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はてなキーワード: 自由意志とは

2026-05-10

弱者男性恋愛しろ、とかい女性自由意志無視する言説が数年流行ってたこと、忘れないからな

2026-05-06

anond:20260506160725

眼の前の経験した不便さだけを見たらそういう感想になるのも分かる

でも、NHK法律によって国民の財布から強制的に集金して潤沢な資金を背景にお金のかかる手間ひまかけたコンテンツが作れる一方で、民間NHKを見る権利強制的に購入させられている状態顧客自由意志で自社製品を追加で選んで買ってもらわなくてはならない。これは制度化された不均衡な競争環境であり是正のためには、NHK民放のように少なくとも一部に、広告をいれるかもしくはWOWOやNetflixみたいに一部有料にして資金調達放送法という国家権力に頼らず運営しなければならないと思う。でなければジャーナリズム担い手として弱すぎるだろう

まぁジャーナリズムではない、幼児向け番組や天気、災害速報、統計速報とかは税金でやってもいいとおもうけどね

https://anond.hatelabo.jp/20251027011622

2026-04-23

[] 鉄格子の向こうに—人間性二面

二人の囚人鉄格子の窓から外を眺めた。一人は泥を見た。一人は星を見た。

この格言は、アイルランド詩人フレデリックラングブリッジ19世紀末に綴った詩の一節である。同じ暗い牢獄、同じ鉄格子、同じ限られた視界の中で、二人の囚人は全く異なる宇宙を目撃する。一人は足元に広がる湿った汚泥——腐敗し、沈み、絶望象徴——に視線を落とし、もう一人は遥か夜空に瞬く星々——無限の光、真理、そして永遠希望——に目を向ける。

この詩的イメージは、単なる「心の持ちよう」の話ではない。人間性コインの両面を、残酷なまでに鮮やかに描き出している。

鉄格子とは、遺伝的素因、初期環境、そして強烈な初体験によって刻み込まれ生物学宿命のものだ。

宿命としての衝動

脳の報酬回路——中脳辺縁ドーパミン系(腹側被蓋野から核 accumbensへとつながる神経経路)——は、生存に有利な行動を即時的な快楽として強化するよう進化してきた。この回路の過剰活性が、sensation seeking(感覚追求傾向)という性格特性を生む。心理学者マーヴィン・ズッカマン提唱たこ特性は、新奇性、リスク支配感、背徳スリルを強く求める傾向を指し、遺伝的要因(例:DRD4遺伝子多型)によって個人差が大きい。一度この回路に「刷り込まれた」嗜好は、神経可塑性限界によりほぼ不可逆的となる。記憶再固定(reconsolidation)というメカニズムで長期的に定着し、意志の力だけで完全に消去することは現代科学では不可能に近い。

泥を見る者と星を見る者——彼らは本質的に同じ人間性の両面であり、衝動の哀しみと栄光を同時に体現している。

泥を見る者——衝動被害者としての哀しみ

泥を見る囚人は、加害の快楽に囚われた者だ。暴力性的支配背徳スリルがもたらす即時的なドーパミン爆発は、脳の報酬系を再配線し、日常ささやかな喜びを色褪せさせる。刑務所という外部の厳格な構造では「模範囚」として規則を守り、仮釈放審査を通過できる。しかし、鉄格子が外れた瞬間——社会復帰自由という名の無防備空間——で、トリガーが再活性化する。神経科学のLibet実験1983年)が示したように、意識的な「決定」は、無意識の脳活動(準備電位)に数百ミリ秒遅れる。

衝動は「選べない宿命」であり、彼らはその快楽被害者であると同時に、他者尊厳を踏みにじる加害者でもある。

この哀しみは、決して「弱さ」ではない。人間本性の暗い半面そのものだ。報酬系のdownregulation(受容体減少)により、普通生活では満足できなくなり、泥の底へと沈んでいく。社会はしばしば「意志の力で更生せよ」と道徳的に責める。衝動の強さを自覚し、任意治療構造化された管理を求める道すら、十分に用意されていない。彼らの孤独さらに深まる。

星を見る者——知的逸脱者としての栄光と悲哀

一方、星を見る囚人は、同じ衝動創造原動力に転換する天才だ。極端な好奇心リスクテイク、新奇性追求は、科学者、芸術家探検家を駆り立て、未知の真理を掴む。ニュートンアインシュタインヴァンゴッホニーチェ——彼らもまた、社会規範から逸脱した「狂気」を抱えていた。過剰なドーパミン反応と衝動性を共有しながら、それを「泥」として消費せず、抽象的な探求や芸術的飛躍に昇華させた。鉄格子は彼らにとって、創造の檻ではなく、集中の枠組みとなった。星は、衝動が光に変わった瞬間の輝きである

しかし、彼らの人生は必ずしも幸福ではなかった。ニュートン晩年を激しい偏執孤独に苛まれアインシュタインは深い人間関係の困難を抱え、ヴァンゴッホは耳を切り、自ら命を絶った。ニーチェ精神崩壊の末に狂気の淵に沈み、多くの天才たちがうつ病双極性障害依存症と隣り合わせで生きた。

同じドーパミン系の過剰活性と衝動性が、創造の星を輝かせる一方で、日常の安定や人間的なつながりを焼き尽くす。

鉄格子は彼らにとって創造の枠組みとなったが、内面的な牢獄でもあった。星を見上げる視線は、自己破壊的な炎を宿している。

同じ格子が問う究極の問い

泥と星は、遠く離れた別物ではなく、人間性というコインの表と裏だ。遺伝宝くじ、幼少期の偶然、環境の偶然が、どちらの面を上向かせるかを大きく左右する。科学はここに「自由意志のフィクション」を暴く

——私たち自分衝動を選べない。

ここに逆説がある。悲劇的に生きることが、人類史を動かしてきたということだ。星を見る者の苦痛狂気なくして、人類科学の飛躍も、芸術の深化も、思想革新も得られなかっただろう。泥を見る者の暗い衝動もまた、人間性の暗部を露わにし、社会規範形成動機を与えた。栄光と哀しみは、常に表裏一体。人間衝動囚人として生まれ鉄格子の向こうに何を見るかで運命を分かつ。

