はてなキーワード: 地形図とは
anond:20260201092625 の文字数制限にひっかかっていたことに気がついたので分割した。
自動車ナビ専用アプリ (徒歩ルートもない) ということもあり、かなりすっきりした地図。最大ズームにしても一戸建て住宅は基本的に表示されない仕様になっている。
利用者が地図をつくるシステムになっているため、田舎では自分で地図を編集する覚悟で使用することになる。都会・田舎にかかわらずGoogle (後述のとおり関連会社のため) に情報を送信してよいのであれば、知っている道こそアプリを起動した状態で走行し、地図の誤りがあれば編集に参加してほしい。
駐車場所の保存は写真つきにできる。位置情報を取得しづらい地下駐車場ではとくに便利。
制限速度やスピード取り締まりを地図編集でいれることができ、ルート案内の有無にかかわらず警告してくれる。
案内音声はデフォルトでは音声合成 (サヤカ = 一時期Googleの読み上げでつかわれていたのとおなじ音声) だが、道路名や交差点名などの読み上げがなくてもいいなら人間の音声 (はるか) による案内もできる。人間の音声はけっこうよく、海外製アプリにしてはかなりききとりやすい音声で案内してくれる。また、Apple マップと同様、スマホの音量設定にかかわらず、常にWaze側で設定した音量で音声が再生される (つまりスマホ側の音量が0でも100でも案内時は固定音量) 。CarPlay対応カーナビをもっておらず、スマホ単独で使用している場合には案内音声の明瞭度がけっこう重要な点だったりするので、この点も意識してえらんでほしい。
あと、完全に知っている道ならばあえて知らない言語に設定してみるのもたのしいかも...?
※ "Including street names" "道路名読み上げ" と表示されているものは音声合成、その他は人間が録音した音声になる、
またナビゲーションアプリとしてはおそらく唯一、自分で音声を録音することもできる。録音項目数はおおいけど、録音しなかった音声は標準音声 (はるか) で案内可能なので無理に全部録音する必要はない。
あと、ラジオ・ポッドキャスト・オーディオブックを再生している場合、案内音声のタイミングで再生を続行するか一時停止するかを設定でえらべる。音声同士はかぶらないようにしてほしい派とずっと再生しておきたい派のどちらにも対応できるのはありがたい。Apple マップだと強制的に一時停止されるが、ほかは未確認 (自動車はもっていないが徒歩ナビがあるアプリは確認してもよかったかもしれない) 。
WazeはGoogle関連会社のため、検索でWaze独自のデータにヒットしなかった場合は自動的にGoogle Mapsのデータを検索する。そのため、検索してもみつからないという問題は (Googleに登録されているかぎりは) おこらないので安心してほしい。また、Wazeで事故や道路工事を報告した場合、Google Mapsにも反映される (ただし地図データはことなるため報告場所のピンの位置がわずかにずれることはある) 。
車両種別は "Private" (自家用車) "Taxi" (タクシー) "Motorcycle" (オートバイ) から選択できる。というかWazeでオートバイルートを選択できるならGoogle Mapsでも選択できてもいいとおもうのだが...。
地図の配色は2種類から選択できる (昔はもっとあったのだが...) 。"マップエディタ" に設定すると、道路種別により色がかわる。
なお、ナビゲーションをしていない状態でも、バックグラウンドで動作する。運転を終了後一定距離歩く、運転していない状態で一定時間経過する、メニューからスリープを選択する、のいずれかで停止する。
※ 車を降りる前に停止すると駐車位置が保存されないので注意。
もともとはドコモ地図ナビだったのだが、ドコモのサービス見直しによりゼンリンの単独運営にきりかわった。これによりドコモユーザー以外でも使用可能になった。
ナビゲーション機能を使用するのは有料契約が必要。住宅地図を除く地図を閲覧するだけなら契約は必要ない。
地図の種類はたくさんあるが、"徒歩地図" は "駅の出入り口やバス停などをより見やすくした地図" と書いてあるわりにはけっこう拡大しないとバス停が表示されないというのはちょっとなー...。もうすこし広域の地図でもバス停を表示してくれたらいいが。ゼンリンベースの地図同士でくらべても、Yahoo!のほうが見やすいかな...。
ナビゲーションの案内音パターン (チャイムのこと) は3種類から選択できるが、海外製は無音のやつもおおいから無音を選択できてもよかったのではという気もするが。
アイシンのNAVIeliteとトヨタのTCスマホナビの後続。
地図がトヨタ製のため、運転時に便利なランドマークが優先的に3D化されているほか、画面下側にあるほど建物がうすくなるようになっている。
このアプリでナビゲーションする以外に、リモコンとして使用して、トヨタのカーナビ or NaviCon対応カーナビに目的地を送信することもできる。
VICSの渋滞情報はデフォルトで渋滞なしも表示されるが、渋滞なしを非表示にして、混雑・渋滞のみを表示する設定にもできる。
トヨタ (アイシン) のナビは社外ナビでもかつて採用していたというメーカーが多数あり、人によっては聞き馴染みのある音声で案内してくれる (徒歩ルートはバイブレーションのみ対応なので車ルートで設定する必要がある) 。
アプリ内ヘルプページによると、ナビゲーション中の "○○県に入りました" という音声もあるとのこと。
ナビゲーション機能は有料。
ベースとなる地図はゼンリンなのに建物の形やスポット情報はOpenStreetMapという変わり種。
そのため、地図を一定以上拡大するとアイコン (とくに駐車場) がやたらと表示されるため少々見づらい。ある程度広域にしたほうがよいだろう。
※ ランドマーク表示設定でオープン駐車場をオフにすればかなり緩和されるが、ほかの駐車場も消えるので一長一短。
あと、日本語翻訳が不自然。案内音声にも影響しているので、英語ができるなら音声だけでも英語にしたほうがつかいやすいだろう。
HUD機能が最大の特徴で、ルート案内中にメニューからHUDモードをオン、フロントガラスのちかくにセットすると、目線をそらさなくても窓に反射する文字で曲がる地点までの距離を確認できるというもの。
※ エアバッグやセンサーなどをふさぐような設置はしないように注意。
最近のスマートフォンで増えてきたOLEDディスプレイと相性がよいとおもわれる。(LCDとはことなり黒は完全に発光しないため明るさを最大にしても黒い部分の発光が気にならない)
次世代のCarPlay (計器類もふくめてCarPlay対応になるもの) は通常のCarPlayとはことなり車両自体の対応が必要なので、そのような車両が普及するまではHUDが便利な機能になりうるとおもう。
そのほか、SmartCam (ドライブレコーダーで録画しながらその映像を使用してナビゲーション) なんて機能もある。一石二鳥。ただしカメラ常時動作はまちがいなくバッテリーを消費するのでご注意。
そのほか、海外製カーナビではめずらしいルートシミュレーション機能がある ("プレビュー" という名前) 。
ルートサイドのガソリンスタンドと金額を自動表示する機能もある (オフにもできる) 。
一方通行の道路を走行中に逆走車がいると通知する機能はあるが、日本には対応していない ("この機能は現在の国ではご利用いただけません" と表示される) 。日本にこそ必要な機能な気がするのだが。VICSと提携してほしいな。
逆走はどのくらい危険? → もしマリオカート64をもっている、もしくはNintendo Switch Online + 追加パックに加入しているのであれば、マリオカート64のマリオGPをひととおりクリアすると出現する "おまけ" レベルで "キノピオハイウェイ" を走行してみてほしい。すべての車が逆走した状態でせまってくる。自分の車のスピードに相手の車のスピードが加算されるので、非常に危険。もし現実で逆走車情報を見聞きした場合、車間距離をじゅうぶんにとって、左右によけられる状態にしよう。
スマホアプリは、起動していきなり現在地の住所と最寄りの鉄道駅が画面下側に表示されるのが最大の特徴。
あと、スマホアプリの文字サイズは端末設定に連動でも大中小の選択でもなく、1倍・1.25倍・1.5倍・2倍というかわった調整方法になっている。
