「教室」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 教室とは

2025-06-03

anond:20250603025412

教室の隅っこで一人でぶつぶつ言いながらニチャアってしてそう

anond:20250603112616

自分の当時の探し方的にはこれが限界だった

自営の人とも何人かやり取りとか会ってみたけど、共働きどころかこっちが仕事辞めて自営や経営手伝いしてねみたいな人としか会わなかったからお互い求めるものマッチしなかったな

育児始める前や育児落ち着いたらカフェ教室やろうみたいなのだったら男女逆だと見聞きするし全然よかったけど

2025-06-02

anond:20250601160056

放送設備あるんだから教室にいたままできるよね

机動かすのが面倒とかいコメント、飼いならされ過ぎやろ

座ったままでいいんだよ

2025-05-31

公務員予備校講師してるけど限界

※現役会社員です。身バレ防止のために小説風にしてます

普通に体験談を書いて、Geminiに小説にしてもらいました

※書くのは非常識だとは思いますが、それくらい罪悪感が強いです



収容人数40人程度の教室の中で、教壇上にある蛍光灯の白い光が、『スーパー過去問ゼミ』のテキスト文字を無機質に照らし出す。俺は増田、三十代半ばである都内にある某公務員試験予備校で、もう八年以上も予備校講師をしている。担当は主に面接対策論文指導だ。

今もこうして夕方以降の時間帯に、19~23才程度の若者向けに、公務員試験合格するための要諦指導する日々である

採用から数年間は以前は筆記試験だけの指導をしてたが、幸いにも早めに昇進することができた。筆記以外の面接とか論文なんかも指導するようになった。正直、新卒予備校入社した人よりもスピード出世である

増田先生。この間の模擬面接フィードバックの文ほしいんですが!」

休憩時間になると、熱心な受講生たちが俺の元へ寄ってくる。彼らの目は真剣のもの

公務員という安定した職を、社会に貢献できる仕事を求めて必死努力している。その情熱は本物だし、俺も全力で応えたいと思っている。表向きは。

正直に言う。俺はこの仕事限界を感じている。

公務員になりたい、という彼らの動機は様々だ。「親が安心するから」「福利厚生がしっかりしているから」「クビにならないから」。もちろん、「住民のために働きたい」という崇高な志を持つ者もいる。残念ながら少数派だ。

問題は、明らかに公務員という仕事に向いていない、と感じる人間が少なからずいること。先ほど熱心な~と書いたが、熱心な子というのは、10人中で2人もいれば多い方だ。

例えば、先日の模擬面接でのこと。鈴木君(仮名)は、典型的な指示待ち人間だ。質問に対して自分言葉で考えを述べることができず、用意してきた模範解答を棒読みするだけ。

「もし、あなた判断対応しなければならない緊急事態が起きたらどうしますか?」

って意地悪な質問をすると、彼は完全にフリーズした。こんな人間が、災害時や突発的なトラブル最前線に立てるだろうか。市民安全を守れるだろうか。

あるいは、佐藤さん(仮名)。彼女コミュニケーション能力に著しい欠陥がある。人と目を合わせるのが苦手で、声も異常に小さい。グループディスカッションでは一言も発せず、ただ俯いているだけ。

こんなんじゃ、窓口業務市民と円滑なやり取りができるとは到底思えない。クレーム対応など想像するだけで恐ろしい。

他にも、社会情勢への関心が驚くほど希薄な者、責任感が欠如しているように見える者、平気で嘘をつく者。挙げればきりがない。

予備校事務窓口でもそうだ。たまに、はてな匿名ダイアリーでもさ。「クンニ」とか「テクウヨ」とか「下方婚」とか「売国先生」とか意味わかんねえコメントしてる人がいるじゃん。

たまに彼らの長文コメがあっても、何を言ってるのかわからない。話の内容が伝わってこない。そういうレベルの受講生が普通にいるのだ。

おいおい、なんだ?面接試験では「私の長所クンニです('ω')」とか「少子化を防ぐためには下方婚を増やす必要があります」とか答えるのか??

こういう人は、公務員になってはいけない!と断言できる。いや、仕事からやるけどさ……合格すれば俺の実績にもなる。



というわけで、彼らがもし、この予備校で叩き込まれテクニックだけを頼りに、運良く筆記試験突破し、面接を乗り切ってしまったら?そして、どこかの国の地方支局とか、市役所県庁職員になったとしたら?

想像するだけで背筋が寒くなる。迷惑を被るのは、まぎれもない住民さんである煩雑手続き、待たされる時間、要領を得ない説明、そして、いざという時に頼りにならない行政サービス

彼らのような「不適格者」が公務員になることで、社会全体の不利益につながるのではないか果たして、俺は社会のためになる仕事をしているのか。

これって、数年前にはてなブログ書評(基本読書の人など)で話題に上がったブルシット・ジョブではないのか?いや、ブルシットはまだ畑の肥やしになるからいいが、俺の場合は、もはや反社会性すら帯びている。

だが、俺の仕事は彼らを「合格させる」こと。それが予備校講師としての使命であり、存在意義なのだ

彼らがどんな人間であろうと、筆記試験で点を取る方法を教え、面接で好印象を与えるテクニックを叩き込む。弱点を隠し、長所を最大限にアピールする方法指導する。

鈴木君、緊急事態質問には、まず『冷静に状況を把握し、上司に報告・相談します』と答えるのが定石だよ。自分判断を求められていてすら、まずは組織として対応することを強調するんだ。それが公務員試験ではポイントが高い。いいかい、あなた言葉は、組織言葉なんだからね」

佐藤さん、声が小さいのは不利だ。面接官に聞き返されるだけでマイナス評価になる。呼吸を意識して、大きな声を出す練習をしよう。アイコンタクト大事。難しいなら、相手の鼻のあたりを見るといい」

まるでペテン師のようだ、と自分でも思う。騙している先は霞が関にある官公庁や、うちの予備校のほどなくにある東京都庁、そのほか地方自治体。ものすごく女衒的で、ありえないほど罪深い。そんな仕事だ。

俺は、本当は適性がない人間に、あたかも適性があるかのように見せかける技術を教えている。彼らの合格は、俺の指導力の証明であり、予備校の評判に繋がる。給料だって、それによって支払われている。

