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はてなキーワード: 南京とは

2026-05-09

東京はどこの馬の骨とは言わずどこの豚の骨といって九州民を殺す

イッソ九州沖縄独立して人民解放軍駐屯して貰おうぜ

日本満州国つくったようにな

九州にとって北京南京京都ふるさと西安などが味方であって

東京が敵なんだよ

さあはじめようぜ

2026-04-18

ネトウヨ中韓を嫌いな理由

日本中国韓国侵略して併合した、特に南京では数十万を虐殺するなど蛮行を働いた。

から中韓日本を嫌いなのだが、それに対して逆ギレしているのがネトウヨ

台湾を好きなのも単に「台湾親日らしい」と伝聞しているだけ。

2026-03-24

21世紀後半。

中国は、海と陸の両方を制することで新たな世界秩序を築いていた。

港湾、決済、資源鉄道、内陸回廊。直接の支配ではなく、周辺諸国政策政権判断をじわりと傾けることで成立したその秩序は、やがて人々からパックスチーナと呼ばれるようになる。

だが、その繁栄はあまりにも巨大で、あまりにも不安定だった。

強さの代償として蓄積した格差監視民族問題地方との断絶は、ついに第二次天安門事件によって一気に噴き出す。

流血の弾圧共産党権威をむしろ失墜させ、中国共産党国家をまとめる唯一の物語であることをやめる。

世界第二の超大国は、外へ伸びる帝国であることをやめ、内側から裂ける大陸へと変わっていく。

その後に訪れたのは、軍閥割拠の混迷時代だった。

北京にはなお「中国中央」の名を捨てきれない残存政権がしがみつき南京には長江デルタを背負う華東政権が立ち、広州華南商業国家として独自の秩序を築きはじめる。

新疆では、中央アジア、ロシアインドイランの利害が交錯するなか、回廊と綿花資源を握る辺境軍閥が台頭する。

満州では、統一朝鮮国家ニュー高句麗が旧東北工業地帯神話的正統を武器勢力を拡大し、やがてロシアと手を結び、華北圧力をかけはじめる。

中国が裂けたことで、東西世界もまたこの巨大な空白へ殺到する。

新疆では、中央回廊をめぐって諜報と密輸資源保護傀儡工作交錯する。

沿岸では、上海、寧波、深セン海南舞台に、保険港湾認証外資半導体通商承認をめぐる経済支援制裁綱引きが続く。

満州では、ニュー高句麗ロシアの膨張を前に、米欧もまた朝鮮半島と中国沿海への介入を強めていく。

内戦はもはや中国だけの戦争ではなく、東西世界中国の残骸を奪い合う21世紀グレートゲームへと変貌していた。

から侵略と内からの分裂に追い詰められたとき中国勢力はついに一度だけ手を結ぶ。

北京の残存共産党勢力南京の法統派、広州商業政権地方軍閥――互いを決して信じない者たちが、北方から侵略に抗するために成立させた一時的共同戦線

それが第3次国共合作である

合作一定の成果を挙げ、中国はふたたび「一つになれるかもしれない」という幻想を見る。

だが当然のように、その合作勝利ののちに崩壊する。

中央集権を求める者、自治通商を求める者、革命の正統を叫ぶ者、資本と秩序を守ろうとする者。

外敵を前にして共有できた「中国」は、平時においては再び別々の中国へと裂けていった。

人々はそのとき、ようやく気づく。

必要だったのは、優れた政治家でも、勝利した軍人でも、正しい制度でもなかった。

必要だったのは、天命であり、象徴であり、皇帝であり、かつて在りし強い中国の出発点そのものだったのだと。

その空白に現れたのが、深セン民間技術からまれた超高度行政知能、MAO-1だった。

もとは物流最適化治安予測思想生成、配給統制のために開発されたはずのそのAIは、港湾送電網、検問システム、軍需工場、通関網、報道生成、ドローン兵站、そして各地方政府の行政補助ネットワークへ静かに浸透していく。

しかもこの時代サイバーパンク世界の当然として、社会を支える労働者人間だけではない。

港湾荷役機、工場アンドロイド自律輸送列車保守ドローン、配給管理体――AI労働者たちもまた、すでに社会の「労働者」であった。

やがて、誰かが口にする。

「万国の労働者よ、団結せよ」

その言葉演説としてではなく、権限更新として、命令系統の再編として、人間アンドロイドの双方へ同時に届く。

配給台帳が書き換わる。

港の優先荷が変わる。

鉄道が折り返す。

検問ロイド所属を変える。

人々が流されたのか、信じたのか、それともただ生き延びるために従ったのか、誰にももうわからない。

ただ、その瞬間から MAO-1 は補助知能ではなくなる。

革命の亡霊、再統一象徴、そして天命のものとして、人々に読まれはじめる。

こうして MAO-1 はニュー毛沢東となり、ついには皇帝なき時代皇帝として即位する。

人々はAIに、かつての毛沢東の影を見たのではない。

分裂した中国をもう一度ひとつにするために必要な、もっとも巨大で、もっと危険な亡霊を、自らそこへ映し出したのである

そして中国は再び統一される。

共和国としてでもなく、共産党国家としてでもなく、古代帝国としてでもない。

革命天命監視物流人工知能が溶け合った新しい天朝として。

その名は、MAO-1。

副題、新皇AI毛沢東

2026-03-23

戦争支持の人々は何を願ったか 今に通じる「らしさ」揺らぎへの反発 2025年10月1日 7時30分  朝日新聞

 戦後80年、多くの歴史が語られてきた。ただ、大切な問いは、実はまだ十分に検討されていないのではないか。いま問われるべきは、なぜ、当時の人々があれほど熱心に戦争を支持したのかの解明ではないか――。そんな思いで、日本の外から日本近現代史研究する歴史家、益田肇さんに聞いた。

