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「時は来た」と高市首相、憲法をどう変えたいのか 持論は「国防軍」
――戦後日本の社会と人々の暮らしを支えてきた憲法は、地に足のついたものになっているでしょうか。
憲法が示している戦後日本の基本原則は揺らいでいないと思います。平和主義や国民主権、人権の尊重を捨て去りたいという人はごく一部でしょう。ただ、気になる点もあります。憲法学者として人権や差別解消の問題に長く取り組むなかで、昨年出した『幸福の憲法学』ではこう指摘しました。
「本来は『人権』という言葉を使うべき場面で、それを避ける例もある」「『人権』という言葉は避けられている」と。
――80年近くを経て、憲法の価値観が空洞化しているということでしょうか。昨夏の参院選では外国人政策が急に争点化し、排外的な政策を掲げる政党や政治家が広く支持を集めました。
社会経済の先行き不安や怒りが広く存在するとき、人はその原因を何かに「帰属」させようとします。何が不安や怒りの原因かは目に見えるほど明確ではないので、その帰属先はしばしば操作されます。哲学者のスローターダイクは、中世のカトリック教会や共産主義が、人々の怒りの矛先を操作して自分たちのエネルギーにしたことを論じています。怒りや不安を人の属性に帰属させれば、差別の出発点となります。
例えば、外国人に見える観光客のマナーが悪かった時、その人の問題とするべきですが、外国人差別を煽(あお)る人は「外国人観光客全員」あるいは「在留外国人も含む外国人全員」の問題とする操作をします。
――メディアも、目に見える誰かのせいにして差別に加担しないようにしたいです。
差別を防ぐには、不安や怒りを安易に誰かのせいにしないという意味での「自己拘束」が必要です。メディアが、因果の流れを丁寧に説明する必要があるでしょう。例えば、原油高に伴う物価高のメカニズムを報じることは、日常のイライラを「外国人」に向けず、適切な対策を打たない政府や、戦争を続けるロシアやイスラエルの問題を意識させることにつながります。
――不安や怒りのはけ口を探して、誰かを標的にする。そうして自分の感情を操作された結果、差別に加担するのは嫌です。
憲法の掲げる人権や差別解消の理念は、憲法学が最前線で扱うテーマの一つ。最近の研究では、プライバシー権をめぐる議論も差別の問題とつなげながら掘り下げて考えています。
プライバシー権は、個人の尊重と幸福追求権を定めた憲法13条にもとづき、発展してきました。
プライバシー権は「一人で放っておいてもらう権利」に由来します。この権利は、他者に自分を標的として認識されない状態を守る権利とでも言いましょうか。あの人は、一人暮らしの女性だ、老人だ、と認識されると、犯罪に巻き込まれるリスクが高まり、緊張します。そう認識されないことで安心する。その安心感を守ろうというのが出発点です。
その後プライバシー権は、人に知られたくない個人情報を知られずに、隠したいことを隠すための権利として発展しました。さらに、性的指向や被差別部落の出身であることなど、被差別情報を隠す権利としてもプライバシー権が使われるようになってきました。
――混乱とは?
個人情報のなかには、裸や家の中など、①認知されるだけで苦痛な情報と、認知されることよりも、②それを使った違法行為や差別が心配な情報があります。
プライバシーとは、もともと①を隠すことだったわけですが、最近では、②もプライバシーにすることで違法行為や差別を防ごうという議論になってきています。
しかし、違法行為や差別に使われる情報のなかには、公開されているものもあります。例えば、大学や新聞社の電話番号は公開されていますが、「いたずら電話をしよう」という呼びかけとともにSNSに投稿されたら迷惑です。また、性別や肌の色は、隠されたプライバシー情報とは言えませんが、それを差別のために使われてはたまりません。
これらの問題は、プライバシーとは別の権利、つまり、違法行為を誘発する形で公表されない権利や、差別に使われない権利で対応した方が明快です。ところが、最近のプライバシー権の議論は、これらの問題も隠したい情報を隠す権利の応用で対処できるとして、プライバシー権の射程を広げて対応しようとします。
――プライバシー権とは別に「差別されない権利」があるということですか。
はい。隠したいものを隠すプライバシーという概念で対応しようとすると、性別や肌の色、出身地といった公開情報での差別は防げません。
「差別されない権利」なら、公開情報だろうが、非公開情報だろうが、それを不当に利用してはならないと議論できます。プライバシー権は、個人情報を「認知させない」権利だとすれば、差別されない権利は個人情報を不当に「使用させない」権利です。
肌の色や話す言葉など、公にされた情報で外国人かどうかを推測できることがあります。ここから、「外国人お断り」のような差別が生まれます。
「外国人お断り」をする人からすれば、公開情報を使っているだけだから、プライバシー権を侵害していないと思うでしょう。しかし、外国人だという個人情報を差別に使うことは、差別されない権利の侵害と捉えるべきです。
他にも、LGBTQの性的指向や性自認などを本人の許しを得ずに暴露する行為を「アウティング」と呼びます。こうした行為はプライバシー侵害だと言われてきました。ですが本来、性的指向や性自認は「隠したい恥ずかしい情報」ではなく、当人のアイデンティティーの根幹となる情報です。アウティングが問題なのは、恥ずかしい思いをさせたからではなく、差別をするかもしれない人に情報を開示して、差別を誘発する危険を作ったからだと考えるべきです。
プライバシー権のおかげで、私たちは他の人の個人情報を認知するときに慎重になれました。ただこれだけでは足りない。プライバシー権と「差別されない権利」を区別すれば、既に認知した情報でも、「この場面でこう使っていいのかな?」と使用の場面で慎重になれます。権利を知ることで、差別を防ぐ「自己拘束」ができるわけです。
――個人情報の差別的な使用とそうでない使用は、どう違うのですか?