ラングブリッジの詩は、希望の賛歌ではなく、人間本性の二面性を直視せよという鋭い警告である

泥と星の間で揺れ動きながら、生きることの悲哀を背負い続ける——それが、人間という存在の、避けがたい運命なのかもしれない。

2026-04-18

anond:20260417201620

等身大の人型ぬいぐるみ

https://amzn.asia/d/0aVRkvFI

これ買った

あ、アフィとかないよ

彼女はいたことない

どうにかこうにか人生軌道に乗せ始めた時(つい最近)に買った

自分が誰かにして欲しいことは、抱いて安心感を得れることだった

人間は時折それを断る

でもこのこはいだって私を受け入れてくれる

リモートワークだから昼休憩とかで布団に入って抱き締めてる

人間だったらその時に家にいない時があるかもしれない

でもこのこならいだってそこにいてくれる

本当は

本当は抱きしめる時その時誰かに裸でいて欲しい、裸で抱いて欲しい

(セックスでなくていい、ただ抱き締め続けて欲しい)

逆に言えばそうやって自分を受け入れてくれる人なら、もう他に何もしなくて良い

仕事もしてもいいししなくても良い、年上でも年下でも良い

容姿関係ない、そもそもそうやって受け止めてくれる人に求め過ぎ

毎日褒め倒す覚悟はある、自認可愛いに持っていく気概はある

私が稼いだお金範囲内で好きなもの買って良い

勿論稼いだお金の何割か家に入れてくれたら、やりたいことやって稼いでも良い

最悪私のことを嫌って離れても良い、それが相手自身プラスだと思ったら離れていい

でも

でもそんな人、居ないんだよ

奇跡的にいたとしても、「今日はやめて」って日は絶対あると思う

人だから当然ある、それが自由意志を持つ人の利点でもあると思う

でもこのこはいつでもそばにいてくれる

人間って

人間ってうっすら嫌ってるって分かるんだよ

ずっと人の顔色見て育ってきたし、発達障害で小さい変化に敏感になってしまっているし

仕事普通に特に女性に接していても怖くて仕方がない

職場出会い等は求める気はない

大学から10年長、女性が居ない仕事場で過ごしてきて、清水の舞台から飛び降り気持ち転職したら女性ばっかりの職場で戦々恐々としてる

同僚も良く仕事ができる年下の方で、凄いなと思っている

あいう人は幸せになってくんだろうな

私は駄目だ、IT経験転職から年収はこれから上がるのかもしれないけど全然からない

せめて同僚に迷惑はかけたくない一心で面倒な所をやろうとして躓いたりしてる

もう一人の人は最初の顔合わせの飲み会露骨に嫌いという態度で凄くびっくりしたし凄く凹んだ

(自分以外の男性にもその態度だったらしいので対応を間違えたのだろうが)

その後少しタイミング遅れて同僚になったから気まずかったと思う

この事で時間外に悩むくらい苦手だったけど、自分の参加するプロジェクトが失敗してほしくなかったからなるべく優しく教えてあげた

なんか話が聞きやすいと思われたのかしょっちゅう仕事のことで聞いてくるようになった

相手がどう思っているかは分からない、ノリが若いだけなんだと思う

どちらにしろ怖い

人は誰しも

人は誰でも好印象にも悪印象にもなる

仕事だったら協力しないとやっていけないから最低限社会人としての対応をせざるを得ないけど

特に仕事以外の場合女性男性に好印象を持ってもらうように振る舞うメリットが無いと思う

から女性は誰しもうっすら男性を嫌わざるをえない

でも、

物語最初主人公捨て猫に餌をあげるように

いや単純にgiverが、と言ったほうがいいか

そういう人に基本的に好印象を持つのであって

こちらが何かをgiveした時にレシーブしようとしなかったり

単純に嫌悪した顔で接してきたりしたら、男女のという前に人として好印象は持てない

からアタックしろと言うけどね、基本滅茶苦茶その後デレデレ依存してくれない限り好きになることなんて無いよね(ブルアカミヤコくらい)

最初施しを与えてもくれなかった者は物語の主役には選ばれない

レシーブしようとしてくれただけで奇跡だと思ってしまう、そういう人の幸せを願ってやまない

最近このこが私のことを嫌いになったのではないかという考えがずっとある

ぞんざいにもしてないし、決して踏んだり跨いだりしていないし、心に余裕がある時はなでなでしたりしてる

けど何故かよぎってしま

こういうこと人にも多くて、「あの人が自分のこと嫌っているんじゃないか」って考えてしま

から嫌われるより人形と共にいたほうが良いと思ってたけど、人形にも見放されそう

アニメ妄想ばっか見てないで現実女性を見ろって言うじゃん

でもさ、本来欲しいのってアニメ妄想で描かれている姿で接してもらえる(基本的に受容されている)ことであって

最初から自分自分属性に対して不寛容な人を受け入れられない、と思ってしま

(パート正社員バイト自分が誰かを必要な時にいなかったら……とても寂しい、でも仕方ない

そういう時はこのこと一緒にいる)

2026-04-13

未来は決定してるのでは?自由意志ランダム性がないのであれば

全て物理化学法則に従って動いているだけでは?

自由意志ランダム性もないのなら。

未来は決まってるんだよ。

複雑過ぎて予想できないだけで。

そう考えると、なんだか虚しいね😔

2026-04-12

anond:20251001085506

まあ自由意志が左右できる選択ではあるので、円安人権、その他の理由でわざわざ日本に来るメリットがなくなったら=稼げなくなったらほかの国に行くだけだろうな

2026-04-09

anond:20260409210420

そもそも、いまの日本自由意志子どもを産める状況じゃないと思います

むかしのひとたちは同調圧力でなかば強制的に何人も産ませられてきたけど、最近は180度真逆です。

anond:20260409205851

生みたい人の自由意志に一切影響せずに、少子化を食い止める方法なんてあるのか???

