はてなキーワード: イカサマとは
カンフー映画と哲也 魂天と呼ばれた男がマリアージュを起こした囲碁映画。69点。
幼い姉と自分を引き取ってくれたプロ棋士に姉はレイプされ自殺。必死で逃走しソウルの碁会所で賭け碁で大人相手に無双していた主人公は義手の師匠に引き取られ、さらにその師匠に預けられ厳しい修行を受ける。高い棋力を身に着けた主人公は師匠に言われるがままに賭け碁の遠隔代打ちで稼ぐも、ヤバい奴を怒らせ師匠は殺され、再び命からがら逃亡する。その後、ひっそりと心身棋力を高め青年に成長した主人公は師匠と姉の仇を打つための戦いに挑む。
みたいな話。
絶対これ人気漫画かなんかが原作にあってそれを映画化した作品だろ!と思って見てたけど別にそんなことはなかった。でもそれくらいダイジェスト感があるというか、展開が盛り込まれすぎている。
普通この設定であれば、大ボスのプロ棋士と隻腕の師匠に因縁があるようにするし、青年になってからの展開も妥当プロ棋士に向けて一本道にするが、このプロ棋士復讐編と隻腕師匠の敵討ち編は基本的にはあんま関係ない。
隻腕師匠編の修行シーンでは1局打つごとに石を積んでいって気付くと石塔が山ほど立っていたり、小屋に閉じ込めて目隠し碁を発狂するまで打たせたりというカンフー映画の修行シーンを丸々オマージュしているし、成長してからは隻腕師匠の友人の代打ちエージェントと組む展開になってからはボロ車で各地の強敵を打ち倒していくという、やっぱりカンフー映画みたいな展開になる。
そして師匠の腕を切り落とした占い師棋士とは腕をかけて一色碁(両方が同じ色の石で打つ)を打ち、占い師ならではの主人公の過去を厳しく追及し思考リソースを削ってくる先方を目隠し碁で培った頑強な政倫力で跳ね返し勝利。師匠が怒らせたヤベーヤツからはマーチンゲール碁という勝つまで倍々に賭けていくギャンブル必勝法を仕掛けられるも全勝、最終的には鉄橋の線路の上で命を賭けて戦うトンデモ展開になる。これもう哲也かワシズで見たわ。
そして幼少期に遠隔賭け碁でみぐるみかっぱいだ結果焼身自殺した中小企業社長の息子も闇棋士として主人公を追いかけてきて過去の知り合いを血祭りにあげる。なんか天秤みたいな奴に取った石を乗せていって一定以上傾くと熱湯が噴き出す装置を使った碁で勝負するんだけど、こいつ常にこの装置持ち歩いてたんかな……
で、この辺の勝負は(ヤベーヤツは最終的に命を救ってプロ棋士との対決への手駒になるけど)プロ棋士とは関係なく単に隻腕師匠時代のケジメ的に登場する。
あと、実際に師匠を刺殺したチンピラとの肉弾戦が、タイマン→子分3人との集団戦→暗闇を利用したタイマンの3回も用意されていて、これが囲碁映画の姿か?とめちゃくちゃわくわくさせられる。子分3人もパワー型、スピード型、テクニック型とバラエティ豊かだし、最終戦では暗闇とライトを利用したバエ演出もあって力が入ってる。
そして最後にはプロ棋士の娘を誘拐し、俺と勝負しなければ娘を殺す。いや、お前含めて棋士を100人用意して俺が全員に勝ったら娘を殺す!と宣言し、カンフー映画の100人抜き的展開で直前の闇棋士との文字通りの死闘(アクション有)を引きずりながらも勝利。圧倒的実力差を見せつけられ、プロ棋士は自殺し主人公は去っていくのだった。
いや、1本の映画にぶち込む展開量じゃないんよ。韓国映画らしい圧倒的エンタメ力。
問題があるとすれば、基本的にほとんど対戦の様子が映されないのとあっても解説とかはほとんど入らない。代打ちエージェントのおっさんが常についてきてるのでそいつをワトソン役にしてもよかったのに、そのへんはもうまるッと切り捨てている。つまり、囲碁映画である必要があんまりない。
例えば例に挙げた哲也とかだったら「なぜその打法なのか」「なぜその役で上がるのか」を(あっちは仕掛けがあるイカサマ麻雀が多数だけど)対局相手の哀しき過去に絡めて展開することで麻雀である必然性を演出していたけど、今作では別に囲碁じゃなくてもそれこそカンフーでも同じ映画が撮れたと思う。
主人公たちの生きざまに囲碁性みたいなものもあんまり感じられなかったし。せっかく囲碁ってもんを中心に映画を撮るんだからなんかそういうのがあればよかった。
あとはさすがに要素を盛り込みすぎでダイジェスト感が否めなかったかな。見ていてどういうこと?って混乱することまではなかったし、このスピード感がエンタメとしていいんだよと言われればそうかもしれないけどストーリーの重さに比べるとタメがなさすぎるなぁって感じ。
後は大ボスが碁盤上に碁石で「死」って描かれて負けるって展開は流石に草生える。まぁ、このリアリティラインの作品。
そんな感じかな。
囲碁映画見たいと思って見たらブチ切れる可能性があらずんば虎児を得ずって感じではあるけどカンフーを囲碁に変えた古き良きカンフー映画だと思って見たらドラマもバトルも、それこそカンフーもあって最初から最後までエンタメたっぷりなので満足度は結構高いと思うので、そういうの好きな人はオススメ。