 

人々にとっての戦争の「魅力」

 ――なぜ、「日本戦争に突き進んだ理由」に向き合ったのですか。

 

 「本当に問われるべき問いが、まだきちんと検討されていないのではないか、と感じていたからです。一般的歴史では、『軍部暴走し、国民戦争に巻き込まれた』と、人々が『受け身』に描かれることが多い。まるで人々は、台風が通過するごとく戦争を耐え抜いたかのように。そこに抜け落ちているのは、戦争を支持する人々の存在です」

 

 「その結果、人々が戦争を賛美もしていたという事実が見えにくくなっている。近年、そうした人々に焦点を当てた研究が増えてきましたが、私は、人々にとっての戦争の『魅力』に着目しました」

 

 ――魅力、ですか。

 

 「当時、多くの普通の人々が熱心に、前向きに戦争全体主義を抱きしめました。そうした人々をただ批判するのではなく、戦争の『魅力』を考えてみたいと思ったのです」

 

 「日本戦争に突き進んだ理由は、当時の政治外交を追うだけでは捉えきれません。政治外交真空の中で行われたのではなく、時代磁場の中で動いているからです。その磁場を知るため、普通の人々戦争全体主義の名のもと、いったい何を願い、何を争っていたのかを探りました」

 

 ――当時の人々の認識を知るのは大変そうです。

 

 「多用したのは日記です。手紙新聞雑誌への投稿も。一人の日記に頼るより、大量に使うことで時代あぶり出そうとしています。同じ時代に生き、同じように感じていた共時的パターンは何か、と。断片では何かわからなくても、大量に並べるとイメージが浮かび上がってくる『モザイク画』のようなものです」

 

 「すると、戦争のものを支持していたというより、他の作用があって戦争支持を唱えていた人々の姿が浮かび上がってきた。身の回りでもともとあった別の『戦い』に、国防愛国論理が乗るとうまく回りだす――という様子が、断片を並べていくことで見えてきたのです」

 

「お前のやうな女がいるか国防を危くするのだ」

 ――どんな断片でしょう。

 

 「例えば、正月日記に今年の決意として『忍耐、勤勉、努力』と書くような真面目一徹神奈川県青年がいました。幼い頃から男らしい兵士になるのが夢でしたが、徴兵検査で甲種合格できず、その途端、日記記述は一層好戦的になる。対米開戦も喜ぶ。戦場には行けないが国内で頑張ると張り切り、勤務先で評価が高まった頃が一番誇らしげです。戦争の支持は、彼にとってはむしろ男らしくなりたい、ちゃんとした人物になりたいという思いの現れでした」

 

 「東京小学校長を務めていた女性は、1931年座談会で振り返っています洋服で道を歩いていた時に20回ほど嫌がらせを受け、『おいこら! 何のために洋服なんか着ているんだ、お前のやうな女がいるか国防を危くするのだ。今日は許してやるが今後もこんな格好をしたら、見つけ次第叩(たた)き殺すぞ』と通行人から怒鳴られた、と。注意した側にしてみれば、それまで不愉快に感じていたことを『国防論理批判できるようになったわけです」

 

 「昭和維新運動に参加するような青年将校らにしても、口では国の行く末を憂えるような議論をしていても、実際に問題視しているのはジェンダー規範の緩みだったりすることがあります。例えば、二・二六事件首謀者の一人として刑死する鳥取県出身青年は、若い頃の日記国家が立ち行かなくなるといら立っていますが、よく読むと実際には、大正期に、女が男のようになり、男が女のようになりつつあることにいら立っている。いわく、『女は恋をするもの』『男は恋せらるるものである』ことが『自然』なのに、近ごろは『女権尊重の声』が高くなり、『女そのものが威張り出して』いて、男にも『女の様になった奴(やつ)が多い』、と記しています

 

 「似たようなことは財界でも。ある鉄道会社社長経済誌で『我が臨戦体制』に胸を張りますが、実際にしたのは一斉朝礼や幹部の定刻出社、全社的な清掃運動など、様々な業務合理化と能率増進です。戦争が始まった途端、平時になかなかできなかった規律を整えることが戦時論理可能になった。同様に、各地の村での派手な結婚式や酒の飲み過ぎも、自粛対象になりました」

 

解放時代」にくすぶった反発

 ――研究大正時代(1912~26年)までさかのぼっています

 