デフォルトの地図が住所ごとの色分けという、ちょっと昔の国産地図によくある配色になっている。
地図表示は無料だと "デフォルト" "円キョリ" "地形図" "防災マップ" "方位" が選択可能。方位はことしの恵方が強調表示される、いわゆる恵方コンパスとなる。
有料登録すると、"境界線マップ" "ひらがなマップ" "通り名マップ" "到達円マップ" が追加で選択可能になる。月額課金のほか広告再生で5分間だけ有料機能を使用することもできる (回数制限は不明だが繰り返し広告再生はできた) 。自分みたいに使用頻度がすくなめの人にとっては5分10分だけ使用したいというケースがおおいので、広告再生で一時開放は非常にありがたい。
"境界線マップ" は前述のYahoo!マップの住所地図とほぼおなじで、住所ごとの境界線が表示される。
"通り名マップ" はApple マップのドライブ地図・Yahoo!マップの交通状況・自動車用アプリ (WazeやmoviLinkなど) のように、道路番号や道路名を優先表示するもの。
"到達圏マップ" は現在地から徒歩○○分 (デフォルトは10分) で移動できる目安範囲を表示するもの。Apple WatchのApple マップにも似たような機能がある (iPhoneにはない) が、Appleは円キョリみたいにただの円が表示されるのに対して、マピオンは道路にそっての表示になるので、精度がより高い。
電車やバスのルート案内がメインであり、起動時の画面が経路検索になっている。地図はおまけ機能だろう。なお、地図をデフォルトにすることもできるが、Appleのように前回使用時の画面をデフォルトにする設定が望まれるところ。
ルート検索は交通機関と徒歩は無料だが、自動車のみ有料という特殊な課金スタイルになっている。
地図は操作性があまりよくない。まず、日本製サービスによくある中心点が表示されるシステムだが、ノースアップ (北を上) にしていても現在地の点の位置と中心点の位置があわない。ヘディングアップ (進行方向を上) ならまだわかるが...。
そして、任意の場所に目的地を設定したいときも、スポット名をタップしても何も反応がない。地図を長押ししても反応がない。目的地を手入力する画面で "地図から選択" もない。答えは、地図をスクロールして中心点をあわせてから、その中心点をタップ。なんて仕様だ...。スクロールで自動的に目的地に設定ボタンを表示するような仕様にしてくれればまだましなのだが...。
同じメーカーが開発した天気アプリもウェブの寄せ集め系 (設定をふくむ全ての画面でロードが発生するうえにiOSでは位置情報取得に毎回許可操作が必要) だからなのか、表示に時間がかかる。
アプリ版は現在はない (昔はあった) が、かつてグループ会社だったパイオニアがCOCCHiというアプリ (後述) を提供しているのでいらないという判断がされた可能性もありそう。
さまざまな地図サービスのベース地図となっている、ジオテクノロジーズが直接提供しているもの。
地図表示は "印刷用" "RPG風" "古地図風" といった変わり種も選択できる。 "RPG風" "古地図風" は名前のとおりだが、"印刷用" というのは地図表示が白黒になり、モノクロ印刷に適した表示になる。
現在 "お絵描きマップ" がベータ版として提供されており、地図上に手書きしてそのまま印刷、というのもよいだろう。
ルート検索は条件設定も多数あるが、経由地の滞在時間を設定する機能もある (渋滞考慮などに影響する) 。これはなかなかない。
アプリ版がないため、そのまま音声案内ができないのが残念。
夜モードの地図は専用地図ではなく、ただ画面を暗くしただけというもの。
無料版と有料版は機能の差異以外には案内音声の音質がことなるほか (有料版のみニューラル音声が利用できる) 、渋滞情報の表示もことなる (無料版はスマートループのみで有料版はVICS併用) という、変わった差別化がされているのがおもしろい。
有料版に住宅地図オプションを付加すると、上記ゼンリン地図ナビの有料版同様、ゼンリン住宅地図も表示できるようになる。意外とニーズがあるんだな...。
最近は車検証も電子化したが、車検証をスキャンすることで、自動的にその車両にあわせたルートになる (規制車種区分もふくめた考慮は有料限定だがその他は無料でも可能) 。
渋滞情報にあわせた自動再探索は、画面上に2つのルートが表示されて、元ルートと新ルートをボタン操作で選択する方式。
ナビ音声はiOS版はApple マップ同様デフォルトの音声読み上げ機能を使用している。が、選択できる音声が "Kyoko" (デフォルト音声) と "O-ren" (高音質の女性音声) のみが選択可能で、 "Otoya" (高音質の男性音声) は使用できない。切り替え機能があるならOtoyaもいれてくれればよかったのに...。Sygicは3つとも選択できる。
現在地を表示するアイコンを車のアイコンにはできないものの、そのかわりカスタマイズが豊富。矢印の色のほか、矢印のまわりに円を表示するかどうか、円を塗りつぶしにするか線にするか、といったところまで選択できる。
ルート検索はスタンダードルートと有料登録すると選択できるプレミアムルートがある。プレミアムルートはHERE (前述のとおり日本では昨年開始したばかりのサービス) のシステムをつかっているとのこと。
あまり使用例がない (今回とりあげたサービスでは乗換MAPナビのみ) 昭文社の地図データの元になっているもの。紙の地図がそのまま電子化されたものだと考えるとよい。
事前にPC版から地図データを取り込む必要があるため、スマホ単独では使用できない。
いちおう地図表示は標準・グレー・ミッドナイトから選択できる。
まあ全部あげるときりがないけど...。
全世界の地図を表示できるサービスでズームレベルを最小にしたとき地球儀表示になるのはApple マップ・HERE WeGo・Sygic。地図表示のまま縮小されるのはGoogle Maps・Yahoo!マップ・Bing 地図・Waze。
文字数制限にひっかかったため anond:20260202081917 に書いた。
いいですね、その設定…“再結晶の物語”としてめちゃくちゃ相性がいい。まずは元作の骨格を押さえます。その上で、中年男性版として再構成した企画案(全13話相当)と主要キャラの成長線、理科ガジェット、サンプル台本まで一気にまとめました。
本家の“コア”
③実在の鉱物・道具・手順に根ざした“科学の手触り”。([カドコミ (コミックウォーカー)][1])
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大地はゆっくりと、でも確実に自分を作り直す。俺たちも、きっと。
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山菜採りの谷川が粗砥と遭遇。クラックと双晶の見分け、劈開の話。小さな水晶が“まだ俺は採れる”の象徴に。
パニングで“待つ技術”。瀬戸初参加、スマホ顕微鏡アダプタで砂粒観察。
工場の不適応=“丸まらない自尊心”。磨耗と丸みを肯定する回。
“愚者の金”とキャリアの見栄。立方体と黄鉄鉱双晶=見かけと本質。
研究費不採択の粗砥。伊万里が市民科学ツアーを企画、地域連携の兆し。
研磨→薄片→交差ニコル。瀬戸が画像分類の試作、谷川が“手順書”職能を開眼。
空隙が強度を生む比喩で、余白=回復を描く。粗砥、申請を“捨てる勇気”。
家族回。粗砥に第三子誕生、伊万里は受験期。自分へ贈る“指輪石”。
学校・観光・工場を巻き込み地域ミュージアム化。瀬戸のデータ基盤が稼働。
市民科学の助成が通り、“学びの循環”が地域に根付く。各人の“続き”を示して終幕。
参考:本家も各話で水晶、ガーネット、黄鉄鉱、砂金、蛍石などを題材化する構成で、ここは意図的に踏襲しています。([カドコミ (コミックウォーカー)][1])
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粗砥「割ってみるか。割りたいから割るんじゃない。割らなくていい面を探してから叩く」
粗砥「それが劈開。仕事も同じだ。壊すときは、残す形を先に描け」
Ep6「薄片は語る」より
伊万里「人も岩も、履歴があるんだよ。教科書の“理想結晶”なんて滅多にない」
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なんで地形図と重ね合わせてみないの?