俺が面接指導した子は、この八年間で、新人時代を含めると……少なくとも300人を超えている。延べ人数でカウントしていいなら、千人を超えている。ナンパ自慢の人数かよ。

このうち、予備校から増田君の寄与があった」と見做されたのは100人程度。その中に、筆記の模試がぼろくそだった人が含まれるのはいい。本人の努力の結果だからだ。教師名利に尽きる。だが、その中には、前半あたりで述べた「不適格」な人間を相当数含んでいる。それが今でも後悔になってる。

正直、公務員試験面接なんて、一部の難関(国家総合職裁判官都庁・労基や財務など国家専門職)を除けば、パターン暗記で対処できる。

うちの予備校が、毎年人事院都庁特別区情報公開請求(※)して、個人情報を黒塗りにしたうえで採用試験実施要領の資料提供をいただいているのだが、試験の要領的に……「面接官は完全な機械的採点をしている」ことがわかっている。民間企業に比べると、○○だったら何点とする、みたいな基準がはっきりしている。

なんでそうなるかというと、「公平性」を保つためだ。公平・中立平等を基礎基本とする彼らにとって、それはとても大事ことなのだ。

彼ら面接官というのは、管理職クラスではあるものの、これまでの人事経験はほぼゼロである。そんな人達たかだか数時間研修で「面接官」にするには、面接試験を(初心者向けに)完全構造化するのである。結果として、相当無難な採点基準での面接試験につながるというわけだ。

※…試験実施要領を公開してくれる官公庁もあります地方自治体だとあまり公開してくれない。よって、若手の予備校講師国家地方を問わず公務員試験(作文・面接含む)を受験してデータを得ることもあります。私が若手の頃ですが、都庁特別区採用試験合格したことがあります



先ほどの「ブルシット・ジョブ」という言葉だが、つい先日知った。クソどうでもいい仕事、とでも訳すのだろうか。社会にとって何の役にも立たない、むしろ有害でさえあるのに、なぜか存在し、給料が支払われている仕事。まさに、俺の仕事のことではないか

社会に貢献したい――という純粋気持ち公務員を目指す若者応援したい。その気持ちは嘘じゃない。しかし同時に、明らかに不適格な人間テクニックだけで公務員にしてしまう手助けをしている。

やっぱりこれは、反社会的な行為と言っても過言ではないのではないか

良心が痛む。毎晩、寝る前に罪悪感に苛まれる。俺が合格させたあの学生は、今頃どこかの役所で、市民迷惑をかけているのではないか。俺の指導が、誰かの不幸を生み出しているのではないか

辞めたい。心の底から思う。こんな矛盾と罪悪感を抱えながら、これ以上仕事を続けるのはちょっときついかもしれない。

でも……辞めたところで何ができる?俺には、この予備校講師という仕事以外に、特別スキルがあるわけではない。転職先がすぐに見つかる保証もない。家族がいる。生活を考えると簡単決断できない。

先週もまた、俺は教壇に立ったのだ。第二次試験採点対象になる論作文試験の全体講習である

目の前には、期待と不安の入り混じった表情で俺を見つめる受講生たちがいた。彼らの未来を、そして、彼らが関わるであろう住民未来を思って、俺は重い溜息をついた。

ハイ!じゃあ今日論文対策、始めま~す! みんな今日気合入ってんねぇ~(^^)」

笑顔が張り付けて取れない。

作り笑顔とともに、俺は講習用のテキストを開いた。

この罪悪感から、いつになったら解放されるのだろうか。

答えは見つからないでいる。

2025-05-30

俺は仕事が終わったらダンスしてる

30歳から始めた

正直、最初半年間は周囲の目がきついと感じていた

同じ教室に通う10歳以上も年下の小娘や5年下の先生や同居の親とかな

俺なんて挙動不審おっさんしか見えなかっただろう

それでも毎週クソマジメに習いに行き、休みの日も自宅で自主練をかかさなかった

そしたら段々と馴染めていけたし、1年経って最初の発表会をなんとか乗り切ったとき、同じメンバーととても仲良くなれた

今では教室に通うのがすごく楽しい

こういった仕事終わりに通う趣味教室にいる人達が、どういった視点で他の生徒を見ていると思う?

別にイケメンじゃなくてもいいし、アラサーでも構わんし、デブでも大丈夫なんだよ

重要なのは継続力や努力する姿勢、多少のことではへこたれないメンタル、最低限の礼儀

そのへんを見てるんだ

ダンスなんて最初はクソみたいな動きしかできねえよ

でもそういうのはみんな同じ道を通っているから、あんま気にしてない

もちろん半年も続けるのは辛いよ、やってる身としては本当に上手くなんのか?俺30にもなって何やってんだ?って思うわ

そこを乗り越えられるかどうか、彼ら彼女らはそれを見ている

それさえ分かってりゃ、仕事終わりに何だってできる気がするだろ?

2025-05-29

dorawii

漠然とした温かい寒いではなく「何度」といってやりとりする会話が自然理解できたり混じれるようになるような温度概念は一体いつ頃習得するものなのだろう?

小学校一年生ですら体育でプールで泳ぐシーズンになると「今日は16度しかいから無理ー」とか先生が言うのを理解して当然だったような気がする。

しかし小1では理科がないのだから当然温度も習ってないはずだ。

これもまた、習ってなくても普通に生きてれば自ずと気づいたり学んだりしていくことはいくらでもあるってやつで、習ってないか温度からないじゃハッタショってことになるんだろうか。

じゃあ定型はいつどういう機会に温度概念理解するんだ?

改まって定義を教えらてなくてもその会話を聞いているだけで温度を使った会話を自らもできるようになってしまうって普通にすごくないか

そういえば入学初日教室に入るとみんなの机にどこに座ればいいかわかるようにみんなの名前が貼ってあったよな。

あれだって本来小学校ひらがなすら知らない状態入学する子を前提としているはずなんだから妙なんだよな。

なのにひらがな知らないーで正しい席に座れないとその瞬間からみんなからガイジ扱いのいじめ対象間違いなしっていうさあ…。

また遅刻する夢を見た。高校で、1限がもう始まってるのに家にいて、入学以来遅刻したことないのに!って思いながら(実際に遅刻したことはない)、慌てて飛び出てチャリに乗り、2限の途中で教室に入るのは恥ずかしいからちょうど3限が始まる前の休憩時間に入りたいなどと考える。家を出てから10分ほど経った時にふとカバンの中をチェックすると3限の数学教科書がなかったり、5限の体育の体操着がなかったりして、慌てて家に戻ることになる。どちらかといえば体操着を忘れるパターンが多いけど何かの予兆なのだろうか。

2025-05-25

AIを作った創作物に「AI使用」と書いたほうがいいって言うけど

漫画賞の応募時に「AIを使った作品はその旨を明記してください」と言われたのだけど、

絵は全部自分で書いたり、クリスタアセット素材を使ったりしてるのでAIは使ってなくて

とかアイデア出しの段階で使ってる

これってAI使用に当てはまるんだろうか?