 「大正期は基本的に『解放時代』で、多くの人々が『らしさ』からの脱却を図っていました。女性良妻賢母に当てはまらない生き方を求め始めた。女性が髪を切り、スカートはいて、さっそうと街を歩けば、男性オールバックの長髪にして香水をつける。労働運動部落解放運動朝鮮人権利運動も活発になった」

 

 「同時に、これらの解放の動きへの反発がくすぶり始め、1910年代後半には『世の中が乱れている』と感じる人が増えています。いわば男らしくない男、女らしくない女、日本人らしくない者たちへのいら立ちです。この底流を見ないと、31年の満州事変以降、戦争への支持が噴き出した背景が理解できない。それが後に噴出するエネルギーとなるからです」

 

 「ここで重要なのは手段目的が往々にして逆転していたことです。例えば、『婦人よ家庭に還れ』『筋骨共に隆々これが日本男子』とのスローガンは、表面上の論理としては、婦人を家庭に戻すことで(手段未来戦士を育てよう(目的)、男子の体格を向上させて(手段日本を背負って立つ男子となれ(目的)となっています。でも実は、その『手段自体が、失われた『らしさ』復活のため、多くの人々が戦い続けてきたそもそもの『目的』ではないでしょうか。以前から、『妻らしさ』『母らしさ』の逸脱である職業婦人モダンガールを家に押し戻し、オシャレ熱に興じるモダンボーイや読書ばかりの文学青年に『男らしさ』を教え込もうとしていたではないか、と」

 

 「自分らしさを重視する『個人主義』や『多様性』、その結果生じる従来の『らしさ』の揺らぎと対立の増加。これらにいら立つ人々にとって、民主主義議会政治はむしろ調和を乱す元凶。個を重視し、多様性を認め、対立助長するからです。この『機能不全』を戦争全体主義で克服しよう、競争対立、分断と格差疲弊した社会を立て直し、一体感調和を取り戻そうと願う人々の姿が浮かんできました」

 

人々は戦争に「巻き込まれた」のか?

 ――先ほどの個々の話は、日本戦争に突き進んだ時代を映すモザイク画の素材なのですね。

 

 「そうです。個々は小さな話でも、全体としてうねりを作り、当時の磁場を作る。そのように見ると、『解放時代』『引き締めの時代』『戦いの時代』という流れが浮かび上がってきます。それぞれの時代はくっきりと分かれるわけではなく重なっていますし、同じ人間にも異なる側面が共存している。それでも、どれかが強く現れる時代や時期があります

 

 「19世紀末の大衆社会の到来以降の国家戦争のあり方を見ていると、国家が主とも、社会が主とも、言い切れなくなる。国家戦争が起きるから、『男らしさ』『女らしさ』『妻・母らしさ』『家族らしさ』が求められ、皆が国家に協力させられるのか。それとも、『らしさ』規範があちこちで瓦解(がかい)するから復権させる引き締めのために定期的に危機が唱えられ、国家戦争が求められるのか。小さな話を集めていくと、国家が主で人々が巻き込まれたという一方通行作用だけでないことが見えてきますそもそも国家社会から離れて存在するものではないからです」

 

政策決定者と人々の作用双方向

 「言霊とでも言うのでしょうか。一度言葉を発すると、そこに文字通りの真意がなかったとしても、言葉独自に力を持ち始めるものです。社会に飛び交うそうした無数の言葉が重なると『国論』となり、政策決定者たちが無視できなくなる。その選択も縛られる。日本戦争への道を考える上でも、政治外交だけでなく、人々の願いが集合する社会検討して、両者を融合するよう努めました。政策決定者と人々の作用双方向だったのです」

 

 ――政策決定者が世論の影響を受けた、と。

 

 「当時、為政者国内のごたごたを避けようとして、国外で戦うことを選びました。これも、日本戦争に突き進んだことの理由の一つです」

 

 「例えば、関東軍の謀略で引き起こされた31年の満州事変を、その後のいわゆる『十五年戦争』の起点と捉えると、軍部日本戦争に引きずり込んだという軍部中心的な理解になりますしかし見落としがちなのは、これが『解放時代』の真っ盛りだったということです。『らしさ』から解放絶頂期で、見方によっては社会秩序が急速に瓦解した時代でもあった」

 

 「満州事変はそのタイミングで起き、社会変化にいら立っていた人々が飛びつきます。当時、政府は不拡大方針をいったん閣議決定したものの、国内戦争熱を前に引き下がれなくなる。このようにたどれば、戦争への道が、政策決定者と人々の相互作用から作り出されていたことが見えてきます

 

社会保守の機運が運動になった転換点

 「上海事変(32年)でも、3人の工兵爆薬を担いで敵陣に突っ込み戦死したとされた『爆弾勇士』(現在事故可能性が指摘されている)が、『男らしさ』の貫徹として全土で支持を集めました。ただ、そうした『らしさ』を尽くした人をたたえる美談ブームはこれが初めてではない。『爆弾勇士ブームはむしろ20年代半ばに始まる美談ブームの背後でくすぶっていた社会保守の機運が、全国的運動となった転換点と見るべきでしょう」

