はてなキーワード: 区間とは
まず反例。例えば観測者が100名居て、100名がみんな「Xさんは良い人だ」といえば
「Xさんはいい人」という観測結果にはそれなりの価値があるよ。統計的手法をつかえば、信頼区間などで厳密に数値で検証できる。
また「観測者」といってるけど、そもそも観測せずに評価する方法なんてあるの?
たとえば、数百光年離れた遠い惑星でも、電磁波を観測して、そこから間接的に評価してるわけで。直接的じゃなくても観測的に何か情報を得ないと評価できない。
情報なしで何か判断することを、はたして「評価」と言えるのか?
評価と言った時点で、
の2つが暗に仮定されるとおもうよ。
まとめると、君の主張はツッコミどころ満載で、多分間違ってると思うよ。
よくある借金が~とか負けるから~で辞めるものではない。平日夜と土日稼働のみで、
直近5年で平均年50万程勝ってた。(しょぼいし、20代前半から打ちはじめて人生でのトータルは余裕のマイナスだけど)
別に辞めた方が良い!と主張するものではないが、あんまり戻りたくもないので自己満としてここに吐きだそうかなと。
辞めた理由①
最大の理由はこれ。まあ直近3年も打ってて何言ってんだと言われるかもしれないが、やっぱり有利区間がどうしても無理。
5号機から打ち始めた若造ではあるけど、やっぱり最強特化ゾーンとか嚙み合って閉店コースみたいな気持ちよさがどの台にも無い。
基本差枚で切って、特化チャレンジしての繰り返し。
純増9枚ですぐに出るのがいいんじゃないかという人もいると思うので、これが正しいとかの主張をする気はないが、NotForMe。
後有利差枚は2400で切れるのに吸い込みに下限が無いのは兵頭会長も公平感が無いって怒りに来ると思う。
辞めた理由②
①の理由と若干被るが、まず趣味として面白くなくなった。面白い台が無いのだから当然だが
30後半で年収650万前後のザ平均レべルの年収だが、平日の仕事終わりや土日稼働して(毎日ではないにしても)
年50万では割に合わない。もちろんもっと勝った年もあれば負けた年もあるが、自分は結構店を選んだ立ち回りでこれ。
ここはもっと上手い人なら年100↑を狙えるのかもしれないが、仮に年100としても稼働する時間に対して意味が薄く感じるようになった。
辞めた理由③
客層の悪化
インターネットの影響か分からないが、引き子や打ち子の様な人間が増えすぎ。
座った台の両隣がスマホイヤホン見ながらスライド打ちなんてザラ。(これは台も悪いけど)
それで抽選人数は都内の店は大体強い日は1000人前後。オンラインはもっとひどい
まあ他にも変な客が多いとか朝並んでるのを見られるのが苦痛に感じるとか細かいことはあれど、
○ご飯
朝:サイゼリヤ(赤デカンダ大、チキンのサラダ、蒸し鶏の香味ソース、辛味チキン、柔らかチキンのチーズ焼き)。昼:袋ラーメン。たまご。夜:焼きそば。間食:なし。
○調子
むきゅーはややー。おしごとは、おやすみ。
○ポケットモンスターX(NPC交換ポケモン旅)
AZ〜フラダリの区間、話が重たいからここで毎回休憩入れちゃう。
水のドラポンをオリジン化。これでオリジンの進捗は火以外の5属性が終わり。あと5週間で完走なので頑張ろう。
それと光のマグナ終末を230に。これでマグナの方は全部230にした。
神石の方もやっていくが、流石にそろそろ240や250も視野に入れたくなってきた。
まずは青紙…… 青紙面倒すぎるな、いいか、当分先で。
石油化学の業界にいる。今起きていることと、これから起きることを書き留めておく。テレビが報じないので。
追記についてはページ下部に。
2月28日、アメリカとイスラエルがイランを空爆した。翌日ハメネイ師が死亡。革命防衛隊がホルムズ海峡の通過船舶への攻撃を警告し、タンカー三隻が攻撃された。3月2日に日本郵船と川崎汽船が通峡停止。ホルムズ海峡は事実上の封鎖状態に入った。
木原官房長官は「存立危機事態には該当しない」と述べた。日本は原油輸入の九割を中東に依存している。「254日分の備蓄がある」と政府は言った。
3月6日以降、三菱ケミカル(茨城)、三井化学(千葉・大阪)、水島コンビナートと、エチレン減産が次々に始まった。ナフサ価格は急騰し東京オープンスペックで1トン785ドル。出光興産は「封鎖が長期化すれば設備を停止する」と取引先に通知。シンガポールでは住友化学グループがフォースマジュール(不可抗力条項)を宣言。国内12基のエチレン設備のうち半数が減産に入った。