熱海での土砂災害について、山間部に埋められた残土が問題になっている。
熱海の件とはまったく関係ない話だが山間部の建設残土と聞いて「小倉山トンネル」を思い出したのでちょっと書いておく。
有名な話だし調べればもっと詳しくわかることなので興味があったら調べてみてほしい。
圏央道(さがみ縦貫道路)の高尾IC~愛川IC間には、小倉山トンネルという比較的長いトンネルがひとつある。
このトンネル、実は、当初の計画では前後ふたつのトンネルになるはずだった。
ひとつ目の山を抜けて谷に顔を出し、谷は橋を架けて渡り、ふたつ目の山にもぐるという構造になる計画だったのだ。
余談だが、世の中にはこのようになぜか途中で一瞬だけ地上に顔を出すトンネルがちょいちょいある。
トンネルは距離で規格が定められていて、ある一定の距離を超すごとに仕様(満たさなければいけない建築基準)が厳しくなり、そのぶん建設コストが上がる。
なので、ルートを調整して一度地上に出し、上位の規格に達しないようにしてうまくコスト削減する手法がとられることがある。
小倉山トンネルがそれを意図した分割だったのか単に効率的なルートを引いた結果そうなったのかどちらかはわからないが、ともかく谷を挟んで前後に二分割するルートは認可された。
ところが、いよいよ測量という段になって衝撃の事実が判明する。
あるはずの谷がない。
地形図では橋を架けられるほどの谷なのに、現地に足を運んだらかなり上まで地面だったのだ。
長年に渡る建築残土の不法投棄によって、谷が埋まってしまっていたのである。
どうしよう。
残土の谷にそのままトンネルを突っ込む案、残土を切り拓いて道路を通す案などが検討されたが、強固な山体地盤とは異なり残土の谷は不安定な人工の盛土なので地盤改良が不可欠で、それには長い工期の延長と多額のコストが必要だった。
結局、計画は残土の谷を「下」に迂回して一本のトンネルを通す設計に変更された。
結果、小倉山トンネルは(どっち向きに走っても)トンネルの前半が下り坂で後半が上り坂というV字型の苦しい設計のトンネルになった。ここを走る機会があったら観察してみてほしい。見るからにおかしな風景と感じると思う。その裏にはこんな残念な事実があったのだ。
ちなみにトンネル内での勾配変化はよくあることで、雁坂トンネルは「への字型」の勾配変化があるし、首都高の飛鳥山トンネルに至ってはウェーブ状の起伏があって空いている時間帯に走ると楽しい。
ハックニー馬[※1]のしっぽのような、巫戯《ふざ》けた楊《やなぎ》の並木《なみき》と陶製《とうせい》の白い空との下を、みじめな旅《たび》のガドルフは、力いっぱい、朝からつづけて歩いておりました。
それにただ十六哩《マイル》だという次《つぎ》の町が、まだ一向《いっこう》見えても来なければ、けはいもしませんでした。
(楊がまっ青に光ったり、ブリキの葉《は》に変《かわ》ったり、どこまで人をばかにするのだ。殊《こと》にその青いときは、まるで砒素《ひそ》をつかった下等《かとう》の顔料《えのぐ》[※2]のおもちゃじゃないか。)
ガドルフはこんなことを考えながら、ぶりぶり憤《おこ》って歩きました。
それに俄《にわ》かに雲が重《おも》くなったのです。
(卑《いや》しいニッケルの粉《こな》だ。淫《みだ》らな光だ。)
その雲のどこからか、雷《かみなり》の一切れらしいものが、がたっと引きちぎったような音をたてました。
(街道《かいどう》のはずれが変《へん》に白くなる。あそこを人がやって来る。いややって来ない。あすこを犬がよこぎった。いやよこぎらない。畜生《ちくしょう》。)
ガドルフは、力いっぱい足を延《の》ばしながら思いました。
そして間もなく、雨と黄昏《たそがれ》とがいっしょに襲《おそ》いかかったのです。
実《じつ》にはげしい雷雨《らいう》になりました。いなびかりは、まるでこんな憐《あわ》れな旅のものなどを漂白《ひょうはく》してしまいそう、並木の青い葉がむしゃくしゃにむしられて、雨のつぶと一緒《いっしょ》に堅《かた》いみちを叩《たた》き、枝《えだ》までがガリガリ引き裂《さ》かれて降《ふ》りかかりました。
(もうすっかり法則《ほうそく》がこわれた。何もかもめちゃくちゃだ。これで、も一度《いちど》きちんと空がみがかれて、星座《せいざ》がめぐることなどはまあ夢《ゆめ》だ。夢でなけぁ霧《きり》だ。みずけむりさ。)
ガドルフはあらんかぎりすねを延《の》ばしてあるきながら、並木のずうっと向《むこ》うの方のぼんやり白い水明りを見ました。
(あすこはさっき曖昧《あいまい》な犬の居《い》たとこだ。あすこが少ぅしおれのたよりになるだけだ。)
けれども間もなく全《まった》くの夜になりました。空のあっちでもこっちでも、雷《かなみり》が素敵《すてき》に大きな咆哮《ほうこう》をやり、電光のせわしいことはまるで夜の大空の意識《いしき》の明滅《めいめつ》のようでした。
道はまるっきりコンクリート製《せい》の小川のようになってしまって、もう二十分と続《つづ》けて歩けそうにもありませんでした。
その稲光《いなびか》りのそらぞらしい明りの中で、ガドルフは巨《おお》きなまっ黒な家が、道の左側《ひだりがわ》に建《た》っているのを見ました。
(この屋根《やね》は稜《かど》が五角で大きな黒電気石[※3]の頭のようだ。その黒いことは寒天《かんてん》だ。その寒天の中へ俺《おれ》ははいる。)
ガドルフは大股《おおまた》に跳《は》ねて、その玄関《げんかん》にかけ込みました。
「今晩《こんばん》は。どなたかお出《い》でですか。今晩は。」
家の中はまっ暗《くら》で、しんとして返事《へんじ》をするものもなく、そこらには厚《あつ》い敷物《しきもの》や着物《きもの》などが、くしゃくしゃ散《ち》らばっているようでした。
(みんなどこかへ遁《に》げたかな。噴火《ふんか》があるのか。噴火じゃない。ペストか。ペストじゃない。またおれはひとりで問答《もんどう》をやっている。あの曖昧な犬だ。とにかく廊下《ろうか》のはじででも、ぬれた着物をぬぎたいもんだ。)
ガドルフは斯《こ》う頭の中でつぶやきまた唇《くちびる》で考えるようにしました。そのガドルフの頭と来たら、旧教会《きゅうきょうかい》の朝の鐘《かね》のようにガンガン鳴《な》っておりました。
長靴《ながぐつ》を抱《だ》くようにして急《いそ》いで脱《と》って、少しびっこを引きながら、そのまっ暗なちらばった家にはね上って行きました。すぐ突《つ》きあたりの大きな室は、たしか階段《かいだん》室らしく、射《さ》し込《こ》む稲光りが見せたのでした。