個人の選択の結果を、国籍や性別に帰属させると差別になります。例えば、犯罪をするかどうかは個人の選択ですが、それを国籍や出身地のせいにするのは差別だと言わざるを得ません。
雇用の場面でも、「この人は女性だから辞職する可能性が高い」とか「外国人だからこういう行動をとるはずだ」と判断するのも、性別や国籍の情報の差別的な使用の例でしょう。不安やイライラを「外国人」のせいにしがちなトレンドを止めるには、「差別されない権利」の考え方を根づかせることが重要です。
■憲法に書き込む影響力
――そうしたトレンドの一つと言えるのかもしれませんが、高市早苗首相は4月12日の自民党大会で「時は来た」と述べ、改憲に意欲を示しました。
国会の憲法審査会などの議論は始まったばかりで、高市首相が目指す改正案はまだ示されていません。
自民党のものとしては、安倍晋三政権下の2017年に示した「改憲4項目」がありますが、いまなぜ改正が必要かという根本的な理由づけが希薄でした。参議院の合区解消には実務的な必要性があるかもしれませんが、残りの3項目、自衛隊の明記や緊急事態対応の強化、教育環境の充実については、現行の憲法や法律でも不足はない。仮にあっても、法律の改正で済むような話ばかりです。
日本への武力攻撃があった場合の防衛行政は、現行憲法でも禁じられていません。緊急事態に際し、あらかじめ法律の定めた条件の範囲で政令を出すことも、禁じていません。実際、災害対策基本法には、その例があります。
――自民党の狙いは改憲の実績づくり、いわば「お試し改憲」だとの見方もあります。
もともと自民党の方々は、憲法9条2項を削除して軍を創設すると言ってきました。自衛隊明記案というのは、軍創設案の支持が広がらないため、「現状維持なら実現しそう」と出てきた妥協案なのでしょう。新しい条項ができると、「これまでできなかったことができるようになったのだ」と解釈される危険が生じ、何が起きるか不透明になります。当たり前ですが、現状維持したいなら、現状を維持するのが一番です。
――それでも、少しでもよい改憲なら賛成するという人もいるのではないでしょうか。
憲法は国の最高法規。条文に書いていない要素を書き込むことによる影響を慎重に検討する必要があります。
例えば、明治憲法における都道府県の位置づけはあいまいでしたが、戦後の憲法92~95条に地方自治の原則が書き込まれ、そのことで地方分権が大きく進展しました。もしいま自衛隊を憲法に明記すれば、国家権力を執行する警察や海上保安庁などのほかの行政組織にはない強固な地位を得て存在感を増すでしょう。それでよいのかどうか。
――日本を取り巻く国際情勢は厳しさを増しています。災害救助だけでなく有事の切り札として自衛隊に期待する世論は高まっているように思います。
災害救助や国際貢献の面で自衛隊の活動を評価する世論のトレンドは理解しますが、慎重な分析が必要です。
憲法9条は、日中戦争や太平洋戦争の反省の下で外国の領土を侵略するような武力行使を制限する「自己拘束」です。
憲法制定から80年近くが経ついま、国際情勢が悪化していても、湾岸戦争やイラク戦争、ロシアのウクライナ侵攻、米国やイスラエルのイラン攻撃などの戦地に自衛隊を派遣すべきだという世論が国内で盛り上がる気配はありません。国連の平和維持活動(PKO)で自衛隊を戦闘地域外に派遣する道はありますが、世論も、武力行使には非常に厳しい態度をとり続けています。
9条改憲を長年目指してきた自民党の保守派でさえ、戦力の不保持をうたう9条2項の削除などではなく自衛隊の明記を目指す妥協策を打ち出すようになったことは、同項の平和主義の精神が改憲派にまで浸透したことを意味しており、「護憲派の勝利」とさえ言えるのかもしれません。
――心配性かもしれませんが、そうした日本の世論も台湾有事などの危機に直面すれば、大きく転換しうるのでは。
もし中国が台湾に武力侵攻した場合、在日米軍基地や自衛隊の基地も攻撃対象になるでしょう。必然的に、日本への武力攻撃事態となり、個別的自衛権の発動場面となります。台湾有事は、海外での集団的自衛権の行使とは違う事態だと考えるべきです。
――もう一つ気になるのは、自民党の日本国憲法改正草案(12年)や「創憲」を掲げる参政党の新日本憲法(構想案)(25年)のような全面改憲の可能性です。
憲法の基本原則、すなわち国民主権と平和主義、基本的人権の尊重を廃棄するような全面改憲ができるとは思えません。ただ、逆説的ですが、そうした憲法の価値観がしっかり浸透しているからこそかえって警戒心が薄れ、「自己拘束」の歯止めが利かなくなっていることが問題だと見ています。
――どういうことでしょう。
高市首相は4月21日、防衛装備移転三原則の改定を閣議決定し、武器輸出を全面解禁しました。これは、安倍政権による集団的自衛権の解釈変更(14年)や、岸田文雄政権が22年改定の安全保障関連3文書に盛り込んだ敵基地攻撃能力の保有、防衛費の国内総生産(GDP)比1%枠超え(23年度予算)などに続く出来事です。
憲法9条に、「武器を輸出してはいけない」とか、「防衛費はGDP比何%まで」と具体的に書いてあるわけではありません。しかし、9条からは、日本が紛争を煽らないようにする「自己拘束」の原理や原則を生み出し続けるべきだという規範が導かれると考えられてきました。武器輸出の禁止などは、そこから生まれたルールです。こうしたルールを守ってきたことが、政府や自衛隊の信頼を作ってきました。
こうした信頼の蓄積は、「このルールをなくしても、めったなことはしないだろう」という方向にもつながります。ただ、信頼を食いつぶしていけば、いつかは破綻(はたん)します。だからこそ、憲法9条の下で作られたルールは安易には手を付けない方がいいし、新しい状況に対応するために変える必要が生じたとしても、別の「自己拘束」のルールを作ることとセットで変えるべきです。現状の敵基地攻撃能力や武器輸出の解禁は、ただルールをなくしただけで、新しい「自己拘束」のルールや原則が示されていません。
――敗戦直後の日本が軍国主義の復活を警戒したのは分かります。でも冷戦が終わり、米中ロなど大国の横暴が目立つ21世紀の日本にとっても「自己拘束」は必要でしょうか。
イスラエルのネタニヤフ政権を見れば分かりますが、権力者にとって、対外武力行使は権力を維持する魅力的な手段です。どんな状況でも「自己拘束」が不要ということはないでしょう。
――防衛費のGDP比2%は、25年度補正予算で達成されました。高市政権は安保3文書改定にも乗り出しています。
憲法に具体的な数字が書き込まれておらず、準備すべき防衛装備に幅があるからといって何でもやっていいわけではない。
少なくとも、GDP比率に代わる新しい財政規律のルールを考えておくべきでしょう。武器輸出についても、内閣の裁量で変えられる政令から格上げして法律化し、対象国や対象品目を国会で決めるルールに変えるなどの対応は考えるべきでした。
また、近年の防衛政策は「経済安全保障」「デュアルユース(軍民両用)」といったキーワードに見られるように、防衛省・自衛隊だけでなく、企業活動や学術活動、SNSの通信など、様々な生活領域を防衛政策に巻き込んでいく特徴があります。ここでは、営業の自由や学問の自由、刑事訴訟における適正な手続きがおろそかにされる危険があります。実際、大川原工業の経済安
まずメディアが自衛隊員が不足しているとバンバン報道し始め、政府が確実に自衛隊員保持法みたいな感じで法律を作って実質の徴兵制度が始まるだろうな
まずは最近自衛官になるハードルを下げた公務員が狙われるだろうね
裁判員制度みたく選ばれるようになりそう、まさに赤札だな
たまに憲法18条出してる奴いるけど、そもそも自衛官は苦役にはならないから拒否出来ないだろうね
よく素人が自衛隊に入隊しても使えないって言うやついるけど、誰だって最初は素人だし、雑用なんていくらでもあるから、人は幾らいても構わないんだよ