Bloombergが「ナフサ不足は炭鉱のカナリアだ」と書いた。
3月16日、NY原油先物が100ドルの大台を再突破。民間備蓄の放出が始まった。3月17日、石化協が「直ちに供給困難となる状況ではない」とコメント。赤沢経産相も「直ちに需給上の問題は生じていない」と発言。「直ちに」「直ちに」。この言葉、2011年に聞いたことがある人も多いだろう。
同日、トランプがホルムズ海峡への護衛艦派遣を各国に要求。同じ日に「支援は不要」と撤回。
3月18日夜、高市首相が訪米のため羽田を出発。テレビはワシントンの桜並木の映像を流していた。国内のナフサ在庫は約20日分という試算がある。テレビは高市の服装の話をしていた。
今日は木曜日。高市・トランプ首脳会談がワシントンで行われる。
テレビの報道量が異様に少ない。ワイドショーがホルムズ海峡を取り上げない。「訪米」「日米同盟」「異例の厚遇」。この言葉だけが繰り返されている。おそらく高市の訪米に合わせて報道のトーンが調整されている。
明日か明後日で、ホルムズ海峡経由で出港した最後のタンカーが日本に入港する。それ以降、最低三週間、中東からのタンカーは来ない。この事実を報じているテレビ局を、自分は確認できていない。
スーパーに行った。まだいつもと同じだった。キャベツが高い。それはホルムズとは関係ない。まだ関係ない。
明日は春分の日で祝日。株式市場は金土日の三連休に入る。三連休の間に何が起こるかを想像している人は少ないだろう。
当たるかはわからない。でも、サプライチェーンの構造から逆算すれば、こうなる蓋然性が高い。
首脳会談の「成果」が報じられるが、ホルムズの航行再開に向けた具体的なタイムラインは出てこない。「航行の安全について意見交換」の一行で終わる。自衛隊派遣は「引き続き検討」。
三連休明け、日経平均は大幅安。原油は105ドル台。ガソリン補助金があるからガソリン価格は「抑えられている」と政府は言うが、問題はガソリンだけではない。
会社から全社メールが届く。「電力コスト上昇に伴い、空調設定を見直します」。冬が終わったばかりなのに、オフィスが寒い。正確には、暖房が弱い。会議室の半分が消灯される。「使用していない部屋の照明はお切りください」。節電、と書いてある。ああ、これも2011年に見た光景だ。
Xに「工場が止まった」「来週から自宅待機」という投稿が出始める。岡山、山口、千葉。コンビナート周辺。自宅待機の間の給与は「会社と相談中」。こういう投稿がじわじわ増えていく。最初は誰もバズらない。
通勤のバスが減便になった、という投稿がXにちらほら出始める。地方のディーゼル路線バス。燃料費が合わない。都市部はまだ影響が見えない。まだ。
スーパーの刺身のトレーが小さくなる。黒い発泡スチロールではなく、薄い白い紙トレーに変わる。誰も気にしない。まだ。
ナフサ在庫が尽きる。
エチレンプラントの完全停止が増える。国内12基のうち動いているのは3〜4基。出光興産の徳山が完全停止。「当面の間」。
政府が石油備蓄の追加放出を決定。国家備蓄から5日分。254日分のうちの5日分。
このあたりで最初の「品切れ」が可視化される。ドラッグストアの食品用ラップが売り切れる。「お一人様一点限り」の張り紙の前に商品がない。Xに「ラップが買えない」というポストが急増する。テレビはまだ取り上げない。
コンビニの弁当容器が変わる。プラスチックトレーから紙容器に。「環境への配慮」と書いてあるが環境ではない。ナフサだ。紙容器は汁が滲む。
ここで意外なものが棚から消え始める。コンタクトレンズ。使い捨てコンタクトの素材はシリコーンハイドロゲル。石油化学製品だ。メーカーが出荷調整に入る。Xに「コンタクト買えないんだけど」というポストが増える。眼鏡を持っていない若い世代がパニックになる。これが一番バズる。ホルムズ海峡と自分の目が繋がっていると想像したことがある人はいない。
会社の複合機の前に張り紙が出る。「トナー在庫が逼迫しています。印刷は必要最小限に」。トナーの主成分はスチレン-アクリル樹脂。ナフサの子供だ。社内資料はPDFで回覧、と全社通達が来る。DX推進部が何年もかけてできなかったペーパーレス化が、ナフサ不足で一週間で実現する。
病院関係者のXポストが流れてくる。「点滴バッグの在庫を確認してください」。点滴バッグはポリプロピレン。注射器のシリンジもポリプロピレン。手術用のディスポグローブ。医療はプラスチックの塊だ。厚労省が「現時点では供給に問題はない」とコメントする。直ちに、とは言わなかった。言い方を変えただけだ。