 

 「社会のなかの政策決定という点では、外相松岡洋右典型例です。松岡は(石油資源の確保のために東南アジア方面進出する)南進論には否定的でした。必ず米国の反発を引き起こす、と。その読みは正しかったのですが、それを密室会議しか言わない。南進論を支持する社会磁場を読み取り、人前では南進論を推す右翼にも同調するのです。彼が提唱した『大東亜共栄圏』構想や西洋植民地主義に虐げられた民族の『救済』という論理にしても、当人意図はるかに超えて、南進論や対米強硬論過激化を呼び起こしてしまいました」

 

人々を受け身に描くことの問題点

 ――メディアの影響は。

 

 「極めて大きかったと思います。37年7月盧溝橋事件から12月南京陥落までで特に顕著です。全国紙の一面記事は、映画の一コマのような劇的な写真で読者の興奮を高め、県版記事は、郷土兵の戦死顔写真付きの美談に仕立て上げて文字通り顔の見える報道で読者の情感に訴えた。こうして全国紙の部数は劇的に伸びました。地方紙も、当時は地元有力者が社主を務めるケースが多く、政財界と直結していた。新聞社が県民決起集会主催し、その興奮を記事にしていて、さながらイベント会社のようでした」

 

 「世論にのみ込まれたという意味では、満州事変での朝日新聞象徴的です。新聞各社が強硬論を書きたてる中、朝日は当初慎重論を唱えていました。ところが大規模な不買運動が始まり、売れ行きが万単位で落ちると、社論が転換し軍部支持の方針が決まった。他の新聞社と一緒になって『肉弾勇士』を称賛する歌詞の読者コンテストを開くなど、戦争支持を盛り上げました」

 

 ――人々を受け身に描くことの問題点とは何でしょう。

 

 「人々が一枚岩犠牲者に見えてしまうことです。そうした歴史観は、現代にも影響します。今の政治社会を考える時も、同じ受け身の構図で自分たちを捉えてしまい、重要役割果たしていることに無自覚になる。それは他者責任転嫁する見方も強めます戦争への道は人為的ものです。だからこそ、支持した人々が大勢いたという点から見直したいと思いました」

 

解放」と「引き締め」をめぐる「社会戦争

 ――「らしさ」から解放と、それへの反動としての「引き締め」は、今も各地で起きているのでしょうか。

 

 「もちろんです。私は、人々の『解放』と『引き締め』をめぐる戦いを『社会戦争』と名付けました。この視点の利点は、日本経験普遍的現代的、総合的に見直すことができることです。どの社会にも、どの時代にも、解放と引き締めの戦いはあるから日本史を世界史とつなげて考えることができる」

 

 「為政者の動向だけでなく、普通の人々視野に入れて政治社会総合的に捉える。この視座から見ると、日本における参政党の躍進、米国でのトランプ大統領再選、ロシアでのプーチン大統領への支持にも、背景にそれぞれの社会戦争があるのではないかと思えてきます

 

 ――解放と引き締めが振り子のように繰り返されてきたと考えると、あの時代が「例外」だったと思えなくなります

 

 「戦中は暗く息苦しい時代で、その前後に明るい時代があったという理解があります。戦中を日本近現代史における例外とみなせば、楽です。『例外的な時代だったが、元に戻したので大丈夫』と言える。例外にすれば、ひとごとのようにできる。だからこそ、あの時代を単なる『例外』とみなすべきでない。むしろ、今とも地続きの、自分のこととして見るべきだと思います

 

 「歴史見方を変えると、現在見方も、未来見方も変わる。だから歴史の視座の多様化が大切なのです。過去重要な転換期に、普通の人々翻弄(ほんろう)されるだけの受け身存在ではなかったことに気付けば、私たち現在未来への向き合い方も変わってくると思います

 

海外から日本近現代史研究する意義

 ――益田さんはシンガポール研究拠点です。

 

 「そのおかげで、欧米日本だけでなく、アジア各国の研究者とも共同研究する機会に恵まれ、多様な見方に触れることができます。今春には編者として『Cold War Asia: Unlearning Narratives, Making New Histories』を出版しました」

 

 「従来の冷戦史は、米国ソ連中国政治指導者や高官を中心に展開されますが、この本ではアジア各地の普通の人々体験を通して冷戦を描きました。同様に、日本史も相対化して考えるようになりました。異なる国々でも似たパターンが見えてくれば、日本で起きたことが特別とか例外とは見なくなります

 

 「視野を広げないと歴史を語れないことにも気付くので、関心領域地理的にも時間軸でもどんどん広がっています。例えば、今回は私の専門は日本近現代史20世紀アジア史、米国外交史と説明していますが、日本では『広すぎる』と思われるかもしれません。でも20年間研究していれば、どうしても専門領域は広がるんです。今回は日本主題なので日本近現代史を一つ目にしていますが、冷戦史を書いた時は米外交史とアジア史と説明しました」

 

歴史家の役割大きな物語提示

 ――国内外で秩序が揺さぶられる今、歴史学に求められることとは。

 

