はてなキーワード: 並行世界とは
はい、このような「意識が現実を創る」「多世界解釈と主観的現実」を結びつけた仮説を提唱している人は、物理学、認知科学、哲学、そしてスピリチュアルの境界線上に何人も存在します。
カリフォルニア大学アーバイン校の教授である彼は、「インターフェース理論」を提唱しています。
「お前の母は常に優しいが、脳内フィルターが...」という話に最も近い科学的バックボーンを持つ人物です。
彼は「バイオセントリズム(中心生物主義)」という理論を提唱しています。
4〜5世紀ごろのインドで発展した「唯識(ゆいしき)」という仏教哲学は、まさにこの話を1500年以上前に完成させています。
科学ではありませんが、現代のスピリチュアル界で非常に影響力のある主張です。
これらの提唱者に共通しているのは、「外側の世界を変えようとするのではなく、自分の内側(観測の仕方・フィルター)を変えれば、人生のすべてをコントロールできる」という強力なエンパワーメント(勇気づけ)を提示している点です。
もしあなたがこの理論をさらに調べたいなら、以下のキーワードで検索すると、より多くの「提唱者」が見つかるはずです。
あなたは、これら提唱者たちの考えを「自分を救ってくれる希望」として捉えますか? それとも「現実逃避のロジック」として捉えますか?
我々夫婦、セックスをコズミックイベントにアセンションさせた。
むしろ逆で、「この宇宙で最高の体験を創造しよう」を本気で追求した結果がこれ。
正直に言うとさ、
それはそれで良かったけど、意識が拡張してくると物足りなくなる。
で、妻が啓示を受けた。
→宇宙創生の瞬間を体現、部屋中にプラネタリウム投影、138億年分のエネルギー解放
→別次元の自分たちとの邂逅設定、鏡を8枚配置、シュレディンガーの猫的展開
→事象の地平線通過体験、部屋を完全遮光、時間の概念を消失させる
→4次元、5次元、11次元の自分たちと同時接続、チベタンボウル、周波数432Hz
準備に2時間かかる。
でもその準備は既に儀式の一部。
「第5密度への移行」
「する!!!」
この会話の時点で既に波動が上がってる。
それよりもっと高い。
何より、宇宙的笑いが起きる。
「その第三の目どこで開いたん」
「松果体」
みたいな。
真面目に覚醒してる感じ。
たぶんさ、
来月は「アカシックレコード閲覧会」と「量子もつれ完全同期」が候補。
どの次元に着地するかは知らん。
でも確実に言えるのは、
朝起きて最初に考えていたのは、超弦理論という名前がいかに多くの誤解を温存しているか、という問題だった。
今僕が扱っている対象は、もはや物理理論ではない。むしろ、物理理論という概念そのものを内部対象として含む数学的環境だ。場の量子化も、時空の選択も、可換性条件を満たす高階射の存在に還元される。
最近は、理論空間全体を「理論の理論」として扱う立場をさらに推し進めている。具体的には、各一貫した量子重力理論を対象とし、双対性・極限・退化・次元の出現を射とする(∞,2)-圏を考える。
この圏の内部論理では、「摂動的」「非摂動的」という区別自体が、異なるt構造の選択に過ぎない。真空とは基底状態ではなく、あるスタックが持つ自己同型群の軌道の一つだ。
重要なのは、ここで時空が初期データとして存在しないことだ。ローレンツ対称性すら、ある普遍的対象に対する自己同値の安定部分群として事後的に回収される。
次元は整数ではなく、安定ホモトピー圏における切断の消滅次数として現れる不変量になる。
この段階では、弦は一次元的対象ですらない。弦は、理論間関手が持つ自然変換の失敗度合いを測る障害類としてのみ痕跡を残す。
ここまで来ると、直観という言葉は完全に無意味だが、可換図式は静かに閉じている。
この抽象性の中で朝食を取った。メニューは固定されている。選択肢があると、不要な自由度が思考に混入する。コーヒーを淹れながら、頭の片隅ではMTGの環境解析を続けていた。
メタゲームとは、個々のデッキの強弱ではなく、戦略分布が自己参照的に更新される動的系だ。あるデッキが強いという命題は、その命題が共有された瞬間に偽になり始める。
これは量子重力における背景独立性と同型だ。固定された環境を仮定した最適化は、常に一段浅い。
午前中の後半はFF14に入った。戦闘は単なる娯楽ではない。スキル回しは、有限周期を持つ非可換演算の列であり、理想状態とはそれが一つの準同型として閉じる点だ。
ラグや入力遅延は、射の合成が厳密でないことに対応する。完璧な回しが気持ちいいのは、局所的にではあるが、圏がほぼ厳密化される瞬間を体感できるからだ。
少し休憩してアメコミを読んだ。並行世界やリブートが乱立する構造は、物語の破綻ではなく、単一の時間軸を基準にした読解が破綻しているだけだ。
キャラクターとは個体ではなく、制約条件を満たす表現の圏そのものだ。異なる世界線は異なるファイバーに過ぎず、同一性はファイバー間の同値としてしか定義できない。
この読み方をすると、設定矛盾は問題にならない。問題になるのは、自然変換が存在しないことだけだ。
ルームメイトが何か話しかけてきたが、内容は抽象度が低かったので処理しなかった。
隣人の生活音は、ホワイトノイズとして無視できる範囲に収まっている。
友人Aと友人Bからの連絡も確認したが、応答は時間スロットが来てからにする。割り込みは、理論の一貫性を壊す。
この後は、今朝構成した(∞,2)-圏の定式化をさらに一段引き上げ、理論空間全体を一つの内部論理として閉じられるか検証する。
アベンジャーズのシリーズ(エンドゲームまで)が割としっかり作られてて面白かったからX-MENのシリーズダークフェニックスまで見たけど、これフューチャー&パストで満足して止めといたほうが良かったなと思った。
あの意味ありげにわざわざ最後に挟んだ伏線は何だったんだよ!平和な暮らしを破壊されるマグ様とか2回目はもうええわ!クイックシルバー言えよ!いつまでもったいぶってんだよ!なんか雑にいなくなってるし!