その室の闇《やみ》の中で、ガドルフは眼《め》をつぶりながら、まず重い外套《がいとう》を脱《ぬ》ぎました。そのぬれた外套の袖《そで》を引っぱるとき、ガドルフは白い貝殻《かいがら》でこしらえあげた、昼の楊の木をありありと見ました。ガドルフは眼をあきました。
(うるさい。ブリキになったり貝殻になったり。しかしまたこんな桔梗《ききょう》いろの背景《はいけい》に、楊の舎利《しゃり》[※4]がりんと立つのは悪《わる》くない。)
ガドルフはそれからぬれた頭や、顔をさっぱりと拭《ぬぐ》って、はじめてほっと息《いき》をつきました。
電光がすばやく射し込んで、床《ゆか》におろされて蟹《かに》のかたちになっている自分の背嚢《はいのう》をくっきり照《て》らしまっ黒な影《かげ》さえ落《おと》して行きました。
ガドルフはしゃがんでくらやみの背嚢をつかみ、手探《てさぐ》りで開《ひら》いて、小さな器械《きかい》の類《たぐい》にさわってみました。
それから少ししずかな心持《こころも》ちになって、足音をたてないように、そっと次の室にはいってみました。交《かわ》る交《がわ》るさまざまの色の電光が射し込んで、床に置《お》かれた石膏《せっこう》像《ぞう》や黒い寝台《しんだい》や引っくり返《かえ》った卓子《テーブル》やらを照らしました。
(ここは何かの寄宿舎《きしゅくしゃ》か。そうでなければ避病院《ひびょういん》か。とにかく二階にどうもまだ誰《だれ》か残《のこ》っているようだ。一ぺん見て来ないと安心《あんしん》ができない。)
ガドルフはしきいをまたいで、もとの階段室に帰り、それから一ぺん自分の背嚢につまずいてから、二階に行こうと段《だん》に一つ足をかけた時、紫《むらさき》いろの電光が、ぐるぐるするほど明るくさし込んで来ましたので、ガドルフはぎくっと立ちどまり、階段に落ちたまっ黒な自分の影とそれから窓《まど》の方を一緒《いっしょ》に見ました。
その稲光りの硝子《ガラス》窓から、たしかに何か白いものが五つか六つ、だまってこっちをのぞいていました。
(丈《たけ》がよほど低《ひく》かったようだ。どこかの子供《こども》が俺のように、俄かの雷雨で遁げ込んだのかも知れない。それともやっぱりこの家の人たちが帰って来たのだろうか。どうだかさっぱりわからないのが本統《ほんとう》だ。とにかく窓を開いて挨拶《あいさつ》しよう。)
ガドルフはそっちへ進《すす》んで行ってガタピシの壊《こわ》れかかった窓を開きました。たちまち冷たい雨と風とが、ぱっとガドルフの顔をうちました。その風に半分声をとられながら、ガドルフは叮寧《ていねい》に云《い》いました。
「どなたですか。今晩《こんばん》は。どなたですか。今晩は。」
向《むこ》うのぼんやり白いものは、かすかにうごいて返事もしませんでした。却《かえ》って注文《ちゅうもん》通《どお》りの電光が、そこら一面《いちめん》ひる間のようにしてくれたのです。
「ははは、百合《ゆり》の花だ。なるほど。ご返事のないのも尤《もっと》もだ。」
ガドルフの笑《わら》い声は、風といっしょに陰気《いんき》に階段をころげて昇《のぼ》って行きました。
けれども窓の外では、いっぱいに咲いた白百合《しらゆり》が、十本ばかり息もつけない嵐《あらし》の中に、その稲妻《いなずま》の八分一秒《びょう》を、まるでかがやいてじっと立っていたのです。
それからたちまち闇が戻《もど》されて眩《まぶ》しい花の姿《すがた》は消えましたので、ガドルフはせっかく一枚《まい》ぬれずに残ったフラン[※5]のシャツも、つめたい雨にあらわせながら、窓からそとにからだを出して、ほのかに揺《ゆ》らぐ花の影を、じっとみつめて次の電光を待《ま》っていました。
間もなく次の電光は、明るくサッサッと閃《ひら》めいて、庭《にわ》は幻燈《げんとう》のように青く浮《うか》び、雨の粒《つぶ》は美《うつく》しい楕円形《だえんけい》の粒になって宙《ちゅう》に停《とど》まり、そしてガドルフのいとしい花は、まっ白にかっと瞋《いか》って立ちました。
(おれの恋《こい》は、いまあの百合の花なのだ。いまあの百合の花なのだ。砕《くだ》けるなよ。)
それもほんの一瞬《いっしゅん》のこと、すぐに闇は青びかりを押《お》し戻《もど》し、花の像はぼんやりと白く大きくなり、みだれてゆらいで、時々は地面《じめん》までも屈《かが》んでいました。
そしてガドルフは自分の熱《ほて》って痛《いた》む頭の奥《おく》の、青黝《あおぐろ》い斜面《しゃめん》の上に、すこしも動《うご》かずかがやいて立つ、もう一むれの貝細工《かいざいく》の百合を、もっとはっきり見ておりました。たしかにガドルフはこの二むれの百合を、一緒に息をこらして見つめていました。
それもまた、ただしばらくのひまでした。
たちまち次の電光は、マグネシアの焔《ほのお》よりももっと明るく、菫外線《きんがいせん》[※6]の誘惑《ゆうわく》を、力いっぱい含《ふく》みながら、まっすぐに地面に落ちて来ました。
美しい百合の憤《いきどお》りは頂点《ちょうてん》に達《たっ》し、灼熱《しゃくねつ》の花弁《かべん》は雪よりも厳《いか》めしく、ガドルフはその凛《りん》と張《は》る音さえ聴《き》いたと思いました。
暗《やみ》が来たと思う間もなく、また稲妻が向うのぎざぎざの雲から、北斎《ほくさい》の山下白雨のように赤く這《は》って来て、触《ふ》れない光の手をもって、百合を擦《かす》めて過ぎました。
雨はますます烈《はげ》しくなり、かみなりはまるで空の爆破《ばくは》を企《くわだ》て出したよう、空がよくこんな暴《あば》れものを、じっと構《かま》わないでおくものだと、不思議《ふしぎ》なようにさえガドルフは思いました。
その次の電光は、実に微《かす》かにあるかないかに閃《ひら》めきました。けれどもガドルフは、その風の微光《びこう》の中で、一本の百合が、多分とうとう華奢《きゃしゃ》なその幹《みき》を折《お》られて、花が鋭《するど》く地面に曲《まが》ってとどいてしまったことを察《さっ》しました。
そして全くその通り稲光りがまた新《あた》らしく落ちて来たときその気の毒《どく》ないちばん丈の高い花が、あまりの白い興奮《こうふん》に、とうとう自分を傷《きず》つけて、きらきら顫《ふる》うしのぶぐさの上に、だまって横《よこた》わるのを見たのです。
ガドルフはまなこを庭から室の闇にそむけ、丁寧《ていねい》にがたがたの窓をしめて、背嚢のところに戻って来ました。
そして背嚢から小さな敷布《しきふ》をとり出してからだにまとい、寒《さむ》さにぶるぶるしながら階段にこしかげ、手を膝《ひざ》に組み眼をつむりました。