2025-05-22

相撲が好きってだけで「デブ専」ってあだ名つけられたことあるんだ。

いや、確かに力士は大きいけどさ、そういうことじゃないじゃん?

ただ純粋国技としての相撲の魅力、力と技のぶつかり合いが好きなだけで。

今日からお前のあだ名デブ専な!」って言われた時の衝撃たるや。

教室で「デブ専、昨日の白鵬見た?」とか普通に聞かれるんだぜ?

心がえぐられるような気持ちだったわ。

マジであの頃は辛かった。

2025-05-20

月曜の朝はいだって最悪

混み合う電車、伸びないファンデ、月曜朝イチの朝礼──。

今日例外なく、ため息をつきながらコンビニカフェラテ片手にオフィスへ戻っていた。

そのときだった。

ビル入り口スーツ姿の男の人とすれ違った。

営業先への訪問か、それともこのビルのどこかに勤めているのか。

ネクタイちょっと曲がっていて、書類の角が折れていて、髪も少し乱れていたけど、

なぜか、それがすごくよかった。

目が合った。

というより、こっちが勝手に見てただけかもしれないけど、

その瞬間、胸の中で何かが“ぱちん”と弾けた。

その後、いつものデスクに着いても、彼の顔が頭から離れなかった。

キリッとしてるわけじゃない。むしろ、どこか余裕がなさそうな感じだったのに。

いや、だからこそかもしれない。

ちょっと困ったような、真剣な目を思い出して、なぜかこっちが緊張してくる。

今年で27。この年になると、“好き”のハードルはどんどん上がっていく。

過去経験とか、将来への見通しとか、余計なフィルターが山ほどあるから

「人を好きになる」っていう気持ちに、なかなか素直になれなくなる。

でも今朝のあれは、そういうのを全部飛び越えてきた。

理屈じゃなくて、体のどこかがびくんと反応した。

昔、教室の隣の席で好きだった男の子匂いにドキッとしたような、

そんな記憶と重なる感覚

自分もびっくりするくらい、心拍数が上がってた。

指先がすこし震えて、スマホを握る手が汗ばんでいた。

やだ、これ私どうしたんだろ、って思いながらも、

気づいたらランチ時間、そのビル入り口で立ち止まってる自分がいた。

恋かどうかなんて、今はまだわからない。

名前も知らないし、また会えるかどうかもわからない。

でも、もし“ときめき”という言葉身体性があるとしたら、

あの瞬間の私は、たしかに、何かに打ちのめされていた。

感情が逆さまになって、真っ逆さまに地面に落とされたような、

——ああ、そうか。

きっとわたし

キン肉バスターみたいな、恋をした。

府中高校について思うこと


何才かは言わないけど、若い年代です。

はてな匿名ダイアリーは、学校帰りの週末夜に寝転がって読んでますランキングに載ってるのだけ。新着はあまり読まないです。

多くの記事斜め読みだけど、たまにトンデモなく面白いのを見つけた時に感動する。高1から読んでいる。はてなユーザーうんこを漏らしがちなことは知ってます。※冗談だってことも知ってます

これって匿名日記が書けると言うので、今回ちょっと普段の後ろ暗い思いを綴ってみます

自分は、府中高校と同じエリアにある学校に通っている。ちょっとだけ真面目な方かもしれない。

正直子どもだけど、受験勉強部活は頑張れる人間のつもりでいる。実際に努力はしてきた。

ただ、少なくとも、同じ高校生とは思えない人達のせいで困ったことが何度もある。。



それは、同じ府中市内にある府中高校の生徒たちだ。

たとえば、学校帰りに自習に使う文化施設(公民館?)でのこと。静かに教科書チャートを広げてると、たまに騒がしい一団が学習机が並んでるスペースのところにいる。

学校帰りの東高校の生徒で、勉強している府中高校女子に平気で話しかけている。ナンパってやつなんだろうか。したこといからわかんないけど。迷惑以外の何物でもない。

一度なんて、学習スペースの隅っこで男女(東高校制服)がベタベタしていて、明らかにただのイチャつきじゃない雰囲気だった。

しまいには公民館職員のおじさんに注意されて、男女はすごすごと出て行った。見てるこっちが恥ずかしくなった。あれ、ほぼ性行為じゃん……さすがに言い過ぎか。でも、マジでそんな感じだったんだよ。

通学の時も、彼らを見かけることがある。大きいバイクを乗り回している東高校のやつ。ヘルメットは被っているけど、こないだ駅近くの交差点のど真ん中でエンストして、その様子を同じく東高校女子生徒数人に笑われてた。

それからそいつは、横断歩道のすぐ手前までバイクを押して来て、女子生徒数人と楽しそうに話を始めた。通行人にとって邪魔だった。

自分はそこにいたけど、チキンなのですごすごとその集団を避けて学校まで行った。

あと、バス停で東高校女子生徒を見かけることもあるんだけど、たまに信じられない子がいる。

バス待ちでしゃがんでるんだけど、明らかにパンツが見えているのに、全然気にしてない。

自分でわかってないんだろか?あれは一体どういう感覚なんだろう。

同じ女子高生でも、うちの学校の子もっとちゃんとしていると思う。学校の階段とか、教室の中で足組み替える時にパンツ見える子もいるけど、それは男子の側にもそういう気持ちがあるかもしれないから、まだ許せると思う。※許してほしいです