この作品の本質は、自らが提示した問いの大きさを、自らの構造が裏切っているという一点に尽きる。そしてその裏切りの構造は、単なる脚本上の瑕疵ではなく、この作品が語ろうとしたテーマそのものと鏡合わせの関係にある。
本作の前半は、驚くほど誠実に世界の複雑さを構築している。
どちらも利他的な動機から出発している(メイベルは動物と自然のために、ジェリーは市民の生活のために)。どちらも自分が正しいと信じており、その確信ゆえに手段を選ばなくなる。メイベルは妨害・扇動・ルールの無視へ、ジェリーはイカサマと情報操作へ。この二人は対立者であると同時に、同じ構造を持つ鏡像である。
動物大評議会には種ごとの固有の利害、食物連鎖の緊張、歴史的な力関係がある。「池のルール」は「みんなと友達になろう」と「腹ペコなら食べる」を同居させており、この矛盾こそが生態系のリアリティとして機能している。
ここまでの設計は、「対立する正義の間でどう折り合いをつけるか」「共存とは何を犠牲にすることか」「自分が正しいと信じる者同士がぶつかったとき、何が起こるか」という、本質的に解決困難な問いを真正面から提示している。これらはすべて、ピクサーがかつて最高の形で応答してきた種類の問いであり、宮崎駿や高畑勲が生涯をかけて格闘してきた種類の問いでもある。
しかし後半、タイタスという「誰が見ても悪い存在」が物語の中心に据えられた瞬間、上記の問いはすべて棚上げされる。
タイタスは中身のないヴィランである。権力欲以外の動機を持たず、人間も非昆虫動物もすべて排除して世界を巣にしようとする。古典的ディズニーの「純粋悪」のロールをそのまま踏襲した存在であり、そこには観客が立ち止まって考えるべき複雑さが一切ない。
タイタスが共通の敵として立ち上がると、それまで多声的だった世界が単声化する。
物語が前半で丹念に構築した世界の複雑さは、後半でその複雑さごと消費されてしまう。そしてタイタスが退場した後、ジェリーが言う「一緒に考えよう」は、複雑な利害を調整した末の言葉ではなく、共通の敵と戦い終えた安堵の中から出てきた言葉に過ぎない。
その言葉の背後にあるべき重み、すなわち「敵がいない状態で、利害が衝突したまま、それでも隣にいることを選ぶ」という本来の困難さは、タイタスの存在によってすでに無化されている。
ここで最も重要なのは、この脚本上の構造が、作品自身が批判しようとしていたものと同型であるという点である。
タイタスは劇中で、「人間が諸悪の根源だ」と叫び、動物たちの多様な利害を単純化し、恐怖と怒りで一本化することで自らの権力を掌握しようとする。これはポピュリズムの古典的手法そのものであり、作品はこれを明確に否定的に描いている。
しかし脚本自体が、タイタスという「諸悪の根源」を設定することで、メイベルとジェリーの対立も動物社会の内部対立も一本化し、カタルシスのある結末に到達している。つまり、タイタスが劇中の動物たちに対してやっていることと、脚本が観客に対してやっていることは、構造的に同一なのである。
作品はこれをヴィランの手法として描きながら、自らもまたその手法に依存して物語を着地させている。この自己矛盾こそが、本作の核心にある裂け目である。
この裂け目は、おそらく本作が抱える二つの志向の間の未解決の緊張から生じている。
予測不能な展開、アナーキーなコメディ、ルーニー・テューンズ的な暴走、観客の予想を裏切り続ける快感。これらは物語を加速させ、エンターテインメントとしての爆発力を最大化する。この志向は「全員が一致団結して巨大な敵に立ち向かう」という、わかりやすいクライマックスを要求する。
このテーマを誠実に追求するなら、共通の敵は存在してはならない。本当に試されるのは、敵がいない平時において、利害が異なる者同士がそれでも同じ場所にいることを選べるかどうかである。しかしその場面はカタルシスに欠け、104分のファミリー映画のクライマックスとしては機能しにくい。
本作はこの二つの志向のうち、前者を選んだ。エンターテインメントとしての爆発力を選び、テーマの誠実さを犠牲にした。その選択の結果として、ピクサー近年作の中で最もアドレナリンを分泌させる映画が誕生し、同時にピクサーがかつて到達していたテーマの深度には届かない映画が誕生した。
しかし、以上すべてを踏まえた上で、最後に言わなければならないことがある。
この作品に対してここまでの批評が成立すること自体が、この作品の価値の証明である。
本作が「志の低い作品には起こり得ない種類の失敗」を犯しているのは、志が高かったからである。チョン監督は世界の複雑さを見る目を確かに持っており、それを物語の前半に刻印する力も持っている。後半でその複雑さを手放したのは、能力の欠如ではなく選択の結果であり、その選択がもたらしたエンターテインメントとしての達成もまた本物である。