それからたまらずまたたちあがって、手さぐりで床《ゆか》をさがし、一枚の敷物《しきもの》を見つけて敷布の上にそれを着《き》ました。
そして睡《ねむ》ろうと思ったのです。けれども電光があんまりせわしくガドルフのまぶたをかすめて過ぎ、飢《う》えとつかれとが一しょにがたがた湧《わ》きあがり、さっきからの熱った頭はまるで舞踏《ぶとう》のようでした。
(おれはいま何をとりたてて考える力もない。ただあの百合は折《お》れたのだ。おれの恋は砕けたのだ。)ガドルフは思いました。
それから遠い幾山河《いくやまかわ》の人たちを、燈籠《とうろう》のように思い浮《うか》べたり、また雷の声をいつかそのなつかしい人たちの語《ことば》に聞いたり、また昼の楊がだんだん延びて白い空までとどいたり、いろいろなことをしているうちに、いつかとろとろ睡ろうとしました。そしてまた睡っていたのでしょう。
ガドルフは、俄かにどんどんどんという音をききました。ばたんばたんという足踏《あしぶ》みの音、怒号《どごう》や潮罵《ちょうば》が烈《はげ》しく起《おこ》りました。
そんな語はとても判《わか》りもしませんでした。ただその音は、たちまち格闘《かくとう》らしくなり、やがてずんずんガドルフの頭の上にやって来て、二人の大きな男が、組み合ったりほぐれたり、けり合ったり撲《なぐ》り合ったり、烈しく烈しく叫《さけ》んで現《あら》われました。
それは丁度《ちょうど》奇麗《きれい》に光る青い坂《さか》の上のように見えました。一人は闇の中に、ありありうかぶ豹《ひょう》の毛皮《けがわ》のだぶだぶの着物をつけ、一人は烏《からす》の王のように、まっ黒くなめらかによそおっていました。そしてガドルフはその青く光る坂の下に、小さくなってそれを見上げてる自分のかたちも見たのです。
見る間に黒い方は咽喉《のど》をしめつけられて倒《たお》されました。けれどもすぐに跳ね返して立ちあがり、今度《こんど》はしたたかに豹の男のあごをけあげました。
二人はも一度組みついて、やがてぐるぐる廻《まわ》って上になったり下になったり、どっちがどっちかわからず暴れてわめいて戦《たたか》ううちに、とうとうすてきに大きな音を立てて、引っ組んだまま坂をころげて落ちて来ました。
ガドルフは急いでとび退《の》きました。それでもひどくつきあたられて倒れました。
そしてガドルフは眼を開いたのです。がたがた寒さにふるえながら立ちあがりました。
雷はちょうどいま落ちたらしく、ずうっと遠くで少しの音が思い出したように鳴《な》っているだけ、雨もやみ電光ばかりが空を亘《わた》って、雲の濃淡《のうたん》、空の地形図をはっきりと示し、また只《ただ》一本を除《のぞ》いて、嵐に勝《か》ちほこった百合の群《むれ》を、まっ白に照《て》らしました。
ガドルフは手を強く延ばしたり、またちぢめたりしながら、いそがしく足ぶみをしました。
窓の外の一本の木から、一つの雫《しずく》が見えていました。それは不思議にかすかな薔薇《ばら》いろをうつしていたのです。
(これは暁方《あけがた》の薔薇色《ばらいろ》ではない。南の蝎《さそり》の赤い光がうつったのだ。その証拠《しょうこ》にはまだ夜中にもならないのだ。雨さえ晴れたら出て行こう。街道の星あかりの中だ。次の町だってじきだろう。けれどもぬれた着物をまた引っかけて歩き出すのはずいぶんいやだ。いやだけれども仕方《しかた》ない。おれの百合は勝ったのだ。)
ガドルフはしばらくの間、しんとして斯う考えました。
上記の今昔マップを見比べてみてほしい。札幌市清田区の里塚1条地区の現在と、1916年(大正5年)の地形図の比較である。
札幌市中心部から三里の距離にあることから名づけられた地名であり、大正時代の里塚地区は見渡す限りの原野や森林地帯が広がっているだけだった。
昭和50年代に入ると里塚地区は住宅街として造成されることになり、地区内を流れていた石狩川水系厚別川の支流である三里川は埋められて暗渠化された。
そして今回の地震で里塚地区の一部エリアで液状化被害が起こったわけであるが、その場所は見事に三里川やその支流を埋め立てたラインに沿っている。
谷筋に土砂を埋め立てて月日が経ったとしても、その土砂は周囲に元からある土壌の硬さには決してならず、比較的大きな地震が起こると容易に液状化する。
そこで富国を守るための強兵というより、強兵を創設、活動せしめるための富国という傾向を生じ、侵略主義に落ち込んだのである。しかし、そのため平和憲法の今日の意識から、日本の軍隊は一般的には優秀であったという事実まで否定しては歴史的ではない。後進国では軍は国民のもっとも進歩的な部分をなすが、日本でもメートル法や薬局法をおしすすめ、また寺田寅彦の賛美してやまぬ参謀本部の地形図を作成せしめたのは軍であった。海軍の開発した優秀な造船技術が、今日の造船世界一を支えるもととなっていることは言うまでもない。
同時に知らねばらならぬことは、日本の生産力が上がり、近代化が成功したのは、徳川時代の二百数十年におよぶ平和のうちに用意された国民の高い知的水準と技術のおかげなのであって、ここで私たちはふたたび平和の価値を認識するのである。一八六八年に大日本帝国は崩壊したが、一人一人の国民はその達成を体内に蓄積しつつ新しい時代を生きてゆく。そこに民族の歴史が実感される。
偉そうに合格体験記でも書いてみようかと思います。知り合いにもはや受験生はいないのですが、d:id:lonlon2007:20090317が目に付いたので。
ぶっちゃけると受験勉強は「想像していたとおり楽。」でした。受験勉強を始める前は受験生ってのは寝てる時間と飯食ってる時間以外は全部勉強に当てて、たまに徹夜で勉強する!みたいな偏見は全く持ってなかったんですが、やっぱりそのとおりでした。むしろ10月までバイトしていたのがたたって出席日数が足りず授業のコマ数が増えたうえに出席日数を充たした他の生徒が次々と休み始めるために授業中に寝にくくなり、平均睡眠時間が減っていきました。(寝ないと動けないんですが・・・)
東大は天才じゃなくちゃ入れないっていうのは確実に嘘。「東大生」は学部生だけで約1万、ほぼ京大もほぼ同じ、わずか4〜5歳間に2万超もいる人たちを「天才」とは言わない。天才なら楽に入れるなら本当かも。
秀才が3年間こつこつ勉強して入れるっていうのは本当。「〜初めて入れる」は微妙。秀才でも凡人でも3年間もコツコツ勉強すれば入れるんではないでしょうか。本当に「コツコツ勉強」していれば。