結局日本国民は実際に自分が巻き込まれない限り見て見ぬふりだからね
中国が半導体技術さえ身につけたら台湾は用無しになるから、実行するだろうね
ジャニーズに引き続き今度は刀剣乱舞のオタクがデモにペンラを持っていくなと喚いている。
デモにペンラ持ってくより、文化財の刀剣を擬人化させた挙句同人誌でホモセックスさせている方がどう考えても害悪だろ!と思って笑ってしまった。
左翼のオナニーのためにペンラを利用しないでくれとか言っていたが、いつも文化財の刀剣を擬人化したイケメンを利用してオナニーしている女たちが言えたことではない。
また、憲法は守ろうとするのに規約は守らないのか、などと言っている野もいるが、日本の最高法規よりその辺のいちコンテンツの規約の方が大事だと思えるような浅はかな人間を多数輩出してしまったのがイケメンキャラゲーであり、改めて推し活などと言うバカみたいな消費が世に蔓延した罪が大きすぎる。
集会は国民に認められた権利であり、もちろんペンライトは権利を行使しやすくするための道具だ。
今回韓国の民主主義から伝わってきたこのペンライトは、何かしたいとは思っていたものの、デモにいくのはハードルが高いと思っていた層にも届いている。
まあ結果として令和になった今でも生き残っている嫌韓ジジババの生き残りと悪魔合体し、左翼を叩く道具にはされているが、それでも若い層で政治に関心を持つ人が増えることや、日韓の連帯が流れてきてとても良い。
ペンライトを持っていく必要もないが、ペンライトが敷居を下げ、間口を広げてくれている。
しかし、現在、ペンライトすらも持っていくことをここまで叩かれているのを見ていると、先の大戦での国防婦人会や町内会の密告はいかほどのものだっただろう。
あらためて、いま、ペンライトをデモに持っていくことを批判している様々なコンテンツのオタクは、自身が国防婦人会や隣組に組み込まれていっていると思って良いだろう。
あなたが好きなそのコンテンツも、戦時で国威発揚に利用されるか、またはコンテンツごと失われたり、作り手が徴兵されたり、爆撃で死ぬかもしれない。
まあ推し活で白痴になってしまわれたオタク(笑)の方々に何を言っても通じないのだろうが、数年後に答え合わせができるのだろう。
その時にまだ命があれば良いが。
あまりにも先人が文字通り血を流して得てきた権利を蔑ろにするオタク(笑)が多すぎて、本当に恥ずかしくなってきて変な文章を書いたことを許して欲しい。
多分、先の衆院選での自民の圧勝に「高市鬱」となっているリベラル界隈の皆さんは少なからずいるかと思います。混乱し、自信を失っている、不安、そういう心境にあるのではないでしょうか。ただ、一言、言わせて下さい。
リベラルは圧倒的に正しいのです。大事なことなので、もう一度言います。リベラルを信条とする我々は間違いなく正しい。
それは、この国の最高法規であり、理念であり、原則でもある、日本国憲法そのものが、リベラル的なものだからです。すなわち、国民主権、基本的人権の尊重、平和主義です。これらが、日本だけではない、人類がその歴史の中で夥しい過ちを犯しながら、それでも理想に向け、絶えず進歩を続けてきた、一つの集大成だからです(無論、さらなる進歩は必要ですが)。
我々がよって立つものは、流行り廃りやお金で売買されるものではありません。
だから、自信を持って下さい。その上で、今、何ができるか、各人で考え、また力を合わせていくことが必要だと思います。そして、本当に社会をより良くしていこうという、皆さんの奮闘を志葉としても応援したいと思います。
https://x.com/reishiva/status/2025907004821114988
野党関係者や大手メディアは、反発を恐れて言わないんですけど。問題は高市サンがどうこうじゃなくて、それを支持する有権者が、
バッッッッッカすぎるということなんですよね。
■現行憲法
国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与えられる。
(第97条)※最高法規の章
この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であって、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪え、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。
(第11条)
国民は、全ての基本的人権を享有する。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利である
(第97条)… 削除
97条では、「侵すことのできない永久の権利として信託された」と書かれているが、誰に?
一応、憲法学的には、「最高法規の章でも記載することで、最高の法規なのだと宣言しているのだ」となるみたい
【憲法97条削除は「基本的人権が永久の権利でなくなること、それを侵してもいいものになること」を意味する。】
とか言っちゃう人もいるけれど、そもそも人権の章で「侵すことのできない永久の権利」と書いてあるのに
そういう整合性もなく、11条の存在も知らず、経緯を想像もせず、ただただ「基本的人権を削除」って騒ぐのが界隈の知性を示してる
第十五条 国は、直接間接の侵略や危難を未然に防ぎ、国民の安全及び自国の産業を守り、国家の独立を保ち、子孫に引き継ぐことを目的に、国まもりの総合的な方針を定める (25) 。
第十六条 国は、海外情報も含め、広く国民に多様な情報を知らせる義務を負う。
2 報道機関は、偏ることなく、国の政策につき、公正に報道する義務 (26) を負う。
3 報道及び情報通信に関わる業務 (27) は、国営または自国の資本で行わなければならない。
4 国は、外国による諜報活動を防ぐ機関 (28) を設置し、必要な措置を講じる。
第十七条 国は、国まもりのため、国内産業を育成し、国産技術及び研究開発を促進する。
2 国は、国内の知的財産を守り、創作者を保護する責任を負う。
第十八条 資源は、国内における採掘と開発を第一に (29) 行わなければならない。
2 国内で賄うことのできない資源は、一国に偏らず分散して (30) 調達するよう努める。
3 電気、ガス、水道その他エネルギー供給は、国営または自国の資本で行わなければならない。
第十九条 外国人の入国及び在留条件は、国が主権に基づき、自由に決定することができる (31) 。
2 土地は公共の財産であり、外国人または外国資本に譲渡 (32) してはならない。
3 外国人または外国資本の保有する不動産、法人及び重要な資産に係る権限 (33) は、情報が公開され、法律で定める手続により没収 (34) し、または正当な補償のもと、国が買い戻すことができる。
4 外国人の参政権は、これを認めない。帰化した者は、三世代を経ない限り (35) 、公務に就くことができない。帰化の条件は、国柄の理解及び公共の安全を基準に、法律で定める。
第二十条 国は、自衛のための軍隊 (36) (以下「自衛軍」という)を保持する。
3 自衛権の発動と解除は、国会の承認を必要とする。ただし、緊急やむを得ない場合は、事後にこれを得るものとする。
5 軍事裁判所 (37) を設置し、その構成は法律で定める。ただし、最高裁判所に上訴する機会は保障される。
第二十一条 国は、領土、領海、領空その他主権の及ぶ領域を保全する。
3 外国の軍隊の基地、軍事及び警察施設は、国内に設置してはならない (39) 。
第二十二条 統治は、國體を尊重し、全国民のため、和の精神をもって行う。
2 立法権は国会に属し、行政権は内閣、司法権は裁判所に属する。
3 すべて公務員は、日本国民である (40) ことを要する。