はてな利用者で、あの辺を知ってる人は少ないと思う。

はっきり言うけど、近隣の中学校の中でも、ちょっと……言葉は悪いけど「掃きだめ」みたいな環境で生きてた生徒が通う学校である。少なくともうちの中学ではそうだった。

東リベの漫画読んだことあるけど、あれって20年以上前の話なんだろ。でも、東高校の人らは、あの世界観で生きてるような気がする。

自分自身も、中学生の頃に怖い思いをしたことがある。

駅の近くで、東高校制服を着た数人に囲まれている中学生を見かけた。

近くに大人がいるのを確認して、思わず声をかけたら、連中は舌打ちしてどこかへ行った。

あの時はマジでキドキした。中学から感謝されたけど、たまたま居合わせただけだ。大声を出したら聞こえる距離大人がいなかったら、絶対やってない。



ここからが本題なんだけど、正直、これからどんな気持ち公民館かに行けばいいんだろう?また東高校がいたら集中できないし、自分自身が被害に遭ったら嫌だなと思ってしまう。勉強に集中したいのに。

どうしても、周りのことが気になってしまう。うるさい環境だとマジで集中できないよ。ちゃんとした大人だったら、一般的はてなユーザーとかだったら、なんとか知恵が浮かぶのかもしれないが、自分は無理だ。経験が足りない。

申し訳ないけど、自分はあの学校の生徒たちを差別していると思う。そういう感情がある。はっきりわかるんだ。

ふと思ったんだけど、社会人になって大企業かに入っても、ああいう感じの、常識がない人っているんだろうか。もしそうだとしたら、今からちょっと憂鬱だ。高校生の世界だけならまだしも、大人になってもああいう人たちと関わらなきゃいけないのかと思うと、気が重いのである

はてなの人たち、人生の先輩って、未成年の頃にこういうのが気になったことはあるんだろうか。

こういうのって、どう考えればいいんだろう?気にしすぎなのかな。

(終わりです)

流産させる会

教室ママみたいな大好きな先生が見た事も無い男の子供を妊娠してたらそりゃ僕たちの先生が!!ってNTRれた気持ちになるでしょう。

流産させる会結成くらいは当然の流れなのでは。それ位ショック大きいと思うよ

anond:20250519143000

これ今の時代だったらDuolingoで無料音楽コースを履修するだけで目的達成できるな。

そもそもピアノ教室に通うようになった経緯は、「楽譜の読み方が知りたかった」とか「ピアノのドの鍵盤ってどこ?」というような素朴な疑問が動機

anond:20250519143000

途中までしか読んでないけど、自分も小1〜小5までピアノを習っていて、最初は家に電子キーボードしかなくて、モチベーションが低いままろくに練習せずに教室に通ってて、才能も全くなく、先生とも仲良くなれなかったという点に共通点がある。

ところで自分は座学と実技5:5だったけど、クラシックピアノ教室からコード進行なんて習わなかったよ?

あとド下手くそだったけど無名曲ばかりでもなかった。年に1回ピアノの発表会があるので、それに向けてクラシックの有名曲は弾いていたし(小3のころに青き河のドナウとか)、姉妹教室に通っていたので連弾するときに有名曲を習ってた。

なんか全体的に言い訳他責がやたらと多いのが気になった。元増田場合はたとえ環境が整っていたとしても上手く行かなかったんじゃないかな。

2025-05-19

内気な元音ゲーマーが ピアノ教室ピアノを習っていた黒歴史

自分小学2年生~小学5年生の時に、ピアノ教室で通ってピアノを習っていた。

ピアノ教室は、週1で水曜日の30分のレッスンだったはずで、月に何回か忘れたが毎週か隔週に通っていたと思う。

個人宅の一戸建ての1部屋をピアノ教室にしたような所で、自分と歳が近そうな息子がいる主婦女性先生だった。

ピアノ教室に通って1~2年間は、1回のレッスンで1曲をクリアしていくペースだった。教材がまだ簡単だったせいか、家であんまり練習しなくても6割程度を通しで弾けたと思う。

しかし、通って3年目頃から弾く曲がちょっとずつ難しくなるとつまづく事が多くなり、達成感も無くなり、モチベーションが下がっていった。なんで弾きたいかもよく分からなくなっていたと思う。

惰性でピアノ教室を通うようになっていって、ちょっとずつピアノ教室が楽しくなくなっていった。



小2からピアノ教室を始めたが、自宅にピアノとかまともな楽器が無かったので(お下がり鍵盤ハーモニカリコーダーや、あっても父親が昔の若い頃に使っていた置物状態の錆びかけたクラシックギターしかない)、小3の頃に父親からもらったお年玉で1~2万円程度のCASIO電子キーボードを買ってもらった。(関係ない余談だが、ゲーム音楽を弾いてる芸人の「こまつ」が2000年代頃に所持していた電子キーボードとほぼ同じ種類の電子キーボードだった。)

しかしその電子キーボードは、5オクターブ(61鍵とか)程度しかないキーボードで、それでピアノ練習をするという、何だか今思うとおかしいというかケチった初期投資環境だった。

電子キーボード購入当時はお金を気にしてか、なぜか電子ピアノを購入する発想にならなかった。自分も親も電子キーボードピアノ代用ができると薄っすら思っていたようだった。

近場の家電量販店電子キーボードを選んで購入時には気付かなかったが、使っていく内に弾き押した感覚ピアノと全く違う事に気付いた(鍵盤を押した重さやピアノ音色や響きや音質など、電子キーボードでは差がありすぎた)。とにかく漠然と「コレジャナイ」というのが頭のどこかの隅にありながら練習をしていた。「ピアノ感覚で弾きたいのに…」と地味に不満に思ってて、モチベーションが下がっていった地味に要因の一つだったと思う。

しか自分が知らない間に、父親何となくリビング電子キーボードを設置してくれたが、自分リビングで弾くのが恥ずかしかった(自分が弾いてる姿も)。どちらかというと自室とかにこもって独りで弾きたかった。恥ずかしさや迷惑さで親にも相談できなかった。そんな事もあってリビングに誰もいない時を狙って隠れて弾くため練習頻度が下がった。

友達にも「ピアノ教室に通ってるけど、何の曲を弾いてるの?」と聞かれたが、弾いてる曲も子供向けの曲(曲名無名な曲)で恥ずかしくて、濁すしかなかった。



小5の頃には、練習をかなりサボるようになったりして先生の前で弾けなかったり、ピアノ教室に行く事をグズったり遅刻したりしていて、次男から「辞めろよピアノ教室」と軽蔑気味に言われて(※自分末っ子)、ピアノ教室の日が来る度に内心苦しく困ったままで通って、妥協しながらやり過ごしていた。