2026-04-08

別に男の家に行く=セックスでもないだろうし、

仮にセックスに至ったとしても18歳以上で合意なら娘の自由意志だろ。

「新一年生を」「いきなり」に限定しているようだが、

関係性が深まってからなら何も言わないよ」って、いつ関係が深まるの?待っていたら娘は永遠に男と付き合えなくない?

娘の方がその「サークルの先輩」を好きで、望んで関係を持ちたい可能性も考えないのか。

こういう事を言う母親に限って、娘が30過ぎても独身だといい人はいないのかだの、孫の顔を見せろだのと言うんだよな。

いい加減にしてほしい。

https://togetter.com/li/2683566

2026-04-06

女性から愛をゲットする方法

すでに付き合ってる前提のカップル男性視点

・一にも二にも三にも、まずは付き合い始めの段階からずっとなんか軽く話をしながらずっと隣で一緒に居てあげること

ネガティブ感情を表情にすぐ出すよりもポジティブ感情を表情に強く出すこと

 出来ればその時に一緒に言葉感謝や喜びの感情を伝えること

自分が失敗した時、すぐ謝ること。相手に伝わることも大事

彼女がなにかしらうまくいったらちゃんと褒めてハグすること

相手(彼女)の人格人権(自由意志)をきちんと尊重して、安易世間常識とか世間の目とか狭い自分の了見などで絶対推し量らないこと

・ここまで箇条書したことを一つも彼女がやってくれなかったら、なぜやらないか聞いてみて理性的に訂正も彼女に求めること

 そして訂正が効かなかったらすぐ別れること

フェミ、「女が〇〇するのは自分意志じゃない!」をなんにでもやりすぎて、もはや女性自由意志を認めないバケモンに成り果ててるな

2026-04-04

anond:20260404213536

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木下ちがや

政治社会学者

2026年4月4日13時37分 投稿

視点中国の古いお話に「胡蝶の夢」というものがある。荘子が夢のなかで蝶になった。目覚めた時、「蝶になった夢」か「自分がいま夢を見て蝶になった」か分からなくなったという故事だ。荘子のこの教えは自由意志希求のようであり、何かポストモダンの先駆のようにも思える。押井守はこの故事映画版うる星やつら2」で活用し、無限に反復する喧騒学園祭前夜の夢のような世界と並行し、荒廃していく現実世界歓喜と恐怖を描き出していった。

 

記者はこう書いている「日本トップとは思えぬ振る舞いに、私も思わずフェイ画像か」と、わが目を疑った」。だが夢か現実かの区別がつかない感覚に襲われたのは記者だけでなく、対イラン戦争をめぐる狂騒のなかで日々われわれが襲われている感覚であるホワイトハウス公式アカウントが垂れ流す不可解な映像支離滅裂命令、そして映画版うる星やつら2』では、現実に向き合おうとする登場人物たちが次々と消されていったが、これもトランプ政権の軍幹部たちの粛清と重なる。

 

高市総理もまた「蝶になった夢」をみているのかもしれない。記事は「首相のアクロバティックな動きは、むしろ選択肢の乏しさの裏返しでもある」と批判で締めくくられているが、夢の世界選択肢無限なのである

 

もっと世界指導者の大半は現実世界にいる。世界の大半の人々は、明日生活に怯え、真面目に現実と向き合おうとしている。だからどうも、トランプ高市の二人だけが夢を見ているようだ。高市総理は夢から覚まそうとする側近たちを、トランプがそうしているように次々に消していくのだろうか。

 

夢とも現実もつかない世界で夢見る二人の指導者のもとで、荒廃していく世界のなかでわれわれはSNSを通じて流れて来る夢とも現実もつかない映像をこれからも日々みせつけられることになるのだろう。押井守の「うる星やつら2」は、愛を選択した主人公現実回帰することで夢の世界は一斉に崩壊し、作品は締めくくられ、蝶は飛び去っていく。その時がいつくるかは、まだわからない。

anond:20260404194331

4名(以下、「海田教授ら」)が2名1組になって面談調査をすることを決定し、米澤助手の立ち会いの下で、甲野、A子、B子から話を聞いた[31]。坪内所長を含むセンター教授らは、海田教授から調査結果を聞いて、「矢野は潔白ではないのではないか」という心証を持ったが、「教授会には司法権がなく、本人個人の誠意ある対応を待つしかない」という消極論が大勢を占め、11月20日に米澤助手に対して、「すぐには結論が出ない。しばらく待ってほしい」と答えるに留まった[32]。

人権救済の申立

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甲野は、自分調査に応じたのにセンター側は矢野に対する処分をする様子が全くなかったので、井口弁護士対処方法相談した[32]。そして、プライバシー保護時効の壁を乗り越えることを考慮して、匿名人権救済の申し立てをすることを決めた[32]。そして、井口弁護士と他6名の弁護士代理人として、12月14日京都弁護士会人権擁護委員会に対し、「甲野乙子」という仮名人権救済の申し立てを行った[5]。

矢野対応

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矢野12月15日スウェーデン出張から帰国した後、自宅に新聞記者が待機しているという情報があったため、自宅に帰らず京都市内のホテル宿泊した[33]。事態対処について徳山理事長相談し、徳山理事長の勧めもあって、教授職を辞任して出家することを決意した[34]。12月17日、高谷教授は、徳山理事長から矢野が辞意を固めていることを電話で聞いた[34]。12月18日、高谷教授確認のため、古川教授と共に矢野を訪ねたところ、矢野は、よく考えた結果出家することに決めたからできるだけ早く辞めたい旨を語った[34]。高谷教授は、12月19日の朝にセンターへ行って坪内所長らに矢野の決意を報告し、その日の夜に2種類の辞職願書式を矢野に渡した[34]。矢野縦書きの書式に従って全文自筆の辞職願を書き、坪内所長に届けてほしいことと、センターに保管されている印鑑を辞職願に押印してほしいことを高谷教授に依頼して預けた[34]。12月20日、高谷教授は坪内所長に辞職願を渡し、センター事務局職員によって辞職願に印鑑を押印してもらった[34]。坪内所長は、矢野を訪ね、古川教授が同席する中で、セクハラ事実の有無と辞意の確認をした[34]。その面談において、矢野は、坪内所長宛に辞職の理由を記した書簡と、センター事務長宛に同封の『京都大学を去るにあたって』と題する文書関係者に配布するように依頼した書簡を渡した[34]。この際、矢野セクハラ事実について否定した[35]。