第二十三条 政党は、加入する国民の意思によって運営され、その要件は法律で定める。
3 国は、政党の活動を公平に援助し、国民に政党の情報を提供しなければならない。
第二十四条 国会は、衆議院と参議院から組織され、内閣総理大臣の指名、法律の制定、条約の承認、予算及び決算の承認、国政の調査を権限とする。
2 国会議員の任期は、衆議院四年、参議院六年とし、参議院は三年ごとに半数を改選する。
3 国会の議決は、各院の総議員の三分の一以上が出席し、各院の過半数の賛成を要する。
4 内閣は、国会を召集し、毎年一回国会を開催する。ただし、各議院の総議員の四分の一以上の要求があるときは、三十日以内に (41) 国会を召集する。
第二十五条 内閣は、総理大臣及び国務大臣で構成され、国政全般を統括し、法律及び予算を執行する。
2 内閣総理大臣は、国会議員の中から選出され、国務大臣の任免、最高裁判所長官の指名、自衛軍の指揮権を有する。ただし、衆議院の解散は、第四項の場合に限るものとする。
3 内閣は、国家の安全に支障ある場合を除き、国会及び国民の求めに応じ、国政に関する情報を提供する。
4 衆議院で不信任の議決があったときは、内閣は総辞職するとともに、その判断により、衆議院を解散することができる。衆議院の解散中に、緊急の必要があるときは、参議院が法律で定める特別の権限を有する。
第二十六条 裁判所は、法律上の紛争を解決し、法律、条約、命令、条例について憲法適合性の判断を行う。
3 裁判所は、裁判手続及び内部規律について規則を定める権限を有する。
4 裁判官は、次の各号のいずれかに該当した場合、その地位を失う。
一 定年に達し、または心身の故障のために職務を執ることができない場合
二 国会の弾劾または法律に定める国民の審査により罷免された場合
第二十七条 国は、制定した法律、実施した政策、歳出及び選挙の公正について、その評価を行って国民に公表する委員会(以下「評価委員会」という。)を設ける。
2 評価委員会は、公益の確保を目的として、内閣に助言及び勧告を行うことができる。
3 評価委員会に関する構成員の選任その他の事項は、法律でこれを定める。
第二十八条 法案の審議につき、いずれかの議院において総議員の三分の一以上の要求があったとき、または内閣が必要と判断したときは、内閣は、国民投票を実施することができる。国会は、その結果をふまえ、採決を行うものとする。
2 成立した法案につき、一定の期間内に有権者の一定数以上の同意を得た請願が提出されたときは、内閣は、国民投票を実施することができる。国民投票で過半数の賛成があったときは、国会は、当該法案につき再審議を行わなければならない。
第二十九条 国は、円を単位とする通貨を発行する権限を有する。
2 紙幣の発行は、法律に基づき、国が監督する中央銀行に委ねることができる。
3 国は、通貨発行及び金融政策が、外国または国際機関の干渉を受けないよう措置を講ずる。
第三十条 財政は、経世済民を目的とし、通貨発行により資金を調達することを原則とする。
2 予算は、内閣が作成し、国会の承認を得る。決算は、会計検査院による検査及び評価委員会による評価を毎年公開し、国会の承認を得る。
3 国の財務状態は、すべての会計につき、簡潔明瞭に (42) 国民に示さなければならない。
4 皇室の財政は、皇室の総意により決定された方針に従って内閣が予算を編成する。
5 地方自治体の財政は、原則税収をもって賄い、不足する場合は国の予算より充当する。
6 地方自治体は、日本の伝統文化の存続普及のための予算を設けなければならない。
第三十一条 税は唯一の財源ではない。税及び社会保険料の設定変更は、国民の生活に配慮し、法律に基づくことを要する。
2 税及び社会保険料の国民所得に占める割合(国民負担率)は、特段の事情がない限り、国民所得の四割 (43) を超えてはならない。
第三十二条 憲法は国の最高法規であり、日本の国柄を示すものであって、これに反する法律、条約 (44) 、命令、条例その他の行為は効力を有しない。
2 国際機関の決定や勧告は、憲法または日本固有の慣習に反する場合、効力を有しない。
第三十三条 この憲法の改正は、各議院の総議員の過半数の賛成で発議し、法律で定める国民投票において、有効投票の過半数の承認を得て行う。
以上
(2) しらすとは、国民の実情を広く知って日本を治める意味の古語である。
(3) 君民一体とは、天皇と国民が一体となって国を治める意味をいう。
(5) 神聖は君主の属性でもあり、皇祖皇宗の神霊と一体として詔勅を発し、祭祀を主宰する事実による。
(6) 詔勅は、国民に権利義務を生じさせず、法的拘束力を有しないが、公共の利益のために発せられる。
(7) 裁可とは君主の裁量で許可すること。これにより生じる君主の拒否権のことを veto(ベトー)という。再度の奏請の規定により拒否は一度に限られる。
(8) 摂政は、天皇が未成年、御不予(御病気)等の理由による臨時の役職であり、天皇の権限を代行する。
(9) 暦は、明治六年から導入された太陽暦や、それ以前の太陰暦などをいう。
(10) 国民の国政参加機会の拡充(参政権の年齢引下げ、国民投票など)からくる要請である。
(11) 規範的要件だが、我が国に対する害意がないことをもって足りると解すべきである。
(13) 権利を「権理」と記したのは、right の翻訳として、「理に適った」という趣旨を含む用語として適切だからである(福沢諭吉は翻訳として二つの用語を用いていた)。
(14) 国が国民の権理とともに、公益の最低限度を確保すべきことを定める条文である。
(15) 私益より公益が優先することは、権利や自由が公共の福祉のもと認められることと同じ趣旨である。本憲法において、公共の利益(公益)をより具体化して定めている。
(17) 尊厳をもって生存する社会権も含めた包括的な基本的権利をいう。
(18) 日本国憲法では権利や自由は、原則として公共の福祉(公益)による制約があるとされた。本憲法においても、権利や自由は、本憲法に定める公益と適合する範囲に限られ、濫用を禁止する趣旨である。
(19) 将来の政治参加に向けて、国民が情報を適切に判断し、問題を解決する主体性をもった教育をいう。
(20) フリースクールなど義務教育課程における様々な選択肢を設ける趣旨である。
(22) 新型コロナウイルスの予防接種が全国的に事実上強制され差別されたことへの教訓と反省による。
(23) 政治に参加する義務は、直接に投票義務や政党加入などを義務付けるものではなく、日本国憲法における勤労の義務と同様、その能力や機会に応じた行動に努めるものである。
(24) 外国人の帰化を通じた政治介入を予防する趣旨である。
(25) 今や情報、経済、産業等の諸分野が、国まもりに関係しており、全体像の取りまとめが必要である。
(26) 現在は放送法の規制はあるが、新聞やインターネット上の報道には規制がない。
(27) 新聞、テレビ、ラジオ、衛星放送、郵便、電話、インターネット、SNS、クラウドに関わる業務を言う。
(28) 防諜機関は、外国の諜報・宣伝・謀略等の工作活動を阻止することを任務とする国の組織である。
(29) 石油、石炭、レアメタルなど重要な鉱物は国内調達やその可能性を優先すべき訓示規定である。
(30) 大東亜戦争時に石油を特定の一国に依存したことへの教訓と反省による。
(32) 無償及び有償の譲渡を含む。外国人及び外国資本による土地買収を規制する趣旨である。
(33) 国内の土地建物、国内企業の株式、国内法人の持分・出資・社員権などの権利をいう。
(34) 没収は、犯罪や不正の取得など例外的な場合に限られる。
(35) 三世代とは、日本国籍でない者が帰化し、その者を一代として、曽孫において初めて公務就任権が認められる。外国人の帰化による政治介入を防止する趣旨である。