先生から特にサボってる程の練習量について何も言われなかった。自分動機とか音楽の好みとか自宅の練習環境とか理解されてなかったと思う。先生とも音楽の好みが合わなかったと思う。

小5の頃には、先生も教え方が余所余所しくなり、「躓いてるけど、自分で反復練習するものから」と素っ気なくなっていた。

(自分は人見知りな事もあって、先生と打ち解けた事はほぼ無くて、レッスン中に「先生トイレに行ってるから何か弾いててもいい」と言われたが、恥ずかしくて自分は何も弾けずに無音状態で待っていたら、トイレから戻った先生から「また静かだった」と言われて戸惑った程に人見知り。)



小5の頃からなぜか自分は勘繰りが起こるようになり「先生の教え方が手抜きになってないか?」「手抜きなのに親に月謝を払ってもらっている、つまり自分は鴨になっているのではないか?」と疑心が生まれて「どうせ自分へのレッスンは金蔓なんだろうな」という偏見感情が芽生えていた。

元々自分幼稚園生の頃からゲーム音楽が好きでDDRとかbeatmania(5鍵)やギタドラ初期などの音ゲーかにも興味があって「楽譜を読めるようになりたい」とかで漠然なまま「音楽を習ってみるか」となってたが、レッスンを受けると訳分からない童謡みたいな子供向けの曲を弾かされて、演奏する曲の殆どそもそも自分の好みの曲ではなかったし、好みでない曲はフラストレーションの要因でしかなかった。

当時は自覚していなかったが、どちらかというと自分は座学がやりたかった。座学はあったが30分のレッスン時間の内の10分間程度の座学で、座学だけをやるような選択はなく、座学には重点が置かれていなかった(「座学と実践」の割合は、3:7ぐらいだったと思う)。今ならコード進行とか学びたかった。

(一応、学習指導向けのピアノテキスト教本で、それに沿って演奏して実技が身に付くような教え方はされた。他には「バーナムピアノテクニック」の教本に沿って実技をしていた記憶がある。)



レッスンを受ける意義も分からなくなり、自分が好きな曲を弾きたいという動機は薄っすら残っていて、小5の時に「ゲーム音楽を弾きたい」とようやく相談して、自分が小4の頃に器楽クラブ顧問から運良く頂けた「スーパーマリオブラザーズ(地上面)」の楽譜を、ピアノ教室先生に見せたら何故かスルーされて、先生が所持してる楽譜の中から弾けるゲーム音楽を選ぶ事になった。

しかし今よりゲーム音楽は有名でないせいか、選べるゲーム音楽楽譜が少なく、ドラクエ序曲のマーチアレンジ(子供向けな編曲)やFF10の「ザナルカンドにて (終末的な悲しい曲)」のピアノ楽譜があって自分としてはどちらかというと本望ではないが、それらをレッスンで弾く曲に選ばせてもらって弾いたが、なぜか楽しくなかった。どちらかというと恥ずかしさとか気まずさが強く、弾いてて感情移入してる感じがしなかった。



小5の時に同級生が、近所におじさんが教えてるパソコン教室があって、そこに通っている事を知った、それを母親相談して自分パソコン教室にも通わせてくれる頃に、自分ピアノ教室を辞めたいような意思になって辞める方向になった。

これまで送り迎えだけだった母と一緒にピアノ教室の部屋に入り、母親先生に受講を辞める相談をしていってる最中自分は、なぜか目から涙が流れてしまい止まらず、かなり気まずい雰囲気になってしまった。惨めや悔しさの涙だったと思う。



そもそもピアノ教室に通うようになった経緯は、「楽譜の読み方が知りたかった」とか「ピアノのドの鍵盤ってどこ?」というような素朴な疑問が動機で、それを母親に話したら適当ピアノ教室を勧められて、どういうピアノ教室か分から吟味せずに何となくピアノ教室を選んでしまっていた。

(ピアノ教室受講した後に知ったが、近所にも似たようなピアノ教室があったのに、なぜか近所から少し離れた町のそのピアノ教室が選ばれてしまって、親による送迎の負担が増えただけだった。まだ機会費用的に近所のピアノ教室の方が良かったのになんで?と思う。)



今思うと「インターネット楽譜の読み方を知る」というのが「顧客が本当に必要だったもの」だったように思えた。(当時、親はIT関連に疎くPC購入やネット開通もかなり消極的だった。)

実は「ドラムがやりたかった」「まだピアノよりドラムの方がまだ才能が伸びていたのではないか?」という懐疑がある。

あとは「もしピアノ教室先生ゲーム音楽電子音楽に興味があったらまだ変わっていたのではないか?」と思う。もし当時の小学時代KraftwerkとかYMOとか勧められて知っていたら多分今より音楽知識が身に付いていたと思う。(YMO自分に刺さったきっかけは中2の頃に見たYouTubeMV動画だったと思う。ちなみにJ-POPとか邦楽流行歌には興味がない。)

(ちなみに器楽クラブ顧問女性教師で、たまたまスーパーマリオブラザーズ(地上面)」の楽譜教師が偶然に持っていただけで、ゲーム音楽電子音楽には興味無いようだった。)

当時から言語化できないような無自覚的なフラストレーションや水面下な問題が溜まってたばかりで、今でも地続きで機会損失が大きくなってると思うと、今は後悔でしかない。黒歴史



小4の時に小学校のクラブ活動で、グループに分かれて合奏をするような器楽クラブに入ったが、自分けが落ちこぼれクラブ女子しかいなくて女子と打ち解けれないし助けを求められず割と浮いてて孤独で、上級生だけでなく同学年の女子普通に楽譜通りスラスラ楽器が弾ける人ばかりだった。

自分ピアノを習っていて楽譜が読めていたと思っていたはずが、弾きながらも楽譜が読めない・まず大体を暗譜しないと読めない状況で(オーケストラ用の楽譜で見慣れない程に楽譜も小さくどこのパート楽譜迷子になったり、ヘ音記号楽譜なのにト音記号楽譜であると思い違いして読み間違えにしばらく気付かなかったり)、