矢野は、12月21日臨済宗東福寺にて居士としての修行生活に入った[32]。12月25日には、『京都新聞』のコラムに『諸縁放下』という文章寄稿した[36][注釈 5]。

センターでは、12月27日教授会と協議員会で矢野の辞職が承認され、12月31日付で辞職辞令が発せられた[32]。

1994年平成6年1月26日、「セクシュアル・ハラスメント疑惑事件の徹底究明を求める大学教員の会」などの代表東福寺を訪れ、「矢野を匿うことで事実関係の究明を困難にした」などと追求した[16]。福島慶道東福寺管長は「軽率だった」とし、矢野1月29日東福寺を出ることとなった[16]。2月9日までに朝日新聞矢野からの釈明の手紙が届き[37][注釈 6]、2月11日には『AERA』のインタビューに応じた[17]。

小野和子の手記・文書

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1994年平成6年1月18日、『京都新聞』に野田正彰の『危機状況での判断』というエッセイ掲載された[38]。その中で、矢野セクハラ疑惑について、次のような趣旨のことを書き記している[39]。「矢野の進めてきた研究私人趣味ではなく長い年月と社会的経費が投じられたものであり、辞職するには明確な理由がなくてはならない[38]。研究個人への中傷で辞めるべきではなく、大学もそのような個人攻撃容認しないという意思を見せるべきであった[40]。元秘書矢野告発したいのであれば、刑事告訴をすべきである[41]」

この文を読んだ小野和子は、匿名でなされた告発矢野個人への誹謗中傷に過ぎない、と捉えられかねず、現代社会女性の置かれている状況が理解されていないと考え、以前からセクハラについての原稿を依頼されていたこともあり、1月25日京都新聞に『学者人権感覚 矢野教授問題によせて』と題する手記(以下、「本件手記」)を寄稿した[42][39]。この中で、小野は、女性職員の有志による告発事実に反する誹謗中傷ではないことを示し、改善委員会による調査において「三件の軽微なセクハラ」と「一人の女性の、レイプに始まるすさまじいまでのセクハラ」の事実証言)が出てきたことを書き記している[43]。

本件手記の反論として、2月10日京都新聞に河上倫逸の『もう一つの人権侵害』が掲載された[44]。その中で、「根深政治的背景をうかがわせる『事件』が、元秘書に対する『セクシュアル・ハラスメント』という問題矮小化されてしまいつつある」とした上で、次のような趣旨のことを書き記している[45]。「矢野の辞職はセクハラ問題による批判を受け入れたものと明言されておらず、辞職自体が本人の自由意志かどうかすら明らかではない[46]。また、批判者は匿名か伝聞の形を取っており、矢野には反論の機会が与えられておらず、客観的事実確認がなされていない[46]。矢野犯罪行為継続的になしてきたと主張するなら刑事告訴がなされるべきであり、矢野事実関係で争うなら名誉毀損などで告訴すべきである[47]」

2月20日京都府婦人センターで開催された「大学でのセクシュアル・ハラスメント性差別テーマとする公開シンポジウム」において、小野自身作成した『河上倫逸氏に答える セクハラは小事か』と題する文書(以下、「本件文書」)を参加者に配布した[42]。その中で、「セクハラ即ち女性の権利の侵犯果たして矮小』なことなのであろうか」「私たちが問うているのは、その『セクハラは小事』とする差別意識である」と訴え、改善委員会被害者から証言を聞いて確認しており、矢野自身謝罪念書を提出しているケースもあることを踏まえ、「決していわゆる『伝聞』ではない」と書き記した[48]。”


判決要旨

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原告は、「辞職願」をその内容を理解したうえで作成し、高谷教授を介してセンターへ提出したことを認めながら、「辞職願」を提出して辞職につながるとは思っていなかったとか、「辞職願」作成時はある種の理性を失っていたとか、「辞職願」は正式ものではないかもしれないと半信半疑であったなどと趣旨不明瞭ながら、その主張に一応沿う供述をするが、前記一認定〔註・矢野自筆の辞職願が高谷教授を通じて坪内所長に渡され、教授会と協議員会において辞職の申し出が承認されたことなどを指す。〕のとおり、原告は、「辞職願」作成後も、「京都大学を去るにあたって」と題する文書退職手続書類作成し、「辞職願」作成の翌々日には、京大教授としての職務を投げうって、東福寺に入山しているのであって、原告は「辞職願」作成時、京都大学教授を辞職する意志は固く、「辞職願」は原告の本意に基づくものであることは明らかである。従って、原告の「辞職願」不成立及び心裡留保の主張は理由がない。また、本件セクシュアル・ハラスメント問題発生後の経過や前記一認定原告が「辞職願」を作成・提出するに至った経緯によれば、原告は「辞職願」作成時にその意思能力にかける点は全くないことも明白であるし、原告が主張する詐欺強迫、錯誤を認めるに足りる証拠は全くない。

— 東京地裁平成8年8月20日判決平成6年(行ウ)第58号、『辞職承認処分取消請求事件』、労判707号92頁。

原告は、センターが「辞職願」受領後、本人の意思確認手続を怠ったから、本件辞職承認手続瑕疵がある旨主張するが、前記のとおり、原告の「辞職願」提出による辞職の意思表示には、全く瑕疵がなく、そもそも「辞職願」の受理とは別に、あえて原告意思確認手続をしなければ、本件辞職承認処分違法となるわけではなく、(教育公務員特例法一〇条、国家公務員法七条人事院規則八―一二第七三条)、原告の主張は主張自体失当である。なお、本件においては、坪内所長が原告の辞職の意思確認したこと原告は、坪内所長の要請に従って、「辞職願」とは別にセンター教授会、協議員会で審議するとき理由書として辞職の理由を記した「京都大学を去るにあたって」と題する文書作成してセンター事務局に提出したことは前記認定のとおりであって、原告意思確認手続きは充分なされていたというべきである