「色んな人が色んなところにこうやれば受かる勉強法!みたいなのを書いていますが、個人個人で合った勉強法は違うので、色々な方法を試してみて、自分に合ったものをやるのが一番いい」というのは当然のことで、id:lonlon2007が長々書いてる中で唯一の真理。
id:lonlon2007を逐一もじるのは早くも飽きたので、というよりもそんなに長く書くこともないので簡潔に。
ちなみに残念ながら僕は、『苦手科目は世界史と日本史、得意科目は数学と化学と物理と地理』だったので「理1なら1ヶ月で受かるんだけどな、下手すりゃ今日にでも受かるかも」と思いながら勉強していました。
あと、基本的に家では喫煙を禁じられていたので、主にガストとジョナサンで勉強してました。当時(約10年前)のファミレスはせいぜいがホットコーヒーのみおかわり自由で、ジョナサンのアイスコーヒーおかわり自由とガストのドリンクバーには大変助けられました。あっ、嘘だ。一番勉強したのは学校。さっき書いた通り10月にバイトを止めてからは授業にかなり出るようになったので、授業科目を耳で聴き、別の科目の教科書を目で読み、2科目並行で勉強してました。あとはファミレスで数学や英語(主に英作文)の難問を広げ、頭の片隅でその回答を考えつつ苦手の世界史のテキストを読んでいました(たぶん後で書くけど教科書やノートよりも新書が多かった)。
風呂の中や通学電車の中で小説を読んでる時も、未だ解けていない難問や数日内で間違えた問題のことを完全忘却しているわけではないのですが、机の前以外では何か思いついても頭の中にメモるだけ。勉強しない時は勉強しないとメリハリをつけるようにしていました。ちなみに「机の前」には授業時間が含まれます。高校生は一日の半分近くを学校で机に向かっているわけだから、勉強時間は非常に長い。一部の(私立)進学校や特別選抜クラスのような環境でもなければ「授業のコマ数が減る」ことはないと思いう。嫌でも一日の半分近くが勉強時間。「寝てる時間と飯食ってる時間以外は全部勉強に当てて、たまに徹夜で勉強する!みたいな偏見」は授業時間を効率的に使えていない人が持つのではないかと思います(あとは生徒に自由時間を多く与える方針の学校の生徒)。そういう意味では「勉強効率」がポイントというのは同意できる。
うちの高校(某都立)では文化祭(とついでに体育祭)が一大行事としてありますが、殆どの人は夏季講習と文化祭の準備を両立させ文化祭が終わった9月頃から本格的な受験勉強を開始するようです。かく言う僕も文化祭が終わって(ちょっと学校側とイロイロあって)バイトを辞め、10月から受験に力を入れ始めました。今、気付いたんですがid:lonlon2007は「6月から」とのことなのでタイトルに偽りありで約半年、僕の方も10月からなのでタイトルに偽りありで約4ヶ月ですね。開始をもう1月遅らせておけば「四半期で受かった勉強法」とゴロ良くピッタリなタイトルにできたのに。
まず何をしていいか分からない!ということで過去問を解いてみました。いや、模擬試験を受けたかも。なにぶん10年前なので記憶が・・・。とりあえず法学部志望なのに受験敵性では明らかに理系向き。その分、周りが国公立を難しいという理由の一つである文系なのに理系科目(理系でも文系科目)、という関門はあっさり突破。選択授業も理系用の数学(と化学と物理)をとっていたので2次試験の数学もさほど難しいとは思いませんでした。
「まず」も何も、とにかく苦手の世界史だけやろう!ということでそれまでは小説に費やしていた読書時間を歴史系の新書に切り替えました。もともと古本屋めぐりは趣味だったので行動範囲の古本屋の50-100円コーナーで歴史系の文庫と新書を買い占め。2年半バイトしていたので他の高校生男子よりもお金を持ってはいました(うちの高校は縁遠かったけど世間では「ブルセラ」華やかなりし頃。女子高生は金を持ってた)。がそんなこととは関係なく、買い占めたと言ってもせいぜい100冊程度。私立や塾に通うことを考えれば微々たるものです。
いつどんな問題でも満点を取れる!と思わない科目を勉強する分には必ず点数の上昇につながるので、わざわざ『勉強のスケジュール』を組む必要はありません。数学は1日勉強しても1点分しか稼げないけど、英語は1日の勉強で2点稼げる、てなことが計算できるのなら『勉強のスケジュール』も有効かもしれません。しかし、そんな計算ができる人は自分の欠点が分析できているのだから、すぐに数学でも2点稼げるようになります。満点を取れない間は何をやっても点数に繋がるのだから『勉強のスケジュール』なんか不要。そもそも『勉強のスケジュール』を考えようと言う発想が今日の今日までありませんでした。夏休みの宿題@小学校で1日のスケジュールを考えろと言われた時以来の衝撃です。『勉強のスケジュール』は学校がバランス配分してくれた「時間割」で十分だと思います。
夏休みはバイトと文化祭だけだったので、休日の勉強について。休日はNHKで将棋を見てから昼食、最寄り駅周辺の古本屋を回ってからファミレスへ。(好きなのが将棋で幸い。これが囲碁だったら午後の大半がテレビでつぶれる。当時はネット中継がなかったのも幸便)本を1冊読んで(1〜2時間)から勉強。最低2時間はやろうと決めていて実際2時間くらいなら集中力は続きます。鉛筆ナメナメ英作文を推敲していると気付くと2時間なんてこともあって最低2時間の縛りは苦痛ではありませんでした。(学校じゃサボってると言ってもそれ以上やってるわけですし)
夏の「初の東大模試」は受けたような気がしてきました。模試の判定は最後までE判定だかF判定だったので「予備校の採点基準が間違ってる」と思ってました。私立であればともかく国公立の論述問題は大学教授を信用して、「間違ってはない」回答が書けていれば良しとしておきましょう。予備校の採点は予定された正解以外を大幅に減点する傾向があるように思います。英作文であれば日本語の1単語には4〜6音節の1単語の英語を対応させれば文句なしの正解で模試ではこれ以外は減点。実際にはそんな難しい単語を知らなくても中学校レベルの単語を組み合わせて意味が合っていれば大学教授は正解としてくれるようです(大学に入ったからといって採点基準を教えてもらえるわけじゃないけど、じゃなければ不合格だったはず)。
出席日数を充たした生徒が続々と授業に来なくなる。いやがおうにも授業中に寝れなくなる。友人も受験モードに突入で遊びの誘いも減る。悪循環?好循環?