(36) 軍隊とは、交戦権を有し武力行使を任務とする国家の軍事組織をいう。通常、陸海空軍に分かれる。自衛隊は交戦権がなく、必要最小限度の防衛を任務とする点で異なる。本憲法の軍隊は、自衛権の行使を任務とする。
(37) 軍事裁判所は軍隊及び軍人に関する事項を審理するが、最高裁判所が終審裁判所となる。
(38) 常駐とは、意に反して又は合意に基づく恒常的な駐留をいう。一時的な訓練や寄港のための滞在は含まない。
(39) 本条二項三項が本来の状態であるが、その実現のためには、本憲法に基づく国まもりの施策を実施し、段階を踏む必要があると考えている。
(40) 帰化の場合第十九条第四項により三世代を経ることを要する。公益従事義務、情報漏洩の禁止。
(43) 国民の平均的な所得の四割を超えない趣旨である。財務省の統計では、戦後、平成二十五年に初めて四割を超えた。なお、党の政策では三割五分の実現を目指している。
ソ連が日本に攻め込んでくるとぼくは思わない。思わないけれども、アメリカにおんぶでだっこで三十六年になって、部屋貸してくれた大家よりも日銭は入ってくるようになって、逆に大家の方が出銭が多くてアップアップしててだよ。じゃ、てめえのところの柵は、おめえ作ってくれよと。いやだ、今まで通り、おめえやれよというわけにはいかないよ。そうでしょう。それが国防費の実態ですよ。てめえの世帯はてめえで守るのは当たり前だと思ってる。
ただ“九条”は厳然としてある。これを我われはすぐあしたあさって削りつぶすなんていう気はない。むしろアメリカと組んで、アメリカが逃げ出さないようにアメリカの急所を握って、日米安保でがんじがらめにしばり上げて、軍事費の伸びはできるだけ7%と8%の間ぐらいにおさえて、我われに必要な政策の方に金を回す。どんなに恥をかこうと、この道をなんとかやっていくというふうに考えている。田中角栄も小沢辰男も、そして田中派はそう考えている。
憲法はなじまないというのは確かにある。しかし三十六年。これは現にわが国の最高法規として存在している。戦後に生まれた人たちは、全部その最高法規の元に育ってきた。価値観、生活感情、論理も全部それでしょう。それはすでに定着した。浸透した。これを根こそぎひっくり返す事などはもはやできない。できなくてけっこうだ。ならば我われは、この九条を逆手に使って、九条をカードにして、アメリカとのバーゲン、北京とのバーゲン、これに臨むしかないと、我われは腹くくってるんですよ。
きのう聞いたようなバカは「絶え間ない右傾化の波の中でどうだこうだ」という。それは自民党の中に多少とも手放しで置けばファッショの方にいきかねないと見受けられるのもいるよ。でもだれにしたって今売り出しのためには赤塗りで大見得きって六方踏んでる方が新聞も週刊誌もかくわけだ。悪役という事でかっさいを送って。しかし、それらの人も一歩、政権を目の前にすれば、かれの重心は一気に低くなる。偏った方向で政治ができるはずがない。そうでしょう。その中で比較多数のサポートがなければね。ひとりのキャラクターではできないわけだから。これは投票で決められるわけだから。数で採否が決せられるわけだから。田中軍団、田中軍団といわれるものというのは、その意味でいえば保守本流の中核であると自負していますよ。
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時は11世紀初頭。平安中期、摂関政治が絶頂期を迎えようとしている頃、現代の法律学と立憲的思想、近代的な統治理論を身に着けた人物が、突如として藤原道長(966-1027)の意識を獲得する。外祖父関係を巧みに利用し天皇を後ろ盾に絶大な権勢を誇る道長。だが、中身は現代の法学者であり、彼は当時の秩序と衝突しつつも、新たな政治手法を打ち出そうとする。
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現代法学者としての道長は、専横的な外戚支配の構造を活用しながらも、より「持続的な統治基盤」を確立したいと考える。単なる外戚支配や縁故人事ではなく、ある種の「法による秩序」や「規範の再整理」を志す。もっとも、当時は成文法典(律令)はあれど実効性が弱まりつつあり、慣習法が強く、荘園が乱立している。現代人道長は、この状況に対して次のような施策を構想する。
従来、道長をはじめとする藤原摂関家は多くの荘園を私有し、それらを権勢の基盤にしてきた。しかし、現代の法的知見を持つ道長は、「法的安定性」が経済発展をもたらすことを理解している。彼は、荘園の境界画定や、重層的な領主権の整理を試みる。
- 公領(国衙領)の管理を強化し、名実ともに朝廷支配下に収めるための行政改革に着手。
- 荘園の認定基準を明文化し、恣意的な安堵や寄進による権力争いを減らす試みを行う。
- 貴族や有力寺社に対しては、既得権益を即時奪うことは難しいが、中長期的な土地台帳(「古代版不動産登記」)を整え、その正当性を公的に認める代わり、租税や労役義務を明確化し、流通性ある土地制度を志向。
律令法が名ばかりの存在となり、令外官や慣習的措置が横行する世界で、道長は現代的な法整備思想を導入する。
- 首都(京)における治安維持機関である検非違使の権限と組織を再編し、盗賊取締、秩序維持のための明確な司法手続を設ける。
- 公家社会内部で行われていた人事や地位継承に関して、記録主義(ある種の「公文書主義」)を徹底。昇任や叙位叙爵の基準をある程度定めることで、人事が完全な縁故に流れないよう微調整を図る。
道長は外戚としての地位を最大限活用しつつ、天皇の権威を安定的な「象徴」に引き上げることを考える。天皇に形式的な最高権威を担わせ、実務は「関白」の地位を活用して円滑に処理するが、現代的道長は「院政」的な発想を先取りするかもしれない。
- 天皇に幼少期は摂政、成年後は関白が補佐する原則を維持しつつも、天皇周辺に専門官僚を育成。
- 従来の「外戚依存」から、より制度化された「最高法規」の存在感を醸成。例えば、改定版『令』をまとめ、これを朝廷全体の根拠規範として位置づけることで、朝廷と藤原家を法的な結びつきで強固にする。
道長は宮廷文化を愛し『紫式部』や『清少納言』ら文人たちとの交流を深める一方、現代的な行政手法を取り込むためにも知識人層の拡充を図る。
- 国司や受領階層に対し、任地における法令遵守・文書管理・税制の透明化などを要求。できる限り審査を厳格化し、違反者には適正な制裁を行う。
- 大学寮や学問所に法制研究や史料編纂部門を新設し、古代律令や判例に相当する事案記録を蓄積。徐々に「法文化」を育む。
- 漢籍研究とともに、自身が知る社会契約や合意原則に近い概念をそれとなく導入し、為政者と被統治者の関係を「力による支配」から「正当性による支配」へと移行させる試み。
北方の蝦夷や、唐・宋との交流、さらには大陸や周辺国との海上貿易を法的に整理する。「道長的改正律令」には、交易ルールの明記や関税的な仕組みを生み出し、国家財政を強化するとともに、軍事力を令外官頼みから、一定の法規範に沿った動員・統制へ転換。
- 軍事貴族や地方武士層との契約関係を整え、「官」と「私」の軍事力を峻別した初期的な国軍組織化を図る(もちろん当時としては極めて斬新)。
- 貿易港での入港手続や国際通行ルールを整備し、財政基盤強化を狙う。
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もちろん、このような施策は周囲にとって奇異であり、保守的な貴族層からは激しい反発も受ける。しかし「藤原道長」という既に頂点に君臨する権力者の威光、そして自らが有する実務的手腕と知識によって、徐々に新しい秩序を「慣習法から合意された法」へと移し変えようとする。結果として、荘園の雑多な管理が少しずつ明確になり、暴力的な権益争いは減少、都はある程度の治安維持機構で安定する。