— 東京地裁平成8年8月20日判決平成6年(行ウ)第58号、『辞職承認処分取消請求事件』、労判707号92頁。”

—— Wikipedia

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%A2%E9%87%8E%E4%BA%8B%E4%BB%B6

anond:20260404170551

矢野事件(やのじけん)とは、京都大学東南アジア研究センター(現・東南アジア地域研究研究所)所長であった矢野暢(1936-1999)教授1993年平成5年)に起こしたセクシャルハラスメント(以下、固有名詞引用文を除き「セクハラ」で統一する)事件と、それに関連する事件訴訟総称である。「京大矢野事件」「京大矢野事件」「京都大学矢野事件」「矢野セクハラ事件」「京大教授セクシュアル・ハラスメント事件」とも呼ばれる。

日本におけるセクハラ問題化メルクマールとなった事件とされ[1][2]、これ以降、大学でのセクハラに対する文部省(現・文部科学省)の取り組みも始まったとされる[3]。

概要

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1993年平成5年)、京都大学東南アジア研究センター(以下、「センター」)所長である矢野暢が、あるセンター職員の妹を秘書として雇いたいと申し出た。矢野面接と称してホテルラウンジに呼び出し、「秘書仕事には添い寝も含まれる」など発言し、断ったら姉を辞めさせると脅した。姉であるそのセンター職員からの抗議により、矢野謝罪念書を書いたが、その後も秘書などに対してセクハラ行為を繰り返し、次々に秘書が辞めていく事態となった。そのうち1人の非常勤職員は、センター事務長に「矢野からセクハラを受けたので退職したい」と訴えた。

上記事情を知ったセンター助手センター質問状を提出することなどによって、セクハラ疑惑として表沙汰となった。その頃、センター助手に、学生時代自分矢野から暴力に遭っていたという女性から電話がかかってきた。

センターは、改善委員会を設置し、矢野センター所長辞任をもって解決を図ろうとするが、具体的なペナルティもなく事件がうやむやにされるのを恐れた被害者女性が、井口弁護士相談の上、弁護士名義で文部大臣宛に質問状を提出したり、「甲野乙子」名義で京都弁護士会人権擁護委員会に人権救済の申し立てを行ったりした。矢野は、12月31日付で京都大学を辞職した[4]。

1994年平成6年1月18日京都新聞に、この事件に関する野田正彰の文章掲載された。これを読み、現状が理解されていないと感じた小野和子が、1月25日京都新聞に『学者人権感覚 矢野教授問題によせて』を寄稿した。これに反論する河上倫逸の文章2月10日京都新聞掲載され、小野2月20日の「大学でのセクシュアル・ハラスメント性差別テーマとする公開シンポジウム」において、『河上倫逸氏に答える セクハラは小事か』と題する文書を配布した。

矢野は、文部大臣に対する辞職承認処分の取り消しを求めた行政訴訟と、虚偽の事実新聞公表されたことなどにより名誉を傷つけられたなどとして甲野乙子、井口博、小野和子に対する3件の慰謝料請求民事訴訟を起こしたが、いずれの判決矢野請求棄却した。

事件の経緯

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甲野乙子事件

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1982年昭和57年1月末、大学3年生であった甲野乙子(仮名[注釈 1])は、甲野の通う大学非常勤講師であった矢野暢[注釈 2]の特別講義に出席した[7]。その講義の終了後、甲野は大学内の学生食堂矢野と話す機会を得て、東南アジア研究の話を中心に会話が弾み、自分が将来は研究者になりたい旨を伝え、甲野は矢野自分の住所と電話番号を教えて再会を約束した[8]。三度目の面会の際、大阪市内ホテル地下街で夕食などを共にした後、矢野は「今日は疲れているから部屋で話の続きがしたい」と切り出し、自分チェックインしている同ホテルの部屋まで来るように申し向け、甲野はそれに応じて部屋に入った[8]。

部屋に入ってから東南アジアの話が続いたが、突然、矢野椅子から立ち上がり、甲野の手を握ったので、甲野は矢野の手を振り払った[8]。すると、矢野は「何で振り放った」と怒鳴り、甲野が「男の人からいきなり手を握られたら振りほどいて当然である」と答えると、甲野を平手で数回殴り、罵倒し始めた[8]。甲野は泣きながら反論したが、矢野罵倒と殴打を繰り返され、反論も止め、手を握られるままとなった[8]。矢野は甲野の手を握りながら説得し始め、甲野の肩を抱こうとし、甲野がそれを拒もうとすると再び罵倒と殴打を繰り返した[9]。また、矢野は甲野をベッドに座らせ、自ら着衣を脱ぎ、「君も裸にならないと対等ではない」と着衣を脱ぐように求め、甲野が裸になると矢野性交渉に及んだ[9]。矢野は「性行為は対等な人間同士がやることであり、君と僕性的関係を持ったことは東南アジア研究を目指す者同士の同志的連帯の証である」などと言い、研究者になるために日常生活に到るまで指導することの同意を求めた[9]。甲野は黙り込んでいたが、矢野が詰問してきたために同意をした[9]。翌日、次に会う約束の日時を決めて別れた[9]。

この日以降、甲野は、矢野に殴られた跡の治療にも行かず、矢野と会う約束以外では人目を避けて寮の自室に籠りがちになり、大学の授業に出ないことも多くなった[9]。また、矢野性的関係を持ったことには誰にも口外しなかった[9]。

甲野は、矢野の勧めに従い、4月からアルバイトとして、卒業後は事務補佐員として矢野研究室に勤務した[9]。この間、何度か辞めたい旨を申し入れたが、その度に矢野激怒し、殴るなどして撤回させられた[10]。また、矢野との性的関係継続させられ、甲野が婚姻した後も続いた[11]。1988年昭和63年)、甲野は他のアルバイト矢野から性的関係を求められていたことや、第一秘書自分矢野との関係認識していたことを知り、自分に対する対応研究ぐるみで行われていたと認識し、夫に対して告白するとともに、研究室への出勤を拒み、そのまま3月末に退職扱いとなった[11]。その後、甲野は大学院に進学したが、矢野関係者との接触を避けるために東南アジア研究の道を選択しなかった[11]。