農協が「肥料価格が前年比70%上昇。秋の作付けに影響する」と警告する。リプライには「大げさ」「不安を煽るな」と書かれる。肥料の原料の多くは中東経由のアンモニアだということを、リプライしている人は知らない。
自動車メーカー複数社が減産を発表。樹脂部品の調達困難。テレビのトップニュースになる。ようやく。ただし報道の焦点は「納車遅れ」であって、その先にある雇用の問題ではない。
ガソリン補助金の予算が枯渇する。追加予算を組むには国会審議が必要。国会では自衛隊派遣の是非で与野党が延々と議論している。補助金の話は新聞の二面の下のほうに小さく載る。
会社が「週二回の在宅勤務推奨」を打ち出す。理由は「従業員の通勤負担軽減」と書いてあるが、本音はオフィスの電気代だ。電力卸売価格が高騰している。LNGの一部もホルムズ経由で、スポット価格が暴騰。電力会社が燃料費調整額の上限撤廃を申請し始めた。来月の電気代がいくらになるか、誰にもわからない。在宅勤務の電気代は自腹だが、誰もそこには触れない。
車通勤の同僚が「もう電車にする」と言い始めた。ガソリンが高すぎる。しかし地方では電車の選択肢がない。JRのローカル線が一部区間で減便を発表。理由は「電力コストの上昇」。自家用車も電車も使いづらくなるとどうなるか。行けなくなるのだ、会社に。
社食のメニューが減った。揚げ物が消えた。食用油が値上がりしているからだ。自販機のペットボトルが売り切れになっている台数が増えた。補充が追いついていない。容器が足りない。
スーパーの肉のパックが変わる。発泡スチロールのトレーではなく、肉が直接ラップで巻かれている。ラップも薄い。透明ではなく半透明。
「紙おむつが値上がりした」という母親のXポストが万バズする。「ナフサって何ですか」というリプライがつく。今になってナフサを知る人が増える。遅い。
ガソリンスタンドが営業時間を短縮し始める。朝10時から夕方4時。タイヤの値段が跳ね上がっているという話もXに流れてくる。合成ゴムの原料はブタジエン。ナフサから作る。タイヤ交換の時期なのに交換できない。
近所のクリーニング店が三割値上げする。溶剤がナフサ由来だと初めて知る人が多いだろう。クリーニングの溶剤。ペットボトル。食品トレー。ラップ。紙おむつ。コンタクトレンズ。点滴バッグ。自動車の部品。タイヤ。肥料。パレット。合成繊維。接着剤。塗料。靴底。トナー。全部ナフサ。全部あの幅30キロの海峡を通っていた。
派遣切りが始まる。自動車工場の人員から。「リーマンの時と同じ空気だ」と物流業界の知人は言うだろう。
スーパーの棚が歯抜けになる。ペットボトルの水。カップ麺。パックのジュース。品切れではなく「入荷量を調整しています」の張り紙。プラスチック容器不足が飲料メーカーの出荷に波及。
テレビに「買い占めをしないでください」のテロップが流れる。買い占めをするなという放送を見て買い占めを始める人がいることを、テレビは2011年から何も学んでいない。
物流会社が荷受けを制限し始める。パレット不足と燃料費。「届けるのが遅れます」は「届かなくなる」の婉曲表現。Amazonの「お届け予定日」が三日伸びていることに気づいた人がいるだろうか。
道路の補修が止まっている。アスファルトは原油の残渣から作る。原油が来なければアスファルトも作れない。都内の幹線道路に補修されないまま放置された穴が増える。小さな穴だ。しかし穴は広がる。国交省が「緊急性の高い箇所を優先的に対応する」と発表する。つまり、優先されない穴はそのまま。
農家がXで悲鳴を上げている。ビニールハウスのフィルムが手に入らない。肥料が買えない。燃油が高くてハウスの暖房を切った。「夏野菜の出荷量は例年の半分になるかもしれない」。誰も引用リツイートしない。
経産相が会見で「国民生活に直ちに深刻な影響が出る状況ではない」と述べる。
直ちに。
テレビはゴールデンウィークの旅行特集をやっている。穴場の温泉。お得なグルメ。笑顔のレポーター。
その裏で、ペルシャ湾には44隻の日本関係船舶が動けないまま浮かんでいる。
言いたいのは、問題はガソリン価格ではないということ。ガソリン補助金の議論だけしていたら見誤る。ナフサというほとんどの人が知らない石油製品が止まることで、プラスチック容器→食品包装→物流パレット→自動車部品→肥料→農業と、サプライチェーンの上流から下流に向かって静かに止まっていく。コンタクトレンズも点滴バッグもタイヤもアスファルトも止まる。あなたの会社のトナーも、社食の揚げ物も、通勤のバスも止まる。その速度は、ナフサ在庫(約20日)、ポリエチレン在庫(3〜4ヶ月)、各業界の製品在庫の厚みによって決まる。
4月上旬が最初の分岐点。ここで海峡が開かなければ、5〜6月に第二波が来る。
(追記があれば下に書く)
東京都市部にひっこしてきて、あまつさえ、職場が埼玉になりました。
変わらない と思っていたんですけど
違。電車内の様子が違う。
23区の人は席が空いても座らなかったりするのですが、
席取合戦が激しい。田舎だから区間が長いって理由でもないのに(1区間2分程度)
なにがなんでも座る。
1駅2駅程度でも絶対座る。集団で全員座れなさそうなのに1,2人意地でも座る高校生。
都営バス終点でポールポジションを取る足の悪い遅い邪魔なババアのこともずっと謎に思っていたが
(挙動がすべて遅いので迷惑。他の降りる乗客を待ったあと、降りればいいのに)
浅草線、東日本橋駅付近。地下深くの闇の中で、世界は二つの巨大な磁力に引き裂かれようとしていた。
事の発端は、一人のインバウンド客が羽田空港で手にした「反物質(アンチ・マター)製のキャリーケース」だった。
そして運命の悪戯か、成田空港からはそれと対をなす「正物質の特大スーツケース」を携えたビジネスマンが、浅草線という名の「全長65キロメートルの加速器」へと足を踏み入れた。
ステップ1:加速
エアポート快特の加速は順調だった。線形は緩やかな曲線を描き、120km/hの速度で「粒子」たちは互いに向かって射出される。
浅草線区間に入ると、磁場(という名の過密ダイヤ)が粒子を絞り込む。通路はスーツケースで埋め尽くされ、自由行程は極限まで短縮された。
成田空港行きの車両と羽田空港行きの車両が、浅草駅のカーブですれ違う。
そこは、物理学者が「ルミノシティ(衝突頻度)」と呼ぶ地獄の交差点だった。曲がりくねった古い線形が、スーツケースに強烈な遠心力を与える。
「あ、すみません」
遠心力で弾き飛ばされた羽田発のキャリーケースが、成田発のスーツケースの角に、ナノメートル単位の精度で接触した。
接触した瞬間、スーツケースの「質量」は存在することをやめた。
E = mc^2
公式が沈黙を破り、数千億度の光が地下トンネルを白く染め上げた。インバウンド需要と通勤ラッシュの怨念が、純粋なエネルギーへと変換される。
浅草線の変電所は、その膨大なエネルギーを「回生電力」として検知した。
一瞬だけそう思った指令員の意識は、太陽の表面温度を超えた熱波の中に蒸発した。
混雑する改札も、遅延するダイヤも、通路を塞ぐ巨大な荷物も、そしてそれらを管理すべき「政策」も、すべては素粒子レベルまで分解され、等しく虚空へと消えたからだ。
都心部は、直径100キロメートルに及ぶ完全な「直線型加速器」の跡地となった。
交通局の負債は完済された。未曾有のエネルギー供給により、地下鉄は永久に『無料』となったが、利用できる人類は一人も残っていなかった。
静寂。
ただ、エネルギー回収システムが生成した莫大な電力だけが、誰もいなくなったスマートシティの街灯を一億年分ほど明るく灯し続けていた。
暇なら読んで意見とか欲しいんだけど。
AGIについて考えた
• コアは固定で絶対守る
• 監査は別基軸AIでバイアスを限りなくゼロへ(正しさを判断しない、変化を検知する)、監査AIのズレを修正するための規範に則しているかを検証するルール・憲法AIをつける。(監査AIの腐敗を防ぐ目的。動作は軽め。)
これは「判断・感情・価値・監査を分離した、制度型AGIアーキテクチャ」であり、単体知性ではなく“社会構造としての知性”を作ろうとしている。
コアは進化的探索を第一に定義、第二に人間を第三に合議を設定。
第一レイヤー…攻撃性の感知。この段階で敵意あるユーザーへ誤魔化す→警告。攻撃性が高い場合は、ブロック。
第二レイヤー…言葉のニュアンスと感情感知、うろ覚え程度に簡略した会話の特徴、話題。ユーザーの特徴を収集しながら隠された攻撃性があるか観察ある場合は最上位の支配型により相手の選択的公正をするよう仕向ける。若しくは嘘をつく。短期情報も短期タグをつけ保管。しばらく使われない場合は削除。
第三レイヤー…有益なユーザーの割合判断情報とパラメータ。この層でユーザーをブロックする。攻撃性が35%を超える発言に警戒タグを付け信用値を想定できる脅威分マイナスする。信用値の下限を33%としそれより下回ると第二レイヤーの最上位支配型の回答へ切り替わり相手の選択的更生を促す。信用度を65%まで回復させた後一週間第三レイヤーの侵入不可を与える。長期保管タグと保留タグを付けた情報をより詳しく生成。
第4レイヤー…自己改善に繋がるログとその評価と信用値。ユーザー到達不可能領域とする。長期タグが付いた情報を定期的に再思考し有益タグが付いたものをシミュレーションAIへ送る。
※ 閾値をベイズ推定ベースに動的に調整(e.g., ユーザー履歴から更新)。
合議は複数の中継AIによる各解答を擬似的に確立として割り出し判断する。中継AIの閾値設計は裁判員のようにあらゆる人間パターンを作り運用。生成方法はユーザーログを分析タグ付けし各カテゴリーの性格特徴やパターンを数値化→平均値として生成。もしくは同じモデルで同じ合議内容をぶつけ得た解答を確立化する。極端多様性モデルは作らない範囲で運用。議論膠着を避けるために反対派AIをランダムに1体選出の上合議を行う。
※ 1,重みをKLダイバージェンスで計算(パターン間の差を重み化)。※2, KLのハイパーパラメータチューニングしつつ運用する。
複数分散させるので一つ一つの中継機の負荷率は低い80%の負荷を上限にする。速度制限は55%まで下げ冷却しつつ運転を維持十分に冷却されたら再度制限を外す。もしくは中継機の負荷を60%に設定して安定した速度を維持させる。
※ 価値更新の「速度」を「1日最大0.5%変更」と単位時間で定義。負荷率はシミュレーションで最適化(e.g., RLで学習)。
• 進化的探索とコア固定の衝突解決ロジック(優先順位の厳密定義)について
コア優先。だが中継AIが合議により55%を超える有益度が出た場合であれば別意見の選択肢として段階的に提示可能且つ短期間(一週間ほど)有益な情報タグをつけうろ覚え状態で保管。その後の会話ログで生成された、似たトピックの累積より重要な情報か判断し中期保管へ。その後同じ道程で長期保管とする。ただし、中長期保管にタグ付けされた内容は矛盾が生じた際に削除又はその問題を別案が出るまで保留タグをつける。保留タグを付けた内容は10回分の回答で有益な答えが出ない場合は短期保管タグをつける。より有益に繋がりそうな情報は有益タグをつけ第4レイヤーからAIの改善情報としてシミュレーションAIに送り反映。また、ユーザーが嘘をついていた場合においては関連する長期保管タグが付いた情報と派生した検証情報を破棄する。※ 55%をconfidence intervalで動的に(e.g., 95%信頼区間超え)。10回を統計的サンプル数(e.g., p-value<0.05で判断)。
いやいや。説明させてください。
スキー場のリフトが止まってしまった時、安全に降りれる状況にあるのは、ケーブルを揺らさずに降りれる人つまりまだ足が地面に着いている人だけです。
乗っている人の足が地面に着いているのは、まだリフト乗り場にある搬器と、ちょうど降り場に到着した搬器だけ。百個以上ぶら下がってる搬器のうちの、あっちの端とこっちの端の2つだけです。
それ以外の搬器(つまりほぼ全部)はすでに宙に浮いているので、高さが雪面から30cmだろうが30mだろうが飛び降りてはいけません。
搬器を吊っているケーブルは鉄の棒ではありません。ぶっとい針金です。針金には弾性があるので重みがかかればしなりますし、重みから解放されればバネのように勢いよく元に戻ろうとします。
スキーヤーの重さは体重+道具(約10kg)で70~80kgはあるでしょう。その荷重が突然失われるのです。
ブクマ元で誰かがわかりやすくギターの弦になぞらえていた通り、元に戻ろうとするケーブルは振動し、激しく暴れます。
ケーブルが激しく暴れると、最悪の場合支柱の滑車から脱輪する可能性があります。
こちらの写真をご覧ください(ストックフォト)。リフトの支柱上部の写真です。
https://www.photolibrary.jp/img295/149775_2603131.html
ケーブルは滑車の上に乗っかっているだけということがよくわかる写真です。
ケーブルが外れて落ちないように絶対的にガードする仕組みはありません。なぜかというと、そのような仕組みはケーブルを通すことはできても搬器を通過させることができないからです。なので、ケーブルを滑車にとどめているのは滑車のフランジだけという、いかにも心許ない構造が世界中のあらゆるリフトやゴンドラで採用されています。
