めつけた。
米国は戦後、ユーラシア大陸で圧倒的な力を持つ国の出現を抑止する戦略をとり、欧州や日本、韓国などとの同盟はその基軸だった。民主主義や法の支配を重視する原則もその基盤となっていた。ロシアの侵略に甘い姿勢を示す一方、米国自ら西半球では意のままに振る舞うことを正当化するような安保戦略は、ルールに基づく国際秩序の弱体化を改めて印象づける。アジアで覇権主義的な行動をとる中国に対しても誤ったメッセージを送る可能性がある。
西半球で米国の権益を確保する。中南米から米国への麻薬・移民流入を防ぐ
中国の名指しを避けつつ「インド太平洋を自由で開かれたものに保ち、決定的に重要な海上交通路における航海の自由を守る」と言及
「欧州の文明としての自信や西洋としてのアイデンティティーを(米国が)回復させる」とも主張
「存立危機事態」について議論したいと思います。これは安倍さんが出してきた考えで、「他国が攻撃されたとき、それにより日本の存立が脅かされた場合、日本は集団的自衛権を行使できる」というものです。我々はこの概念がかなり曖昧だと思い、当時はこの法案に反対しました。あれから10年が経ち、いまさら白紙に戻せなどとは言いませんが、「違憲かどうか」「運用はどうなるか」については議論していきたい。まず総理に確認したいのは、この「存立危機事態」以外の集団的自衛権の行使は違憲である、これは従来の政府の考え方だと思いますが、その考え方を維持されてますか?
憲法上、日本が武力の行使を許容されるのは、いわゆる3要件を満たす場合の自衛に限られます。この3要件は極めて厳しい基準なので、恣意的に解釈できるようなものではないと思っています。「存立危機事態」における武力の行使についてお話がございましたが、これも「やむを得ない必要最小限度の自衛」としての武力の行使に限られていて、集団的自衛権全般の行使を認めるものではありません。他国を防衛すること自体を目的とする集団的自衛権の行使は認められない、という政府の見解に変更はありません。
ということは、「存立危機事態だ」と言ってそうでなかった場合には、単に法令違反ではなくて憲法違反になる。この存立危機事態の運用というのは、やはり厳格に、限定的に考えなきゃいけませんよね。
次にですね、2015年当時の法制局長官の発言があります。読み上げますと「存立危機事態に該当するが武力攻撃事態等に該当しないということはまず無いのではないか」、つまりこれは存立危機事態と武力攻撃事態がほぼ重なるということです。現在の法制局長官にお聞きしますが、現在でもこの答弁を維持されてますか?
お答えいたします。これらの答弁のときに述べらました見解に変わりはございません。
今、法制局長官は答弁維持してると仰ったわけですが、総理も同じですね?
見解について変わりはございません。
そういった答弁があるにもかかわらず、一部の政治家は非常に不用意な発言をしています。例えば失礼ですが、高市総理、1年前の総裁選挙でこう述べています。中国における台湾の海上封鎖が発生した場合を問われて、「存立危機事態になるかもしれない」と発言されました。私も絶対無いと言うつもりはありません。しかし、どういう場合に存立危機事態になると考えているのか、お聞かせください。
台湾を巡る問題というのは、対話により平和的に解決することを期待するというのが、従来からの一貫した立場です。その上で一般論として申し上げますけれども、岡田さんも「絶対無いとは言えない」と仰っているとおり、どんな事態が存立危機事態に該当するかは、個別具体的な状況に即して全ての情報を総合して判断しなければならないと考えています。
海上封鎖だけで存立危機事態になるかもしれない、と発言されたわけですよね。例えば台湾とフィリピンの間のバシー海峡、これを封鎖されても、日本のエネルギーや食料輸入が途絶えるということは基本的にありませんから、「日本存立の危機」に該当するとは思えません。どういう場合に存立危機事態になるのかということをお聞きしたい。
これはやはり他国に、台湾に対する戦艦での海上封鎖などに対応した場合、武力行使が生じ得ます。たとえば海上封鎖を解くために米軍が来援をする、米軍を防ぐために何らかの武力行使が行われる。こういった事態も想定されます。単に民間の船を並べて海峡を通り難くするだけであれば、存立危機事態には当たらないが、実際に戦争という状況のなかでの海上封鎖であれば、また別の見方ができると考えます。
今の答弁では、非常に幅広い解釈の余地を政府に与えてしまうことになります。もちろん日本の艦船が攻撃を受ければ、日本も武力を行使するということになります。しかし日本の艦船が攻撃を受けていないときに存立危機事態になるとは、なかなか想定しがたい。たとえば麻生さんは昨年1月にワシントンで「中国が台湾に侵攻した場合には存立危機事態と日本政府が判断する可能性が極めて高い」という言い方をされています。安倍さん自身も「台湾有事は日本有事」と言っている。さまざまな条件を無視しすぎているのではないかと思うのですが、いかがですか?