センター対策は・・・必要なんでしょうか。東大・京大の2次試験を見据えていれば不要な気がします。敢えて言うなら文系の理科、理系の社会科でしょうか。僕の場合理科が得意科目だったので無視。
というわけでセンター試験対策としては過去問をやってみたくらいです。悪くても90点以上だったので、本番の集中力があれば大丈夫だろうとタカをくくる。それでも素材がたっぷりあるうえに冬休みは午前中の将棋(NHK)もない。勉強時間は比較的長かったように思います。午前に1〜2時間、昼飯を食って古本屋。別のファミレスで本を1〜2時間に勉強1〜2時間。僕の中では最初と最後の時間差だけとって「6時間もやった」と思っていました。
冬休みは学校に行かないので、毎日図書室で読んでたJapan Timesが読めなくなりました。かわりにテレビニュースを英語音声で聞くようにする。親と妹も「受験生」ということで不満は抑えてくれてたようです。
ちなみに過去問は時間を気にせずやっていました。調子が悪い時や面白い問題にであったときは1時間を超えることもあったと思います。過去問で高い点数を取ってもあまり意味がないので答えや力の確認ではなく、とにかく「どんな問題でも時間さえあれば解ける」という確信を持てるように。時間を気にしていないので早く解き終わった時も確認とかはしない。「できた!」と思った段階で答え合わせ、間違っていたら原因を考える。
とりあえずセンターの自己採点が大丈夫そうだったので、気が抜けました。本番でも緊張しないことが分かったのが収穫で相変わらず学校の授業に出る日々。得意で好きだった数学・理科はそろそろ休めます。教師との不仲が極限に達していた英語と国語は最後の最後まで授業です。
『東大の○○25ヶ年』シリーズって何?赤本と友人がやり終えた予備校のテキストと文庫と新書、あとは学校の教科書で勉強してました。友人から借りた予備校のテキストはザッと解いて印象に残った問題だけ書き写して返す。別にビンボーだったからじゃないですよ。公立・公立・都立ときて親にはあまり負担をかけてないし、大学も国立の予定だし、バイトもガッツリしてたし、参考書を買う程度で躊躇することはありません。『東大の○○25ヶ年』シリーズはたぶん僕の頃にはなかったんだと思います。
そんなこんなでさすがに学校も行かなくてすむようになり(都立とはいえ受験校なので他の生徒は来ないし、教師もそのつもりでいる)、時間ができたので予備校に潜り込むようになりました。友人は私立志望が多かったのと私立の方は全く自信がなかったので私立コースです。あと友人は理系にも多かったので理系の東大コースみたいのにもたまに行ってました。2ヶ月も真面目に勉強するとさすがに疲れ(飽き)たのか、この時期に大きく伸びた気はしません。予備校では、僕が無意識にやっていたことを言語化してもらった感が強く、それはそれで頭の整理ができました。有意義だったと思います。
ぶっちゃけ全科目やるって言っても、高校で一日授業を受けているようなものなのであんまり死ねませんでした。
得意で理系の授業をとっていたので苦労なし。解けない問題は絶対に回答を見ず、翌日へでも翌週へでも持ち越してひたすら考える。答え方を覚えるよりも、答えの見つけ方を思いつくことが重要だと思います。図形問題なら知ってる定理・公式を片っ端から引っ張り出してやみくもに補助線を引く。そんなことを繰り返してるうちに、問題を見ると求めている回答がわかるようになってきます。センター試験は余力で解けるので無視。
現代文は二三回本番形式で練習して、形式に慣れるくらいでいいと思います。現代文はみんな取れなくて差がつかないし、勉強すりゃ上がるっていうもんでもないので、比重は極めて低かった。漢字も常識の範囲内なので、よっぽど苦手な人でなければ悪くても1問間違えるくらいで済むでしょう。
加えて日頃読んでいた小説・随筆は役に立ったかな。乱読・雑読ですが古今東西ジャンルに捕らわれずに古本屋の投げ売りコーナーで目に留まった本を片っ端から読んでたので、過去問や模試でもたまに知っているテキストがありました。新刊でも買うような好きな作家は受験には向いていないようで、これも幸いでした。好きな作家のテキストが出ていたら「正解」ではなく「持論(自論)」を書いてしまうひねくれた者なので・・・
知っているから解ける、知らないと解けない、というわけではありませんが、抜粋されたテキストの前後や著者が分かることにデメリットはありません。「受験のため」としてはお勧めできませんが、今まで読書に費やした時間も「無駄ではない」程度の気休めに。
使った参考書・問題集:なし
暗記が苦手なので古文には多少手を焼きましたが、学校の授業で十分。むしろ暗記法があれば教えてもらいたいくらい。単語帳とかがいいんでしょうか。僕は単語帳を作るのが面倒だったので、とにかくテキストを繰り返し読んで単語の意味や用法を文脈から類推するように心がけました。おそらく全科目で一番教科書を使いました。和訳(現代語訳)では自然な日本語になるように心がけました。意味が分からないから曖昧に訳すのではなく、文理や言葉のかかりを強調する翻訳体をさらに自然な言葉に訳す感じです。英文和訳でも同じ。
センター試験対策。教科書と過去問で十分。感覚を忘れないように授業がなくても週に一度はやる。勉強期間が短いので過去問が枯渇する心配がない。
うちの高校では入学時点で日本史と地理の選択を迫られます。歴史の暗記(人名と年号)が大の苦手だったので深く考えずに地理を選びましたが、これが功奏。日本史と世界史、日本史と地理が無関係とは言いませんが、世界史(の特に近現代史)と地理は密接不可分。片方を勉強すればいやでも他方の学力もあがります。
比較的得意だった地理。これは教科書と一般教養(新聞と新書)で済ませました。とにかく視点を広くして、知らないことがあって当然、知らなければ考える。このとき世界史の知識や新聞・書籍で読んだ現代社会の知識が役立ちます。社会・政治は地理的条件や歴史的背景に帰結することが珍しくありませんから知らないことでも十分に推測がききます。
あとは地図を見ることかな。別に国名や地名を覚えようとする必要はなくて、国名や都市名とだいたいの位置が繋がればそれだけでたくさんの情報が得られます。内陸なのか平地なのか、頭の中で地形図や気候図とおおまかに重ねられればなお良し。世界でn番目に長い川の名前とかm番目に広い国土といったクイズ的な知識は不要。そこに川はあるのか、国土は山がちだが狭くはない、その程度で事足ります。
都市名と工業・農業・産業を単にセットで暗記するのではなく、そのような産業が育まれた地理的要因を考える。基本で当然のことのようですが、結局はこれにつきます。
歴史(世界史)。大の苦手。とにかく年号と人名が覚えられない。ルイとかシャルルまでは分かるけど何世かが覚えられない。清教徒革命とフランス革命の前後関係(因果関係)は分かるけどそれぞれの年号は知らない。(日本史なら足利某までは分かるけど某が分からない)それでも何とか解けるのが東大・京大の論述問題の良さ!