この作品の核心とは、つまるところ「複雑さを描く力と、複雑さを手放す誘惑の間で、後者に屈した作品」ということになる。そしてその屈し方の構造が、作品自身のテーマと鏡像関係にあるがゆえに、この映画は観た者に対して、映画自身が意図した以上のことを考えさせる。それは作品の欠陥であると同時に、奇妙な形での豊かさでもある。
完璧に設計されたテーマの着地を持つ凡庸な映画よりも、自らの問いに応答しきれなかった野心的な映画の方が、語るべきことが多い。『私がビーバーになる時』は、まさにそのような作品である。
46 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2005/06/20(月) 03:25:37 ID:foHSBVvh
先週、故葉闇元日銀総裁の13回忌がしめやかに執り行われた。葉闇さんは
円が尊敬されるように獅子奮迅の努力をしたので歴史に名を残している。
なんて言っても、1998年の経済危機の最中にも持論を曲げず、僅か2年後
にはデフレの最中に利上げに踏み切った世界の歴史に希な業績を残した方だ。
今、円安・原料高で苦しむ日本経済を見るとき、葉闇総裁の先見の明は明らか
だろう。さらに歴史をさかのぼると、財務省と日銀がいかに素晴らしい人材を
日本に送り出してきたかが歴然とする。そう、井上淳之介だ。彼は葉闇総裁
同様に、昭和恐慌の最中にも旧平価の灯を掲げ、テロリストの凶弾に倒れるまで
浜口首相とともに日本経済を救うために獅子奮迅の努力を続けた人だ。こうした
偉人達を、イカサマ経済学者達がどれほど悪し様に罵ったかは、歴史の教科書で
読むことができる。もちろん、大部分の経済学者は、自説に自信もないし、そもそも
政策なんかには興味もなかったので、葉闇総裁や井上蔵相を支持していたわけだが、
確信犯というべき連中は悪質なデマ宣伝を繰り返していたようだ。だから、今では
公務員試験と日銀の採用試験では、ケインズとワルラス、フィッシャーとフリードマン
47 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2005/06/20(月) 11:04:19 ID:HcvWjPej
焚書坑経以来、ユダヤの手先であるWTOや国際金融資本、石油資本に
良いようにもてあそばれてきたが、苦難の日々ももついに終わるときが
やってきた!! 反撃の時がくるのだ。この間の葉闇元総裁の法事が、
事実上の日本政府・日銀の肝いりで行われたを注目していたが、やはり
裏があったんだ。
今日の総理の所信表明演説は「日本国民に訴う」と題されていたが、その
なかで首相は、まるで獅子のたてがみのように、あるいはこれまで耐えて
きた怒りをぶちまける、そう「怒髪天をつく」ばかりに吠えたんだ。
そう、金本位制への移行だ。これまで、日本経済は一産業一企業制で効率
改善に勤めてきたのに、なぜか貿易黒字はちっとも増えてこなかった。経済
力・国際競争力の象徴である黒字が、効率化の進展にも関わらず増えないのは
なぜかといぶかしく思っていたが、実は日本郵貯銀行(株)をダミーにして
日本貿易(株)に融資したお金で、金を買いまくっていたんだ。凄いね!!!
首相に寄れば、この金は昨日づけで日本政府に所有権が移転しており、
外国為替特別会計の外貨準備に積まれることになった。もう、金の保有量
では、憎きアメリカを追い抜いているらしい!!
来年の1月4日付けで金兌換が始まるそうだ。そう、ついに、円は世界で
唯一の「尊敬される通貨」へ、名実ともに移行することになるんだ。
これで、円売りで儲けていた国際金融資本は致命的な打撃をうけることに
なるだろう。
もちろん一部の歴史家は、1930年の金本位制復帰によって昭和恐慌に
突っ込んだことを強調し、首相の方針に反対意見を述べている。馬鹿じゃないか?
あれは、たまたまニューヨーク市場が大暴落し、世界恐慌が始まるときに
金本位制に復帰したから、見かけは「金本位制復帰が昭和恐慌を招いた」
ように見えるだけなのは常識じゃないか。今や、アメリカは日本を食い物にして
ますます繁栄を貪っているし、中国も、本当は日本のODAのおかげなのに、
市場経済の成果だと嘘を吐きながら、経済成長を誇示しまくりだ。条件がまるで
違うんだよ。歴史や国際情勢を無視して、まるで物理法則のように経済学の公式が
それに、ユダヤの手先ではない、WASPのアメリカ人の実務家たちは、日本の
金本位制移行を絶賛している。さっきネットのウォールストリートジャーナルの
一面には、「日本の劇的な転換と経済大国の復活」という大見出しが躍っているW
さあ、日本経済の全面的で徹底的な反撃の時がやってきたぞ。これに勝利して、世界に
はびこる経済学者どもを根絶やしにしてくれる。がんばれ、榊原大臣!!!