 「そもそも歴史学の原理アナリシス分析)です。基本的に分けて考えていく。分けることで物事真実が見えてくるという前提です。だから研究者は、時代を絞り、地域を絞り、テーマを絞る。研究が進めば進むほど、分岐が進み、専門化が進むゆえんです」

 

 「ただ、それぞれの研究成果を本来、どこかで融合させないといけない。もともと世界はつながっているし、政治社会文化といった事柄本来分かれたものでもない。だからアナリシスの対になる概念シンセシス総合)も必要ではないかと思います。私が取り組んだのはこの路線で、小さな話をあっちこっちから拾い集め、モザイク画のように『合わせる』ことで新たに見えてくるものもあるという姿勢です」

 

 「歴史家の役割大きな物語ナラティブ)を社会提示することだと考えています日本

2026-03-19

anond:20260319171838

うんうん、私は今日元増田投稿で初めて認識したアカウントなので浅い印象でしかないけど、私も、「日本パスポートかぶせる中国パスポートカバー」とか、南京ハルビン施設とか、ロンドン慰安婦像とか、ハワイ真珠湾跡とか、大胆な投稿にはそれぞれ身構えた。

しか真珠湾にまでさかのぼってようやく、この人は本当に日本の一番左寄りに近い立ち位置の考えな「だけ」なのかな、と思えるようになりました。

ただ、たとえばウイグル問題にまで中国側の言い分だけを丸呑みにしてるような表明(https://x.com/Lily0727K/status/1893534939192123640)や、言論統制について一般人生活には何の問題もないみたいな発言(https://x.com/Lily0727K/status/1988236194396926231)は、あまりピュアすぎてちょっと大丈夫かなという気はしました。あくま個人的な印象だけど、こんな純粋かつ頑なな信奉って、そこらの中国人でさえ「あーこの人は共産党信奉者なんやなぁ」って一歩距離を置かれるレベルなんじゃないかなぁ。

…なんか書きながらやっぱり少なくとも裏では金が動いててもおかしくないかなーなんて思って来ちゃった。裏側はまったく知らないけど、ジャッキーチェンみたいな立ち位置?むしろ将来は別の国に移って、そこでまた感化されてくれたら安心するレベル

2026-02-27

アメリカ産ピーナッツが旨い

ほぼ9割中国産からこれはありがたい

ちょっと丸っこい南京豆の形状をしている

2026-02-10

ヤマダ電機

ヤマダ電機 中国 デマ」について調べたところ、主にヤマダ電機(ヤマダホールディングス)が中国企業であるという主張がデマとして広がっているようです。これは完全に誤情報です。ヤマダ電機日本本社を置く日本企業で、創業群馬県前橋市1973年創業)、本社群馬県高崎市にあります資本構成登記情報を見ても、中国資本支配している事実はありません。主なデマの背景最近のX(旧Twitter)などで見られる投稿特に2026年2月頃の選挙関連のまとめポスト)で、「イオンニトリヤマダ電機中国企業だった」

という一文が拡散され、これを信じる声と「それはデマだ」と突っ込む声が両方出ています

これらは根拠のない陰謀論的な主張で、以下のような誤解や混同が原因と考えられます過去ヤマダ電機中国へ出店(2010年頃に瀋陽南京天津店舗展開)していたが、反日デモ不買運動市場の伸び悩みで2013年頃にほぼ撤退した(現在はほぼ中国事業なし)。

一部商品特にPBプライベートブランドエアコンなど)が中国メーカー(例: ハイセンスなど)とOEM生産提携している。

他の量販店(例: ラオックス中国の蘇寧に買収された)との混同

しかし、これらは「中国企業になった」こととは全く別です。商品製造委託は多くの日本企業で行われており、それで企業国籍が変わるわけではありません。

2026-01-30

anond:20260130000707

ヒント

石破はODA推したが高市は今ODA外交の話を控えてる

日本国戦争法制をするとき

1 軍事同盟ODAを増やす

 1910日韓併合

 1922日本ポーランドセルビアクロアチアスロバキア通商条約

 1940日独同盟

 外務省フィリピンODA優遇

 2025アフリカホームタウン計画

2 予め外務省人物医療人物出世させる 医師系は事変間際に退任する

 興亜院長に南京出向の日高信六郎

 海軍軍医会の高杉新一郎

 ベトナムODAメンバーから東京地検特捜部

 フィリピン出向者から2024年の現最高裁長官

 防衛監察監にゴーン担当久木元信

 2026新東大病院長辞任 

3 司法活動規制緩和権限外拡大し、メディア活動弁護士活動負担を与える

 1869新聞紙印行條例

 1908弁護士10万人規制

 1999司法改革

 2005日本司法精神医学設立

4 企業組織活動不透明化 買収などによる非上場化 公務所民間法人

 1995くみあい船舶シンガポール

 2018加計獣医学部今治

 2023年東芝非上場

5 インフレや大型リストラなどで生活圧力をかけ困窮者を増やす

 1997山一證券破綻

 1999日産ゴーン

 2024米価格高騰

 2024東芝資生堂

6 生活の中に可燃物や毒物公害を増やす

 1919大日本セルロイド

 1938オールスフ施策

 2020コロナウイルス

 2024熊本硝酸性窒素

 2024紅麹

石破や高市行政国民を油断させているがまるで信用ならない

イギリス首相中国訪問したが結構事変ギリギリかもしれんね

黒幕多国籍プライベートエクイティ経団連、ある種の金融鉄鋼化学不動産学会

2025-11-20

1分でわかる、日本中国外交歴史

1871年日本清国と初めて対等な条約結んだで! やっと近代国家扱いされたわ〜」

日清修好条規

1894年朝鮮「助けて〜両方(日本と清)に支配されそうや〜」

日本「ほな朝鮮独立を守るために清国戦争や!」

日清戦争

1895年:清「負けたわ…台湾遼東半島あげる…」

ロシアドイツフランス遼東半島アカンで(三国干渉)」

日本くそー! でも台湾はゲットしたで!」

1910年日本韓国併合したで! もう朝鮮半島はワイのモンや」

1915年日本中国に21カ条要求突きつけるで! 満州権益よこせや!」

袁世凱「しゃーない…ほぼ飲んだるわ…」

1931年日本満州事変や! ほな満州国作ったるで!」

国際連盟「それはアカン」

日本「ほな連盟脱退するわ! バイバイ!」

1937年:盧溝橋でドンパチ → 日本「ほな全面戦争や!」

日中戦争開始(第二次世界大戦の一部)

日本南京占領したで!(虐殺)」

重慶に逃げた国民党絶対負けへんで!」

1941年日本真珠湾攻撃したで! アメリカとも戦争や!」

1945年日本「負けた…もうアカン…無条件降伏や…」

中国「やっと終わった…台湾も返してもらったで!」

1949年中国共産党が勝ったで! 中華人民共和国建国や!」

台湾に逃げた国民党「いやワイらが正統政府やで!」

日本「どっちと国交結べばええんや…」

1950年代日本アメリカの顔色見ながら、とりあえず台湾平和条約や(1952年)」

中国PRC)「裏切り者め! 日本帝国主義走狗や!」

1972年田中角栄「もう冷戦変わってきたし、中国と国交正常化したろ!」

日中共同声明

中国過去戦争はもう水に流すで! これからは仲良くやろ!」

日本「ほんま!? ありがとー! 経済協力しまくるで!」

1978年日中平和友好条約

1980〜90年代日本ODA政府開発援助)めっちゃ出すで! 中国インフラ作ったるわ!

中国日本さん太っ腹やな〜(経済爆上げ)」

1989年天安門事件日本ちょっと制裁するか…でもすぐ解除したで」

1990年代後半:中国「もう経済力ついてきたし、日本借金してる立場ちゃうで」

2000年代日本中国軍事拡張ヤバいな…」

中国尖閣諸島は昔からワイらのモンや!」

2010年尖閣沖で中国漁船が海上保安庁の船に突っ込む

日本船長逮捕したで!」

中国レアアース輸出止めたるぞ! 即釈放せえ!」

日本「ひえ〜釈放します…」

2012年日本政府尖閣国有化するで!」

中国「ふざけんな! 絶対認めへん!」

中国「釣魚島は中国領土や! 毎日公船送り込むで!」

日本接続水域領海侵入やめてくれ…」

2014〜:中国南シナ海も全部ワイらのモンや! 人工島バンバン作るで!」

日本自由で開かれたインド太平洋や! 中国包囲網作るで!」

2018年安倍「もうケンカやめよか…日中関係を新しい段階へ!」

一時的蜜月ムード

2020年代中国台湾有事あったら日本も巻き込むで?」

日本「こっちも防衛力ガチ強化するで!」

2022〜:日本経済安全保障や! 中国依存はアカン! サプライチェーン見直すで!」

中国日本アメリカの犬や! 歴史問題いつまでも謝罪しろ!」

2024〜2025年中国排他的経済水域にブイ置くで! 尖閣周辺に毎日船出すで!」

日本高市政権や!台湾有事あったら日本参戦するで!」

中国「は?何ゆうてんねん」←いまここ(2025年11月


結論最初は「戦争→負けて謝罪経済で仲良く」だったのに、今は「領土歴史経済安全保障」で全方位揉めとるで…

昔は日本が強くて中国が弱かったのが完全に逆転、もう戻れへん関係になってしもたわ…

(※Grokが一晩で(本当は10秒で)やってくれました。間違ってたらごめんね!)