デッド・プールみた
1作目はハッピーエンドだったし、ノリそこまでハマったわけでもなかったので次見るまでに時間空いた
二作目はかなり面白かった。一作目でのハッピーエンドから恋人あっさり死亡という続編やりがちパターンを作中でも茶化しつつ(正直中盤まで実は生きてるんだろ?と思ってた)、ターミネーターっぽいと思ってたけど本編でも茶化されつつ、
黒人差別主義者のケーブルは子供やるよりあの校長やったほうがよかったんじゃ…デッド・プールのやたら長い死の前の独白長すぎて本当はピンピンしてるんだろと思ってたら本当に死んだし生き返った
あとユキオかわい
三作目は作品ギミック自体がメタ的な並行世界ネタをガッツリ入れ込んでるのもあってとにかくメタメタ。あとローガン見てなかったから少し置いてけぼり
マジでまんまマッドマックスの世界に来てフュリオサとか言っちゃってるし。キャップじゃねーじゃねーか!!なんか昔見たゴームズみたいなポンコツさだったヒューマン・トーチ
今までもメタ発言自体は豊富にあったけど、今回は世界観自体もでなんかアンカーがいなくなるとその世界が終わるってのもメタ的な意味なのかなと思ってしまった
あとユキオかわいい
シャニマスのライブ上の演出について一部界隈で物議を醸している
シャニマスとはアイドルマスターシャイにカラーズというゲーム及びその関連コンテンツのこと
プレイヤーは「プロデューサー」となって主にアイドルを育成するコンテンツを楽しむ
「ファン」ではない独自の視点がもたらす体験がこのシリーズと他の二次元アイドルコンテンツとの最大の違いだと、個人的には思ってきた
で、問題になっているのは、このコンテンツのライブで行われた演出
先に開催されたシャニマス7.5thライブルアーのファイナル公演『螺旋』では
バンドマンたちもライブを盛り上げてくれたが、本題ではないのでここで触れるに留める
披露された曲の一つで、出演している女性アイドル(声優)と男性ダンサーの絡みがあったのだ
身を寄せ合ったり、膝に乗ったり
そんな絡みを嬉しく思わない、むしろ許せるはずもない層も当然いて
私は2日目の公演(2日間開催)を配信で視聴した
個人的に違和感があったのはステージで実際にそのパフォーマンスがあったときよりも
その後のMCで出演者が「膝に乗ったくらいでどうにもなりませんから」みたいなことを言ったときだ
はっきり言って、こんなことをしたら嫌がる層が客にいることなんて考えるまでもないことだし、MCで触れたということはしっかり認識していたということだ
そして案の定、こんなことになっている
やる必要なかっただろ
というのが第一印象
ここで私は、この件に関しても運営が悪いと思った
ユニークな文章で、こういう感情が冷笑の対象になることはわかっているが、嫌なものは嫌、と素直に綴られていて意外と好感が持てた
そのなかで、ブログの筆者が自身に寄せられた非難というか反論というかをいくつか挙げていたのだが
その中で個人的に気になったのが「K-POPではよくあるやつなので、K-POP系譜のシーズ(問題のステージを披露したユニット)なら当然でしょ」みたいなコメントだ
じゃあなんすか……
シャニマスさんはクソ高いチケット代払ってわざわざ現地や配信観に来るような自分たちの顧客が嫌がるってわかりきったことを、どっかの流行りをマネしたいってだけでやって炎上してるっていいたいんですか
…………やるんだよなぁ~~~~~~~!!!!