49 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2005/06/20(月) 17:32:37 ID:HcvWjPej
榊原大臣については、確かに良くない噂がつきまとっている。なんと、アメリカで
経済学博士号を取ったという話だ。しかも、その後で、ユダヤ国際金融資本の指令
センターとも言うべきIMFに努めていたという話だ。で、調べてみたら、これは
1980年代に彼は経済学を捨てた、というか改心したんだ。最初は欧米の猿まね
経済学ではいけないと言ってたようだが、焚書坑経の前には、完全に経済学の呪縛
を脱して、正しい道を歩んできた人だ。
しかも、昭和天皇の在位60周年には記念金貨発行を立案し、金の含有量を少な目
で、陛下のご威光を多めにして、結局は数千億円の税外収入を上げて財政悪化に苦
しむ日本を助けたこともあるんだ。もっとも、この金含有量に目を付けた香港マフィア
どもが完璧な偽造金貨を鋳造した物だから大変な混乱が起こったようだけど、これは
犯罪者が悪いのであって、大臣の責任じゃない。実際、その後は経済学者などという汚れた
経歴はものともせず、財務官という次官に次ぐ地位まで上り詰めた人なんだ。
さあ、最近のインフレで電車の初乗りは平成デフレの頃の150円位から1500円まで
10倍になっているが、ここで物価を元の水準に戻すように金平価を決めて、一挙にインフレ
56 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2005/06/21(火) 17:56:08 ID:7WCzaQQc
12月10日の日記
さあ、12月になって冬のボーナスが出た!!不景気で額は少ないけど、今年に
限っては嬉しいボーナスだ!!なぜだって?そんなこと、分かり切ってるじゃ
ないか(笑)1月になれば、金本位制復帰だからだよ、バンザイ!!
舞日新聞の記事を見てごらん。「下がる下がる物価。ほくそ笑むサラリーマン」
っていう特集記事がでてる♪♪♪今は1000万円しかないボーナスだけど、
一ヶ月もしないうちに物の値段が十分の一になるんだ!!こんなに使いでの
あるボーナスもないよ!!まあ、今月は我慢して、来月になったら大盤振る舞い
決定打だね。
https://x.com/i/status/2025948763848573338
ポケモンごいたっていうボードゲームが、「1日外出録ハンチョウ」とコラボしてるって広告が流れてきたけど、この漫画がどういう作品か分かってるのかな?
カイジっていう借金抱えた人間を違法に集めてギャンブルさせる作品のスピンオフで、地下の労働施設で過酷な肉体労働を強いられてやっとの思いで稼いだ月9000円の給料をハンチョウと呼ばれている男がイカサマで巻き上げて、その巻き上げた金で外の世界を遊び回る漫画なんだけど。
なんでわざわざポケモンごいたをギャンブルと紐付けようとするんだろう。コラボするならもっとクリーンで子どもに安心して見せられるものでいいのに。
すごーーーーくもったいないって思うよね
麻雀放浪記のすごいところは麻雀知らなくても面白いのはもちろん、知ってるとキャラクターの台詞の意味がわかってキャラの心情と自分の心情がリンクしてさらにさらにさらーーに面白くなっちゃうところなんだよね
その部分を消化せず永久にスルーしたまま死ぬのはもったいないお化けが出ちゃう👻
そして物語に終焉はあるけど麻雀にはない、坊や哲が自分の打った牌を見つめて「こんなところに🐱がいた」って言ってたように、牌の中で何度でも何度でも幻覚(ヒロポン中毒)に会えちゃうんだよね、これって明らかに何も知らない状態よりお🉐…ですよね?
よく麻雀放浪記で語り草になってる「大四喜字一色十枚爆弾」や「2の2の天和」あるでしょ?
あれも麻雀知らない人は「なんかすごい手」だと思ってるけど逆なんです
少なくとも一勝に生活をかけてるプロが積極的に採用する手ではないんです
それをわざわざあの場面で坊や哲はやっちゃうんです
だからドサ健はその手を見て坊や哲に対して「ちょwおもしれーやつw」ってなってるわけですね
麻雀を知って読むとこんな感じにキャラクターの心理への解像度が格段に上がっちゃうんです
で、我々読者もドサ健や坊や哲の感情とリンクするんですよ、えええ!?初手天和(2の2)!!!???って
しかもあの「初手2の2」「ゲンロク積み」「つばめ返し」の驚愕のイカサマは、なんと実際に後にタイトルホルダーになる当時新鋭の(まさにドサ健と坊や哲のような)雀士二人によって実際に打たれたもの!それもドサ健や坊や哲のように非公式戦ではなく公式戦の決勝戦で(!)
「ただでさえ面白い」のに背景を知れば知るほど「さらに」楽しめちゃう小説なんだよな〜!すげーぜ麻雀放浪記!!
同作は映画化漫画化など多数のメディアミックス展開をされていることから、
麻雀愛好家以外から知られている最も有名な麻雀のイカサマ技かと思われる。
この技は、まだ自動麻雀卓が出来る前、雀士が手積みで麻雀牌を積んでいたころの積込イカサマである。
まずコンビのうちの親が
「明日は晴れるかな?」
などと天気のことを世間話で話しをして、下家のお引きにイカサマの合図をして積込を促す。
そして親はサイコロを振って
出目を
2
2
と2回続けて2の目を出す。
そうすると親は自分が積み込んだ牌と、下家のお引きが積み込んだ牌から手配を並べることになる。
そして、その並んだ配牌は、すでにあがっている形(ツモ)だ。
この技はサイコロの出目を2→2と繋げることから二の二の天和と呼ばれるのだ。
麻雀放浪記において
なぜ二の二の天和の開始の合図は「天気」の話なのか?
登場人物出目徳は、主人公坊や哲になぜ天気の話がイカサマのトリガーであるとしたのか?