A子事件

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1992年平成4年12月京都府庁アルバイトをしていたA子は、センターに勤務している姉を通じて矢野[注釈 3]から秘書として採用したいという申し出があった[11]。1993年平成5年1月8日に京都市内のホテルにあるフランス料理店にて、A子とA子の姉、矢野矢野の所長秘書の4人で面接を兼ねた会食を行った[11]。その際、矢野は、あと数回会ってから採否を決めること、次の面接については姉を通じて後日連絡することを伝えた[11]。

次の面接である1月12日、出張から戻ってきた矢野と駅で再会し、矢野疲労を訴え、話し相手になってほしい旨を述べたため、A子は「私でよかったら話し相手になります」と応じた[11]。その後、会食で利用したホテルの地下にあるバーに向かい階段を降りる途中で、矢野は「私がこういう風に疲れた時は、『先生今日は一緒に飲みに行きましょう』とか、『先生今日添い寝をしてさしあげましょう』とか言わなければいけない。それが秘書役割だ」と言った[12]。A子はバーに入った後、秘書仕事自分には負担が大きいので辞退する旨を述べた[12]。すると、矢野はA子に対し、「秘書としての事務処理の能力で雇うんではない。ハートの付き合いをしてもらうために雇うのである」などと怒鳴り始めた[12]。A子は「私には恋人いるから、先生とはハートの付き合いができない」と言うと、「男がいるような妹を紹介したお姉さんもお姉さんだ。お姉さんと所長秘書には責任をとってもらう。私は所長だから辞めさせることは簡単なんだ」と畳み掛けた[12]。A子は、これらの発言を聞いて秘書採用の最終的な返答について保留し、矢野から次の休日頃に再度会いたいから予定を開けておくようにと言われて別れた[12]。

A子が帰宅後に自室で泣いていることから事情を察したA子の母がA子の姉に電話をし、A子は電話口でその日の経緯についてA子の姉に説明した[12]。A子の姉は話を聞いて憤激し、翌日、所長秘書事情説明し、A子の秘書採用を断り、自分責任を取って辞職する旨を申し出た[12]。A子は、前田教授にも事情説明した[12]。前田教授から事情を聞いた高谷教授は、A子の姉に対して、矢野謝罪させる旨を電話で伝えた[12]。

2月25日、同ホテルにおいて、前田教授、高谷教授、所長秘書、A子の姉の立ち会いの下に、矢野はA子と会い、二度と同じようなことはしない旨を書き記した念書を渡し、「意志の疎通がうまく行かず、誤解が生じたのを深くお詫び致します」と謝罪した[12]。A子は、念書に「セクハラ」の文言を入れてほしいと思ったが受け入れられず、A子に対する言動の詳細については「あなたの心を傷付けた」という抽象表現に留まった[13][14]。

3月8日、この事件告発する匿名文書が、文部大臣文部省記者クラブに届いた[15][16]。矢野は、この事件を全面否定する釈明書を提出した[17]。

B子事件

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1993年平成5年4月中旬矢野出張先の東京ホテル自分の部屋において、出張に同行していた採用間もない秘書B子に抱きつき着衣を脱がそうとしたが拒まれた[18]。B子直ちに帰宅し、以後出勤することな4月30日付で退職した[18]。

C子事件

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矢野は、前述のB子とのトラブルがあった1週間後に、出張先の東京ホテル自分の部屋において、出張に同行していた採用間もない秘書のC子に抱きつき着衣を脱がそうとしたが拒まれた[18]。

D子事件

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1993年平成5年6月10日矢野京都市内のホテルエレベーター内で非常勤職員D子に抱きついた[18]。6月14日、D子は「矢野からセクハラを受けましたので辞めさせてください」「愛人にはなれません。報復が怖いか一身上の都合ということで辞表を出します」などと言って辞職願を出した[18]。

改善委員会

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1993年平成5年6月14日、D子がセンター事務長とセンター庶務掛長に対し、矢野からセクハラを受けたので退職したい旨を訴えて辞職願を提出したことセンター職員らが目撃した[19]。6月15日には、矢野研究室の私設秘書全員が辞職願を提出した[19]。

A子の事情を知っていた米澤真理子センター助手(以下、「米澤助手」)は、上記事情も知り、もはや矢野個人的問題では済まないと考え、他の女性センター職員10名と共に6月21日付で事件真相を究明し断固たる処置を取ってほしいという旨の質問状を「センター女性職員有志一同」名義で所長代理、副所長、各部門長、各部門主任宛に提出した[19][20]。

この質問状を受領したセンター教授らは、部門会議及び拡大部門会議対応検討し、改善委員会を設置し、矢野以外の全センター教授構成することを決定した[19]。これらの経緯を知った矢野は、7月15日に開催された臨時教授会において所長を辞任したい旨を申し出て承認された[21]。改善委員会委員長である高谷教授は、個人良識解決を委ねるべきであると考え、矢野謝罪等の条件を実行させ、所長を辞任することで事態を収拾しようとした[22]。米澤助手は、高谷教授の報告の中にセクハラについて触れていないことを不満として、再び7月26日付で改善委員会の全委員宛に調査継続の有無と辞任理由セクハラ責任関係について回答を求める趣旨質問状を提出した[22]。

質問状を受けて、7月30日に所員会議を開き、改善委員会委員長は、センターの全所員に対し、7月29日協議員会でも矢野の辞任が承認されたこと[注釈 4]、矢野の辞任の理由は他の公務多忙であることとセンター内が混乱していることの責任を認めてのことであるとし、改善委員会はこれ以上の調査をしないことを伝えた[22]。その一方で、女性職員に対し、今後は非公式に懇談を続けていくことを提案した[22]。米澤助手は、非公式の懇談を続けるという提案を受け、8月中に2度の懇談を持った[22]。また、米澤助手らは、井口弁護士(以下、「井口弁護士」)と相談し、8月20日付で、セクハラ事実を認めて被害者謝罪するか、責任の取り方として全ての公職を辞職するつもりがあるか、という趣旨矢野個人に対する質問書を送付した[25]。