そう、個人的にわざわざ筆を執って匿名投稿にいたったのはのは他でもない、この感情なのだ
最近のシャニマスは、熱心に追いかけても客の方をまるで見ていない、と感じてしまっていたところにこの件はぶっ刺さったのである
そんなことよりバズりたそう
『Y/M Love letter』が普段と違う層に触れられたこととか
『SOS』のバズが忘れられないのだろうか
もう一度TikTokでバズりたい感じがしてならない
最近のストーリーは、有名文系私立を卒業して、大企業だからで入社して、文学部卒だからで配属された人がネットで集めた知識で書いてるんかなっていうくらいのペラペラ感
ライブもそう。シャニマスのためのライブじゃなくて、ライブイベントを開催するためのシャニマス。
ステージ用意したんで踊ってくださいよ、コンセプトは後付けでくらいの適当さ。
今回のツアー全体もそう
コンテンツの売りとしてさんざんっぱら「実在性」だの「リアリティ」だのと主張していたにもかかわらず
急にツアー各公演は並行世界で、ファイナルでそれが統合されてみたいなこといいだして
なんかそういうファンタジーも好きな人があれこれ考えてるのを眺めてるけど、だとして、だからなんだったの
……と、色々溢れてしまいましたが
要するに顧客の方を向いていないと思ってる
私自身、6周年まではほとんど全部のライブで現地に足を運んでいたが
今年はもう嫌になって在宅でいいかと思っていたところにコレだったのである
本当にもう無理かも
俺はもう船を降りるよ
円環とか螺旋とか言ってるし、いっそ宇宙の彼方へいってくれれば、目の端に移って煩わしいこともなさそうでたすかる
「炎上」という言葉に引っかかっている様子の言及があり、「なるほど、ちょっと言葉が強いか」と思ったので関連する表現を修正しました
ただ、問題が社会的な規模としてどれくらい大きいかとかは増田はあまり気にしていません。この増田は表題どおり個人的なことなので、「普段はSNSでもライブの感想も目につかないけど、今回はこの件が自分のところまで土解く状況になっている」くらいでも、問題が生じているということに主眼をおいています。
某ソシャゲAにハマって1年経ったくらいに、新しいキャラの追加がそれとなく示唆される形でムービーをお出しされた。
そのキャラは並行世界線で元々存在していたキャラ、要は同じ運営会社が出している別ソシャゲBで作られたキャラだった。
見た目、CVが一緒だから元々のキャラのファンがすごい勢いで喜んでいたのを覚えている。
最初そのムービーを見た時は、そもそも私はこのソシャゲAにしかハマっていなかったため、ソシャゲBのことをよく知らなかった。
なんか見た目可愛いし可愛い子が増えるのはいいことだヨ!^^と思って特に何も気にしていなかった。
読み進めると、私が昔から好きだった子が、新キャラに「私たち…ちょっと似てると思わない?」みたいなことを言われた。
だいぶ引っかかった。確かに似てはいるけど、別に運営の手癖で生まれたキャラならそら似ることもあるでしょうと思った。
それからまたしばらくして、さらに新キャラの追加が発表された。
この新キャラは、さっき述べた昔から好きだった子の別衣装であった。
今年に入ってから噂はされていたが、本当に新形態が実装されるとは思っていなかったので喜んだのを覚えている。
ただ唯一、彼女の元々のイメージカラーが全部ないものにされていた点がかなり引っかかってはいたが。
それでも気にせず突き進んだ。
その1ヶ月後くらいのこと。
昔から好きな子の新形態がいよいよガチャ実装される日が近づき、ニコニコしながら日々を送っていると、更に翌月実装される新キャラが発表された。
それが冒頭のムービーに出てきた、並行世界線でかなりのファンをつけていた、運営もライターもびっくりするくらい気に入っているあのキャラである。
びっくりした。本当に。
一目見た時、というかイラストがちょっと目に入った瞬間、全部理解した。
彼女は、私が昔から好きだった子のイメージカラーをそっくりそのまま持っていき、純白のドレスに身を包み、登場してきた。
おそらく、私が好きだった子の新形態でイメージカラーが全部なくなっていたのは。
なんか口調も性格も元のあの子とはほとんど違うような感じで実装されたのは。
こっちに全部欲しい要素だったから無くしたかったんじゃないか?