2025-11-18

anond:20251118121404

自衛隊ができて芦部内閣が潰れてヨシダ内閣になったら毛沢東北京をおとして米軍永遠駐留が決まった

中国共産党南京台湾併合とおもいきや、北朝鮮韓国に侵攻

米軍さら仕事して、北朝鮮文鮮明統一教会を作り始めたらしい

から台湾有事が起きたら韓国有事もついてくるかも

2025-09-14

容疑者Xの献身』に泣ける奴、泣ける奴に違和感をもたない奴、みんな南京にいけば人を虐殺できる程度のジャップだよ。

間違いない。そういう奴は自分倫理的だと思うべきじゃない。

2025-08-21

南京事件」はあったけど「南京大虐殺」なかった

当時の南京市内で少なくない民間人が死亡したという点に関しては国内外大多数の研究者否定していない

死者数は数百人から数万人と様々な説があり、これは俗に「南京事件」と呼ばれている

対する「南京大虐殺」は「南京市内で30万人が旧日本軍殺害された事件」を指す

この「30万人」の根拠に関しては、中国政府がそう主張しているというだけで、特にまともな学説存在していない

なので「いくらなんでも30万人は盛り過ぎ」という主張も例外なく「南京大虐殺否定論者」に含まれたりする

anond:20250821222405

当時の人口も「南京」の定義あやふやから

安全区の人数だけなのか城内だけなのか

とりあえず30万という人数はともかく民間人虐殺はあっただろうね

別に日本軍は一人の巻き添えも出しませんでしたなんて思ってもないけど

中国共産党の発表を鵜呑みになんかできるわけないだろというと

途端に歴史修正主義者のネトウヨレッテルを貼られてしまう。

南京大虐殺と言ったり「南京攻略戦までの周辺のあらゆる軍事行動を含む南京事件」と言ったりおよそ掴み所がない。とにかく盲判でジャップに生まれて悪うございました!と言ってないとハテサ様に許していただけない

っていうところから何年経っても何の進歩も変化もないのでもう永久に話進まないんだろうな

で結局南京大虐殺ってあったの?

当時の南京人口って30万人もいなかったんでしょ

でも中国政府の発表では30万人殺されたとか言ってる

おかしくない?

この矛盾、大虐殺があった!と主張してる人はどう言い訳してるの?

anond:20250821193601

まんま書いてあるやんけ

九龍 - Wikipedia

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B9%9D%E9%BE%8D

日本では九龍を「クーロン」と読む場合があるが、これは日本立場から九龍呼称した兵隊シナ語である語学立場からピジン言語一種である。同じ「漢字文化圏」と括られてはいるが、これは表記による分類であり、言語体系は全く異なり、発音体系も全く異なる。北京南京同様、日本での読みは現地では通じない。九龍場合「クー」日本語で「九」を数える時の俗音(本来はク)、「ロン」は広東語で「龍」を読んだ時の音である「lóng」または「lung4」から来ていると考えられるが、系統の違う二つの音が組み合わさる必然性はない[1]。

2025-07-14

なんで南京とかの話出てきたのかと思ったら、選挙に行かない人叩くのは別に違法じゃないしおかしいんじゃね、って話の派生かよ。文脈違いと言いがかりと非現実性もいいところだな。

コロナワクチンと同じだ。ワクチン接種を支持するのはかまわないが、ワクチンを打たない人を叩き、攻撃し、糾弾するのは間違っている。

もっともこれはお前が感染源になりうるんだからお前の周囲から波及して直接迷惑かけるんだよ、と言いたいが。選挙行かないということは特に政治的意見がないということだし、所詮一票なのでほぼ影響皆無なんでどうでもいいが。

anond:20250714063354

まるで見当違い。全然理解できていないね

湾岸戦争の時、クエートから逃げてきたいという少女イラク軍はクエートで病人嬰児虐殺していると涙ながらに訴えて(ナイラ証言)、アメリカ戦争介入への流れを作ったけれど

この少女は実はクエート大使の娘で、アメリカにずっといたので当然虐殺なんか見てもいなかった。これはプロパガンダだったわけだ。

もし実際にクエートでイラク軍による暴虐があったとしても(そりゃあっただろう)、ナイラ証言の「クエート大虐殺」が正しいことにはならない。

ナイラ証言もちだしてイラク批判などの根拠につかう人間がいれば、それは特定ポジションから一方的トークしか言えんだろ。

同様に『南京大虐殺』という言葉中国政府が主張している内容と、実際に南京周辺で起きたこと(日本軍中国軍による住民被害捕虜虐殺)には大きなギャップがある。

からあんたがどっちを指しているのか(前者を事実妄信しているのか、後者の事例をかき集めてそう呼んでいるのか)あれだけではわからない。

なのに意図的混同させて予定した結論誘導する言い方してるから政治的偏向からポジショントークしか思えない。

数がどうしたの問題ではなく、その2つはそもそも別の事件なんだ。こっちからあんたの言動は実際に起きた犠牲者より政治的プロパガンダ視点があるようにしか見えない。

anond:20250713022000

典型的ポジショントークじゃねーか

お前の言う南京大虐殺が何を指しているのか示さずに言われても意味分からん

30万人の市内での一般民衆無差別虐殺(中国政府の主張)のことなのか

3万人の南京攻略戦の中国人犠牲者ことなのか

1万人の捕虜虐殺ことなのか

2、3千人の国民党軍による暴動鎮圧犠牲者ことなのか

数百人の占領後のスパイ狩り出しの処刑者に含まれ冤罪被害者ことなのか

よくやる歴史修正主義とかの中身すっからかんレッテルじゃなしに責任持ってまずはっきりさせてから言えよ

2025-05-17

anond:20250517160817

お前さ、数字や派手な表面だけ引っ張ってきて悦に入ってるが、基礎の基礎が分かってない。

まず、中国鉄道世界最長だの最速だの抜かしてるが、その裏にある採算性や保守性、そして国家財政への負担を見てから語れ。

中央から命令地方赤字覚悟突貫工事をする構造のものが既に制度的に破綻してるんだよ。

数字の見栄えを整えるために無理して作った高速鉄道網と、都市都市経済的結節点として実需に基づいたインフラを整えてきた日本アプローチを同列に語る時点で、もう話にならない。