やがて、次世代には「記録とルール」に基づく人事・土地管理が浸透し、法制を軸にした政治文化が醸成され、藤原家の権威は「道長改革」として後世に語り継がれることになるかもしれない。
現在、新型コロナウィルス禍により新型インフルエンザ特措法に基づいて「緊急事態宣言」が発令され、国民の様々な社会生活領域で自粛要請がされている。
ただこれが「要請」に過ぎないため、憲法を改正して「緊急事態条項」を盛り込み、国民の行動をより強く制限できるようにしようという話も出てきている。まあ安倍さんにとっては「憲法改正」という実績こそが悲願なわけだが、彼個人の夢はひとまず棚の上に放っておいて、ここはまず現在の日本国憲法下で何ができるかについて、一国民として考えてみたい。もちろん憲法学者や人権活動家の皆さんは散々考えてんだろうけど、はてなのブクマカー陣も結構ふわっとした認識で言い合ってるし、素人なりの問題提起として。
「第十二条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。」
「第十三条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
まずここで、国民の自由と権利は「常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ」ということで、すでに一定の制限を求められている。個人としての権利は、「公共の福祉に反しない限り」最大の尊重を必要とされているわけで、つまり日本国憲法は最初から野放しの自由と権利を認めてはいない。
一方で第十一条では、「国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる」とされ、第十章「最高法規」第九十七条でもそれが繰り返されている。
では、最高法規として侵すことができない自由及び権利に一定の制限をかける「公共の福祉」とは一体何だということになるが、憲法自体はそれを明記してない。となると解釈の問題になる。
で、まず侵してはならない個人の自由と権利を野放しにした場合、必ず個人間の利害対立が生まれ、結果として負けた方の自由と権利が侵害されることになる。場合によっては生命も脅かされる。生命まで奪われては、第十三条が保障する個人の自由も幸福追求の権利もへったくれもないわけで、つまり「公共の福祉」とは、すべての国民が「生命、自由及び幸福追求」の権利を有する状態を維持することと考えられる。そのへんのバランスのラインが、第二十五条「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」ってとこであり、その第二項「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」という、国家(行政・立法・司法)の義務に結びつくのだと思う。
そこで現在の新型コロナだ。今、すべての国民が普段と同じレベルの自由な生活行動をすれば、ウイルスが次々に感染し、多くの人が生命の危機に脅かされる。高齢者ほど死亡率が高いとはいえ、若い人も死ぬ可能性はあり、何よりワクチンや治療薬がないため、個別対処で抑えることができない。そのために国には今、国民全体の行動を制限する方法でウイルスの感染拡大を抑えようと、国民に自粛を「要請」している。だが、「要請」だけでは不十分なのでより強い強制力がほしいわけだが、第二十五条を「公共の福祉」の防衛ラインとするなら、とにかく見殺しにしてはいけないわけで、ならば第十三条の「公共の福祉に反しない限り」を発動して、より強い制限を国民に課せるのではないだろうか。
なので日本国憲法下でも、インフルエンザ特措法に、第十二条、第十三条の「公共の福祉」に基づいて、個人の自由と権利の制限を認める条文を追加することは可能なんじゃないかと思う。当然行政が行った実際の制限措置が、「公共の福祉」の範囲を逸脱していないか国会や司法で追って審議される必要はあり、個人的には伝家の宝刀を抜いた政府は半年以内に必ず総辞職して信任を問うとかしてもいいと思う。また、経済的に死に脅かされる状態になっても「公共の福祉」に反する憲法違反となるため、補償と一体であることは言うまでもない。
法学をかじった者として,法律に興味を持ってくれる人が増えるのは嬉しい。
初めて法律に興味を持った人は,その中でどの法令から学ぶべきか。
答えは,「上三法(うえさんぽう)」だ。
「六法」とは,憲法・民法・刑法・商法(会社法)・刑事訴訟法・民事訴訟法を指す。
また,この六法のうち,憲法・民法・刑法は,まとめて上三法(うえさんぽう)と呼ばれる。
初学者は,この上三法のどれかから勉強するのがとっつきやすいと思う。
それは,各自の興味や相性によって選べばよい。
参考までに,それぞれの印象を書いていこう。
押しも押されもせぬ「最高法規」。
性的なポスターと表現の自由,ヘイトスピーチ,憲法9条,同性婚,夫婦別姓,緊急事態条項…
こうした時事ネタがとっかかりになるので興味を持ちやすいだろう。
デメリットは,条文の文言とはあまり関係ないところで解釈論が展開されるところ。
憲法だけ勉強して「法解釈ってこういうものか」と思うのは,ちょっと誤解を生むかもしれない。
交通事故やご近所トラブルも民法の問題になりえるし,親権や相続も民法の話である。
また,民法(債権法)は,制定以来120年振りの大改正がされており,改正後の民法は,2020年4月1日から効力を生じる。
そういう意味でも注目度が高いといえるだろう。
初学者にとって良いところは,捜査や公判のニュースへの理解が深まるところ。
どんなときに犯罪が成立して,どんなときに成立しないかを学ぶことが出来る。
初学者に厳しいところとして,刑法総論は理論的側面が強く,最初は分りづらいかもしれない。
これもどれしも一長一短がある。
なんといっても分りやすい。
その点,予備校には,初学者がどういうところでつまずきやすいか?どう教えればわかりやすいか?というノウハウが蓄積されており,それが本にも反映されている
より深く学びたければ,その後,試験対策講座シリーズ(シケタイ)に進むのも良い。
予備校本の難点として
・学説の良いところどりをして全体の整合性がとれていない場合がある
などがあるが,初学者は気にしなくてよいと思う
理論的に緻密(人にもよるが)。
参考文献からどんどんほかの本を読み進めていくこともできる。
難点は,難解で読みづらいところ。
最近は読みやすいものも増えたが,それでもやはり予備校本などにはかなわない。
オススメは,以下のとおり。
興味があれば,個別法の解釈論とは違う側面から勉強するのも良い。
・マイケル・サンデル「ハーバード白熱教室講義録+東大特別授業」
・福井秀夫「ケースからはじめよう 法と経済学 法の隠れた機能を知る」
オススメは以下のとおり。
・弁護士のくず
・家栽の人
今度イブニングで連載が始まる「リーガルエッグ」も期待している。
百聞は一見に如かず。
実際に裁判の傍聴に行ってみるのも良い。
傍聴は誰でもできるし,予約なども必要ない。
ニュースで大きく報道されるような事件は,傍聴希望者がたくさん来て抽選になったりするが,それ以外の普通の事件は,ふらっと行って自由にみられる。
ただし,事件の選び方などちょっとしたコツはあるので,あらかじめ下調べをしていったほうが有意義だろう。
傍聴マニアの人が本を出していたりするので,それで予習するのも良い。
色々と書いてきたが,学校の試験や資格試験を受けるのでなければ,細かい条文や判例を覚えることにあまり意味はないと思う。
法律・法学の考え方全体の根底にある基礎的な考え方や発想(大げさに言うと「リーガル・マインド」)を身に着けることができれば素晴らしいと思う。
私自身も法曹にはなったものの,まだまだ勉強することだらけだ。
一緒に楽しく頑張りましょう。
いいえ?
君は「不快感の表明」にとどまらず、「表現規制の要求」を行った。
そのアニメ絵の裏に、それで生計を立てるものやそれを好むものを想像すらできず、己の不快感のみで殺していいと思ってる猿には難しいかな?
こんなん笑うわ。
一、まえがき
今年は中国立憲百年、「世界人権宣言」公布60周年、「民主の壁」誕生30周年であり、また中国政府が「市民的及び政治的権利に関する国際規約」に署名して10周年である。長い間の人権災害と困難かつ曲折に満ちた闘いの歴史の後に、目覚めた中国国民は、自由・平等・人権が人類共同の普遍的価値であり、民主・共和・憲政が現代政治の基本的制度枠組みであることを日増しにはっきりと認識しつつある。こうした普遍的価値と基本的政治制度枠組みを取り除いた「現代化」は、人の権利をはく奪し、人間性を腐らせ、人の尊厳を踏みにじる災難である。21世紀の中国がどこに向かうのか。この種の権威主義的統治下の「現代化」か? それとも普遍的価値を認め、主流文明に溶け込み、民主政体を樹立するのか? それは避けることのできない選択である。
19世紀中葉の歴史の激変は、中国の伝統的専制制度の腐敗を暴露し、中華大地の「数千年間なかった大変動」の序幕を開いた。洋務運動(1860年代初頭から約30年続いた)はうつわの表面の改良(中体西用)を追求し、甲午戦争(日清戦争1894年)の敗戦で再び体制の時代遅れを暴露した。戊戌変法(1898年)は制度面での革新に触れたために、守旧派の残酷な鎮圧にあって失敗した。辛亥革命(1911年)は表面的には2000年余り続いた皇帝制度を埋葬し、アジアで最初の共和国を建国した。しかし、当時の内憂外患の歴史的条件に阻害され、共和政体はごく短命に終わり、専制主義が捲土重来した。うつわの模倣と制度更新の失敗は、先人に文化的病根に対する反省を促し、ついに「科学と民主」を旗印とする「五四」新文化運動がおこったが、内戦の頻発と外敵の侵入により、中国政治の民主化過程は中断された。抗日戦争勝利後の中国は再び憲政をスタートさせたが、国共内戦の結果は中国を現代版全体主義の深淵に陥れた。1949年に建国した「新中国」は、名義上は「人民共和国」だが、実際は「党の天下」であった。政権党はすべての政治・経済・社会資源を独占し、反右派闘争、大躍進、文革、六四、民間宗教および人権擁護活動弾圧など一連の人権災害を引き起こし、数千万人の命を奪い、国民と国家は甚だしい代価を支払わされた。
20世紀後期の「改革開放」で、中国は毛沢東時代の普遍的貧困と絶対的全体主義から抜け出し、民間の富と民衆の生活水準は大幅に向上し、個人の経済的自由と社会的権利は部分的に回復し、市民社会が育ち始め、民間の人権と政治的自由への要求は日増しに高まっている。統治者も市場化と私有化の経済改革を進めると同時に、人権の拒絶から徐々に人権を認める方向に変わっている。中国政府は、1997年、1998年にそれぞれ二つの重要な国際人権規約に署名し、全国人民代表大会は2004年の憲法改正で「人権の尊重と保障」を憲法に書き込んだ。今年はまた「国家人権行動計画」を制定し、実行することを約束した。しかし、こうした政治的進歩はいままでのところほとんど紙の上にとどまっている。法律があっても法治がなく、憲法があっても憲政がなく、依然として誰もが知っている政治的現実がある。統治集団は引き続き権威主義統治を維持し、政治改革を拒絶している。そのため官僚は腐敗し、法治は実現せず、人権は色あせ、道徳は滅び、社会は二極分化し、経済は奇形的発展をし、自然環境と人文環境は二重に破壊され、国民の自由・財産・幸福追求の権利は制度的保障を得られず、各種の社会矛盾が蓄積し続け、不満は高まり続けている。とりわけ官民対立の激化と、騒乱事件の激増はまさに破滅的な制御不能に向かっており、現行体制の時代遅れは直ちに改めざるをえない状態に立ち至っている。
二、我々の基本理念
中国の将来の運命を決めるこの歴史の岐路に立って、百年来の近代化の歴史を顧みたとき、下記の基本理念を再び述べる必要がある。
自由:自由は普遍的価値の核心である。言論・出版・信仰・集会・結社・移動・ストライキ・デモ行進などの権利は自由の具体的表現である。自由が盛んでなければ、現代文明とはいえない。
人権:人権は国家が賜与するものではなく、すべての人が生まれながらに有する権利である。人権保障は、政府の主な目標であり、公権力の合法性の基礎であり、また「人をもって本とす」(最近の中共のスローガン「以人為本」)の内在的要求である。中国のこれまでの毎回の政治災害はいずれも統治当局が人権を無視したことと密接に関係する。人は国家の主体であり、国家は人民に奉仕し、政府は人民のために存在するのである。
平等:ひとりひとりの人は、社会的地位・職業・性別・経済状況・人種・肌の色・宗教・政治的信条にかかわらず、その人格・尊厳・自由はみな平等である。法の下でのすべての人の平等の原則は必ず実現されなければならず、国民の社会的・経済的・文化的・政治的権利の平等の原則が実現されなければならない。
共和:共和とはすなわち「皆がともに治め、平和的に共存する」ことである。それは権力分立によるチェック・アンド・バランスと利益均衡であり、多くの利益要素・さまざまな社会集団・多元的な文化と信条を追求する集団が、平等な参加・公平な競争・共同の政治対話の基礎の上に、平和的方法で公共の事務を処理することである。
民主:もっとも基本的な意味は主権在民と民選政府である。民主には以下の基本的特徴がある。(1)政府の合法性は人民に由来し、政治権力の源は人民である。(2)政治的統治は人民の選択を経てなされる。(3)国民は真正の選挙権を享有し、各級政府の主要政務官吏は必ず定期的な選挙によって選ばれなければならない。(4)多数者の決定を尊重し、同時に少数者の基本的人権を尊重する。一言でいえば、民主は政府を「民有、民治、民享」の現代的公器にする。
憲政:憲政は法律と法に基づく統治により憲法が定めた国民の基本的自由と権利を保障する原則である。それは、政府の権力と行為の限界を線引きし、あわせて対応する制度的措置を提供する。
中国では、帝国皇帝の権力の時代はすでに過去のものとなった。世界的にも、権威主義体制はすでに黄昏が近い。国民は本当の国家の主人になるべきである。「明君」、「清官」に依存する臣民意識を払いのけ、権利を基本とし参加を責任とする市民意識を広め、自由を実践し、民主を自ら行い、法の支配を順守することこそが中国の根本的な活路である。
三、我々の基本的主張
そのために、我々は責任をもって、また建設的な市民的精神によって国家政治制度と市民的権利および社会発展の諸問題について以下の具体的な主張をする。
1、憲法改正:前述の価値理念に基づいて憲法を改正し、現行憲法の中の主権在民原則にそぐわない条文を削除し、憲法を本当に人権の保証書および公権力への許可証にし、いかなる個人・団体・党派も違反してはならない実施可能な最高法規とし、中国の民主化の法的な基礎を固める。