違和感無く、世間話として登場させるのに天気の話ほど自然なものはないだろう。
あくまでさりげなく合図を送らないといけないのだから目立つ言葉は駄目だ。
その自然さから、彼らの強敵であるドサ健なども全くその違和感に気付けない。
(ちなみに出目徳は2度続けてこの二の二の天和を炸裂させるという大技を使うが、
そのときの合図も天気の話である。これは流石に違和感がありまくりだったが、
そのことに気づいて坊や哲と出目徳の手さばきを積込を見ていなかったドサ健はちょっとヌルい。)
さて、天気の話である。
どうでもいい世間話に、天気の話うってつけだ。
まあ、そのとおりなのだろう。
しかし、ふと気づいた。
「雪だ」
今朝、歩いていて今年初めての雪に気づいた。
その粉雪を見て一瞬「積もるかな?」と思った。
その瞬間だ閃いた。
ああそうか、天気の合図って、もともとは「明日は雪だな」とか「雪が振り続けそうだな」とかだったのではないか?
つまり
「(雪が)積もるぞ(ツモ)、配牌の時点ですでにツモってる天和を出すぞ」
でも雪の話は雪が降らない地域だとか降りそうにないときに持ち出すのは不自然だ。
だから、そこから天気の話であれば天和の合図だ、ということになったのではないか?
雪を見た瞬間にそういうことを思いついた、というだけの話でした。
①の続き。こっちは正直「法華狼さんが何を言ってるのか」がマジで分からんので、芯食った返事ができてないと思う。あやふやです。
kotobuki_84 「どこも似た様なガバガバ会計だからColaboだけ特別にアウトというわけでは無い」的な擁護が盛り上がった時、同業者的なNPOだか団体かが複数出てきて「全然違う。一緒にするな💢」って怒られるという事件があったよね。
それが小杉沙織氏のことであれば、やがて厳格な監査への不満をもらすようになり、3月には補助金を返金しなければならない会計ミスが見つかったことを知っている。
つまり、小杉沙織氏も会計ガバガバのダメ野郎で、そういう奴が自分を棚上げして他人に石投げてて、でも因果応報で頭にブーメラン刺さりました。で、そういうダブスタ野郎だと知らず平気で尻馬に乗ってしまったのが僕という事よね。それは分かりました。知らんかった事は理由にならんし、雑な言及をしてしまいました。
「どいつもこいつも会計ミスやってるに決まっているのに、同業他社の会計ミスを論うなどけしからん。そしてそれらを暴く暇空はもっとけしからん」みたいな立場に立たなアカンって事でしょ? 無理やろ。そんなん昭和でも許されんでしょ。
いやまあ実際そういう温度感のColaboアノンは法華狼さん含めて複数いるけどさあ。先鋭化したカルトやん。単なるカルトじゃなくて、内部で疑心暗鬼やるフェーズまで先鋭化したカルト。
ただまあ、これ、意図的なイカサマと悪意の無いミスの両方の意味を持つ『不正』という表現が一番悪いんだろうと思ってる。「会計に(単なるミスとしての)不正はあった」「会計に(イカサマ的な)不正はなかった」どちらとも取れる表現になってしまう。根本的にはおそらく行政や大企業を批判するために、単なるミスだと指摘してるだけですと言い逃れしつつイカサマであるという印象を醸す様な表現としてメディアが使いだしたとかじゃないかなあとか思ってるんだけど。
「会計にミスはあったが、意図的なイカサマでは無かった」なら、基本的にそこは認めてる人は多いよね? そこから「要は都が悪い」に合流するのが一番公共に資すると思う。
で、上で書いたColaboアノンというのは、自分らの党派に不都合であればそういう都政(つまり体制)の落ち度への監視や批判すら妨げる様な、ごく一部の『公共の敵』を指してます。
3団体が事業をつづけているように、どちらかといえば監査ではアウトとは認められなかったのであって、むしろColaboが特別に厳しい立場に置かれただけというのが実態だろう。
これもよう分からん。たぶん都の支援から外れた事を言うてるんやろけど、「都は信用できないので組めない」という主張で外れたとかじゃなかったっけ?
当時の記事とかをきちんとおさらいしたわけじゃないので雑言及を重ねてごめんやけど。
kotobuki_84 「ジャップの心をへし折るために、ヤバイ兵器なのを承知で原爆ぶち込もうぜ!!!」みたいな気持ちも分からんわけでは無い。なおネトフェミは国連とかいう機動兵器を連れて来たので、覚悟のスケールでも負けてる。
普通、「気持ちも分からんわけでは無い」って、「しかしやってる事は間違ってるぞ」みたいなのに繋がる、否定ありきの表現じゃないですかね。コメント後半も暇アノンdisのつもりなんやが。これを
は、ちょっと、こう、流石に。
更に続き。
発端の「僕はずーっと言ってる」という自認が事実ではなかったことを法華狼に追及されて認めたこと。
法華狼は「暇アノン」あつかいしてきたのではなく、「ずーっと言ってる」が事実かどうか追及していたこと。
そもそも法華狼の文章を読めていない自覚があるのにデマを流されたと被害を訴えたこと。
ババァ親衛隊が物語都合過ぎてキモいぐらいしか気になる所なんてなくない?