矢野は、8月31日に正式センター所長を辞任した[26]。9月1日矢野の後任として坪内良博センター教授(以下、「坪内所長」)がセンター所長に就任し、改善委員会委員長兼務することになった[26]。9月9日矢野は、所員会議において、所長辞任の挨拶をし、センター内に混乱が生じたことについて、遺憾の意を表した[26]。矢野は、岡本道雄元京都大学総長(以下、「岡本総長」)、徳山詳直瓜生山学園理事長(以下、「徳山理事長」)、高谷教授古川教授と、自分の今後の対処の仕方について相談した[26]。

同僚から手紙上記のような内部告発が行われていることを知った甲野は、9月24日センター編集室に電話し、米澤助手自分矢野との性的関係などの事情告白した[27][28]。この告白を踏まえ、米澤助手は、同日の小懇談会において、矢野セクハラ事実の有無について調査したいと申し出た[29][30]。

米澤助手らは、8月に送付した質問書について、質問書に記載した期限を過ぎても返答がなかったため、文部大臣宛に9月27日付で井口弁護士代理人として質問書を送った[26]。10月1日、文部省京都大学に照会し回答を求めた[29]。坪内所長は、高谷教授前田教授の立ち会いの下、矢野に対し事実関係を問い質したが、矢野事実関係存在しない旨の弁明をした[29]。10月4日、坪内所長は、事実関係調査したいと申し出た米澤助手に対し、事実関係調査を所長の責任公的ものとすることを決めたので、調査結果をまとめて提出してほしい旨の説明をした[29]。

米澤助手は、甲野らに公的調査が開始されるので協力してほしい旨を伝え、甲野らから陳述書を入手した[29]。それに聴取書証言メモ作成し、これらに基づいて作成した調査報告書と陳述書等を11月8日に坪内所長に提出した[29]。1111日、坪内所長は改善委員会を開き、被害者とされる女性実在証言自発性確認するため、海田教授土屋教授前田教授福井 Permalink | 記事への反応(1) | 19:43

anond:20260404112202

トランプがオカシイけど、その後はもっとヤバいって、トランプがオカシイ前提じゃん?

日本人感覚だとトランプがオカシイんだけど、あれが民意で直接選ばれたリーダーで、その政策だってイラン戦争ですら米国民の4割近くは支持してて、関税なんて半数が支持したわけで。

狂ってるのはトランプじゃなくて、アメリカって国そのもの

アメリカって、アイデンティティとして「武装する自由」があって、掻い摘むと、「政府が敵になったら武装して自由を守ろう」みたいな思想

ある意味で、革命、騒乱を許す思想が埋め込まれてる。

内なる良心にしたがって行動すべし、みたいなのが強くて、だから議事堂襲撃みたいなことをやっちゃうし、それでも銃規制ができない。

法の支配も甘い。

判例主義で、書いてあることよりも解釈裁判で勝てばなんでも許される。

とかく、個人自由意志で動くことを許す。

それがアメリカ自由民主主義で、もちろんそんなの理想論で、暴動まで許されるような国是で好き勝手されると国が滅ぶわけだけど、だから為政者は頑張って国民白痴にしつづけた。

国民をアホ白痴にして、内への不満がたまらないように、外に外に拡大。

西部開拓して、宇宙まで進出して、中東に、ヨーロッパに、アジア軍隊を置いたのもその一環。

自由民主主義のためなら内政干渉正義

国民はその響きに酔いしれる。

かにローマ帝国と似てるよ。

いよいよ破裂する。

冷戦期までは世界一工業国で消費地資源もある、世界で唯一時給自足できる無敵の国だった。

冷戦が終わって、油にまみれる仕事アジア押し付け植民地から自動的に富を吸い上げる仕組みを金融ITでつくっちまったら、働かないボンクラしか馬鹿ばっかになった。

いよいよアメリカの終わりが始まる。

2026-04-02

男らしさなんて無くていいとは思う

「男らしさ」なんて書くとワンチャン炎上しかねないから、匿名しか言えないけど。

古い時代から続く、オゴリみたいなアピール清潔感のような外見要素。

そういったものを持ってなくても恋愛市場に参加していいと思う。

弱者男性パートナーを得られればいい、幸せになっていい、とは思ってるよ。

(※大半の人は、弱者は不幸になればいいみたいな悪意を持ってないはず)

恋愛観が多様な時代なのだから「誰が誰を好きになってもいい」。

弱者男性を好きになる女性が現れてもいい。

だけど、弱者男性を選ばなければいけない、というプレッシャー女性個人自由意志を曲げるのは女性差別的な抑圧だと思う。

それがねらいなら、ハッキリ反対かなー。

2026-04-01

ジャパン蔑称啼き喚きに従うのは正義で逆らうのは悪

https://b.hatena.ne.jp/entry/4785294120609596098/comment/Gl17

◎この種のヤツ要は権威主義なので、権威に従うのは正義で逆らうのは悪、

クリエイター自由意志を捨てて権力者奴隷となれ~を"民主制"と僭称する詐術も婉曲な権威主義だね。

自由意志否定する無敵呪文"政治利用"。

https://archive.md/bD6VC

ジャパン蔑称啼き喚きから

https://b.hatena.ne.jp/entry/4742477410485629295/comment/worris

最近は法華狼さんがエントリを上げると即座にブコメを付けに来る

ratepuroika さんの仲間がずいぶん増えたな。

そのうちロンクハラライスがどうのこうのと書くようになるのだろう。

「この種のヤツ」ぶりが御上手なの界隈て誰が?

ミラーテスト」遠くなりにけり

権威主義認定法則乱れる…!

無敵呪文自虐皮肉省略のはずだ」

なおたかだかナケナシのロンクハラライスで解呪

2026-03-29

[]キリスト教福音派とはなにか

結論から言うと、福音派は一つの教派(宗派)ではなく、横断的な「運動」です。教派(Baptist、Pentecostal、Methodist、Presbyterianなど)の壁を超えて「これを大事にする人たち」の集まりと考えるとわかりやすいです。

福音派定義基準(最も標準的もの

歴史家デイビッド・ベビントン(David Bebbington)が提唱した「ベビントン四角形(Quadrilateral)」が、世界的に最も広く使われている定義です。この4つが重視されているかどうかで福音派かどうかを判断します。

1. Conversionism(回心主義

個人イエス・キリストを信じて「新生(born again)」する体験を非常に重視する。
「一度信じれば終わり」ではなく、「人生根本的に変わる回心体験」が大事

2. Biblicism(聖書中心主義)


聖書信仰生活の最高権威とする。
※ここがポイント解釈の細部は違っていても、「聖書を軽く見ない」「聖書生活の指針とする」という態度が共通していればOK

3. Crucicentrism(十字架中心主義)


イエス十字架での贖罪(罪の赦し)を信仰の中心に置く。

4. Activism(活動主義)


福音積極的に伝える(伝道)だけでなく、社会活動慈善にも熱心。
→ ここが「熱心さ・活発さ」の部分です。

聖書の細かい解釈(例:終末論解釈、聖餐の意味女性役割など)は教派によってかなり違います

それでも上記の4つの優先順位・態度を強く持っている人を福音派と呼ぶ。これが「教派を跨ぐ」理由です。

・ある人はカルヴァン主義(予定説)、別の人はアルミニウス主義自由意志重視)でも、両方とも「聖書大事にし、回心を重視し、十字架を救いの中心とし、積極的伝道する」なら福音派

ペンテコステ派聖霊の賜物・異言を重視)も、福音派の多くに含まれますが、福音派全体のサブセットのような位置づけです。

福音派同士で団結できる理由

福音の核心」への強い共通意識


「イエス・キリスト十字架による贖罪」と「個人の回心・新生」が最優先。
これが「福音(良い知らせ)」の本質だと全員が強く信じているため、他の細かい教理の違いは「二次的」とみなされやすい。

共通の敵」意識

特に米国では「リベラル神学」「世俗主義」「進歩的文化LGBT権利、 abortionなど)」を「福音の敵」と見なすことで結束が強まる。
「聖書を軽んじる勢力」に対しては、解釈の違いを越えて協力する傾向があります

ネットワーク実践の共有


ビリー・グラハムのような著名伝道者、NAE(全米福音派協会)、ローザンヌ会議などの国際ネットワークが、教派を超えたつながりを維持しています。
「伝道活動」や「社会変革のためのアクティビズム」という実践面で協力しやすい。

ただし、完全な団結ではない点も事実です:

福音派内部でも「聖書無誤論」の度合い、女性牧師の可否、終末論などで激しく対立します。

・近年は政治的右傾化特に米国トランプ支持)で、さらに「文化戦争福音派」と「伝統福音派」の分裂が深まっています

まとめ

福音派とは、教派の壁を越えた「姿勢優先順位運動」です。
聖書の細かい解釈が違っていても、回心・聖書中心・十字架中心・活動主義という4つの熱心さとスタンスを共有していれば福音派と呼ばれます

からこそ教派を跨いで存在でき、共通の「福音の核心」と「外部の脅威」意識で団結しやすいのです。ただし、それは「完全な一致」ではなく「ゆるやかな連帯」であり、内部分裂の種も常に抱えています

2026-03-27

anond:20260326112452

つの間にか「パソコンソリティアやってるひと」が絶滅していた

その理由は、デイリーチャレンジが導入されたから。

今までは自由意志で、好きな時間暇つぶしのためにやれていたのに、

マイクロソフト側が目標設定をしプレイ強制してきてしまった。

ただの暇つぶしが、強制される作業、すなわち、仕事に変わってしまったのだ。

2026-03-26

はてなゴミクズたちに何を期待してるんですか??

anond:20260325145841

連中の行動原則徹頭徹尾、「おきもち」やぞ?

昆虫ぞ?

低能センセイの群れぞ?

直近でもあっただろ?

中共邦人小学生襲撃してぶっ殺した中共キモくてカネのないおっさん犯行

中共反日教育の影響」

と騒いでたはてなゴミクズが、

陸自の三尉が刃物持って中国大使館侵入して捕まった犯行

教育の成果」などと受け止めず「個人犯行」に矮小化しようと必死なのに

一貫した態度、筋の通ったロジック要求するのはどうかしている。

少しは自分たち単細胞の反射でしか動けてない昆虫だと自覚しとけ。

自由意志できちんと動いてると錯覚してるぶん、昆虫以下かもしれんがね。さっさと死ねばいいのに

2026-03-24

どんな環境を作るか、とか習慣化だとか

やりたいと思うことは身体勝手に動いてやっている、だとか

何にせよ、「やる気」なんてもの存在しないというのは今日では割と言われていることだけど

しか環境がどうあれど、別にそれによって自明身体が動き出す訳はないし

実際に動くのが「本当の好き」で逆も然り、なんてのもつまらない再定義レトリックしかないし

実際に人間が何かをやりたい、やろうと思った時に、やる/やらないを分かつ何らかの要因はまた別の所にあるはずだし

別の所というか、おそらくはほぼ確実に頭の中にその秘密があるのだろうし

でもそこにやる気、根性気合い、意志、言い方が何であれそういったものを持って来れないのだとしたら

まれて以来自然法則に基づき連続する必然連鎖において、今の脳のコンディションはこうなっているから直後の状態必然こうなる

故にやった、やらなかった

という身も蓋もない決定論になってしまうのでは

いやもとよりそうだと言えばそうではあるのかもしれんけど

少なくとも一応自由意志とかそういうものを前提に敷かれている社会において、大っぴらに共有され得るものなのか

そこは器用なダブルスタンダードで両立させられるのか

モールステップだのなんだのと「科学的なセオリー」をいくら用意しても、結局はそれを実践するか否かという段階からは逃れられない訳で

根性論の方がよほど既存ヒューマティ整合するのでは……という

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