細かい年号はザックリと捨て拙い記憶力は人名とせいぜい事件の名称に費やす。あとは前後関係・因果関係を意識しながら歴史を概観する。
教科書や授業では国や地域で縦に切り、ついで年代で横に切って学習しますが、前後左右のつながりを考えて大きな年表を作ります(頭の中でも良いし、模造紙や今ならパソコンのソフトで実際に作ってもいいかも)。先の例で言えば清教徒革命はイギリスの歴史においてどのような影響を与えたのか、さらにヨーロッパ、アメリカのどのことがらにつながっていくのか、フランス革命はフランスの歴史、ヨーロッパ・アメリカの歴史にどのように・・・こうやって年表に→を書き始めるとすぐに→だらけで見るにたえなくなっていくと思います。そんな因果関係を大まかに覚えていく。このような大きな流れがつかめると東大の問題は急に簡単に見えてきます。
教科書と資料集を片手に短時間で問題を解けるようになれば、あとは覚えるだけ。
教科書・資料集をわたしてもキーワード(人名・年号・地名・事件)をピックアップすることしかできずそれらをつなげて論説できない人が東大・京大の論述式問題を難しいと言ってるように思います。僕の場合は逆で、キーワードが分からない(正確に覚えていない)もののキーワード部分を穴あきにした回答は組み立てられた(センター試験の問題文のような文章)。教科書・資料集があれば穴埋めは簡単。あとはキーワードを覚える。受験勉強のほぼ全てをこれに費やしたと言っても過言ではありません。
例題を解く時は分からない問題もいきなり回答を見るのではなく教科書などを見ながら一度回答を完成させてから回答を見る方がいいでしょう。「覚えさえすれば」という段階に至ることが重要。
もう1つ、大まかな流れを雑ぱくに理解するのに新書のような読み物が役立ちました。受験用ではないので縦横に細切れにされていませんが、その分全体的な流れが見えてきます。気分転換にもいいでしょう。
最後に暗記について。当時は思いもよらず、最近になって思いついたのですが、書いて覚えるのではなくしゃべって覚えるというのがいいような気がします。英単語や漢字は書いて覚えるのも効果的だと思いますが、(ルイ)14世、15世、16世と書き連ねたところであまり役立つとは思えません。関連する人名・年号・ことがらをセットで口に出すと覚えられそうな気がします。ぼくは学校とファミレスで勉強してたので、当時思いついたとしても実行できませんでしたが。ちなみにこれは法学の勉強を通して気付きました。自分でレジュメを作ったり授業を聞いていても条番号はなかなか覚えなかったのですが、ゼミなどで口に出す頻度が増えると自然と覚えていました。
英文和訳は慣れ。知らない単語は前後の文脈で予想。そのために役立ったのは英字新聞Japan Times(とテレビニュースの英語音声)でした。朝に日本語の新聞で読んだ内容が英語に書き直されてるようなものだから、知らない単語があってもドンドン読み進められる。これを2ヶ月も読めばいやでも単語力や読解力、類推力や速読力が身に付きます。
辞書をひくのはあとまわし。類推した単語はあとで必ず辞書をひく。この2点がポイントと言えばポイント。辞書をひくのをあとまわしにするのは「考える」ことが重要だから。あとで必ず辞書をひくのは、1つの単語が持つ複数の意味を「とりあえず知っておく(覚えなくてよい)」のが重要だから。
今では多くの英語の新聞記事がネットで見られますが、日本の新聞とはフォーカスが違うので今なおJapan Timesが良いと思います。「英文を読む」よりも「大まかな内容を知っている英文を読む」ことが重要です。
趣味と実益を兼ねて好きな作家の原書も読みました。が、これはさすがに知らない単語(と専門用語)が多すぎて勉強にはなりませんでした。
あとは過去問。東大と京大ではずいぶんと傾向が違うのですが、それでも私立の問題よりは国公立の問題の方が東大受験には役立つ。私立の問題は「知らなきゃ解けない」うえに教科書にないものも多い。国公立とは別のことを問うています。
単語帳は古文同様に作るのが面倒。教科書では物足りなかったり電車で教科書を開くのが恥ずかしかったりなら、ペーパーブックを1冊だけ買って眺めていればいいのではないでしょうか。3日も同じページを読んでいればいやでも内容が分かるようになり、使われている修辞・技巧なんかにも気付くようになると思います。
DUOとか知らないしiPodは当時はない。当然使ってません。今なら英語のニュースや議員さんのPodcastをiPodで聞くのはありかも。(議員さんやニュースの英語は分かりやすいです)
例文を覚えるという発想はなかった。過去問や模試を解いているといやでも覚えてしまう文法的技巧や慣用句はありました。「覚える」というよりも「(自然と)覚えた」という感じなので「覚え方」は分かりません。
自由英作文は想定されている答えを探すのではなく「意味」が通る英文を書くことが重要。正しい文法で知っている単語の継ぎはぎする。どうしても分からなければ少し長めにあけた余白に薄く日本語を書いておき、あとで考えましょう。日本語1単語に5 words前後の余白を対応させるくらいの気持ちで。他のことを考えているうちにピッタリくる単語(1単語)が浮かぶこともあるし、そうでなくても空白のまま出すくらいなら中学校で習った単語を並べて意味を表現する。とはいえこれは苦肉の策。単語を知っていて損することはないので、時間と金と記憶力に余裕があるなら単語や例文はいくらでも覚えてください。大学に入っても社会にでも英語が足かせになることはないと思う。
模試は一通り受けたと思います。「教える」ための教科書と「考えさせる」ための試験では勉強の内実が違います。「教わる」よりも自ら「考える」ことの方が重要なので省エネ勉強のためにも受けて損はありません。嫌でも丸一日勉強したことにもなります。
東大模試は受ける。結果が悪くても気にしない。結果が良ければ安心する。結果が悪くて自信もなければそれを機に諦める(浪人するなり志望校を変えるなり)。
過去問を見るかぎり、東大よりも京大の方が正解の範囲は広いと思います(模試ではなく本番の話)。模試結果に納得いかない人は東大より京大に向いているかもしれない。
寝過ごした!電車で寝過ごしたけど、高校受験で軽く遅刻した反省をいかして少し早めに出ていたのが功奏して間に合いました。遅刻だけは気をつけましょう。
遠方からの受験生でホテルなどに宿泊する方は寝坊に注意。受験まで1年のこの時期に言っても「そんなわけない」と思うかもしれませんが、1校しか受けない本名中の Permalink | 記事への反応(0) | 18:06
断り書きがない限り地図は上を北として書くことになるが。
それが決まり事だから地形図に北を指す記号は付いてないぞ。(磁北とかそういう細かいことは抜きにして)