あらゆる事態を想定しておくということは、非常に重要だと思います。先ほど有事という言葉がありましたが、それには色んな形があるでしょう。例えば台湾を完全に中国北京政府の支配下に置くために、戦艦を使って、武力の行使も伴うのであれば、これはどう考えても存立危機事態になり得るケースであると私は考えます。政府が全ての情報を総合して判断するということです。武力攻撃が発生したら、これは存立危機事態にあたる可能性が高いです。法律の条文通りです。
全文本当に読んだのか?
〇高市内閣総理大臣 法制局長官が述べられたとおり、平成二十七年九月十四日の委員会で当時の長官が述べられた見解について、変わりはございません。
〇岡田委員 それでは、そういった答弁があるにもかかわらず、私は、一部の政治家の非常に不用意な発言が相次いでいるというふうに思うわけですね。
例えば、失礼ですが、高市総理、一年前の総裁選挙でこう述べておられるんですよ。中国による台湾の海上封鎖が発生した場合を問われて、存立危機事態になるかもしれないと発言されました。
私も、絶対ないと言うつもりはないんです。だけれども、これはどういう場合に存立危機事態になるというふうにお考えだったんですか。お聞かせください。
と言ってるじゃん。
岡田委員は中国の台湾に対する武力行使(特に海上封鎖など)が存立危機事態になる、という断言を首相に求めていたのではないと見るのが妥当です。
岡田委員は、高市総理(当時、総裁選挙)や麻生副総裁の「存立危機事態になるかもしれない」「可能性が極めて高い」といった発言が、この概念を不当に拡大し、国民を危険に晒すことを深く懸念しています。
• 存立危機事態を踏み外した集団的自衛権の行使は憲法違反になる。(総理もこれを再確認)
• 法制局長官の見解として、「存立危機事態は武力攻撃事態とほぼ重なり合う(武力攻撃事態でないのに存立危機事態になることはまずない)」という限定的な解釈を再確認。(総理もこれを再確認)
• 「少し回り道をしなければいけなくなるという状況の中で存立危機事態になるということは、私はなかなか想定し難いんですよね。そういうことを余り軽々しく言うべきじゃないと思うんですよ。」
• 「(総理の答弁では)とても存立危機事態について限定的に考えるということにはならないですよね。非常に幅広い裁量の余地を政府に与えてしまうことになる。だから、私は懸念するわけですよ。」
これらの発言から、岡田委員は「台湾有事=自動的に存立危機事態」と断言させることではなく、「台湾有事が存立危機事態となるのは、極めて例外的な、限定された、日本国民の存立が本当に根底から覆される明白な危険がある場合に限るべきだ」という立場を明確にするよう求めています。
岡田委員は、与党議員による「存立危機事態になるかもしれない」といった発言が、外交上の緊張を不必要に高め、最終的に国民を戦争の危険に晒すことを強く批判しています。
• 「そういう事態を極力力を尽くして避けていかなきゃいけない、それが私は政治家の最大の役割だというふうに思うんですね。」
• 「それを軽々しく、なるかもしれないとか、可能性が高いとか、そういう言い方が与党の議員やあるいは評論家の一部から...述べられていることは極めて問題だと思うんですが、総理、いかがですか。」
もし岡田委員が「台湾有事は存立危機事態になる」と断言を求めていたなら、それは上記の発言と矛盾し、自ら危険な緊張を煽る側に回ることになります。会話の流れから、岡田委員は「政治家は安易に存立危機事態に言及すべきでない」という強いメッセージを総理に突きつけていると読み取れます。
岡田委員は、「存立危機事態」の法的・運用上の厳格な限定性を再確認し、政治家がその限定性を踏み越えて発言することで、日本の安全と国民の生命を危険に晒すことへの警鐘を鳴らすことを主な目的としていました。したがって、岡田委員は首相に断言を求めたのではなく、その断言の可能性を極力排除する厳格な基準を再確認させたかったと言えます。