2、権力分立:権力分立の現代的政府を作り、立法・司法・行政三権分立を保証する。法に基づく行政と責任政府の原則を確立し、行政権力の過剰な拡張を防止する。政府は納税者に対して責任を持たなければならない。中央と地方の間に権力分立とチェック・アンド・バランスの制度を確立し、中央権力は必ず憲法で授権の範囲を定められなければならず、地方は充分な自治を実施する。
3、立法民主:各級立法機関は直接選挙により選出され、立法は公平正義の原則を堅持し、立法民主を行う。
4、司法の独立:司法は党派を超越し、いかなる干渉も受けず、司法の独立を行い、司法の公正を保障する。憲法裁判所を設立し、違憲審査制度をつくり、憲法の権威を守る。可及的速やかに国の法治を深刻に脅かす共産党の各級政法委員会を解散させ、公器の私用を防ぐ。
5、公器公用:軍隊の国家化を実現する。軍人は憲法に忠誠を誓い、国家に忠誠を誓わなければならない。政党組織は軍隊から退出しなければならない。軍隊の職業化レベルを高める。警察を含むすべての公務員は政治的中立を守らなければならない。公務員任用における党派差別を撤廃し、党派にかかわらず平等に任用する。
6、人権保障:人権を確実に保障し、人間の尊厳を守る。最高民意機関(国会に当たる機関)に対し責任を負う人権委員会を設立し、政府が公権力を乱用して人権を侵害することを防ぐ。とりわけ国民の人身の自由は保障されねばならず、何人も不法な逮捕・拘禁・召喚・尋問・処罰を受けない。労働教養制度(行政罰としての懲役)を廃止する。
7、公職選挙:全面的に民主選挙制度を実施し、一人一票の平等選挙を実現する。各級行政首長の直接選挙は制度化され段階的に実施されなければならない。定期的な自由競争選挙と法定の公職への国民の選挙参加は奪うことのできない基本的人権である。
8、都市と農村の平等:現行の都市と農村二元戸籍制度を廃止し、国民一律平等の憲法上の権利を実現し、国民の移動の自由の権利を保障する。
9、結社の自由:国民の結社の自由権を保障し、現行の社団登記許可制を届出制に改める。結党の禁止を撤廃し、憲法と法律により政党の行為を定め、一党独占の統治特権を廃止し、政党活動の自由と公平競争の原則を確立し、政党政治の正常化と法制化を実現する。
10、集会の自由:平和的集会・デモ・示威行動など表現の自由は、憲法の定める国民の基本的自由であり、政権党と政府は不法な干渉や違憲の制限を加えてはならない。
11、言論の自由:言論の自由・出版の自由・学術研究の自由を実現し、国民の知る権利と監督権を保障する。「新聞法」と「出版法」を制定し、報道の規制を撤廃し、現行「刑法」中の「国家政権転覆扇動罪」条項を廃止し、言論の処罰を根絶する。
12、宗教の自由:宗教の自由と信仰の自由を保障する。政教分離を実施し、宗教活動が政府の干渉を受けないようにする。国民の宗教的自由を制限する行政法規・行政規則・地方法規を審査し撤廃する。行政が立法により宗教活動を管理することを禁止する。宗教団体〔宗教活動場所を含む〕は登記されて初めて合法的地位を獲得するという事前許可制を撤廃し、これに代えていかなる審査も必要としない届出制とする。
13、国民教育:一党統治への奉仕やイデオロギー的色彩の濃厚な政治教育と政治試験を廃止し、普遍的価値と市民的権利を基本とする国民教育を推進し、国民意識を確立し、社会に奉仕する国民の美徳を提唱する。
14、財産の保護:私有財産権を確立し保護する。自由で開かれた市場経済制度を行い、創業の自由を保障し、行政による独占を排除する。最高民意機関に対し責任を負う国有資産管理委員会を設立し、合法的に秩序立って財産権改革を進め、財産権の帰属と責任者を明確にする。新土地運動を展開し、土地の私有化を推進し、国民とりわけ農民の土地所有権を確実に保障する。
15、財税改革:財政民主主義を確立し納税者の権利を保障する。権限と責任の明確な公共財政制度の枠組みと運営メカニズムを構築し、各級政府の合理的な財政分権体系を構築する。税制の大改革を行い、税率を低減し、税制を簡素化し、税負担を公平化する。公共選択(住民投票)や民意機関(議会)の決議を経ずに、行政部門は増税・新規課税を行ってはならない。財産権改革を通じて、多元的市場主体と競争メカニズムを導入し、金融参入の敷居を下げ、民間金融の発展に条件を提供し、金融システムの活力を充分に発揮させる。
16、社会保障:全国民をカバーする社会保障制度を構築し、国民の教育・医療・養老・就職などの面でだれもが最も基本的な保障を得られるようにする。
17、環境保護:生態環境を保護し、持続可能な開発を提唱し、子孫と全人類に責任を果たす。国家と各級官吏は必ずそのために相応の責任を負わなければならないことを明確にする。民間組織の環境保護における参加と監督作用を発揮させる。
18、連邦共和:平等・公正の態度で(中国周辺)地域の平和と発展の維持に参加し、責任ある大国のイメージを作る。香港・マカオの自由制度を維持する。自由民主の前提のもとに、平等な協議と相互協力により海峡両岸の和解案を追求する。大きな知恵で各民族の共同の繁栄が可能な道と制度設計を探求し、立憲民主制の枠組みの下で中華連邦共和国を樹立する。
19、正義の転換:これまでの度重なる政治運動で政治的迫害を受けた人々とその家族の名誉を回復し、国家賠償を行う。すべての政治犯と良心の囚人を釈放する。すべての信仰により罪に問われた人々を釈放する。真相調査委員会を設立し歴史的事件の真相を解明し、責任を明らかにし、正義を鼓舞する。それを基礎として社会の和解を追求する。
四、結語
中国は世界の大国として、国連安全保障理事会の5つの常任理事国の一つとして、また人権理事会のメンバーとして、人類の平和事業と人権の進歩のために貢献すべきである。しかし遺憾なことに、今日の世界のすべての大国の中で、ただ中国だけがいまだに権威主義の政治の中にいる。またそのために絶え間なく人権災害と社会危機が発生しており、中華民族の発展を縛り、人類文明の進歩を制約している。このような局面は絶対に改めねばならない! 政治の民主改革はもう後には延ばせない。
そこで、我々は実行の勇気という市民的精神に基づき、「08憲章」を発表する。我々はすべての危機感・責任感・使命感を共有する中国国民が、朝野の別なく、身分にかかわらず、小異を残して大同につき、積極的に市民運動に参加し、共に中国社会の偉大な変革を推進し、できるだけ早く自由・民主・憲政の国家を作り上げ、先人が百年以上の間根気よく追求し続けてきた夢を共に実現することを希望する。
(括弧)内は訳注。
原文:
http://blog.goo.ne.jp/sinpenzakki/e/8f95023140c18356340ca1d707aa70fe
http://blog.goo.ne.jp/sinpenzakki/e/84859dc4e976462d3665d25adcd04987
http://blog.goo.ne.jp/sinpenzakki/e/d5a614fa9b98138bb73cd49d3e923b40
(転載自由、出典明示)