あっ、大筋がウォーゲームの焼き直しだけど全体的に質が下がってるのはちょっと駄目だわ。
あと今になって見直すとカズマのキャラデザが趣味全開でキモく感じるなあ。
つうか親戚全体的にご都合ムーブなのも気になるっていうか、それを気にならなくするような演出が出来てないよね。
花札も意味不明っつーかせめてタダの運ゲーじゃなくて「相手がイカサマしたのを見破る」みたいな流れじゃなきゃ物語性が駄目やん。
あーまーなんだかんだ5個ぐらい文句はついちゃったけど、未来のミライの場合は20個ぐらい文句つけられそうだから全然マシじゃんね。
駄作扱いは言い過ぎだよねー。
これだけでは自慢話に聞こえるだろうから、俺の話をしようと思う。
俺は連れ子を伴った父と、初婚の母の間に生まれた。
連れ子と俺の目の前で母を殴りつけて、父は浮気相手の元に向かったのだ。
母はその件で心が壊れてしまったのだと思う。父から受け取った俺の養育費と離婚の慰謝料を、ギャンブルに注ぎ込んだ。
母は頭が良くない。当時のギャンブル、主にパチンコパチスロであるが、本気で攻略したら十分に稼げる状態であった。
俺が大人になってから調べたので後知恵ではあるが、ゾーン中の台を拾う、子役をカウントして設定を読む、クギを見て大当り中の止め打ちを行うなど、やり方はいくらでもあったらしい。
しかし、それらを一切せずに、ただ台の前に座るだけのシングルマザーに、パチンコ屋は容赦が無かった。
結果として、我が家はシングルマザーの貧困家庭へと転落、生活保護を受給する事になる。
生活保護で最低限の生活が出来るとの触れ込みではあるが、保護費からパチンコパチスロを行う事は想定されておらず、
学生服の下に着る服は穴が空き、靴下は破れている。風呂は2~3日に1回しか入らない。
小学生で水道が止まるのは一番最後という無駄な知識を得てしまった。
最も惨めだったのは、ガス屋に滞納した支払いをした時だ。
児童扶養手当が入った日に、まだ小学生低学年であった俺に「親が病気で払えなかったですごめんなさい」と謝って払いに行けと母に言われたのだ。
俺には抗する術は無かった。
必死に言われた言葉を繰り返す小学生。ガス屋のおやじは半笑いで「そうか」と言った。
誰も勉強を見てくれない。
塾や習い事もできない。
卒業まで登校せず、無理やり受験させれらた定時制高校も受からず、家に引きこもる事になった。
今思えば、これが反抗期だったのかもしれない。
俺はゲームをしたり、親のパチンコを代わりに打ったり、図書館に入り浸ったりした。
精神科に通いながら生活保護を受け、その金をパチンコに注ぎ込み、怪しい闇金に借金まで作った母が、働かないなら◯すと包丁を持って暴れ出したのだ。
とはいえ社会性皆無の引きこもりであった俺に出来る事といえば、時給750円で皿洗いをする事くらいである。
フルタイムで皿洗いをして稼いだ金は、1万を残して全て召し上げられた。なおフルタイムで働いても、健康保険も年金もかけられていなかった。
母に寄生していた俺は、母とバイト先に寄生される身分となったわけだ。
悪いことばかりでもなかった。俺も若かったのでバイト先の同僚である女子大生と付き合い、色々怒られながら学んでいった。
女性と気後れせずに話せるようになったのは、この娘のおかげである。
今では別の男性と結婚して子供をもうけているが、いくらかの親交はある。恩は生涯忘れないであろう。
バイト先を半年ほどで退職し、清掃の会社に正社員で入社する事になった。
しかし、その会社は反社の社長が仕切る手配屋のようなところだった。
朝6時から夜の12時まで現場を3つはしごして月給15万。休みは月に1~2日である。
ミスをすると殴られ、仕事が終わると開かれる賭場に参加を強制され、給料を巻き上げられる。
お前が店長をやれ、ランチと居酒屋を一人でやれと言われ体を壊す手前まで働く。
仕込みは朝7時から。片付けが終わるのは1時を回る。店の倉庫の米袋の上で寝る事もよくあった。
それでも思うように収益が上がらず、事業不振で融資を受ける事に。ついてはお前が数百万の連帯保証人になれと言われて、その職場を逃げ出した。
数ヶ月ほど印刷工場に派遣されたのち、長期の工場仕事が決まる。
俺は物覚えが悪く叱られがちではあったが、派遣先は一部上場企業の子会社である。
労働基準法違反の飲食店や反社の手配屋しか知らない俺にとって、職場環境やそこにいる社員の質は天国かと見間違うほどであった。
フライヤーの油を菜箸で跳ねてかけられたり、違法改造したガスガンで撃たれたりしない。
イカサマ麻雀で給料を召し上げられる事も無い。社長に逆らった従業員が行方不明になる事も無い。
俺は一度叱られた事をすぐ直せるほど賢くはないが、2度3度と言われたら馬鹿なりに覚えはする。
2年ほど勤めた頃には、職場で頼りにされるようになった。
職長や課長も「よう◯◯、この工程どうなってる?」と聞いてくるくらいになった。
課長と職長が推薦してくれたらしい。
真面目に勤めたなら、俺のような中卒の引きこもりでも年収400万はあるとの事だ。
嬉しかった。
30手前でこんな話が来るのか、世の中捨てたものではないと感じた。
派遣先との契約で3年満了後にはなるが、正社員として働いてくれ。
そう言われて日々仕事をしていた。