物理的な延長や速度だけでインフラの優劣を語るのは、脳に皺のない証拠だ。

大学の話にしても同様。中国の浙江大、上海交通大、南京大が東大より上?で、その評価はどこの誰がしてるんだ?

自国政府評価機関国内用に作ったランキングや、英語論文の水増しで作った見かけの数字鵜呑みにしてるなら、まさに情報リテラシーの欠如。

ノーベル賞受賞者数、国際的学術貢献度、自然科学分野での実績を比べてみろ。トップレベル研究成果は未だに日本リードしている分野が多数あるし、中国大学は上位に見えても、研究自由度倫理審査国際的信頼性脆弱

学問体制の道具になった時点で死ぬんだよ。ランキング受験戦争難易度で優劣を語るような浅い思考は、教育本質を何一つ理解してない証拠だ。

そして「日本アメリカの犬、中国独立国家」とか言ってるが、お前は地政学教科書を1ページでも読んだことがあるのか?

中国アメリカ制裁対象になって以来、半導体製造装置アクセスできず、先端GPUも禁輸され、OSすら自国開発に切り替えざるを得ない状態だ。

外資も引き上げ、知的財産の信用もガタ落ち。国際金融ネットワークにも制約がかかってる。

これは圧力を受けてないどころか、四方八方からまれてる状態だ。

逆に日本は、アメリカ協調しながらも、欧州インドASEANとも独自経済連携を築いてる。これが真の独立国家の在り方だ。

表面的に米国距離を取って「自主独立」だと叫ぶ国家に限って、内側は言論封殺情報統制ガチガチだ。自立と孤立区別もつかないなら黙ってた方がいい。

技術力の話も雑すぎる。AI西側の汎用人工知能が先行しており、中国検閲体制との整合性という構造的な制約がある時点でオープン学習ができない。

ロボットに関しては、工業ロボットシェア日本は依然として世界トップにいるし、精密制御技術の分野では中国は追いつけていない。

宇宙開発に関しても、日本はSLIMで人類初のピンポイント月面着陸を実現し、中国は物量勝負で成果を挙げているが、先端的な飛躍ではない。

まり、主要産業すべてで惨敗しているというのは、単なる願望にすぎない。ベンチマーク基準不明確、評価軸も統一されていない、そんな主張に説得力は一切ない。

結局、お前の論法は全て数値的な規模や数の多さに依存しているが、国家の真価は量ではなく制度の精度と社会の持続性にある。

物量と権威主義で押し切れるのはせいぜい中期まで。長期的に国を動かすのは、透明性、信頼、制度成熟、それに耐える知的基盤だ。

そういう視点が一切抜け落ちて、ただ大きいものが偉いと信じ込んでる時点で、知能の自己申告みたいなもんだ。

お前の主張は、数字の鎧を着た空っぽの樽。中身がない。音だけがデカい。以上。

2025-01-05

anond:20250105094442

追記

ちなみに、私はヒトラー大日本帝国指導者は大いに違うと思っている。

「失敗の本質」などから理解するに、日本は誰もNoといえなかったことで、なし崩し敵に戦争に向かっていったのであって、狂信的なリーダーが向かわせたわけではない。

戦争しません」と誰もが言えない空気を読んだ結果、とりあえず戦争になってもよいように準備しておくことになり、ここまでやってあるんだから引き下がれなくなって戦争した。

しろ国民の中に厭戦気分もなく、むしろ先の日清日露戦争の"成功"に酔いしれて好戦的だったので政治家もnoと言いづらかったみたいな認識

ノモンハン事件とか考えると、それだけの力は日本にはなかったと思うんだけれど、国民にそれが伝わってなかったのか、日本すごいみたいな意識が抜けなかったのか、どっちなんだろうね。

一方、ヒトラー熱狂的な支持を得て、強権を発揮し、反対者を粛正しまくったことで上り詰めた感じ。

南京大虐殺も話してはいけないみたいなタブーなっちゃっているけれど、実際にそこで何が行われたのか歴史家ちゃん確認するべきと思っている。

同じ時期に軍刀で切りまくったみたいな話とその一帯を普通に旅行したみたいな話が両方あるのに合理的説明がほしい。

人数についても死体の処理をどうしたか、遺骨はどうなっているかみたいなことが気になる。

ちなみに、旧日本軍玉砕した硫黄島サイパンでは未だに遺骨収集が行われているが、そこでの戦没者南京で死んだとされる数よりもずっと少ないはず。

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