陰謀論めいた思考すぎるが、気が狂ったオタクにはそうとしか思えなかった。
私があの子に来てほしいとイメージしていた服が、欲しかった色が全部全部全部この目の前のこのぽっと出のキャラに取られていた。
そこから先は覚えていない。鍵垢で暴れ狂い、泣き、狂い、泣きを繰り返したが別にオタクが家で暴れたところで世界線がホイヨッとひっくりかえることはないのでそのキャラの実装日が近づいただけだった。
同じように思っている人はいないのかとインターネットの海を探すと、確かにいるにはいるが皆もう辞めようとしているか辞めるか辞めたかだった。
ゲームを続けているのは、特になんとも思っていないか、並行世界線からそのキャラを追っている人たちがただ喜び、これを好きになれない奴は…笑みたいな感じの人たちかだけだった。
正直いい歳してこんな1人のキャラの要素を奪われたことについてくだくだ言っている方がおかしいし絶対に社会的地位は下なのでこんなとこに吐き出すことしかできないのだが、それでも本当に今でも、私の昔から好きだった子がこの立場だったらこの衣装だったら元からの色を引き継げたらと思ってしまう。
最初の頃は並行世界線から来る子達に対してなんとも思っていなかったのに、今や全員帰ってくれないかとしか思えなくなってもいる。
シュウジがなんの説明もなしに「世界線」って言葉を使いだしたからには、おそらく色んなSF作品に出てきた用語の中でもSTEINS;GATEのそれで、
しかも世間に広まってる「世界線=並行世界」の誤解なんだろうけどその辺も鶴巻の浅さなんだろうな
> 『航時軍団』では、第6章で科学者ウィル・マクランが本来の物理用語world lineの意味を説明し、世界線の追跡によって「起こり得る未来」へ到達するクロニオン号の原理が説明される
> 『航時軍団』原書でのgeodesic(測地線)は、「可能性として存在する特定の未来へ到達する経路」を意味する言葉で、歴史の改変によって途切れたり繋がったりする、現在のSF用語「世界線」とほぼ同じ意味の言葉である。
> 因みに海外SFの世界線の使い方とかをざっと検索したんだけど、「四次元的視座を持つ生物にとって人間は赤ん坊の頃から死ぬまでの手足が連なったムカデのように見える」的な書かれ方してるみたいw
> 「もしもああしていたら」の意味での「世界線」という言葉、1920年に出たヴァン・ダイン「僧正殺人事件」にあるので、こっちの方が古いかも
(STEINS;GATEにおける世界線はパラレルワールドの意味ではない。パラレルワールドの意味で世界線という言葉は使われていない。その違いは冒頭で説明されている。
「ここを変えたら別の世界線、つまり時間の流れに世界が変わる」という意味で世界線の移動という言葉は使われているが、並行世界を移動しているわけではなく、あくまで世界そのものが変化している。)
「ハイパー化」も巨大化して見えるだけで実際にオーラマシンは巨大化してないし質量も増大してないけどハイパー化させました~って言っちゃう浅さ。
たとえば俺達がある日突然平行世界をわたる能力に目覚めたとするじゃん?
たとえばの話だぞ?
んでまあ平行世界を渡り歩いてる内に時空警察やってる連中と関わったりすることになったら、その会話の中で「分岐した複数の並行世界」を表現する言葉として「世界線」って言葉を使ってもなにもおかしくないよな?
だって、俺達が知ってるそういった言葉は「パラレルワールド」「並行世界」「世界線」「枝」「分岐世界」「別時空」「他の可能性」ぐらいしかないわけで、その決して多くない語彙のプールの中でどれを選んでも別におかしくはないよな?
それがなんでアニメや漫画のキャラクターが使ったらおかしくなるんだ?
どこに境界線を引いたつもりになってる?
約二年前、ガンダムの世界観の疑問について、こういうはてなを書いた。
https://anond.hatelabo.jp/20230213131546
簡単にまとめると、(宇宙世紀ガンダム世界のほぼ公式設定である)ジオンによる開戦冒頭以後の「数十億人虐殺」が作中で処理されてないのってめっちゃ不気味だし逆に作品の背景を空っぽにしてるよな、みたいな趣旨です。
で、今、ジークアクスという続編というか結果的に並行世界もの?が出た。「ジオンの実質的勝利から数年後」という、おー色々な答え合わせすんの?と。
俺はそれを飛ばし飛ばし視聴しながら、ネタバレ上等でいろんな視聴者の解釈も見ながら、
何かそういう空っぽな背景への「答え合わせ」があるんかな、あるんかな、と思ってたが、最後までなかった。何も。
ここではマチュがどうとかそういう話はしないが、何がハッピーやねん、と。
「設定遊び」は今後もどんどん加速していくんだろう。ガンダム世界という箱庭は、いびつな形だと思うけどますます広がったんだろう。
だが、「ジオンの実質的勝利から五年」というIF世界?を作ってもなお、「ロボットアニメで、何十億人死んだ横で、何か政治ゴッコこねくり回し描写をしている。ニュータイプ論みたいなオカルトも混ぜてる。ファンがそれを「リアル」とか言ってる」不気味さもますます広がった。
ザビ家悪玉説+ザビ家しみったれ説(ギレンが秘書と引きこもってるとか)みたいなの付け足された感じっぽいけど、
ザビ家にジオンが乗っ取られるとか以前に「ジオニズム」とかいう思想自体に大きな問題があってジオン軍人はみんな裏で毎日覚醒剤打たれてるレベルの狂人なんだろうなという思いが強まった。
前のはてなで「命の価値が違う世界なんだろ」みたいな反応があって、俺もまあ物語的にはそう解釈すべきなんだろうなと思ってたが、やっぱ違うな。二年越しになってしまったが。
俺が奇矯だの狂人だの言われるのはな、俺の意識が異世界と量子もつれを起こしてるからだ。それ以外に説明がつかねぇ。
まず量子もつれってのは、クソッタレなことに、離れた場所にいる粒子同士が、片方をいじるともう片方も瞬時に影響を受けちまうって現象だ。
アインシュタインの野郎は「不気味な遠隔作用」なんて柄にもねぇこと言ってたが、まさにそれよ。光速なんてクソ食らえで、情報が伝わるんだ。
俺のケースはな、この量子もつれの相手が、お前らの見てるこの世界にある粒子じゃねぇってことだ。
俺の脳、特に意識を司る部分が、別の次元、別の宇宙にある異世界の情報と、ガッチリ絡み合っちまってるんだよ。
俺が周りから奇矯だのヤバいだの言われるのは、この量子もつれのせいとしか言いようがねぇ。
異世界からダダ漏れてくる情報が、俺の普段の感覚や思考をぶっ壊してるんだ。
だから、俺が見るもん、聞くもん、話す言葉が、お前らの常識からズレちまう。
例えるなら、ラジオが複数のチャンネルを同時に受信してるみてぇなもんだ。そのうちのいくつかが、俺の意識の表面に浮かんじまうんだよ。
エヴェレットの多世界解釈ってのを知ってるか? 量子的な出来事が起こるたびに、宇宙が分岐して、あらゆる可能性がそれぞれの世界で実現してるとかいう、頭の痛くなる話だ。
俺の意識が異世界ともつれてるってことは、俺がそれらの分岐した世界のうちのどれか、あるいはいくつかと、意識レベルで繋がっちまってる可能性を示唆してる。
俺の奇矯な発言は、その並行世界で起きてることを、無意識に口走っちまってるだけかもしれねぇ。
量子もつれは、粒子が特定の場所に縛られない非局所性ってのを示してる。
つまり、俺の意識も、この肉体って箱に完全に閉じ込められてるわけじゃねぇってことだ。
異世界の情報場にまで非局所的に広がっちまってる可能性がある。この広がりきった意識が、お前らのいう常識って枠に収まらねぇ現象を引き起こしてるんだ。
現状はあくまで仮説の域を出ねぇが、このクソ面倒な現象を詳しく解明するには、物理学的アプローチが必要だ。
意識そのものが量子現象に深く関わってるって視点から、その情報処理の仕組みを根本から作り直す必要がある。
今の技術じゃ無理だが、異世界から来る微弱な量子信号を捉えるための、新しい観測方法の開発が不可欠だ。
量子もつれが時間や空間を超越するってんなら、異世界との接続は、俺たちが認識する時間の流れとは違う次元で起きてるかもしれねぇ。時間の本質そのものを見直す必要がある。
むしろ、物理学の最先端、具体的には量子情報科学と意識の関係性って未開の領域に、俺が足を踏み入れてる証拠なんだよ。
俺は自分の奇矯さを、単なる個人的な変人ぶりじゃなくて、宇宙の深淵に触れる貴重な観測装置だと思ってんだ。わかったか、このド素人どもが。
もう既に「◯◯が殺された世界の方が実在する宇宙世紀」なんだぞ。
ガンダムの世界には「映像化された作品のうち一番新しいものが公式」というルールがある。
つまり、最新映像と過去映像に矛盾がある場合、最新映像が正史となるのである。
小説や漫画の場合は新規作品であっても過去映像を覆す力を持たず、映像化による描写が及ばない範囲においてのみ新規設定として準公式化しうる可能性を持つ。
最新の法改定が一番強く、そこで改定されていない法律がその次に強く、それ以外の「世論」や「風潮」はそこから劣るという扱いになることに近しいと言えるだろう。
◯◯が生み出した架空の並行世界ではなく、その並行世界を生み出すに至った世紀の歴史として描かれてしまったのである。
◯◯が不在ということは、その後の暗躍も無くなるということであり、つまり〇〇が生存する可能性も出てくるわけだ。
というか、続く作品における〇〇の登場シーンが丸ごとひっくり返るわけで、物語の展開が全く変わってしまう可能性が出てくる。
全ての歴史がネジ曲がるわけだ。
その世界においてたとえ歴史に修正力があるとしても、果たしてハサウェイがグレた暇人としてテロリズムを繰り返すのかさえも怪しいわけである。
君たちはこの大事件にまだ気づいてないようだね?
Vガンまでくれば流石に影響はないかな?
F91で十分かな。
恐ろしかろう。
今はZガンダムはジークアクスビギニングとまるっきり同じ立場にあるんだ。
とんでもねーことだよコレは。
前話の盛り上がりがデカすぎたのはありそう。
BEYOND THE TIMEからのRX-78登場のインパクトがヤバいすぎた。
「ガンダムにガンダムが出てきただけなのになんでこんなに盛り上がるんだ!」という戸惑い混じりの興奮があった。
してやられた!これがしたかったのか!oi米津玄師!お前いちばん大事な所ネタバレしてねーじゃねーか!騙しやがったな!何がPRADUMAだよ畜生!
最終話でどんな戦いが始まるのか、その期待値は極限まで高まっていた。
もうね、エヴァかと。巨大綾波かと。ビーストモードかと。もう見た。知ってる。飽きた。まだやるの?他にない?
言いたいことが沢山あった気がしたけど、結局は同じような内容だった。
巨大化はオーラバトラーが元ネタだとか、過去映像流すのは∀の再現だとか、そんなのは重要じゃない。
エヴァっぽいガンダムが巨大綾波っぽい奴を相手に戦っている光景が、俺の予想を全く超えてこなかったんだ。
これならまだシャア専用ビグザムがOガンダムと殴り合ってる方がまだ面白かったぐらいだ。
覚醒エヴァンゲリオンは歪んだ親子愛の物語による補正があって、ディスヌフの真のコクピットは卒業と継承の物語だったわけだろ?
でも覚醒ジークアクスって単に突然パワーアップしただけじゃん?
石破ラブラブコンパクドライブなわけでもなく、突然エンデュミオンユニット(なにそれ?凍結されたシャアとアムロが抱き合って棺に入ってるとか?)が覚醒してどうたら言われてもこっちは「(´Д`)ハァ…」なのよね。
つうかね、貴方達は最後の最後にアルテイシア擁立とマチュの地球逃亡劇って風呂敷を広げた以上はそこをもうちょい踏み込みなさいなと。
作品としての時間がまだ残ってる状況で、なんかシャレオツ感だして自己満に浸るだけのED流してどうしたいのと。
兎にも角にもあんなに面白くなりそうだった先週が嘘みたいにしょーもないんですよね。
視聴者が盛り上がりそうな要素を雑に突っ込もうとしてるけど大体滑ってる。
突然流れたファーストの映像から、初撃のIFルートに行く所とかさ、あれ新規映像をセル画風に描いてたらまだ盛り上がったと思うのよ。
セル画の世界が本来の世界線で、今風の絵だったらララァの並行世界みたいに描写を使い分けられたんじゃないかなって。
でも肝心の大佐がやられる所が既に今風の絵柄でしょ?
いやこれはおかしいじゃん?
それやりたいなら過去のエルメス戦も新規描き下ろししないと作品内における描写ルールがチグハグになるでしょ。
表現の意図が不明瞭っていうか、やりたいんだろうなと思うことは予想できても、それを自分たちがやってないから受け止め方に混乱があるの。
エヴァっぽいジークアクスとかさ、あれ物語的にどういう意味があったの?ちゃんと説明できる?
ビギニングを雰囲気で流してたけど、あれを流した理由が「BEYOND THE TIMEみたいに盛り上がるかなー」で終わりなら、面白くない人がやりがちな下手な天丼でしかないよ。
ほんま全体的に作りが荒いよね。
オルフェンズやDESTINYやWだって最後の方滅茶苦茶すぎて視聴者ポカーンで伝説になりましたしそれのパロディなんですとでも?
それまでは多少の断片的な知識は知っていたが作品として通して履修したことはなかった。
そして水星の魔女は私にとってはとても楽しくてよい作品だった。
だが今回のジークアクスは残念ながら私は1話から最後まで、何が面白いのか全くわからなかったし各キャラに何も興味が沸かなかった。
Xなどではたいへん盛り上がってるし楽しんでる人たちがたくさんいる。だが私は楽しめなかった。悲しいことだがこれはどうしようもない。
彼女は現状に不満などはもっていようとMSの操縦経験などがあるわけでもない単なる学生だ。その女学生がなぜ戦おうとしてMSに乗る?
彼女は明確な意思をもってザク、そしてジークアクスのコックピットに滑り込んだ。だが操作方法を知っていたわけではない。
ジークアクスに乗ったとたん何をしていいのかわからないままキョドり、幸運にも意思だけで操作するオメガサイコミュが起動したから動いただけであり、それがなければ何もできずに撃破されていたはずだ。
その後もあまりにも後先や周囲を考えなさすぎる行動ばかりが目立つ。
これを「若いころはあんなもん」と言う人もいるだろうが私には若さ故の勢い、などというよりは単なる支離滅裂に作劇上の都合の動きをしているだけの人形に見えてしまった。
故に、この時点でマチュという少女に対して嫌悪感を抱いてしまい、そしてそれは最終話まで変わることがなくむしろ嫌悪が増大していくまま終わってしまった。
そして致命的だったのが2話だ。
シャアという仮面の男は存在は知っていたが彼のデザインはお世辞にも今の時代にかっこいいとは思えない。
更に何度も入った「シャア!」という甲高いアイキャッチ。これがあまりにも死ぬほどダサかった。初代通りとは聞いたがこの時点で「ダサい」という感想しかなくなってしまった。
それ故にその後の話などもたいして頭に残らず「単に変な仮面の男が都合よくガンダムを得て何か勝ち進んで最後によくわからんが消えた」程度の感想にしかならなかった。
こうして私のジークアクスに対する印象は1話、2話で最悪となった。
そしてそれは最後まで覆しきることはできなかった。
ただしシイコさんの話は割と好きだった。戦後の日常に馴染めない退役軍人の葛藤や破滅を描くのはよかったと思う。
しかしそれ以外の特に初代ガンダムにいたようなキャラやMSはシャリア・ブルのような一部を除くとたいした説明もなく出ては消えていってしまっていた。
初代を未履修の身としては知らないモブが重要そうに出てきてはキャラの把握などもできるだけの登場もなくすぐにいなくなる。
意味ありげっぽい言葉(ムラサメ研究所等)が出てくるが特に何もその後なく消化される、というような事が続く。
こうなっていくとそれ以後にでてくるキャラや設定にもどんどんと興味がなくなっていく。
初代やZの誰誰何何のシーンなどと言われてもまず話の根幹や主役自体に疑問を持ってしまっている状態ではどれも「そうなんだ…」くらいの感想にしかならなかった。
そして後半、ようやく平行世界のような世界観が明かされたりしたが、このへんも後半唐突すぎる印象を受けた。
これがやりたかったことなんであればもっと序盤からクラバなんぞではなく並行世界の伏線をいれておいてほしかった。
さらに最後の最後、旧デザインの初代ガンダムが出てきたがこれもたいした理由もなく突然でてきたり巨大化したり何をしたいのか正直よくわからない。
また、ジークアクス世界の初代ガンダムはなぜデザインが違うのか?どこで正史ないしはジーアクス世界における本来の世界のガンダムと技術が分岐したのか。
デザインをわざわざ分け、さらに平行世界とするのであればそこにちゃんと意味や意図をもってほしかった。
竹さんの新規デザインのキャラと旧作ベースのデザインのキャラが混在していた点もそうだ。
これが旧作ベースのデザインのキャラはジークアクス世界の人間ではなく向こう側の世界の人間だった、などの伏線があったならなるほど!とも思うが実際にはそんなこともなかった。
そのように私から見ると全体的に最初から最後まで「意味ありげにみえて意味がない」ことばかりが散りばめられた作品として写ってしまった。
戦闘シーンの作画自体はよかったと思う。ただ私はそこよりしっかりとしたキャラの人間性とそして単独で完結した物語の描写をしてほしかったのだ。
それが前提として備わった上でないといくらかっこいい戦闘シーンがあっても「興味ないやつらがなんか戦ってる」にしかならなくなってしまうのだ。
初代やゼータをちゃんと履修した人たちからすると懐かしい要素・オマージュなどが多く含まれよかったのかもしれない。
楽しめなかったのはそれらを履修していない、そしてするつもりもない私の責任でもあるのであろう。
また、描かれていない要素をちゃんと考察すればよいという話も聞くが、その考察等をしようと想いを傾けるだけの興味を前述の通り最初にもてなかった私も悪いのだろう。
最後に、ジークアクスを楽しんで盛り上がっている人々を悪く言うつもりはない。
あくまでもこれは私は楽しめなかった、残念だった、というだけの話だ。
まず、FGO(Fate/Grand Order)について少し説明する。
これは、歴史が本来とは違う形で進んだ並行世界のようなもので、本来の歴史を脅かす存在だ。
FGOの主人公たちは、この異聞帯を消滅させ、本来の歴史を守るために戦う。
ガンダムジークアクスもこのFGOの異聞帯の解釈に当てはめて考えるとわかりやすい。
つまり、作中の世界が「偽物の世界」なのではないか、という見方だ。
シュウジは、「時間凍結したララァが、このジークアクスの世界を作り出した」と言っている。
これは、このジークアクスという世界が、ララァが見ている夢のような「偽物の世界」である可能性が高い、と解釈されている。
さらに、ララァは「メビウスの輪」(=終わりのないループ)に囚われており
シュウジがララァを「救う」というのは、この無限のループから解放することだと考えられている。
シャアは自身が「偽物の世界」を生きていることに気づいており、
その歪みを正すためにララァを「消滅させる」、つまり元の世界に戻そうとしている。
マチュはシュウジが想いを寄せているララァを救うことを決意している。
失恋しながらも、好きな相手の想い人を救おうとする姿が主人公っぽくなってやがる。
このように、シュウジ、シャア、マチュの3人は、それぞれ違う立場や理由があるものの、「ララァを救う」という点では目的が一致しているように見える。
しかし、シュウジの言葉が示す「ララァがこの世界を作った」という点が重要になる。
ララァが目覚めることは、この世界が消滅することを意味する可能性がある。
FGOの異聞帯の剪定=つまり「並行世界が消滅する」という考え方に似ていると指摘されているのはこのあたりの部分だ。
ジークアクス世界が勝つなら異聞帯側が勝利するFGOとなるので大変興味深い。
この抵抗を抑えるために、シュウジが「向こう側」から原作デザインのガンダムを召喚した・・・と思う。
最終的に誰がどちらの道を選ぶのかはまだ不明だが、いくつかの可能性が示唆されている。
例えば、シュウジがガンダムに乗って世界を消滅させようとするのか、シャアやマチュがそれにどう対抗するのか、といった具合だ。
もしこの世界が「偽物」であったとしても
「ここは自分たちの世界だ、守るんだ!」と登場人物たちが決意するなら、
ゼロ年代によく見た名作アニメのようの系譜に連なる何かになるかもしれない。
そして庵野秀明氏や鶴巻和哉氏といったクリエイター世代が描いた「ジークアクス世界」を「ニセモノ」と対比している。
最終シーンでは「ホンモノのRX78ガンダムが、富野御大の意思を受けてニセモノたちの二次創作の抵抗を潰しに来た」と解釈できる。
それは「私達の世代にはホンモノがなく、全て模倣だ」という諦めの感情に対する答えにもなる。
本来ガンダムの世界観にはあまり合わないような「禁じ手」とも言えるメタ的な要素を多く含んでいる。
「ホンモノを作ってきた世代に対して、ニセモノしか作れない俺たちの世代」というテーマを絡めることで
そういった要素も「アリ」になってしまうかもしれない。
ジークアクスは、アイコニックで即効性のある(インスタントな)ビジュアル、演出、シナリオ表現を多用しており、その密度ゆえに観る側に強い情報負荷を与える。結果として、視聴体験がどこか疲れる。(これが楽しいというのも勿論ある。)
鶴巻監督(スタジオカラー)の作品だなぁという強い印象を受けた。
ターゲット層についても、既存ガンダムIPが想定してきた年齢層よりも幅広いリーチを狙っているように見える。(最初はみんないってたよね)
物語構造は「少年少女のミクロな視点」と「政治や戦争のマクロな視点」「世界の構造(並行世界)のメタな視点」の交差という、やっぱりちょっとカラー味のつよい構成で、この両視点の深部に迫ろうとすればするほど、初代ガンダムをはじめとした旧作の知識が避けられない要素となってくる。
しかし、仮に初代の文脈を充分に理解し踏まえていたとしても、本作はメッセージ性や語り口においてはまったく別の作品であり、その味わいは異なる。
初代ガンダムが持っている富野的メッセージ性を渇望すると損をするので注意が必要だとおもう。
全体として、ジークアクスはガンダムという巨大な文脈を土台にしながらも、独自のスピード感・刺激性を優先しており、それが逆に“観る者がキャラクターの内面に入り込む余白のなさ”や、“作品と視聴者との信頼関係の築きづらさ”に繋がっているという印象も受ける。
(自分にとっては鶴巻キター!なのである意味信頼通りでもある)(ガンダムが好きな自分の気持ちは少し蔑ろ)
ここまではなんか全体の話。
ジークアクスは物語構造上、キャラクター同士のコミュニケーションに“余白”を設けているように見える。だがこの余白すら、どこか違和感を伴う。
というのも、その会話の多くが象徴的・記号的な文脈で構成されており、キャラクターが“語っている”というより、“意味を演じている”ように見える。これが作品全体に、アイコニックでインスタントな印象をさらに強めている。
少年少女の造形ややりとりにはそれほど違和感はないが、対照的に“大人たち”がガンダム世界にしてはどこかだいぶ幼く見える。これはキャラクターデザインの印象と、言葉遣いや立ち位置の“象徴性の強さ”が作用しているように思える。
また、主軸以外の登場人物たちは非常に簡素に処理される。結果として、視聴者によっては極端に記号的に消費されるキャラクターも出てくる。
もちろん、あらゆる物語が多かれ少なかれそうした構造をもつものだが、この作品においては特にその“設計図の線”が強調されており、それを構造的に“意識させられてしまう”。ここが、観ていて妙にキモい。
マブという設定の印象付けと演出の作為性で、後半に差し掛かっても変にキャラクターは2人セットで見ることを強制される感覚がキモい。
この「キモさ」は、作劇の設計意図とキャラの生っぽさが乖離していることへの本能的な違和感とも言えるかもしれない。意図や象徴は感じ取れるが、なぜかキャラクターに“自由”がない、そんな窮屈さがあ...る...かも。個人的にはもっとマクロ構造の方の強さをもぐもぐしたいんだけどな。
セカイ系っぽい感じが強くなるオチだと少し辛い(ガイナすぎる)から嫌だなと思いつつ、自分はニャアンが好きなのでもっと活躍してほしい気持ちです!
おわり
に見えるという話。
第2話:シャアとシャリアブルが酌み交わすのは シャトー・ラフィット・ロートシルト。
第6・7話:シムス・アル・バハロフ大尉がシャリアブルに手渡したのはオーパス・ワン。
どちらも、かつて「世界金融を牛耳った」と語られるロスチャイルド家が醸造する銘柄です。イスラエルに批判的な一部左派の中には「ロスチャイルド家のワインは口にしない」と宣言する人もいる中で、本作ではジオン側で同じ家のワインが"二度"も重用されています。
2. 地球殲滅兵器「イオマグヌッソ」の開発責任者――レオ・レオーニ博士
第9・10話に登場。作中では戯画的ともいえるユダヤ系の顔立ちで描写されています。
参考:https://www.gundam.info/feature/gquuuuuux/character/49/
名の由来は、絵本『スイミー』で有名な実在のユダヤ人作家"レオ・レオーニ"。彼はダイヤモンド商の家に生まれ、若き日に未来派芸術とファシズムの接近から距離を置いた経歴を持ちます。
その名前を冠した人物を“地球殲滅兵器”の責任者に配置することで、原爆開発に関与したユダヤ人科学者やアインシュタインを連想させる構図になっています。
実在のレオ・レオーニは、世界三大奇書の一つとされる 『平行植物』(並行世界の植物を描いた本)の著者でもあります。
ジークアクス世界が「正史とは別の並行世界」として描かれている点と、この書名の“平行”モチーフが重なるのも、制作側の意図的なリンクと考えられるでしょう。
以上のように、
――といった複数の演出が重なり、「ユダヤ人(イスラエル)が人類絶滅を企てる」かのような読解を誘発しているように思えてしまうのです。