その弱点に気付かず能力の無さに内心焦りながら、自分雰囲気だけは皆と演奏してやってるという感じを醸したクラブ活動をしていて、クラブ活動も尻込みになった。

学校でそういうさり気ない悩みがあっても、器楽クラブに入ってる事をピアノ教室先生に言えてない、親も自分器楽クラブに入ってる事を知っていないと思う。

(ちなみに小5から科学部(科学クラブ)に入った。ほぼ遊びみたいで楽しかった。小6になって別のクラブに入ったけど。あと、その頃に受講を始めたパソコン教室は最終的には円満的に通い切った。) (中学生時代部活はほぼ3年間は帰宅部器楽クラブの影響で、地味に部活動というのがトラウマ無力感になってると思う。)



「才能が無い自分のせい」と言われればそれまでだが、マッチング的に「自分の嗜好や動機などを理解されず能力のようなものを引き出せられなかった周囲も残念な環境だったのでは」と思う。巡り合わせの問題とか。

自分は歳を重ねるに連れて自分が好きだった音楽を耳にする度に「絶対音感能力があれば…」ぐらいの無念さ劣等感が大きくなってくる。「絶対音感があれば、好きな音楽耳コピとか分析が高精度で確実にできて、人生が変わっていただろうな」と。好きなはずなのに馬の耳に念仏で溜息しか出ない。山月記みたいになりそう。

自分は本当に音楽が好きなんだろうか…。単純接触効果的な大きな勘違いでなければいいが…。



余談だが、音ゲーについての自分の腕前は、家庭用IIDX HAPPY SKYの段位認定10段をアナコンでクリアしたのが限界で、高1がピークだったと思う。高2の頃からほとんど音ゲーには触ってない。自分音ゲーゲームも才能が無いと強く気付き始めていったのはその頃だった。

自分音ゲー楽曲についての話をピアノ教室クラブ活動などでも話す機会は一切無く、幼小から自分が好きだった音楽は誰にも繋がらず糧にもならなかったのであった。



2025-05-17

四谷大塚中学受験塾における送迎トラブルと、それに対する塾側の注意喚起の件

https://togetter.com/li/2552085

この塾の対応常識的ものですが、一部からは「迷惑保護者にはペナルティを課すべきだ」という意見も出ていますしかし、事はそう単純ではなく、塾側が強硬措置を取りにくい背景には、いくつかの複雑な事情があります

1. 特定保護者特性と影響力

一部の保護者特に母親の中には、子供受験を通じて自己プライドを満たそうとする傾向が強く見られることがあります。このような保護者不用意に刺激すると、彼らは塾に対して強い反感を抱き、運営に支障をきたすほど厄介な存在になりかねません。

その一方で、こうした自己顕示欲の強い保護者は、塾にとって経済的重要な「上客」であることが少なくありません。また、塾の方針に協力的である間は、他の保護者をまとめたり、塾の活動積極的に参加したりするなど、運営面で頼りになる存在でもあるのです。

2. 中学受験における保護者の協力の不可欠性

そもそも中学受験は、塾の指導だけで完結するものではありません。家庭学習の習慣づけ、子供モチベーション管理健康管理さらには合宿などの行事への協力など、保護者サポートが不可欠です。現実問題として、保護者の十分な協力なしに子供合格を勝ち取ることは極めて困難です。そのため、たとえその原動力が歪んだプライドであったとしても、子供受験に熱心に関わる保護者は、塾にとって貴重な存在と言えます

3. 塾側のデリケート対応

このような背景から、塾側は問題のある保護者に対しても、そのプライドを傷つけないよう慎重な対応を迫られます。彼らの機嫌を損ねず、しかしその行動がエスカレートして周囲に過度な迷惑をかけることがないよう、ギリギリラインコントロールしなくてはなりません。時には、彼らをある意味で「乗せて」受験に向けて積極的に行動してもらうよう仕向ける、といった高度なコミュニケーション技術も求められます

4. 塾経営の厳しい現実

塾の運営は、多くの方が想像する以上に厳しいものです。講師は授業以外にも、生徒募集進路指導、個々の生徒のケアなど、多岐にわたる業務を抱えています特に生徒を一人でも脱落させないこと、そして新たな生徒を獲得することは経営上の至上命題です。教室長ともなれば、その責任さらに重くなります

こうした状況下では、たとえ扱いにくさを感じても、経済的に貢献し、他の面でも塾運営を助けてくれる保護者を無下にはできません。倫理的問題があると感じるような状況でも、経営を維持するためには、ある程度割り切らざるを得ない側面があるのです。

5. 安易批判への警鐘

「塾が甘いか受験戦争が悪化する」といった表面的な批判や、現場事情理解しないまま理想論を振りかざす意見もありますが、現実もっと複雑です。一部の最上位層を除けば、多くの塾はこのような泥臭い人間関係経営努力の中で成り立っています

どのような仕事にも、外からは見えにくい複雑な事情存在するものです。そうした背景への想像力を欠いたまま、薄っぺら倫理観知識物事を断じるのは避けるべきでしょう。

あなたたちのなかまではないのよ

最近はXのおすすめでもあまり見なくなったりしてTogetterやらposfieでしか見なくなったが

なんで「お正しく崇高なおさよくさま」はオタク自分応援するべき、いや必ず応援すると思い込み応援しないオタク非難し殴ろうとするのだろうか

やめていただきたい

自分が正しいのだからみんな自ずとひれ伏すはずだと思っているなら

おさよくさまがやっているのは宗教活動であって政治活動ではないと自覚してほしいし布教に当たって創価学会統一教会ちゃんと参考にしてほしい

彼らがネット上で知らん人にいきなり食って掛かっているかよく思い出してほしい

リアルで優しい人の仮面ちゃんと作って近づき濃密な人間関係の中で逃げられないようにしてから絡みつくのが普通

昔は同じような行動をとっていた時期があるから今でも同じ行動をとるべきだと考えているなら、昔同じ行動をとっていたのは単にオタクにとって同じ行動をとる理由があっただけで、同じ思想だったわけではないと理解してほしい