同期の派遣仲間も、かなりの割合で正社員転換されるらしく、皆がウキウキしていた。
「俺、今度結婚するんだ。彼女の腹に子供もいる」と言い出した派遣の同僚に、皆でベビーカーを贈ったりもした。
2005年11月に職探し、そこから数ヶ月で工場が決まるという話で察した人も居ると思うが、リーマン・ショックとサブプライムショックが直撃した。
2009年3月末、数万円の手当を渡されて派遣契約が満了となった。
世の中は不景気一色で、四大を出たような優秀な人がコンビニやスーパーで最低賃金付近で働いていた。
いきなり話は変わるが、俺はMMORPG内ではちょっと知られたトレーダーだった。
様々なプレイヤーから買取、換金を行う。クラメンの狩りのアイテムを全て換金する。
物を右から左に流すだけではなく、抗争中のクラン双方にPOTやスクロールを大量に流す。
イベント時に必要になると思われるアイテムを、イベント遥か前から大量に買い占め、イベントの時に高値で売りさばく。
サーバー内の友人知人から聞いた話を元に、匿名掲示板や全体チャットの雰囲気を見て先回りをする。
俺から見れば当たり前と思う事をしていただけだが、競争相手は居なかった。
BOTを使ったり複数名のパイロットが居るプレイヤーを除けば、サーバー内でも有数の金持ちだったと思う。
派遣切りされた時、もしかして現実でもトレードが出来るのではないかと考えて、手元にあった100万円ほどの貯金を使い、失業保険を貰いながら貿易と国内転売に手を出す。
あらかじめ言っておくが劇的な増え方をしたわけではない。
この商売をやってつくづく感じるのは、資本こそ力であり正義という事だ。
元手100万のトレードはほぼ肉体労働となる。手配も、折衝も、梱包や発送も、全て自分で行って事務所を借りる余裕はない。
1Kの部屋の押入れは商品で埋め尽くされ、布団は万年床と化す。
毎日の食事、光熱費や家賃、服や消耗品など、生活の全てに足を引っ張られる。
もう100万200万あれば。そう感じながら亀のような歩みで進んでいくしかない。
10年ほどかけて元手が1000万を超えた頃、ようやく小さな倉庫がついた事務所を借り、パートさんを雇用する。
自分が理不尽をされたトラウマから、1分単位で時給を払い、盆や正月には寸志も渡す。
そうしないと、明日にも居なくなってしまうかもしれない。もしくは倉庫の商品を盗まれるかもしれないという恐怖に駆られながら。
パートさんたちの名誉のために言うが、そんな事は一度もなかった。
来てくれるパートさんは結婚をして子供を持ち、家計を助けるために扶養内で働く善良な人たちだ。
元手5000万を超える頃、目をかけていた男性アルバイトが逮捕される。
2年ほどトリプルワークで働いてくれていたのだが、そろそろ1箇所に落ち着かないかと声を掛ける直前だった。
見た目は陰キャそのもの、大卒ながら30を過ぎてアルバイトを転々としている子だった。
どうも若い子が居る職場が好きらしく、そのような職場を複数掛け持ちしていた。
しかし金は必要なので、ウチのようなちょっと時給が良く好きな時間に働ける職場を探していたらしい。
手が早いわけでも、頭が良いわけでもない。ただ言われた事を黙々とこなしてくれていたので、ウチの商売とはマッチした。
別に速度はそこまで必要ではない。言われた事を言われた通りに横領せずやってくれたらそれでいい。ウチはそんな仕事だ。
このくらい有れば生活はできるだろう。
もしも事務所をまるっと任せられるくらい伸びるのなら、1000万くらい払っても構わない。
そう思っていた矢先だった。
どうやら、若い子好きが仇となった様子。バイト先の16歳の子に手を出し、親にバレて不同意性交で逮捕された。
酒を飲ませて前後不覚にした上でホテルに連れ込んだらしく、相手の16歳女性はまんざらでもない様子だが親が本気で怒って通報した。
そして事件化こそしていないものの、同様の案件を示唆するSNSやLINEの投稿も発見されているらしい。
未成年者に手を出す人物を、女性パートさんと一緒に働かせる事は不可能だ。残念だが退職してもらった。
注文処理や備品の手配は任せているが、面倒な所は全て自分でやらなくてはならない。
肉体労働は純資産1億になった今でもさほど変わらない。金にモノを言わせたければ5億10億の資金が必要だ。
元手1億程度の俺は、金に働かせて自分は遊ぶという事ができない。稼いだ金から税金を払い、経費や給料を払い、前期手元に残った金は2500万円ほど。
もうワンステップ上に行くためには5億10億の元手が必要になる。信用できるチームも必要だ。
残念ながら、俺にはどちらも無い。
気がつけば47歳。家賃3万のボロアパートで上階からギターの音と、隣からカップルのセックスの音が聞こえる環境からは脱した。
管理人が居て、共用部を週2回清掃してくれて、住人はレクサスやベンツに乗っているような高層マンションに住む事はできている。
ただ、彼女も子供も居ない。家に帰ってきては冷凍食品を食べ、風呂や歯磨きも忘れて泥のように眠る事も多い。
最近は寝ても疲れが取れない。
そもそも早ければ朝5時から海外のメール対応、夜も12時を超える事が多い。
その時57歳。そこまで生きていられるだろうか?
俺は何のためにカネを稼いでいるのだろうか。
就職した飲食店の大将や、清掃会社の社長がメンターになり得る人格者なら
俺の人生は良くなっていたのだろうか。
それとも悪くなっていたのだろうか。
よくわからない。
まず、男二人が主人公で、捕まるのは女性。これは明らかに女性差別です。 主人公が好色なイタリア人の男。これも子供の教育にはよくありません。 特に二人のあの鼻!!卑猥すぎます。 ブラザースが土管に出入りする、つまり穴兄弟です。 ピーチ姫って、ピーチですよ。オシリです。明らかに性の象徴じゃないですか!! そして敵がクリボーにノコノコ。これらはキノコに亀です。明らかに男性器を象徴しています。 ブラックパックンやパックンフラワーなんてもう・・・女性器そのままです。 ゲッソーも性器の形ですし、プクプクもまんま電動フグじゃありませんか!! ハンマーブロスですって!!まぁ!! パワーアップアイテムもそうです。キノコに花。これも男性器と女性器です。 しかも、大きくなるんですよ。勃起です勃起。子供には早すぎます。 あのスターってなんですか?よく男性の読むいかがわしい漫画で女性の乳首や性器を 隠すのに用いられるのが星マークですが、それが逃げる、マリオが追いかける、 こういった姿は見せたくないものを無理やり剥ぎ取ろうとするレイプを連想させます。あぁ、もう言い尽くせません。 マントマリオは当然女性器の俗称をもじったものですし、 しっぽマリオなんてネーミングも外見も全てがセクシャルハラスメントです。 コインを集めると1UP、これはお金さえ出せばもう一回できるということです。 コインがたくさん出るブロックなどを叩く姿などはピストン運動そのものではありませんか。 無限増殖はクローンの大量生産。倫理上とてもよくないことです。 さらに、クリアー時のお城は子宮、花火は女性の絶頂とまたは妊娠を表しています。 ドクターマリオが出てから女性の飲み物に薬物を混入する事件が増えたと思いませんか? マリオカートはレースゲームとしてイカサマ、妨害なんでもあり、どんな手を使ってでも良いゲームです。つまり、これはレイプです。 マリオゴルフは穴に入れますし、マリオテニスは男性性器をもじっています。 まさにわいせつの宝庫ですね。
喧嘩になる夢で、覚えてるのも久々だった
何かの競技があってイカサマをして勝てたけど、バレてたらしくめちゃくちゃイカつい人がでてきた
格闘技やってるらしい
結局ケンカで物事が決まるなら俺は最初からそっちていいんだけどな、と言った覚えがある
ルールはどうする?って相手が言ってきたのでなんでもいいよと答えた
始まってすぐ相手は上半身と下半身を分離して、下半身で俺の体を押さえつけて、上半身で攻撃しようとしてきた
なんとなくそうかなと思ってたので大きなビニール袋で顔だけを掴んで入れた
手元に隠してたiPhoneで顔面を殴りつけ両耳を削ぎ落としてビニール袋に水を入れて呼吸ができなくした
何度か水を入れて抜いてを繰り返すとさすがに相手もギブアップしたので一応勝ちを貰った
ただそこから不意打ちされると怖いので片腕は折った
という夢だった
結論:俺は「カードゲーマー」という人種を一人残らず徹底的に見下して楽しみかった。最初の頃のかみあそびはその願望を満足させてくれたが、段々とそうでなくなっていった。
いわゆる「ジュリ編」「チーム結成編」「大会編」とされる部分だ。
このパートでは俺がかみあそびに求めるている「カードゲーマー特有の奇行」「カードゲーマーの性格の悪さ」「カードゲームをする行為の幼さ・しょーもなさ」を見せてくれない。
たとえば、ジュリの悪行は本人の人格が原因とされてカードゲーマーであることを理由としていないのである。
もちろんカードゲーマーであっても良いことをすることも多いが、それは「カードゲーマーの善行≒悪人なりの善行」という図式を取り続けるのがこのマンガのスタンスだったはずだ。
だが、大会編においてはジュリ以外のカードゲーマーはみんなお行儀よく大会に参加しており「カードゲーマー≠悪」と基本ルールが切り替わってしまう。
そしてジュリは「カードゲーマーだから」ではなく「人間として終わっているから」という理由で悪行に手を染める。
俺は「かみあそび」を通じて「カードゲーマーって本当に最低だな!カードゲームなんて小学校で卒業して本当に良かった!いやー俺より下の人間を見下すのは楽しいな—」と気持ちよくなれていた。
でも「大会編」においてはそんな楽しみはどこにもない。
単に性格の悪い人間が痛い目を見る物語があるだけで、そんなのはSNSで日夜流れるざまぁエピソードと同じで見飽きたものだ。
むしろ、今までさんざんカードゲーマーとしてクズ行為を繰り返してきた焔が善良なる被害者ヅラしたまま称えられていることに対する強い不快感さえ覚えてしまう。
なんだよお前も痛い目にあえよ肝心な所でノーデメならお前が今までやってきたカス行為は最終的にノーカン扱いなのかよ、と。
やはり、ゲームでもマンガでもルールの根底を守るのは本当に大切なんだろうね。
「このマンガにおいてカードゲーマーは絶対的な悪として描かれております」と掲げてきたのをシレっと差し替えて「このマンガにおいて絶対的な悪はカードゲーム中にイカサマをすることです」にされるなんて。