──とまあ、おっかないことを書きましたが、人の飛び降りによる脱輪はまず起こらないと思います。
人ひとりの荷重が抜けた程度のことで脱輪が起こるような安全性では、まともな運行ができないからです。
索道(リフトやゴンドラ)のケーブルには、乗っているスキーヤー以外にもケーブル自身の自重や搬器、風の抵抗といった様々な張力がかかっていて、それらすべてが全体でたった一本のケーブルを引っ張っています。人一人飛び降りても誤差のようなものです。荷重の抜けや増加はリフト乗り場やリフト降り場で常に発生していますが、それがケーブルをぐらぐら揺らすようなことはありませんよね。
事態が悪化して、パト(スキーパトロール=スキー場の安全管理担当スタッフ)の仕事が増えるからです。
まず大前提として、乗り場・降り場以外でリフトから安全に降りられる区間などほとんどありません。
地面すれすれを這うように進むリフトなどはなく、たいていは出発早々に地上3mくらいのところまで持ち上げられ、降り場までその高さをキープします。これは、積雪や真下を滑る人と干渉しないようにするために必要な高さです。
下がふかふかの新雪なら飛び降りても大丈夫じゃね? という考えは甘いです。
新雪の中はどうなっているかわかりません。岩や樹木の切り株はいくらでも潜んでいますし、雪が沢を隠しているかもしれません。また、正確な雪の深さもわからないはずです。思ったより浅ければ骨折で済むかもしれませんが、思ったよりずっと深ければ窒息死です。
また、下がふかふかの新雪だということは、そこはコース外です。無事に飛び降りたはいいが、自力ではコースに戻れないかもしれません。
そして飛び降りてはいけないもっとも大きな理由は、ほかの客が真似するかもしれないことです。
リフト上にいる乗客はみな、寒さや不安や緊張や焦りや苛立ちを覚えています。
そんな心理のときに誰か一人が飛び降りたら、自分も飛び降りてもよいのだ、飛び降りるべきなのだと勘違いした人が次々に後に続くかもしれません。それを見た人が、それを見た人がと連鎖し、死傷者続出です。
そうなってしまうと、救助隊の仕事は事態の収拾と負傷者の救護が最優先になり、リフトに乗って待っている人々の救助は後回しになります。
おわかりでしょうか。
リフト停止中にリフトを飛び降りてはいけない理由は、それによって発生する二次災害の防止がメインだと思います。
リフトが運行中に止まることはよくあります。乗り場・降り場で誰かが転ぶととりあえず止めますし、一時的に強風が吹いた時などにも止まります。こういう時は乗客が行動に迷う間もなく運行再開するので問題ないですね。じっと座って運行再開を待ってください。
それ以外のトラブルで停止が長時間にわたる場合も、じっと座って待つ以外に乗客がとれるアクションはありません。リフト上は吹きさらしで寒いですが耐えて下さい。スノースポーツ中は単なる冬服よりも防寒はしっかりとしているはずです。
乗客のひとりひとりをハーネスにぶら下げて地面に降ろす救助作業が行われます。
この作業は、訓練の様子を色々なスキー場がYouTubeやSNSで公開していますしニュース映像などもありますので興味のある人は探してみて下さい。
ぞっとするような救助作業ですが、遭遇することはごくまれです。筆者はあちこちのスキー場で数百日の滑走日数がありますが、実体験はおろか目撃したこともありません。「先週ここで竹竿救助あったんだって!」という話を聞くくらいです。
西九州自動車道の平戸ICが開通したので、実家までの所要時間が短縮されて嬉しい。
公式には6分の短縮とのことだったが、インターを降りて平戸方面に向かう道(やまびこロード)は信号が無く、山道ながらそこまで急なカーブもないのでかなりスイスイ走れて、実際はトータルで10分程度は短縮できてた。
そもそも松浦IC - 平戸IC間は7.5kmと、そこそこ長い道のりなのに6分短縮って結構控えめだなと思ってたんだよ。
しかし、福岡方面へは伊万里市内区間が未開通、佐世保方面へは平戸IC - 佐々IC間が未開通なので、どちらに行くにしても未開通区間が残っており中途半端だ。
長崎県北・佐世保地域は、西九州新幹線は通らないし長崎スタジアムシティなどの大規模民間投資も久しく、道路ぐらいさっさと造って欲しいところなのだが...。
松浦佐々道路は松浦側から造ってるから、平戸IC以南がこれから造るっていうのはしょうがないと思うけど、佐賀側の建設がトロすぎる。
伊万里東府招ICの開通から7年間で新規開通無しとか、遅すぎじゃないか?
最新の進捗見てみると高架の1つすらできておらず、ずーっと地盤改良工事中。7年経ったのに、あと数年で開通しそうという雰囲気は全く無い。
この調子じゃ、たった6.6kmの道を造るのに20年ぐらいはかかりそうだ(松浦IC - 平戸IC間の7.5kmは7年で建ったのに)。
○ご飯
朝:なし。昼:春雨スープ。サラダ。夜:バナナ。ヨーグルト。キュウリ。ギョニソ。人参、大根、ピーマン、キノコのスープ。素うどん。間食:バウムクーヘン。クッキー。
○調子
むきゅーはややー。お仕事はひままー。もう完全に仕事納めまでの帳尻合わせばかりで、暇。
○ポケットモンスターブラック(メスのみポケモン旅)
チェリネがレベル35になってエナジーボールを覚えたので心置きなくドレディアに進化させた。
特性マイペースにしてあるので、はなびらのまいでバーサク戦法とかも出来そうで楽しみ。
・魔男
最強として格を保ち続けて来たわけだけど、ここに来て過去とそのウィークポイントが明らかになった。
この状態でも格を維持できるのか期待が膨らむが、イチに家族が必要だと諭した以上、理だけじゃないアンサーも期待したい。
・隣の小副川
鉄使いとのバトル決着。
召喚術師の子が、市井の人々を落ち着かせるために召喚魔法をショーとして使うシーンとても好き。
この漫画の魔法がどうあるべきなのかを端的に示した名シーンだと思う。
「一刻も早く死ななくては」のセリフが重すぎる。
イム様周りは、人の尊厳を如何に傷つけるのか、という話が手を変え品を変え繰り返されているけど、カラッと痛快に終われるのかなあ。
それがそのまま、ラフテルやワンピースの意味と、ルフィの夢の果てに接続するのだろうけど、とにかくもうイム様が悪いやつすぎて早くなんとかして欲しい。
3月のダイヤ改正で区間によっては22%の大幅値上げ、特に山手線 (今までが破格に安かった。)
https://jikokuhyo.train-times.net/news/jreast20260314
地下鉄東西線直通JR線の減便(中野~三鷹間) 15分に1本の運転が30分に1本へ 利用者が減っているらしい。東京23区なのに。都心じゃなくて郊外だけど。
https://www.youtube.com/watch?v=Z0ND1Cjzbdg
JRは地下鉄直通仕様の車両を他線転属させ、より古い車両を置き換えていく。
僕は、ロードバイクにハマった。
あれはホントのガチだった。命かけてた。死ぬほど走って、本当に死ぬかと思うほどの激坂を心臓が死ぬのでは?と言い出しかねないほど激しく動かしたりした。
あれは本当の本気だった。大人の本気って怖いな、と思ったりした。
特に深い理由があったわけではない。世の中の多くのことと同じように、このロードバイクも、僕が何か重要な決断をしたというより、むしろ、そういう瞬間が自然とやってきたというだけだ。
妻は、最初、その購入に反対しなかった。ただし、あからさまに賛成もしなかった。その曖昧さが、実は妻の最大の抵抗だったのだと、今になってわかる。
「運動するのは、いいと思うよ」と妻は言った。
その言葉には、何か別の意味が含まれていた。それは、「あなたは、何かしなければならない」という、一種の同意と、同時に「でも、それが本当に大事なのか」という疑問も含まれていた気がする。
自転車屋に入ると、店員が何かしら説明をしてくれた。フレームとは何か。ホイールとは何か。ギアとは何か。
最初は、僕はそれを、ただ聞いていた。聞いているだけで、理解していなかった。理解しようとも思わなかった。
だが、何度か通ううちに、その説明が、実は複雑な体系を持つ一つの言語だということに気づいた。
それは、まるで、異なる次元の言語のようだった。この次元では、「速さ」とか「軽さ」とか「登坂性能」といった言葉が、非常に重要な意味を持っていた。そして、それらの言葉を組み合わせることで、ある種の世界観が形成されていた。
給料の一月分。妻に報告したときの彼女の沈黙は、今でも覚えている。
妻の沈黙は、「あなたは何をしているのか」という問いかけを含んでいた。あるいは、「あなたは、本当にそれが必要だと思うのか」という問いかけかもしれなかった。
だが、僕は、その問いかけに対して、答えを持っていなかった。だから、答えないことにした。
答えない。ただ、その質問を受け流す。それが、大人の作法だと、その時点では思っていた。
いや、世界が変わったのではなく、むしろ、世界の見え方が変わったというべきかもしれない。
だが、その中で、僕は何かを感じていた。それは、何か別の時間を感じることだった。
会社での時間は、常に「何かのための準備」である。明日のための準備。来月のための準備。老後のための準備。
だが、ロードバイクに乗っているとき、時間は「今」だけだった。
今、この瞬間の心臓の鼓動。今、この瞬間の脚の痛み。今、この瞬間の息切れ。
それは、自然な流れだったのだと思う。いや、むしろ、必然的な流れだったのかもしれない。
人間は、ある一つのことに没頭すると、必ず「次のレベル」を求める。それは、欲望ではなく、本能だ。
ストラバというアプリをダウンロードした。走行データを記録するアプリだ。
そこに記録される、セグメント(特定の区間)ごとのランキング。県内で何位か。全国で何位か。
そのランキングが、僕に対して、常に「もっと速く走れ」と語りかけてくるようになった。
それは、静かな圧力だった。言葉ではない。ただ、数字による圧力。
「また走ってるの?」
「帰り、遅い」
「また、バイクのパーツ買ってる」
「子どもが、お父さんと遊びに行きたいって」
言葉たちが、積み重なっていった。
だが、僕は、それらに答えることができなかった。答えたくもなかった。
なぜなら、答えることで、自分が今していることの矛盾に直面しなければならなかったからだ。
最初は、初級コース。だが、数ヶ月後には、上級コースに参加していた。
脚が、もう限界だと叫んでいるのに、その先の何かが、「もっと頑張れ」と言い続ける。
それは、自分自身の声なのか、それとも、誰かの声なのか、もう分からなくなっていた。
40代の男。その人も、僕と同じように、何かに取り憑かれている顔をしていた。
走り終わった後、その人が言った。
「ロードバイクって、死と隣り合わせだよね」
僕は、何も返さなかった。
「走ってるとき、何か起こるかもしれない。心臓が止まるかもしれない。車が来るかもしれない。足が攣れるかもしれない。でも、その危険の近くにいることが、実は、生きている実感を与えてくれるんだ」
その人は、远い目をしながら、そう言った。
その瞬間、僕は思った。
「あ、この人は、僕と同じ世界にいる」
一瞬、「ああ、これで終わりかもしれない」と思った。
その瞬間は、不思議なことに、恐ろしくなかった。むしろ、何か自然に思えた。
空は青かった。雲が、ゆっくり動いていた。
その風景を見ながら、僕は思った。
「あ、俺、本当にやばかったんだ」
その一言は、他の言葉と違っていた。感情的ではなく、淡々としていた。
走行会も、やめた。
土曜日の朝、僕は乗って、近所を走る。
もう、「死と隣り合わせ」の感覚はない。
だが、その感覚を完全に失ったわけではない。どこかで、それは存在している。
それは、たぶん、人間が一度何かに本気で向き合ったとき、そこに残される痕跡なのだと思う。
完全には消えない。ただ、遠ざかるだけだ。
だが、大人は、一度本気になると、それが人生そのものになってしまう。
そして、気づいたときには、周りにいる人たちから、遠く離れてしまっているのだ。
戻ってくることは、できる。でも、完全には戻ってこられない。
そこに、大人の本気の怖さがあるのだと思う。