オタクそもそもオタクなのであっておさよくさまではない

あなたたちのなかまではないのだ

オタクオタクを続けるために必要な行動をとる

オタク仕事がないと金銭が稼げなくてオタクを続けられないため、日本経済疲弊させる行動に厳しい

よって消費税を上げると言っていた自民党を見捨てて上げないといった民主党政権を成立させ、民主党政権が手のひらを返したとたん去っていった

おさよくさまが神格化してまでまだ嫌う安倍晋三就職を劇的に良くしたためオタクは支持していた

オタク戦争が起きるとオタクを続けられないため反戦である

たとえ兵器オタクでも今すぐ自分戦争したいものわずである

イラク戦争のせいで戦闘爆撃機型のF22がキャンセルになって悲しかったという兵器オタクだっている

話がそれている

そもそもオタクとおさよくさまとは反戦アプローチが異なる

ちょっと昔のオタクには自分教室いじめ殺されると想像しない者はまずいなかった

暴力を抑止するにはきれいごとではなくて暴力必要であることをオタク理解している

この場合暴力とは教師監視警察の目である

警察のいない世界国家間では相互確証破壊が踏みとどまれ理由となる

ロシアに融和的だったゼレンスキーを見よ、見事に攻められてしまった

花畑でみんな仲良くピクニックでもすれば戦争する気なんかなくなるというおさよくさまの考え方とオタク反戦理屈が異なる

反戦をするためには十分な軍備を備え勝てるかもしれないけど痛い目をみそうだから戦争はやめとくかと思わせるのが一番だと教室内のいじめで学んでいるのだ

リスクがなく楽勝でカモれると思わせたら戦争は起きるとオタクは学んでいる、戦争とは見積もりの失敗と損切の失敗だ

まあなんでもいいかオタク非難し殴ろうとするのをやめろ

オタクあなたたちのなかまではない

異なった思想のものどもを異なった思想のまま利用して目的を達成してこそ政治活動だろう

宗教活動なら自覚してそうやってくれ

オタクオタクのままであなたたちの宗教帰依することはないのでちゃん折伏せよ

そしてあん方法あなたたちの宗教帰依すると思っているなら大間いであ

ASMRみてスライムとかスクイーズへの興味

沸くよね

子供の頃、科学教室みたいなので作って、家に持って帰ると絶対家の備品につかないようにして!って感じで遊びにくかった。手も汚れるから、その手でなにか触りそうだし、外でスライムは遊んでほしい気持ちはわかる。

でも今大人だし、何か言われもしないので、風呂場で遊んですぐ捨てれば汚れないし、買おうかなって。

100均に完成品スライムあったからみてたんだけど、ラメついてたりして、すすんで手を汚したくないし、スライムの中のフィギュアゴミに出してしまうと思うといらないし、どうすれば簡単にASMR体験ができるんだろうか?

2025-05-16

変な学校

いま思うと、俺が通っていた学校中学高校は伏せる)はちょっと変わっていた。学校というか教師陣。

数学教師は授業中に突然無言で教室を出て行ってそのまま帰ってこない(次の授業の時にはまた普通に来る)

家康が嫌いすぎて、安土桃山末期~江戸時代の教え方が雑過ぎる日本史教師石田三成の生まれ変わり?)

帰国子女だという英語教師は、イケメンで話も面白くて人気者だったが、授業が自由過ぎて学年終わりに教科書が5分の1しか進んでなかった(俺の卒業後にPTA問題になったらしい)

そして、特に様子がおかしかったのが保健体育の教師しかも悪いことにこいつは俺の担任だった。

教科書特定の部分に差しかると、ここは不適切エッチの意)だから飛ばします、皆も決して読まないように、と宣言して歯抜けの授業を堂々とやってた。何らかの思想の持ち主だったのだろう。

仕方なく図書館で本借りて女性生理なんかについて自発的学習してたら、どこから情報漏れたのかこの担任に伝わったらしく、進路相談室で1時間近く説教を食らった。

言葉を変えて長々いろいろ語っていたが、要約すれば「お前は異常性欲変態だ。それを認めろ」と言いたいらしかった。

当時は若さゆえの全能感バリア張ってたからほぼノーダメージだったけど、普通にセクハラだよな。

あれは一体なんだったんだろう。

私立とかでなく普通公立だったはずだが、なぜあん特殊教師ばかりが集まった学校が出来上がったんだろうか。教員人事異動の仕組みをよく知らないので謎だ。

それとも、あんまり大っぴらに語られないだけで、どこの学校教師もだいたい似たようなものなんだろうか。

みんなも、ちょっと変な学校教師の話があったら教えてくれ。

自分けが異常な学校に通って貴重な青春を棒に振ったとは思いたくないので。

正社員共働き無理ゲー家族を一人で養う覚悟も無い

30代で結局パートになるんだったら

女は高卒結婚して子育てでもして、30歳近づいたらパート就職いいんじゃないのかね

まあそもそも正社員共働き世帯自体別に40年前からたいして増えてないし

女性活躍社会()ってパートで働く女を増やそうって運動だったのかな

そのためにみんな大学に行かせて10年近くの職業体験教室()を開催してるの??

まりにも無駄が多すぎる…

2025-05-14

アラサー独身女だけど老後が不安老人ホームに潜入してみた

追記あり

=======

29歳、独身

最近友達が次々と結婚して、私だけ取り残された感じがすごくて。

別に焦ってるわけじゃないんだけど、ふと「このまま一人で老いていくのかな」って考えると怖くなってくる。

親は60代だし、あと20年もすれば80代になっちゃう。

そしたら私はもう50代、誰が私の面倒見てくれるんだろ?老人ホームってどんなとこなんだろ?ってずっと考えてたら夜も眠れなくなってきて、思い切って行動に出ることにした。

地元老人ホームボランティア募集してるの見つけて応募してみた。面接では「将来の仕事の参考に」とか適当理由言ったら通っちゃった。

週末の午後2時間だけ、レクとか話し相手とかするだけなんだけど。

実際行ってみたら想像全然違った。

まず明るい。薄暗くて静かな場所想像してたけど、ロビーとか結構賑やかだった。

テレビ見てる人とかトランプしてる人とか、思ったより活気がある。

最初ボランティア折り紙教室の手伝い。そこで田中さん(83)と知り合った。

指が少し不自由そうなのに「若い時は子ども折り紙教えてたのよ」って言いながら、逆に私に折り方教えてくれた。

「一人で来たの?家族は?」って聞かれて、「独身なんです」って答えたら、「そう。私も独身よ。悪くないわよ、自分の思うように生きられるものだって

で、1ヶ月通ってて気づいたこと色々あるんだけど、一人暮らしの人めっちゃ多い。

施設の人に聞いたら、4割くらいが未婚か離婚死別した人らしい。子どもがいても遠方だったり疎遠だったりで、実質一人っていう人も多いって。

あと人間関係めっちゃある。恋愛してる人もいるし、グループができてて派閥争いみたいなのもあるらしい。

92歳のおばあちゃんは「学生の頃と変わらない」って笑ってた。

お金の話は深刻なんだよね。年金だけじゃ入れない施設も多いみたい。

ほとんどの人が貯金切り崩してるんだって。「若いうちに貯めておきなさいよ」って言われまくった。

でも意外と皆明るい。小さな目標持ってる人が多くて、逆に元気もらっちゃった。

それで、考え方変わったことがあって。

家族いなくてもなんとかなるかも?子どもがいれば安心ってわけでもなさそう。

自分の子どもに迷惑かけたくないのよ」って言ってる人が多かった。

若いうちにやるべきことは、運動習慣と趣味かな。あと貯金

足腰弱ると外出できなくなるから、行きたいとこには早めに行っとくべきなんだなって。

あと一番大事なのは適応力かも。

環境変わっても楽しめる人、新しい友達作れる人が断然幸せそうだった。

ちなみにまだそのボランティア続けてる。

老後の不安なくなったわけじゃないけど、老後=暗いっていうイメージは変わったかも。

頑張ろ。

=======

追記

みんなのコメント見て一瞬落ち込んだけど「これ悩んでても仕方ないじゃん」って切り替えられるようになったのは成長かも。

しかに30年40年後って、どうなってるかわかんない。認知症とか、施設の質とか。

でも結局やれることは同じ。健康に気をつけて、お金を貯める。

あと、いちばん良かったのは運かもって思った。みんないい人で、すごく優しい。

そういう人たちの集まってる場所があって、老後も楽しく生きられてるっていうのを直接確認できたことは大きかったな。

これまで一人で考えてるときはどんどん暗いほうに行ってたことを考えると、やっぱり一念発起してみてよかったと思う。

2025-05-13

anond:20250513175357

ピアノ教室通ってたけど一回家に帰ってから行ってたわ。子供だけで徒歩移動可能世田谷区内だったからかな。

どうして私は日本哲学会が好きになれないのか

私は日本哲学会という学会所属しているが、率直に言って、この学会には多くの不満がある。とくに大会における一般発表の扱いや運営姿勢については、長らく問題意識を抱いてきた。以下は、そのような日本哲学会に対する私的批判提案をまとめたものである

1. 一般発表の扱いがあまりに軽視されている

これが最大の問題である。たとえば、2023年度に早稲田大学で開催された大会プログラムを見てみよう。

https://philosophy-japan.org/wpdata/wp-content/uploads/2023/05/7edb16c626cb708b17bfb11dec3bfa0b.pdf

午前中には、8つの教室一般発表が並行開催されていたが、その裏で国際ワークショップも行われていた。午後の一般発表は5教室での並行開催であった。アメリカのAPAやオーストラリアのAAPといった代表的学会では、より多くの一般発表が並行して行われるため、日本哲学会の並行数そのものは決して多いとは言えない。

問題は、そもそも一般発表の件数が限られているにもかかわらず、それらが必要以上に多くの会場で、短時間に並行して行われているという点にある。大会自体は土・日の2日間あるのだから、せいぜい4会場程度の同時進行とすることもできるはずだ。日本哲学会は、さほど多くない若手の一般発表をわざわざ短時間に詰め込み、複数会場で一挙に処理しているように見える。

なぜそのようなプログラム編成をしているのか。実際のプログラムを見ると、日本哲学会の大会時間の多くが学会主導のシンポジウムや学協会シンポジウムといったイベントに割かれている。つまり、若手研究者を中心とする一般発表よりも、シンポジウムなどを優先しているのである。このような運営は、学術知の共有や若手研究者の育成という観点から見て、極めて問題がある。

学会は、新たな研究の共有、ネットワーキング、そして若手研究者が「顔を売る」場を提供するという重要役割を担っている。大学研究機関での職を目指す院生ポスドクにとって、学会は貴重なアピールの機会であるしかし、現行のように一般発表を短時間かつ多会場で並行開催するとなれば、聴衆が分散し、研究を多くの人に届ける機会が失われる。聴講可能な発表数も限られ、学術知の共有という観点からも望ましくない。

海外学会では、シンポジウム一定時間を割くことはあっても、一般発表をここまでないがしろにする構成ほとんど見たことがない。端的にいって、日本哲学会の大会学会企画イベント時間を割きすぎている。また、シンポジウムワークショップ特定トピックに関心がある人に向けたイベントなのだから、聴衆が集まりやすい午後の時間帯ではなく、むしろ朝一番など参加者が少ない時間帯に配置すべきではないか

ちなみに、2024年度の立正大学大会でもこの傾向は変わっていない。

https://philosophy-japan.org/wpdata/wp-content/uploads/2025/04/5ff3f7b507e8068042523b2c0a431247.pdf

土曜の朝から8会場での並行発表が行われる一方、午後には単一会場で3時間にわたるシンポジウムが開催される。さらに日曜には、朝一番から一般発表と【若手支援ワークショップ】が並行して行われている。若手研究者に関心を持つ参加者が両方に出席できないような設計には、配慮が欠けていると言わざるを得ない。

2. 発表募集(CFP)への消極性

日本哲学会は、大会でも学会誌でも、CFP(発表募集)をメール等で積極的に周知していない。毎年、同じ時期に申し込み締切を設定しているため、「わかる人は勝手に応募してくれるだろう」と考えているのかもしれないが、それでは外部からは閉鎖的に映る。

日本代表する哲学学会であるにもかかわらず、一般発表の件数は極端に少ない。もし財政的に厳しい状況にあるのだとすれば、なおのこと、発表者や論文投稿者積極的に募るべきではないか。より多くの人にとってアクセスやす学会にする努力が、今の日本哲学会には不足しているように思う。

3. 提案

学会主導のワークショップシンポジウムは縮小し、一般発表により多くの時間を割くべきである

一般発表は聴衆が少ない朝一番ではなく、より人が集まりやす時間帯に配置すべきである

CFP(発表募集)はメール等で広く周知し、より開かれた運営を心がけてほしい。

以上が、日本哲学会に対する私見である。なお、こうした一般発表の軽視は、日本倫理学会など他の哲学学会にも共通して見られる傾向であり、その意味で私は日本倫理学会にも同様の不満を持っている。「共通課題」などという制度も、早々に見直されるべきだと思う。

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん